第1 結論
最高裁第二小法廷令和8年9月9日決定は,外国人を生活保護法の適用対象から除外することが憲法に適合するとも,違反するとも法廷意見として判断していない。法廷意見が判断したのは,上告人の主張する上告理由が民訴法312条1項又は2項所定の事由に明らかに当たらないという点であり,結論は上告棄却である。
憲法25条及び14条1項に関する実体的な違憲判断は三浦守裁判官の反対意見に,高須順一裁判官が指摘した昭和29年通知と昭和56年の立法経過は補足意見に書かれている。したがって,本決定を引用するときは,法廷意見,補足意見及び反対意見を分ける必要がある。
第2 事件の概要
1 書誌
事件番号は令和6年(行ツ)第372号,事件名は生活保護開始決定義務付け請求事件,裁判年月日は令和8年9月9日,裁判所は最高裁判所第二小法廷,裁判種別は決定である。裁判官は,裁判長三浦守裁判官,岡村和美裁判官,尾島明裁判官及び高須順一裁判官である。
2 原審と最高裁の結論
上告人は,在留資格を有する外国人として,生活保護法に基づく申請却下決定の取消し及び生活保護開始決定の義務付け等を求めた。原審の東京高等裁判所令和6年8月6日判決(令和6年(行コ)第34号)は,取消請求を棄却し,義務付けの請求を却下するなどした。
最高裁は,本件上告を棄却し,上告費用を上告人の負担とした。破棄差戻しでも,生活保護開始決定の義務付けでもない。
第3 法廷意見が判断したこと
法廷意見の理由は,民事事件について最高裁判所に上告できるのは民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ,本件上告の理由は明らかにこれらの事由に当たらない,というものである。
この法廷意見から直接引用できる一般命題は,上告理由の適法性に関する上記の判断に限られる。生活保護法の解釈や外国人の社会権について新たな一般的規範を定立したものではない。
第4 法廷意見が判断しなかったこと
法廷意見は,外国人を生活保護法の保護対象から除外する部分が憲法25条又は14条1項に適合するかについて,実体的な理由を示していない。また,難民,補完的保護対象者又は療養活動外国人について,生活保護法上の申請権があると判断したものでもない。
したがって,「最高裁が外国人の生活保護を合憲と判断した」,又は「最高裁が外国人にも生活保護法上の権利を認めた」という要約はいずれも正確ではない。
第5 最高裁平成26年7月18日判決との関係
最高裁第二小法廷平成26年7月18日判決(平成24年(行ヒ)第45号,訟務月報61巻2号356頁,判例地方自治386号78頁)は,生活保護法1条及び同法の用語を根拠として,外国人は同法に基づく保護の対象ではなく,同法に基づく保護の申請権も有しないとした。また,昭和29年通知に基づく保護は行政措置であり,その対象となる外国人に同法上の権利が付与されたものではないとした。
令和8年9月9日決定の法廷意見は,平成26年判決を変更したとも,特定の外国人について射程を限定したとも述べていない。そのため,平成26年判決の判例法理が変更されたと扱うことはできない。
もっとも,三浦反対意見は,平成26年判決が,外国人を生活保護法の対象から除外することの憲法適合性まで判断したものではないと整理している。この整理も反対意見の見解であることに注意を要する。
第6 高須順一裁判官の補足意見
高須補足意見は,法廷意見に賛同した上で,外国人に対する生活保護の支給を議論する際に踏まえるべき事実及び経緯を示した。
第一に,昭和29年通知に基づき,地方公共団体が一定の外国人に対して日本国籍を有する者と同様の基準で生活保護の支給を行っている事実があるが,この扱いは行政措置にとどまると指摘した。
第二に,昭和56年には難民条約等への加入を契機として国民年金法その他の社会保障関係法令の国籍要件が撤廃された一方,生活保護法については,昭和29年通知に基づく支給が行われていたことが考慮され,法改正の必要が生じなかったという経緯を指摘した。
補足意見は,この経緯を踏まえて議論すべきであると述べたものであり,外国人を生活保護法の対象から除外することが憲法に適合すると判断したものではない。
第7 三浦守裁判官の反対意見
1 対象とした外国人
