第1 現行の取適法と本記事の範囲
1 法律名,施行日及び経過措置
令和7年法律第41号による改正後の正式名称は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」であり,「中小受託取引適正化法」又は「取適法」と呼ばれる。改正前の「親事業者」は「委託事業者」,「下請事業者」は「中小受託事業者」,「下請代金」は「製造委託等代金」へ改められた。
取適法は令和8年1月1日に施行された。同日以後に行われた委託には取適法が適用される一方,同日前に行われた委託には改正前の下請代金支払遅延等防止法が適用されるため,継続取引では個々の発注日を確認する必要がある。本記事は令和8年9月5日現在の制度を基準とし,改正前の制度を指すときだけ「旧下請法」と表記する。
2 制度の目的と読み方
取適法は,委託事業者と中小受託事業者との取引を公正にし,中小受託事業者の利益を保護するため,適用対象を資本金又は従業員数と取引類型によって画し,委託事業者に4つの義務と11の禁止行為を課す法律である。個々の取引で独占禁止法上の優越的地位を一から立証しなくても,形式的な適用基準を満たせば規制が働く点に特徴がある。
もっとも,取適法は契約関係の全てを定めるものではない。行政上の勧告や指導の問題と,契約の有効性,不当利得返還又は損害賠償という民事上の問題とは区別して検討する必要があり,取適法に違反したという一事だけで契約が当然に無効となるわけではない。
第2 取適法の適用範囲
1 対象となる委託取引
対象となる取引類型は,①製造委託,②修理委託,③情報成果物作成委託,④役務提供委託,⑤特定運送委託である。令和7年改正では,物品の取引相手に対する運送を別の事業者へ委託する特定運送委託が追加され,製造委託の対象も,金型に加えて木型,樹脂型,治具その他の専用工具へ拡張された。
適用の有無は契約名ではなく,委託の実質によって判断される。例えば,情報成果物にはプログラムのほか,映像,設計図,記事その他の文字・図形・音声等による成果物が含まれ得るが,自社で使用する役務を外注しただけであれば通常は役務提供委託に当たらない。他方,自社が顧客へ提供する役務の全部又は一部を再委託した場合には,役務提供委託に当たり得る。
2 資本金基準と従業員基準
資本金基準に加え,資本金基準が適用されない場合には従業員基準が適用される。したがって,資本金基準を満たさないというだけで対象外と判断することはできず,発注側と受注側の双方について,次の区分を取引ごとに確認する必要がある。
| 委託の区分 | 資本金基準 | 従業員基準 |
|---|---|---|
| 製造委託,修理委託,特定運送委託,プログラムの情報成果物作成委託,運送・物品の倉庫保管・情報処理に係る役務提供委託 | ①委託事業者が3億円超,中小受託事業者が3億円以下,又は②委託事業者が1000万円超3億円以下,中小受託事業者が1000万円以下 | 委託事業者が300人超,中小受託事業者が300人以下 |
| プログラム以外の情報成果物作成委託及び前欄以外の役務提供委託 | ①委託事業者が5000万円超,中小受託事業者が5000万円以下,又は②委託事業者が1000万円超5000万円以下,中小受託事業者が1000万円以下 | 委託事業者が100人超,中小受託事業者が100人以下 |
資本金基準は,発注側が受注側より大きいという相対比較だけではなく,法律が定める境界を双方がまたぐかによって決まる。したがって,資本金3億円超の事業者から資本金3億円以下の事業者への製造委託だけでなく,資本金1000万円超3億円以下の事業者から資本金1000万円以下の事業者への製造委託等も対象となる。
3 従業員数を確認する時点と方法
従業員基準は委託をした時点で判定し,「常時使用する従業員」の数を会社単位で数える。公正取引委員会のQ&Aは,賃金台帳の調製対象となる労働者を基本とし,日々雇い入れられる者を含む1か月を超えない期間を定めて使用される者を原則として除くという考え方を示している。
