第1 本記事の対象と基準日
本記事は,自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律及び道路交通法の一部を改正する法律(令和8年法律第52号。以下「改正法」という。)による改正の内容を,改正後の条文に沿って説明するものである。
以下,自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律を「自動車運転死傷処罰法」といい,法令名を付さずに条番号だけを示すときは同法の条文を指す。
条文は,令和8年9月12日現在のe-Gov法令検索に掲載された現行条文と,同年7月20日時点の改正前の条文とを照合して確認した。
法務省は,改正の内容を「危険運転致死傷罪(自動車運転死傷処罰法)の法改正 Q&A」(以下「法務省Q&A」という。)で説明している。
もっとも,法務省Q&Aは危険運転致死傷罪の新しい類型を中心とする15問で構成されており,同じ改正法による道路交通法の酒酔い運転・酒気帯び運転の改正や,2条の号の繰下げには触れていない。
本記事は,これらの点を改正法の本文と法務省が公表する新旧対照条文によって補う。
危険運転致死傷罪の量刑の分布は,通常第一審における危険運転致死罪の量刑分布(地裁)及び通常第一審における危険運転致傷罪の量刑分布(地裁)で扱っており,本記事では扱わない。
運転免許の行政処分(違反点数及び欠格期間)も,本記事の対象外とする。
第2 改正の全体像
1 改正法の構成,施行日及び法定刑
改正法は,第1条で自動車運転死傷処罰法を,第2条で道路交通法を改正するものである。
法務省Q&Aによれば,改正法は令和8年6月25日に成立した。
e-Gov法令検索の改正履歴によれば,改正法の公布日は令和8年7月1日,施行日は同月21日である。
この施行日は,改正法附則1項の「この法律は、公布の日から起算して二十日を経過した日から施行する。」との規定によるものである。
2条の柱書は改正されておらず,危険運転致死傷罪の法定刑は,人を負傷させた場合が「十五年以下の拘禁刑」,人を死亡させた場合が「一年以上の有期拘禁刑」のままである。
有期拘禁刑の上限は,刑法12条1項により20年である。
改正は法定刑を引き上げるものではなく,処罰の対象となる行為の範囲と要件を変えるものである。
2 法務省が挙げる改正の理由
法務省Q&A(A3)は,改正前の危険運転致死傷罪について,次の指摘がされていたと説明している。
①飲酒類型について,「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」との要件の認定が困難で,判断にばらつきが生じている
②高速度類型について,常識的に見て極めて危険性の高い高速度運転であっても,実際に進路を逸脱していない事案では適用が否定される場合がある
③車体を横滑りさせながらカーブを曲がったり,二輪車の前輪を浮かせて後輪だけで走行したりする危険・悪質な運転行為を直接捉える類型がなく,処罰できない場合がある
法務省Q&Aは,こうした状況を踏まえ,「危険・悪質な自動車運転による死傷事犯について、事案の実態に即したより厳正な対処を可能とするため」に改正が行われたとしている。
法務省は,これに先立ち,令和6年2月21日から同年11月27日まで11回にわたって自動車運転による死傷事犯に係る罰則に関する検討会を開催し,その取りまとめ報告書を公表している。
第3 飲酒類型(2条1号)の数値基準
1 改正後の2条1号
改正後の2条1号は,次のとおりである。
「アルコール影響正常運転困難状態(身体に血液一ミリリットルにつき一・〇ミリグラム以上又は呼気一リットルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコールを保有する状態その他アルコールの影響により正常な運転が困難な状態をいう。次条第一項において同じ。)で自動車を走行させる行為」
改正前の2条1号は「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為」であり,アルコールと薬物を一つの号で定めていた。
改正により,アルコールによる類型が1号に,薬物による類型が2号(「薬物影響正常運転困難状態」で自動車を走行させる行為)に分けられた。
2 数値基準を満たせば一律に対象となる
数値基準は,血液1ミリリットルにつき1.0ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.5ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態である。
法務省Q&A(A7・A8)は,この数値基準を満たす状態で自動車を走行させる行為は一律に危険運転致死傷罪の対象となり,酒に強いかどうかは関係がないと説明している。