三浦反対意見が本件の判断に必要な範囲で対象としたのは,少なくとも,難民の認定を受けている外国人,補完的保護対象者の認定を受けている外国人及び療養活動の指定に係る特定活動の在留資格を有する外国人である。「少なくとも」としたのは,その他の外国人を除外することが合憲であるという意味ではなく,本件の判断に必要な範囲を示す趣旨であると説明している。
2 憲法25条及び14条1項の判断
三浦反対意見は,憲法25条にいう健康で文化的な最低限度の生活を営む権利は,権利の性質上,日本国民だけを対象とするとはいえないとした。そして,外国人の在留資格その他の事情を踏まえても,上記三類型の外国人を生活保護法の対象から除外することには合理的な根拠がないとして,その除外部分は憲法25条及び14条1項に違反し無効であるとした。
さらに,その違憲部分が無効となることにより,対象となる外国人は生活保護法による保護を受ける権利を有すると解した。
3 結論と位置付け
三浦反対意見は,上告人を含む療養活動外国人は生活保護法による保護の対象に含まれるとし,原判決を破棄して,更に審理を尽くさせるため原裁判所へ差し戻すべきであるとした。
ただし,この違憲判断及び破棄差戻しの結論は反対意見であり,本決定の主文でも法廷意見でもない。将来の主張構成を検討する材料にはなり得るが,確立した最高裁判例として引用することはできない。
第8 行政措置と法律上の権利の区別
昭和29年通知に基づく外国人への保護と,生活保護法に基づく保護とは,支給基準が同様であっても法的根拠が異なる。平成26年判決は,通知による取扱いが行政措置であることを理由に,対象外国人へ生活保護法上の権利が付与されたものではないとした。
実務では,在留資格及び生活状況に照らして行政措置の対象となるかという問題と,生活保護法に基づく申請権,処分性,不服申立て又は義務付け訴訟が認められるかという問題を分けて検討する必要がある。
第9 実務での使い方
1 申請者側
申請者側では,三浦反対意見を,憲法25条及び14条1項に基づく主張の説得資料として利用できる。とりわけ,難民認定,補完的保護対象者認定又は療養活動の指定に係る特定活動という在留上の地位と,国籍国の保護を事実上期待できるか,治療継続により日本で生活せざるを得ないかなどの事情を具体的に示す必要がある。
ただし,反対意見を最高裁の判例法理として提示せず,平成26年判決が維持されていること,法廷意見が実体判断をしていないことも明示する必要がある。
2 行政側
行政側では,平成26年判決及び令和8年決定の主文を前提に,生活保護法上の権利と通知に基づく行政措置を区別する主張が考えられる。他方,高須補足意見及び三浦反対意見が示した立法経過と在留資格ごとの事情を無視せず,現行通知,関係通達及び個別事情に即した説明を残すことが重要である。
3 判例を引用するとき
準備書面又は意見書では,引用箇所の主体を「法廷意見」,「高須補足意見」又は「三浦反対意見」と明記する。本決定の射程を論じるときは,法廷意見が民訴法312条の上告理由該当性のみを判断したことと,平成26年判決を変更又は限定していないことを先に示すのが安全である。
第10 誤読を避けるためのチェックポイント
①主文は上告棄却であり,破棄差戻しではない。
②憲法25条及び14条1項に関する詳しい違憲判断は三浦反対意見であって,法廷意見ではない。
③高須補足意見は立法経過を指摘したものであり,合憲判断を示したものではない。
④令和8年決定は,平成26年判決を変更又は射程限定したと明示していない。
⑤三浦反対意見が具体的に論じたのは少なくとも三類型の外国人であり,すべての外国人に一律の申請権を認めた意見と要約するのは不正確である。
第11 出典・関連記事
①裁判所「最高裁第二小法廷令和8年9月9日決定の詳細ページ」
②裁判所「同決定書PDF」
③「在日外国人への社会保障法令の適用-年金・健康保険・生活保護の現在と沿革(AIリライト)」
④「最高裁判所裁判官の少数意見」
⑤「高須順一 最高裁判所判事(40期)の経歴・専門分野・主要判決(AIリライト)」
⑥「三浦守 最高裁判所判事(34期)の経歴」
本記事は,令和8年9月14日現在,裁判所が公開する決定書全文及び裁判例詳細ページを確認して作成した。原審判決の全文は未確認であるため,原審の詳しい理由付けは記載していない。