取引相手に従業員数の回答を義務付ける規定はないが,境界付近の取引では,申告値,確認日及び確認方法を記録しておくことが実務上有用である。従業員数が変動して基準をまたぐ可能性がある場合には,基本契約の締結時だけでなく,個々の発注時点で再確認できる仕組みが必要となる。
4 トンネル会社規制
取適法2条10項は,直接発注すれば取適法の対象となる事業者が,支配する子会社等を介して委託することにより規制を免れることを防いでいる。資本金1000万円超又は従業員100人超の事業者が他の事業者を実質的に支配し,自ら行うべき委託の全部又は相当部分をその事業者に委託した上で再委託させるなどの要件を満たすと,中間の事業者が委託事業者として扱われる。
単に親子会社であることや,委託量が一定割合を超えたことだけで直ちに適用されるわけではない。支配関係,委託内容,委託量及び直接発注した場合の適用関係を総合して判断する必要があり,「50%以上」などの割合を法律上の固定基準として扱うことはできない。
第3 委託事業者の4つの義務
1 60日以内の支払期日
取適法3条は,給付を受領した日から起算して60日の期間内で,かつ,できる限り短い期間内に支払期日を定めることを求める。役務提供委託では役務が提供された日が起算点となり,検査をする取引でも,原則として検査終了日ではなく受領日から数える。
請求書が届いていないこと,社内の検収又は支払処理が遅れたことは,60日を超える支払を正当化しない。また,「納品後60日以内」のように具体的な日を確定できない定めでは足りない。金融機関の休業日に当たる場合の順延も,あらかじめ書面等で合意し,順延期間が2日以内であるなど運用基準の条件を満たす場合に限られる。
2 発注内容の直ちの明示
取適法4条は,委託後直ちに,給付の内容,受領又は提供の期日・場所,検査をする場合の検査完了期日,代金額,支払期日等を明示することを求める。
法定の明示事項は,明示規則1条で取引・支払方法に応じて確認する。
検査方法や合否基準を契約で明確にすることも重要であるが,法定明示事項である検査完了期日とは区別する必要がある。
令和7年改正後は,電子メール,SMS又はEDI等による電磁的明示について,中小受託事業者の事前承諾は不要となった。
ただし,電磁的方法で明示した後に書面交付を求められた場合には,明示規則4条所定の例外を除き,遅滞なく書面を交付する必要がある。
例外には,受注者が書面又は電磁的方法で電子明示を希望した場合,既に所定の書面を交付した場合及びフリーランス法との重複適用に係る同規則所定の場合がある。
電子明示を希望した場合でも,受注者に責任のない理由で明示事項を閲覧できないときには,その希望を理由とする例外は適用されない。
電磁的方法による明示が困難であることは,紙の交付を省略できる理由ではない。
発注時に内容を定められない事項があり,法4条1項ただし書の正当な理由がある場合は,未定事項を除いて明示し,未定事項を定められない理由と予定期日も示す。
内容が確定した後は直ちに補充明示し,当初の明示と関連付ける。
一定期間共通する事項を基本契約等で先に明示する場合も,個別発注においてその共通条件による旨を明示する必要がある(明示規則1条3項・4項)。
3 取引記録の作成と2年間の保存
取適法7条及び記録規則は,給付の内容,受領日,検査結果,代金額,支払日,変更・やり直し及びその理由等を記録することを求める。
4条の発注明示を保存するだけでは足りず,受領,検査,支払及び条件変更の実績まで記録する必要がある。
保存期間は,必要事項の記載又は記録を終えた日から2年間であり,単に契約締結日から2年間ではない(記録規則3条)。
電磁的記録による保存では,訂正・削除の事実及び内容を確認できること,画面及び書面に速やかに出力できること等の要件を確認する。
取引先の名称等及び委託日を検索条件とできること,委託日について期間を指定して検索できることも必要である(同規則2条)。
担当者個人のメールボックスに残すだけで要件を満たすと決め付けず,発注から支払までの記録を取り出せるかを点検する。
