第1 最初に確認する四つの制度
賃貸物件が壊れ,賃借人が自分で修繕した場合は,①賃貸人の修繕義務(民法606条),②賃借人による修繕(607条の2),③必要費償還請求(608条1項),④使用収益できない場合の賃料減額(611条)を分けて検討する。
自分で直せたことと,その費用を全額請求できることは同じ問題ではない。
第2 賃借人が自分で修繕できる場合
賃借物の修繕が必要な場合,賃借人がその旨を賃貸人に通知し,又は賃貸人がその旨を知ったのに,賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないときは,賃借人が修繕できる(民法607条の2第1号)。
通知では,故障箇所,生活・営業への影響,希望期限,見積書及び写真を残す。
急迫の事情があるときは,事前通知を待たずに修繕できる(同条2号)。
漏水,漏電,倒壊のおそれなど被害拡大を防ぐ必要が典型である。
ただし,急迫性を後から説明できるよう,修繕前の写真,業者の所見,連絡履歴及び交換部品を保存する。
賃借人の責めに帰すべき事由によって修繕が必要になった場合,賃貸人は606条1項ただし書により修繕義務を負わない。
通常損耗・経年劣化なのか,賃借人の故意過失なのかを分ける必要がある。
第3 修繕費を請求するための要件と証拠
賃借人が賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは,直ちに償還を請求できる(民法608条1項)。
必要費とは,物件を保存し,通常の使用収益ができる状態を維持・回復するために必要な費用である。
好みや性能向上のための改装は,有益費又は賃借人負担となる可能性がある。
東京地裁令和6年9月26日判決(令和4年(ワ)第13425号等,判例秘書L07932156)は,建物の損傷について賃借人が支払った修繕費合計284万5620円を民法608条の必要費と認めた。
個々の工事について,損傷,対応,支払先,金額及び支払日を整理していた点は,請求の組み立ての参考になる。
実務では,①契約書・修繕特約,②故障発見時の写真・動画,③賃貸人への通知,④業者の診断・見積り,⑤発注内容,⑥請求書・領収書・振込記録,⑦修繕後の写真を一組で保存する。
工事範囲が広い場合は,保存に必要な部分とグレードアップ部分を見積り段階で分ける。
第4 賃料減額・損害賠償・相殺との関係
賃借物の一部が滅失その他の事由により使用収益できなくなり,それが賃借人の責めに帰すべき事由によらないときは,賃料は使用収益できなくなった部分の割合に応じて減額される(民法611条1項)。
修繕費請求とは別の制度であり,使用不能の範囲・期間を記録する必要がある。
営業休止や代替住居の費用などは,賃貸人の債務不履行による損害賠償の要件を別に検討する。
修繕費,減額賃料,損害を重複して請求しないよう,費目と期間を分ける。
修繕費を未払賃料と相殺する場合は,請求権の成立額,弁済期,相殺禁止特約及び意思表示を確認する。
金額に争いがある段階で一方的に賃料全額を止めると,賃料不払解除の紛争を招くため,供託その他の対応を含めて個別に検討する。
第5 修繕特約の読み方
最高裁第一小法廷昭和43年1月25日判決(昭和42年(オ)第820号,裁判集民事90号121頁,判例秘書L02310008)は,賃借人が修繕をする旨の特約について,特段の事情がない限り,賃貸人の修繕義務を免除した趣旨にとどまり,賃借人に積極的な修繕義務まで負わせたものではないと判断した。
したがって,「修繕は賃借人が行う」とあるだけで,必要費償還請求まで当然に放棄したと結論付けることはできない。
小修繕の範囲,費用上限,故障原因,退去時の原状回復との区別,必要費償還請求を排除する明確な合意の有無を確認する。
第6 出典・参考資料
①民法606条,607条の2,608条,611条(e-Gov法令検索)
②最高裁第一小法廷昭和43年1月25日判決(昭和42年(オ)第820号,裁判集民事90号121頁,判例秘書L02310008。
裁判所ウェブサイトで判決本文の直接掲載を確認できなかった。
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③東京地裁令和6年9月26日判決(令和4年(ワ)第13425号・令和4年(ワ)第24287号,判例秘書L07932156。
裁判所ウェブサイト未掲載)