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他人の土地を無断で貸した者を所有者が相続したとき―賃借人は明渡しを拒めるか,損害賠償及び留置権(AI作成)

第1 この記事の結論

本記事は,所有者に無断で他人の土地や建物を自分の名で貸した者(例えば親の土地を子が勝手に貸した場合)が死亡し,所有者がその者を相続したときに,賃借人が所有者からの明渡請求を拒めるかを,最高裁判例と民法の条文に沿って整理するものである。
結論は次のとおりである。
①他人の物を自分の名で貸す契約(他人物賃貸借)も,貸主と借主の間では有効であるが,所有者に対しては,借主は賃借権を主張できない。
②所有者が貸主を相続しても,所有者としての地位と相続した貸主としての地位は併存し,所有者は,信義則に反すると認められるような特別の事情がない限り,貸主としての債務の履行を拒むことができると考えられる(最高裁大法廷昭和49年9月4日判決の考え方による)。
③所有者が履行を拒むと,相続した貸主の債務は履行不能となり,所有者は相続人として借主に損害賠償責任を負う。
④借主は,その損害賠償請求権を理由に,土地を留置して明渡しを拒むことはできない(最高裁昭和51年6月17日判決の考え方による)。
⑤所有者が貸したことを追認すれば,賃貸借は所有者との関係でも効力を持つ。

本記事は,令和6年司法試験論文式試験民事系科目第1問がこの事例を素材としたことを機に,同試験の出題の趣旨・採点実感と判決本文を照合して作成した。
実際の事件では,契約書,登記,相続関係及び当事者の言動を確認した上で個別に判断する必要がある。

第2 他人の物の賃貸借はどこまで有効か

1 貸主と借主の間では有効

民法561条は,他人の権利を売買の目的としたときは,売主はその権利を取得して買主に移転する義務を負うと定め,同法559条により,この規定は売買以外の有償契約にも準用される。
賃貸借(民法601条)も有償契約であるから,他人の物を自分の名で貸した貸主は,所有者から貸す権限を取得し,その権限に基づいて借主に使用収益させる義務を負う。
令和6年司法試験の出題の趣旨も,このような他人物賃貸借について,民法601条,559条による561条の準用を挙げている。

2 所有者には賃借権を主張できない

所有者は,他人物賃貸借の当事者ではない。
そのため,借主は,貸主に対して賃借権を主張できても,所有者に対しては,その賃借権を占有の権原として主張することができない。
借主が土地上に登記された建物を所有していても,借地借家法10条1項は,有効に成立した借地権を第三者に対抗するための規定であるから,賃貸する権限のない者から借りた場合の問題を解決しない。
採点実感も,同項を理由に所有者へ借地権を主張できるとする答案について,そもそも有効な占有権原が成立していないから第三者への対抗も問題にならないと指摘している。

3 無権代理との違い

貸主が所有者の代理人として契約したのであれば,無権代理(民法113条)の問題になり,所有者が追認しなければ所有者に効力を生じず,代理人は無権代理人の責任(民法117条)を負う。
これに対し,貸主が自分の名で契約したときは,貸主自身が賃貸人であり,無権代理ではない。
採点実感は,自分の名で貸した事例を無権代理の事案と捉える答案を,不良の例として挙げている。
契約書の賃貸人欄に誰の名前があるか,代理人として署名したのかを最初に確認する。

第3 所有者が貸主を相続した場合

1 地位は併存し,所有者は履行を拒める

最高裁大法廷昭和49年9月4日判決は,他人の権利の売主が死亡し,その権利者が売主を相続した場合について,権利者は相続により売主の義務ないし地位を承継するが,そのために権利者自身が売買契約を締結したことになるものではなく,権利が当然に買主に移転するものでもないとした。
その上で,権利者は,相続前と同様にその権利の移転について諾否の自由を保有し,信義則に反すると認められるような特別の事情のない限り,売主としての履行義務を拒否することができると判断した。
その理由として,同判決は,権利者の諾否の自由が相続による売主の義務の承継という偶然の事由によって左右されるべき理由はなく,権利者が権利の移転を拒否したからといって買主が不測の不利益を受けるわけでもないことを挙げている。
同判決は,この法理が,他人の権利を代物弁済に供した債務者をその権利者が相続した場合にもひとしく妥当するとして,代物弁済に供された土地建物の所有権が相続により当然に移転したとした原判決を破棄したものであり,事案は代物弁済である。

