第1 無償で貸していても,いつでも返還を求められるとは限らない
親族や知人に土地・建物を無償で使わせてきた貸主が,関係の悪化,相続,売却などをきっかけに返還を求めることがある。
しかし,使用貸借であることと,現在の時点でその使用貸借を終了させて返還を求められることは別の問題である。
本記事は,令和8年10月14日に確認した民法,民事訴訟法及び最高裁判決に基づき,貸主自身が返還を求める場合の条件と準備を整理する。
先に確認するのは,①契約の成立時期,②返還の時期・期間の約束,③使用目的,④建築や増改築への承諾,⑤現在までの使用状況,⑥以前の裁判・調停・和解である。
長く貸したことや人間関係が悪くなったことだけを取り出して,必ず明渡しが認められると考えるべきではない。
また,明渡請求の敗訴が確定した場合にも,通常の請求棄却判決によって新たな「永久無料使用権」が作られるわけではないが,同じ請求を同じ事情で繰り返すことには既判力の制約がある。
第2 終了・解除の条件を,期間と目的から分ける
1 使用貸借かどうかと,適用される法律を確かめる
現行民法593条の使用貸借は,無償で使用及び収益をし,契約が終了したときに返還することを約する契約である。
家賃や地代の名目で金銭が渡っていても,その支払が使用の対価か,必要費の負担や謝礼なのかによって評価が変わる。
この区別は,使用貸借と賃貸借の区別-固定資産税程度の支払,相場より安い地代・家賃は賃料か(AI作成)で説明している。
次の表は現行法の条文の整理である。
令和2年4月1日より前に締結された使用貸借については,平成29年法律第44号附則34条1項により,原則として従前の例によるため,現在の条番号と条文をそのまま当てはめず,契約成立時期と改正前の規定を確認する必要がある。
後から書面を作っただけで新しい契約を締結したとは限らず,書面の日付と当初の合意の時期を分けて調べる。
2 現行法の終了・解除事由
| 契約・使用の状況 | 終了・解除の条件 | 現行民法 |
|---|---|---|
| 期間を定めた | 期間の満了によって終了する | 597条1項 |
| 期間を定めず,目的を定めた | その目的に従った使用及び収益を終えると終了する | 597条2項 |
| 期間を定めず,目的を定めたが,目的に従った使用は続いている | その目的に従い使用及び収益をするのに足りる期間が経過したとき,貸主は解除できる | 598条1項 |
| 期間も目的も定めていない | 貸主はいつでも解除できる | 598条2項 |
| 借主が死亡した | 借主の死亡によって終了する | 597条3項 |
| 定められた用法に違反した,又は承諾なく第三者に使用・収益させた | 貸主は解除できる | 594条1項~3項 |
民法598条1項は,597条2項の場合,すなわち「期間を定めず,目的を定めた場合」の規定である。
期間を定めた契約について,貸主が十分長く貸したと思ったというだけで,同項によって期間途中に解除できるわけではない。
また,期間も目的も定めていないことが598条2項の条件であり,返還期限の書かれた契約書がないことだけでこの条件を満たすとは限らない。
3 法律上の終了と,解除の意思表示を分ける
期間満了や目的に従った使用の終了は,条文上,使用貸借の終了事由とされている。
これに対し,598条1項・2項や594条3項による解除を理由に返還を求める場合には,解除の根拠となる事実と,解除の意思表示を分けて整理する。
相手方のある意思表示は,相手方に到達した時から効力を生ずるため,通知の文面だけでなく,到達を示す資料も残す(民法97条1項)。
借主の死亡による終了についても,誰が契約上の借主であったのか,複数人との合意や死亡後の使用を認める別の約束がなかったかを確かめる必要がある。
土地・建物の所有者である貸主の死亡と,借主の死亡は区別する。
例えば,最高裁平成8年12月17日第三小法廷判決は,被相続人の許諾を得て遺産である建物に同居していた共同相続人の一人について,特段の事情のない限り,遺産分割まで無償で使用させる旨の合意を推認しており,相続の発生だけで直ちに退去義務が生じるとはいえない。
第3 「使用するのに足りる期間」は何年か
1 15年8か月でも,期間の長さだけで判断されなかった例
最高裁昭和45年10月16日第二小法廷判決(昭和44年(オ)第375号)は,教会の建物を所有する目的で土地を無償使用していた事案で,貸主側の請求を認めた原判決を破棄し,差し戻した。
約15年8か月の経過だけでなく,建物建築への承諾や,その後も土地の使用を続けることについての当事者間の了解などが問題となった。
同判決は,貸借の当初における当事者の個人的関係や貸借に至る事情,契約成立後の使用目的・方法,貸主の土地使用の必要性等を考慮して判断すべきことを示している。
