第1 歴代最高裁判所長官の基本一覧
1 就任日と退任日の一覧
日本国憲法施行後の最高裁判所長官は,初代の三淵忠彦から第21代の今崎幸彦まで21人である。
次の表は,最高裁判所が公表する「最高裁判所判事一覧表」を基礎とし,今崎幸彦については現在の最高裁判所長官紹介ページで補った2026年8月24日現在の一覧である。
| 代 | 氏名 | 長官就任日 | 退任日 |
|---|---|---|---|
| 第21代 | 今崎幸彦 | 令和6年8月16日 | 現職 |
| 第20代 | 戸倉三郎 | 令和4年6月24日 | 令和6年8月10日 |
| 第19代 | 大谷直人 | 平成30年1月9日 | 令和4年6月22日 |
| 第18代 | 寺田逸郎 | 平成26年4月1日 | 平成30年1月8日 |
| 第17代 | 竹﨑博允 | 平成20年11月25日 | 平成26年3月31日 |
| 第16代 | 島田仁郎 | 平成18年10月16日 | 平成20年11月21日 |
| 第15代 | 町田顯 | 平成14年11月6日 | 平成18年10月15日 |
| 第14代 | 山口繁 | 平成9年10月31日 | 平成14年11月3日 |
| 第13代 | 三好達 | 平成7年11月7日 | 平成9年10月30日 |
| 第12代 | 草場良八 | 平成2年2月20日 | 平成7年11月7日 |
| 第11代 | 矢口洪一 | 昭和60年11月5日 | 平成2年2月19日 |
| 第10代 | 寺田治郎 | 昭和57年10月1日 | 昭和60年11月3日 |
| 第9代 | 服部高顯 | 昭和54年4月2日 | 昭和57年9月30日 |
| 第8代 | 岡原昌男 | 昭和52年8月26日 | 昭和54年3月31日 |
| 第7代 | 藤林益三 | 昭和51年5月25日 | 昭和52年8月25日 |
| 第6代 | 村上朝一 | 昭和48年5月21日 | 昭和51年5月24日 |
| 第5代 | 石田和外 | 昭和44年1月11日 | 昭和48年5月19日 |
| 第4代 | 横田正俊 | 昭和41年8月6日 | 昭和44年1月10日 |
| 第3代 | 横田喜三郎 | 昭和35年10月25日 | 昭和41年8月5日 |
| 第2代 | 田中耕太郎 | 昭和25年3月3日 | 昭和35年10月24日 |
| 初代 | 三淵忠彦 | 昭和22年8月4日 | 昭和25年3月2日 |
表の「退任日」は,裁判所の公式一覧に記載された日を用いた。
草場良八の退任日は資料間に1日の相違があるため,本表では裁判所の公式一覧に記載された平成7年11月7日を掲げており,相違が生じた理由は確認できていない。
2 退任日と「定年退官発令日」の関係
最高裁判所裁判官は70歳に達した時に退官し,年齢計算上は70歳の誕生日の前日限りで定年退官する。
本ブログの個人経歴記事では,新聞に人事が掲載される日が65歳又は70歳の誕生日であること及び読者の分かりやすさを考慮し,誕生日を「定年退官発令日」と表示しているため,本表の公式退任日と1日の差が生じる場合がある。
固定年数の任期の有無,70歳定年の計算,長官が不在となる期間及び長官代理については,「最高裁判所長官の任期と定年|退官日の計算,欠位期間及び長官代理」で説明している。
第2 指名内閣,初任直前職及び長官への就任形態
1 指名する内閣と任命する天皇
日本国憲法6条2項及び裁判所法39条1項によれば,最高裁判所長官は,内閣の指名に基づいて天皇が任命する。
したがって,歴代長官と内閣の関係を示すときは「任命内閣」ではなく「指名内閣」とするのが正確である。
第12代から第21代までの指名内閣は,内閣が作成した閣議書又は裁可書で確認した。
初代から第11代までについては,個別の閣議書を確認できなかったため,裁判所の公式就任日と首相官邸「歴代内閣」の在職期間を照合して特定したものである。
2 歴代長官の比較
「最高裁判所への初任直前職」は,その人物が最高裁判所長官になる直前の職ではなく,最高裁判所の裁判官として初めて任命される直前の職を意味する。
判事任命日を「―」とした4人は,最高裁判所判事を経ずに最高裁判所長官として直接任命された者である。
| 代・氏名 | 最高裁判所への初任直前職 | 判事任命日 | 長官への就任形態 | 指名内閣 |
|---|---|---|---|---|
| 第21代 今崎幸彦 | 東京高等裁判所長官 | 令和4年6月24日 | 判事から長官へ任命 | 第2次岸田第2次改造内閣 |
| 第20代 戸倉三郎 | 東京高等裁判所長官 | 平成29年3月14日 | 判事から長官へ任命 | 第2次岸田内閣 |
