引換給付判決を得ても,相手方が任意に履行するとは限らない。強制執行に進むためには,判決主文が定める反対給付を履行し,又は提供したことを証明する必要がある。ただし,登記手続を命ずる判決には特別の扱いがあり,弁済供託の成立や供託金の還付にも別の要件がある。
本記事は,現行の民法,民事執行法,供託法及び法務省の供託Q&Aを基に,何を準備し,何を証明するかを整理する。個別事件で受け付けられる証明資料は,給付の内容と提出先に即して確認する必要がある。
第1 最初に判決主文と執行方法を確認する
「代金500万円の支払と引換えに物を引き渡せ」という判決であれば,執行開始のために確認する反対給付は,まず主文に記載された500万円である。判決書,確定証明書又は仮執行宣言,送達証明書,執行文の要否及び給付の目的物を確認する。仮執行が可能かどうかは,個々の判決と執行の種類による。
物の引渡し等の執行と,所有権移転登記手続等の意思表示を命ずる判決は,同じ手順ではない。前者では民事執行法31条1項による執行開始要件が問題となり,後者では同法177条2項による執行文付与の段階で反対給付の証明が必要となる。提出先を取り違えないことが出発点となる。
第2 反対給付を「提供する」とは何か
民法493条本文は,債務の本旨に従った現実の提供を原則とする。金銭であれば,支払うべき金額,支払場所,支払時期及び支払方法を確認し,受領できる状態で差し出すことが基本となる。単に資金を保有していることや,「いつでも払う」と通知することだけで当然に現実の提供になるわけではない。
相手方があらかじめ受領を拒んでいる場合,又は履行について相手方の行為を要する場合には,同条ただし書により,弁済の準備をしたことを通知し,受領を催告する方法が認められる。拒絶の発言や連絡,準備した資金,通知及び催告の内容を一組の資料として残す。相手方の協力を要する事情も具体的に特定する。
振込みについては,送金先の指定,契約上の支払方法,着金の有無及び返金の経緯を確認する。振込予約の画面と,実際の着金を示す資料は区別する。送金ができなかった場合にも,その理由が受領拒絶なのか,口座情報の誤りなのかによって評価が異なる。
第3 提供・履行を証明する資料を作る
1 受領された場合と拒絶された場合
受領された場合は,領収書,振込結果,入金の確認及び相手方の受領確認を整理する。領収書には,受領者,日付,金額,対象となる債務及び事件を特定できる情報を記載してもらう。代理人等に支払うときは,その受領権限も確認する。
受領を拒絶された場合は,いつ,どこで,誰が,何を,どのように差し出し,相手方がどう応答したかを記録する。通知書,配達証明,連絡記録,写真その他の資料は,それぞれ証明できる事実が異なる。内容証明郵便は通知内容を裏付ける資料となるが,それだけで現金を差し出した事実まで証明するものではない。
2 第三者による記録と提出先への確認
事実実験公正証書も検討対象となる。公証人が直接見聞した事実を記録するものであり,弁済提供の状況を残す用途がある。ただし,公正証書を作成すれば,その提供が債務の本旨に適合することや,執行開始要件を満たすことまで自動的に確定するわけではない。丸の内公証役場の事実実験に関する説明も参照されたい。
履行・提供の方法を決める前に,担当する執行機関又は執行文付与を担当する裁判所書記官に,給付内容と予定する証明資料を示して確認することが有用である。録音や自己作成の報告書等について,一般的に必ず受け付けられるとは断定できない。相手方が争うことを想定し,直接裏付ける資料を重ねて準備する。
口頭の提供の証拠化を考える参考となるのが,東京地裁平成19年10月19日判決(平成19年(ワ)第7138号,判例秘書L06234603)である。裁判上の和解による不動産売買の決済について,登記必要書類の準備,決済日時・場所・担当司法書士の回答を求めたFAX及び通知先の前訴代理人の受領権限を具体的に検討し,口頭の提供を認めた。