4 支払遅延及び減額に対する遅延利息
支払が遅れた場合には,受領日から60日を経過した日から実際の支払日まで,年14・6%の遅延利息を支払う義務がある。違法に代金を減額した場合にも,減額した日と受領日から60日を経過した日のいずれか遅い日から減額分を支払う日まで,同率の遅延利息が生じる。
この利息は,取適法上の行政措置とは別に法律上発生する。契約で低い利率を定めたことや,取引先から請求がなかったことを理由として免れるものではないため,違反を是正する際には元本だけでなく遅延利息まで計算する必要がある。
第4 11の禁止行為と重要な変更点
1 禁止行為の全体像
取適法5条の禁止行為は,①受領拒否,②代金の支払遅延,③代金の減額,④返品,⑤買いたたき,⑥購入・利用強制,⑦報復措置,⑧有償支給原材料等の対価の早期決済,⑨不当な経済上の利益の提供要請,⑩不当な給付内容の変更・やり直し,⑪協議に応じない一方的な代金決定である。中小受託事業者の了解があることや,委託事業者に違法の認識がないことだけで適法になるとは限らない。
特定運送委託は,物品の受領を予定する取引ではないため,受領拒否,返品及び有償支給原材料等の対価の早期決済に関する禁止は適用されない。他方,支払遅延,減額,買いたたき,購入・利用強制,報復措置,不当な利益提供要請,不当な変更・やり直し及び協議に応じない一方的な代金決定は問題となり得る。
2 手形払,電子記録債権及び振込手数料
取適法では,サイトの長短を問わず,手形を代金の支払手段として交付することが禁止された。電子記録債権又はファクタリングを利用する場合も,支払期日までに中小受託事業者が手数料を負担せず代金全額に相当する現金を得られなければ,現金と同等の経済的利益を提供したことにならず,支払遅延となる。
振込手数料を中小受託事業者に負担させることも,当事者間の合意の有無にかかわらず,代金減額として取り扱われる。代金から差し引く方法だけでなく,別途請求する方法でも同じ問題が生じるため,委託事業者が負担するよう支払条件と会計処理を統一する必要がある。
3 価格協議と一方的な代金決定
令和7年改正で新設された禁止行為は,中小受託事業者から価格協議の申出があったのに協議に応じず,又は必要な説明・情報提供をしないまま,一方的に代金を決定する行為を対象とする。著しく低い価格であることを要する買いたたきとは別の規制であり,最終価格だけでなく,協議の過程そのものが審査される。
中小受託事業者の希望額を必ず受け入れる義務があるわけではないが,原材料費,労務費,エネルギー費及び物流費等の変動を踏まえ,申出に対して実質的に協議し,回答の根拠を説明する必要がある。本記事では,協議の申出日,提示資料,面談又は回答の内容,検討経過及び決定理由を保存することが,事後的に協議の実質を示すための基本的な対応になると考える。
4 型・治具の保管と知的財産の取扱い
部品等の発注を長期間行わない等の事情があるのに,型等の保管費用を支払わず保管させる行為は,不当な経済上の利益の提供要請となり得る。
発注者所有の型に限らず,受注者所有でも廃棄に発注者の承認を要する場合等,発注者が事実上管理する型も確認する。
請求がなければ支払不要,最終稼働後1年間は無償でよいという扱いはできない(公取委Q&A・Q119)。
型の所有権,保管期間,保管料,点検費用,返却及び廃棄の条件を具体化し,保管の必要性を見直す。
台帳と処理手順は,金型・治具の無償保管を解消する実務で説明している。
知的財産権,ノウハウ及びデータについては,発注内容と対価に含まれていない無償譲渡・許諾,過度な開示及び一方的な責任転嫁を確認する。
公正取引委員会等は令和8年6月24日に知財取引指針及び契約書ひな形を公表した。
同日に意見募集された取適法運用基準等の改正案とは区別する必要があり,令和8年9月10日に確認した現行の運用基準には令和7年10月1日全部改正版が掲載されている。
設計の決定者に応じた保証・紛争費用の分担は,特許保証と知財紛争の責任転嫁を参照されたい。
第5 返品・やり直しと民事上の効力
