第1 本記事の対象と基準日
本記事は,弁護士及び法律事務所に対する業務妨害について,日弁連の総会宣言と会長声明,弁護士会の委員会紹介,法令及び裁判例という公開資料から,現状と対策を整理するものである。
想定する読者は,弁護士及び司法修習生と,弁護士に事件を依頼している市民である。
後者については,相手方の代理人弁護士に向けた行為がどこから犯罪又は不法行為になり得るかという観点を含めている。
本記事の基準日は令和8年9月12日である。
法令は同日現在の条文をe-Gov法令検索で確認し,令和8年10月1日に施行される改正後の労働施策総合推進法については,施行後の条文を確認した。
個別の事案で犯罪又は不法行為が成立するかは具体的な事実によって決まるため,本記事は判断の枠組みと公的資料の記載を示すにとどめる。
インターネット上の投稿の削除請求や発信者情報開示の手続は扱わない。
日弁連及び弁護士会が会員向けに作成している業務妨害対策の資料についても,その内容は扱わない。
第2 日弁連の宣言と会長声明に見る業務妨害の現状
1 令和7年12月5日の臨時総会宣言
日弁連は,2025年(令和7年)12月5日の臨時総会で,「坂本堤弁護士一家遺体発見から30年の節目に、弁護士業務妨害を許さず、その対策に積極的に取り組む宣言」を採択した。
同日の臨時総会報告によれば,この宣言案は第4号議案として上程され,挙手による採決の結果,賛成多数で可決された。
宣言の提案理由によれば,坂本堤弁護士は,オウム真理教の出家信者らの救出活動等に取り組む中で,1989年に教団により妻子と共に殺害された。
日弁連は,この事件を契機として1996年6月に弁護士業務妨害対策委員会を設置し,その後,全ての弁護士会に同委員会又はそれに相当する組織が設置されたとされている。
宣言本文は,同委員会を通じて,妨害実態の調査・情報収集・分析,妨害行為の原因及び対策の研究,会員への情報共有と周知・啓発を行うとともに,「警察との連携強化等の活動をより一層徹底する」とする。
あわせて,妨害を受けた弁護士に対する各弁護士会の支援活動をサポートするとしている。
2 提案理由が挙げる妨害の態様
宣言の提案理由は,弁護士の殺害にまでは至らない場合でも,次のような妨害が多いとする。
①弁護士や事務職員への暴行・傷害
②脅迫・強要
③法律事務所を突然訪問しての業務妨害
④頻繁な架電,郵便物の送付及びメールの送信等による妨害
⑤濫用的懲戒請求
⑥濫用的訴訟提起による妨害
提案理由は,共同親権等に関する法改正について情報発信を行っている弁護士に対する激しい妨害行為も数多く報告されているとする。
さらに,SNSやGoogleマップ等の口コミ・レビュー機能を有するサイトへの書き込みによる誹謗中傷等により,弁護士の名誉やプライバシー権が侵害される事案も発生しているとしている。
殺害に至った事件として,提案理由は,坂本事件のほかに,2010年6月に横浜で離婚事件の相手方から弁護士が殺害された事件と,同年11月に秋田で財産分与請求事件の元相手方から弁護士が殺害された事件を挙げている。
日弁連の弁護士業務妨害対策委員会の紹介ページも,2010年6月2日に横浜弁護士会(現在の神奈川県弁護士会)所属の弁護士が,同年11月4日に秋田弁護士会所属の弁護士が殺害されたと記載している。
事件の種類について,提案理由は,離婚・男女問題に関する事件における業務妨害事案が目立っているとする。
その理由として,事件当事者間の強い感情的なもつれが反映されて,受任した弁護士に対する業務妨害が苛酷になる傾向があることを挙げている。
3 令和6年12月19日の会長声明と日弁連のアンケート調査
日弁連は,2024年(令和6年)12月19日,「弁護士に対する業務妨害、特に離婚・男女問題に関する事件に係る業務妨害に関する会長声明」を公表している。
前記の宣言が臨時総会の議決を経て採択されたものであるのに対し,この声明は会長名義で公表されたものであり,両者は文書の性質が異なる。
同声明は,面会交流に関する事件やDV・ストーカー事件などを含む離婚・男女問題に関する事件では,敵対的な感情が相手方当事者の代理人である弁護士にそのまま向けられることが多いとする。
また,各地で街宣活動を行って罵声を浴びせたり,SNS上で誹謗中傷したりするなどの激しい妨害行為が数多く報告されているとしている。
同声明によれば,日弁連の弁護士業務妨害対策委員会は2022年度(令和4年度)に調査を実施し,2023年(令和5年)9月に「離婚・男女関係事件に係る弁護士業務妨害アンケート調査の集計結果」を取りまとめた。
同声明は,この集計結果で深刻な被害実態が多数報告され,特に女性弁護士において被害がより一層深刻であることが確認されたとしている。
本記事では集計結果そのものは確認しておらず,同声明の記載の範囲で紹介している。
4 雑誌の会員アンケートに見る被害の頻度
弁護士ドットコムタイムズVol.80(2026年9月1日発行)22頁~25頁は,法律事務所に所属する弁護士184人から2026年7月17日から8月6日までの間に任意で回答を得たアンケートの結果を掲載している。
同誌の集計では,業務妨害を受けた経験があるとの回答が85.3%(157人)であった。