| 第19代 大谷直人 | 大阪高等裁判所長官 | 平成27年2月17日 | 判事から長官へ任命 | 第4次安倍内閣 |
| 第18代 寺田逸郎 | 広島高等裁判所長官 | 平成22年12月27日 | 判事から長官へ任命 | 第2次安倍内閣 |
| 第17代 竹﨑博允 | 東京高等裁判所長官 | ― | 長官として直接任命 | 麻生内閣 |
| 第16代 島田仁郎 | 大阪高等裁判所長官 | 平成14年11月7日 | 判事から長官へ任命 | 第1次安倍内閣 |
| 第15代 町田顯 | 東京高等裁判所長官 | 平成12年3月22日 | 判事から長官へ任命 | 第1次小泉内閣 第1次改造内閣 |
| 第14代 山口繁 | 福岡高等裁判所長官 | 平成9年3月10日 | 判事から長官へ任命 | 第2次橋本内閣 改造内閣 |
| 第13代 三好達 | 東京高等裁判所長官 | 平成4年3月25日 | 判事から長官へ任命 | 村山改造内閣 |
| 第12代 草場良八 | 東京高等裁判所長官 | 平成元年11月27日 | 判事から長官へ任命 | 第1次海部内閣 |
| 第11代 矢口洪一 | 東京高等裁判所長官 | 昭和59年2月20日 | 判事から長官へ任命 | 第2次中曽根内閣 第1次改造内閣 |
| 第10代 寺田治郎 | 東京高等裁判所長官 | 昭和55年3月22日 | 判事から長官へ任命 | 鈴木善幸改造内閣 |
| 第9代 服部高顯 | 大阪高等裁判所長官 | 昭和50年12月3日 | 判事から長官へ任命 | 第1次大平内閣 |
| 第8代 岡原昌男 | 大阪高等検察庁検事長 | 昭和45年10月28日 | 判事から長官へ任命 | 福田赳夫内閣 |
| 第7代 藤林益三 | 第一東京弁護士会所属弁護士 | 昭和45年7月31日 | 判事から長官へ任命 | 三木内閣 |
| 第6代 村上朝一 | 東京高等裁判所長官 | 昭和43年11月19日 | 判事から長官へ任命 | 第2次田中角榮内閣 |
| 第5代 石田和外 | 東京高等裁判所長官 | 昭和38年6月6日 | 判事から長官へ任命 | 第2次佐藤内閣 第2次改造内閣 |
| 第4代 横田正俊 | 東京高等裁判所長官 | 昭和37年2月28日 | 判事から長官へ任命 | 第1次佐藤内閣 第2次改造内閣 |
| 第3代 横田喜三郎 | 東京大学教授,外務省参与 | ― | 長官として直接任命 | 第1次池田内閣 |
| 第2代 田中耕太郎 | 参議院議員,学習院大学教授 | ― | 長官として直接任命 | 第3次吉田内閣 |
| 初代 三淵忠彦 | 慶応大学講師 | ― | 長官として直接任命 | 片山内閣 |
3 経歴に表れる傾向
最高裁判所判事を経ずに長官として直接任命されたのは,三淵忠彦,田中耕太郎,横田喜三郎及び竹﨑博允の4人であり,他の17人は最高裁判所判事から長官へ任命された。
最高裁判所への初任直前職が高等裁判所長官であった者は21人中16人であり,内訳は東京高等裁判所長官11人,大阪高等裁判所長官3人,福岡高等裁判所長官1人及び広島高等裁判所長官1人である。
残る5人の初任直前職は,大学教授等,国会議員,弁護士又は高等検察庁検事長であり,この集計は公表経歴の比較であって,内閣が公表した法的な選考基準を示すものではない。
4 前任長官の意見と内閣の責任
矢口洪一は回想録で,退官前に海部俊樹首相と面会し,後任として最適任と考える人物について意見を述べたと記している。
国会審議でも,最高裁判所長官には人事について意見を述べる機会があり,内閣は経歴,人格及び識見等とともに長官の意見を考慮して人選を行う旨が説明されている。
もっとも,前任長官の意見に内閣が法的に拘束されるとの規定はない。
後任候補について前任長官の意見が考慮される運用と,指名権及びその憲法上の責任が内閣にあることは区別する必要がある。
第3 歴代長官と国民審査
1 長官就任だけでは新たな国民審査にならない
日本国憲法79条2項及び3項は,最高裁判所裁判官について,任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際に国民審査を行い,その後は最初の審査から10年を経過した後初めて行われる総選挙の際に再審査を行うと定めている。
最高裁判所判事が長官へ任命されたこと自体を理由として,直ちに新たな国民審査を行う規定はない。
最高裁大法廷昭和27年2月20日判決は,国民審査を,裁判官の任命を完成させるための制度ではなく,裁判官を罷免するかどうかを決める解職制度であると判示した。
投票の判断材料及び裁判官が関与した裁判の調べ方は,「最高裁判所裁判官国民審査の判断方法|審査公報・関与裁判・多数意見・個別意見の調べ方」で説明している。
