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大学の学費は特別受益になるか―きょうだいの一人だけが大学へ進学した場合と医学部・歯学部の裁判例(AI作成)

第1 本記事の対象と結論の見取図

1 対象とする場面

本記事は,3人の子のうち2人は高校を卒業して就職し,1人だけが親に大学の学費を出してもらったという場合に,その学費が民法903条1項の特別受益として遺産分割で考慮されるかを,令和8年9月11日時点の法令と裁判例に基づいて整理するものである。
遺留分の計算でも,相続人に対する生計の資本としての贈与は基礎となる財産に算入されるため(民法1044条1項・3項),同じ問題が生じる。
子の人数が3人であること自体は結論に関係せず,判断を分けるのは,学費の額,親の資産や社会的地位,学費が支出された当時の事情,他の子との比較である。

2 結論の見取図

裁判例と実務書を踏まえると,結論は次のように整理できる。
①大学の学費は,親の資産や社会的地位からみてその程度の教育を受けさせるのが普通といえる範囲では親の扶養義務の履行とされ,本記事で確認した裁判例でも特別受益を否定したものが多い。
②きょうだいのうち一人だけが大学へ進学したという事実だけで,直ちに特別受益とされるわけではない。
③私立大学の医学部や歯学部のように学費が特に多額の場合には,特別受益とされた裁判例がある一方,家業の承継や他のきょうだいの学歴を理由に否定した裁判例もある。
④特別受益に当たり得る場合でも,親が持戻しを免除する意思を有していたと認められることがある。

第2 学費が特別受益になるかを考える枠組み

1 「生計の資本としての贈与」と扶養義務の関係

民法903条1項は,共同相続人のうち,被相続人から遺贈を受け,又は「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者」があるときは,その贈与の価額を相続財産に加えて相続分を計算すると定めている。
他方で,直系血族は互いに扶養をする義務を負う(民法877条1項)。
大学の学費は,卒業後の生活の基礎となる点で「生計の資本」に当たり得るが,親が子に教育を受けさせる費用は扶養の一内容でもあるため,どこまでが扶養でどこからが遺産の前渡しかが問題となる。

親が離婚した場合に子の大学の学費を養育費に加算できるかという別の問題は,私立学校・大学・留学の学費は養育費に加算できるか―標準教育費と超過分の計算で扱っている。

2 学説の二つの見解

松川正毅・窪田充見編『新基本法コンメンタール 相続』(日本評論社,2016年)の民法903条の解説(木村敦子執筆)は,教育費用として特別受益性が特に問題となるのは大学以上の高等教育であるとした上で,二つの見解を紹介している(同書71頁)。
一つは,高等教育の費用は生活費の源泉及び生活能力の取得のためのものであるから,常に生計の資本としての贈与に当たるとする見解である。
もう一つは,被相続人の資力や社会的地位,他の兄弟との比較から,具体的に被相続人の扶養義務に含まれるかどうかを判断した上で,通常の学資と考えられるものは特別受益に該当しないとする見解であり,同書はこちらが有力に主張されているとしている。

3 家庭裁判所の実務書の説明

片岡武・管野眞一編著『第4版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』(日本加除出版,2021年。以下「片岡・管野編著」という。)は,高等教育を受けるための学資とは基本的には入学金や授業料等をいい,その間の生活費や下宿代,留学時の渡航費用などを必ずしも含むものではないとしている(同書243頁~244頁)。
同書は,高校卒業後の専門学校,大学,留学等の学資は,私立の医科・薬科等の大学の入学金・授業料のように特別に多額なものでない限り,子の資質・能力等に応じた親の子に対する扶養義務の履行に基づく支出とみることができるとしている(同書244頁)。
また,扶養の範囲内とはいえないものの,相続人全員が大学教育を受け,ほぼ同額の受益を受けている場合には,「特別受益として考慮しない」とするのが相当であるとしている(同書244頁)。

田村洋三・小圷眞史編著『第3版 実務相続関係訴訟』(日本加除出版,2020年。以下「田村・小圷編著」という。)は,高等学校や大学の学費については,高学歴化の時代で多くの者が進学することから,扶養義務の履行にすぎないとして特別受益と見ない考え方が強くなっているようであるが,医学部など高額な費用を要する場合は特別受益と考える扱いが多いようであると説明している(同書27頁)。