行為者については,経験者157人の複数回答で,相手方本人が76.4%,依頼者本人が46.5%とされている。
弁護士会の業務妨害対策支援については,知っているとの回答が85.8%であり,その内訳は,知っているが利用したことはないとの回答が67.9%,実際に利用したとの回答が17.9%とされている。
この調査は無作為抽出によるものではなく,任意の回答を集計したものであるから,弁護士全体における被害の割合を示すものではない。
他方で,行為者として相手方本人だけでなく依頼者本人も挙げられていることは,業務妨害が事件の相手方からだけ生じるものではないことを示していると考えられる。
第3 業務妨害に当たり得る行為と刑事・民事の責任
1 刑法上の犯罪
会長声明は,弁護士に対する業務妨害が,業務妨害罪(刑法233条・234条),名誉毀損罪(同法230条1項),脅迫罪(同法222条)その他の犯罪に当たり得る行為であるとする。
宣言の提案理由は,これらに侮辱罪(同法231条)及び強要罪(同法223条)を加えて挙げている。
これらの条文は,次のとおりである。
①刑法233条は,「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と定める。
②刑法234条は,「威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。」と定める。
③刑法222条1項は,「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。」と定める。
④刑法223条1項は,「生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、三年以下の拘禁刑に処する。」と定める。
⑤刑法230条1項は,「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と定める。
⑥刑法231条は,「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、一年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」と定める。
法律事務所への立入りについては,宣言本文も法律事務所への不法侵入に触れている。
刑法130条は,「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。」と定めている。
各条の法定刑は,令和7年6月1日以降,「拘禁刑」と表記されている。
これらの罪は,条文上,虚偽の風説の流布,偽計,威力,害悪の告知,公然性等の要件を定めている。
本記事では,相手方弁護士への反論,苦情の申入れ又は懲戒請求であることから直ちに犯罪となるのではなく,その行為の態様がこれらの要件に当たるかによって判断されるものと整理する。
2 民事上の損害賠償責任
会長声明及び宣言の提案理由は,これらの行為が民事上も損害賠償責任を問われ得る行為であるとする。
不法行為について,民法709条は,「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定める。
身体,自由若しくは名誉又は財産権を侵害した場合の財産以外の損害(慰謝料)については,同法710条が定めている。
懲戒請求という法律上の手続が用いられた場合に不法行為となるかについては,最高裁判例が判断の枠組みを示しており,第4の2で述べる。
3 弁護士に不満がある場合に弁護士会が設けている手続
日弁連の「弁護士とトラブルになったら」は,弁護士会には,弁護士の活動に関する苦情などを受け付ける市民窓口,弁護士とのトラブルを弁護士会が間に入って解決する紛議調停,及び懲戒請求の手続があると説明している。
同ページは,弁護士の活動で納得できない場合には,まずその弁護士の所属する弁護士会の市民窓口に相談するよう案内している。
このうち懲戒請求については,第4で述べる。
弁護士報酬をめぐる紛議調停の位置付けと,報酬額が争われた裁判例は,「遺産分割事件の弁護士報酬――旧日弁連基準の「争いのない部分は3分の1」と相当報酬額の裁判例」で扱っている。
第4 濫用的懲戒請求と不法行為
1 懲戒請求は何人もできる
弁護士法58条1項は,「何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。」と定める。
日弁連の懲戒制度の説明も,懲戒の請求は,事件の依頼者や相手方などの関係者に限らず誰でもでき,その弁護士等の所属弁護士会に請求するものとしている。
懲戒の請求があったときは,弁護士会は,懲戒の手続に付し,綱紀委員会に事案の調査をさせなければならない(同条2項)。
このため,根拠を欠く懲戒請求であっても,対象とされた弁護士は,懲戒の手続に付された「対象弁護士等」(同条3項)として綱紀委員会の調査の対象となる。
手続の流れは「弁護士会の懲戒手続」,何人にも請求権が認められている理由は「弁護士の懲戒請求権が何人にも認められていることの意義」,請求件数の推移は「弁護士に対する懲戒請求事案集計報告(1993年以降の分)」で扱っている。
