その他

名誉毀損又はプライバシー侵害が違法となる場合

目次
第1 公共的事項に関する表現の自由及び事前抑制の許容範囲

1 公共的事項に関する表現の自由
2 事前抑制の許容範囲
第2 表現の自由の制限に関する一般論,及び思想の自由市場への登場の重要性
第3 名誉毀損の取扱い
1 社会的評価の低下の有無の判断基準
2 事実を摘示しての名誉毀損(事実摘示型名誉権侵害)の取扱い
3 特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損(意見論評型名誉権侵害)の取扱い等
4 噂,伝聞形式の表現による名誉毀損の取扱い
5 名誉毀損の成否に際して表現媒体の違いは関係がないと思われること
6 名誉毀損行為が公務員に関する事実である場合の取扱い等
7 その他
第4 プライバシー侵害の取扱い
1 プライバシー侵害が不法行為となる場合
2 少年法61条が禁止している推知報道に当たるかどうかの判断基準
3 プライバシー侵害を理由とする差止請求
4 民事訴訟における主張立証活動とプライバシー侵害
第5 表現の自由に関する東京弁護士会の会長声明等
第6 法人の名誉権侵害と無形損害
第7 人種差別撤廃条約に関する日本国政府の留保
第8 肖像の無断使用と不法行為

第9 関連記事その他


第1 公共的事項に関する表現の自由及び事前抑制の許容範囲
1 公共的事項に関する表現の自由
・ 最高裁大法廷昭和49年11月6日判決(猿払事件上告審判決)は以下の判示をしています。
     憲法二一条の保障する表現の自由は、民主主義国家の政治的基盤をなし、国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、法律によつてもみだりに制限することができないものである。そして、およそ政治的行為は、行動としての面をもつほかに、政治的意見の表明としての面をも有するものであるから、その限りにおいて、憲法二一条による保障を受けるものであることも、明らかである。国公法一〇二条一項及び規則によつて公務員に禁止されている政治的行為も多かれ少なかれ政治的意見の表明を内包する行為であるから、もしそのような行為が国民一般に対して禁止されるのであれば、憲法違反の問題が生ずることはいうまでもない。
2 事前抑制の許容範囲
・ 最高裁大法廷昭和61年6月11日判決(北方ジャーナル事件上告審判決)は以下の判示をしています。
① 主権が国民に属する民主制国家は、その構成員である国民がおよそ一切の主義主張等を表明するとともにこれらの情報を相互に受領することができ、その中から自由な意思をもつて自己が正当と信ずるものを採用することにより多数意見が形成され、かかる過程を通じて国政が決定されることをその存立の基礎としているのであるから、表現の自由、とりわけ、公共的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならないものであり、憲法二一条一項の規定は、その核心においてかかる趣旨を含むものと解される。
② 表現行為に対する事前抑制は、新聞、雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ、公の批判の機会を減少させるものであり、また、事前抑制たることの性質上、予測に基づくものとならざるをえないこと等から事後制裁の場合よりも広汎にわたり易く、濫用の虞があるうえ、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きいと考えられるのであつて、表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法二一条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうるものといわなければならない。


第2 表現の自由の制限に関する一般論,及び思想の自由市場への登場の重要性
・ 最高裁平成5年3月16日判決(教科書検定に関する国家賠償請求事件)は以下の判示をしています。
① 不合格とされた図書は、右のような特別な取扱いを受けることができず、教科書としての発行の道が閉ざされることになるが、右制約は、普通教育の場において使用義務が課せられている教科書という特殊な形態に限定されるのであって、不合格図書をそのまま一般図書として発行し、教師、児童、生徒を含む国民一般にこれを発表すること、すなわち思想の自由市場に登場させることは、何ら妨げられるところはない
② 憲法二一条一項にいう表現の自由といえども無制限に保障されるものではなく、公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限を受けることがあり、その制限が右のような限度のものとして容認されるかどうかは、制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決せられるべきものである。
③ 所論引用の最高裁昭和五六年(オ)第六〇九号同六一年六月一一日大法廷判決・民集四〇巻四号八七二頁は、発表前の雑誌の印刷、製本、販売、頒布等を禁止する仮処分、すなわち思想の自由市場への登場を禁止する事前抑制そのものに関する事案において、右抑制は厳格かつ明確な要件の下においてのみ許容され得る旨を判示したものであるが、本件は思想の自由市場への登場自体を禁ずるものではないから、右判例の妥当する事案ではない。


第3 名誉毀損の取扱い
1 社会的評価の低下の有無の判断基準
(1) 新聞記事がたとえ精読すれば別個の意味に解されないことはないとしても,いやしくも一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に従う場合,その記事が事実に反し名誉を毀損するものと認められる以上,これをもつて名誉毀損の記事と目すべきことは当然であるとされています(最高裁昭和31年7月20日判決)。
(2) テレビジョン放送をされた報道番組の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについては,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断されます(最高裁平成15年10月16日判決)。
2 事実を摘示しての名誉毀損(事実摘示型名誉権侵害)の取扱い

(1) 事実を摘示しての名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには,右行為には違法性がなく,仮に右事実が真実であることの証明がないときにも,行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されます(最高裁平成9年9月9日判決お,先例として,最高裁昭和41年6月23日判決及び最高裁昭和58年10月20日判決参照)。
(2)  他人の名誉を毀損する事実を摘示した者は、その重要な部分について真実性を立証することによつて、免責を受けることができます(最高裁昭和58年10月20日判決)。
(3) 裁判所は,名誉毀損に該当する事実の真実性につき,事実審の口頭弁論終結時において客観的な判断をすべきであり,その際に名誉毀損行為の時点では存在しなかった証拠を考慮することも許されます(最高裁平成14年1月29日判決)。
(4) 「インターネット削除請求・発信者情報開示請求の実務と書式」78頁及び79頁には,検索結果(起訴猶予・略式請求)の削除請求に関して以下の記載があります。
     最終的に起訴猶予・略式手続となった事件では,事件から15年以上経過していても,前掲最三小決(山中注:最高裁平成29年1月31日決定のこと。)以降,裁判所は検索結果の削除決定を発令しなくなりました。判断内容はほぼ最三小決と同じで,「今なお公共の利害に関する事項である」としている印象です。


3 特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損(意見論評型名誉権侵害)の取扱い等
(1) 特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損について,その行為が公共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図ることにあって,表明に係る内容が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない場合に,行為者において右意見等の前提としている事実の重要な部分を真実と信ずるにつき相当の理由があるときは,その故意又は過失は否定されます(最高裁平成9年9月9日判決)。
(2) 新聞記事中の名誉毀損の成否が問題となっている部分において表現に推論の形式が採られている場合であっても,当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に,当該部分の前後の文脈や記事の公表当時に右読者が有していた知識ないし経験等も考慮すると,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を右推論の結果として主張するものと理解されるときには,同部分は,事実を摘示するものとなります最高裁平成10年1月30日判決)。
(3)  名誉毀損の成否が問題となっている法的な見解の表明は,判決等により裁判所が判断を示すことができる事項に係るものであっても,事実を摘示するものとはいえず,意見ないし論評の表明に当たります(最高裁平成16年7月15日判決)。


4 噂,伝聞形式の表現による名誉毀損の取扱い
・  「人の噂であるから真偽は別として」という表現を用いて公務員の名誉を毀損する事実を摘示した場合において,刑法230条の2所定の事実の証明の対象となるのは,風評そのものの存在ではなく,その風評の内容たる事実が真実であることです(最高裁昭和43年1月18日決定)。


