第1 政府答弁書の性質と本記事の対象
1 質問主意書に対する答弁書
国会法74条1項は,各議院の議員が内閣に質問しようとするときは議長の承認を要すると定め,同条2項は,質問は簡明な主意書を作って議長に提出しなければならないと定めている。
議長又は議院が承認した質問は,議長が主意書を内閣に転送し,内閣は,質問主意書を受け取った日から7日以内に答弁をしなければならない(国会法75条1項・2項前段)。
その期間内に答弁をすることができないときは,理由と答弁をすることができる期限を明示する(同項後段)。
令和3年5月14日付けの政府答弁書によれば,内閣官房が質問の内容に関係する府省庁等へ質問主意書を回付し,回付を受けた府省庁等が案文を作成して成案を得た後,閣議で答弁書を決定し,内閣総理大臣から議長へ送付している。
内閣法4条1項は「内閣がその職権を行うのは、閣議によるものとする。」と定めており,答弁書は,この閣議を経た内閣の公式の回答である。
提出から答弁までの手続は質問主意書とは―提出手続,答弁期限及び答弁書の作成過程で,閣議の種類と決定方法は閣議とは―種類,決定方法,閣議書及び議事の記録で,答弁書案を審査する内閣法制局は内閣法制局に関するメモ書きで扱っている。
答弁書の作成過程で作られる文書とその開示の実例は質問主意書の答弁書作成過程の文書と情報公開請求―開示された用例集・参考資料と審査会答申で整理している。
2 本記事で扱う裁判例の範囲
本記事は,政府答弁書が判決又は決定の中でどのように扱われたかを,裁判所ウェブサイトの裁判例検索で本文を確認できた裁判例に基づいて整理する。
調査基準日は2026年9月14日であり,検索語は「質問主意書」「政府答弁書」「質問主意書に対する答弁書」「国会法74条」等である。
判決文には「質問趣意書」と書いたものもあるため,この語でも検索した。
裁判所ウェブサイトに掲載されていない裁判例は対象としていないため,本記事に挙げた裁判例が全てであるという意味ではない。
本ブログでは,衆議院の解散に関する内閣答弁書,最高裁判所裁判官国民審査に関する内閣答弁書と政府見解,判検交流に関する内閣答弁書・国会答弁・裁判例のように,テーマごとに答弁書を整理している。
本記事は,これらの答弁書を読むときの前提となる,答弁書の法的な位置付けを扱う。
第2 政府答弁書は裁判所を拘束しない
1 東京高裁令和8年3月4日決定
(1) 抗告人の主張
宗教法人の解散命令に対する抗告事件(令和7年(ラ)第1003号)で,抗告人は,内閣が宗教法人法81条1項1号の「法令に違反」は刑事事件のみを指すとの見解を示していたのに,令和4年10月19日に解釈を変更し,民法上の不法行為もこれに当たるとしたと主張した。
そのうえで,この解釈が最高裁判所の判断で確定したのは令和7年3月3日であるから,それより前の不法行為を理由に解散を命ずることは,遡及処罰を禁止する憲法39条前段の趣旨に反すると主張した。
決定は,前提となる事実として,内閣が令和4年10月14日に参議院議員の質問に対して行った答弁の内容を認定している。
(2) 裁判所の判断
東京高裁は,「内閣による法解釈は、裁判所を拘束するものではないから、内閣による宗教法人法81条1項1号の解釈の変更によって、宗教法人が解散命令を受けるか否かが変わるという関係にはない。」と判示した。
そのうえで,仮に内閣の解釈に変更があったとしても,裁判所が変更後の内閣の解釈と同様の解釈をして,変更前の行為に同号を適用し解散を命ずることは,遡及処罰の禁止の趣旨に反しないとして,抗告人の主張を採用しなかった。
答弁書で示された政府の法解釈と,裁判所が行う法解釈は別のものであり,政府解釈の変更は裁判所の法適用を左右しないという判断である。
2 政府自身の説明
政府も,平成27年10月6日付けの答弁書で,憲法の解釈を最終的に確定する権能を有する国家機関は違憲立法審査権を与えられた最高裁判所であるとした上で,「行政府としての憲法の解釈は、国会及び裁判所を拘束するものではない。」と答弁している。
この答弁は,裁判官の報酬減額の合憲性に関する国会答弁でも紹介している。