その根拠として,法務省Q&A(A8)は,アルコール医学の専門家によれば,アルコールが運転能力に与える影響の程度は体内アルコール濃度に依存し,「呼気中アルコール濃度が1リットルにつき0.5ミリグラムに達していれば、どんな人であっても、注意力や警戒心の低下、反応の遅延、合理的な決断や分別ある判断能力の低下といった症状が現れ、道路交通の状況に応じた運転操作を行うことが困難になる」とされていることを挙げている。
もっとも,2条は「次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者」等を処罰する規定であり,数値基準が定めるのは走行時の状態である。
走行と死傷結果との間に「よって」という関係(因果関係)が必要であることは,改正前と変わらない。
3 数値基準に満たない場合
2条1号の定義は「その他アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」を含んでいるから,数値基準に満たない場合でも,危険運転致死傷罪の対象となり得る。
法務省Q&A(A9)も,数値基準は個別具体的な事情を問わずに一律に同状態と認められる症状が生じる数値として定められたものであり,数値基準に満たない場合でも,個別具体的な事情に照らし,運転時の体調なども相まって同状態と認められる場合があり得ると説明している。
危険運転致死傷罪が成立しない場合でも,過失運転致死傷罪(5条。7年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金)や道路交通法の酒酔い運転・酒気帯び運転の罪が成立し得る(法務省Q&A・A9)。
法務省Q&A(A7)は,アルコールの分解能力には個人差があるとされており飽くまで参考値であるとした上で,体重60キログラムの者の飲酒後30分経過時点の呼気中アルコール濃度を,ビール大瓶2本(1266ミリリットル)で呼気1リットルにつき0.39~0.68ミリグラム程度,日本酒2合(アルコール濃度15%,360ミリリットル)で0.33~0.57ミリグラム程度とする文献があると紹介している。
法務省Q&Aは文献名を示しておらず,個人差を前提とした参考値であるから,個別の事件で数値基準に達していたかどうかは,飲酒検知の結果その他の証拠によって判断されることになると考えられる。
4 「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」の判断枠組み
法務省Q&A(A10)は,「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」の意味と判断方法を「最高裁判例によれば」として説明しており,その内容は最高裁平成23年10月31日第三小法廷決定(平成21年(あ)第1060号,刑集65巻7号1138頁)の判示と一致する。
同決定は,同状態とは「アルコールの影響により道路交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態」をいい,「アルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態もこれに当たる」とした(裁判所HP掲載の裁判要旨)。
そのうえで同決定は,同状態であったか否かを判断するに当たっては,「事故の態様のほか,事故前の飲酒量及び酩酊状況,事故前の運転状況,事故後の言動,飲酒検知結果等を総合的に考慮すべきである」と判示した。
同決定の事案は,被告人が,夜間,最高速度が時速50キロメートルと指定された見通しの良いほぼ直線の道路で自車を時速約100キロメートルで走行させ,先行車両に追突して橋の上から海中に転落させ,同乗していた幼児3名を死亡させるなどしたものである。
第1審判決は事故の原因を脇見とみて危険運転致死傷罪の成立を否定したが,控訴審判決はこれを破棄して同罪の成立を認め,最高裁は上告を棄却した。
同決定は,事故後の飲酒検知結果等からは事故当時の血中アルコール濃度が「血液1mℓ中0.5㎎を上回る程度のものと認定できるにとどまる」としつつ,事故前の飲酒量や酩酊の状況等から,被告人が相当程度の酩酊状態にあったことは明らかであるとした。
同決定には補足意見及び反対意見が付されている。
同決定は,平成19年法律第54号による改正前の刑法208条の2第1項前段についての判断であり,自動車運転死傷処罰法の条文を直接解釈したものではない。
もっとも,同条項の「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」という文言は,改正後の2条1号の定義のうち「その他アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」の部分にも用いられている。
