第1 問題となる制度
地方公務員が公務上又は通勤により死亡した場合の遺族補償年金では,死亡した職員の妻と夫で受給資格年齢の扱いが異なる。問題は,この男女別・年齢別の要件が憲法14条1項の平等原則に反しないかである。
ここで扱うのは地方公務員災害補償法上の遺族補償年金である。厚生年金保険法59条の遺族厚生年金における生計維持要件とは,制度,根拠法令及び争点が異なる。
第2 現行法の受給資格
2026年9月23日時点の地方公務員災害補償法32条1項は,職員の死亡当時その収入によって生計を維持していた配偶者,子,父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹を受給資格者とする。その上で,妻以外の者には年齢又は障害に関する追加要件を置いている。
夫,父母又は祖父母は原則として死亡当時60歳以上,子・孫及び兄弟姉妹には一定の年齢要件があり,これらに該当しない場合でも所定の障害状態にあれば受給資格を得る。妻には同じ受給資格年齢が課されていない。
同法附則7条の2には,過去の死亡時期に応じて60歳を55歳から59歳までと読み替える経過規定がある。個別事件では現在の年齢ではなく,職員の死亡日と死亡当時の年齢を確認する必要がある。
第3 最高裁平成29年3月21日判決
最高裁平成29年3月21日第三小法廷判決(平成27年(行ツ)第375号)は,死亡した女性職員の夫に年齢要件を課す一方,死亡した男性職員の妻には同じ要件を課さない規定について,憲法14条1項違反を否定した。
最高裁は,遺族補償年金制度が憲法25条の趣旨を実現する社会保障の性格を持つとした。その上で,男女間における生産年齢人口に占める労働力人口の割合,平均賃金額及び一般的な雇用形態の違い等からうかがえる妻の社会的状況を考慮し,不支給処分当時に妻だけ年齢要件を課さないことが合理的理由を欠くとはいえないと判断した。
比較対象は,抽象的な「男性と女性」ではなく,死亡した職員の収入で生計を維持していた遺族のうち,年齢要件を課されない妻と,年齢要件を課される夫その他の遺族である。実際の原告は死亡した女性職員の夫であり,男性に不利な区別の合憲性が争われた。判例の射程を「女性優遇一般」に広げず,誰と誰が,どの給付資格について区別されるかを固定する必要がある。
第4 憲法14条の審査構造
平等原則の主張では,単に男女で条文が異なることを示すだけでなく,①比較対象となる二つの集団,②取扱いの差,③区別の目的,④目的と区別との合理的関連性,⑤社会保障制度における立法裁量,⑥不利益の程度を整理する。
年齢は憲法14条1項後段に列挙された事由ではなく,最高裁昭和39年5月27日大法廷判決も,年齢を同項の「社会的身分」として扱っていない。他方,性別は後段に明示された区別事由である。そこで,年齢要件と性別による取扱いの差を一括せず,区別事由の性質,給付の法的性格及び社会保障立法に認められる政策裁量を組み合わせて審査密度を説明する。
本判決は,妻と夫の経済的・社会的状況の違いを,受給資格年齢の差の合理性を支える事情として用いた。他方で,すべての夫が自活でき,すべての妻が扶養を要するという個人単位の事実認定をしたわけではない。集団間の一般的な社会状況を前提に制度区分の合理性を判断したものである。
女性の相対的に弱い就労・所得状況を是正する実質的平等の措置とみる立場がある一方,「夫は稼得でき,妻は扶養を要する」という固定的役割分担を法制度が再生産しているとの反論もある。どちらの評価を採るにせよ,制度目的と統計的事実を具体的に結び付け,性別そのものを便宜的な代理指標として用いる必要性・相当性を検討する。
