第1 本記事の対象と結論の要旨
1 本記事の対象
本記事は,共同相続人の中に,認知症,精神疾患又は知的障害等のため判断能力を欠き,又は欠いている疑いがある人がいる場合に,遺産分割をどのように進めるかを,令和8年9月11日時点の法令,裁判例及び家庭裁判所の公表資料に基づいて整理するものである。
主な対象は,その相続人がまだ家庭裁判所から後見開始等の審判を受けていない場面である。
判断能力の程度や手続の段階によって取るべき方法が異なるため,協議の効力,手続の選び方,判断能力の程度による違い,後見開始等の申立て,手続中の期限及び令和8年成年後見制度改正の影響を順に扱う。
2 結論の要旨
結論は次のとおりである。
①判断能力を欠く相続人を加えて遺産分割協議をしても,その相続人の意思表示は無効であり(民法3条の2),協議は有効に成立しないと考えられる。
②家族であっても,成年者を代理して遺産分割協議書に署名押印する権限は当然には生じず,権限なく本人名義で署名押印すれば私文書偽造罪(刑法159条)の成否が問題となり得る。
③遺産分割を進める本筋は,その相続人について後見開始等の申立てをし,家庭裁判所が選任した成年後見人等との間で協議又は調停をする方法である。
④家事事件手続法19条及び民事訴訟法35条の特別代理人は,文言上は未成年者又は成年被後見人を対象とする制度であり,後見開始の審判を受けていない人についても選任し得るとする解釈と高裁の決定はあるものの,遺産分割について家庭裁判所の公表資料が案内しているのは成年後見手続である。
⑤遺産分割審判を最初から申し立てることはできるが,それによって相続人の判断能力の問題が解消されるわけではない。
⑥後見開始等の申立ては,本人の配偶者や四親等内の親族等がすることができ,申立てをする親族がいない場合には市町村長による申立てが問題となる。
第2 判断能力を欠く相続人を含めた遺産分割協議の効力
1 遺産分割協議は共同相続人全員でする
民法907条1項は,共同相続人は,遺言で分割が禁じられた場合等を除き,いつでも,その協議で遺産の全部又は一部の分割をすることができると定めている。
遺産分割協議は共同相続人全員でしなければならず,家庭裁判所の遺産分割調停でも,申立人は他の共同相続人全員を相手方とする必要がある(裁判所職員総合研修所監修『家事事件手続法下における書記官事務の運用に関する実証的研究-家事調停事件及び別表第二審判事件を中心に-』253頁)。
したがって,判断能力を欠く相続人を除外して,残りの相続人だけで遺産分割協議を成立させることはできない。
民法907条2項は,「遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。」と定めている。
判断能力を欠く相続人がいて協議ができない場合も家庭裁判所の手続を利用することになるが,後記第3の3のとおり,家庭裁判所の手続でもその相続人の能力の問題は残る。
2 意思能力を欠く者の法律行為は無効である
民法3条の2は,「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。」と定めている。
遺産分割協議に加わる各相続人の合意は意思表示であるから,協議の時点で意思能力を欠いていた相続人の意思表示は無効となる。
その結果,共同相続人全員の有効な合意がないことになり,協議は有効に成立しないと考えられる。
このような協議に基づいて相続登記や預貯金の払戻しがされても,後に協議の無効が主張されれば,その前提が争われることになる。
遺産分割協議の効力が争われる場面としては,このほかに錯誤による取消しがあり,遺産分割協議における錯誤取消し―旧法の要素の錯誤,裁判例と実務対応で整理している。
3 認知症の診断があるだけで意思能力がないとは限らない
意思能力の有無は,病名だけで一律に決まるものではない。
片岡武・管野眞一編著『第4版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』488頁は,遺言能力に関する説明の中で,意思無能力かどうかは,問題となる個々の法律行為ごとに,その難易や重大性なども考慮して,行為の結果を正しく認識できていたかを中心に判断されるべきものであると説明している。
遺産分割協議は,遺産の範囲と評価,各相続人の取得分,代償金の有無等を理解した上で合意するものであり,日常の買物等よりも理解すべき事項が多い。
そのため,軽度の認知症であれば本人が協議に参加できることもある一方で,協議の内容が複雑な場合には,意思能力が否定される可能性を考えておく必要がある。
