第1 契約の有効性と前払金の回収を先に確認する
海外の仕入先とメールやオンライン会議で取引を決め,代金を前払いした後に,署名した契約書がないことを理由に履行や返金を拒まれることがある。
この場合は,契約の成立・方式,返還請求の根拠と準拠法,請求先と回収可能性,税務処理を順に確認する。
本記事は,日本の法人が事業のために海外から物品を購入する場面を中心に,日本の裁判所で判断する場合の入口を整理する。
所有権移転の方式や消費者契約の特例を,同じルールで処理するものではない。
法令・公表資料の確認日は令和8年10月15日である。
第2 書面がないことと,契約が成立していないことを分ける
1 申込み・承諾と方式を別に確認する
まず,品目,数量,代金,納期等について,どの言明又は行為が申込みと承諾に当たるかを確かめる。
担当者の権限,約款の組入れ,契約書への署名を成立の条件とする合意も,資料に即して検討する。
メールが存在することだけで,すべての合意や権限が立証されたことにはならない。
日本民法が適用される場合,民法522条は申込み・承諾による成立と,法令に特別の定めがある場合を除いて書面等の方式を要しないことを定める。
外国の取引先との売買について,日本法が適用されるかを確認せずに書面不要原則を当てはめたり,署名書面がないだけで無効と決めたりしない。
2 隔地間の契約では通知を発した地も確認する
日本の裁判所では,契約の成立・効力について,通則法7条・8条により法選択と,選択がない場合の最密接関係地法を検討する。
方式は同法10条により別に判断し,成立準拠法の方式に加えて,行為地法に適合する方式の有効性も確認する。
法を異にする地に在る者の間で締結した契約には10条4項があり,成立準拠法の方式に加え,申込み又は承諾の通知を発した地の法のいずれかに適合する契約の方式が有効とされる。
申込みと承諾を切り離して,それぞれが各発信地の方式を必ず満たすと決めるものではない。
オンライン会議でも当事者が同じ国にいたか,異なる国にいたかを記録し,会社の登記国やメールのサーバー所在地だけで発信地を決めない。
10条はすべての取引に共通する救済規定ではなく,同条5項の除外や,消費者契約についての11条の特例もある。
事業のための仕入れと,個人が家族用に購入する取引を区別する。
外国の裁判所で判断される場合は,その国の抵触法と方式規定を別に確認する。
第3 CISGが適用される売買では書面不要原則と留保を確認する
1 適用範囲と排除合意を先に確認する
国際物品売買契約に関する国際連合条約(CISG)の1条は,営業所が異なる締約国にある場合等の適用範囲を定め,2条以下には除外がある。
6条の適用排除の合意も確認する。
主契約に日本法を指定したことだけで,条約を当然に排除したと扱わない。
買主が事業者であっても,家族用の贈答品の購入かどうかは別に確認する。
2条(a)は個人用・家族用・家庭用の購入を原則として除外する一方,売主がその用途を知らず,かつ,知っているべきでもなかった場合には例外を定める。
用途と,売主へ伝えた内容を記録する。
2 11条だけを読んで方式を確定しない
条約11条は売買契約について書面等の方式を要しないと定める。
ただし,12条・96条に基づく宣言を行った締約国に当事者のいずれかが営業所を有する場合には,書面以外の方式を認める一定の規定が適用されない。
宣言があるだけで,どの国のどの方式規定が適用されるかまで自動的に確定するものではない。
取引時点の締約国,効力発生日,宣言及び撤回を,UNCITRALの締約国・宣言一覧と必要な原資料で確認する。
電子署名やメールを使う場合も,適用される書面要件を満たすかを確認する。
条約4条の有効性等の範囲と,11条の方式に関する規定も区別する。
第4 代金返還では,契約無効と解除を区別する
1 当初から効力がない場合
契約が当初から効力を生じていないとして支払済み代金の返還を求める場合は,返還請求をどの法律関係として捉えるかを先に整理する。
不当利得として検討する場合,通則法14条はその原因となる事実の発生地法を定める。
日本から送金したことだけで日本法と決めず,支払による損失と相手の利得の発生地を資料に即して検討する。
さらに15条は,契約との関連等に照らして,明らかにより密接な関係がある地の法による例外を定める。
売買と返還との関係,法選択の内容及び効力を確認し,契約の準拠法と返還に適用する法を結論だけで同一視しない。
返還を契約の効力として検討する構成を含め,請求の性質と適用法の理由を明示する。
2 有効な契約を解除した場合