2 違法な懲戒請求の判断基準
最高裁判所第三小法廷平成19年4月24日判決(平成17年(受)第2126号,民集61巻3号1102頁)の裁判要旨は,次のとおりである。
「弁護士法58条1項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において,請求者が,そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに,あえて懲戒を請求するなど,懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには,違法な懲戒請求として不法行為を構成する。」
この要旨によれば,懲戒請求が違法となるかは,懲戒の事由が認められなかったという結果だけで決まるのではない。
懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠くことに加え,請求者がそのことを知っていたか又は通常人の注意で知り得たのにあえて請求したなど,弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められることが問われる。
同判決には補足意見が付されており,その内容は「不当な懲戒請求と不法行為責任」で紹介している。
3 大量懲戒請求をめぐる損害賠償請求訴訟
同一書式の懲戒請求を大量に受けた弁護士が,懲戒請求者に損害賠償を求めた訴訟については,次の判決がある。
いずれも裁判所HPには掲載されておらず,判例秘書に収録されているものである。
東京高等裁判所令和元年5月14日判決(平成30年(ネ)第5402号)は,同一書式の懲戒請求が約960件提起されていたことを認定した上で,原審が認容した33万円を11万円に変更した。
名古屋地方裁判所令和3年12月16日判決(令和2年(ワ)第4038号)は,懲戒請求者らに対し各3万3000円の支払を命じた。
その控訴審である名古屋高等裁判所令和4年7月6日判決(令和4年(ネ)第27号,同第387号)は,双方の控訴をいずれも棄却した。
これらの認容額は,各事案の事情を踏まえた個別の判断であり,他の事案にそのまま当てはまるものではない。
懲戒事由とされた内容や各判決の理由は,「弁護士の懲戒請求権が何人にも認められていることの意義」の第4及び「平成29年5月開始の大量懲戒請求事案」で扱っている。
第5 国選弁護人の解任
1 被告人の暴行・脅迫等を理由とする解任
刑事訴訟法は,被告人による弁護人への暴行や脅迫等を,国選弁護人の解任事由の一つとして定めている。
同法38条の3第1項は,「裁判所は、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、裁判所若しくは裁判長又は裁判官が付した弁護人を解任することができる。」と定め,その5号は,「弁護人に対する暴行、脅迫その他の被告人の責めに帰すべき事由により弁護人にその職務を継続させることが相当でないとき。」を挙げる。
弁護人を解任するには,あらかじめその意見を聴かなければならず(同条2項),解任に当たっては,被告人の権利を不当に制限することがないようにしなければならない(同条3項)。
公訴の提起前は,裁判官が付した弁護人の解任は裁判官が行う(同条4項)。
同条の対象は「裁判所若しくは裁判長又は裁判官が付した弁護人」,すなわち国選弁護人であり,被告人や家族が自ら選任した私選弁護人の解任や辞任は同条の問題ではない。
解任事由の1号から4号までを含む全体は,「弁護人の選任,国選弁護人及び接見交通権」の第5の2で扱っている。
2 辞任の申出と解任の裁判
最高裁判所第三小法廷昭和54年7月24日判決(昭和51年(あ)第798号,刑集33巻5号416頁)の裁判要旨三は,「国選弁護人は、辞任の申出をした場合であつても、裁判所が辞任の申出について正当な理由があると認めて解任しない限り、その地位を失うものではない。」とする。
裁判要旨四は,「国選弁護人から辞任の申出を受けた裁判所は、解任すべき事由の有無を判断するに必要な限度において、相当と認める方法により、事実の取調をすることができる。」とする。
同判決は,被告人が国選弁護人を通じて正当な防禦活動を行う意思がないことを自らの行動によって表明したものと評価すべき事情の下では,裁判所が国選弁護人の辞意を容れて解任してもやむを得ないとした(裁判要旨一)。
さらに,その後に被告人がした再度の国選弁護人の選任請求を却下した措置は相当であり,憲法37条3項に違反しないとした(裁判要旨二)。
同判決の参照法条は憲法37条3項,刑訴法36条,刑訴法43条3項及び刑訴規則1条2項であり,現行の38条の3を適用した判断ではない。
もっとも,国選弁護人は辞任の申出だけで地位を失うのではなく,裁判所の解任によって地位を失うという裁判要旨三の考え方は,被告人から暴行や脅迫を受けた国選弁護人が執るべき手続を考える上で参考になると考えられる。
第6 法律事務所のカスハラ対策
1 令和8年10月1日施行の労働施策総合推進法33条