4 大学進学の現状

文部科学省が令和7年12月26日に公表した学校基本統計(学校基本調査の結果)の確定値によれば,令和7年度の大学(学部)進学率(過年度卒を含む)は58.6%,大学・短期大学のほか高等専門学校4年次や専門学校を含む高等教育機関への進学率は85.4%である。
ここでいう大学(学部)進学率は,大学(学部)の入学者を3年前の中学校等の卒業者の数で割ったものである。
本記事では,大学進学が同世代の過半数に及んでいる現在,子の能力に応じて大学の学費を出すことは,扶養の範囲とみる考え方がとりやすい状況にあると考える。
もっとも,本記事で確認した裁判例でも,昭和40年代や昭和50年代に支出された学費が後の遺産分割で争われており,学費が支出された当時に同じ程度の教育を受けさせるのが普通であったかも問題になると考えられる。

5 裁判例が示す基準

京都地方裁判所平成10年9月11日判決(平成2年(ワ)第594号,判タ1008号213頁,裁判所HP未掲載)は,「学費に関しては、親の資産、社会的地位を基準にしたならば、その程度の高等教育をするのが普通だと認められる場合には、そのような学資の支出は親の負担すべき扶養義務の範囲内に入るものとみなし、それを超えた不相応な学資のみを特別受益と考えるべきである。」と判示している。
東京地方裁判所平成20年2月29日判決(平成15年(ワ)第11299号,裁判所HP未掲載,判例秘書登載)も,ほぼ同じ基準を用いている。

名古屋高等裁判所令和元年5月17日決定(平成31年(ラ)第66号,判時2445号35頁,裁判所HP未掲載)は,「学費、留学費用等の教育費については、被相続人の生前の資産状況、社会的地位に照らし、被相続人の子である相続人に高等教育を受けさせることが扶養の一部であると認められる場合には、特別受益には当たらないと解するのが相当である。」とした。
同決定は,子の一人が2年間の大学院生活とその後10年間に及ぶ海外留学の費用を親に負担してもらった事案である。
同決定は,一家の教育水準が高く能力に応じて高度の教育を受けることが特別なことではなかったこと,その子が親に相当額を自発的に返還していたこと,親が他方の子やその妻にも高額な時計や宝飾品,金銭を贈与していたこと,他方の子も大学に進学し在学中に短期留学していたこと等を挙げて,特別受益に該当しないとした。

第3 きょうだいの一人だけが大学へ進学した場合

1 特別受益とされなかった例

東京家庭裁判所令和5年11月30日審判(令和5年(家)第133号,判時2640号36頁,裁判所HP未掲載)は,相続人が子2人であり,そのうち一方の子が昭和54年4月から昭和58年3月まで大学に通っていた事案である。
他方の子は,親が大学に通った子だけに大学進学費用を贈与したとして,国立大学の費用を基に算定した81万3000円を特別受益と主張した。
大学に通った子は,親が負担したのは入学金と初年度前期の学費だけであると反論し,他方の子は大学を受験したが合格しなかったとも主張していた。
同審判は,「申立人主張の学費の金額や被相続人の遺産の評価額からすれば、仮に申立人主張のとおり被相続人が相手方の学費を負担したとしても、子の資質・能力等に応じた親の子に対する扶養義務の履行に基づく支出の範囲にとどまるのであり、特別受益とは評価できない。」とした。
この事案の遺産の相続開始時の評価額は1億5923万4494円であった。

東京地方裁判所平成30年3月27日判決(平成28年(ワ)第36458号,裁判所HP未掲載,判例秘書登載)では,被相続人の負担で私立大学や短期大学に進学した子らについて,被相続人以外の者の負担で大学に進学した他の子にはない利益を受けたとの主張がされた。
同判決は,「本件全証拠によるも,これらの学資について亡Aが子の資質,能力等に応じた親の子に対する扶養義務の履行に基づく支出を超える特別の支出をしたとは認められない。」として,特別受益に当たるとの主張を採用しなかった。

