第1 この記事の対象と結論
本記事は,弁護士が依頼者に報酬を請求し,又は受領した行為が懲戒の対象となった例と,日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)が弁護士会の懲戒処分を取り消し,又は変更した例を,日弁連の機関誌『自由と正義』に掲載された懲戒処分の公告及び裁決の公告に基づいて整理するものである。
本記事の法令及び会規は令和8年9月13日現在のものである。
公告は処分又は裁決の理由の要旨を記載したものにとどまるため,本記事の記述も公告の記載の範囲に限られる。
個々の弁護士の氏名は,本記事の目的との関係で必要がないため記載しない。
結論は次の4点である。
①報酬をめぐる懲戒例では,額が高いことに加えて,受任時に報酬を説明していない,委任契約書を作成していない,依頼者の了解なく預り金や受領金から報酬を差し引いた,時間制報酬で見込み時間の説明が足りないといった事情が重なっていることが多い。
②他方で,報酬の額が適正かつ妥当な範囲を超えることを主な理由として,弁護士職務基本規程24条違反とされた例もある。
③日弁連は,報酬をめぐる紛争が実質的には依頼者と弁護士の間の民事上の紛争であることや,審査請求後の和解等を考慮して,弁護士会の処分を取り消し,又は軽くした例がある一方で,懲戒請求者の異議の申出を受けて,弁護士会の処分を重くした例もある。
④懲戒は弁護士に報酬の返還を命じる手続ではないため,金銭の清算を求めるには,弁護士会の紛議調停や民事訴訟による必要がある。
第2 報酬に関する規律
1 弁護士法による懲戒
弁護士法56条1項は,弁護士及び弁護士法人は,同法又は所属弁護士会若しくは日弁連の会則に違反し,所属弁護士会の秩序又は信用を害し,「その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があつたときは、懲戒を受ける。」と定めている。
懲戒は所属弁護士会が行い(同条2項),弁護士に対する懲戒の種類は,戒告,2年以内の業務の停止,退会命令及び除名の4種である(同法57条1項)。
弁護士会の懲戒処分について審査請求があったときは,日弁連は,日弁連の懲戒委員会に事案の審査を求め,その議決に基づいて裁決をしなければならない(同法59条1項)。
後記の公告例の多くは,弁護士職務基本規程や弁護士の報酬に関する規程の条項に違反するとした上で,その行為が弁護士法56条1項の品位を失うべき非行に当たるとしている。
規程の条項を挙げずに,同項の非行に当たるとだけ記載した公告もある。
2 弁護士職務基本規程
(1) 報酬の額に関する規律
弁護士職務基本規程(平成16年11月10日会規第70号)24条は,「弁護士は、経済的利益、事案の難易、時間及び労力その他の事情に照らして、適正かつ妥当な弁護士報酬を提示しなければならない。」と定める。
同規程5条は,「弁護士は、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行うものとする。」と定めており,後記の時間制報酬の例には同条違反とされたものがある。
(2) 受任時の説明と委任契約書
同規程29条1項は,「弁護士は、事件を受任するに当たり、依頼者から得た情報に基づき、事件の見通し、処理の方法並びに弁護士報酬及び費用について、適切な説明をしなければならない。」と定める。
同規程30条1項は,「弁護士は、事件を受任するに当たり、弁護士報酬に関する事項を含む委任契約書を作成しなければならない。」と定め,ただし書で,委任契約書を作成することに困難な事由があるときは,その事由がやんだ後に作成するとしている。
同条2項は,受任する事件が法律相談,簡易な書面の作成又は顧問契約その他継続的な契約に基づくものであるときその他合理的な理由があるときは,委任契約書の作成を要しないとしている。
(3) 預り金と委任の終了
同規程38条は,事件に関して依頼者等から金員を預かったときは,自己の金員と区別し,預り金であることを明確にする方法で保管し,その状況を記録しなければならないと定める。
同規程45条は,「弁護士は、委任の終了に当たり、委任契約に従い、金銭を清算した上、預り金及び預り品を遅滞なく返還しなければならない。」と定める。
3 弁護士の報酬に関する規程
弁護士の報酬に関する規程(平成16年2月26日会規第68号)2条は,「弁護士等の報酬は、経済的利益、事案の難易、時間及び労力その他の事情に照らして適正かつ妥当なものでなければならない。」と定める。