1 返品できる期間と検査の意味
中小受託事業者に責任がないのに,受領後に返品することはできない。
明示された委託内容と異なる等の理由がある場合でも,原則として受領後速やかに引き取らせる必要がある。
継続的なロット単位の抜取検査では,引取り条件の事前合意・明示及び個別発注との関連付けをした上で,受領後の最初の代金支払時までに引き取らせる取扱いがある(運用基準第4の4⑵)。
直ちに発見できない不適合についても,受領後6か月を経過した返品は認められない。
ただし,受注者の給付を使用した発注者の製品について一般消費者に6か月を超える保証を定めている場合には,その期間に応じて最長1年となる。
検査を受注者に文書で明確に委任した場合の明らかな検査過失についても,受領後6か月を経過した返品は認められない。
検査を省略した場合や,自社で検査せず受注者にも文書で委任していない場合は,不適合を理由とする返品は認められない。
仕様・検査基準が不明確で不適合が明らかでない場合や,基準を恣意的に厳しくした場合も同様に確認する(同⑶)。
6か月以内なら常に返品できるという意味ではなく,期間内に通知しただけで後日の返品が無制限に許されるわけでもない。
返品,通知及び契約上の責任期間の違いは,返品・やり直しと保証期間の比較表を参照されたい。
2 やり直しと追加費用
受注者に責任がないのに,発注内容を変更し,又は受領後に追加作業をさせて利益を不当に害することは禁止される。
曖昧な指示や,発注者が了承した仕様の変更等に原因がある場合は,追加作業,納期及び費用負担を確認する。
責任を受注者に一方的に帰属させるのではなく,明示された委託内容と実際の給付を比較する必要がある(運用基準第4の8)。
直ちに発見できない不適合について受領後1年を経過した場合には,原則として発注者が費用の全額を負担せずにやり直しを求めることは認められない。
例外は,発注者の保証期間が1年を超え,受注者との間でもそれに応じた保証期間を定めている場合である。
返品の例外と異なり,一般消費者に対する保証だけを条件とする規定ではない。
公取委は,顧客保証が1年の場合,受注者と3年の保証を合意しても,受領後1年を超える無償やり直しは違反となると説明している。
他方,顧客保証が5年で,受注者とも事前に受領から5年の保証を定めた場合には,その期間内に直ちに発見できない不適合が判明した場合の無償やり直しは,不当なやり直しに当たらないとしている(Q&A・Q126、127)。
取適法が一律に1年間の契約上の保証義務を設定するわけではなく,契約上の責任範囲と民法・商法の規律は別途確認する。
3 旧下請法違反と契約の効力を扱った裁判例
札幌地方裁判所平成30年4月26日判決(平成26年(ワ)第1003号,損害賠償請求事件)は,米穀の返品に関する合意について,旧下請法違反だけで結論を出すのではなく,合意内容及び形成過程等を検討し,公序良俗に反して無効となる部分を認めた。同判決は,不当利得返還及び不法行為に基づく請求も個別に検討している。
これに対し,札幌地方裁判所平成31年3月14日判決(平成27年(ワ)第2407号,損害賠償請求事件)は,販売促進協力金等が問題となった別事件において,旧下請法違反があっても合意が当然に無効となるものではないとした上で,負担の内容,経済合理性及び合意過程等から公序良俗違反となるほど違法性が強いかを検討し,請求を棄却した。両判決はいずれも旧下請法及び改正前民法の下の事案であり,現行取適法の直接の解釈を示すものではないが,行政上の違反と民事上の効力を分けて考える必要性を示している。
第6 建設業,専門家業務及びフリーランス法
1 建設工事と周辺取引
建設業者が請け負う建設工事を別の建設業者へ請け負わせる取引には,取適法ではなく建設業法が適用される。国土交通省は,発注者・受注者間及び元請負人・下請負人間の各建設業法令遵守ガイドラインを公表しており,見積条件,契約書面,工期,代金及び価格転嫁等はこれらによって確認する必要がある。