この判決は,請求異議訴訟において実体法上の提供を認定したものである。執行官がFAXだけで民事執行法31条1項の証明を認めた事件ではない。実務では,①給付を実行できる準備,②準備の通知と受領の催告,③通知の到達,④代理人に通知した場合の受領権限をそれぞれ裏付ける資料を残す。前訴の訴訟代理人であったという事実だけから,和解後の通知を受領する権限まで当然に認めない。
第4 登記手続を命ずる判決では証明する段階が異なる
民事執行法177条1項は,意思表示を命ずる判決について,原則として確定時に意思表示をしたものとみなす。同条2項は,債務者の意思表示が反対給付との引換えである場合等には,所定の執行文が付与された時に意思表示をしたものとみなすと定める。
この場合には,債権者が反対給付を履行し,又は提供したことを証する文書を提出して,執行文の付与を受ける。「判決が確定したから直ちに登記に進める」と処理しない。執行文付与のための資料と,登記申請自体に必要な書類をそれぞれ確認する。
東京高裁昭和54年12月25日決定(昭和54年(ラ)第731号,判例タイムズ407号83頁・判例時報958号73頁)は,50万円の支払と引換えの所有権移転登記・建物明渡判決について,別の確定貸金債権による相殺を主張して登記用の執行文を得た後にも,明渡執行官は独立して反対給付の履行・提供を調査判断するとした。登記が済んだことだけで,明渡しの執行開始要件の証明まで済んだと扱うことはできない。
同決定は,相殺について実体的な要件・効力の判断が必要となることから,相手方が相殺を認める書面等の特段の事情がない限り,その主張を反対給付の履行の証明とすることはできないとした。相殺が実体法上常に無効という判断ではない。確定貸金判決と相殺通知を用意しただけで,当然に明渡執行を開始できると説明しない。旧民事訴訟法下の決定であり,現在の執行官室への個別照会回答と区別する。
第5 受領拒絶がある場合の弁済供託
1 供託原因・金額・供託所を確認する
民法494条は,弁済の提供に対して債権者が受領を拒んだ場合,債権者が受領できない場合等に弁済供託を認める。供託原因によって必要な事実が異なるため,受領拒絶,受領不能又は債権者不確知のどれに当たるかを特定する。受領拒絶を理由にする場合は,第2で述べた提供の要件を確認する。
同法495条1項により,供託は債務の履行地の供託所にする。供託額は,判決主文の引換額だけを見るのではなく,何の債務を消滅させる目的で供託するのかを明確にして検討する。利息,遅延損害金その他の付随する債務の有無も確認する。
2 反対給付の内容を曖昧にしない
同時履行関係にある場合には,相手方に求める反対給付の内容を供託手続上どう記載するかも確認する。民法498条2項は,債権者が反対給付をすべきときは,その反対給付をしなければ供託物を受け取れないと定める。金銭を供託したことと,相手方が自由に還付を受けられることは別の問題となる。
供託書には,契約,対象債務,提供及び拒絶の経過,反対給付を具体的に特定できる事実を整理する。法律上要求できない条件を付けてよいわけではない。本記事の説明をそのまま全事件に共通する完成済みの供託書として使用せず,契約と判決主文を踏まえて管轄供託所に確認する。
3 固定事案による供託書・添付資料の記載例
以下はすべて架空の学習用事案である。買主甲野太郎と売主乙野次郎は令和8年4月1日,絵画1点を500万円で売買し,代金支払場所を売主住所,支払と引渡しを同時履行と合意した。代金総額に争いはなく,利息の約定,買主の遅滞,相殺,一部払い及び差押えはない。東京地裁令和8年(ワ)第99999号で,同年9月10日に500万円との引換引渡判決があり,同月25日に確定したとする。買主は9月28日午前10時,売主住所で現金全額を直ちに受領できる状態で差し出し,絵画との交換を求めたが,売主は受領を拒絶した。
供託書の記載例は,「法令条項:民法第494条第1項第1号」「供託金額:5000000円」「反対給付の内容:別紙物件目録記載の絵画1点の供託者への引渡し」となる。供託者・被供託者にはそれぞれ買主・売主の正しい住所氏名を記入し,供託所は合意した履行地に従って選ぶ。受付・受理年月日及び供託番号等の供託所記入欄を申請者が埋めない。