同判決は賃貸借の事案ではないが,令和6年司法試験の出題の趣旨は,他人物賃貸借の貸主を所有者が相続した場合にも同判決の考え方を踏まえた検討を求め,所有者としての地位と貸主としての地位は融合することなく併存し,所有者は所有者としての地位において承継した債務の履行を拒むことができると整理している。
出題の趣旨も,相続という偶然の事由によって所有者が貸す権限を与えるかどうかの自由を奪われる理由はなく,所有者が拒んでも借主は損害賠償で救済されるから不測の損害を受けないことを理由に挙げている。

2 信義則に反する特別の事情

最高裁大法廷昭和49年9月4日判決は,履行の拒否が信義則に反すると認められるような特別の事情がある場合を例外としているが,どのような事情がこれに当たるかは示していない。

(1) 他人物賃貸借で特別の事情を否定した裁判例

他人の建物を無断で貸した者を所有者が相続した場面で,この点を具体的に検討した裁判例として,東京地裁昭和51年7月27日判決(昭和50年(レ)第301号,判例秘書の判例番号 L03130194)がある。
同判決の事案は,所有者の養父が,所有者の印鑑証明書を偽造して建物を自己名義に登記し,所有者がその抹消登記を求める訴えを起こして予告登記がされていた間に,所有者の承諾なく建物を店舗として賃貸し,その後に死亡した養父を所有者らが相続したというものである。
同判決は,昭和49年判決を参照して,所有者は相続前と同様に建物の賃貸について諾否の自由を保有し,信義則に反すると認められるような特別の事情のない限り,貸主としての履行義務を拒否することができるとした。

その上で,同判決は,所有者が貸主名義の登記や貸店舗の看板,借主の使用を黙認していたという借主側の主張は証拠上認められず,かえって所有者は貸主に対して訴えを起こし,借主の占有を知るとただちに明渡しを求めていたこと,所有者は賃貸借に関与しておらず,そこから利益を得たこともないこと,借主は当初から所有者に明渡しを請求される可能性のある地位にあったことを指摘した。
また,借主が貸主の所有と信じて借りたとしても,特別の事情には当たらないとして,所有者は履行を拒否できると結論付けている。

(2) 相続後に権利を取得した場合は原則が逆になる

これに対し,大阪高裁昭和50年6月17日判決(昭和49年(ネ)第297号,判例秘書の判例番号 L03020280)は,他人の権利の売主を相続した者が,その相続後に権利者から権利を取得した場合について,昭和49年判決の事案との相違点・類似点から,特別の事情のない限り,売主としての履行義務を拒否することができないとした。
同判決の事案は,国に買収された農地について,将来の売払いを見込んだ旧所有者が小作人に売って代金を受け取り,旧所有者の死亡後に,その相続人が国から売払いを受けたというものである。
相続の時点で既に権利者であった者は履行を拒めるのが原則であるのに対し,相続した後に権利を取得した者は履行を拒めないのが原則となる点に注意を要する。

(3) 考慮される事情

以上を踏まえると,特別の事情の有無は,所有者が貸すことに関与したか,貸主が所有者であるかのような外観(登記,看板,「既に贈与を受けた」という説明等)を所有者が作り出し又は放置したか,所有者が賃料を受け取るなど賃貸借から利益を得たか,借主の利用を知りながら長く放置したかといった所有者側の事情を中心に判断されると考えられる。
借主が貸主の所有と信じて借りた,建物を建てて住んでいる,賃料を払い続けてきたといった借主側の事情だけでは,所有者が関与していない限り,特別の事情に当たらないと考えられる。

3 無権代理と相続の判例との関係

無権代理と相続については,判例は次のように判断している。
①本人が無権代理人を相続した場合,最高裁昭和37年4月20日判決は,本人が無権代理行為の追認を拒絶しても何ら信義に反するところはないから,無権代理行為は本人の相続により当然有効となるものではないとした。
②無権代理人が本人を相続した場合,最高裁昭和40年6月18日判決は,本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解している。
③本人が追認を拒絶した後に無権代理人の側が本人を相続した場合,最高裁平成10年7月17日判決は,追認拒絶によって無権代理行為の効力が本人に及ばないことが確定し,その後の相続は追認拒絶の効果に影響しないとした(同判決は,無権代理人の相続人が後に本人を代襲相続した事案である)。
④本人が無権代理人を相続した場合でも,最高裁昭和48年7月3日判決は,民法117条による無権代理人の債務は相続の対象となり,本人は追認を拒絶できる地位にあったからといってその債務を免れることはできないとした。
⑤無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合,最高裁平成5年1月21日判決は,追認権は相続人全員に不可分的に帰属し,共同相続人全員が共同して追認しない限り,無権代理行為は無権代理人の相続分に相当する部分においても当然に有効となるものではないとした。
⑥無権代理人を本人と共に相続した者が,その後更に本人を相続した場合,最高裁昭和63年3月1日判決は,本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効力を生ずるとした。
所有者(権利者)が無権限の貸主を相続する本記事の場面は①・④と同じ向きであり,所有者は履行を拒めるが,相続した損害賠償責任は免れないという整理になる。
採点実感も,本人が無権代理人を相続した場合の判例と比較しながら論じた答案を優秀な例として挙げている。