5 名誉毀損の成否に際して表現媒体の違いは関係がないと思われること
(1) 新聞記事による名誉毀損にあっては、他人の社会的評価を低下させる内容の記事を掲載した新聞が発行され、当該記事の対象とされた者がその記事内容に従って評価を受ける危険性が生ずることによって、不法行為が成立するのであって、当該新聞の編集方針、その主な読者の構成及びこれらに基づく当該新聞の性質についての社会の一般的な評価は、右不法行為責任の成否を左右するものではありません(最高裁平成9年5月27日判決)。
(2) インターネットの個人利用者による表現行為の場合においても,他の表現手段を利用した場合と同様に,行為者が摘示した事実を真実であると誤信したことについて,確実な資料,根拠に照らして相当の理由があると認められるときに限り,名誉毀損罪は成立しないものと解するのが相当であって,より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきではありません(最高裁平成22年3月15日決定)。
(3) インターネット上のウェブサイトに掲載された記事が,それ自体として一般の閲覧者がおよそ信用性を有しないと認識し,評価するようなものではありません(最高裁平成24年3月23日判決)。


6 名誉毀損行為が公務員に関する事実である場合の取扱い等
(1) 名誉毀損行為が公務員に関する事実に係る場合,真実であることの証明がある限り,名誉毀損罪が成立することはありません(刑法230条の2第3項)。
(2) 憲法15条1項は「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と定め,憲法16条は「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。」と定めています。
(3) 46期の岡口基一裁判官に対する令和3年6月16日付の訴追状8頁には以下の記載があります。
     これらを不特定多数の者が閲覧可能な状態にし,もって裁判を受ける権利を保障された私人である訴訟当事者による民事訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示すとともに,当該訴訟当事者本人の社会的評価を不当におとしめたものである。


7 その他
(1) 判例タイムズ1470号(2020年5月1日付)に「 名誉権に基づく出版差止め ―北方ジャーナル事件以降の裁判例の整理」(筆者は51期の廣瀬孝 札幌地裁5民部総括)が載っていて,そこでは,私人に対する表現行為における判断基準,出版後の差止めにおける判断基準,対象者の同定可能性,販売を終了した出版物及び回収請求の可否について論じています。
(2) 自己の正当な利益を擁護するため,やむをえず他人の名誉を損なう言動を行った場合は,それが当該他人による攻撃的な言動との対比で,方法及び内容において適当と認められる限度を超えない限り,違法性が阻却されます(最高裁昭和38年4月16日判決参照)ところ,最高裁昭和38年4月16日判決の事例では,甲学界誌において掲載の承諾を得ている外国人学者の講演内容を,乙学界誌が,本人の承諾を得ずに原判示のような不明朗な手段で,通訳から講演訳文原稿を入手した上,甲誌に先がけて掲載発表する等原判決認定のような経緯があるときは,甲誌編集者らが乙誌を非難するのに「盗載」「犯罪的不徳行為」等の言辞を用いたとしても,乙誌の名誉信用を害するものとはいえないとされました。
(3)ア ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第10回には以下の記載があります。
     最高裁が平成23年判決(山中注:最高裁平成23年4月28日判決のこと。)で地方新聞社をなぜ免責したかというと、そもそも地方新聞社自身で取材するのが期待できない状況があることを前提に、通信社が地方新聞社のかわりに取材をしたと言ってよいような密接な関係があった、そこで通信社が十分な取材をしていれば免責してあげよう。これが最高裁のいう「一体性」の背景にある利益衡量かなと思います。もしこの理解が正しければ、個々のインターネットユーザーに高度な取材を期待できず、少なくとも新聞社自身が一般のインターネットユーザーによる拡散やコメントを期待してSNSによるコメント機能を設けているような状況であれば、新聞社がインターネットユーザーのかわりに取材をしたといってよいような密接な関係があったと言えるのではないか、そしてそのような場合には、平成23年判決の法理を類推してインターネットユーザーを免責する余地があるのではないか。こういうことを考えています。
イ 「ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第44回」に以下の記載があります。
     一般には、対抗言論が可能な状況が存在する場合において、それだけで一律に名誉毀損を否定するといったドラスティックな見解は採用されていない。但し、よりマイルドに、対象者に事後的な対抗言論を通じて名誉回復を行う機会があることを、社会的評価の低下の有無や違法性阻却の可否、損害等で考慮するべきではないかという問題意識自体は存在するところである(本書323頁)。
(4) 東弁リブラ2021年7・8月合併号「SNS等のネット中傷問題-プロバイダ責任制限法の改正経緯とポイント-」が載っています。


第4 プライバシー侵害の取扱い
1 プライバシー侵害が不法行為となる場合 
(1) 個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は,法的保護の対象となります(最高裁平成29年1月31日決定。なお,先例として,最高裁昭和56年4月14日判決最高裁平成6年2月8日判決最高裁平成14年9月24日判決最高裁平成15年3月14日判決及び最高裁平成15年9月12日判決参照)。
(2) プライバシー侵害については,その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し,前者が後者に優越する場合に不法行為が成立します(最高裁令和2年10月9日判決。なお,先例として,最高裁平成6年2月8日判決及び最高裁平成15年3月14日判決)。
(3) 最高裁大法廷令和3年6月23日決定の裁判官宮崎裕子,同宇賀克也の反対意見(リンク先のPDF17頁以下)には以下の記載があります(リンク先のPDF30頁)。
     何をプライバシー侵害と感ずるかについては,個人差があり,例えば,自分が難病にかかったことを公表する人も少なくないが,他方,それを他人に知られたくないと思う人も少なからず存在すると考えられる。後者の人にとって,難病にり患していることを他人に知られない利益はプライバシー権として憲法上保障されるべきであって,そのような事実を他人に知られないことを望まない人がある程度存在するからといって,それを他人に知られることを望まない人の利益をプライバシー権として保障することを否定することにはならない。


2 少年法61条が禁止している推知報道に当たるかどうかの判断基準
・ 少年法61条が禁止しているいわゆる推知報道に当たるか否かは,その記事等により,不特定多数の一般人がその者を当該事件の本人であると推知することができるかどうかを基準にして判断されます(最高裁平成15年3月14日判決)。
3 プライバシー侵害を理由とする差止請求
・ プライバシー侵害又は名誉感情侵害がある場合において,侵害行為が明らかに予想され,その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり,かつ,その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるときは,差止請求まで認められます(最高裁平成14年9月24日判決参照)。
4 民事訴訟における主張立証活動とプライバシー侵害
・ 横浜地裁令和2年12月11日判決(判例体系に掲載)は,弁護士に対する大量懲戒請求事案に関し,損害賠償請求をした弁護士が裁判所に懲戒請求者のリストを提出した行為について不法行為は成立しないと判断しました(IT・システム判例メモ「懲戒請求者リストの訴訟上の提出と不法行為 横浜地判令2.12.11(令和2ワ2097)」参照)ところ,以下の判示をしています。
     民事訴訟における主張立証活動は、それ自体は事実の公表を目的とする行為ではないものの、訴訟記録が閲覧可能な状態に置かれることなどにより、第三者がその事実を知り得る状態に至り、結果的に公表と同様の効果をもたらすことがあるため、プライバシーの侵害の成否が問題となり得る。このような場面では、その事実を公表されない法的利益と当該主張立証活動に係る法的利益とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するものと解されるが(なお、前者が後者に優越する場合であっても、違法性阻却事由があるときには、不法行為が成立しないことは、言うまでもない。)、その判断に際しては、当事者が主張立証活動を尽くし、裁判所がこれを踏まえて事実認定及び法的判断を行うことにより私的紛争の適正な解決を実現するという民事訴訟の性格上、当事者の主張立証活動の自由を保障する必要性が高いことを踏まえることが重要である。