この判決からは,建物を建てることを承諾した貸主が,その合意や建築後の経緯を説明せず,経過年数だけを理由に明渡しを求めることの危険が読み取れる。
ただし,同判決が一定年数まで必ず使用できる権利や,永続的な無償使用権を認めたわけではない。
2 38年8か月と人的関係の変化が考慮された例
最高裁平成11年2月25日第一小法廷判決(平成10年(オ)第513号)は,使用貸借から約38年8か月が経過し,当事者間の人的なつながりの状況が著しく変化した事案である。
同判決は,借主にその建物以外の居住先がなく,貸主に土地を使用する必要等の特別の事情が生じていないというだけでは,使用収益をするのに足りる期間の経過を否定できないとし,貸主側の請求を退けた原判決を破棄し,差し戻した。
したがって,借主の居住上の必要や貸主の利用予定は判断材料にはなるが,それだけで終了を一律に否定できるという関係ではない。
反対に,38年8か月が一般的な解除の基準になるわけでもない。
破棄差戻し判決を,貸主の明渡請求が最終的に認容された判決として紹介しないことも重要である。
3 裁判例の事情を,対象契約に引き付けて説明する
上記2判決は改正前民法の下の土地使用貸借の事案であり,現在の条番号による判決ではない。
現行598条1項を検討する際にも参考となる判断事情を示すが,対象契約の期間・目的の合意,建物の状況及び使用の経緯が異なれば,結論も異なり得る。
「建物所有のため」「親族の居住のため」といった言葉だけで終わらせず,どの建物を,誰が,どの程度の期間・条件で使うことを了解していたかを具体化する必要がある。
第4 返還を求める前に集める資料
1 契約の内容と,当初の経緯
契約書,覚書,手紙,メール,メッセージ,当時のメモを集め,貸主・借主,目的物,無償であること,期間,使用目的を時系列で整理する。
契約書がない場合にも,口頭の合意がなかったとはいえないため,当事者の説明と当時の資料を突き合わせる。
後から作成する陳述書では,実際に見聞きした事実と,その事実からの推測を区別することが必要である。
土地上の建物については,建築・増改築の時期,その費用を誰が負担したか,貸主がどの範囲で承諾したかを示す資料を確認する。
建築確認関係資料,登記事項証明書,工事契約書,写真及び承諾書は,建物の状態や合意の内容を説明する手掛かりになる。
公租公課の負担,金銭の授受及び第三者への使用許諾についても,契約の性質と現在の使用状況の両方に関係するため,資料を残す。
2 終了・解除の根拠と日付
返還期限の満了を主張するなら期限の合意とその到来を,目的に従った使用の終了を主張するなら目的と実際の使用終了を示す。
十分な期間の経過を理由に解除するなら,経過年数に加えて,建物の状況,合意後の利用の変化,人的関係の変化,貸主側の利用の必要性等を具体的な資料で説明する。
用法違反や第三者使用を理由に解除する場合には,行為の内容・時期・継続状況と,貸主の承諾の有無を分けて調べる。
解除通知には,対象契約,解除事由,意思表示の内容を特定し,到達資料と一緒に保管する。
返還の催促だけをした書面と,解除の意思表示をした書面を混同しない。
裁判で何を請求し,どの事実で終了・解除を説明するかは,通知を出す前に整理しておくことが望ましい。
3 従前の裁判・調停・和解と,占有者
過去の判決書だけでなく,訴状,答弁書,準備書面,証拠,調停調書及び和解調書を確認する。
判決の主文,請求の根拠,事実審口頭弁論終結日,確定の有無,使用借権を確認する反訴の有無を整理すれば,現在の請求との関係を検討しやすくなる。
和解や調停に返還時期・使用継続の条項があれば,その条項も別に検討する。
現在の占有者,建物所有者,契約上の借主が一致するかも確かめる。
土地上に借主所有の建物がある場合と,貸主所有の建物を借主が使用している場合とでは,求める給付の内容も異なる。
登記と現実の使用を確認し,建物収去・土地明渡しと建物明渡しを区別して請求を準備する。
第5 明渡請求で敗訴すると,永久に返してもらえないのか
1 請求棄却と,使用権の確認を区別する
確定判決は,主文に包含するものに限って既判力を有する(民事訴訟法114条1項)。
通常の明渡請求を棄却する判決は,その訴訟で判断された請求権が基準時に認められないことを確定するものであり,その判決だけで,将来のあらゆる終了事由を排除する無償使用権を新たに設定するものではない。
判決理由に使用貸借の存続について説明がある場合と,反訴等で使用権の確認を求めた結果,その確認が主文に掲げられている場合を分けて読む必要がある。
もっとも,永久の権利が設定されないことは,同じ請求をそのまま繰り返せることを意味しない。
所有権に基づく返還請求なのか,使用貸借契約の終了に基づく返還請求なのかを確認し,前後の訴訟物と前の判断との関係を検討する必要がある。
