本記事は,判例時報2306号掲載の「最高裁民事破棄判決等の実情―平成27年度―」を年度索引として読み,裁判所ウェブサイトで公表されている代表判決の全文と照合して,訴訟実務に使える形に整理するものです。
結論を先に述べると,平成27年度から得られる最大の学びは,個別判例の結論を暗記することではなく,原判決を「入口,請求・抗弁・上訴範囲,法的根拠,判断枠組み,事実認定,効果,主文・救済,差戻し後の残存争点」の順で監査することです。また,年次論文は全件の所在を把握する有力な二次資料ですが,個別事件の判旨・射程は判決全文で確認しなければなりません。
第1 対象資料と結論
対象は,平成27年に最高裁で言い渡された民事・行政・労働事件の破棄判決及び破棄決定を扱う年次論文です。年次論文は,事件を横断して原審の誤りを把握するための索引として優れています。他方,判決書そのものではなく,個々の事案・理由を圧縮した二次資料です。
年度論文の概観本文は破棄判決31件,破棄率0.9%,破棄決定8件と記載しています。もっとも,同論文の判決一覧表には32項目があります。本記事では,破棄判決の総数は概観本文の31件を採用し,「一覧表32項目」との不一致を併記します。32項目をそのまま「32件の破棄判決」と断定しません。
なお,平成27年11月19日第一小法廷判決(平成25年(受)第2001号・共同保証人間の求償権)は,同じ平成27年の重要判決ですが,主文は上告棄却です。したがって,平成27年度の破棄判決の例として数えてはならず,後記第7で「同年の関連判決」としてのみ扱います。
第2 31件と32項目の不一致をどう扱うか
集計資料に内部不一致があるときは,もっともらしい数字に統合せず,どの記載を採用したかを示す必要があります。本件では,概観本文の「31件」と一覧表の「32項目」を別々に記録し,統計表には31件を用いました。
この不一致は,年次論文の価値を失わせるものではありません。しかし,件数を上告の成功率,分野別の勝訴率又は代理人別の成果率として利用できないことを一層明確にします。分母となる既済件数には事件の換算方法があり,上告事件と上告受理申立事件の並行申立て,判決書単位及び併合処理を区別する必要があります。
実務上は,①集計単位,②分母,③判決・決定の別,④破棄自判・差戻しの別,⑤一覧と本文の一致を確認し,数字の根拠を脚注又は出典欄に残します。
第3 原判決を監査する8段階
平成27年度の各事件を横断すると,原判決監査は次の順序にすると漏れが少なくなります。
- 手続入口:当事者適格,訴え又は抗告の利益,代理権,審判申立適格,司法審査可能性を確認する。
- 請求・抗弁・上訴範囲:誰が何を請求し,どの部分が不服申立ての対象であるかを固定する。
- 法的根拠:請求権,権限又は処分根拠を条文まで特定する。
- 判断枠組み:要件,考慮要素,比較衡量,裁量審査の密度を確認する。
- 事実認定・経験則:決定的事実,時点,反対事実及び推論の飛躍を点検する。
- 効果:無効,取消し,損害賠償,求償その他の効果を取り違えていないか確認する。
- 主文・救済:請求棄却,訴え却下,破棄自判,破棄差戻し,一部破棄のいずれかを理由と対応させる。
- 差戻し後:最高裁の法律判断に拘束される事項と,なお主張立証を要する事項を分ける。
上告理由又は上告受理申立て理由では,「結論が不当である」と述べるだけでは足りません。原判決の命題,これに反する法令・判例・経験則,記録上の根拠,結論への影響を順に示す必要があります。
第4 一次資料で確認した代表判決
1 親の監督義務者責任―最高裁平成27年4月9日判決
最高裁平成27年4月9日第一小法廷判決(平成24年(受)第1948号)は,責任能力のない11歳の児童が学校の校庭でサッカーボールを蹴り,道路へ出たボールを避けた自動二輪車の運転者が転倒した事案です。
最高裁は,校庭が放課後に児童へ開放され,使用可能なゴールに向けたフリーキックが日常的な使用方法として通常の行為であったこと,ゴールネット,約10メートル先の門・ネットフェンス,幅約1.8メートルの側溝があり,ボールが道路へ出ることが常態ではなかったこと,児童が殊更に道路へ蹴った事情がないことを重視しました。そして,通常は人身に危険が及ぶ行為とはいえず,具体的な予見可能性等の特別の事情もないとして,親が監督義務を怠らなかったと判断し,破棄自判しました。
実務上は,「子の行為に危険があった」という抽象評価で終えず,行為の通常性,物理的設備,発生頻度,故意性,過去の行動,親の日頃の指導及び具体的予見可能性を分解して主張立証します。
2 セクハラを理由とする懲戒―最高裁平成27年2月26日判決
最高裁平成27年2月26日第一小法廷判決(平成26年(受)第1310号)は,管理職による女性従業員らへの反復継続的な性的言動を理由とする出勤停止処分及び降格の有効性が争われた事件です。
最高裁は,言動の内容・反復期間,被害者の就業環境への影響,行為者の管理職としての立場,会社の禁止文書・研修,職場規律への影響を具体的に評価しました。被害者が明白な拒否を示さなかったことや,個別の警告を事前に受けていなかったことを当然に行為者へ有利に評価できないとし,原判決を破棄して控訴を棄却しました。