第5 表現の自由に関する東京弁護士会の会長声明等
1 「表現の不自由展・その後」展示中止を受け、表現の自由に対する攻撃に抗議し、表現の自由の価値を確認する会長声明(2019年8月29日付の東京弁護士会の会長声明)には以下の記載があります。
① 本年8月1日から10月14日までの予定で愛知県で開催されている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が、開始からわずか2日後の8月3日に中止された。
 この企画展は、従軍慰安婦を象徴する「平和の少女像」や昭和天皇の写真を含む肖像群が燃える映像作品など、過去に展示を拒否されたり公開中止になったりした作品を展示したものであった。
 これらの作品は、観る人によって、好悪さまざまな感情を抱くものであろう。人それぞれの受け止め方があることは当然のことながら、異論反論その他主張したいことがあれば、合法的な表現行為によって対抗するのが法治国家であり民主主義社会である。
② 憲法21条で保障される表現の自由は、自己の人格を形成・発展させる自己実現の価値を有するとともに、国民が政治的意思決定に関与する自己統治の価値をも有する、極めて重要な基本的人権である。政治的表現が芸術という形をとって行われることも多く、芸術を含む多種多様な表現活動の自由が保障されることは、民主主義社会にとって必要不可欠である。 
 我々は、思想信条のいかんを問わず、表現の自由が保障される社会を守っていくことが重要であるという価値観を共有したい。
2 令和2年11月27日にZoomウェビナーで開催された,第31回近畿弁護士連合会人権擁護大会シンポジウム(第1分科会)のテーマは,「あいちトリエンナーレから考える表現の自由の現在(いま)」でした(大阪弁護士会HPの「第31回近畿弁護士会連合会人権擁護大会シンポジウム第1分科会「あいちトリエンナーレから考える表現の自由の現在(いま)」を開催します」参照)。


第6 法人の名誉権侵害と無形損害
1 法人の名誉権が侵害され,無形の損害が生じた場合でも,右損害の金銭評価が可能であるかぎり,民法710条の適用があります(最高裁昭和39年1月28日判決)。
2(1) 京都朝鮮学校へのヘイトスピーチ事件に関する京都地裁平成25年10月7日判決(控訴審判決は大阪高裁平成26年7月8日判決です。)は,原告が設置運営する朝鮮学校に対し,隣接する公園を違法に校庭として占拠していたことへの抗議という名目で3回にわたり威圧的な態様で侮蔑的な発言を多く伴う示威活動を行い,その映像をインターネットを通じて公開した被告らの行為は,判示の事実関係の下では,原告の教育事業を妨害し,原告の名誉を毀損する不法行為に該当し,かつ,人種差別撤廃条約上の「人種差別」に該当するとして被告らに対する損害賠償請求を一部認容し,また,一部の被告が上記学校の移転先周辺において今後同様の示威活動を行うことの差止め請求を認容した事例に関するものです。
(2) 同判決には以下の判示があります(改行を追加しています。)。
 法人は,生身の人間ではなく,精神的・肉体的な苦痛を感じないため,苦痛に対する慰藉料の必要性は想定し難いが,学校法人としての教育業務を妨害されれば,そこには組織の混乱,平常業務の滞留,組織の平穏を保つため,あるいは混乱を鎮めるための時間と労力の発生といった形で,必ずや悪影響が生じる(前記第1の7に認定の事実は,学校法人に悪影響が発生した事実を認定したものである。)。
 混乱の対応のため費やすことになった時間と労力は,積極的な財産支出や逸失利益という形での損害認定こそ困難であるものの,被告らによる業務妨害さえなければ何ら必要がなかった(あるいは他の有用な活動に振り向けることができた)時間と労力なのであって,原告の学校法人としての業務について生じた悪影響であることは疑いがない。
 このような悪影響をも損害として観念しなければ,民法709条以下の不法行為法の理念(損害の公平な分担)を損なうことが明らかである。このような悪影響は,無形損害という形で金銭に見積もるべき損害というべきである。
 すなわち,本件活動による業務妨害により,本件学校における教育業務に及ぼされた悪影響全般は,無形損害として,金銭賠償の対象となる。 


第7 人種差別撤廃条約に関する日本国政府の留保
・ 外務省HPの人種差別撤廃条約Q&Aには以下の記載があります。
Q6 日本はこの条約の締結に当たって第4条(a)及び(b)に留保を付してますが、その理由はなぜですか。
A6 第4条(a)及び(b)は、「人種的優越又は憎悪に基づくあらゆる思想の流布」、「人種差別の扇動」等につき、処罰立法措置をとることを義務づけるものです。
これらは、様々な場面における様々な態様の行為を含む非常に広い概念ですので、そのすべてを刑罰法規をもって規制することについては、憲法の保障する集会、結社、表現の自由等を不当に制約することにならないか、文明評論、政治評論等の正当な言論を不当に萎縮させることにならないか、また、これらの概念を刑罰法規の構成要件として用いることについては、刑罰の対象となる行為とそうでないものとの境界がはっきりせず、罪刑法定主義に反することにならないかなどについて極めて慎重に検討する必要があります。我が国では、現行法上、名誉毀損や侮辱等具体的な法益侵害又はその侵害の危険性のある行為は、処罰の対象になっていますが、この条約第4条の定める処罰立法義務を不足なく履行することは以上の諸点等に照らし、憲法上の問題を生じるおそれがあります。このため、我が国としては憲法と抵触しない限度において、第4条の義務を履行する旨留保を付することにしたものです。
なお、この規定に関しては、1996年6月現在、日本のほか、米国及びスイスが留保を付しており、英国、フランス等が解釈宣言を行っています。


第8 肖像の無断使用と不法行為
1 人はみだりに自己の容ぼう,姿態を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有し,ある者の容ぼう,姿態をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは,被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えるものといえるかどうかを判断して決せられます(最高裁平成17年11月10日判決)。
2 人の氏名,肖像等を無断で使用する行為は,①氏名,肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し,②商品等の差別化を図る目的で氏名,肖像等を商品等に付し,③氏名,肖像等を商品等の広告として使用するなど,専ら氏名,肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に,当該顧客吸引力を排他的に利用する権利(いわゆるパブリシティ権)を侵害するものとして,不法行為法上違法となります(最高裁平成24年2月2日判決)。


第9 関連記事その他
1  大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例(平成28年大阪市条例第1号)2条,5条~10条は,憲法21条1項に違反しません(最高裁令和4年2月15日判決)。
2 最高裁令和4年6月24日判決は, ある者のプライバシーに属する事実を摘示するツイートがされた場合にその者がツイッターの運営者に対して上記ツイートの削除を求めることができるとされた事例です。


3 月刊ペン事件に関する最高裁昭和56年4月16日判決は,一般論として以下の判示をしています。
① 私人の私生活上の行状であつても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによつては、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、刑法二三〇条の二第一項にいう「公共ノ利害ニ関スル事実」にあたる場合がある。
② 刑法二三〇条の二第一項にいう「公共ノ利害ニ関スル事実」にあたるか否かは、摘示された事実自体の内容・性質に照らして客観的に判断されるべきであり、これを摘示する際の表現方法や事実調査の程度などは、同条にいわゆる公益目的の有無の認定等に関して考慮されるべきことがらであつて、摘示された事実が「公共ノ利害ニ関スル事実」にあたるか否かの判断を左右するものではない。
4 新聞社は,新聞広告を掲載する場合において,その内容の真実性について疑念を抱くべき特別の事情があって読者に不測の損害を及ぼすおそれがあることを予見し,又は予見し得たときは,右広告内容の真実性について調査確認をする注意義務があります(最高裁平成元年9月19日判決)。
5(1) 衆議院HPに「知る権利・アクセス権とプライバシー権に関する基礎的資料―情報公開法制・個人情報保護法制を含む―基本的人権の保障に関する調査小委員会(平成 15 年 5 月 15 日の参考資料」が載っています。
(2) 京都産業大学HPの「憲法学習用基本判決集(須賀博志)」には,憲法判例の第一審判決及び控訴審判決も載っています。
6(1) 総務省HPにインターネットトラブル事例集(2024年版)が載っています。
(2) 法務省HPの「あかれんが75号」には「法務局・地方法務局では,インターネット上で人権侵害の被害に遭われた方からの相談を受けて,プロバイダ等への人権侵害情報の削除依頼の方法について助言を行っています。また,このような助言によってもご自身で削除を依頼することが難しい場合や自ら削除を依頼してもプロバイダ等に応じてもらえなかった場合などには,法務局・地方法務局が調査を行い,違法性を判断した上で,プロバイダ等に対する削除要請も行っています。」と書いてあります。
7(1) 四畳半襖の下張事件に関する最高裁昭和55年11月28日判決の裁判要旨は「文書のわいせつ性の判断にあたつては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味にうつたえるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要であり、これらの事情を総合し、その時代の社会通念に照らして、それが「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」といえるか否かを決すべきである。」というものです。
(2) 刑法175条1項にいう「わいせつ」の概念は不明確であるとはいえません(最高裁令和5年9月26日決定)。
8 令和2年総務省令第82号(プロバイダに対して開示を請求することのできる発信者情報に発信者の電話番号を追加するもの)の施行前に特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は,上記施行後に発信者の電話番号の開示を請求できます(最高裁令和5年1月30日判決)。
9 14期の塩崎勤裁判官は,判例タイムズ1055号(2001年5月15日号)に「名誉毀損による損害額の算定について」を寄稿しています。
10(1) 以下の資料を掲載しています。
・ 「刑法等の一部を改正する法律」の施行について(令和4年6月29日付の法務省刑事局長の依命通達)
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 弁護士の懲戒事由
・ 弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」の具体例
・ 弁護士の懲戒請求権が何人にも認められていることの意義