同規程3条は,報酬に関する基準を作成して事務所に備え置くことを求め,その基準には報酬の種類,金額,算定方法,支払時期その他報酬を算定するために必要な事項を明示しなければならないとしている。
同規程5条1項は,「弁護士等は、法律事務を受任するに際し、弁護士等の報酬及びその他の費用について説明しなければならない。」と定め,同条2項は,報酬に関する事項を含む委任契約書の作成を求めている。
同条4項は,委任契約書に,受任する法律事務の表示及び範囲,報酬の種類,金額,算定方法及び支払時期,委任事務の終了に至るまで委任契約の解除ができる旨並びに委任契約が中途で終了した場合の清算方法を記載しなければならないとしている。
第3 報酬の請求が懲戒の対象とされた例
1 時間制報酬
(1) 見込み時間を大幅に超えた刑事弁護の報酬
愛知県弁護士会は,刑事事件の第一審の弁護費用を1時間当たり5万円とする時間制報酬の合意をした弁護士を,業務停止4月の処分に付した(効力発生日は2010年3月2日。自由と正義2010年6月号176頁)。
公告によれば,この弁護士は,受任当初,100時間以内に終了する見込みであると理解されるような説明をしていたが,100時間を経過する前にその後の見込み等を十分に説明することなく,当初の見込みを大幅に超えた後になって,執務時間が195.5時間に達したとして報酬を請求した。
その後も同様の計算で算定した報酬を3回にわたり請求し続け,合計1892万5000円の支払を受けたとされている。
公告は,この行為が廃止前の弁護士倫理37条及び弁護士職務基本規程24条等に違反するとしている。
(2) 契約に定めのない時間単価による請求
第二東京弁護士会は,会社から訴訟,交渉及びマスコミ対応を受任した弁護士を戒告の処分に付した(効力発生日は2014年3月4日。自由と正義2014年6月号118頁)。
公告によれば,この弁護士は,報酬の算定方法を適切に説明しないまま,マスコミ対応の13件の報酬請求について,契約上定めのない一定時間当たりの単価を基に,一部は将来の見込み時間も含めた時間を乗じて算出した額を,日当又は手数料の名目で請求して受領した。
同じ公告は,訴訟事件で事務所の報酬基準を大幅に上回る報酬金525万円を請求して受領したことや,交渉事件で委任契約書を作成しなかったことも認定し,弁護士職務基本規程24条,29条1項及び30条違反としている。
(3) 作業の停止を求められた後の執務時間の計上
第二東京弁護士会は,損害保険会社の弁護士費用特約の基準に全面的に従う時間制報酬で慰謝料請求等を受任した弁護士を,他の非行と併せて業務停止2月の処分に付した(効力発生日は2024年2月21日。自由と正義2024年6月号99頁~100頁)。
公告によれば,依頼者は,執務時間が基準の上限である60時間に遠からず到達すると懸念していることを明記した電子メールで,全ての作業の停止を明確に求めた。
それにもかかわらず,弁護士はその翌日に作業を行ったとして執務時間2時間を報告書に計上し,損害保険会社に報酬を請求して受領したとされ,この行為は弁護士職務基本規程5条違反とされた。
(4) 時間制報酬についての整理
本記事では,これらの例から,時間制報酬では受任時に見込み時間を説明するだけでなく,見込みを超えそうになった段階で依頼者に知らせること,契約で定めた単価以外の単価を使わないこと,依頼者が作業の停止を求めた後の時間を計上しないことが求められていると整理する。
報酬額の定めがない場合の相当報酬額や日弁連の旧報酬等基準規程については,遺産分割事件の弁護士報酬――旧日弁連基準の「争いのない部分は3分の1」と相当報酬額の裁判例で扱っている。
2 適正かつ妥当な額を超える報酬
(1) 額が著しく高いとされた例
札幌弁護士会は,離婚事件の訴訟が相手方の取下げで終了した後,依頼者に880万円の報酬を請求した弁護士を,業務停止2月の処分に付した(効力発生日は2022年3月4日。自由と正義2022年12月号62頁)。
公告は,依頼者の得た経済的利益,事案の難易,時間及び労力その他の事情に照らして相当な報酬額を検討しても,「880万円という極めて高額で、明らかに適正かつ妥当な報酬の域を超える報酬を請求した。」として,弁護士職務基本規程24条違反としている。
同じ公告は,委任契約書を作成しなかったこと(同規程30条1項違反)と,和解を見越して預かった158万0165円を委任関係の終了後に遅滞なく返還しなかったこと(同規程45条違反)も認定している。
仙台弁護士会は,特別縁故者に対する相続財産分与の審判申立事件等を受任した弁護士を,業務停止4月の処分に付した(効力発生日は2023年4月27日。自由と正義2023年9月号61頁)。