本記事では,改正後は数値基準を満たせば同決定の総合考慮を経ずに同号の状態に当たり,同決定の判断枠組みが意味を持つのは主として数値基準に満たない場合であると整理する。
同決定の事案は,血中アルコール濃度が血液1ミリリットル中0.5ミリグラムを上回る程度と認定できるにとどまっていたから,改正後であれば数値基準(1.0ミリグラム以上)の充足は認定できず,「その他」の部分への該当性が問題となる事案であったといえる。
5 3条1項(アルコール等影響運転致死傷)への波及
3条1項は,改正前はアルコールと薬物を一つの文で定めていたが,改正により前段(アルコール)と後段(薬物)に分けられた。
改正後の前段は,「アルコールの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、アルコール影響正常運転困難状態に陥り、人を負傷させた者は十二年以下の拘禁刑に処し、人を死亡させた者は十五年以下の拘禁刑に処する。」と定める。
法定刑は改正前と同じであり,3条2項(政令で定める病気の影響による場合)は改正されていない。
2条1号の括弧書きは「次条第一項において同じ。」としているから,3条1項前段の「アルコール影響正常運転困難状態」も,数値基準を含む2条1号の定義によって判断されることになる。
法務省Q&Aは,3条1項の改正には触れていない。
第4 高速度類型の新設(2条4号)
1 改正後の2条4号と数値基準
新設された2条4号は,次のとおりである。
「次のイ又はロに掲げる場合の区分に応じ当該イ又はロに定める速度以上の高速度その他道路及び交通の状況に応じて重大な交通の危険を回避することが著しく困難な高速度(次のイ又はロに掲げる場合の区分に応じ当該イ又はロに定める速度に準ずるものに限る。)で自動車を運転する行為」
イは,最高速度が60キロメートル毎時以下である場合について,「最高速度を五十キロメートル毎時超える速度」と定める。
ロは,最高速度が60キロメートル毎時を超える場合について,「最高速度を六十キロメートル毎時超える速度」と定める。
法務省Q&A(A11)は,例として,最高速度が時速50キロメートルの道路では時速100キロメートル以上,最高速度が時速80キロメートルの道路では時速140キロメートル以上で運転した場合に数値基準を満たすとしている。
数値基準を満たす速度で運転する行為は,追越しや高速道路での合流のために加速したことによるものであっても対象となる(法務省Q&A・A12)。
ここでいう「最高速度」は,道路交通法22条1項により超えて進行してはならないとされる最高速度をいい,原動機付自転車については同法3条に規定する普通自動二輪車の最高速度による(2条4号イの括弧書き)。
法務省Q&A(A11)は,車両の区分等によって異なる最高速度が定められている場合には当該自動車に適用される最高速度を,天候や道路状況等によって一時的に異なる最高速度が定められている場合には当該状況で適用される最高速度を用いると説明している。
道路標識等で最高速度が指定されていない一般道路の最高速度は,道路交通法施行令11条が定めている。
同条は令和8年9月1日から改正され,道路標識等による中央線又は車両通行帯が設けられておらず,往復の方向別に分離もされていない一般道路(自動車専用道路等を除く。)では,自動車の最高速度が30キロメートル毎時とされた。
このような道路では,2条4号イの計算上,数値基準は時速80キロメートルとなる。
法定速度の引下げの内容は,生活道路の法定速度引下げ-対象道路の見分け方,速度標識がある場合の優先関係,反則金・点数及び民事賠償への影響で整理している。
2 数値基準に「準ずる」速度
2条4号は,数値基準以上の速度のほか,「道路及び交通の状況に応じて重大な交通の危険を回避することが著しく困難な高速度」も対象とするが,それは数値基準の速度に「準ずるものに限る」とされている。
法務省Q&A(A14)は,「準ずる」とは数値基準として定められた速度と同程度のものといえることを意味し,「少なくとも、数値基準を10キロメートル毎時以上下回る速度は、これには当たりません」と説明している。
この10キロメートル毎時という幅は法務省の説明であり,条文に書かれたものではない。
法務省Q&Aの説明に従えば,例えば最高速度が時速50キロメートルの道路では,時速90キロメートル以下の速度は「準ずる」速度に当たらないことになる。
法務省Q&A(A14)は,「道路及び交通の状況に応じて重大な交通の危険を回避することが著しく困難な高速度」とは,道路の形状や路面の状況,歩行者や他の車両の交通量等に応じて,人の死傷結果が生じるような事故を生じさせないようにすることが著しく困難な高速度をいうとし,該当するか否かは個別具体的な道路や交通の状況に照らして判断されるとしている。
そのうえで,法務省Q&A(A14)は次の例を挙げている。
