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懲戒解雇でも退職金は全額不支給になるか―私生活上の犯罪・飲酒運転と功労抹消(AI作成)

第1 先に確認すべき結論

1 懲戒解雇と退職金不支給は別に判断する

懲戒解雇が有効であっても,退職金の全額不支給が当然に有効になるわけではない。
懲戒解雇については労働契約法15条等により懲戒事由の存在,客観的合理性及び社会通念上の相当性を確認する一方,退職金不支給については退職金規程等の根拠に加え,それまでの勤続の功を抹消するほどの重大な背信行為があったかを別に検討する必要がある。

したがって,実務では,①懲戒解雇の有効性,②退職金の支給要件,③全額不支給の可否,④一部減額の可否を分けて主張立証することになる。

2 全額不支給には高いハードルがある

退職金は,制度の設計により程度は異なるものの,功労報償だけでなく,賃金の後払い及び退職後の生活保障という性格を併せ持つ。
このため,不支給条項がある場合でも,懲戒解雇の事由があることだけで退職金の全額不支給まで正当化されるものではない。

特に私生活上の犯罪その他の職務外非違行為では,業務上横領のような犯罪行為に匹敵する強度の背信性があるかが問題となる。
会社の社会的評価が低下したという抽象的な説明だけでなく,職務との関係,企業秩序への現実的影響,報道・苦情・取引上の支障及び労働者の地位等を具体的に確認する必要がある。

第2 退職金不支給の前提となる規程

1 退職金制度そのものの有無を確認する

法律は全ての使用者に退職金制度の設置を義務付けているわけではない。
もっとも,退職金制度を設けた場合,労働基準法89条3号の2により,適用される労働者の範囲,退職手当の決定・計算・支払方法及び支払時期を就業規則に記載しなければならない。

退職金請求では,就業規則だけでなく,退職金規程,労働協約,雇用契約書,給与規程,企業年金規約及び過去の支給実績を確認する。
名称が退職慰労金又は功労金であっても,支給条件と計算方法があらかじめ定まり,使用者に裁量が残されていなければ,労働基準法上の賃金に当たり得る。

2 不支給・減額条項を確認する

退職金の全部又は一部を支給しないためには,原則として就業規則又は退職金規程等に不支給・減額の根拠が必要である。
「懲戒解雇された者には支給しない」という条項と,「情状により全部又は一部を支給しないことがある」という条項では,使用者に残された判断の幅及び一部支給の構成が異なる。

規程の文言だけでなく,作成・変更手続,労働者への周知,施行日,経過措置及び同種事案での運用も確認する。
不利益変更を伴う場合は,労働契約法9条及び10条の問題も別に生じる。

第3 功労抹消の判断要素

1 退職金の性質と勤続期間

同じ「退職金」でも,基本給,勤続年数及び支給率によって自動計算される制度は賃金後払いの性格が強く,経営者の裁量で功績に応じて支給する制度は功労報償の性格が強い。
全額不支給の可否を判断するときは,当該制度の実質を確認する必要がある。

勤続年数,役職,表彰,昇進歴及び過去の貢献は,失われる功労の大きさを示す。
長期勤続者については,問題となった一度の行為が長年の功労を全て失わせるほど重大かを丁寧に検討する。

2 非違行為の内容・故意・反復性

業務上横領,会社秘密の持出し,重大な背任,取引先への加害その他会社に直接向けられた故意の行為は,功労抹消を基礎付けやすい。
他方,過失行為,偶発的行為,少額被害,直ちに被害弁償した事案及び一度限りの行為では,懲戒解雇が有効であっても全額不支給まで相当かが別問題となる。

計画性,動機,回数,期間,被害額,隠蔽,虚偽説明,謝罪,被害回復及び再発防止策を具体的に整理する。

3 職務・会社との関連性

私生活上の行為では,労働者の職種・地位,会社の事業内容,会社名の報道,顧客・取引先からの苦情,業務停止又は信用低下の有無を確認する。
運転を中核業務とする者の飲酒運転,金銭を扱う者の窃盗・詐欺,児童に接する者の児童への犯罪などは職務との関連性が強くなり得るが,職種だけで結論は決まらない。

管理職又は対外的に会社を代表する立場であることは不利な事情になり得るものの,肩書だけで企業秩序への具体的影響を推定してはならない。

4 会社の損害と処分の均衡

会社が主張する損害は,報道記事,苦情記録,取引中止,代替要員の費用,監督官庁への報告その他の資料で確認する。
抽象的な「信用失墜」と,現実に生じた事業上の損害を区別する必要がある。

退職金全額の金額,基本給・勤続年数との対応,過去の懲戒例及び他の労働者との均衡も重要である。
懲戒解雇,解雇予告手当の不支給,損害賠償及び退職金全額不支給が重なる場合は,処分全体の実質的な重さも確認する。