公告によれば,この弁護士は,差戻審で財産の全部分与が認められた後,報酬金3882万2259円を預り金から控除して受領した。
公告は,即時抗告の対象は預貯金部分のみであり不動産等は当初の審判で分与が認められていたことなどに照らすと,報酬金の額は事案の特別な事情を考慮しても著しく高額であり,そのことについて十分な説明もしなかったとして,同規程24条違反としている。
(2) 個別の合意なく判決認容額の10パーセントを請求した例
金沢弁護士会は,集団訴訟を受任した弁護士を業務停止2月の処分に付したが,日弁連は,審査請求を受けて2014年6月10日にこれを戒告に変更する裁決をした(効力発生日は2014年6月16日。自由と正義2014年8月号103頁~104頁)。
裁決の公告によれば,この弁護士は,控訴審の受任に際して委任契約書を作成せず(弁護士職務基本規程30条違反),依頼者らとの個別的な合意がないまま,判決認容額の10パーセントである1億2866万1554円という高額な報酬を請求して受領した(同規程24条違反)。
他方で,日弁連は,弁護士会が認定した依頼者の意思の尊重(同規程22条1項)及び受任の際の説明(同規程29条1項)の違反はいずれも認めず,処分を戒告に変更した。
(3) 説明と異なる額を請求し訴訟で増額した例
兵庫県弁護士会は,離婚訴訟を受任した弁護士法人とその代表社員の弁護士を,いずれも戒告の処分に付した(効力発生日は2020年12月16日。自由と正義2021年5月号75頁~77頁)。
公告によれば,委任契約書では報酬金を経済的利益の15パーセントとし,経済的利益の額は弁護士法人の報酬基準によって算出するとしていたが,担当の弁護士は,契約締結の際に,報酬金は70万円から80万円で多くても100万円を超えることはないと説明しており,報酬基準による算出の説明や報酬基準の提示はなかった。
それにもかかわらず,和解の成立後,代表社員の弁護士は報酬基準に基づいて報酬金217万7000円を請求し,依頼者との1回の電話での交渉だけで紛議調停を申し立て,174万円とする解決案を示しながら次回期日を待たずに申立てを取り下げた。
その後,報酬金を347万3000円に増額した報酬請求訴訟が提起され,さらに弁護士法人が原告となって412万1000円に増額した訴訟が提起された。
公告は,報酬金は70万円から80万円程度,あるいは後の判決で相当とされた84万円程度が適正かつ妥当であったとしている。
(4) 上限のない報酬を定めようとした例
山口県弁護士会は,債権差押命令申立事件等を受任した弁護士を,業務停止6月の処分に付した(効力発生日は2022年2月14日。自由と正義2022年7月号157頁~158頁)。
公告によれば,この弁護士は,取り立てた金額が3000万円を超える部分の全てを報酬とする旨の合意を確認する条項を記載した合意書案を依頼者に送付し,第三債務者からの送金のたびに増えて最大で8613万4000円に達する報酬を提示した。
さらに,報酬についての協議をしないまま,取立金のうち依頼者の取り分と主張する3000万円だけを送金し,紛議調停が成立するまで残りの精算に応じなかったとされている。
公告は,この報酬の提示を弁護士の報酬に関する規程2条及び弁護士職務基本規程24条違反とし,預り金合計4801万5216円を依頼者に無断で引き出して流用した行為も,預り金等の取扱いに関する規程2条違反としている。
3 預り金や受領金からの控除
(1) 合意も了解もない控除
大阪弁護士会は,交通事故の損害賠償請求を受任した弁護士を戒告の処分に付した(効力発生日は2008年3月27日。自由と正義2008年8月号177頁)。
公告によれば,この弁護士は,着手金200万円を受領したが,報酬基準の備付けと委任契約書の作成をしておらず(弁護士の報酬に関する規程3条及び5条),自賠責保険の被害者請求で合計5313万8035円の支払を受けた際,報酬の合意がなく依頼者の了解も得ていないのに,自賠責保険請求手続の報酬としては極めて高額の530万円を一方的に差し引いて残額を送金した。
日弁連は,懲戒請求者の異議の申出を受けて,この戒告は軽きに過ぎるとして業務停止1月に変更した(効力発生日は2009年1月22日。自由と正義2009年3月号162頁~163頁)。
変更の公告は,受任,着手金の授受及び報告を全て損害保険代理店を営む仲介者を通じて行い,依頼者と約8か月の間,面談も連絡もしなかったことが,過大な請求に対する心理的抵抗を弱めたと指摘している。
徳島弁護士会は,交通事故の被害者請求を行った弁護士を業務停止1月の処分に付した(効力発生日は2024年3月27日。自由と正義2024年8月号57頁~58頁)。
