第1 本記事の対象と結論の要旨
1 本記事の対象
本記事は,配偶者も子もいない高齢者,又は親族はいても日常的に頼れる関係にない高齢者(以下「独身の高齢者」という。)について,判断能力の低下に備えて任意後見契約を結ぶ必要があるかを扱う。
記載は令和8年9月10日時点の法令及び公表資料に基づく。
令和8年6月24日に公布された民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)は,成年後見制度の部分がまだ施行されていないため,現行法による説明と改正後の説明を分けて記載する。
移行型の任意後見契約の仕組み,通常委任の段階の濫用防止条項及び移行型に関する裁判例は,移行型の任意後見契約―通常委任からの移行,濫用防止及び令和8年改正で扱っている。
本記事は,独身であることによって生じる問題,すなわち判断能力が低下したときに誰が本人のために動くのかという点に絞って検討する。
2 結論の要旨
独身の高齢者にとって,任意後見契約の必要性は高い。
判断能力が低下した後に預貯金の管理や施設入所の契約を本人に代わって行う人を,配偶者や子のいる人のように家族の中に見込むことができないためである。
任意後見契約がないまま判断能力が低下すると,本人が自ら申し立てるか,親族や市区町村長が申し立てるまで法定後見は始まらず,申立てがされても後見人等は家庭裁判所が選ぶ。
もっとも,任意後見契約は結んだだけでは効力を生じない。
現行法では,家庭裁判所が任意後見監督人を選任して初めて効力を生じ,その申立てができるのは本人,配偶者,四親等内の親族及び任意後見受任者に限られる。
独身の高齢者の場合,申立てを担えるのが事実上受任者だけということがあり,受任者が同世代であれば本人より先に亡くなることもある。
任意後見は本人の死亡で終わり,医療行為への同意や身元保証も引き受けない。
そのため,独身の高齢者が任意後見契約を結ぶときは,受任者の年齢と代わりの受任者,判断能力の低下に誰が気付き誰が申立てをするか,代理権の範囲,監督人報酬を含む費用及び死亡後の事務を,併せて設計することが考えられる。
令和8年改正法が施行されると,発効の申立てを託す人を公正証書で指定し,次順位の受任者を定めることができるようになり,これらの問題の一部に制度上の手当てがされる。
第2 独身の高齢者に起きること
1 一人暮らしの高齢者は増え続けている
内閣府の令和8年版高齢社会白書によれば,65歳以上の一人暮らしの者が65歳以上人口に占める割合は,令和2年に男性15.0%,女性22.1%であり,令和32年には男性26.1%,女性29.3%になると見込まれている。
65歳以上の一人暮らしの者の数も,令和2年の約672万人から,令和32年には約1,084万人になると推計されている。
この統計の「一人暮らし」は単独世帯等を指し,未婚の人や子のいない人の数を直接示すものではない。
配偶者と死別して子と別居している人が含まれる一方,未婚でもきょうだいと同居している人は含まれない。
それでも,判断能力が低下したときに同じ家で異変に気付く家族がいない高齢者が増えていることは,この統計から読み取れる。
2 判断能力が低下すると本人名義の手続が滞る
最高裁判所事務総局家庭局の「成年後見関係事件の概況―令和7年1月~12月―」によれば,成年後見関係事件の主な申立ての動機は,預貯金等の管理・解約が93.4%,身上保護が74.2%,介護保険契約が45.7%,不動産の処分が36.3%であった。
預貯金の払戻し,介護サービスや施設入所の契約,自宅の売却といった手続は,本人が内容を理解して判断できることを前提としており,判断能力が低下すると本人に代わって行う人が必要になる。
同じ概況によれば,令和7年の申立人は,本人が約24.8%,本人の子が約18.5%,兄弟姉妹が約10.6%,配偶者,親,子及び兄弟姉妹を除く四親等内の親族が約10.3%であった。
配偶者や子のいる人であれば家族が申立人となることが想定されるが,独身の高齢者の場合は,その役割を担う人が最初から決まっていない。
3 申立人がいなければ市区町村長の申立てに頼ることになる
現行の民法7条によれば,後見開始の審判を請求できるのは,本人,配偶者,四親等内の親族,未成年後見人,未成年後見監督人,保佐人,保佐監督人,補助人,補助監督人又は検察官である。
兄弟姉妹は2親等,甥・姪は3親等の傍系血族であるから(民法725条,726条),独身の高齢者でも,兄弟姉妹や甥・姪が協力してくれれば親族による申立ては可能である。