判断に迷う場合には,主治医の意見を確認し,後に協議の効力が争われたときに備えて,協議の時点の本人の状態が分かる資料を残しておくことが考えられる。
4 家族が代わりに署名押印することはできない
成年者について法律上当然に代理権を有するのは,家庭裁判所が選任した成年後見人等である。
民法859条1項は,「後見人は、被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表する。」と定めているが,配偶者や子であることだけを理由に成年者を代理する権限を与える一般的な規定は置かれていない。
したがって,判断能力を欠く相続人の家族が,本人の名前で遺産分割協議書に署名し,又は本人の印鑑を押しても,本人の有効な意思表示にはならない。
権限なく他人名義の文書を作成すれば,私文書偽造罪(刑法159条)の成否が問題となり得る。
家族の代筆によって手続を済ませることは,協議の効力と刑事責任の両面で問題を残す。
第3 遺産分割を進める三つの方法
1 後見開始等の申立てをして成年後見人等と協議し,又は調停をする方法
判断能力を欠く相続人がいる場合の本筋は,その相続人について家庭裁判所に後見開始等の申立てをし,選任された成年後見人等を相手に協議又は調停を進める方法である。
大阪家庭裁判所家事第3部遺産分割係の「遺産分割調停に関するよくある質問」は,相続人の中に認知症等のために自分で判断する力がない(ことが疑われる)人がいる場合について,まず「成年後見手続」が必要であり,その手続で選任された成年後見人等が調停に参加することになると案内している(Q6)。
前掲の書記官事務の研究報告書254頁も,遺産分割調停の申立書の審査について,「意思能力や手続行為能力を欠いている等の問題がある当事者がいることが判明した場合は,裁判官にその旨を報告し,その指示に基づいて,適宜,当該問題がある当事者について成年後見制度の利用を促す等の措置を執る。」としている。
遺産分割調停を先に申し立てた場合でも,成年後見人等が選任されるまでは,その相続人を含めた調停を成立させることはできないと考えられる。
2 特別代理人の選任を求める方法
家事事件手続法19条1項は,「裁判長は、未成年者又は成年被後見人について、法定代理人がない場合又は法定代理人が代理権を行うことができない場合において、家事事件の手続が遅滞することにより損害が生ずるおそれがあるときは、利害関係人の申立てにより又は職権で、特別代理人を選任することができる。」と定めている。
民事訴訟法35条1項も,未成年者又は成年被後見人に対し訴訟行為をしようとする者が,遅滞のため損害を受けるおそれがあることを疎明して,特別代理人の選任を申し立てることができると定めている。
いずれも文言上は未成年者又は成年被後見人を対象としており,後見開始の審判を受けていない成人を直接の対象とするものではない。
最高裁判所第二小法廷昭和33年7月25日判決(昭和28年(オ)第1389号,民集12巻12号1823頁)は,離婚訴訟について,当時の民事訴訟法56条の特別代理人を「その訴訟かぎりの臨時の法定代理人たる性質を有するもの」とし,代理に親しまない離婚訴訟には同条の適用がないとした。
同判決は,「この理は心神喪失の常況に在つて未だ禁治産の宣告を受けないものについても同様」であるとし,そのような配偶者に対して離婚訴訟を提起しようとする者は,「先づ他方に対する禁治産の宣告を申請し」,後見監督人又は後見人を被告として訴えを起こすべきであるとした。
この判決は離婚訴訟に関するものであり,財産上の事件である遺産分割にそのまま当てはまるものではない。
もっとも,同判決は,特別代理人が「主として訴を提起せんとする原告の利益のために選任せられる」訴訟限りの代理人であるのに対し,本人の療養や財産上一身上の監護を任務とする後見人等に手続を担わせるのが適当であるという考え方を示しており,家庭裁判所が遺産分割事件で成年後見制度の利用を促す運用とも整合的であると考えられる。
他方で,後見開始の審判を受けていない人について特別代理人を選任する余地を認める裁判例と解釈もある。
東京高等裁判所昭和62年12月8日決定(昭和62年(ラ)第504号,判例タイムズ674号188頁,判例時報1267号37頁)は,心神喪失の常況にあるがまだ禁治産宣告を受けていない者を被告として婚姻無効確認の訴えを提起しようとする事案で,当時の民事訴訟法56条の準用により特別代理人の選任を求めることができるとした。
同決定は,同条の特別代理人が,法定代理人の選任を待っていては遅滞による損害が生じるおそれがある場合に当該訴訟限りの法定代理人を選任する制度であることを理由とし,婚姻の無効確認は離婚と異なり一身専属的な身分行為そのものを目的とするものではないとして,前記の最高裁判所昭和33年7月25日判決の離婚訴訟の場合と区別している。