2 長官在任中に国民審査を受けた7人
裁判所が公表する判事任命日及び長官就任日と国民審査日を照合すると,長官在任中に国民審査を受けたのは,三淵忠彦,田中耕太郎,横田喜三郎,矢口洪一,山口繁,竹﨑博允及び今崎幸彦の7人である。
他の14人は最高裁判所判事として国民審査を受けた後に長官へ任命されたため,その罷免可率を「長官として受けた審査の結果」と理解することはできない。
3 一次資料で確認した近年6人の国民審査結果
次の罷免可票及び罷免不可票は,総務省の各回結果調又は全国原表で確認した数値である。
罷免可率は,罷免可票を罷免可票と罷免不可票の合計で除して100を乗じ,小数第3位を四捨五入したものであり,裁判官別の記載無効票は分母に含めていない。
| 氏名 | 審査日 | 審査時の地位 | 罷免可票 | 罷免不可票 | 罷免可率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 島田仁郎 | 平成15年11月9日 | 判事 | 3,931,312 | 52,830,204 | 6.93% |
| 竹﨑博允 | 平成21年8月30日 | 長官 | 4,184,902 | 62,754,264 | 6.25% |
| 寺田逸郎 | 平成24年12月16日 | 判事 | 4,588,376 | 53,162,027 | 7.95% |
| 大谷直人 | 平成29年10月22日 | 判事 | 4,316,361 | 50,503,269 | 7.87% |
| 戸倉三郎 | 平成29年10月22日 | 判事 | 4,370,741 | 50,448,887 | 7.97% |
| 今崎幸彦 | 令和6年10月27日 | 長官 | 6,230,043 | 48,121,789 | 11.46% |
初代から第15代までの罷免可率は,総務省の裁判官別原表を全件確認できていないため掲載していない。
これは過去の結果が存在しないという意味ではなく,二次資料に記載された率を原表との照合なしに転載しないためである。
第4 関連記事
本記事は,歴代長官の就任・退任,初任直前職,指名内閣及び国民審査の比較を担当する。
任期・定年・欠位・代理は下記①の記事が,裁判及び司法行政における長官の権限は「最高裁判所長官は裁判で一番強いのか|大法廷・小法廷,裁判官会議及び事務総局との関係」がそれぞれ担当する。
一覧表から制度又は原資料をさらに確認する場合は,次の記事を参照されたい。
①最高裁判所長官の任期と定年|退官日の計算,欠位期間及び長官代理
②最高裁判所裁判官国民審査の判断方法|審査公報・関与裁判・多数意見・個別意見の調べ方
③最高裁判所長官任命の閣議書
④最高裁判所裁判官等の公用車
第5 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索「日本国憲法」6条2項,79条
②e-Gov法令検索「裁判所法」39条1項,50条
2 裁判例
①最高裁判所大法廷昭和27年2月20日判決(昭和24年(オ)第332号,民集6巻2号122頁,裁判所ウェブサイト)
3 公的資料
①最高裁判所「最高裁判所判事一覧表」
②最高裁判所「現在の最高裁判所長官紹介ページ」
③首相官邸「歴代内閣」
④内閣作成の閣議書・裁可書を掲載した「最高裁判所長官任命の閣議書」
⑤第102回国会衆議院法務委員会第2号(昭和59年12月18日,発言16・17)及び第196回国会参議院法務委員会第7号(平成30年4月10日,発言133)
⑥総務省「平成15年11月9日執行衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査結果調」(e-Stat掲載ページ)55頁
⑦総務省「平成21年8月30日執行衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査結果調」(e-Stat掲載PDF)60頁
⑧総務省「平成24年12月16日執行衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査結果調」(e-Stat掲載PDF)66頁
⑨総務省「平成29年10月22日執行衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査結果調」(e-Stat掲載PDF)68頁
⑩総務省「令和6年10月27日執行衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査速報結果」及び「罷免を可とする投票数,罷免を可としない投票数」
4 文献
①矢口洪一『最高裁判所とともに』(有斐閣,1993年)120頁~121頁