四親等内の親族がいないか,いても協力が得られない場合には,老人福祉法32条による市町村長の申立てに頼ることになる。
同条は,市町村長は,「六十五歳以上の者につき、その福祉を図るため特に必要があると認めるとき」に審判の請求をすることができると定めている。
前記の概況によれば,令和7年の市区町村長の申立ては10,139件で,申立人の関係別総数の約23.7%を占め,本人の申立て(約24.8%)に次ぐ多さであった。
市区町村長の申立ては,市区町村長が特に必要があると判断して行うものであり,申立ての時期や後見人等の候補者を本人が選べるものではない。
また,概況によれば,令和7年に選任された成年後見人等の約83.6%は親族以外であり,親族が候補者として申立書に記載された事件は約19.7%にとどまった。
法定後見では後見人等を家庭裁判所が選ぶため,本人が以前から信頼していた人が選ばれるとは限らない。
第3 任意後見契約が独身の高齢者に適する理由
1 受任者と代理権の範囲を自分で決められる
任意後見契約は,本人が,精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況における自己の生活,療養看護及び財産の管理に関する事務の全部又は一部を受任者に委託し,代理権を与える委任契約である(任意後見契約に関する法律2条1号)。
契約は法務省令で定める様式の公正証書によってしなければならない(同法3条)。
法務省の成年後見制度Q&Aも,任意後見制度を,本人が十分な判断能力を有する時に,任意後見人となる人や将来委任する事務の内容を公正証書による契約で定めておく制度と説明している。
独身の高齢者にとっての第一の意味は,判断能力が低下した後に自分のために動く人を,自分で選んでおける点にある。
甥・姪,友人,弁護士・司法書士等の専門職及び法人のいずれを受任者とするかを契約で決めることができ,家庭裁判所が後見人等を選ぶ法定後見とは出発点が異なる。
法務省が令和7年5月及び6月に作成された公正証書について公証人に行った調査では,受任者の立場(延べ2,357件)は,本人の4親等内の親族が1,026件,NPO法人・社会福祉協議会・一般社団法人等の団体が543件,専門職が495件,友人・知人が189件であり,親族以外の受任者も相当数に上っている。
法務省が任意後見監督人の選任されていない任意後見契約の当事者に行った意識調査では,本人が挙げた締結の理由は,「判断能力が低下した場合に自分の安全を守ってくれる公的な仕組みが備わった契約だから」が63.3%,「任意後見人を誰にするか自分で選ぶことができるから」が38.8%,「任意後見人に代理させる事柄等を自分で決めることができるから」が19.2%であった。
この調査は本人5,819人の回答によるもので,本人と受任者を合わせた回収率は14.3%である。
2 登記された任意後見契約は法定後見に優先する
任意後見契約が登記されている場合,家庭裁判所は,本人の利益のため特に必要があると認めるときに限り,後見開始の審判等をすることができる(任意後見契約に関する法律10条1項)。
市区町村長の申立てがされる場面でも,本人が選んだ受任者と契約内容が原則として尊重されることになる。
3 権限は契約に書いた範囲に限られる
もっとも,任意後見人ができるのは,契約で与えられた代理権の範囲内のことに限られる。
名古屋高等裁判所平成26年2月7日決定(平成25年(ラ)第392号,裁判所ウェブサイト)は,任意後見人が本人の代理人として長男に対する面会禁止等の仮処分を申し立てた事案で,任意後見制度は「自らの意思で自己の後見内容を決するという自己決定の尊重の理念に基づくものであるから,任意後見人の権限の範囲は,本人が締結した任意後見契約の内容によって定まる」と述べ,本件の任意後見契約では人格権に基づく差止請求をする代理権は与えられていないと判断した。
同決定は,任意後見契約における権限の制約により任意後見人が成年後見人と同様の権限を行使できず,本人の身上監護に支障が生じる場合には,同法10条1項により成年後見への移行が検討されるべきであるとも述べている。
また,任意後見契約に関する法律には,任意後見人に本人がした行為の取消権を与える規定がない。
任意後見人のほかに手続を担う家族がいない場合,代理権の範囲に漏れがあると,その事務を担う人がいない状態が生じやすい。
本記事では,預貯金,不動産,年金,保険,介護サービスや施設入所の契約,医療機関との契約,行政手続等のうち将来必要になる事務を具体的に洗い出してから,代理権の範囲を決めることを基本形とする。