本記事では,訴訟で政府答弁書を援用するときは,「政府は答弁書でこのように解釈している」という事実を示す資料として位置付け,それだけで法令の解釈が決まるものとは扱わないものと整理する。
第3 裁判所が解釈の補強に用いた例
1 東京地裁平成20年9月10日判決
(1) 柔道整復は医業類似行為であるとの解釈
東京地裁平成20年9月10日判決(平成19年(行ウ)第502号,所得税更正処分取消請求事件)は,柔道整復師は租税特別措置法26条1項に規定する「医業又は歯科医業を営む個人」に当たらないとして,所得税の更正を適法とした。
判決は,関係法律の体系上,柔道整復は医業ではなく医業類似行為に位置付けられるとした上で,平成18年5月23日付けの答弁書において「政府見解として,あん摩師等法及び柔道整復師法に定める柔道整復は,あん摩,マッサージ,指圧,はり及びきゅうと同様に,医業類似行為であるとの解釈が明確に示されており」と述べ,自らの解釈と同じ趣旨であることの裏付けとした。
(2) 通達の廃止後も解釈が維持されていることの推認
判決は,同じ解釈を示していた通達が廃止された後も,国税局職員の執筆した解説文献に同旨の説明があることを挙げ,その括弧書きで,前提となる解釈が答弁書に政府見解として明記されていることにも触れて,通達に示された解釈が税務当局の公的見解として維持されていると推認した。
なお,この判決文は「質問趣意書」と表記しているため,「質問主意書」で検索しても見つからない。
2 大阪地裁平成31年2月27日判決
大阪地裁平成31年2月27日判決(平成27年(行ウ)第288号)は,健康保険の保険料,厚生年金保険の保険料及び児童手当の拠出金に係る過納金について,民法703条及び704条前段の規定が適用されると判断した。
判決は,その判示の括弧書きで,内閣総理大臣が平成20年3月21日の答弁で「このような保険料については民法上の一般原則に基づき,不当利得として還付しているところであり」と述べていることに触れている。
ここでも答弁書は,裁判所が一般法理から導いた結論と政府の運用が一致していることを示す資料として使われている。
3 大阪地裁平成28年4月8日判決及び大阪高裁平成28年10月14日判決
(1) 第一審の判断
東日本大震災の災害廃棄物の処理施設の整備事業に対する交付金の交付を争った住民訴訟で,大阪地裁平成28年4月8日判決(平成26年(行ウ)第118号)は,参議院議員が国会法74条に基づいて行った質問に対する内閣の答弁を検討した。
判決は,内閣の答弁は前提となる質問を否定した上でその質問にだけ回答したものと解し得るとして,内閣の答弁が環境省の立場と矛盾するものとまではいえないと判断した。
(2) 控訴審の判断
控訴審の大阪高裁平成28年10月14日判決(平成28年(行コ)第130号)は,別の質問に対して内閣が,交付金の交付は適正なものであり返還等は考えていないと答弁したことを認定し,控訴人らの主張を採用しなかった。
住民側が答弁書を自らの主張の根拠に用いても,裁判所は,質問の前提と答弁の範囲を読み分けて評価している。
第4 行政庁の過失を判断する資料とした例
1 転入届の不受理及び住民票の消除
(1) 答弁書の認定
特定の宗教団体の信者の転入届を特別区の区長が受理せず,又は住民票を消除した事件で,東京高裁平成14年5月15日判決(平成14年(行コ)第41号)及び東京高裁平成14年5月22日判決(平成14年(行コ)第12号等)は,いずれも区長の処分を違法とした。
両判決は,処分に先立つ平成12年12月15日に,内閣総理大臣が質問主意書に対し「市町村長は,転入届があったときは,当該届出の内容が事実であるかどうかを審査して,住民票の記載を行わなければならないこととされており,自治省においては,その趣旨について地方公共団体へ助言を行ってきたところである。」旨の答弁書を衆議院議長に送付していたことを認定した。
(2) 過失の判断
東京高裁平成14年5月22日判決は,区長が採った解釈について「相当の根拠があったということはできない」として,区長に少なくとも過失があるとした。