第4 私生活上の犯罪・飲酒運転

1 逮捕・有罪と全額不支給は同義ではない

逮捕は有罪判決ではなく,刑事処分と労働契約上の処分は目的も判断基準も異なる。
起訴,不起訴,略式命令,有罪判決又は執行猶予という刑事手続の結果だけで,退職金全額不支給の結論が自動的に決まるわけではない。

会社は刑事手続の結果を待たずに懲戒処分を検討できる場合があるが,処分時に認定した事実と証拠を明確にしなければならない。
新聞記事又は逮捕情報だけでなく,本人の説明,客観資料及び会社業務への影響を確認する必要がある。

2 飲酒運転で確認する事項

飲酒運転では,①業務中か私生活中か,②社有車か自家用車か,③人身事故・物損事故の有無と被害の程度,④運転職か,⑤過去の飲酒運転歴・懲戒歴,⑥飲酒量と運転に至る経緯,⑦逃走・救護義務違反・証拠隠滅の有無,⑧会社への報告と説明,⑨免許取消し等による就労不能,⑩報道その他の会社への影響を確認する。

運転職で免許を失えば労務提供が困難になることがあるが,それは普通解雇又は配置転換可能性の問題と,過去の功労を全て抹消するかという退職金の問題とを分けて考える必要がある。

3 小田急電鉄事件

小田急電鉄事件・東京高裁平成15年12月11日判決は,鉄道会社の従業員による職務外の痴漢行為を理由とする懲戒解雇と退職金不支給が問題となった事案である。
同判決は懲戒解雇を有効としつつ,賃金後払いの性格が強い退職金の全額不支給には,永年の勤続の功を抹消するほどの重大な不信行為が必要であり,職務外の行為では業務上横領に匹敵する強度の背信性が必要であるとして,退職金の3割の支給を認めた。

これは,全ての私生活上の犯罪で3割を支給するという基準ではない。
個別の退職金制度,勤続状況,行為の内容及び会社との関連性を評価した事例であり,割合だけを他の事案に当てはめてはならない。

小田急電鉄事件では,退職金920万8451円のうち276万2535円の支給が認められた(判決本文5頁~6頁)。
これに対し,大阪地方裁判所平成17年7月13日判決(平成15年(ワ)第9907号)は,重要な地位にあった者の重大な背任行為と会社への直接的損害等を踏まえ,全額不支給を認めている(判決本文第3の2(2)ウ,13頁~14頁)。
私生活上の非違行為と会社に向けられた重大な背任では,会社との関連性や失われる功労の評価が異なる。

第5 会社側の実務

1 懲戒調査と退職金判断を分ける

事実調査書及び懲戒委員会の資料では,懲戒事由の認定と退職金の全部・一部不支給の理由を別の項目にする。
退職金については,制度の性質,勤続の功,非違行為の背信性,業務関連性,損害,過去の処分例及び減額で足りない理由を記録する。

自社の規程・労働協約の弁明手続を守り,認定事実,適用条項及び処分理由を明確にする。
弁明条項がない場合も,事実誤認や処分の均衡を確認するため説明の機会を設けることが望ましいが,弁明機会の欠如だけで常に懲戒解雇が無効になるという一律の要件ではない。
刑事記録を入手できない場合は,確認済みの事実と未確認事項を区別し,推測を事実として記載しない。

懲戒解雇と退職金不支給について別の根拠・理由を記録することと,必ず別々の決議・通知書を作ることは異なる。
上記大阪地裁平成17年7月13日判決は,具体的事情から取締役会の懲戒解雇決議に黙示の不支給判断も含まれると認めている(14頁~15頁)。
決裁権者,弁明,解雇予告,通知の到達及び接見禁止中の連絡方法は,懲戒解雇と退職金全額不支給の手続―弁明機会・決裁・通知到達と接見禁止中の対応(AI作成)で説明している。

2 一部支給を含めて検討する

全額不支給だけでなく,一部減額,自己都合退職基準による支給その他の選択肢を検討する。
規程が全部又は一部の不支給を予定している場合は,減額割合と非違行為によって失われた功労との対応を説明できるようにする。

処分例の一覧は,行為類型,故意・過失,被害,勤続年数及び役職が比較できる形で作成する。
同種事案で理由なく扱いが異なると,処分の相当性について疑問が生じる。

3 退職後の発覚と支給済み退職金の返還

退職後に在職中の非違行為が発覚した場合は,雇用関係終了後の懲戒解雇と,既に発生した退職金請求権への不支給条項等の適用を区別する。
実際に懲戒解雇された者を対象とする条項を,退職後に問題が判明した者へ当然に適用できるとは限らない。