第4 独身の高齢者が任意後見契約でつまずきやすい点
1 契約しても発効しないまま終わることがある
現行法では,任意後見契約は家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力を生じる(任意後見契約に関する法律2条1号)。
監督人の選任を請求できるのは,本人,配偶者,四親等内の親族又は任意後見受任者であり(同法4条1項),本人以外が請求するときは,本人が意思を表示できない場合を除き本人の同意が必要である(同条3項)。
配偶者も子もおらず,兄弟姉妹や甥・姪とも疎遠な独身の高齢者の場合,判断能力の低下に気付いて申立てをする役割は,事実上,受任者一人に委ねられることになる。
統計上も,任意後見契約の多くは発効しないまま推移している。
前記の概況によれば,令和7年の任意後見監督人選任の申立ては881件であり,同年12月末日時点の任意後見の利用者(任意後見監督人選任の審判がされ,現に任意後見契約が効力を生じている本人)は2,833人であった。
これに対し,日本弁護士連合会の令和2年11月18日付けの提言が引用する法務省の調査によれば,令和元年7月29日時点の任意後見契約の累計登記件数は120,962件であり,閉鎖された登記を除く登記のうち任意後見監督人選任の登記があるものは全体の約3%にすぎなかった。
発効しない理由は一つではない。
前記の意識調査で監督人選任の申立てをしていないと回答した人が挙げた理由は,「ご本人の判断能力に問題がなく、必要がないから」が67.8%で最も多く,「任意代理契約のままで支障を感じていないから」が16.9%,「任意後見監督人に報酬が支払われることに抵抗があるから」が6.1%,「医師の診断書等多くの書類の準備が必要となるなど裁判所への申立てをするのが負担だから」が6.0%であった。
本人の判断能力が保たれている間は発効しないのが制度の予定するところであり,未発効の契約をすべて問題視することはできない。
他方で,日本弁護士連合会は,同提言において,移行型の任意後見契約で本人の判断能力が低下しているにもかかわらず,受任者が監督を免れる目的で任意後見監督人の選任申立てをしないまま財産管理等を継続する事例が,いまだ多く存在すると指摘している。
独身の高齢者の場合,受任者の申立てが遅れても,それを指摘する家族がいないことがある。
そのため,誰が本人の様子を定期的に確認し,どのような状態になったら申立てをするかを,契約の段階で決めておくことが考えられる。
2 受任者が先に亡くなり,又は衰えることがある
任意後見契約は委任契約であるから(任意後見契約に関する法律2条1号),受任者が死亡し,又は後見開始の審判を受けたときは終了する(民法653条1号,3号)。
独身の高齢者が同世代のきょうだいや友人を受任者にすると,本人の判断能力が低下する頃には受任者も高齢になっており,受任者の死亡や病気によって契約が役に立たなくなるおそれがある。
前記の公証人に対する調査でも,受任者の年齢が判明している延べ2,088件のうち,70歳以上が244件あった。
法務省の民法等改正法の概要は,現行制度の問題点として,本人が依頼した任意後見人(任意後見受任者)が死亡した場合などに備えて次の任意後見人を依頼する仕組みがないことを挙げている。
現行法の下では,受任者を複数とし,又は年齢の離れた甥・姪や法人を受任者とすることが考えられる。
前記の公証人に対する調査でも,受任者が複数の契約や,法人などの団体を受任者とする契約が作成されている。
3 任意後見監督人の報酬がかかる
任意後見監督人には民法862条が準用されており(任意後見契約に関する法律7条4項),家庭裁判所は,本人の財産の中から相当な報酬を与えることができる。
法務省の成年後見制度Q&Aは,任意後見監督人には本人の親族等ではなく,弁護士,司法書士,社会福祉士等の専門職や法律,福祉に関わる法人などの第三者が選ばれることが多いと説明している。
最高裁判所事務総局家庭局の「報酬に関する実情調査の集計結果について-令和7年7月~12月-」によれば,親族以外の任意後見監督人が付加報酬を求めなかった事件の報酬付与額は,流動資産額が1000万円未満の各区分では「10万円台」が74.5%~80.2%で最も多かった。
流動資産額が1000万円以上5000万円未満の区分では「10万円台」が54.1%,「20万円台」が32.1%であり,5000万円以上1億円未満の区分では「30万円台」が58.0%,1億円以上の区分では「30万円台」が63.5%であった。