①最高速度が時速40キロメートルの道路を数値基準に準ずる速度で走行中,路面凍結の影響でブレーキ又はハンドルの操作を的確に行えず,右折しようとする対向車に衝突した場合は,路面の凍結状況を踏まえてそもそも最高速度が低く定められているような場合を除き,該当し得る
②最高速度が時速30キロメートルの道路で,多くの児童が下校している中を数値基準に準ずる速度で走行し,歩行中の児童に衝突した場合も,該当し得る
③夜間に,車両の通行量がほとんどない最高速度が時速60キロメートルの道路を走行中,信号機のない交差点で左方から進行してきた車両と衝突した場合などは,該当性が否定され得る
これらは法務省が示した想定例であり,裁判例ではない。
3 従前の「進行を制御することが困難な高速度」との関係
改正前の2条2号(進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為)は,改正後の2条3号として残っている。
法務省Q&A(A13)は,改正後も同号の行為は引き続き対象となるとし,「進行を制御することが困難な高速度」とは,一般に「速度が速すぎるため、道路の状況に応じて進行することが困難な速度」を意味し,例えばカーブを曲がりきれないような高速度で走行するなど,そのような速度での走行を続ければ自車を進路から逸脱させて事故を発生させることとなると認められる速度をいうと説明している。
法務省Q&A(A3)が挙げる「実際に進路を逸脱していない事案」についての指摘は,この改正前の高速度類型に関するものであり,4号はこれとは別の類型として新設された。
危険運転致死傷罪が成立しない場合でも,過失運転致死傷罪や道路交通法の最高速度違反の罪(118条1項1号。6月以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金)が成立し得る(法務省Q&A・A13)。
第5 殊更滑走等類型の新設(2条6号)
新設された2条6号は,「殊更にタイヤを滑らせ又は浮かせることにより、その進行を制御することが困難な状態にさせて、自動車を走行させる行為」を対象とする。
法務省Q&A(A15)は,同号は「公道上において、車体を横滑りさせながらカーブを曲がったり、二輪車の前輪を浮かせて後輪だけで走行するなどの行為を、やむを得ない事情がないのに意図的に行う行為」を対象とするものであると説明している。
このうち「公道上」及び「やむを得ない事情がないのに意図的に」という部分は法務省Q&Aの説明であり,2条6号の条文にこれらの文言はない。
危険運転致死傷罪の「自動車」は,道路交通法2条1項9号の自動車及び同項10号の原動機付自転車をいう(1条1項)。
法務省Q&A(A5)は,自動二輪車や原動機付自転車も「自動車」に含まれ,一定の基準を満たし特定小型原動機付自転車に区分されるいわゆる電動キックボードも,原動機付自転車に含まれることから対象となると説明している。
二輪車の前輪を浮かせる走行も想定する6号は,これらの二輪車の運転にも及ぶ。
第6 2条の号の繰下げと引用条文の変更
1 旧号と新号の対応
改正法1条は,2条について「第八号を第十一号とし、第四号から第七号までを三号ずつ繰り下げ、第三号を第五号とし、同号の次に次の一号を加える。」等と定めており,2条の号は大きく繰り下がった。
改正の前後の対応は次のとおりである。
①新1号(アルコール影響正常運転困難状態での走行)=旧1号のうちアルコールの部分
②新2号(薬物影響正常運転困難状態での走行)=旧1号のうち薬物の部分
③新3号(進行を制御することが困難な高速度での走行)=旧2号
④新4号(重大な交通の危険を回避することが著しく困難な高速度での運転)=新設
⑤新5号(進行を制御する技能を有しない走行)=旧3号
⑥新6号(殊更にタイヤを滑らせ又は浮かせる走行)=新設
⑦新7号(通行妨害目的での直前進入等)=旧4号
⑧新8号(通行妨害目的での走行中の車の前方での停止等)=旧5号
⑨新9号(高速自動車国道等での通行妨害目的の停止等)=旧6号
⑩新10号(赤色信号等の殊更無視)=旧7号
⑪新11号(通行禁止道路の進行)=旧8号
この結果,改正前の条文を前提とする判決書,文献,報道及び記事にいう「2条4号」(旧=通行妨害目的での直前進入等)や「2条6号」(旧=高速自動車国道等での通行妨害目的の停止等)は,改正後の同じ号番号とは別の類型を指す。
施行日前の事件の記録や過去の文献は,どの時点の条文を前提とした号番号かを確かめながら読むことになる。
2 6条1項及び施行令2条の引用号の変更
無免許運転による加重を定める6条1項は,2条の罪を犯した者(人を負傷させた者に限る。)が無免許運転をしたものであるときは「六月以上の有期拘禁刑」に処するとしており,改正により,除外される号が「第二条(第三号を除く。)」から「第二条(第五号を除く。)」に改められた。