また,金子修編著『逐条解説 家事事件手続法』(商事法務,2013年)63頁は,民事訴訟では事理弁識能力を欠く常況にあってまだ後見開始の審判を受けていない者についても特別代理人を選任し得ると解されているとした上で,「この点は、家事事件の手続においても、同様であると解される。」と述べている。
したがって,後見開始前の相続人のために家事事件手続法19条の特別代理人を選任する余地は解釈上否定されていないが,遺産分割事件で家庭裁判所の公表資料が案内しているのは前記のとおり成年後見手続であり,特別代理人は当該手続限りの臨時の代理人である。
前掲の書記官事務の研究報告書が遺産分割調停の付随事件として挙げる特別代理人も,親権者と子又は後見人と被後見人の利益が相反する場合(民法826条,860条)のものであり(同書255頁~256頁),後見開始の審判を受けていない相続人のための特別代理人は挙げられていない。
特別代理人の選任を求める場合には,事前に申立先の家庭裁判所の取扱いを確認する必要がある。
訴訟手続の特別代理人については,訴訟能力,訴状等の受送達者,審判前の保全処分及び特別代理人で整理している。
3 遺産分割審判を最初から申し立てる方法
家事事件手続法257条1項は,「第二百四十四条の規定により調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならない。」と定めているが,これは訴えを提起する場合の規定であり,遺産分割審判の申立てには調停前置の定めがない。
大阪家庭裁判所の前掲資料も,「最初から審判の申立てをすることも可能」であるとしつつ,裁判所の判断で審判に先立って調停に付すことがある(家事事件手続法274条1項)と説明している(Q3)。
しかし,家事事件の手続における手続行為能力及び法定代理については民事訴訟法の規定が準用される(家事事件手続法17条1項)。
判断能力を欠く相続人がいる場合には,調停か審判かを問わず,その相続人の手続上の行為をどのように有効にするかという問題が残り,成年後見人等の選任が先に問題となる。
大阪家庭裁判所の前掲資料は,出席しない当事者や意向がはっきりしない当事者がいる場合に「調停に代わる審判」という形で結論が示されることもあると説明している(Q4,Q10)。
もっとも,これは出席しない当事者についての説明であり,判断能力を欠く相続人がいる場合の説明ではない。
申立先の家庭裁判所の選び方は,遺産分割調停・審判の管轄,移送と自庁処理で整理している。
第4 判断能力の程度による違い
1 後見相当の場合
民法7条は,精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者について,家庭裁判所が後見開始の審判をすることができると定めている。
後見開始の審判を受けた相続人については,成年後見人が本人に代わって遺産分割協議をし,又は遺産分割調停の手続をする(民法859条1項)。
2 保佐相当の場合
民法11条は,精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者について,保佐開始の審判をすることができると定めている。
被保佐人は自ら遺産分割協議に参加するが,民法13条1項6号は,「相続の承認若しくは放棄又は遺産の分割をすること」を保佐人の同意を要する行為として掲げており,同意又はこれに代わる許可を得ないでした行為は取り消すことができる(同条4項)。
保佐人に遺産分割を代理させるには,遺産分割について保佐人に代理権を付与する旨の審判が必要であり(民法876条の4第1項),本人以外の者の請求によってこの審判をするには本人の同意が必要である(同条2項)。
家事調停では,被保佐人が他の者のした家事調停の申立てについて手続行為をするには保佐人の同意を要しないが(家事事件手続法17条2項),調停を成立させる合意等には原則として特別の授権が必要である(同条3項2号。同項ただし書に例外がある)。
3 補助相当の場合
民法15条1項は,精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者について,補助開始の審判をすることができると定め,本人以外の者の請求により補助開始の審判をするには本人の同意が必要である(同条2項)。
補助開始の審判は,補助人の同意を要する旨の審判(民法17条1項)又は補助人に代理権を付与する旨の審判(民法876条の9第1項)とともにしなければならない(民法15条3項)。
