本記事は,判例時報2342号・2343号掲載の「最高裁民事破棄判決等の実情―平成28年度―」を年度索引として読み,裁判所ウェブサイトで公表されている代表的な判決・決定の全文と照合して,弁護士実務に使える形に整理するものです。
平成28年度から得られる中心的な学びは,請求の本案だけを見るのではなく,訴訟要件,請求権の主体,責任主体,法律行為の方式,評価の基準時,旧法・現行法,主文と差戻し後の残存争点を順に固定することです。年次論文は破棄事件を横断的に探索するための有力な二次資料ですが,個別判例の判旨・射程を確定する一次資料ではありません。
第1 対象資料と結論
対象は,平成28年に最高裁で言い渡された民事・行政・労働事件の破棄判決及び破棄決定です。年次論文は,全件の事案,原審判断,最高裁判断及び実務上の意味を短く整理した資料であり,破棄事件の所在と原審の誤りを把握する索引として優れています。
他方,年次論文は判決書そのものではなく,個別事件の事実関係・判示を圧縮した二次資料です。本記事では,年次統計は同論文により,代表7テーマの判旨は裁判所公表全文により確認しました。39判決・2決定の全件について裁判所全文又は判例秘書本文を照合したものではありません。
第2 平成28年度の件数と数え方
1 破棄判決39件
年次論文によれば,破棄判決は39件で,換算後の既済件数3335件に対する割合は1.1%です。この割合は最高裁における年次処理の概況であり,一般的な上告成功率,特定分野の勝訴率又は代理人ごとの成果率を意味しません。
破棄後の処理は,破棄差戻し25件,破棄自判26件,訴訟終了宣言1件と整理されています。ただし,これは排他的な分類ではありません。同一判決の主文中に差戻し部分と自判部分が併存するものが12件,自判部分と訴訟終了宣言部分が併存するものが1件あるため,単純合計は39件を超えます。
破棄理由は,当事者が主張した理由に基づくものが37件,職権によるものが2件です。最高裁が職権で誤りを拾うことを期待するのではなく,原判決のどの命題が,どの条文・判例・手続規定に反し,結論へどう影響したかを理由書で具体化する必要があります。
2 破棄決定2件
破棄決定は2件で,いずれも許可抗告事件でした。許可抗告の換算後既済件数38件に対する割合は5.2%です。この分母は,高等裁判所の許可を得て最高裁に係属し既済となった事件です。したがって,一般の許可抗告申立てが許可される割合と読み替えることはできません。
第3 平成28年度から得られる7つの実務上の学び
- 責任主体を肩書だけで決めない。配偶者,長男又は成年後見人という身分・地位だけから,民法714条の監督義務者責任を導くことはできません。実定法上の根拠と,監督を引き受けたと評価できる具体的事実を分けて検討します。
- 訴訟要件と本案を分離する。弁護士会照会事件では,報告すべき義務の一般論,弁護士会の法律上保護される利益,不法行為の成否,確認の利益は別の問題です。本案上の義務があることと,確認訴訟が適法であることを混同してはいけません。
- 方式要件は目的と現行法を確認する。花押判決は,当時の民法968条1項の「押印」を解釈した判決です。花押が押印に当たらないという判旨を,令和8年法律45号による押印任意化の施行後にまで無条件で一般化することはできません。
- 従来の先例を前提にしない。預貯金大法廷決定は,普通預金,通常貯金及び定期貯金が相続開始と同時に当然分割されず,遺産分割の対象になるとし,これと異なる最高裁判例を変更しました。先例の有無だけでなく,後の大法廷判例と法改正を確認します。
- 価格決定では目的と手続の公正を先に見る。ジュピターテレコム決定は,一般に公開買付価格を常に公正価格とする判決ではありません。利益相反を抑える措置,同額取得の明示,一般に公正と認められる手続及び予期しない事情変更の有無が前提です。
- 契約の明文を抽象的期待で上書きしない。有期大学教員事件では,3年の更新限度,無期契約化の条件,教員雇用の流動性及び実際の運用が検討されました。更新期待は,契約・規程,説明,更新実績及び労働契約法18条・19条の要件に即して主張します。
- 業務遂行を一連の行動として評価する。労災事件では,歓送迎会への参加だけを私的行為として切り取らず,期限の迫った業務,会社幹部の強い参加要請,業務再開のための移動及び研修生の送迎を一連の行動として評価しました。
第4 一次資料で確認した代表判例
1 認知症者の事故と家族の責任
最高裁平成28年3月1日第三小法廷判決(平成26年(受)第1434号・第1435号)は,認知症により責任能力を欠く男性が駅構内の線路へ立ち入り,鉄道会社に損害が生じた事件です。
最高裁は,同居の配偶者であること,長男であること又は成年後見人の地位だけから法定の監督義務者に当たるとはいえないとしました。その上で,法定の監督義務者でなくても,監督を現に行い,その態様が単なる事実上の監督を超え,監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情がある者には,民法714条1項を類推適用し得るとしました。
判断では,本人と候補者それぞれの生活・心身の状況,親族関係,同居及び日常的接触の程度,財産管理への関与,問題行動,監護・介護の実態,現に監督しているか,監督が可能かつ容易かなどを総合します。本件では妻・長男のいずれも「準ずべき者」に当たらず,請求は棄却されました。詳しくは,別稿「認知症者が第三者に損害を与えた場合の家族・成年後見人等の責任」で整理します。
2 花押と自筆証書遺言の押印