政府答弁書が示す解釈と異なる解釈を行政庁が採った場合に,その解釈に相当の根拠があったかを判断する材料として答弁書が使われた例である。
第5 答弁書の閣議決定の法的な意味
1 東京高裁昭和62年7月29日判決
ロッキード事件丸紅ルートの控訴審である東京高裁昭和62年7月29日判決(昭和59年(う)第263号,高裁判例集40巻2号77頁)は,内閣総理大臣の運輸大臣に対する指揮監督の根拠として,質問主意書に対する答弁についての閣議決定が内閣法6条の「閣議にかけて決定した方針」に当たるかを検討した。
内閣法6条は,「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する。」と定めている。
控訴趣意は,質問主意書に対する答弁のため閣議決定の形式をとったにすぎないと主張したが,判決は,「質問主意書に対する答弁書の送付は、国会法七五条二項により、内閣が行うべきものとされ、内閣を代表する内閣総理大臣の名前で各議院の代表者である議長に送付されているのであって、内閣が国会に対して答弁するという性質を有し、しかも、事柄の性質上答弁書の内容について内閣が意思決定していないと解するのは非常識と言うほかない。」と述べて,この主張を採用しなかった。
2 最高裁大法廷平成7年2月22日判決
上告審の最高裁大法廷平成7年2月22日判決(昭和62年(あ)第1351号,刑集49巻2号1頁)は,原判決が挙げた閣議決定の一つとして同じ答弁についての閣議決定を取り上げたが,これは「直接、航空機について言及するものではない」とした。
そのうえで,最高裁は,閣議にかけて決定した方針が存在しない場合でも,内閣総理大臣は内閣の明示の意思に反しない限り行政各部に対して指導,助言等の指示を与える権限を有するという理由で,職務権限を肯定した。
したがって,答弁書の閣議決定が内閣法6条の方針に当たるとした点は控訴審の判断であり,最高裁は答弁書の閣議決定を根拠として職務権限を認めたわけではない。
第6 情報公開訴訟及び国家賠償訴訟で答弁書が問題になった例
1 答弁書に書かれた事実と「公にされていた」情報
大阪地裁令和5年9月14日判決(令和3年(行ウ)第120号)は,近畿財務局の決裁文書の開示請求に対する存否応答拒否の適否を判断する中で,参議院議員の質問主意書と平成30年3月23日の答弁書の内容を認定した。
判決は,答弁書が決裁文書の原本を大阪地方検察庁へ平成30年3月2日より前に提出したと述べていたことから,任意提出の事実は「公にされていた」ということができるとした。
もっとも,答弁書は任意提出の経緯や捜査のためであることまでは明らかにしていないとして,その点は公にされていたとは認めず,結論として原告の請求を棄却した。
答弁書に書かれた事実は公にされた情報として扱われうるが,書かれていない事実まで公にされたことにはならないことを示す例である。
2 答弁書による政府方針の変更と不開示理由の変更
東京高裁平成18年9月27日判決(平成18年(行コ)第109号)は,「日米地位協定の考え方」の改訂版の開示請求で,外務大臣が当初の存否応答拒否を取り消し,情報公開法5条3号による不開示へ理由を改めたことについて,「平成16年1月30日にされた政府の答弁書により,本件各文書の存否を明らかにしなかった政府の従来の方針が変更されたことを踏まえた結果である」と認定した。
答弁書が政府の対外的な方針の表明として扱われ,情報公開の運用が変わったことを説明する事実として使われた例である。
3 質問主意書への対応の負担
大阪地裁令和5年2月28日判決(令和2年(行ウ)第126号)は,布製マスクに関する文書の開示決定が期限を過ぎた事情として,担当課が国会対応に追われていたことを認定し,その中で「質問主意書についても、1本の中に複数の問(おおむね3ないし7問程度)を含み、回答には内閣法制局の審査を受けた上で閣議決定を経る必要があるため、それらの調整に多大な時間と労力を要した。」と述べた。
答弁書の作成過程が,行政機関の事務負担を示す事実として認定された例である。