同意を要する行為は民法13条1項に規定する行為の一部に限られるので(民法17条1項ただし書),遺産分割に補助人を関与させるには,遺産分割を同意の対象とするか,遺産分割について補助人に代理権を付与する必要がある。
4 任意後見契約がある場合
本人が判断能力のあるうちに任意後見契約を締結していた場合には,任意後見監督人が選任された時から契約の効力が生じる(任意後見契約に関する法律2条1号)。
任意後見監督人の選任を請求できるのは,本人,配偶者,四親等内の親族又は任意後見受任者であり(同法4条1項),本人以外の者の請求による場合には,本人がその意思を表示することができないときを除き,本人の同意が必要である(同条3項)。
任意後見契約で代理権を与えた事務に遺産分割が含まれていれば,任意後見人が本人を代理して遺産分割協議をすることになる。
任意後見契約の仕組みは,移行型の任意後見契約―通常委任からの移行,濫用防止及び令和8年改正で整理している。
第5 後見開始等の申立ての進め方
1 申立てができる親族
民法7条は,後見開始の審判を請求できる者を「本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官」と定めている。
保佐開始(民法11条)及び補助開始(民法15条1項)についても,本人,配偶者及び四親等内の親族が請求することができる。
他の共同相続人が本人の四親等内の親族に当たれば,その相続人自身が申立人となることができる。
親族とは,六親等内の血族,配偶者及び三親等内の姻族をいう(民法725条)。
傍系親族の親等は,その一人又はその配偶者から同一の祖先にさかのぼり,その祖先から他の一人に下るまでの世代数で数える(民法726条2項)。
例えば,被相続人の子どうしは,父母の一方だけを同じくする場合も含めて2親等の血族であり,被相続人の兄弟姉妹は,被相続人の配偶者から見て2親等の姻族である。
もっとも,共同相続人どうしであれば常に四親等内の親族に当たるわけではない。
例えば,兄弟姉妹が相続人となる場合に,被相続人の父の前の婚姻の子と,被相続人の母の前の婚姻の子とが共同相続人になると,両者には共通の祖先がないため血族ではなく,姻族にも当たらない。
また,被相続人の子が亡くなって孫が代襲相続人となり,さらに曾孫が再代襲相続人となった枝と,別の子の孫が代襲相続人となった枝とでは,曾孫と孫は被相続人を共通の祖先として3世代さかのぼり2世代下るので,5親等となる。
夫婦の一方が死亡した後に生存配偶者が姻族関係を終了させる意思を表示したときは,姻族関係は終了する(民法728条2項)。
2 申立てができる親族がいない場合の市町村長申立て
申立てができる親族がいない場合や,親族が申立てに協力しない場合には,市町村長による申立てが問題となる。
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律51条の11の2は,「市町村長は、精神障害者につき、その福祉を図るため特に必要があると認めるときは」,民法7条等に規定する審判の請求をすることができると定めている。
65歳以上の者については老人福祉法32条が,知的障害者については知的障害者福祉法28条が,同様の規定を置いている。
市町村長が申立てをするかどうかは,市町村長が福祉の観点から判断するものである。
申立権のない相続人としては,本人の住所地の市町村に事情を伝えて相談することが考えられる。
申立費用や後見人等の報酬に対する自治体の助成は,成年後見制度利用支援事業とは―後見人報酬・申立費用の自治体助成を比較するで整理している。
3 申立先,鑑定及び本人の陳述聴取
後見開始の審判事件は,成年被後見人となるべき者の住所地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する(家事事件手続法117条1項)。
これに対し,遺産分割審判は相続が開始した地を管轄する家庭裁判所の管轄に属するので(家事事件手続法191条1項),後見開始の申立先と遺産分割の申立先が異なることがある。
本人が病院や施設に長く入院・入所している場合には,申立ての前に本人の住所を確認する必要がある。
家事事件手続法119条1項は,「家庭裁判所は、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければ、後見開始の審判をすることができない。ただし、明らかにその必要がないと認めるときは、この限りでない。」と定めている。
また,家庭裁判所は,後見開始の審判をする場合には,本人の心身の障害によりその陳述を聴くことができないときを除き,本人の陳述を聴かなければならない(家事事件手続法120条1項1号)。