ポツダム宣言の発表から降伏文書調印までの経緯

目次
第1 7月26日のポツダム宣言の発表及びその後の放送
1 ポツダム会談
2 7月26日のポツダム宣言の発表
3 ポツダム宣言の放送
4 日本軍に関するポツダム宣言の条項
第2 日本側の当初の反応からソ連対日参戦まで
1 7月27日のポツダム宣言の公表
2 7月28日の黙殺発言
3 8月6日の広島市への原子爆弾投下
4 8月8日のソ連の対日宣戦布告
5 8月9日のソ連の対日参戦
第3 1回目のポツダム宣言受諾通告及びバーンズ回答
1 1回目のポツダム宣言受諾通告
2 8月11日のバーンズ回答
第4 バーンズ回答後,玉音放送までの経緯
1 2回目のポツダム宣言受諾通告
2 8月15日の玉音放送
第5 ポツダム宣言受諾から降伏文書調印までの陸海軍内部の経緯
1 8月14日の大本営の指示内容
2 大本営による停戦命令
3 降伏文書及び一般命令第一号
第6 明治憲法に基づく勅令等とヒトラーの総統命令等の比較
1 明治憲法に基づく勅令等の位置付け
2 ヒトラーの総統命令等の位置付け
第7 1928年8月署名の不戦条約の,「人民ノ名ニ於テ」問題
1 不戦条約の本文
2 帝国政府宣言書
3 日本政府が不戦条約を批准するまでの経緯
第8 関連記事その他

第1 7月26日のポツダム宣言の発表及びその後の放送
1 ポツダム会談
(1) 昭和20年7月17日から8月2日にかけて,ソ連の占領地域となったドイツ・ポツダムに米英ソの3カ国の首脳が集まり,第二次世界大戦の戦後処理を決定するため,ポツダム会談が実施されました。
(2) ツェツィーリエンホーフ宮殿は,1917年,当時の皇太子であったヴィルヘルム・フォン・プロイセンのために建設された宮殿であり,1990年,宮殿の建物及び庭園は「ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群」の1つとしてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。


2 7月26日のポツダム宣言の発表
(1) 7月26日午後9時20分(ベルリン時間)にポツダム宣言が発表されました。
(2) 蒋介石主席はポツダム会談に参加していませんでしたし,1945年7月のイギリス総選挙の敗北によりチャーチル首相が一時帰国していたため,トルーマン大統領が3人分の署名をポツダム宣言に行いました。


3 ポツダム宣言の放送
(1) 7月27日午前5時(東京時間),戦時情報局(OWI)の西海岸の短波送信機から英語の放送が始まり,重要な部分は午前5時5分から日本語で放送されました。
(2) 同日午前7時,日本語の全文の放送がサンフランシスコ放送で開始されました。
(3) 日本側では外務省,同盟通信社,陸軍,海軍の各受信施設が第一報を受信しました。


4 日本軍に関するポツダム宣言の条項
・ 日本軍に関するポツダム宣言の条項は以下のとおりでした。
六、吾等ハ無責任ナル軍国主義カ世界ヨリ駆逐セラルルニ至ル迄ハ平和、安全及正義ノ新秩序カ生シ得サルコトヲ主張スルモノナルヲ以テ日本国国民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ツルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレサルヘカラス
九、日本国軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭ニ復帰シ平和的且生産的ノ生活ヲ営ムノ機会ヲ得シメラルヘシ
十、吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非サルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰加ヘラルヘシ日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ
十三 吾等ハ日本國政府ガ直ニ全日本國軍隊ノ無條件降伏ヲ宣言シ且右行動ニ於ケル同政府ノ誠意ニ付適當且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府ニ對シ要求ス

第2 日本側の当初の反応からソ連対日参戦まで
1 7月27日のポツダム宣言の公表
(1) 7月27日,日本政府はポツダム宣言の存在を論評なしに公表しました。
(2) 7月28日の新聞報道では,読売新聞で「笑止、対日降伏条件」、毎日新聞で「笑止! 米英蔣共同宣言、自惚れを撃破せん、聖戦飽くまで完遂」「白昼夢 錯覚を露呈」などという新聞社による論評が加えられていた。


2 7月28日の黙殺発言
(1) 7月28日,鈴木貫太郎首相は,記者会見において,「共同声明はカイロ会談の焼直しと思う、政府としては重大な価値あるものとは認めず「黙殺」し断固戦争完遂に邁進する」と述べ,7月29日の朝日新聞で「政府は黙殺」などと報道されました。
(2) 「黙殺」につき,同盟通信社では「ignore」と英語に翻訳され,またロイターとAP通信では「Reject(拒否)」と訳され報道された。


3 8月6日の広島市への原子爆弾投下
・ 8月6日午前8時15分,広島市に原子爆弾が投下されました。



4 8月8日のソ連の対日宣戦布告
(1)ア 日本政府は,昭和20年6月18日の最高戦争指導会議構成員会議において和平仲介を対ソ交渉に加えることを決定し,同月22日の御前会議において改めてこのことを確認し,7月10日の最高戦争指導会議構成員会議において近衛文麿 元首相を特使として派遣することを決定しました。
イ ソ連政府からは目的が不明なため特使派遣の受入れの可否を即答できないと回答されたものの,ソ連がポツダム宣言に加わっていないこともあり,日本政府としては,ポツダム宣言発表後もソ連による仲介の可能性に希望を残していました。


(2)ア 昭和16年4月13日にモスクワで調印され,同月25日に発効した日ソ中立条約は,昭和20年4月5日に不延長を通告されたものの,昭和21年4月25日までは有効でした(同条約3条)。
    そのため,トルーマン大統領は,スターリンに対し,ソ連の対日参戦は国際法に違反しないことを説明するため,昭和20年7月31日,以下の内容の書簡を送りました(OFFICE OF THE HISTORIANの「President Truman to Generalissimo Stalin[Babelsberg,] July 31, 1945.」からの貼り付けです。)。
Dear Generalissimo Stalin: Paragraph 5 of the Declaration signed at Moscow, October 30, 1943 by the United States, the Soviet Union, the United Kingdom and China, provides:

“5. That for the purpose of maintaining international peace and security pending the reestablishment of law and order and the inauguration of a system of general security, they will consult with one another and as occasion requires with other members of the United Nations with a view to joint action on behalf of the community of nations.”

Article 106 of the proposed Charter of the United Nations provides:

“Pending the coming into force of such special agreements referred to in Article 43 as in the opinion of the Security Council enable it to [Page 1334]begin the exercise of its responsibilities under Article 42, the parties to the Four-Nation Declaration, signed at Moscow, October 30, 1943, and France, shall, in accordance with the provisions of paragraph 5 of that Declaration, consult with one another and as occasion requires with other Members of the United Nations with a view to such joint action on behalf of the Organization as may be necessary for the purpose of maintaining international peace and security.”

Article 103 of the Charter provides:

“In the event of a conflict between the obligations of the Members of the United Nations under the present Charter and their obligations under any other international agreement, their obligations under the present Charter shall prevail.”