労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律(令和7年法律第63号)により,令和8年10月1日から,労働施策総合推進法33条は,顧客等の言動に関する事業主の雇用管理上の措置義務を定める規定となる。
基準日現在の同条は厚生労働大臣の助言,指導及び勧告等に関する規定であり,条番号が同じでも内容が異なる。
改正後の同条1項は,事業主に対し,顧客,取引の相手方,施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者(顧客等)の言動であって,「その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの」(顧客等言動)により労働者の就業環境が害されることのないよう,「当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、労働者の就業環境を害する当該顧客等言動への対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」と定める。
同条2項は,「事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」と定める。
改正後の34条5項は,「顧客等は、顧客等言動問題に対する関心と理解を深めるとともに、労働者に対する言動が当該労働者の就業環境を害することのないよう、必要な注意を払うように努めなければならない。」と定めており,顧客等の側にも努力義務を置いている。
改正後の33条4項に基づく指針として,「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年2月26日厚生労働省告示第51号)が定められており,改正法の施行日である令和8年10月1日から適用される。
事業主一般が整えるべき措置の全体は,「令和8年10月1日施行のカスハラ対策義務化―全事業主が整える10項目」で扱っている。
2 法律事務所に当てはめた場合
改正後の33条1項の措置義務は,「その雇用する労働者」の就業環境を守るためのものであるから,労働者を雇用する法律事務所の弁護士又は弁護士法人も同項の事業主として措置を講ずることになる。
指針は,「労働者」を,正規雇用労働者のみならず,パートタイム労働者,契約社員等の非正規雇用労働者を含む事業主が雇用する労働者の全てとしている。
したがって,事務職員のほか,雇用契約によって勤務する弁護士も保護の対象となり得るが,事務所を経営する弁護士自身は同条による保護の対象ではない。
経営者である弁護士が受ける業務妨害については,第7で述べる弁護士会の支援が中心となる。
指針は,「顧客等」を,顧客(潜在的な顧客を含む。),取引の相手方,施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者とし,例として,事業主の行う事業に関する内容等に関し問い合わせをする者を挙げている。
法律事務所では,依頼者及び法律相談の相談者は顧客に当たると考えられる。
事件の相手方本人は指針の例示には挙がっていないが,事務所に連絡や問合せをする者として「その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者」に当たり得ると考えられる。
指針は,手段や態様が社会通念上許容される範囲を超える言動の例として,暴行・傷害等の身体的な攻撃,SNS等のインターネット上へ悪評を投稿することをほのめかして労働者を脅すこと,同様の電子メール等を執拗に繰り返し送りつけること,長時間にわたる居座りや電話で労働者を拘束すること等を挙げている。
これらは,宣言の提案理由が挙げる事務職員への暴行・傷害,法律事務所への突然の訪問,頻繁な架電及びメールの送信と重なっている。
他方で,指針は,顧客等からの苦情の全てがカスタマーハラスメントに該当するわけではなく,客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われたものは正当な申入れであり,カスタマーハラスメントには当たらないとしている。
依頼者が事件の進み具合について説明を求めたり,弁護士費用について疑問を述べたりすることは,それ自体としては正当な申入れの範囲に属すると考えられる。
改正後の33条1項が求める措置には,相談に応じ適切に対応するために必要な体制の整備と,顧客等言動への対応の実効性を確保するための抑止のための措置が含まれる。
法律事務所では,事務職員が電話や来所に応対する場面について,弁護士へ引き継ぐ基準や応対の記録の方法を定めておくことが,これらの措置の具体化として考えられる。
第7 弁護士と法律事務所が取り得る対策
1 弁護士会の委員会への相談
日弁連の弁護士業務妨害対策委員会は,各弁護士会が行う弁護士業務妨害事案の解決に関する諸活動を援助又は指導することを目的として設置されている(前記の委員会紹介ページ)。
同ページは,同委員会の活動として,重大事案の現地調査と情報収集,妨害行為の原因及び対策の研究,講演やシンポジウム等による注意喚起・啓発,弁護士会の同種委員会の活性化や警察との連携に向けた取組を挙げている。
各弁護士会にも同種の委員会等が置かれている。