目的と統計上の事実は別に記載する。妻が置かれた就労・所得上の状況に対応した生活保障という説明を用いる場合も,その説明が受給資格の差をどう支えるかを示す必要がある。これは判決理由を踏まえた検討の視点であり,最高裁がその表現で独立の目的を定式化したという意味ではない。就業率や賃金差は目的を支える資料であって,それらの数値だけから制度の目的を「就労促進」と読み替えることはできない。
なお,遺族補償年金は無資力者の最低生活を直接保障する生活保護とは異なる。もっとも,遺族の生活保障という給付の目的と不支給による生活上の影響は,区別の合理性及び不利益の程度を評価する重要な事情である。
第5 「処分当時」という時間軸
判決は,妻に年齢要件を課さないことが「上告人に対する不支給処分が行われた当時においても」合理的理由を欠かないと述べた。この文言は,男女の就業率,賃金格差及び雇用形態という社会的事実を判断の基礎にしたことと対応する。
したがって,平成29年判決を,社会状況がどのように変化しても同じ区別が将来にわたり常に合憲であると判示したものとして扱うのは正確でない。後の事件では,処分時点の統計,制度改正の経緯,男女の就業・賃金・扶養実態の変化を確認し,判決が前提とした事実が維持されているかを検討する余地がある。
ただし,社会状況が変化したという主張だけで違憲となるわけではない。どの統計のどの差が縮小又は消滅し,受給資格年齢の区別との合理的関連性を失わせるのかを具体的に示す必要がある。
内閣府「男女共同参画白書 令和8年版」によれば,令和7年(2025年)の女性の労働力人口比率におけるM字カーブはほぼ解消し,15歳から64歳までの女性就業率は75.3%となった。一方,同白書は,女性の正規雇用比率のL字カーブ,雇用形態差及び男女間賃金格差がなお残ることも示す。したがって,判決の前提事情が全面的に消滅したとも,従前と全く同じとも即断せず,処分時点の複数指標を比較する必要がある。
第6 不支給決定を争う場合の確認事項
- 適用される補償制度と処分庁
- 職員の死亡日,死亡原因及び公務・通勤災害認定
- 請求者と職員の続柄,婚姻又は事実婚の資料
- 職員の死亡当時の請求者の年齢及び障害状態
- 死亡当時に職員の収入で生計を維持していたことを示す資料
- 本則と附則のどちらの年齢要件が適用されるか
- 不支給決定書の理由,不服申立期間及び取消訴訟の出訴期間
- 憲法14条の主張に用いる処分当時の公的統計と制度改正資料
法律の合憲性だけでなく,年齢,障害状態,生計維持,遺族順位など個別の法定要件の認定誤りがないかも先に確認する。個別要件で不支給処分を取り消せるなら,憲法判断を待たずに救済される可能性がある。
第7 遺族厚生年金との違い
遺族厚生年金では,厚生年金保険法59条等に基づく生計維持関係,生計同一,収入要件,内縁関係などが問題となる。地方公務員災害補償法32条の男女別・年齢別要件とは別の制度である。
相談時には,制度名を「遺族年金」とだけ把握せず,死亡者の勤務先,加入・補償制度,処分書の発出者及び根拠条文を確認する。制度を取り違えると,要件,審査機関及び不服申立ての手続を誤る。
第8 調査範囲,出典及び関連記事
本記事は,2026年9月23日時点の地方公務員災害補償法32条・附則7条の2,日本国憲法14条・25条,上記最高裁判決の裁判所公表本文及び内閣府「男女共同参画白書 令和8年版」を確認して作成した。
裁判所公表の平成29年判決本文を基礎に,比較集団,受給資格の差,処分当時の社会状況を区別して検討している。内閣府の白書による現在の統計は,後の事件で前提事情の変化を検討するための資料であり,過去の処分時点の事実を置き換えるものではない。判例秘書による関連下級審裁判例の網羅検索は実施していないため,具体的事件では関連裁判例の追加調査が必要である。
遺族厚生年金については遺族厚生年金の生計維持要件―収入,別居,内縁及びDV別居の限界事例(AI作成)を参照されたい。社会保障給付の制度変更に対する司法審査については社会保障給付の減額と司法審査(AI作成)も参照されたい。