Though the Charter has not been formally ratified, at San Francisco it was agreed to by the Representatives of the Union of Soviet Socialist Republics and the Soviet government will be one of the permanent members of the Security Council.

It seems to me that under the terms of the Moscow Declaration and the provisions of the Charter, above referred to, it would be proper for the Soviet Union to indicate its willingness to consult and cooperate with other great powers now at war with Japan with a view to joint action on behalf of the community of nations to maintain peace and security.

Sincerely yours,

イ 北方領土問題HP「3.千島列島のロシア領有(北方領土問題の歴史・経緯)」には,昭和20年7月31日のトルーマン書簡に関して以下の記載があります。
「1943年10月31日のモスコー宣言では、法と秩序が回復し一般的安全保障制度が創設せられるまで、平和と安全を維持するために、(米英ソ3国は)相互に協議をとげ、国際社会のために共同行動をとることになっている。また、いまだ批准されていないが国際連合憲章草案の第106条でも、憲章の効力を生ずるまでは四大国がモスコー宣言に基づいて行動することになっているし、また第103条では国際連合憲章による義務と他の国際協定の義務が矛盾する場合は、憲章に基づく義務が優先する。ソ連は平和と安全を維持する目的で、国際社会に代わって共同行動をとる為に、日本と戦争中の他の大国と協力せんとするものであるというべきである。」(萩原徹/著「大戦の解剖」1950年、読売新聞社 P261-P267)
ウ(ア) 1943年10月30日に米英ソ中によって採択されたモスクワ宣言第5項は以下のような内容です(私が個人的に第5項を日本語に訳しただけです。)。
法と秩序の再構築及び集団的安全保障体制の発足までの間,4国宣言の当事国は,国際の平和及び安全の維持のために,必要な共同行動を国際社会に代わってとるために相互に及び必要に応じて他の連合国と協議する。
(イ) 1945年6月24日にサン・フランシスコ市において調印され,同年10月24日に発効した国際連合憲章の関係条文は以下のとおりです。
第103条
国際連合加盟国のこの憲章に基く義務と他のいずれかの国際協定に基く義務とが抵触するときは、この憲章に基く義務が優先する。
第106条
第43条に掲げる特別協定でそれによって安全保障理事会が第42条に基く責任の遂行を開始することができると認めるものが効力を生ずるまでの間、1943年10月30日にモスコーで署名された4国宣言の当事国及びフランスは、この宣言の第5項の規定に従って、国際の平和及び安全の維持のために必要な共同行動をこの機構に代ってとるために相互に及び必要に応じて他の国際連合加盟国と協議しなければならない。


(3) 8月8日午後11時,特使派遣に対する回答を得られると期待して面会に赴いた佐藤尚武駐ソ大使に対し,ソ連のモロトフ外務大臣が交付したソ連の宣戦布告文は以下のとおりであって(太平洋戦争とは何だったのかHP「ソ連-対日宣戦布告文」参照),1945年2月11日署名のヤルタ協定には言及されていませんでした。
 ヒットラードイツの敗北ならびに降伏の後、日本は依然として戦争の継続を主張する唯一の大国となった。日本武装兵力の無条件降伏を要求した今年7月26日の三国すなわちアメリカ合衆国、英国ならびに支那の要求は、日本の拒否するところとなった。
 従って、極東戦争に対する調停に関するソビエト連邦に宛てられた日本政府の提案は、一切の基礎を失った。調停に関する日本の降伏拒否を考慮し、連合国はソビエト政府に対して日本の侵略に対する戦争に参加し、戦争終結の時期を短縮し、犠牲の数を少なくし、全面的平和をできる限り速やかに克復することを促進するよう提案した。ソビエト政府は連合国に対する自国の義務に従い、連合国の提案を受諾し、本年7月26日の連合各国の宣言に参加した。
 ソビエト政府においては自国の政府の右進路が平和を促進し、各国民を今後新たな犠牲と苦難とから救い、日本国民をしてドイツが無条件降伏を拒否した後被った危険と破壊を避けしめ得る唯一の方途と思惟する。
 以上に鑑み、ソビエト政府は明日すなわち8月9日よりソビエト連邦が日本と戦争状態に入る旨宣言する。


(4) 駐ソ大使が送ったソ連の対日宣戦布告文に関する公電はソ連当局によって電報局で封鎖されたため,日本の外務省には届きませんでしたから,午前4時頃のソ連の国営タス通信(1992年以降はロシアのイタルタス通信)の報道等により,日本政府はソ連の対日参戦を知りました(産経新聞HPの「対日宣戦布告時、ソ連が公電遮断 英極秘文書」参照)。


5 8月9日のソ連の対日参戦
(1) 8月9日未明,極東ソ連軍が満州への侵攻作戦を開始しました。


(2) Wikipediaの「ソ連対日参戦」には「関東州を含めた在満洲日本人居留民は155万~160万人、その約14%にあたる27万人が開拓民であり、うち7万8500人が死亡した。これは日本人死亡者17万6千人の45%にあたる」と書いてあります。


第3 1回目のポツダム宣言受諾通告及びバーンズ回答
1 1回目のポツダム宣言受諾通告
(1)ア 8月9日未明のソ連対日参戦を受けて開催された最高戦争指導会議構成員会議及び閣議では,ポツダム宣言受諾の可否について結論が出ませんでした。


 イ 翌日午前2時20分頃終了の御前会議(1回目の聖断)及び同日午前4時頃終了の閣議に基づき,日本は,連合国に対し,以下のとおり通告しました(「ポツダム受諾に関する8月10日付日本国政府申入」参照)。
帝国政府ニ於テハ常ニ世界平和ノ促進ヲ冀求シ給ヒ今次戦争ノ継続ニ依リ齎ラサルヘキ惨禍ヨリ人類ヲ免カレシメンカ為速ナル戦闘ノ終結ヲ祈念シ給フ
天皇陛下ノ大御心ニ従ヒ数週間前当時中立関係ニ在リタル「ソヴィエト」聯邦政府ニ対シ敵国トノ平和恢復ノ為斡旋ヲ依頼セルカ不幸ニシテ右帝国政府ノ平和招来ニ対スル努力ハ結実ヲ見ス茲ニ於テ帝国政府ハ
天皇陛下ノ一般的平和克服ニ対スル御祈念ニ基キ戦争ノ惨禍ヲ出来得ル限リ速ニ終止セシメンコトヲ欲シ左ノ通リ決定セリ
帝国政府ハ一九四五年七月二十六日「ポツダム」ニ於テ米、英、支三国政府首脳者ニ依リ発表セラレ爾後「ソ」聯政府ノ参加ヲ見タル共同宣言ニ挙ケラレタル条件ヲ右宣言ハ 天皇ノ国家統治ノ大権ヲ変更スルノ要求ヲ包含シ居ラサルコトノ了解ノ下ニ受諾ス
帝国政府ハ右了解ニシテ誤リナキヲ信シ本件ニ関スル明確ナル意向カ速ニ表示セラレンコトヲ切望ス


(2) 外務省が用意した受諾電文案では,不戦条約批准に際して発表した昭和4年6月27日付の帝国政府宣言書(不戦条約1条の「人民の名において」という文言は日本国に限り適用はないという了解を宣言したもの)のように,国体護持についての了解を一方的に言い放つ(天皇ノ国家統治ノ大権ヲ変更スルノ要求ヲ包含シ居ラサルコトノ了解ノ下ニ受諾ス)という内容でした。
    しかし,結果として,1回目の受諾通告は,国体護持についての明確な保証を連合国側に求める内容となりました(「国体護持と「八月革命」─戦後日本の「平和主義」の生成─」3頁参照)。