これらの金額は,審判において報酬付与対象期間中の報酬として決定された金額であり,対象期間が12か月を超える事件及び12か月に満たない事件も含まれている。
任意後見人自身の報酬は契約で定めるものであり,前記の意識調査では,任意後見人を無償とする契約が53.6%であった。
専門職や法人を受任者とする場合は,任意後見人の報酬と任意後見監督人の報酬の両方を見込んで資金計画を立てる必要がある。
法定後見の報酬の目安と自治体の助成制度は,成年後見人等の報酬額の目安及び成年後見制度利用支援事業とはで扱っている。
4 死亡後の事務は任意後見の範囲外である
任意後見契約は,本人の死亡によっても終了する(民法653条1号)。
成年後見人には,本人の死亡後,相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為,弁済期が到来した債務の弁済及び家庭裁判所の許可を得て行う火葬又は埋葬に関する契約の締結等をする権限が認められている(民法873条の2)。
しかし,同条は成年後見人についての規定であり,任意後見契約に関する法律には同様の規定がない。
法務省の概要によれば,改正法は補助人にも本人の死体の火葬・埋葬の契約の締結等の権限を与えるが,これも補助人についての手当てである。
配偶者も子もいない高齢者の相続人は,直系尊属がいなければ兄弟姉妹(甥・姪が代襲する場合を含む。)となり(民法889条),相続人がいない場合もある。
葬儀,納骨,住居の明渡し,公共料金の精算,行政への届出等を任せたい場合には,任意後見契約とは別に死後事務委任契約を結び,財産を誰に承継させるかは遺言で定めることになる。
死後事務委任契約の内容と注意点は,死後事務委任契約の効力,内容及び作成時の注意点で扱っている。
5 医療行為への同意と身元保証も解決しない
任意後見人に委託できるのは,生活,療養看護及び財産の管理に関する事務のうち契約で代理権を与えたものである。
医療行為への同意について,内閣官房等が令和6年6月に策定した高齢者等終身サポート事業者ガイドラインは,「医療同意そのものについては、利用者の身体・生命に関わり一身専属性が高い事柄であることから、高齢者等終身サポート事業者を含む『身元保証人・身元引受人等』の第三者には、その同意権限はないものと考えられる」としている。
また,任意後見契約は本人のために代理権を与える契約であり,受任者自身が債務を負う身元保証とは性質が異なる。
身元保証人等がいないことを理由とする入院拒否の問題は,身元保証人等がいない場合の入院拒否は医師法19条違反かで,成年後見人と医療行為への同意の関係は,成年後見人の医療行為の同意で扱っている。
第5 任意後見契約と組み合わせるもの
1 見守りと財産管理の委任
任意後見契約だけを結んだ場合,本人の判断能力が保たれている間は契約の効力が生じていないため,受任者が本人の状況を把握する契約上の仕組みはない。
そこで,定期的な連絡や訪問を約束する見守りの契約や,判断能力が低下する前から財産管理を委ねる通常の委任契約を併せて結ぶことが考えられる。
後者を組み合わせた移行型では,任意後見監督人の監督のない通常委任の段階が生じるため,代理権の範囲,報告及び移行の時期を契約で具体化する必要がある。
その詳細は,移行型の任意後見契約で扱っている。
2 死後事務委任契約と遺言
前記のとおり,任意後見は本人の死亡で終わる。
独身の高齢者は,死亡後の事務を担う人と財産を受け取る人を,死後事務委任契約と遺言で別に決めておくことが考えられる。
同じ人に任意後見と死後事務の双方を依頼する場合でも,契約ごとに効力の発生時期,終了時期及び報告先が異なることに注意を要する。
3 公的支援と民間の事業者
令和8年に成立した社会福祉法等の一部を改正する法律(令和8年法律第51号)は,厚生労働省の概要によれば,頼れる身寄りがいない高齢者等に対する日常生活支援,入院・入所の手続支援及び死後の事務支援を,利用者のうち一定割合以上に無料又は低額で提供する事業を,第二種社会福祉事業に位置付けるものである。
同概要は,この部分の施行日を「①法律の公布後2年以内に政令で定める日、②令和9年4月1日」としており,少なくとも一部は令和9年4月1日からの施行とされている。
同じ改正は,成年後見制度や地域の権利擁護支援の適切な利用を支援する中核機関として,市町村が「地域権利擁護相談支援センター」を設置できるようにしている。
民間の高齢者等終身サポート事業者を利用する場合については,前記のガイドラインが,重要事項説明書による説明,預託金の管理等について事業者が留意すべき事項を示している。