除外されるのは改正の前後を通じて進行を制御する技能を有しないで走行させる類型であり,号番号だけが変わった。
除外されていない新設の4号及び6号の罪も,無免許運転の場合には同項の加重の対象となる。
通行禁止道路の範囲を定める自動車運転死傷処罰法施行令2条は,改正前の「法第二条第八号」が令和8年政令第227号により「法第二条第十一号」に改められ,同年7月21日から施行されている。
改正前の2条8号(通行禁止道路の進行)が新11号となったことに合わせたものである。
第7 道路交通法の酒酔い運転・酒気帯び運転の改正
1 酒酔い運転(117条の2第1項1号)への数値基準の導入
改正法2条は,道路交通法117条の2第1項1号の「酒に酔つた状態」の定義に数値基準を加えた。
改正前の定義は「アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」であった。
改正後の定義は「身体に血液一ミリリットルにつき一・〇ミリグラム以上又は呼気一リットルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコールを保有する状態その他アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」である。
数値は2条1号の数値基準と同じであり,酒酔い運転の罪の法定刑は「五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金」である。
2 酒気帯び運転(117条の2の2第1項3号)の範囲の限定
酒気帯び運転の罪(道路交通法117条の2の2第1項3号)は,改正前は身体に「政令で定める程度以上にアルコールを保有する状態」で運転した場合を対象としていた。
改正後は「血液一ミリリットルにつき一・〇ミリグラム未満の範囲内又は呼気一リットルにつき〇・五ミリグラム未満の範囲内において政令で定める程度以上にアルコールを保有する状態」とされ,上限が付された。
政令で定める程度は,道路交通法施行令44条の3により,血液1ミリリットルにつき0.3ミリグラム又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラムである。
酒気帯び運転の罪の法定刑は「三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金」である。
3 呼気中アルコール濃度による区分
改正後の条文を呼気中アルコール濃度で整理すると,次のとおりとなる。
①呼気1リットルにつき0.5ミリグラム以上は,それだけで「酒に酔つた状態」に当たり,酒酔い運転の罪の対象となる
②0.15ミリグラム以上0.5ミリグラム未満は,酒気帯び運転の罪の対象となり,「その他アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」にも当たれば酒酔い運転の罪の対象となる
③0.15ミリグラム未満は,酒気帯び運転の罪の対象とならないが,「その他」の状態に当たれば酒酔い運転の罪の対象となる
改正前は,呼気中アルコール濃度がどれほど高くても,酒酔い運転の罪の成否は「アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」に当たるかどうかという評価によって決まっていた。
改正後は,呼気1リットルにつき0.5ミリグラム以上であることが立証されれば,酩酊の程度を示す個別の事情によらずに「酒に酔つた状態」に当たることになる。
このため実務上は,飲酒検知の手続や測定値の信用性が,従来以上に争点となることが考えられる。
酒酔い運転の罪は「車両等」の運転を対象としており,「車両等」には自転車を含む軽車両も含まれる(道路交通法2条1項8号・11号・17号)。
したがって,この数値基準は,自動車の運転に限らず自転車の運転にも及ぶ。
これに対し,危険運転致死傷罪は「自動車」(原動機付自転車を含む。)の運転を対象としており,自転車の運転には適用されない。
第8 施行日前の行為と経過措置
改正法附則2項は,「この法律の施行前にした行為の処罰については、なお従前の例による。」と定める。
したがって,令和8年7月21日より前にした運転行為には,改正前の2条(数値基準のない旧1号等)及び改正前の道路交通法117条の2・117条の2の2が適用され,数値基準は用いられない。
附則2項は「行為」を基準としているから,基準となるのは運転行為の日である。
法務省Q&A(A6)も,改正法は施行日以降の行為について適用されると説明している。
改正法附則3項は,「この法律の施行前にした行為を理由とする道路交通法第八十四条第一項に規定する免許の拒否、保留、取消し若しくは効力の停止又は同項に規定する自動車等の運転の禁止については、なお従前の例による。」と定め,運転免許に関する処分にも同様の経過措置を置いている。