4 事実と異なる答弁書と国家賠償
東京地裁平成18年10月2日判決(平成15年(ワ)第21149号)は,国立大学医学部附属病院長会議の下部組織の議事録について,文部科学省の担当課が答弁書案で「記録が存在しないため,お答えできない」旨を記載し,閣議決定を経て答弁書が送付された後,議事録の存在が報道され,政府が事実関係を改めた答弁書を閣議決定した経緯を認定した。
判決は,「国会議員に対する政府答弁書の重要性からすれば,その作成に当たって同会議の具体的経緯について綿密な調査が行われたはずであるから」として,担当課の職員は議事録の存在を認識していたというべきであるとした。
そのうえで,議事録を不存在とした不開示決定をめぐる国家賠償請求について,被告らに連帯して40万円の支払を命じた。
答弁書の作成に当たって当然に行われるべき調査が,職員の認識を認定する根拠として用いられた例である。
第7 訴訟で政府答弁書を使うときの注意
1 事実の摘示にとどまる場合
東京高裁令和7年11月28日判決(令和6年(ネ)第1861号)は,令和2年の答弁書で政府が憲法24条1項の「両性」は男女を表すと解していることなどを,事実として摘示している。
判決に答弁書が引用されていても,裁判所がその解釈を採用したとは限らないため,判決のどの部分で答弁書が使われているかを確かめる必要がある。
2 証拠としての出し方と探し方
(1) 書証としての提出
前記第3の1及び2の判決では,答弁書が「乙18の1・2」「乙2の1・2」のように枝番付きの書証として引用されている。
答弁書の原文は,衆議院の質問答弁情報及び参議院の質問主意書・答弁書一覧で確認でき,答弁書番号(「内閣衆質二〇四第一一九号」等)と日付で特定できる。
(2) 定型的な書きぶりの読み方
法務省の質問主意書関係事務の手引き(令和7年10月14日改定)は,答弁の記載ぶりを基本的に用例集及び参考資料に合わせるとしている。
「お尋ねの趣旨が必ずしも明らかではないが」「答弁を差し控えたい」といった表現は,こうした定型的な書きぶりであることが多く,解釈の実質を示す部分と区別して読むことが考えられる。
第8 出典
1 法令
①e-Gov法令検索「国会法」(昭和22年法律第79号)
②e-Gov法令検索「内閣法」(昭和22年法律第5号)
2 裁判例(裁判所ウェブサイト)
①東京高裁令和8年3月4日決定(令和7年(ラ)第1003号,宗教法人解散命令に対する抗告事件)
②東京高裁昭和62年7月29日判決(昭和59年(う)第263号,高裁判例集40巻2号77頁)
③最高裁大法廷平成7年2月22日判決(昭和62年(あ)第1351号,刑集49巻2号1頁)
④東京地裁平成20年9月10日判決(平成19年(行ウ)第502号,所得税更正処分取消請求事件)
⑤東京高裁平成14年5月15日判決(平成14年(行コ)第41号,高裁判例集55巻2号7頁)
⑥東京高裁平成14年5月22日判決(平成14年(行コ)第12号等)
⑦大阪地裁平成31年2月27日判決(平成27年(行ウ)第288号)
⑧大阪地裁平成28年4月8日判決(平成26年(行ウ)第118号)
⑨大阪高裁平成28年10月14日判決(平成28年(行コ)第130号)
⑩大阪地裁令和5年9月14日判決(令和3年(行ウ)第120号)
⑪東京高裁平成18年9月27日判決(平成18年(行コ)第109号)
⑫大阪地裁令和5年2月28日判決(令和2年(行ウ)第126号)
⑬東京地裁平成18年10月2日判決(平成15年(ワ)第21149号)
⑭東京高裁令和7年11月28日判決(令和6年(ネ)第1861号)
3 政府答弁書及び公的資料
①衆議院議員丸山穂高君提出質問主意書答弁業務の負担軽減に関する質問に対する答弁書(令和3年5月14日)
②参議院議員小西洋之君提出内閣の解釈変更と議院内閣制等との関係に関する質問に対する答弁書(平成27年10月6日)
③法務省「質問主意書関係事務の手引き~はじめて主意書を担当する方へ~」(令和7年10月14日改定)
④衆議院「質問答弁情報」
⑤参議院「質問主意書・答弁書」