4 所有者が追認した場合

最高裁昭和37年8月10日判決は,権利を有しない者が他人の物を自己の権利に属するものとして処分した場合に,真実の権利者が後日これを追認したときは,無権代理行為の追認に関する民法116条の類推適用により,処分の時に遡って効力を生ずるとした。
したがって,所有者が貸したことを追認すれば,借主は所有者に賃借権を主張できると考えられる。
所有者が契約を引き継ぐつもりがないときは,賃料を受け取らない,契約を前提とする連絡をしないなど,追認と受け取られる言動を避け,明渡しを求める意思を書面で示しておく。

第4 借主の救済―損害賠償

1 履行不能と損害賠償

所有者が履行を拒むと,所有者が相続した使用収益させる債務は履行不能となる(民法412条の2第1項)。
借主は,相続人である所有者に対し,債務不履行による損害賠償を請求できる(民法415条1項)。
他人の物を貸す者は,貸す権限を取得できない危険を自ら負っているから,債務者の責めに帰することができない事由による不能とは通常いえないと考えられる。
契約に使用収益ができなくなった場合の損害賠償額を予定する条項があれば,その額によることになる(民法420条1項)。

2 履行を拒めることと責任を負うことは矛盾しない

所有者が履行を拒めるのは,所有者として持っていた自由に基づくものであり,損害賠償責任を負うのは,相続によって貸主の債務を承継したからである(民法896条)。
採点実感は,所有者が占有を拒絶できることと,拒絶した場合に貸主としての債務不履行責任を負うこととの関係(それが矛盾しないこと)に触れた答案に高い評価を与えるとしている。
所有者が貸主の債務を負いたくない場合は,相続放棄(民法939条)が考えられるが,他の遺産も承継しないことになり,自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月の熟慮期間(民法915条1項)があるから,早めに検討する必要がある。

第5 留置権で明渡しを拒めるか

1 物と債権の牽連関係

留置権は,他人の物の占有者がその物に関して生じた債権を有するときに,弁済を受けるまでその物を留置できる権利である(民法295条1項)。
借主の損害賠償請求権が,土地「に関して生じた債権」といえるかが問題となる。

2 他人物売買の判例

最高裁昭和51年6月17日判決は,他人の物の売買における買主は,売主の所有権移転債務の履行不能による損害賠償債権をもって,所有者の目的物返還請求に対し,留置権を主張することは許されないとした。
その理由は,他人の物の売主は,債務が履行不能となっても目的物の返還を買主に請求しうる関係になく,買主が返還を拒絶することによって損害賠償債務の履行を間接に強制するという関係は生じないため,物と債権との牽連関係が当事者間に存在するとはいえないというものである。
なお,この判断は判決本文の上告理由第二点に対する部分にあり,裁判所ウェブサイトの判示事項・裁判要旨には載っていない。

3 相続で債務者と所有者が同じ人になっても変わらない

所有者が貸主を相続すると,損害賠償債務を負う者と土地の返還を求める者が同一人になるため,留置によって弁済を間接に強制できるようにも見える。
採点実感によれば,この点で牽連関係を認める答案が圧倒的に多かった。
しかし,この状況は貸主の死亡という偶然の事情によって生じたものであり,所有者としての地位と貸主としての地位が併存すると考える限り,牽連関係の判断に影響しない(出題の趣旨・採点実感も同旨)。
また,出題の趣旨が指摘するとおり,牽連関係を認めると,貸す権限のない者が貸した行為によって所有者の物の上に留置権が成立し,所有者の地位と衝突する。
借主の損害賠償請求権は,物自体から生じた債権(物の瑕疵による損害や物に支出した費用の償還)でもない。
東京地裁昭和51年7月27日判決(第3の2)も,所有者が貸主を相続した上で履行を拒否した事案で,借主の損害賠償請求権は建物自体を目的とする債権がその態様を変じたものであり,民法295条1項の物に関して生じた債権とはいえないとして留置権を否定し,借主が少なくとも過失により無権原で占有を始めたことも理由に挙げた。
同判決は,借主が同じ損害賠償請求権をもって同時履行の抗弁を主張することも許されないとしている。