他の相続人が申立人となる場合には,本人の主治医の協力が得られず,申立ての時点で本人の状態を示す資料をそろえにくいことがある。
もっとも,後見開始の審判には原則として鑑定が必要とされているので,家庭裁判所の手続の中で本人の精神の状況が確かめられることになる。
申立ての準備については,申立先の家庭裁判所の案内を確認する必要がある。
大阪家庭裁判所の後見センターについては,大阪家裁後見センター――組織の位置付け,沿革及び独自の運用実務で紹介している。
4 申立ての取下げの制限と費用
家事事件手続法121条は,「次に掲げる申立ては、審判がされる前であっても、家庭裁判所の許可を得なければ、取り下げることができない。」と定め,1号で後見開始の申立てを掲げている。
遺産分割のために申し立てた場合でも,申立人の都合だけで自由に取り下げられるわけではない。
また,現行法では,後見開始の審判は,本人の判断能力を欠く常況という原因が消滅したときに取り消されるものであり(民法10条),遺産分割が終わったことだけでは後見は終了しない。
手続費用は各自の負担が原則であるが(家事事件手続法28条1項),家庭裁判所は,事情により,審判を受ける者となるべき者等に負担させることができる(同条2項)。
成年後見人等の報酬の目安は,成年後見人等の報酬額の目安――大阪家裁の基準,令和7年全国実績及び申立手続で整理している。
5 成年後見人の選任と遺産分割への関与
民法843条1項は,「家庭裁判所は、後見開始の審判をするときは、職権で、成年後見人を選任する。」と定めている。
成年後見人を選任するには,本人の心身の状態並びに生活及び財産の状況,成年後見人となる者の職業及び経歴並びに本人との利害関係の有無,本人の意見その他一切の事情を考慮しなければならない(同条4項)。
申立人が推薦した候補者が選任されるとは限らず,同じ遺産分割で本人と利害が対立する相続人は,この考慮の対象となる。
成年後見人自身も共同相続人である場合には,遺産分割は成年後見人と本人との利益相反行為となるため,後見監督人がいるときを除き,本人のために特別代理人の選任を請求しなければならない(民法860条,826条)。
後見監督人がいるときは,成年後見人が本人に代わって遺産分割をするには後見監督人の同意を得なければならない(民法864条,13条1項6号)。
また,成年後見人が本人の居住の用に供する建物又はその敷地について売却等の処分をするには家庭裁判所の許可が必要であり(民法859条の3),遺産分割に伴って本人の住まいを処分する場合にはこの点も確認する必要がある。
成年後見人は,本人の財産を管理し,本人の財産に関する法律行為について本人を代表する立場で遺産分割に臨む(民法859条1項)。
そのため,他の相続人の希望どおりに本人の取得分を減らす内容の協議がまとまるとは限らないと考えられる。
第6 手続中に注意すべき期限と資金
1 相続税の申告期限
相続税の申告が必要な場合,申告書は「その相続の開始があつたことを知つた日の翌日から十月以内」に提出しなければならない(相続税法27条1項)。
後見開始等の申立てから成年後見人等の選任,その後の協議又は調停までには時間を要するため,申告期限までに遺産分割がまとまらないことがある。
遺産が未分割のまま申告した後の手続は,未分割遺産の分割後にする相続税の更正の請求―4か月の期限・要件・裁判例で整理している。
2 預貯金の払戻し
民法909条の2は,各共同相続人が,遺産に属する預貯金債権のうち,相続開始の時の債権額の3分の1に自己の相続分を乗じた額(金融機関ごとに法務省令で定める額が限度)について,単独で権利を行使することができると定めている。
判断能力を欠く相続人がいて遺産分割協議ができない間も,他の相続人はこの制度により当面の資金を確保することができる。
払戻限度額の計算と,家庭裁判所の仮分割の仮処分との使い分けは,遺産分割前に預貯金を払い戻す二つの方法―民法909条の2と仮分割の仮処分で整理している。
3 相続放棄を検討する場合
民法917条は,「相続人が未成年者又は成年被後見人であるときは、第九百十五条第一項の期間は、その法定代理人が未成年者又は成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時から起算する。」と定めている。
成年後見人が選任された後は,成年後見人が本人のために相続を承認するか放棄するかを検討することになる。
熟慮期間の起算点は,相続放棄の3か月はいつからか――熟慮期間の起算点,伸長及び期限経過後の申述で,申述の手続は,相続放棄の手続を自分でする方法―必要書類・申述書の書き方・受理後の対応で整理している。
第7 出頭が難しいだけの相続人との違い