最高裁平成28年6月3日第二小法廷判決(平成27年(受)第118号)は,花押を書くことは,当時の民法968条1項の押印の要件を満たさないとしました。押印の趣旨を,遺言者の同一性・真意の確保と,署名・押印により重要文書を完成させる我が国の慣行・法意識に求めた上,花押で文書を完成させる慣行・法意識は認め難いとしたものです。
もっとも,令和8年法律45号には自筆証書遺言の押印任意化が含まれます。法務省によれば,公布日である令和8年6月24日から1年以内の政令で定める日に施行されます。具体的事件では遺言作成日と施行日を確認し,適用される方式を確定します。
3 弁護士会照会に対する報告拒絶
最高裁平成28年10月18日第三小法廷判決(平成27年(受)第1036号)は,照会先は正当な理由がない限り報告すべきものとしつつ,弁護士会自身は報告を受けることについて法律上保護される利益を有しないため,報告拒絶は弁護士会に対する不法行為を構成しないとしました。報告義務確認請求は追加審理のため差し戻されました。
「公法上の義務」という性質付けは岡部喜代子裁判官の補足意見に明記されたものです。法廷意見の判旨,補足意見及び調査官解説を区別して引用します。
4 共同相続された預貯金
最高裁平成28年12月19日大法廷決定(平成27年(許)第11号)は,共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されず,遺産分割の対象になるとしました。これと異なる従前の判例は変更されました。
5 ジュピターテレコム事件の取得価格
最高裁平成28年7月1日第一小法廷決定(平成28年(許)第4号ないし第20号)は,多数株主と少数株主の利益相反を抑える措置が講じられ,公開買付けに応募しなかった株式も同額で取得すると明示されるなど,一般に公正と認められる手続で公開買付けが行われ,その後同額で全部取得条項付種類株式を取得した場合,取引の基礎事情に予期しない変動がない限り,取得価格を公開買付価格と同額にするのが相当としました。
6 有期大学教員の無期契約化
最高裁平成28年12月1日第一小法廷判決(平成27年(受)第589号)は,3年の更新限度と,期間満了時に勤務成績等を考慮して大学が必要と認めた場合に無期契約とする旨が規程に明記され,教員も理解していた事案で,3年後に当然に無期労働契約となるとの原審判断を破棄自判しました。
7 歓送迎会後の移動中事故と労災
最高裁平成28年7月8日第二小法廷判決(平成26年(行ヒ)第494号)は,期限の迫った業務を一時中断し,幹部の強い意向により歓送迎会へ参加し,業務再開のため工場へ戻る途中で研修生を送る際に発生した事故について,事業主の支配下にある状態で生じた業務災害と判断しました。
第5 上告・許可抗告の検討手順
- 主文と不服範囲を固定する。誰がどの部分を不服としているか,一部破棄・一部棄却・差戻し・自判の別を記録する。
- 入口を独立監査する。当事者適格,確認の利益,訴え又は抗告の利益,申立適格,司法審査可能性を本案と分ける。
- 条文と時点を固定する。行為時,契約時,相続開始時,基準日及び施行日を置き,新旧法・経過措置を振り分ける。
- 原判決の命題を一文で抽出する。その命題に反する条文,判例又は判断枠組みを示す。
- 事実評価を要素分解する。考慮すべき事実,考慮してはならない事実,基礎事実から結論への推論を区別する。
- 結論への影響を示す。誤りを除けば主文がどう変わるか,追加審理が必要かを明らかにする。
- 差戻し後を先取りする。最高裁判断に拘束される点,残る争点,追加証拠及び和解余地を依頼者へ説明する。
第6 確認済み資料と未確認事項
1 確認済み
- 判例時報2342号・2343号掲載の平成28年度年次論文(年度統計・一覧・個別事件紹介を確認した二次資料)
- 前記7テーマの裁判所公表全文
- e-Gov法令検索の民法
- 法務省「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)
2 未確認又は限定付き
- 39判決・2決定の全事件について裁判所公表全文を照合したものではありません。
- 各事件の原判決,上告理由書・上告受理申立て理由書,抗告理由書及び差戻審の結果を網羅確認したものではありません。
- 判例秘書は認証済み検索を実施していません。検索0件,ヒット件数不明,全文取得0件であり,収録の有無を確認済みとは表示しません。
- 平成28年以後の法改正・後続判例がある論点は,個別案件の基準時に即して再確認する必要があります。
第7 実務チェックリスト
- 年次論文を事件探索の索引とし,引用する判旨を裁判所公表全文又は認証済み判例データベースで確認したか。
- 統計の分母・集計単位と,差戻し・自判等の重複を確認したか。
- 肩書や親族関係から当然に責任を導かず,法的根拠と具体的関与を分けたか。
- 本案上の権利義務と,法律上保護される利益・確認の利益等の訴訟要件を分けたか。
- 判決当時の法令,現行法,施行日及び経過措置を確認したか。
- 価格・損害・責任の判断では,基準時と考慮要素を先に固定したか。
- 破棄自判と破棄差戻しを区別し,最終結論が未確定の事項を説明したか。
平成28年度の破棄事件は,結論を覚える教材というより,原判決のどの段階に法的な誤りが入り得るかを学ぶ教材です。事件の入口,主体,方式,基準時,判断枠組み,主文及び現行法への接続を別々に監査することが,過度な一般化と誤引用を防ぎます。
平成元年度から令和2年度までの年度別記事の一覧は,最高裁民事破棄判決等の実情(平成元年度~令和2年度)―年度別記事と判例時報の掲載号の一覧を参照してください。