4 同時履行の抗弁も使えない

借主が明け渡す義務は所有権に基づくものであり,損害賠償債務とは双務契約上の対価関係に立たないから,同時履行の抗弁(民法533条)を主張することもできない。
採点実感は,借主が同時履行の抗弁を主張しているとしてその要件を検討する答案を不良の例として挙げている。

第6 実務上の確認事項

1 借りる側

①登記事項証明書で所有者を確認し,貸主が所有者でなければ,所有者の承諾書又は代理権の資料を求める。
②既に贈与を受けた,名義を移していないだけといった説明は,登記又は贈与契約書で確かめる。
③所有者の承諾が得られないまま借りる場合は,使用収益ができなくなったときの損害賠償額や違約金を契約で定めておく。
④貸主が死亡して相続人が分からないときは,債権者を確知できない場合の供託(民法494条2項)を検討し,賃料の不払を理由とする解除を避ける。

2 所有者側

①自分の土地が無断で貸されていると分かったら,契約書の当事者欄で,自分の名で貸したのか代理人として貸したのかを確認する。
②追認と受け取られる言動(賃料の受領等)を避け,明渡しを求める意思を書面で示す。
③貸主名義の登記や「貸店舗」の看板など,貸主が所有者であるかのような外観を知ったときは,放置せずに是正を求める(東京地裁昭和51年7月27日判決は,所有者が貸主に訴えを起こし,借主の占有を知ってただちに明渡しを求めていたことを指摘している)。
④無断で貸した者を相続する立場にあるときは,相続した損害賠償債務の額を見積もり,相続放棄の要否を熟慮期間内に検討する。
⑤借主から留置権や同時履行を理由に明渡しを拒まれても,前記の判例の考え方からは,損害賠償の問題と明渡しの問題を切り分けて交渉できる。

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第8 出典

1 法令

民法(e-Gov法令検索)
113条,116条,117条,295条,412条の2,415条,420条,494条,533条,559条,561条,601条,896条,915条,939条
借地借家法(e-Gov法令検索)
10条

2 裁判例

①最高裁判所大法廷昭和49年9月4日判決(昭和44年(オ)第23号,民集28巻6号1169頁)
②最高裁判所第一小法廷昭和51年6月17日判決(昭和50年(オ)第1148号,民集30巻6号616頁)
③最高裁判所第二小法廷昭和37年4月20日判決(昭和35年(オ)第3号,民集16巻4号955頁)
④最高裁判所第二小法廷昭和40年6月18日判決(昭和39年(オ)第1267号,民集19巻4号986頁)
⑤最高裁判所第二小法廷平成10年7月17日判決(平成6年(オ)第1379号,民集52巻5号1296頁)
⑥最高裁判所第三小法廷昭和48年7月3日判決(昭和46年(オ)第138号,民集27巻7号751頁)
⑦最高裁判所第二小法廷昭和37年8月10日判決(昭和34年(オ)第504号,民集16巻8号1700頁)
⑧最高裁判所第一小法廷平成5年1月21日判決(昭和63年(オ)第1733号,民集47巻1号265頁)
⑨最高裁判所第三小法廷昭和63年3月1日判決(昭和58年(オ)第1362号,集民153号465頁)
⑩東京地方裁判所昭和51年7月27日判決(昭和50年(レ)第301号,判例秘書の判例番号 L03130194)
⑪大阪高等裁判所昭和50年6月17日判決(昭和49年(ネ)第297号,判例秘書の判例番号 L03020280)

3 公式資料

令和6年司法試験論文式試験問題(民事系科目)
令和6年司法試験論文式試験出題の趣旨(民事系科目第1問の部分)
令和6年司法試験の採点実感(民事系科目)(第1問の部分)

4 確認状態

裁判例①〜⑨は,裁判所ウェブサイト又は判例秘書の判決全文で,本記事で触れた判示の文言を確認した。
裁判例⑩⑪は,裁判所ウェブサイトに掲載がなく,判例秘書で判決全文を確認した。
条文は,e-Gov法令検索で令和8年10月4日時点の条文を確認した。
第3の2(3)の「特別の事情」の考慮要素は,最高裁判例が示したものではなく,主に裁判例⑩が検討した事情を基にした本記事の整理である。