公告によれば,この弁護士は,受任に当たって報酬と費用を説明せず委任契約書も作成しなかった(弁護士職務基本規程29条1項・30条1項,弁護士の報酬に関する規程5条1項・2項)。
また,被害者本人が意思能力を欠いていたため委任が無効で損害賠償額を受領する権限がなかったのに,自賠責保険会社から振り込まれた4000万円のうち864万円を弁護士報酬の名目で差し引いて本人に引き渡さなかったとされている。
(2) 受領した売買代金からの過大な報酬の取得
東京弁護士会は,借地権の処分等を受任した弁護士を業務停止4月の処分に付し,日弁連は,2011年2月15日の裁決でこれを業務停止2月に変更した(原処分は自由と正義2010年9月号146頁,裁決は同2011年4月号161頁)。
原処分の公告によれば,この弁護士は,借地権の売買代金を受領した後,適正,妥当な報酬を提示する義務を怠って過大な報酬を提示し,適切な説明に基づく合意のないまま,合計1401万2000円を報酬として受領した。
報酬については額面500万円の領収書しか渡さず,後に本人の成年後見人から過大であるとして返還を求められても,合理的な説明をしないまま拒絶し続けたとされ,弁護士職務基本規程24条及び45条違反とされた。
裁決の公告は,過払分の返還を求める訴訟で700万円を支払う和解が成立したこと,当時の成年後見人が一旦は報酬の受領を了承したような態度をとっていたこと,受任事件の処理にそれなりの努力をしていたことを考慮し,業務停止4月は重きに過ぎるとした。
(3) 契約書に相殺の定めがあっても協議を経ずに全額を留め置いた例
埼玉弁護士会は,会社から受任した訴訟事件の相手方から和解金2268万円の送金を受けた弁護士を,戒告の処分に付した(効力発生日は2020年7月8日。自由と正義2020年12月号50頁)。
公告によれば,この弁護士は,自ら算定した報酬金を控除した残額を送金すると説明したところ,依頼者が異議を唱えたため,送金を行わなかった。
委任契約書には報酬を預り金の引渡債務と相殺できる旨が明記されており,依頼者が申し立てた紛議調停に応じる等の協議を経れば相殺は可能であったのに,これを行わず,報酬金支払請求訴訟での依頼者側からの清算の提案にも応じないまま,約2年4か月にわたり和解金全額を留め置いたとされ,弁護士職務基本規程45条違反とされた。
(4) 依頼者でない共同相続人の取得分からの控除
東京弁護士会は,共同相続人の一人から相続預金の払戻しと分割を受任した弁護士を,戒告の処分に付した(効力発生日は2007年10月10日。自由と正義2008年1月号173頁)。
公告によれば,この弁護士は,依頼者ではない他の共同相続人から弁護士報酬を支払うつもりはないと伝えられていたのに,既に廃止されていた東京弁護士会の報酬会規によれば着手金・報酬金は合わせて96万円になるとして,その者の取得分から96万円を控除して送金した。
依頼者からも着手金・報酬金として合わせて96万円を受領していたとされている。
4 受任時の説明と委任契約書
(1) 経済的利益の説明と事前協議がない請求
第一東京弁護士会は,会社の顧問弁護士として紛争への対応を受任していた弁護士を,他の非行と併せて業務停止3月の処分に付した(効力発生日は2024年12月17日。自由と正義2025年5月号58頁)。
公告によれば,この弁護士は,成功報酬額の基礎となる経済的利益の額について依頼者の解釈が自分の認識と合致していないことを認識しながら十分な説明を尽くさず,和解で紛争が終結すると,経済的利益の額の説明も成功報酬額の事前の協議もしないまま報酬を請求した。
支払期限までに支払がないと,高額な遅延損害金が発生することや株主代表訴訟が提起される可能性を示唆して支払を催促したとされ,この行為は弁護士職務基本規程29条1項及び弁護士の報酬に関する規程5条1項違反とされた。
同じ公告は,委任契約の主体を自らが代表を務める弁護士法人でない会社に切り替えて報酬を同社に取得させた行為等も,同規程11条,12条等に違反するとしている。
(2) 委任契約書の不作成と報酬の趣旨の不説明
京都弁護士会は,3件の事件で委任契約書を作成しなかった弁護士を,業務停止6月の処分に付した(効力発生日は2021年2月3日。自由と正義2021年8月号53頁)。
公告によれば,この弁護士は,貸付金の回収事件で着手金として合計約400万円の支払を受けながら,仮差押えの申立てにも貸付金の回収にも着手せず,約束した着手金の返金もしなかった。
