第1 移籍では「誰が,いつ」を分けて考える
弁護士職務基本規程57条は,他の所属弁護士が27条又は28条により職務を行い得ない事件について,共同事務所の所属弁護士にも原則として職務の禁止を及ぼす規定である。
ここでいう共同事務所は,弁護士法人又は共同法人の法律事務所を除く。
法人については63条以下の規定を別に確認する必要がある。
移籍を理由に受任の可否を判断する際は,直接の禁止事由を持つ弁護士と,その同僚として禁止の影響を受ける弁護士を区別しなければならない。
さらに,その禁止事由が在籍中に生じたのか,退所後に初めて生じたのかによっても問題は異なる。
以下では,27条又は28条の事由を持つ弁護士をX,その同僚をWとして説明する。
第2 退所する弁護士と残る弁護士
1 Xが退所しても,Wの問題は消えない
57条の「他の所属弁護士」には,所属弁護士であった者が含まれる。
第4版188頁~191頁の解説によれば,Xに在籍中から職務禁止事由がある場合,Xが退所したというだけで,元の共同事務所に残るWが自由に反対当事者の事件を扱えることにはならない。
Xの退所後に入所した弁護士についても,事務所に残る秘密や従前の関係を確認する必要がある。
これに対し,Xの退所後に初めて生じた職務禁止事由まで,元の共同事務所に当然に波及するという説明ではない。
当事者名だけでなく,相談・受任・退所の各時点を記録しておくことが重要となる。
2 Wが移籍する場合には解釈上の問題がある
W自身には27条又は28条の事由がなく,Xと同じ事務所にいたことだけが問題となる場合について,第4版190頁は,退所したWへの57条の適用を否定する解釈を相当とする。
これは同書の解釈であって,「退所すれば常に受任できる」という確定した一律のルールを示すものではない。
Wが自ら相談を受けていたり,依頼者の秘密を知っていたりすれば,W自身の職務禁止,秘密保持,誠実義務の問題が残る。
移籍先で反対当事者を受任して十分な活動ができるかも,具体的に検討しなければならない。
| 場面 | 確認すべき点 |
|---|---|
| 禁止事由を持つXが退所する | 在籍中からの事由か。残るWへの57条の適用とただし書を確認する。 |
| 同僚Wが退所する | W自身の27条・28条の事由,取得した秘密,移籍先での職務の公正を確認する。 |
| Xの退所後に事由が生じる | 元の事務所に在籍していた時点の事情と区別する。 |
| 事務所が分裂・統合する | 名称や組織変更だけで判断せず,担当者・秘密・継続する依頼関係を確認する。 |
第3 情報遮断だけで受任できるわけではない
1 57条ただし書の判断
57条ただし書は,職務の公正を保ち得る事由がある場合を例外としている。
第4版192頁~194頁は,情報遮断の有無だけでなく,利益相反の内容,事件の性質,事務所内の関係や情報共有の実態などを考慮する説明をしている。
情報遮断の措置があれば必ず例外に該当するというものでも,情報遮断がなければ必ず例外が否定されるというものでもない。
同一訴訟の対立当事者を同じ共同事務所が扱うような場面では,特に慎重な判断が必要である。
2 令和3年最高裁決定が判断した範囲
最高裁令和3年4月14日第二小法廷決定(令和2年(許)第37号)は,57条違反にとどまる場合,懲戒の原因となり得ることは別として,違反は訴訟行為の効力に影響せず,相手方は同条違反を理由として裁判所に訴訟行為の排除を求めることができないと判断した。
これは,弁護士法25条1号に違反する訴訟行為の排除が問題となる場合とは区別される。
同決定は,情報遮断措置が十分であると認定したものではない。
補足意見も,採用を見合わせることなく事件を受任した行動が適切であったという判断を含むものではないと明示している。
訴訟行為が排除されないことから,職務上の受任制限や秘密保持の検討まで不要になると考えてはならない。
原審の知財高裁令和2年8月3日決定(令和2年(ラ)第10004号)は,電子フォルダやメールの制限,記録の施錠保管等を検討し,同じ執務室での口頭の情報伝達や補助職員の共通配置に着目して,遮断措置の十分性を否定した。
ただし,同決定は最高裁により破棄されており,訴訟行為排除を認めた結論を現在の基準として扱うことはできない。
具体的な事情は,情報遮断の実効性を点検する材料として参照する必要がある。
3 56条の秘密保持は退所後も続く
56条は,他の所属弁護士の依頼者について執務上知り得た秘密を,正当な理由なく漏らしたり利用したりすることを禁止し,退所後も同じ規律を及ぼす。
57条ただし書の検討とは別に,受任のための事情説明や移籍先への事件情報の持込みが秘密保持に反しないかを確認する必要がある。
第4 受任後に判明した場合の58条
受任後に57条に該当する事由を知った場合,58条は速やかな説明と,辞任その他の適切な措置を求める。
第4版199頁~200頁は,辞任を例示としつつ,禁止事由が解消できない場合には職務を続けられないこと,辞任の際にも依頼者に不利益を与えないための引継ぎ等が必要となることを説明する。
例外要件を満たす事情や,有効な同意によって問題を解消できる類型かどうかは,27条・28条及び57条に戻って検討する。
「後で同意を取ればよい」と考えて受任を先行させることは適切でない。
第5 移籍・分裂時の確認記録
実務上は,①担当者と相談を受けた者,②依頼者・相手方・事件名,③相談・受任・退所の時点,④秘密を知った範囲,⑤情報遮断の実施状況,⑥受任可否の検討と依頼者への説明を記録しておくことが考えられる。
これは本記事の実務上の整理であり,59条の事件情報記録等を具体化する際の参考である。
事件・職員・預り金・清算を含む退所全体の検討は,法律事務所の退所・分裂のチェックリストを参照されたい。
同記事では,57条違反と訴訟行為の効力に関する裁判例も扱っている。
移籍の各類型を原判決・原議決で比較する事例研究は,本記事の一般的解説とは区別して検討する必要がある。
社内弁護士の転職に際して企業と採用事務所が行う確認は,社内弁護士の転職と利益相反―企業・採用事務所の確認手順を参照されたい。
第6 出典・関連記事
①日本弁護士連合会「弁護士職務基本規程」(令和8年10月4日確認)。
②日弁連弁護士倫理委員会編著『解説「弁護士職務基本規程」第4版』(日本弁護士連合会,令和8年9月)185頁~200頁。本記事は同書の解説を参照したものであり,同書の記述を日弁連の公式見解又は個別事件の原議決そのものとして扱うものではない。
③弁護士職務基本規程の現行条文・条文別索引。
④最高裁令和3年4月14日第二小法廷決定(令和2年(許)第37号,民集75巻4号1001頁,本文及び補足意見)。
⑤知財高裁令和2年8月3日決定(令和2年(ラ)第10004号。最高裁により破棄された原審決定として参照)。
④・⑤は令和8年10月4日に裁判所公表本文を確認した。