2 特別受益に当たることを前提に算定を求めた例

札幌高等裁判所平成14年4月26日決定(平成14年(ラ)第41号,家月54巻10号54頁,裁判所HP未掲載)の原審は,子の一人が昭和40年4月に大学に進学して昭和44年3月に卒業し,その入学金,授業料及び下宿代を含む生活費を両親が負担したことを認定した。
原審は,別の子は中学を卒業した後に家業の農業に従事し続けたこと,さらに別の子はその大学生時代に実家への援助として月額約1万9800円の給料のうち1万円を親に渡していたこと等も認定し,大学進学について特別受益が認められるとした。
ところが原審は,大学に進学した子が資料を提出せず家庭裁判所調査官の調査にも応じないことを理由に,その特別受益を遺産分割で考慮しなかった。

同決定は,特別受益を,その判断によって不利益を被る当事者の非協力を理由に算定しないのは相当でないとした。
その上で,昭和40年当時の大学入学金や一般的な下宿費用等を大学への照会その他の方法で調査し,消費者物価指数の変動等を考慮して特別受益の現在の価額を算定することは,その当事者の協力なしにできると述べた。
同決定は,遺言書の方式に関する原審の判断の誤りと併せて原審判を取り消し,事件を差し戻したものであり,学費が特別受益に当たるかどうか自体を詳しく論じたものではない。

3 二つの事案の違い

本記事では,二つの事案を比べると,次の事情が結論に影響していると整理する。
①学費の額が,親の資産や遺産の規模と比べて大きいか
②学費が入学金や授業料にとどまるか,下宿代を含む生活費まで含むか
③進学しなかった子が,中学卒業後に家業に従事したり実家に仕送りをしたりするなど,教育の機会の差を広げる事情があったか

加えて,進学しなかった子が本人の希望で進学しなかったのか,家計の事情で進学を諦めたのかという点は,本記事で確認した裁判例で正面から判断されたものではない。
もっとも,親の扶養として子の間の均衡を欠くかという観点から,特別受益を主張する側の材料になり得ると考えられる。

第4 医学部・歯学部など学費が特に多額の場合

1 歯学部の学費を特別受益とした例

名古屋高等裁判所令和5年8月30日判決(令和5年(ネ)第123号,裁判所HP未掲載,判例秘書登載)は,平成29年に遺留分減殺の意思表示がされた遺留分減殺請求の事件である。
同判決は,遺留分減殺を請求した側の相続人らも私立大学に進学していたが,請求を受けた相続人だけが私立大学の歯学部に進学した事案について,その大学の2019年度予定の学納金一覧によれば,歯学部の6年間の学費が合計2874万1000円,薬学部の6年間の学費が合計1364万9000円,他の学部の4年間の学費が452万3000円から516万3000円であると認定した。
その上で,歯学部の学費を親が負担したことは「子の資質、能力に応じた親の子に対する扶養の範囲を超えるものといわざるを得ず、遺産の前渡しとして評価すべき」であるとし,当時の学費の資料が提出されていないことなどを総合考慮して,特別受益の額を1000万円と認めた。

2 医学部・歯学部の学費を特別受益としなかった例

京都地方裁判所平成10年9月11日判決(前記)は,相続人のうち1人だけが医学教育を受けていたが,判決が比較の対象とした他の相続人2名もいずれも大学教育を受けていたこと,被相続人が開業医でその子による家業の承継を望んでいたことを認定した。
その上で,同判決は,その学費は被相続人が「扶養の当然の延長ないしこれに準ずるもの」として支出したとみるのが相当であるとした。

東京地方裁判所令和2年1月28日判決(平成29年(ワ)第21098号,裁判所HP未掲載,判例秘書登載)は,子の一人が浪人と1年の留年を経て歯科大学を卒業し,その学費が7年間で合計1843万0800円であったのに対し,別の子は短期大学を卒業したという事案で,進学先等により学費に相当の差異が生じていることがうかがわれるとした。
しかし同判決は,被相続人の家が明治時代から代々歯科医院を開業していたこと,被相続人の子らはいずれも大学ないし短期大学を卒業していること,歯科医院を承継する可能性があったのはその子だけであり被相続人もそれを望んでいたと考えられることから,その学費も他の子らの学費と同様に扶養の一内容として支出されたものであり,生計の資本としての贈与には当たらないとした。

東京地方裁判所平成20年2月29日判決(前記)は,主張された額の学費を要したこと自体が証拠上認められないとした上で,被相続人が裕福な医師であり,医学部への進学を強く希望して勧めた結果,子が進学したことから,その子が医学部で教育を受けるのは特別なことではなく,学資の支出は親の負担すべき扶養義務の範囲内に入るとみることができるとした。
同判決は,その子が医師国家試験に合格しながら,被相続人から同族会社の経営の後継者に指定されたために医師になることを断念し,学費が生計の資本として生かされなくなったこと等も併せて,少なくとも医学部の学費は生計の資本としての贈与に当たらないとした。