2 8月11日のバーンズ回答
(1)ア 8月11日,米国国務長官のジェームズ・フランシス・バーンズの名前で,連合国は以下のとおり回答しました(いわゆるバーンズ回答です。)。
① 降伏のときより、天皇および日本国の政府の国家統治の権限は、降伏条項の実施のため、その必要と認める措置をとる連合国軍最高司令官の制限の下に置かれるものとする。
② 天皇は、日本国政府、および日本帝国大本営に対し「ポツダム宣言」の諸条項を実施するために必要な降伏条項署名の権限を与え、かつ、これを保障することを要請せられ、また、天皇は一切の日本国陸・海・空軍官憲、および、いずれかの地域にあるを問わず、右官憲の指揮の下にある一切の軍隊に対し、戦闘行為を終止し、武器を引き渡し、また、降伏条項実施のため最高司令官の要求するであろう命令を発することを要請される。
③ 日本国政府は、降伏後、直ちに俘虜、および、抑留者を連合国の船舶に速やかに乗船させ、安全なる地域に輸送すべきである。
④ 日本国政府の最終形態は、「ポツダム宣言」に従い、日本国民の自由に表明する意思によって決定されるべきである。
⑤ 連合国軍隊は、「ポツダム宣言」に掲げられた諸目的が完遂されるまで日本国内に駐留するものとする。
イ ①の原文は「the authority of the Emperor and the Japanese Government to rule the state shall be subject to the Supreme Commander of the Allied Powers who will take such steps as he deems proper to effectuate the surrender terms.」です。
(2) 「国体護持と「八月革命」─戦後日本の「平和主義」の生成─」3頁には以下の記載があります。
第1項では、「天皇の権力が最高司令官に従属するものであることを明確に述べることによって、間接的に天皇の地位を認めたもの」であり、第4項は、天皇制の存続の可否に言及することなく、単に、天皇制問題を日本国民の意思に委ねるというポツダム宣言第12項(「日本国国民の自由に表明せる意思に従い平和的傾向を有し且責任ある政府が樹立せらるるに於ては連合国の占領軍は直ちに日本国より撤収せらるべし」)を引用したものであり、「すでに約束した以上の約束は何ひとつなかった」


第4 バーンズ回答後,玉音放送までの経緯
1 2回目のポツダム宣言受諾通告
(1)ア バーンズ回答第1項の「天皇及び日本国政府の国家統治の権限は本降伏条項を実施するため適当と認める措置を執る連合国最高司令官(SCAP)の制限の下に置かれるものとする。」という記載に紛糾して8月12日の閣議で結論が出ませんでした。


イ バーンズ回答第1項に関しては,8月13日の最高戦争指導会議構成員会議及び閣議でも結論が出ませんでした。


ウ 8月14日正午終了の御前会議(2回目の聖断)によりポツダム宣言受諾が決定しました。


エ 8月14日午後の閣議及び午後11時発布のポツダム宣言受諾の詔書(「大東亜戦争終結ノ詔書」ともいいますが,いわゆる「終戦の詔書」です。)に基づき,2回目となるポツダム宣言受諾通告を行いました。


ウ バーンズ回答第4項の「日本国政府の最終形態は、「ポツダム宣言」に従い、日本国民の自由に表明する意思によって決定されるべきである。」については,フランスへの依存が強かった国際連盟管理地域であったザール地方につき,1935年1月13日実施の住民投票(投票率98%,そのうちの90.73%がドイツ帰属を希望)に基づき,同年3月1日にドイツに復帰したという前例があったこともあって,決定的な問題とはなりませんでした(「国体護持と「八月革命」─戦後日本の「平和主義」の生成─」8頁参照)。


エ 8月14日付のポツダム宣言受諾通告は8月15日午前4時頃にアメリカ政府に到着したため,14日の晩から15日の朝にかけて,熊谷空襲(埼玉県熊谷市),伊勢崎空襲(群馬県伊勢崎市),小田原空襲(神奈川県小田原市)及び土崎空襲(秋田県秋田市土崎港)がありました。


(2) ポツダム宣言受諾通告(米英蘇支四国ニ対スル八月十四日附帝国政府通告)は以下のとおりです(国立公文書館HPの「[ポツダム宣言受諾に関し瑞西、瑞典を介し連合国側に申し入れ関係]」参照)。
「ポツダム」宣言ノ条項受諾ニ関スル八月十日附帝国政府ノ申入並ニ八月十一日附「バーンズ」米国国務長官発米英蘇支四国政府ノ回答ニ関聯シ帝国政府ハ右四国政府ニ対シ左ノ通通報スルノ光栄ヲ有ス
一 天皇陛下ニ於カセラレテハ「ポツダム」宣言ノ条項受諾ニ関スル詔書ヲ発布セラレタリ
二 天皇陛下ニ於カセラレテハ其ノ政府及大本営ニ対シ「ポツダム」宣言ノ諸規定ヲ実施スル為必要トセラルヘキ条項ニ署名スルノ権限ヲ与ヘ且之ヲ保障セラルルノ用意アリ又 陛下ニ於カセラレテハ一切ノ日本国陸、海、空軍官憲及右官憲ノ指揮下ニ在ル一切ノ軍隊ニ対シ戦闘行為ヲ終止シ武器ヲ引渡シ前記条項実施ノ為聯合国最高司令官ノ要求スルコトアルヘキ命令ヲ発スルコトヲ命セラルルノ用意アリ


(3)ア 昭和20年8月15日午前4時42分発信の加瀬スイス公使の電文は以下のとおりです(国立公文書館HPの[米国務長官メッセージ]参照)。
第八八四号
十五日午前三時半外務次官ハ本使ニ対シ米国国務長官ハ在米瑞西公使ニ対シ十四日附帝国政府通告ハ「ポツダム」宣言並ニ十一日附四国回答ニ対スル完全ナル受諾ト認メ米国大統領ノ命ニ依リ別電第八八五号ノ「メッセージ」ヲ帝国政府ニ伝達方依頼セル旨ヲ伝ヘ直ニ帝国政府ニ電報方ヲ求メタリ(了)
イ 昭和20年8月15日午前4時30分発信の在瑞西加瀬公使の電文は以下のとおりです(国立公文書館HPの[停戦実施方に関する米国政府通告文]参照)。
貴方は左の措置をとられたし
一 日本国軍隊の軍事行動の速急なる停止を指令し連合国最高司令官に右停戦実施の日時を通報すること
二 日本国軍隊及び司令官(複数)の配置に関する情報を有し且連合国最高司令官及び其の同行する軍隊が正式降服受理の為連合国最高司令官の指示する地点に到著し得る様連合国最高司令官の指示する打合を為すべき充分の権限を与えられたる使者(複数)を直に連合国最高司令官の許に派遣すること
三 降伏の受理及びこれが実施の為ダグラス・マッカーサー」元帥が連合国最高司令官に任命せられたる処同元帥は正式降服の時、場所及び其の他詳細事項に関し日本国政府に通報すべし


2 8月15日の玉音放送
(1)ア 8月14日付のポツダム宣言受諾の詔書(いわゆる「終戦の詔書」)は,同日午後11時25分頃から翌日午前1時頃にかけて録音作業等が行われ,8月15日正午にラジオ放送されました(いわゆる「玉音放送」です。)。
イ 8月14日深夜から翌日朝にかけて,一部の陸軍省勤務の将校と近衛師団参謀が中心となって起こしたクーデター未遂事件(いわゆる「宮城事件」です。)が発生しました。
(2)ア 終戦の詔書には,阿南惟幾(あなみこれちか)陸軍大臣の要求により「国体ヲ護持シ得」たと記載されました現代語訳では,国体は「天皇を中心とする秩序」となっています。)ところ,「国体護持と「八月革命」─戦後日本の「平和主義」の生成─」10頁には以下の記載があります。
    少なくとも陸軍は一連の「降伏交渉」を経て国体護持が可能となったとは考えていなかったが、それを納得させ、武装解除と復員に導くためには、国民や政府ではなく天皇自身が国体を護持しえたという確信を有していることを詔書に示す必要があった。
イ 大審院昭和4年5月31日判決は,治安維持法(大正14年4月21日法律第46号)1条の「国体」に関して,「我帝國ハ萬世一系ノ天皇君臨シ統一治權ヲ總攬シ給フコトヲ以テ其ノ國體卜爲シ治安維持法二所謂國體ノ意義亦此ノ如ク解スヘキモノトス」と判示したみたいです。
ウ 阿南惟幾陸軍大臣は8月15日午前5時半頃に自刃しました。