「供託の原因たる事実」欄の完成文例:供託者と被供託者は,令和8年4月1日,別紙物件目録記載の絵画について,代金5000000円,代金支払場所を被供託者住所,代金支払と絵画引渡しを同時履行とする売買契約を締結した。東京地方裁判所令和8年(ワ)第99999号絵画引渡請求事件につき,同年9月10日,5000000円の支払と引換えに当該絵画を供託者へ引き渡すべき旨の判決があり,同月25日に確定した。代金総額は5000000円であり,利息及び遅延損害金は発生していない。供託者は同月28日午前10時,履行地である被供託者住所で現金5000000円全額を直ちに受領できる状態で差し出して受領を求め,絵画との交換を求めたが,被供託者は受領を拒否した。よって,当該絵画の引渡しを反対給付として,売買代金5000000円を供託する。
別紙物件目録の完成文例:絵画1点,作者甲山一郎,作品名「青い丘」,2025年制作,油彩・キャンバス,縦60cm・横80cm,額付き,裏面識別番号YK-2025-001。実件では,契約・判決別紙・現物と一致するよう特定する。
本人申請なら法人資格証明書・申請委任状を用意する場面ではない。判決正本,確定証明書,売買契約書及び提供経過記録は,原因事実の説明に備えて別に準備する資料であり,すべてを一律の法定添付書類と断定しない。供託通知書の発送を請求するときは,供託所の案内に従い郵便切手等を用意する。
動産引渡執行では,執行文の付された判決正本,送達証明書,当事者・物件目録等の一般書類に加え,反対給付の証明資料として供託書正本,納付完了資料及び提供経過記録等を整理する。提供記録には,日時・場所・現金全額の確認方法・差し出した言葉・相手方の拒絶・立会人の見聞範囲を具体的に記す。ただし,自己作成の記録が単独で十分な証明になることは保証されない。
東京地裁の令和7年11月14日版の必要書類案内は「明渡等(執ロ)」の目録を各6枚としているが,個別の動産引渡しへの綴じ方・部数,予納金額,搬出方法及び執行日は執行官室で確認する。申立ての受付,執行開始要件の充足及び実際の引渡完了を区別する。上記供託原因・反対給付欄と証明資料の組合せについて,供託官・執行官への個別照会はしていない。
第6 申請・納付・正本の受領・通知を区別する
供託申請を提出しただけで,金銭の供託が完了したと扱わない。法務省の供託Q&Aでは,振込方式又は電子納付の場合,供託金の入金が確認された後に供託書正本が交付される流れが説明されている。申請,受理の連絡,納付,入金確認及び正本の受領を順に確認する。
民法495条3項は,供託した者に,遅滞なく債権者に供託の通知をすることを求める。供託書正本,納付関係の資料,供託通知書及び通知の到達を裏付ける資料を保存する。供託所で手続が受理されたという事実だけで,争いのある債務の消滅や供託の実体法上の有効性まで確定したとはいえない。
供託書正本を執行手続で提出する場合にも,供託原因,金額及び反対給付の記載が,その執行で証明すべき履行・提供と対応するかを点検する。正本があるという形式面と,その内容が必要な事実を裏付けるという実質面を分けて確認する。
第7 引換額の提供と代金債務全額の消滅は別問題である
例えば,判決主文の引換額は500万円であるが,相手方が実体法上の代金は1000万円であると主張している場合,500万円の提供による当該判決の執行開始と,代金債務全体を消滅させる弁済供託の適法性は,同じ判断ではない。引換額を供託すれば残額の請求も当然に消える,とは説明できない。
最高裁昭和39年2月4日判決(民集18巻2号233頁)は,訴訟物ではない反対債権の存在及び金額について,引換給付判決により既判力が生じるものではないとした。したがって,主文に引換額が記載されていることだけから,実体法上の代金総額がその額に確定したとはいえない。
もっとも,後訴が許されるかについては,訴訟物,前訴での争い方,判決後の経過及び信義則等を別途検討する。この判決は,同じ代金債権について判決後の増額請求が常に許されると判断したものではない。裁判例の比較は,引換給付判決の既判力と執行に関する記事を参照されたい。