3 高卒のきょうだいがいる場合への当てはめ

本記事では,これらの裁判例を比べると,医学部や歯学部の学費であっても,他のきょうだいもそれぞれ大学等の教育を受けていたこと,親が医師や歯科医師で家業を継がせるための教育であったこと,親の資産が大きいことが重なると特別受益が否定されやすく,他のきょうだいとの学費の差が大きい場合には特別受益とされることがあると整理する。
他の2人が高校を卒業して就職している場合には,否定例で考慮された,他のきょうだいも大学等の教育を受けていたという事情がないため,私立の医学部や歯学部の多額の学費は,特別受益とされる方向に傾きやすいと考えられる。
もっとも,家業の承継のための教育であったことや,親の資産が学費と比べて十分に大きいことは,その場合でも否定する方向の事情として主張され得る。

4 学費以外の費用と,誰が負担したか

片岡・管野編著が学資を基本的に入学金や授業料等とし,生活費や下宿代を必ずしも含まないとしていることは前記のとおりである。
京都地方裁判所平成10年9月11日判決も,学費を特別受益としなかった一方で,同じ子が受けた生活費の贈与(1256万円)や他の相続人と比べて高価な自動車の購入費用等については特別受益と認めており,学費と生活費等は分けて判断されている。

東京地方裁判所平成29年9月28日判決(平成27年(ワ)第7992号,民集73巻3号381頁,裁判所HP未掲載)は,医学部の学費を子が親から借り入れて支払い,後に受給した奨学金から親に返済していた事案で,学費について生計の資本としての贈与その他遺産の前渡しとみられる経済的援助があったとは認められないとした。
控訴審の東京高等裁判所平成30年5月24日判決(平成29年(ネ)第4859号,民集73巻3号406頁,裁判所HP未掲載)も,学費についての第1審の判断を維持した。
同控訴審判決は,医科大学への寄付金についても,多額の寄付金が支払われたときに特別受益が認められない場合があったとしても不合理とはいえないとしつつ,その事案ではそもそも被相続人が寄付金を支出したこと自体を認めるに足りる証拠がないとした。

東京地方裁判所平成31年1月15日判決(平成27年(ワ)第35106号,裁判所HP未掲載,判例秘書登載)のように,入学金と授業料を子が自分の給料から支払っていたと認定された事案では,そもそも親からの贈与がない。

第5 特別受益に当たり得ても持戻しが免除されることがある

民法903条3項は,「被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。」と定めている。
そのため,学費が特別受益に当たり得る場合でも,親が持戻しを免除する意思を示していたと認められれば,相続分の計算に加えない。

大阪高等裁判所平成19年12月6日決定(平成18年(ラ)第1052号,家月60巻9号89頁,裁判所HP未掲載)は,子の一人が中学校から私立大学までを通じて受けた学費・生活費の援助は特別受益とすべきであるとの主張に対し,「本件のように,被相続人の子供らが,大学や師範学校等,当時としては高等教育と評価できる教育を受けていく中で,子供の個人差その他の事情により,公立・私立等が分かれ,その費用に差が生じることがあるとしても,通常,親の子に対する扶養の一内容として支出されるもので,遺産の先渡しとしての趣旨を含まないものと認識するのが一般であり,仮に,特別受益と評価しうるとしても,特段の事情のない限り,被相続人の持戻し免除の意思が推定されるものというべきである。」とした。
同決定は,子らがいずれも大学や師範学校等の高等教育を受けていた事案についての判断であり,他の子が高校卒業後に進学しなかった場合にそのまま当てはまるものではない。

前記の名古屋高等裁判所令和元年5月17日決定も,大学院の学費や留学費用について,仮に特別受益に該当するとしても,被相続人の明示又は黙示による持戻免除の意思表示があったものと認めるのが相当であるとしている。
同決定は,被相続人の妻が家計簿に子への送金を几帳面に記録していたことについても,持戻免除の意思とは関連しないとしている。