もっとも,建設業に関係する全ての外注が取適法の対象外となるわけではない。建設資材の製造,設計図やプログラムの作成,運送又は倉庫保管等が独立して委託され,取引類型と資本金・従業員基準を満たす場合には,取適法が適用され得る。
2 弁護士その他の専門家への委託
企業が自社で使用する契約書,意見書又は助言を弁護士に依頼することは,通常,自らが顧客に提供する役務の再委託ではないため,役務提供委託には当たらない。公正取引委員会のQ&Aも,自社利用のために専門家へ委託する役務は原則として対象外となる考え方を示している。
ただし,「弁護士の意見書である」という成果物の名称だけで一律に対象外となるわけではない。企業が業として顧客に提供する情報成果物又は役務の全部若しくは一部を専門家へ委託する場合には,利用目的,顧客への提供内容及び契約上の役割を確認し,情報成果物作成委託又は役務提供委託に当たるかを判定する必要がある。
3 フリーランス法との重複適用
特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス法)は令和6年11月1日に施行され,従業員を使用しない個人又は一定の一人会社等への業務委託を対象とする。取引類型と事業者規模の双方が各法律の要件を満たす場合には,取適法とフリーランス法が重複して適用される。
両法には取引条件の明示,支払期日及び禁止行為など共通部分があるが,範囲は同一ではない。フリーランス法には再委託における支払期日の特例や就業環境整備に関する規定がある一方,取適法には取引記録の2年間保存,遅延利息,有償支給原材料等及び価格協議に関する固有の規定がある。建設工事や自社利用の役務として取適法の対象外となる取引でも,フリーランス法の要件を満たすことがあるため,片方だけで対象外判定を終えてはならない。
第7 業種別指針,執行及び今後の制度
1 28業種の取引適正化ガイドライン
中小企業庁の受託適正取引等推進のためのガイドライン(取引適正化ガイドライン)は,令和8年7月時点で28業種について策定されている。対象は,①素形材,②自動車,③産業機械・航空機等,④繊維,⑤電機・情報通信機器,⑥情報サービス・ソフトウェア,⑦広告,⑧建設業,⑨建材・住宅設備産業,⑩トラック運送業,⑪放送コンテンツ,⑫金属,⑬化学,⑭紙・加工品,⑮印刷,⑯アニメーション制作業,⑰食品製造業,⑱食品卸売業,⑲水産物・水産加工品,⑳養殖業,㉑造船業,㉒防衛産業,㉓林業・木材産業,㉔空港グランドハンドリング,㉕家電量販店,㉖鉄道車両,㉗港湾運送事業,㉘廃棄物処理業である。
これらは取適法の条文そのものではないが,業界特有の取引慣行と望ましい改善方法を確認する資料となる。また,旧下請中小企業振興法は受託中小企業振興法へ名称が改められ,振興基準も令和8年6月24日に改正された。取適法の適用外取引を含め,知的財産の保護,型等の保管,価格転嫁及び発注担当者の評価等を改善する際には,業種別ガイドラインと振興基準を併せて確認する必要がある。
2 勧告,指導,罰則及び自発的申出
令和7年度の運用状況では,旧下請法及び取適法に基づく勧告が39件,指導が8261件であり,177事業者から5165事業者へ総額25億5698万円が返還又は支払われた。実体面の違反行為7228件のうち,支払遅延が3787件で52・4%,減額が1323件で18・3%,買いたたきが1006件で13・9%を占めた。
50万円以下の罰金及び両罰規定は,主として4条の明示,7条の記録,報告及び検査に関する違反を対象とし,11の禁止行為の全てに直ちに罰金が科される仕組みではない。禁止行為については,原状回復,再発防止その他の措置を求める勧告及び指導が中心となるが,勧告は事業者名と内容が公表される。
違反を発見した委託事業者が,公正取引委員会等の調査開始前に自発的に申し出て,違反を停止し,中小受託事業者の不利益を回復し,再発防止策を実施し,調査に全面的に協力するなどの要件を全て満たす場合には,勧告を行わない取扱いがある。令和7年度には53件の自発的申出があり,処理済み49件について12億1019万円が1234事業者へ支払われた。