(3) 8月15日午前11時30分から午後1時30分にかけて,玉音放送拝聴による中断をはさみつつ,天皇臨席の下,枢密院本会議において,内閣総理大臣及び外務大臣からの報告が実施されました(国立公文書館アジア歴史資料センターHP「「ポツダム」宣言受諾ニ関スル内閣総理大臣及外務大臣報告」参照)。



第5 ポツダム宣言受諾から降伏文書調印までの陸海軍内部の経緯
1 8月14日の大本営の指示内容
(1) 御前会議以前に出されたものと推定される,8月14日付の大陸命(大本営による陸軍部隊への最高命令です。)第1380号には,対ソ戦への大本営の対処方針,日本本土周辺の外地各軍の任務分担が示されていたものの,終戦や停戦を暗示する文言はありませんでした。


(2) 午後6時,阿南惟幾陸軍大臣と梅津美治郎参謀総長の連名で,陸機密電第六八号「帝国ノ戦争終結二関スル件」が発電され,「御聖断二従ヒ政府及大本営ハ逐次具体的処理ヲ進メラルベキモ停戦二関スル大命ノ発セラルル迄ハ依然従来ノ任務ヲ続行スベキモノトス」などと記載されていました(「日本の敗戦と大本営命令」(リンク先のPDF)8頁及び9頁)。
(3) 「南京1945年 8~9月― 支那派遣軍から総連絡班へ ― 」には以下の記載があります(リンク先のPDF1頁)。
    「終戦」当時、日本は陸軍だけで総計547万人の兵力を各地に配しており、ここでとりあげる支那派遣軍のみでも105万6000人に上っていた。これは、長城線以南の中国本土において、ほぼ完全な武器装備ともに、後述するように、敗れたという意識を持たずに存在していた将兵の総数であった。
(4) 「日本の敗戦と大本営命令」には以下の記載があります(リンク先のPDF8頁)。
    停戦・降伏近しと思われる弱気な命令を大本営が出せば、出先軍司令部・部隊の中での賛否論争に時間を与え、継戦を主張する一部の強硬部隊が大本営の統制に服さなく恐れがあったからである。停戦は、天皇・大本営の統制力を維持した上で、予告なしに有無を言わさぬ方法でなされなければならなかった。


2 大本営による停戦命令
(1) 8月15日付の大陸命第1381号は,「各車ハ別二命令スル迄各々現任務ヲ続行スヘシ但シ積極進攻作戦ヲ中止スヘシ」というものでしたし,同日付の大海令第47号は「何分ノ令アル迄対米英蘇支積極進攻作戦ハ之ヲ見合ハスベシ」というものでした。


(2)ア 8月16日付の大陸命第1382号及び大海令第48号は,自衛のための戦闘行為を除き,即時戦闘行動の停止を命じるものでした。


イ 札幌に司令部を置き,北海道,南樺太及び千島列島を作戦地域としていた第5方面軍は,8月16日,樺太の第88師団に対し,自衛戦闘の実施と南樺太死守を命じました。


(3) 8月17日付の大海令第49号及び8月18日付の大陸命第1385号は,大本営が別に指定する時期をもって全面的な停戦に移行することを予告するものでした。


(4)ア 8月19日付の大陸命第1386号は,第一総軍,第二総軍及び航空総軍(作戦担当地域は北海道を除く日本本土)につき8月22日午前0時以降,一切の武力行使を停止するというものでした。
イ 千島列島東端にある占守島の戦いについては,8月21日午後9時に停戦が成立しました。


(5)ア 8月22日付の大陸命第1388号は,北海道及び外地の陸軍につき,8月25日午前0時以降,支那派遣軍における局地的自衛の措置を除き,一切の武力行使を停止するというものでした。


イ 8月22日付の大海令第54号は,外地部隊の艦隊司令長官に対し,速やかな全面的停戦を指示するものでした。
ウ 樺太の戦いについては,8月23日頃までに日本軍の主要部隊との停戦が成立し,同月25日の大泊占領をもって終わりました。


エ 支那派遣軍の場合,中国国民党の政府軍及び中国共産党軍が相克状態にあり,それぞれが日本軍の軍事物資を接収に来たり,抗争を繰り返したりしているという事情がありました(「南京1945年 8~9月― 支那派遣軍から総連絡班へ ― 」(リンク先のPDF10頁)参照)。
(6) 8月22日付の大陸指第2552号は外地の陸軍各軍司令官に対して現地停戦交渉の相手を特定し,同日付の大海令第53号は,日本本土とその近海を作戦区域とする各部隊の自主的な武装解除を命じるものでした。
(7) ポツダム宣言13項は,「吾等ハ日本國政府ガ直ニ全日本國軍隊ノ無條件降伏ヲ宣言シ且右行動ニ於ケル同政府ノ誠意ニ付適當且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府ニ對シ要求ス」と定めていました。
    しかし,結果として,ポツダム宣言により指示された無条件降伏命令は9月2日の降伏文書調印まで出されませんでした北方領土問題HP「大陸命第千三百八十一号~第千三百九十二号」参照)。
(8) ドイツの場合,4月30日午後3時頃にヒトラーが自殺し,5月2日にベルリンの戦いが終了し,5月8日午後11時頃に降伏文書が調印され,5月13日にソ連軍がすべての進撃を停止し,5月15日にスロベニアのドイツ軍が降伏してすべての戦闘が終了し,5月23日にフレンスブルク政府の閣僚が逮捕されてドイツの中央政府が消滅しました。
3 降伏文書及び一般命令第一号
(1) 9月2日,東京湾上のアメリカ戦艦ミズーリの甲板上において降伏文書が調印されました。
(2) 降伏文書には「天皇及日本国政府ノ国家統治ノ権限ハ本降伏条項ヲ実施スル為適当ト認ムル措置ヲ執ル聯合国最高司令官ノ制限ノ下ニ置カルルモノトス」と記載されました。


(3)ア 日本の大本営は,降伏文書調印後,9月2日付の一般命令第一号により,以下のとおり各地域の日本軍の降伏先司令官を定めました。
① 日本本土、沖縄、北緯38度線以南の朝鮮、フィリピン:アメリカ合衆国太平洋陸軍部隊最高司令官
② 日本国委任統治諸島、小笠原その他太平洋の諸島:アメリカ合衆国太平洋艦隊最高司令官
③ 満州、北緯38度線以北の朝鮮、千島列島:ソビエト連邦極東軍最高司令官
④ 中国、台湾、北緯16度以北のフランス領インドシナ:蔣介石
⑤ ボルネオ、英領ニューギニア、ビスマルク諸島、ソロモン諸島:オーストラリア陸軍最高司令官
⑥ 上記以外の地域:東南アジア軍司令部最高司令官
イ 支那派遣軍の降伏先は蒋介石が率いる中国国民政府だけであって,中国共産党は除外されていました。
(4) ソ連軍は,8月29日に択捉島を占領し,9月1日から同月4日にかけて国後島及び色丹島を占領し,同月3日から5日にかけて歯舞群島を占領しました(Wikipediaの「ソ連対日参戦」参照)。
(5) 最高裁大法廷昭和35年4月18日決定(昭和24年から昭和25年に実施されたレッドパージに関する裁判例です。)は,以下の判示をしています。
    平和条約発効前においては、わが国の国家機関及び国民は、連合国最高司令官の発する一切の命令指示に誠実且つ迅速に服従する義務を有し(昭和二〇年九月二日降伏文書五項、同日連合国最高司令官指令一号一二項)、わが国の法令は右指示に牴触する限りにおいてその適用を排除されるものであることは、当法廷の判例とするところである(昭和二六年(ク)一一四号、同二七年四月二日大法廷決定、民集六巻四号三八七頁参照)。