片岡・管野編著も,他の文献を引用する形で,そもそも特別受益といえるかどうかが問題となるものも含め,学資について持戻免除の意思表示があると認められることがあるとの見解を紹介している(同書275頁~276頁)。

学費の負担について親がどのように考えていたかは,遺言書の本文や付言事項,親の手紙やメモに表れていることがあるため,特別受益を主張する側も否定する側も確認しておく必要がある。

第6 孫の学費を祖父母が負担した場合

民法903条1項は共同相続人が受けた贈与を対象とするため,祖父母が孫の学費を出した場合,それだけで当然に孫の親である相続人の特別受益になるわけではない。

しかし,大阪高等裁判所平成22年8月26日決定(平成21年(ラ)第1227号,裁判所HP未掲載,判例秘書登載)は,被相続人の預金から,相続人の一人の3人の子の大学関係費用として合計4317万8455円が支出されていた事案である。
同決定は,その額が高額であることや,3人の子がいずれも歯科大学又は医科大学への進学を控えていた時期にその親である相続人が多額の生活費を要したと推認されること等を考慮し,その援助は実質的には子らに対して扶養義務を負う相続人のためになされたものであるとして,その相続人の特別受益と認めた。
同決定は,持戻し免除の黙示の意思表示も認めず,他方の相続人の子が歯科大学に進学した際に被相続人が負担した学費275万0840円についても,公平上,その相続人の特別受益とした。

これに対し,東京地方裁判所令和7年8月28日判決(令和5年(ワ)第6427号,裁判所HP未掲載,判例秘書登載)は,遺留分侵害額請求の事件で,被相続人が相続人の一人の長女(被相続人の孫)の国立大学の授業料や下宿費用として合計で少なくとも514万3200円を交付していたとして,その相続人の特別受益に当たるとの主張がされた事案である。
同判決は,「被告の長女は被相続人の相続人ではないことから、同人に対する贈与は、それが実質的にみて相続人に対する贈与に当たると評価するに足りる事情が認められない限りは、被告との関係で特別受益には当たらないというべきである。」とした。
その上で,大学授業料や下宿に要する費用は「祖母の孫に対する扶養義務の履行の一部ともみることができる」として,直ちには相続人に対する贈与の実質があると評価することはできず,そう評価するに足りる事情も証拠上認められないとして,特別受益を否定した。

東京家庭裁判所平成21年1月30日審判(平成17年(家)第4989号ほか,家月62巻9号62頁,裁判所HP未掲載)は,被相続人が相続人の子を3歳のころから高校卒業までの約15年間養育し,その費用を負担したと推認される事案で,これを相続人に対する生計の資本としての贈与とは直ちにいえないとした。
同審判は,仮に相続人が親として負担すべき扶養料の負担を免れた分があったとしても,被相続人には孫の養育費用の負担を相続の際に特別受益として考慮する意思はなかったと推認されるとして,黙示の持戻し免除の意思表示を認めている。

本記事では,これらを比べると,孫の学費は原則として相続人の特別受益にはならず,援助の額が高額であることや,相続人自身が多額の出費を抱えていたことなど,実質的には相続人の扶養の負担を肩代わりしたものといえる具体的な事情が立証された場合に,相続人の特別受益とされることがあると整理する。

第7 金額の算定,期限と確認する資料

1 特別受益とされた場合の金額

前記の札幌高等裁判所平成14年4月26日決定は,当時の大学入学金や一般的な下宿費用等を大学への照会その他の方法で調査し,消費者物価指数の変動等を考慮して現在の価額を算定することができるとしている。
田村・小圷編著も,金銭の贈与等の場合は消費者物価指数により贈与時と相続開始時の価値の変動が考慮されていると説明している(同書28頁)。
前記の大阪高等裁判所平成22年8月26日決定は,消費者物価指数の変動が僅かであったことから,貨幣価値の変動を考慮する必要はないとしている。
前記の名古屋高等裁判所令和5年8月30日判決のように,当時の学費の資料が提出されない場合には,裁判所が諸事情を総合考慮して額を定めることがある。

2 期限

民法904条の3本文は,「前三条の規定は、相続開始の時から十年を経過した後にする遺産の分割については、適用しない。」と定めており,相続開始から10年を過ぎると,家庭裁判所への遺産分割の請求等の例外に当たらない限り,学費を特別受益として具体的相続分に反映させることができなくなる。
施行前に開始した相続についての経過措置を含め,この期限については特別受益を効率よく主張・立証する方法―遺産分割の10年ルールと証拠収集で説明している。