3 相談・申告窓口
中小受託事業者は,公正取引委員会及び中小企業庁に情報提供又は申告をすることができ,申告を理由とする取引数量の削減,取引停止その他の不利益取扱いは報復措置として禁止される。令和7年改正では申告先が拡張され,所管省庁も調査や措置要求に関与する仕組みとなった。
相談先としては,公正取引委員会の窓口のほか,全国の「取引かけこみ寺」を利用できる。制度改正に伴い,「下請Gメン」は「取引Gメン」,「下請かけこみ寺」は「取引かけこみ寺」へ名称が改められているため,旧名称だけで窓口を探さない方がよい。
4 令和9年4月施行予定の支払告示等
公正取引委員会は,令和8年6月18日付け公正取引委員会告示第3号として「製造委託等に係る代金の支払に関する特定の不公正な取引方法」(支払告示)を指定した。
支払告示及びその運用基準は令和9年4月1日に施行される。
支払告示は,取適法2条6項の「製造委託等」と同じ取引類型を対象とし,取適法の資本金基準又は従業員基準を満たさない場合でも,受託事業者の取引上の地位が委託事業者に対して劣っていないと認められる場合を除き,正当な理由なく受領日又は役務提供日から60日を超えて代金を支払わない行為を規制する。
取引上の地位は,①取引依存度,②委託事業者の市場における地位,③取引先変更の可能性,④その他取引の必要性を示す具体的事実を総合考慮するため,「取適法対象外なら自由」又は「規模を問わず一律適用」のいずれも正確ではない。
5 令和8年9月2日要請と手形廃止の実務
公正取引委員会及び中小企業庁の令和8年9月2日要請は,①取適法上の法的義務,②令和9年4月1日施行の支払告示への準備,③両制度の対象外を含む支払条件改善の行政上の要請を含む。
要請文の全事項を同一の禁止行為又は制裁根拠として扱ってはならない。
実務上は,対象外取引も含めた60日以内化及び現金払化,製作期間が長い大型機械や建設工事等における着手金・中間金,支払条件変更に伴う資金需要並びに利用銀行ごとの手形・小切手の最終振出期限を確認する必要がある。
多くの金融機関が示す令和8年9月30日は一律の法定期限ではなく,令和9年3月31日は電子交換所における交換の終了日である。
第8 関連記事
取適法の適用判定,発注・支払条件,価格協議,経理処理及び社内対応を実務の流れに沿って確認する場合は,中小受託取引適正化法(取適法)の企業実務―適用範囲・手形払の禁止・価格協議(令和8年1月1日施行・AI作成)を参照されたい。本記事は取適法の制度全体,民事上の効力,建設業・フリーランス法その他の関連制度を横断的に扱い,同記事は委託事業者が実際に行う点検と対応を中心に扱う。
改正前に公正取引委員会及び中小企業庁が示していた手形サイト短縮の経過については,下請法に関する手形通達を参照されたい。もっとも,現行取適法では手形払自体が禁止されているため,同記事は制度沿革を確認する資料として読む必要がある。
独占禁止法上の不公正な取引方法,優越的地位の濫用及び民事上の効果については,不公正な取引方法に関する実務メモ(AIリライト)を参照されたい。
取適法,支払告示,令和8年9月2日要請及び銀行実務の期限を横断的に確認する場合は,「約束手形利用廃止と支払条件の見直し―取適法・支払告示・銀行期限(AI作成)」を参照されたい。
① 製造委託の取引基本契約書を受注者側から審査するポイント―取適法・損害賠償・相殺・契約終了(AI作成)
② 取適法の返品・やり直しと保証期間―6か月・1年・顧客保証の違い(AI作成)
③ 特許保証と知財紛争の責任転嫁―発注者指定の設計では誰が責任を負うか(AI作成)
④ 金型・治具の無償保管を解消する実務―保管料・返却・廃棄承認と図面の取扱い(AI作成)
第9 出典・参考資料
1 法令・規則
①製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律(昭和31年法律第120号)(e-Gov法令検索)