施行日前の行為であれば,飲酒類型は数値基準を含まない旧2条1号によって判断され,前記の最高裁決定が示した総合考慮がそのまま問題となる。
高速度についても,施行日前の行為には新設の4号は適用されず,旧2条2号(進行を制御することが困難な高速度)の要件によることになる。
第9 被害者側・被疑者側それぞれの確認事項
1 被害者及び遺族の立場から
被害者及び遺族の立場からは,まず,運転行為の日と,起訴された罪名及び適用条文(2条の何号か,3条か,5条の過失運転致死傷罪か)を確認することになる。
飲酒類型では呼気又は血液のアルコール濃度が数値基準に達していたか,高速度類型では走行速度と当該道路の最高速度との関係が,改正後の要件に当てはめる際の出発点となる。
被害者が刑事手続で行使できる権利は刑事手続及び少年審判における被害者の権利で,刑事記録の入手方法は刑事記録の入手方法-捜査中・公判中・不起訴・確定後の手続で整理している。
不起訴処分に不服がある場合には検察審査会への審査申立ての制度があり,審査の対象,申立適格及び公訴時効との関係は交通事故事件における検察審査会への審査申立て――申立適格,申立書の記載事項,公訴時効及び裁判例で扱っている。
2 被疑者・被告人及びその家族の立場から
被疑者・被告人の立場からも,最初に確認するのは運転行為の日と適用条文である。
施行日前の行為に改正後の数値基準や新設の号が当てはめられていないか,号番号が改正の前後のどちらの条文を前提としているかを確認することになる。
数値基準が問題となる事件では,数値基準を満たすかどうかが飲酒検知の結果や速度の測定・推計によって左右されるため,その測定・推計の方法と根拠資料が検討の中心となることが考えられる。
数値基準に満たない場合でも,飲酒類型では最高裁決定が挙げる事情の総合考慮によって,高速度類型では数値基準に準ずる速度と道路及び交通の状況によって,危険運転致死傷罪が成立し得る。
改正前の統計による量刑の分布は,後記の関連記事に掲げた量刑分布の各記事で整理している。
第10 関連記事
本記事と関連する記事は次のとおりである。
①通常第一審における危険運転致死罪の量刑分布(地裁)
②通常第一審における危険運転致傷罪の量刑分布(地裁)
③通常第一審における過失運転致死罪の量刑分布(地裁及び簡裁)
④過失運転致死傷罪の起訴状における過失の記載方法
⑤生活道路の法定速度引下げ-対象道路の見分け方,速度標識がある場合の優先関係,反則金・点数及び民事賠償への影響
⑥交通事故事件における検察審査会への審査申立て――申立適格,申立書の記載事項,公訴時効及び裁判例
⑦刑事手続及び少年審判における被害者の権利
⑧刑事記録の入手方法-捜査中・公判中・不起訴・確定後の手続
第11 出典
1 法令
①自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(平成25年法律第86号)1条~6条(e-Gov法令検索。令和8年9月12日現在の現行条文及び同年7月20日時点の条文)
②自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律施行令(平成26年政令第166号)2条(e-Gov法令検索。令和8年政令第227号による改正の前後)
③道路交通法(昭和35年法律第105号)2条1項,22条1項,65条1項,117条の2第1項1号,117条の2の2第1項3号,118条1項1号(e-Gov法令検索。令和8年9月12日現在の現行条文及び同年7月20日時点の条文)
④道路交通法施行令(昭和35年政令第270号)11条,44条の3(e-Gov法令検索。11条は令和8年9月1日施行の改正の前後)
⑤刑法(明治40年法律第45号)12条1項(e-Gov法令検索)
⑥自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律及び道路交通法の一部を改正する法律(令和8年法律第52号)(法律本文。法務省掲載のPDF。附則1項~3項を含む)
2 裁判例
①最高裁平成23年10月31日第三小法廷決定(平成21年(あ)第1060号,刑集65巻7号1138頁。原審は福岡高裁平成21年5月15日判決・平成20年(う)第91号)
3 所管行政機関の解説・資料
①法務省「危険運転致死傷罪(自動車運転死傷処罰法)の法改正 Q&A」(A1~A15)
②法務省「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律及び道路交通法の一部を改正する法律 新旧対照条文」(PDF)
③法務省「自動車運転による死傷事犯に係る罰則に関する検討会」(令和6年2月21日から同年11月27日までの第1回~第11回会議の資料及び取りまとめ報告書を掲載)