遺留分の計算では,相続人に対する生計の資本としての贈与は,当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものを除き,相続開始前10年間にしたものに限って基礎となる財産に算入される(民法1044条1項・3項)。
他方で,遺留分侵害額の算定では,遺留分権利者自身が受けた民法903条1項の贈与の価額が控除される(民法1046条2項1号)。
遺留分侵害額の計算方法は,遺留分侵害額請求の計算方法と請求を受けた側の対応―期限の許与・分割払い・遅延損害金で扱っている。

3 確認する資料

学費を特別受益と主張する側は,裁判例が考慮した事情に対応させて,次の資料を確認することになる。
①在学期間や学部が分かる卒業証明書等
②親名義の通帳の振込記録や学費の領収書
③当時の学納金が分かる資料(大学への照会の結果や当時の募集要項等)
④親の資産や収入が分かる資料
⑤他のきょうだいの学歴と,親から受けた援助の内容
⑥遺言書の本文と付言事項,親の手紙やメモ

学費を出してもらった側では,次の事情が特別受益を否定し,又は持戻し免除を認めさせる方向に働く。
①学費の額が親の資産や遺産の規模と比べて小さいこと
②親が進学を強く望んでいたことや,家業の承継のための教育であったこと
③他のきょうだいも別の形で親から援助を受けていたこと
④学費を奨学金や借入れ,自分の収入で賄っていたこと
⑤親が持戻しを免除する意思を示していたこと

資料の集め方と,見込まれる増加額と調査の手間の比べ方は,前記の特別受益の主張・立証に関する記事で説明している。

第8 出典・参考資料

1 法令

①民法(明治29年法律第89号)877条,903条,904条の3,1044条,1046条(e-Gov法令検索
法令は令和8年9月11日を基準とする。

2 裁判例

①京都地方裁判所平成10年9月11日判決(平成2年(ワ)第594号,判タ1008号213頁,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)
②札幌高等裁判所平成14年4月26日決定(平成14年(ラ)第41号,家月54巻10号54頁,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)
③大阪高等裁判所平成19年12月6日決定(平成18年(ラ)第1052号,家月60巻9号89頁,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)
④東京地方裁判所平成20年2月29日判決(平成15年(ワ)第11299号,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)
⑤東京家庭裁判所平成21年1月30日審判(平成17年(家)第4989号,平成20年(家)第299号,平成20年(家)第300号,家月62巻9号62頁,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)
⑥大阪高等裁判所平成22年8月26日決定(平成21年(ラ)第1227号,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)
⑦東京地方裁判所平成29年9月28日判決(平成27年(ワ)第7992号,民集73巻3号381頁,判タ1451号206頁,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)
⑧東京地方裁判所平成30年3月27日判決(平成28年(ワ)第36458号,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)
⑨東京高等裁判所平成30年5月24日判決(平成29年(ネ)第4859号,民集73巻3号406頁,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)
⑩東京地方裁判所平成31年1月15日判決(平成27年(ワ)第35106号,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)
⑪名古屋高等裁判所令和元年5月17日決定(平成31年(ラ)第66号,判時2445号35頁,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)
⑫東京地方裁判所令和2年1月28日判決(平成29年(ワ)第21098号,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)
⑬名古屋高等裁判所令和5年8月30日判決(令和5年(ネ)第123号,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)
⑭東京家庭裁判所令和5年11月30日審判(令和5年(家)第133号,判時2640号36頁,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)
⑮東京地方裁判所令和7年8月28日判決(令和5年(ワ)第6427号,裁判所HP未掲載,判例秘書で本文確認)

3 文献

①片岡武・管野眞一編著『第4版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』(日本加除出版,2021年)243頁~244頁,275頁~276頁
②田村洋三・小圷眞史編著『第3版 実務相続関係訴訟―遺産分割の前提問題等に係る民事訴訟実務マニュアル』(日本加除出版,2020年)27頁~28頁
③松川正毅・窪田充見編『新基本法コンメンタール 相続』(別冊法学セミナー245号,日本評論社,2016年)71頁〔木村敦子執筆〕

4 統計

①文部科学省「令和7年度学校基本統計(学校基本調査の結果)確定値について公表します」(令和7年12月26日)(文部科学省PDF