請求の呼び方だけを変えても,既判力に抵触する主張を当然に通せるわけではない。
2 新しい事実と,後から行った意思表示を分ける
前の訴訟の基準時後に,期間が満了した,目的に従った使用を終えた,借主が死亡した,新たな用法違反が生じたなどの事情があれば,その新しい事実に基づく請求を検討する余地がある。
ただし,実際に契約が終了したか,解除が有効か,前の判断と抵触しないかは,後の訴訟で改めて判断される。
単にさらに数年が過ぎたことを,当然に再請求を認める理由とすることもできない。
これに対し,基準時前から存在した原因に基づく解除を,敗訴後になって初めて通知した場合には,通知の日付が新しいというだけで制約を免れるとは限らない。
最高裁昭和57年3月30日第三小法廷判決は,白地手形の補充権について,前の訴訟で行使できたのに行使せず,敗訴後に行使した場合の再請求を,特段の事情がない限り既判力により遮断するとした。
これは使用貸借の解除について直接判断した判決ではないが,意思表示を後に回せば必ず再請求できると考えることへの注意を促すものである。
基準時後の形成権行使の判例と実務対応は,確定判決の後に取消し・相殺・解除・建物買取請求をして争い直せるか―基準時後の形成権行使と既判力に関する最高裁判例5件(AI作成)で説明している。
第6 売却や合意によって解決する場合
1 貸主の解除と,買主への対抗を混同しない
貸主が契約を解除して返還を求められるかと,使用借主が土地の買主に使用借権を対抗できるかは,別の問題である。
売却の場面では,買主による明渡請求の権利濫用,売主の契約上の責任,明渡しに必要な費用や期間を含む価格の問題も生じ得る。
これらは,使用貸借の土地を借主の同意なく売却したときの評価額-買主への対抗,権利濫用及び使用借権の減価割合(AI作成)で扱っている。
以前の明渡請求が棄却されている場合には,土地を売ればその判決との関係がすべて解消するとも,買主全員が当然にその判決に拘束されるともいえない。
前の訴訟物,売主が当事者であったか,取得時点,買主が民事訴訟法115条1項3号の口頭弁論終結後の承継人に当たるかを,具体的に検討する必要がある。
2 合意で返還する場合に決める事項
話合いで解決する場合には,返還する土地・建物の範囲,期限,鍵や残置物の扱い,建物の収去又は買取り,費用負担,金銭支払の条件を具体的に決めることが望ましい。
無償使用が長年続いた事案では,過去の合意や建築への承諾を踏まえ,相手方の転居・移転の準備と,貸主が必要とする返還時期を調整することになる。
貸主側の請求の見通しと相手方の主張を確認した上で,訴訟で判断を求める事項と,合意により解決する事項を分けて検討する。
第7 出典
1 法令
①民法97条1項,593条~595条,597条~599条及び平成29年法律第44号附則34条1項(令和8年10月14日確認) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
②民事訴訟法114条1項,115条1項 https://laws.e-gov.go.jp/law/408AC0000000109
③法務省「民法(債権関係)の改正について」(主要な改正の施行日は令和2年4月1日) https://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_001070000.html
2 判決原文
①最高裁昭和45年10月16日第二小法廷判決(昭和44年(オ)第375号,集民101号77頁) https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-64007.pdf
②最高裁平成11年2月25日第一小法廷判決(平成10年(オ)第513号,集民191号391頁) https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-62400.pdf
③最高裁平成8年12月17日第三小法廷判決(平成5年(オ)第1946号,民集50巻10号2778頁) https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-52508.pdf
④最高裁昭和57年3月30日第三小法廷判決(昭和54年(オ)第110号,民集36巻3号501頁) https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-54241.pdf
上記①②は,改正前の使用貸借についての期間経過の判断であり,いずれも原判決を破棄して差し戻した判決である。
③は被相続人の許諾を得て同居していた共同相続人の使用について,④は白地手形の補充権についての判決であり,それぞれの射程を区別して参照する必要がある。