第8 供託金の還付では反対給付を「した」ことが問題となる
反対給付を伴う供託金を受け取る場合,供託法10条は,反対給付をしたことを証明する供託者の書面,裁判又は公正証書その他の公正な書面を供託所に提出することを求める。法務省の供託Q&AのQ47も,この履行を証明する書面を説明している。
ここでは,執行開始についての民事執行法31条1項が「履行したこと又はその提供」を認めることと区別する。還付のためには,反対給付を実際にしたことを裏付ける資料を準備する。引換給付判決の正本があるだけでは,判決後に物の引渡し等を実行した事実まで当然に証明されない。
引渡し等の際には,対象物,履行日,受領者及び履行内容を特定した受領書を取得することを検討する。取得できない場合は,履行の内容に応じ,どの公正な書面を準備できるかを供託所に確認する。供託者の書面がなくてもよい場面があることと,履行の証明が不要であることを混同しない。
上記モデルで,供託後の令和8年10月2日に売主が絵画を実際に引き渡した場合の,買主作成書面の完成文例:反対給付履行証明書。東京法務局令和8年度金第99999号,供託者甲野太郎,被供託者乙野次郎,供託金額5000000円の弁済供託について,被供託者は令和8年10月2日午前10時,被供託者住所で,供託書の反対給付欄及び別紙物件目録記載の絵画1点を供託者に引き渡し,供託者はこれを受領した。上記供託に係る反対給付が履行されたことを証明する。令和8年10月2日,供託者甲野太郎。
この供託番号・履行日も架空であり,実件では実際の番号と履行事実を確認して署名・必要な押印を行う。履行証明,還付を受ける権利の証明及び本人確認は別の事項である。供託金払渡請求書と本人確認・印鑑証明書等も,請求方法に応じて準備する。上記書面の押印・追加証明の要否及び執行調書謄本を履行証明として用いる具体的な取扱いは,管轄供託所への個別確認が残る。
なお,供託物の取戻しについても民法496条の要件を確認する。同条による取戻しをした場合は,供託をしなかったものとみなされるため,執行や債務消滅の説明との整合性を点検する。
第9 参照資料と個別事件で残る確認事項
本記事の法令上の根拠は,民法493条から498条,民事執行法31条及び177条及び供託法10条である。申請と還付の手続については,法務省「供託Q&A」のQ42及びQ47等を参照した。法令と同Q&Aは令和8年10月3日に確認した。
最高裁昭和39年2月4日判決,東京高裁昭和54年12月25日決定及び東京地裁平成19年10月19日判決は,判例秘書の本文を令和8年10月3日に確認した。旧法下の判断,実体法上の提供の認定,現在の執行開始要件の証明及び窓口の個別受理回答は区別する。提供資料の受理を各執行機関が一律に保障する一次資料は,今回到達した資料では確認できていない。
書式例については,法務省「供託書等の記載例」,反対給付がある場合の第4号様式の公式例及び供託申請の注意事項を参照した。公式例は共有物分割の補償金と登記の引換えであり,本記事の絵画売買の文面は,欄構成等を参考に作成したモデルである。法務省がこのモデルの受理を確認したものではない。
還付関係は法務省の払渡請求の注意事項及び東京法務局の個人の弁済供託払渡請求に関する必要書類案内,執行関係は東京地裁執行官室及び同・必要書類案内で確認した。一般的な書類案内と,個別の提供資料の証明力・受理の判断は同一ではない。
個別事件では,①判決と契約上の給付,②現実の提供又は口頭の提供の要件,③執行機関が求める証明資料,④供託原因と金額,⑤反対給付の記載,⑥通知,⑦還付時の履行証明を順に確認する。上記は事実関係を固定した記載例であり,代金総額に争いのある事案や相殺型へ無条件に転用しない。同一代金債権の増額後訴の追加検索では直接の裁判例を特定できておらず,関連記事で検索範囲と類似事案との差を説明している。
関連する訴訟選択については,反訴と別訴の選択に関する記事,前訴の記録の使い方については,別件判決・先行訴訟の準備書面に関する記事を参照されたい。