また,別の依頼者から費用として合計162万円の支払を受けるに際し,受任事務の内容や相手方を明示する委任契約書を作成せず,報酬の趣旨や算定の根拠を説明しなかったとされ,弁護士職務基本規程29条1項・30条1項及び弁護士の報酬に関する規程5条1項・2項違反等とされた。
5 詐欺被害の回復事件の着手金
(1) 着手金の説明を事務員に委ねた例
東京弁護士会は,詐欺被害の回復事件を受任した弁護士を業務停止6月の処分に付した(効力発生日は2025年11月4日。自由と正義2026年3月号72頁~73頁)。
公告によれば,この弁護士は,4名の被害者との委任契約の締結に際して,事情聴取,事件処理の見通し,処理の方法並びに報酬及び費用等の説明を自ら直接行わず,専ら事務員に行わせた。
別の依頼者については,「被害金額に比して高額に過ぎる着手金を請求するに当たり、依頼者が納得できる十分な説明をしなかった。」とされている。
さらに,投資詐欺の被害者との委任契約の締結に際して,回収が困難であることを説明せず,むしろ着手金の支払が早くなされれば被害回復が可能であると誤信させるような説明をして,時間的余裕を与えずに着手金を支払わせたとされ,これらの行為は弁護士職務基本規程29条1項違反とされた。
東京弁護士会は,2025年にも,詐欺被害の被害金の回収事件で事情聴取,見通し及び報酬等の説明を事務職員に行わせ,被害回復について誇大な期待を抱かせる広告を公開していた弁護士を,業務停止6月の処分に付している(効力発生日は2025年3月13日。自由と正義2025年8月号61頁~62頁)。
(2) 着手金を非弁護士との間で分配した例
神奈川県弁護士会は,SNS等を通じた詐欺の被害事件を短期間に少なくとも300件程度受任した弁護士を,業務停止1年の処分に付した(効力発生日は2025年10月29日。自由と正義2026年3月号70頁~71頁)。
公告によれば,この弁護士は,非対面型の詐欺では被害金を回収できる可能性が極めて低いのにその説明をしないまま受任し(弁護士職務基本規程29条違反),事件の見通しの説明,着手金の提示及び減額,契約締結等を,弁護士法72条から74条までの規定に違反すると疑うに足りる相当な理由のある者に行わせていた(同規程11条違反)。
また,事務職員とされる者との間で着手金の10パーセントを報酬として受け取るという話をし,着手金が振り込まれる口座を自ら管理せず,事務職員とされる者らが着手金の中から弁護士にはその10パーセントより少ない額を振り込み,弁護士の知らない間に2つの会社に合計1億3200万円を送金していたとされ,この行為は同規程12条違反とされた。
同規程12条は,弁護士は,その職務に関する報酬を弁護士,弁護士法人又は共同法人でない者との間で分配してはならないと定めている。
非弁提携の構造については,非弁提携業者による弁護士の取込みから撤収までで扱っている。
第4 日弁連が処分を取り消し,又は変更した例
1 審級ごとに算出した報酬の合算請求
東京弁護士会は,損害賠償請求訴訟を受任し,判決確定後に依頼者が合意していない内容の報酬を請求した弁護士を戒告の処分に付したが,日弁連は,2020年10月13日の裁決でこれを取り消し,懲戒しないとした(効力発生日は2020年10月15日。自由と正義2020年12月号55頁~56頁)。
裁決の公告は,第1審と第2審の審級ごとに旧報酬会規を当てはめて報酬額を算出し,合算して請求したことについて,依頼者との合意がなく,受任訴訟の確定によって初めて報酬額の基礎となる経済的利益が定まるから,格別の事情がない限り合理性を欠くとした。
請求額は,最も多かった時点で,報酬請求訴訟の控訴審判決が認めたおおむね正当な報酬額の約2.4倍に達していたとされている。
しかし裁決は,委任契約書上の依頼者は子会社であったが請求を受けた親会社も実質的には依頼者といえる事情があったこと,請求は協議の申入れから始まり訴訟で決着しており,金額も協議のたたき台としての色合いが濃く,依頼者に特段の不合理な困惑や負担が生じたともいえないこと,報酬の定めが不明確であったことの責任をこの弁護士のみに帰すのは相当ではないことを総合した。
そのうえで,報酬請求は適切なものではなかったとはいえるものの,品位を失うべき非行とまではいえないとした。
もっとも,裁決の公告は,約2.4倍に達する金額を請求した点には問題があるとし,「戒告の処分が相当であるとの意見が一定数あったことを付言する。」としている。
2 目的未達の満額請求と審査請求後の和解
大阪弁護士会は,株式等の整理を内容とする事件を受任した弁護士を戒告の処分に付したが,日弁連は,2022年12月13日の裁決でこれを取り消し,懲戒しないとした(効力発生日は2022年12月19日。自由と正義2023年2月号67頁~68頁)。