名古屋地裁昭和59年6月8日判決は,退職後の発覚に関する規定がない場合の退職金請求権の発生を認めた上で,勤続功労を抹消する重大な背信行為による権利濫用の有無を別に検討し,この事件では権利濫用を否定した(判決本文理由第一の三・五・六)。
東京地裁平成6年6月21日のIKB事件も,懲戒解雇相当事由がある者を不支給対象とする条項がないこと等を踏まえ,不支給・減額の抗弁を認めていない(掲載された判決理由抜粋)。

一方,条項の解釈又は権利濫用による支払拒絶を認める考え方を示す下級審もあり,規程の文言と事実関係を基に検討する必要がある。
支給済みの金銭については返還の根拠が別に問題となり,東京地裁平成23年10月21日判決は,過払いが不当利得となり得るとしながら,具体的事案では元従業員2人に対する退職一時金の返還を否定した(判決本文第3の4,34頁~36頁)。
判決ごとの条項・判断の違いは,手続記事の第5の3・4で説明している。

退職後の発覚・返還を明記した条項でも,返還が一律に認められるわけではない。旭化成ファーマ事件・東京地裁平成22年4月28日判決(平成18年(ワ)第29160号)は,全額返還には高度の背信性を要するとし,営業秘密の生産菌の不正持出し等について会社拠出分2239万6000円の返還を認める一方,本人積立分を除外した(判例秘書L06530119,理由5)。
また,下野装飾事件・大阪地裁平成24年11月8日判決(平成23年(ワ)第12270号)は,退職後の競業を理由に中退共の給付を会社へ返還させる条項について,法定の減額制限を回避するものとして返還請求を退けた(14頁~16頁)。
在職中の行為の事後発覚と退職後の新たな行為,会社支給分と本人積立分・中退共の給付は区別する。各条項の文言と判断の違いは,手続記事の第5の5(退職後発覚・返還を明記した条項の類型別判断)を参照されたい。両判決の上訴・確定は未確認である。

第6 労働者側の実務

1 集める資料

就業規則,退職金規程,労働協約,雇用契約書,給与明細,退職金試算,懲戒通知書,弁明書,刑事処分関係書類,報道・苦情資料,人事評価,表彰記録及び過去の処分例を集める。
会社が就業規則の閲覧を認めない場合は,開示を求めた日時,方法及び回答を記録する。

退職金額は,会社の試算だけに依存せず,規程の基礎額,勤続年数及び支給率から再計算する。

2 請求の組立て

主位的に全額請求し,予備的に一部請求する構成,懲戒解雇の無効と退職金請求を併合する構成等が考えられる。
もっとも,規程の文言,退職金の性質及び訴訟物を踏まえ,個別事案に応じて請求原因と予備的主張を設計する必要がある。

第7 関連記事

懲戒解雇と退職金全額不支給の手続―弁明機会・決裁・通知到達と接見禁止中の対応(AI作成)では,退職金判断に至るまでの調査・弁明・決裁と,解雇通知の到達を説明している。

就業規則とは―記載事項・作成届出・周知・変更・懲戒の基本(AIリライト)では,就業規則の周知,懲戒事由及び懲戒権濫用を説明している。
逮捕されたら会社にばれるか-職場での逮捕,欠勤,懲戒及び解雇(AI作成)では,逮捕情報が会社に伝わる経路,欠勤及び私生活上の犯罪を理由とする懲戒・解雇を説明している。

第8 出典・参考資料

1 法令・厚生労働省資料

①労働基準法89条3号の2(e-Gov法令検索)
②労働契約法9条,10条及び15条(e-Gov法令検索)
③モデル就業規則(令和5年7月版)54条及び同解説(厚生労働省)
④退職金不払い・小田急電鉄事件(厚生労働省「確かめよう労働条件」)

2 裁判例及び判例秘書の確認範囲

①小田急電鉄事件・東京高裁平成15年12月11日判決(平成14年(ネ)第6224号,労働判例867号5頁)――裁判所ウェブサイトの判決本文を確認した。退職金に関する判断は5頁~6頁である。
②大阪地裁平成17年7月13日判決(平成15年(ワ)第9907号)――裁判所ウェブサイトの判決本文第3の2(2),13頁~15頁を参照した。

令和8年10月3日には,両判決を判例秘書の個別判決本文でも確認した(それぞれL05820139,L06050236)。
小田急電鉄事件は,東京地裁平成14年11月15日判決(平成14年(ワ)第2003号,判例秘書L05730854)が退職金請求を退けた後,東京高裁で一部変更され,3割の支払が命じられた経過まで確認した。
この控訴審後の上訴・確定と,大阪地裁平成17年7月13日判決の上訴・確定は未確認であり,全ての類似裁判を網羅したものでもない。
上記モデル就業規則は令和5年7月版の例示として挙げたものであり,現行の最新版を示す記載ではない。