これらの支援やサービスは,任意後見監督人又は家庭裁判所の監督を受ける任意後見とは仕組みが異なるため,任意後見契約の要否とは別に検討する必要がある。
4 契約の手順と費用
任意後見契約は公正証書で作成するため,公証人に作成を依頼する。
日本公証人連合会の説明によれば,任意後見契約公正証書の作成手数料は1契約につき1万3000円であり,公正証書の内容を紙に印刷したときの枚数が法務省令で定める計算方法により3枚を超えるときは,超える1枚ごとに300円が加算される。
このほか,法務局に納める収入印紙代2,600円,登記嘱託手数料1,600円,書留郵便料及び正本・謄本等の作成手数料がかかり,公証人が出張する場合は病床執務加算のほか日当と交通費も必要になる。
公証人手数料は令和7年10月1日に改正されており,上記は調査基準日に日本公証人連合会のウェブサイトに掲載されていた額である。
専門職に契約書案の作成を依頼する場合は,その報酬が別にかかる。
第6 令和8年改正で独身の高齢者に何が変わるか
1 施行時期と既存の契約への適用
民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)は,令和8年6月17日に成立し,同月24日に公布された。
成年後見制度の見直しに係る改正は,公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行される。
調査基準日時点で,施行期日を定める政令は確認できなかった。
法務省の概要によれば,施行日前に締結された任意後見契約にも改正後の任意後見契約に関する法律が適用され,旧法下で生じた任意後見契約に係る効力は維持される(附則6条)。
したがって,現在結ぶ任意後見契約も,施行後は改正後の規律の下で運用されることになる。
2 発効の申立てを託す人を公正証書で指定できる
改正後の任意後見契約に関する法律5条1項は,任意後見契約の効力を生じさせる手続を任意後見開始の審判とし,その請求をすることができる者に,本人,配偶者,四親等内の親族及び任意後見受任者のほか,補助人,補助監督人並びに「任意後見開始の審判を請求することができる者として公正証書によって本人の指定した者」を加えている。
この指定は,本人が公証人に口授する方式による(改正後の同法6条による民法8条の準用)。
法務省の概要は,これにより「親族以外の者であっても、本人が、将来に備えて、例えば、自分の生活状況を把握している者に、任意後見契約を発効させる裁判手続の請求を委ねることが可能」になると説明している。
この改正は,前記第4の1で述べた,申立てを担える人が受任者に偏るという問題への手当てとなる。
例えば,受任者とは別に,日頃から本人の生活を知る知人や支援者を指定しておけば,受任者の申立てが遅れた場合にも発効の手続をとる道が残ると考えられる。
同じ改正により,民法7条1項も,補助開始の審判を請求することができる者に「補助開始の審判を請求することができる者として公正証書によって本人の指定した者」を加え,同法8条はその指定を公証人に口授する方式を定めている。
任意後見契約を結ばない場合でも,将来の補助開始の申立てを託す人を公正証書で指定しておくことができるようになる。
3 受任者が欠けたときの次順位を決められる
改正後の任意後見契約に関する法律4条は,本人及び任意後見受任者は,任意後見契約を締結する際に,他の任意後見契約の受任者が死亡その他の事由によって欠けるに至るまでは任意後見開始の審判をすることができない旨の合意をすることができるとし,この合意は公正証書によってしなければならないとしている。
これにより,例えば第一順位を同世代の友人,第二順位を専門職とする二つの任意後見契約を結び,第一順位の受任者が亡くなった後に第二順位の契約を発効させるという設計が可能になると考えられる。
4 任意後見監督人を選任しない場合がある
改正後の同法7条1項は,家庭裁判所は任意後見開始の審判をするときは職権で任意後見監督人を選任するとしつつ,同条5項で,明らかに任意後見監督人による監督の必要がないと認めるときは選任しないことができるとしている。
任意後見監督人が選任されていない場合は,民法876条の20の準用により家庭裁判所が任意後見人の事務を監督する(改正後の同法11条)。
任意後見監督人を選任するときは,任意後見契約の締結の際に本人が公証人に対して申述した任意後見監督人となる者についての希望を含む本人の意見が考慮される(改正後の同法7条4項)。