裁決の公告は,依頼の目的が達せられない時点で委任契約が終了したにもかかわらず目的を達した際の満額の報酬を請求している点などに照らし,処分の程度もやむを得ないものと認めた。
しかし,依頼者がその後他の弁護士に依頼して当初の目的を達し,審査請求後に依頼者が相当額の報酬を支払う旨の和解が成立したことなどを考慮し,本件が実質的には依頼者と弁護士の間の報酬請求をめぐる紛争である点に鑑み,審査の時点では処分することは相当ではないとした。
日弁連は,同じ日の裁決で,受任に当たり委任契約書を作成しなかったとして第一東京弁護士会が戒告の処分に付した弁護士についても,処分を取り消し,懲戒しないとした(効力発生日は2022年12月19日。自由と正義2023年2月号66頁~67頁)。
裁決の公告は,委任契約書を作成しなかったことに合理的な理由がなく非行に当たるとした弁護士会の判断は不当とはいえないとしつつ,処分の後に依頼者との間で訴訟上の和解を成立させて受領した着手金を超える金員を支払ったこと,受任した事件の全件で委任契約書を作成して再発防止のための事務所体制を構築したこと等を考慮し,戒告を維持するのはやや重きに過ぎるとした。
3 未払報酬と預り金の相殺
東京弁護士会は,報酬についての合意がないのに一方的に報酬等を3922万2100円と決定し,取り立てた賠償金の一部として保管していた預り金と相殺した弁護士を,戒告の処分に付した(効力発生日は2012年7月4日。自由と正義2012年10月号114頁)。
日弁連は,2013年8月21日の裁決でこの処分を取り消し,懲戒しないとした(効力発生日は2013年8月29日。自由と正義2013年10月号136頁~137頁)。
裁決の公告は,依頼者が押印しなかった報酬の合意書について,依頼者との間の不当利得返還請求訴訟の判決等の証拠を総合すれば,遅くとも上告不受理決定までに合意書と同一内容の報酬合意が黙示的に成立したとみるのが相当であるとした。
そのうえで,依頼者がそれまでも着手金・報酬金等を未払にしたまま新たな案件を依頼していたこと等を考慮すると,相殺は安易なものとはいえずやむを得なかった行為であり,品位を失うべき非行とはいえないとした。
4 過大報酬とされた着手金と破産申立ての報酬
第二東京弁護士会は,会社から不当利得返還請求訴訟と自己破産申立てを受任し,着手金315万円と破産申立ての報酬735万円を約定した弁護士について,過大な報酬の提示と受領が弁護士職務基本規程24条に違反するなどとして業務停止1月の処分に付した。
日弁連は,2019年4月8日の裁決でこれを取り消し,懲戒しないとした(効力発生日は2019年4月12日。自由と正義2019年6月号85頁~87頁)。
裁決の公告は,着手金は訴額約3億円の事件を実質1億円の請求とみて算出されたものであり,破産申立ての報酬は,予想される事件の性質や裁判所が遠方であること等から相当とした額から既に受領した着手金を差し引いて定められたと認定した。
そのうえで,裁判所も特に問題としておらず,破産管財人も返金を求めていないことから,報酬の金額それ自体が適正かつ妥当な範囲を超える過大なものであったとはいえないとした。
5 法テラスを利用しなかったこと
山梨県弁護士会は,法テラスを利用できたのに利用しなかったこと等を理由に弁護士を戒告の処分に付したが,日弁連は,2020年7月14日の裁決でこれを取り消し,懲戒しないとした(効力発生日は2020年7月17日。自由と正義2020年9月号128頁~129頁)。
日弁連は,法テラスの利用の可否を検討すべき立場にあったことは否定できないとしつつ,着手金が月額1万円の分割払で金額的にも相応の範囲であり,弁護士が報酬請求権を放棄して依頼者もこれを受け入れたことから,依頼者の金銭的な不利益はないか僅かであるとした。
この事例は,日本司法支援センター(法テラス)を利用しなかったことに関して単位弁護士会で戒告となり,日弁連で不懲戒となった事例で詳しく扱っている。
6 異議の申出を受けて処分を重くした例
懲戒請求者は,弁護士会がした懲戒の処分が不当に軽いと思料するときは,日弁連に異議を申し出ることができる(弁護士法64条1項後段)。
日弁連の懲戒委員会が異議の申出に理由があると認めるときは,日弁連は,その議決に基づき,原弁護士会がした懲戒の処分を取り消し,自ら懲戒しなければならない(同法64条の5第4項)。
前記第3の3(1)の大阪弁護士会の戒告が業務停止1月に変更された例のほか,日弁連が福井弁護士会の戒告を業務停止1月に変更した例がある(効力発生日は2023年9月19日。自由と正義2023年11月号75頁)。