②特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和5年法律第25号)(e-Gov法令検索)
③公正取引委員会規則「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律第四条の明示に関する規則」(令和7年9月30日公布)
④公正取引委員会規則「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律第七条の書類等の作成及び保存に関する規則」(令和7年9月30日公布)
⑤公正取引委員会規則「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律第六条第一項及び第二項の率を定める規則」(令和7年9月30日公布)
2 裁判例
①札幌地方裁判所平成30年4月26日判決(平成26年(ワ)第1003号,損害賠償請求事件,裁判所ウェブサイト掲載,PDF全105頁。掲載誌は確認できず)
②札幌地方裁判所平成31年3月14日判決(平成27年(ワ)第2407号,損害賠償請求事件,裁判所ウェブサイト掲載,PDF全57頁。掲載誌は確認できず)
3 公的資料・統計
①公正取引委員会・中小企業庁「中小受託取引適正化法テキスト」(令和7年11月版)印字2頁~32頁・PDF7頁~37頁,印字36頁~118頁・PDF41頁~123頁,印字149頁~155頁・PDF154頁~160頁
②公正取引委員会「取適法に関するQ&A」及び「取適法の運用基準」(令和8年1月1日施行)
③中小企業庁「受託適正取引等推進のためのガイドライン」(令和8年7月時点,28業種)及び「受託中小企業振興法の振興基準」(令和8年6月24日改正)
④国土交通省「建設業法令遵守ガイドライン」(元請負人と下請負人の関係に係るガイドライン第12版及び発注者と受注者の関係に係るガイドライン第8版,いずれも令和8年1月最終改訂・同年2月2日訂正)
⑤公正取引委員会「令和7年度における取適法の運用状況及び中小受託取引の適正化等に向けた取組」(令和8年6月10日公表)
⑥公正取引委員会「知的財産権・ノウハウ・データの適切な取引のための優越的地位の濫用等に関する指針」(令和8年6月24日公表)及び「同指針を踏まえた取適法運用基準等の改正案に対する意見募集」(令和8年6月24日公表)
⑦公正取引委員会「『特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合等の特定の不公正な取引方法』,『製造委託等に係る代金の支払に関する特定の不公正な取引方法』等について」(令和8年6月17日公表。支払告示は同月18日指定,令和9年4月1日施行)
⑧公正取引委員会・中小企業庁「約束手形等の利用の廃止及び支払の適正化に向けた取組等に関する要請」(令和8年9月2日公表)
⑨公正取引委員会「製造委託等に係る代金の支払に関する特定の不公正な取引方法の運用基準」及び全国銀行協会「手形・小切手機能の全面的な電子化」
発注明示,記録,返品・やり直し及び知財・型の説明は,令和8年9月10日に上記公取委資料を確認して補訂した。
4 文献
①柴山豊樹・菊澤雄一ほか『一問一答 中小受託取引適正化法(取適法)―令和7年下請代金支払遅延等防止法改正』(商事法務,2026年)12頁~14頁,24頁~91頁,160頁~210頁
②BUSINESS LAWYERS編集部編『改正下請法・取引適正化法の理論と実務』(BUSINESS LAWYERS,2025年)8頁,21頁~22頁,29頁,35頁,41頁,45頁~46頁,50頁~52頁,60頁~61頁
③松永博彬『物流関連法改正と実務対応』(BUSINESS LAWYERS,2026年)13頁,31頁,34頁,36頁,39頁
米国の関税措置に伴う調達コストの増加を理由に取引先から代金の据置きを求められた場合の対応(事情変更の原則の適用限界及び取適法5条2項4号による価格協議の申入れ)については,トランプ関税による調達コスト増と契約実務――事情変更の原則・改正取適法・価格転嫁の可否で扱っている。