懲戒の相当性を検討するときは,行為の文言だけでなく,反復性,職位,職場内の力関係,被害申告が遅れた理由,研修・規程の周知,退職その他の結果を時系列で整理します。
3 PBPクレーム―最高裁平成27年6月5日の2判決
最高裁平成27年6月5日第二小法廷判決(平成24年(受)第1204号)は,物の発明に係る特許権の効力が,当該物と構造・特性等が同一である物に,製造方法にかかわらず及ぶという判断枠組みを示しました。
同日第二小法廷判決(平成24年(受)第2658号)は,物の発明に係る請求項へ製造方法を記載することが明確性要件に適合するのは,出願時に物を構造又は特性で直接特定することが不可能であるか,およそ実際的でない事情があるときに限るとしました。
両事件はいずれも破棄差戻しです。最高裁は最終的な侵害又は特許の有効性を決着させたのではなく,新しい判断枠組みの下で追加審理をさせました。したがって,引用するときは「最高裁が侵害を認めた」「特許を無効とした」などと要約してはなりません。
第5 破棄自判と破棄差戻しを分ける
破棄自判は,原審が適法に確定した事実だけで正しい結論を出せる場合に選択されることがあります。前記サッカー事故及びセクハラ懲戒事件では,最高裁が確定事実を正しい法的評価へ当てはめ,請求棄却又は控訴棄却まで自ら判断しました。
これに対し,PBPクレーム2事件は,新しい法的枠組みの下で,物の構造・特性,不可能又は非実際的事情その他の事実を追加審理する必要があり,差し戻されました。
依頼者への説明では,①最高裁が示した法規範,②破棄された原判決の誤り,③差戻審に残る争点,④追加証拠,⑤最終結論が未確定であることを分けます。「最高裁で破棄された」ことと「最終勝訴」を同一視してはいけません。詳しくは,民事の破棄差戻審―拘束力,残存争点及び主張立証(AI作成)を参照してください。
第6 事実認定・経験則違反の組み立て方
事実認定を争う場合は,証拠を並べ直すだけでなく,原判決の推論過程を次の4段階に分解します。
- 証拠から直接読み取れる基礎事実
- 適用した経験則又は論理則
- 基礎事実から主要事実へ至る中間推認
- 認定された主要事実と法的要件との対応
その上で,反対事実の無視,時点の混同,例外的事象を常態とする飛躍,専門的知見との矛盾又は証拠の意味の取り違えを特定します。サッカー事故判決が,ゴールと道路の位置関係,設備及びボールが道路へ出る頻度を具体的に検討したことは,この方法の好例です。
第7 旧法事件を現行実務へ接続する方法
平成27年の判決には,平成29年民法改正前の時効・保証その他の旧法を前提とするものがあります。旧法判例を現行事件に用いるときは,①判決当時の条文,②現在の条文,③改正法附則の経過措置,④事案の法律行為・債権発生日,⑤後続判例を別々に確認します。
例えば,最高裁平成27年11月19日第一小法廷判決(平成25年(受)第2001号)は,主債務者に対する求償権について時効中断事由があっても,共同保証人間の求償権には旧民法457条1項の類推適用による中断効が生じないとしました。共同保証人間の求償権は,共同保証人間の最終的な負担調整を目的とし,主債務者に対する求償権の担保ではないからです。
この判決は上告棄却であり,年度の破棄件数には含めません。また,現行民法は「時効の中断」を「完成猶予及び更新」へ再構成しているため,具体的事件では現行民法457条・465条と経過措置を確認する必要があります。
第8 確認済み資料・未確認事項
1 確認済み
- 判例時報2306号掲載の平成27年度年次論文(年度の概観・一覧・個別事件紹介を確認した二次資料)
- 前記最高裁平成27年2月26日,4月9日,6月5日(2件)及び11月19日判決の裁判所公表全文
- e-Gov法令検索の民法
- 法務省「民法の一部を改正する法律(債権法改正)について」
2 未確認又は限定付き
- 31件又は一覧表32項目の全事件について判決・決定全文を照合したものではありません。
- 原判決全文,上告理由書・上告受理申立て理由書及び差戻審の結果は,代表事件を含めて本記事では網羅確認していません。
- 判例秘書は認証済み検索を実施していません。検索件数0件,ヒット件数不明,全文取得0件であり,収録の有無を確認済みとは表示しません。
第9 実務チェックリスト
- 年次論文は事件探索の索引とし,引用する判旨は裁判所公表全文又は認証済み判例データベースで確認したか。
- 請求,抗弁,不服申立ての範囲及び主文を最初に固定したか。
- 原判決の誤りを,入口・根拠・枠組み・事実・効果・救済のどこに位置付けたか。
- 証拠推論を「基礎事実→経験則→中間推認→主要事実」に分解したか。
- 破棄自判か差戻しかを確認し,差戻審の未確定事項を依頼者へ説明したか。
- 旧法判例について,現行条文,施行日及び経過措置を確認したか。
平成27年度の年次論文は,結論一覧として読むよりも,「原判決がどの段階で誤ったか」を反面教師として抽出すると実務価値が高まります。数字,判旨,証拠評価,主文及び現行法への接続をそれぞれ別の確認工程にすることが,誤引用と過度な一般化を防ぎます。
平成元年度から令和2年度までの年度別記事の一覧は,最高裁民事破棄判決等の実情(平成元年度~令和2年度)―年度別記事と判例時報の掲載号の一覧(AI作成)を参照してください。