公告によれば,この弁護士は,遺言執行者である相続人の一人とは委任契約を締結していたが,他の相続人とは委任契約も報酬に関する契約もないのに,預かった金員から一方的に計算した報酬を控除して遺産の分配を行い,相続人らへの説明と資料の送付も拒んだ。
日弁連は,預かった金員の支払又は示談の成立までは非違行為が継続していたとして除斥期間の経過を否定し,処分後に相続人の一人との間で解決金200万円を支払う裁判上の和解をしたことを有利な情状として考慮しても,戒告は軽きに過ぎて不当であるとした。
7 裁決等から読み取れること
これらの裁決等から,次の点を読み取ることができる。
①報酬の額や算出方法に問題があっても,依頼者との協議や訴訟を通じて解決が図られ,依頼者に不合理な負担が生じていない場合には,品位を失うべき非行とまではいえないとされた例がある。
②審査請求後に報酬の返還や相当額の支払の和解が成立したことは,処分の取消しや軽減の事情として考慮されている。
③報酬の合意書に依頼者の押印がなくても,他の証拠から合意の成立が認められれば,預り金との相殺がやむを得ない行為とされた例がある。
④もっとも,取消しの裁決でも請求額の問題点が指摘され,戒告相当の意見が一定数あったと付言された例があり,事後に和解すれば懲戒されないというわけではない。
⑤反対に,懲戒請求者の異議の申出を受けて処分が重くされた例では,控除した額の返還や処分後の和解があっても,戒告は軽きに過ぎるとされている。
第5 懲戒手続と報酬の清算
1 懲戒は報酬の返還を命じる手続ではない
弁護士法57条1項が定める懲戒の種類は,戒告,業務の停止,退会命令及び除名であり,懲戒手続で弁護士に報酬の返還や損害賠償を命じることはできない。
前記の例でも,報酬の清算は,報酬請求訴訟,過払分の返還を求める訴訟,不当利得返還請求訴訟又は当事者間の和解によって行われている。
懲戒手続の流れは弁護士会の懲戒手続で,懲戒処分の公告や公表の仕組みは弁護士の懲戒処分の公告,通知,公表,事前公表及び懲戒処分歴の開示で扱っている。
2 紛議調停
弁護士法41条は,「弁護士会は、弁護士の職務又は弁護士法人の業務に関する紛議につき、弁護士、弁護士法人又は当事者その他関係人の請求により調停をすることができる。」と定めており,依頼者だけでなく弁護士の側からも申し立てることができる。
弁護士職務基本規程26条は,弁護士は,依頼者との信頼関係を保持し紛議が生じないように努め,紛議が生じたときは,所属弁護士会の紛議調停で解決するように努めると定める。
前記の兵庫県弁護士会の例では,1回の電話での交渉だけで紛議調停を申し立て,解決案を示しながら次回期日を待たずに一方的に取り下げ,増額した報酬を訴訟で請求したことが,懲戒の理由の一部とされている。
第一東京弁護士会も,依頼者が預り金の返還を求めて紛議調停を申し立てたのに対し,第1回期日の前に報酬支払請求訴訟を提起した弁護士について,同規程26条違反を認定し,事務所の報酬基準の2.7倍強・3.2倍強の加算をした報酬を定めたこと(同規程24条・29条1項等)などと併せて業務停止1月の処分に付している(効力発生日は2016年11月10日。自由と正義2017年3月号114頁~115頁)。
第6 受任時と請求時に確認しておくこと
1 依頼者の立場から
本記事では,前記の規程と公告例を踏まえ,依頼者の側では次の点を確認しておくことが考えられると整理する。
①委任契約書に,報酬の種類,金額,算定方法及び支払時期と,中途で終了した場合の清算方法が書かれているかを確認する(弁護士の報酬に関する規程5条4項)。
②経済的利益を基準とする場合は,当該事件の経済的利益を何円と見込むのか,審級や手続が移ったときに着手金や報酬金がどうなるのかについて説明を求める。
③時間制報酬の場合は,1時間当たりの単価,見込み時間,上限の有無及び見込みを超えそうになったときの連絡方法を確認する。
④預り金から報酬を差し引くことがあるのか,差し引く前に明細の提示と同意の確認があるのかを確認する。
⑤詐欺被害の回復事件では,回収の見込みと,支払う着手金を下回る回収にとどまる可能性について,弁護士本人から説明を受ける。
⑥報酬について弁護士と意見が合わないときは,所属弁護士会の紛議調停を利用することを検討する。
2 弁護士の立場から
弁護士の側では,次の点を確認しておくことが考えられる。
①受任時に報酬と費用を自ら説明し,委任契約書を作成する(弁護士職務基本規程29条1項・30条1項)。