また,任意後見人は,本人の意向を把握するようにし,把握した意向を尊重しなければならないとされる(改正後の同法9条)。
もっとも,選任しないのは明らかに監督の必要がないと認めるときに限られ,どのような事案がこれに当たるかは施行後の運用によって明らかになる。
本記事では,資金計画は任意後見監督人の報酬がかかる前提で立てることを基本とする。
5 補助が始まっても任意後見契約は終了しない
現行法では,任意後見監督人が選任された後に本人が後見開始の審判等を受けたときは,任意後見契約は終了する(現行の同法10条3項)。
改正法はこの規定を削り,登記された任意後見契約がある場合の補助開始の審判を本人の利益のため特に必要があると認めるときに限るとしている(改正後の同法14条1項)。
法務省の概要は,これにより補助の制度の利用を開始しても任意後見契約の存続が許容されると説明している。
任意後見開始の審判前であれば,任意後見契約の全部又は一部を公証人の認証を受けた書面又は電磁的記録によって解除することができ,審判後は正当な事由がある場合に限り家庭裁判所の許可を得て全部又は一部を解除することができる(改正後の同法13条)。
任意後見の代理権で足りない部分を補助で補うことができるようになるため,代理権の範囲の漏れによる不都合は現行法より小さくなると考えられる。
第7 独身の高齢者が任意後見契約を結ぶときの確認事項
本記事で検討したところからすると,独身の高齢者が任意後見契約を結ぶ際には,少なくとも次の事項を確認しておくことが考えられる。
①受任者の年齢,健康及び本人との関係並びに受任者が欠けた場合の代わりの受任者
②判断能力の低下に誰が気付き,誰が任意後見監督人選任(改正法施行後は任意後見開始の審判)の申立てをするか
③預貯金,不動産,年金,保険,介護サービスや施設入所の契約,医療機関との契約,行政手続等のうち,どの事務に代理権を与えるか
④任意後見人の報酬の有無と額,及び任意後見監督人の報酬を支払える資金があるか
⑤見守りの契約又は財産管理の委任契約を併せて結ぶか,結ぶ場合の報告と確認の方法
⑥死後事務委任契約と遺言で,死亡後の事務と財産の承継を誰に託すか
⑦改正法の施行後に,申立てを託す人の指定や不開始の合意を追加するか
第8 出典・参考資料
1 法令
①任意後見契約に関する法律(平成11年法律第150号)2条,3条,4条,7条,10条(令和8年9月10日現在)
②民法(明治29年法律第89号)7条,653条,725条,726条,862条,873条の2,889条(同日現在)
③老人福祉法(昭和38年法律第133号)32条(同日現在)
④法務省「新旧対照条文(民法等改正法)」2頁~3頁(民法7条,8条),59頁~65頁(任意後見契約に関する法律4条~14条)
2 裁判例
①名古屋高等裁判所平成26年2月7日決定・平成25年(ラ)第392号(裁判所ウェブサイト)
3 所管行政機関の資料・行政ガイドライン
①法務省民事局「「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」令和8年6月30日
②法務省民事局「民法等改正法の概要」4頁~6頁
③法務省「成年後見制度・成年後見登記制度Q&A Q16~Q20」
④厚生労働省・こども家庭庁「社会福祉法等の一部を改正する法律の概要について」(PDF2頁,6頁~7頁)
⑤内閣官房(身元保証等高齢者サポート調整チーム)ほか「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」令和6年6月,23頁~24頁
4 統計・調査
①最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和7年1月~12月―」1頁,4頁,8頁,10頁,13頁
②最高裁判所事務総局家庭局「報酬に関する実情調査の集計結果について-令和7年7月~12月-」8頁(資料15)
③内閣府「令和8年版高齢社会白書(全体版)第1章第1節3」10頁(図1-1-9)
④法務省「任意後見契約に関する公証人の実態調査について」(法制審議会民法(成年後見等関係)部会参考資料18)4頁~5頁,13頁
⑤法務省民事局「任意後見制度の利用状況に関する意識調査について」(同部会参考資料4)1頁~8頁
5 職能団体の資料
①日本弁護士連合会「任意後見制度の利用促進に向けた運用の改善及び法改正の提言」令和2年11月18日,3頁~4頁,7頁~8頁
②日本公証人連合会「Q22.任意後見契約公正証書を作成する費用は、いくらでしょうか?」
③日本公証人連合会「公証人手数料令の改正について」令和7年9月5日