相続人が刑事施設に収容されている場合や遠方に住んでいる場合は,判断能力はあるが家庭裁判所に出頭することが難しいという問題であり,判断能力を欠く相続人の問題とは性質が異なる。
遺産分割調停では,出頭が困難な当事者があらかじめ調停条項案を受諾する旨の書面を提出し,他の当事者が期日に出頭して受諾したときは,合意が成立したものとみなされる(家事事件手続法270条1項)。
家庭裁判所は,相当と認めるときは,当事者の意見を聴いて,音声の送受信により同時に通話をすることができる方法で,期日における手続(証拠調べを除く)を行うことができ(家事事件手続法54条1項),この規定は家事調停の期日にも準用される(家事事件手続法258条1項)。
刑事施設に収容されている者に対する送達は,刑事施設の長にする(民事訴訟法99条3項,家事事件手続法36条1項)。
これらの手当ては,本人が自ら判断して受諾し,又は手続に参加できることを前提とするものである。
判断能力を欠く相続人については,出頭の方法を工夫しても合意や手続行為の有効性の問題は解消しない。
第8 令和8年成年後見制度改正の影響
令和8年6月17日に「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)及びその整備法(令和8年法律第46号)が成立し,同月24日に公布された。
法務省民事局の案内によれば,改正法は,成年後見制度について,「後見及び保佐の制度を廃止して補助の制度に一元化して本人にとって必要な範囲でその利用を可能とする」ことなどを内容とするものであり,成年後見制度の見直しに係る改正は,公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行される。
令和8年9月11日時点でe-Gov法令検索に掲載されている現行の民法7条は後見開始の審判を定めており,現時点で後見開始等の申立てをする場合には現行法が適用される。
改正法の施行後は,本記事で説明した後見開始等の申立て,成年後見人等の権限及び制度の終了の考え方が変わる。
改正の全体像は,令和8年成年後見制度改正と関係法律61本の整備で整理している。
第9 出典
1 法令
①民法(明治29年法律第89号)3条の2,7条,10条,11条,13条,15条,17条,725条,726条,728条,826条,843条,859条,859条の3,860条,864条,876条の4,876条の9,907条,909条の2,917条(e-Gov法令検索)
②家事事件手続法(平成23年法律第52号)17条,19条,28条,36条,54条,117条,119条,120条,121条,191条,257条,258条,270条,274条(e-Gov法令検索)
③民事訴訟法(平成8年法律第109号)35条,99条(e-Gov法令検索)
④刑法(明治40年法律第45号)159条(e-Gov法令検索)
⑤精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号)51条の11の2(e-Gov法令検索)
⑥老人福祉法(昭和38年法律第133号)32条(e-Gov法令検索)
⑦知的障害者福祉法(昭和35年法律第37号)28条(e-Gov法令検索)
⑧任意後見契約に関する法律(平成11年法律第150号)2条,4条(e-Gov法令検索)
⑨相続税法(昭和25年法律第73号)27条(e-Gov法令検索)
法令は令和8年9月11日を基準とする。
2 裁判例
①最高裁判所第二小法廷昭和33年7月25日判決(昭和28年(オ)第1389号,民集12巻12号1823頁)
②東京高等裁判所昭和62年12月8日決定(昭和62年(ラ)第504号,判例タイムズ674号188頁,判例時報1267号37頁,金融法務事情1219号68頁。裁判所HP未掲載)
3 裁判所及び行政機関の公表資料
①大阪家庭裁判所家事第3部遺産分割係「遺産分割調停に関するよくある質問」(Q3,Q4,Q6,Q10)
②法務省民事局「『民法等の一部を改正する法律』(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」(令和8年6月30日)
4 文献
①裁判所職員総合研修所監修『家事事件手続法下における書記官事務の運用に関する実証的研究-家事調停事件及び別表第二審判事件を中心に-』(司法協会,2018年)253頁~256頁
②片岡武・管野眞一編著『第4版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』(日本加除出版,2021年)488頁
③金子修編著『逐条解説 家事事件手続法』(商事法務,2013年)61頁~66頁