②時間制報酬では,見込み時間を示し,見込みを超えそうになった段階で依頼者に知らせ,執務時間の記録を残す。
③事件の途中で依頼者との間に報酬の解釈の食い違いがあると分かったときは,請求の前に説明と協議をする。
④預り金から報酬を差し引くときは,委任契約書の定めと依頼者の同意を確認し,差し引く額と計算の根拠を示す(同規程38条・45条)。
⑤報酬の説明や着手金の提示を事務職員に任せず,自ら行う。
⑥報酬をめぐる紛議が生じたときは,紛議調停での解決に努める(同規程26条)。
⑦委任契約書に預り金との相殺の定めがあっても,依頼者が異議を述べたときは,全額を留め置かず,協議を経て清算する(同規程45条)。
第7 関連記事
①遺産分割事件の弁護士報酬――旧日弁連基準の「争いのない部分は3分の1」と相当報酬額の裁判例は,報酬額の定めがない場合の相当報酬額と旧日弁連報酬等基準規程を扱っている。
②弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」-判断枠組みと50の懲戒例は,報酬以外の類型を含む懲戒例を扱っている。
③弁護士職務基本規程-現行条文,82条及び判例上の位置付けは,職務基本規程の全体像を扱っている。
④日弁連の,弁護士の報酬に関する規程(平成16年2月26日会規第68号)は,報酬規程の制定時の条文である。
⑤弁護士会の懲戒手続は,懲戒請求から処分までの流れを扱っている。
⑥弁護士の懲戒処分の公告,通知,公表,事前公表及び懲戒処分歴の開示は,公告と公表の仕組みを扱っている。
⑦日本司法支援センター(法テラス)を利用しなかったことに関して単位弁護士会で戒告となり,日弁連で不懲戒となった事例は,前記第4の5の裁決を扱っている。
⑧非弁提携業者による弁護士の取込みから撤収までは,非弁提携の構造を扱っている。
第8 出典
1 日弁連の会規
①日本弁護士連合会「弁護士職務基本規程」(平成16年11月10日会規第70号)5条,11条,12条,22条1項,24条,26条,29条1項,30条,38条,45条
②日本弁護士連合会「弁護士の報酬に関する規程」(平成16年2月26日会規第68号)2条,3条,5条1項・2項・4項
2 法令
①弁護士法41条,56条1項・2項,57条1項,59条1項,64条1項,64条の5第4項(e-Gov法令検索)
3 懲戒処分及び裁決の公告
日本弁護士連合会『自由と正義』に掲載された次の公告による。
①2008年1月号173頁(東京弁護士会の戒告)
②2008年8月号177頁(大阪弁護士会の戒告),2009年3月号162頁~163頁(日弁連が異議の申出により業務停止1月に変更)
③2010年6月号176頁(愛知県弁護士会の業務停止4月)
④2010年9月号146頁(東京弁護士会の業務停止4月),2011年4月号161頁(日弁連の裁決により業務停止2月に変更)
⑤2012年10月号114頁(東京弁護士会の戒告),2013年10月号136頁~137頁(日弁連の裁決により取消し)
⑥2014年6月号118頁(第二東京弁護士会の戒告)
⑦2014年8月号103頁~104頁(金沢弁護士会の業務停止2月を日弁連の裁決により戒告に変更)
⑧2017年3月号114頁~115頁(第一東京弁護士会の業務停止1月)
⑨2019年6月号85頁~87頁(第二東京弁護士会の業務停止1月を日弁連の裁決により取消し)
⑩2020年9月号128頁~129頁(山梨県弁護士会の戒告を日弁連の裁決により取消し)
⑪2020年12月号50頁(埼玉弁護士会の戒告),55頁~56頁(東京弁護士会の戒告を日弁連の裁決により取消し)
⑫2021年5月号75頁~77頁(兵庫県弁護士会の戒告)
⑬2021年8月号53頁(京都弁護士会の業務停止6月)
⑭2022年7月号157頁~158頁(山口県弁護士会の業務停止6月)
⑮2022年12月号62頁(札幌弁護士会の業務停止2月)
⑯2023年2月号66頁~68頁(第一東京弁護士会及び大阪弁護士会の各戒告を日弁連の裁決により取消し)
⑰2023年9月号61頁(仙台弁護士会の業務停止4月)
⑱2023年11月号75頁(福井弁護士会の戒告を日弁連が異議の申出により業務停止1月に変更)
⑲2024年6月号99頁~100頁(第二東京弁護士会の業務停止2月)
⑳2024年8月号57頁~58頁(徳島弁護士会の業務停止1月)
㉑2025年5月号58頁(第一東京弁護士会の業務停止3月)
㉒2025年8月号61頁~62頁(東京弁護士会の業務停止6月)
㉓2026年3月号70頁~71頁(神奈川県弁護士会の業務停止1年),72頁~73頁(東京弁護士会の業務停止6月)