例えば,大阪弁護士会の「民事介入暴力及び弁護士業務妨害対策委員会」の紹介は,民事介入暴力の排除に向けた取組に続けて,「業務妨害を受けている弁護士に対する支援も行っております。」と記載している。
宣言の提案理由によれば,日弁連は業務妨害対策に関する各種マニュアルを作成し,弁護士業務妨害対策全国会議を開催して各弁護士会の担当者間でノウハウ等の共有を図っている。
第2の4の雑誌アンケートでは,弁護士会の支援制度を知っていることと実際に利用したこととの間に大きな差があった。
臨時総会報告によれば,宣言案の審議の際,会員から,共同受任の場合の法テラスの利用や,業務妨害対策を他の弁護士に依頼する場合の費用援助について質問があった。
これに対し,担当の副会長は,法テラスでは複数受任を認めていないこと,日弁連の委託援助事業では暴行脅迫等業務妨害的な事案で複数受任を認めていると聞いていること,及び現在日弁連から財政を援助する制度はないことを答弁した。
同副会長は,支援要請があった場合に支援弁護士を派遣し,その費用を弁護士会が賄う制度があるとの情報を得ており,これを日弁連の委員会で各弁護士会に紹介していると述べている。
2 1人で対応しない
弁護士ドットコムタイムズVol.80の26頁~27頁には,日弁連弁護士業務妨害対策委員会の副委員長である阿部克臣弁護士へのインタビューが掲載されている。
同氏は,業務妨害の基本的な対策は1人で対応しないことであるとし,濫用的な懲戒請求については,弁明書をきちんと提出すれば恐れることはなく,同期や先輩に代理人になってもらうと安心であるとしている。
これらは同氏の見解として述べられたものであり,日弁連の正式な決議や方針として示されたものではない。
臨時総会の質疑では,単独受任をしていたために攻撃の矢面に立ったという事件の特徴を踏まえ,共同受任は業務妨害を避けるための有力な手法の一つであるとの意見も会員から述べられている。
国選弁護事件で被告人から暴行や脅迫を受けた場合も,第5で述べたとおり,国選弁護人は辞任の申出だけでは地位を失わず,裁判所が解任したときに初めてその地位を離れることになる。
第8 出典
1 法令及び法令に基づく指針
①弁護士法(昭和24年法律第205号)58条1項から3項まで(e-Gov法令検索)
②刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)38条の3(e-Gov法令検索)
③刑法(明治40年法律第45号)130条,222条,223条,230条,231条,233条及び234条(e-Gov法令検索)
④民法(明治29年法律第89号)709条及び710条(e-Gov法令検索)
⑤労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和41年法律第132号)33条及び34条(令和7年法律第63号による改正後,令和8年10月1日施行。e-Gov法令検索)
⑥事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年2月26日厚生労働省告示第51号。厚生労働省法令等データベース)
2 裁判例
①最高裁判所第三小法廷平成19年4月24日判決(平成17年(受)第2126号,民集61巻3号1102頁,裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所第三小法廷昭和54年7月24日判決(昭和51年(あ)第798号,刑集33巻5号416頁,裁判所ウェブサイト)
③東京高等裁判所令和元年5月14日判決(平成30年(ネ)第5402号,裁判所HP未掲載,判例秘書の判例番号L07420152)
④名古屋地方裁判所令和3年12月16日判決(令和2年(ワ)第4038号,裁判所HP未掲載,判例秘書の判例番号L07651075)
⑤名古屋高等裁判所令和4年7月6日判決(令和4年(ネ)第27号,同第387号,裁判所HP未掲載,判例秘書の判例番号L07720260)
3 日弁連の総会宣言,総会報告及び会長声明
①日本弁護士連合会「坂本堤弁護士一家遺体発見から30年の節目に、弁護士業務妨害を許さず、その対策に積極的に取り組む宣言」(2025年(令和7年)12月5日・臨時総会)
②日本弁護士連合会「日本弁護士連合会臨時総会報告」(2025年12月5日開催分・第4号議案)
③日本弁護士連合会「弁護士に対する業務妨害、特に離婚・男女問題に関する事件に係る業務妨害に関する会長声明」(2024年(令和6年)12月19日・会長 渕上玲子)
4 弁護士会の委員会紹介及び市民向け案内
①日本弁護士連合会「弁護士業務妨害への対策(弁護士業務妨害対策委員会)」
②日本弁護士連合会「懲戒制度」
③日本弁護士連合会「弁護士とトラブルになったら」
④大阪弁護士会「委員会紹介 : 弁護士業務に関する活動」(民事介入暴力及び弁護士業務妨害対策委員会)
5 雑誌
①弁護士ドットコムタイムズVol.80(2026年9月1日発行)22頁~25頁(法律事務所所属の弁護士184人に対する会員アンケート)
②同誌26頁~27頁(日弁連弁護士業務妨害対策委員会副委員長・阿部克臣弁護士へのインタビュー)