有効に成立した売買を後に解除した場合は,当初無効の返還と区別し,解除の根拠,通知,期限及び原状回復を確認する。
CISGが適用される場合は,解除の要件を満たすかを確認した上で,81条2項の返還と,当事者双方が返還義務を負う場合の同時返還を検討する。
既に受け取った物品の保管・返送や,代金返還の合意も記録する。
代替品を購入した場合には,元の前払金,代替取引の支出,返還請求及び損害賠償請求を区別する。
CISG75条の差額請求には解除後の合理的な方法・期間での代替取引という要件があり,74条の損害と77条の損失軽減も確認する。
取引全体が赤字になったことだけで,その赤字全額が返還額又は賠償額になるとは限らない。
第5 日本で訴えられるかは準拠法と別に判断する
準拠法,履行地,裁判管轄及び仲裁の合意は,役割が異なる。
日本の裁判所に提起できるかは,民事訴訟法3条の3第1号・3条の7等の要件を確認する。
管轄合意には一定の法律関係と書面等の要件があり,物品売買本体に書面が不要であっても,管轄合意まで同じ扱いになるとは限らない。
引渡義務の不履行による損害賠償について,損害賠償債務自体の履行地等の別段の合意がない場合には,本来の物品引渡債務の履行地を確認する。
買主の住所や返金用口座が日本にあるという一事情から,当然に日本の管轄があると結論付けない。
法定の管轄原因があっても,3条の9の特別の事情による却下が問題になる場合がある。
回収方針を決める際は,相手の資産・担保,外国での判決の承認・執行,費用及び請求期限を併せて調べる。
仲裁条項や外国での期限保全については,海外取引の未回収代金も参照されたい。
第6 前払金の返還債権を売掛金と同じに扱わない
1 権利の状態と貸倒類型を照合する
仕入代金を前払いした事実,契約が無効又は解除された事実,返還請求権が発生した事実,その請求権を回収できない事実は,別々に確認する。
帳簿の前払金・前渡金・未収入金等の科目名だけで,権利の内容や損金算入時期を決めない。
代替品の仕入れに係る原価等と,元の仕入先に対する返還債権の損失も,別に照合する。
法人税基本通達9-6-1~9-6-3では,切捨て等,全額回収不能,一定の売掛債権の取引停止等を区別する。
9-6-2は全額回収不能が明らかになった事業年度と損金経理,担保物がある場合の処分後という要件を定める。
契約が無効になったというだけで,返還債権も回収不能になったとは扱わない。
9-6-3の1年以上経過の取扱いは,定義された売掛債権について,継続取引の停止等の要件を満たす場合のものである。
仕入代金の返還債権に,時間が経過したという理由だけで機械的に適用しない。
返還債権の実質,担保・保証,相手の資産状況,回収記録,該当する通達及び計上年度を税理士と確認する。
2 消費税と資料共有も別に確認する
国税庁No.6367の貸倒れに係る税額の調整は,国内の課税資産の譲渡等を行った事業者の売掛金等を対象とする。
買主が支払った前払金の返還債権へ,売上げ側の貸倒れ控除をそのまま当てはめない。
輸入に係る納税・仕入税額控除や返品等の税務上の扱いは,取引と輸入の事実に即して別に確認する。
弁護士と税理士へ共有する資料には,注文・承諾,所在地・発信地,約款の版,送金,納品・検収,無効又は解除の根拠と通知,返還請求,回収・資産調査及び決算日を含める。
各資料について,発生した日,確認した日,確定した事実と争われている事実を分ける。
決算上の検討中にも請求期限は進むため,期限保全と回収調査を並行して進める。
第7 関連記事と根拠資料
①海外取引の未回収代金―準拠法・時効・仲裁と貸倒処理を分けて確認する(AI作成)
②海外売掛金の債権譲渡・譲渡担保―準拠法,通知・対抗要件,支払先と貸倒処理(AI作成)
③令和4年司法試験国際関係法(私法系)第2問の模範解答と評価項目(AI作成)
法令は,令和8年10月15日時点の通則法7条・8条・10条・11条・14条・15条,民法522条及び民事訴訟法3条の3・3条の7・3条の9を確認した。
条約は外務省のCISG和文テキスト1条~6条・11条・12条・74条・75条・77条・81条・96条,税務は国税庁の上記通達及びNo.6367による。
裁判管轄の本来債務に関する説明は,現行条文に加え,法務省の令和4年司法試験出題の趣旨43頁の設問1も参考にしている。
③は論点の学習用であり,設問内の甲国法を現実の外国法の説明として用いていない。
本記事の資料共有と確認の順序は実務上の整理例であり,特定の外国法による効力,個別債権の回収可能性又は税務処理を一律に決定するものではない。