第6 1928年8月署名の不戦条約の「人民ノ名ニ於テ」問題
1 不戦条約の本文
(1) 1928年8月27日署名の不戦条約は,ケロッグ・ブリアン条約ともいわれます(アメリカの国務長官フランク・ケロッグとフランスの外務大臣アリスティード・ブリアンの名前にちなんだ名称です。)ところ,その本文は以下のとおりでした。
第一條
締約國ハ國際紛爭解決ノ爲戰爭ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互關係ニ於テ國家ノ政策ノ手段トシテノ戰爭ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ嚴肅ニ宣言ス
第二條
締約國ハ相互間ニ起ルコトアルベキ一切ノ紛爭又ハ紛議ハ其ノ性質又ハ起因ノ如何ヲ問ハズ平和的手段ニ依ルノ外之ガ處理又ハ解決ヲ求メザルコトヲ約ス
第三條
本條約ハ前文ニ揭ゲラルル締約國ニ依リ其ノ各自ノ憲法上ノ要件ニ從ヒ批准セラルベク且各國ノ批准書ガ總テ「ワシントン」ニ於テ寄託セラレタル後直ニ締約國間ニ實施セラルベシ
2 帝国政府宣言書
・ 昭和4年6月27日付の帝国政府宣言書は「帝國政府ハ千九百二十八年八月二十七日巴里ニ於テ署名セラレタル戰爭抛棄ニ關スル條約第一條中ノ「其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ」ナル字句ハ帝國憲法ノ條章ヨリ觀テ日本國ニ限リ適用ナキモノト了解スルコトヲ宣言ス」というものでした。
3 日本政府が不戦条約を批准するまでの経緯
(1) アメリカ政府提案の不戦条約案1条の「人民ノ名ニ於テ」という文言につき,日本政府は,アメリカ政府に対し,主権在民は帝国憲法上の解釈として容認し難いと伝えたものの,日本以外に反対した国がありませんでしたし,何らかの文言修正に一度でも応じると他にも修正要求が出て収拾困難になる可能性があったため,アメリカ政府は文言修正に応じませんでした。
 その後,アメリカ政府は,日本政府に対し,妥協案として,「日本国天皇は「人民のために」署名するという解釈を採用してもいい」という趣旨のアメリカ国務長官覚書(1928年7月16日交付。1929年6月28日好評)を交付したことから,1928年8月27日に不戦条約はパリで署名されました。
(2) 日本国内での批准に際し,「人民ノ名ニ於テ」という文言には主権在民の観念が示されているため,天皇主権を定める明治憲法に違反するという反対論が根強くあり,枢密院の審議でも紛糾しました。
 その一方で,「人民ノ名ニ於テ」という文言は日本国に適用されないという留保付き批准を行って他の締約国が留保を承認しなかった場合,日本は不戦条約に加入できなくなるばかりか,不戦条約自体が成立しなくなる可能性もあった(3条の「各國ノ批准書ガ總テ「ワシントン」ニ於テ寄託セラレタル」参照)ところ,そのような事態となった場合,軍縮問題や中国問題とかで日本の立場が非常に不利になることが予想されました。
 そのため,「了解」(ただし,一方的了解です。)という文言を含む点で留保のような重要な意味を含む宣言ではないことについてアメリカ政府の了承を得た上で,1929年6月26日,宣言付批准とすることで不戦条約の批准が枢密院に於いて承認されました(ただし,枢密院としては,留保付批准という認識でした。)。
 そして,1929年6月27日,同日付の帝国政府宣言書とともに,不戦条約について同日付の批准書を作成し,同年7月24日,アメリカ政府のもとに批准書が寄託されました。
(3) 「不戦条約中「人民ノ名ニ於テ」の問題」が非常に参考になります。


第7 明治憲法に基づく勅令等とヒトラーの総統命令等の比較
1 明治憲法に基づく勅令等の位置付け
(1)ア ①明治憲法8条1項に基づく緊急勅令の場合,法律と同等の効力を有していたものの,明治憲法8条2項に基づき次の会期において帝国議会の承諾を受ける必要がありましたし,②明治憲法9条に基づく勅令の場合,憲法上,法律事項とされていない事項を対象とするに過ぎませんでしたし,法律を変更することはできませんでした。
 また,天皇の立法大権の行使には帝国議会の協賛が必要でした(明治憲法37条)。
 そして,このような解釈は条文上明らかですから,天皇主権説でも否定はできなかったと思います。
イ 天皇の条約大権の行使に際しては,枢密院(明治憲法56条)の審議及び意見上奏が予定されていました(枢密院官制6条)。


(2) 天皇機関説に立った場合,天皇が外交大権(明治憲法13条)を行使するためには国務大臣の輔弼(ほひつ)が必要となり(明治憲法55条1項),天皇が国務に関する詔勅を出すためには国務大臣の副署が必要となった(明治憲法55条2項)のに対し,昭和10年の国体明徴声明に基づき天皇主権説に立った場合,これらが常に必要というわけではありませんでした。


(3) 昭和20年6月,4日間の会期で第87回帝国議会が開かれ,義勇兵役法その他の戦時立法が制定されました。
2 ヒトラーの総統命令等の位置付け
(1)ア 1919年8月14日施行のヴァイマル憲法は,1933年1月30日のヒトラー内閣成立及び同年3月5日のドイツ国会総選挙を経て同月23日に制定された全権委任法によって死文化され,1945年のドイツ敗戦に伴って廃止されました。
イ 全権委任法に基づき,ヒトラー内閣は,立法府の代わりに法律を制定でき(1条),大統領の権限等に関する事項を除いて憲法違反の法律を制定できましたし(2条),大統領の代わりに法律を公布できましたし(3条),立法府の同意なしに条約を締結できるようになりました(4条)。
ウ 1934年8月1日制定の「ドイツ国及び国民の国家元首に関する法律」に基づき,同月2日のヒンデンブルク大統領の死去に伴い,ヒトラー首相は大統領職を兼ねるようになり,それは1945年4月30日の自殺まで続きました。
(2)ア Wikipediaの「総統命令」によれば,ヒトラーによって制定される総統命令の場合,法的根拠並びに関係大臣の同意及び副署は不要でしたし,総統命令により法律の改廃すら行われていました。
イ 1939年8月23日署名の独ソ不可侵条約は,1941年6月22日のバルバロッサ作戦の発動(独ソ戦の開始)により失効しました。
ウ 1941年6月6日付の「政治将校の取扱いに関する指針」(いわゆるコミッサール指令です。)では,戦時国際法を無視して,ソ連赤軍の捕虜のうち,政治将校(コミッサール)については原則としてその場で処刑することが命ぜられました。
(3) 1942年4月26日に戦前のドイツにおける最後の国会が開会し,同日に閉会しましたところ,その日の国会決議に関して,ヒトラー全記録549頁には以下の記載があります。
 ヒトラー、国会演説で「全権委任、自己神格化、反ボリシェヴィズム」を強調。国会「非常時大権」を承認する。ヒトラーは行政・司法・立法・軍事のすべてにおいて独裁的絶対権を掌握し、自らが法である「最高司法権保有者」となる。身分保障に関する一切の規定は「戦争終結まで効力を停止する」と国会で決議。午後四時二四分に最後の国会閉会。


第8 関連記事その他
1(1) 最高戦争指導会議は,小磯内閣発足後の昭和19年8月4日に大本営政府連絡会議を改称して設置された会議です。
(2) 最高戦争指導会議構成員会議は,ドイツ降伏後の昭和20年5月11日以降に首相,外相,陸相,海相,参謀総長及び軍令部総長の6人だけが参加して開催されるようになったものです。
(3) 御前会議は,昭和19年8月19日以降,「御前に於ける最高戦争指導会議」という名称で開催されました。
2 ポツダム宣言はカイロ宣言を引き継いだものですが,ポツダム会談に招かれなかった蒋介石主席の意見として反映された部分は,ポツダム宣言1項の順番を米英中から米中英に変えたことだけでした。
 ただし,ポツダム宣言の表題は米英中三国宣言となっていますし,同宣言2項の順番は米英中のままとなりました(「「大日本帝国」崩壊 東アシアの1945年」142頁及び143頁)。

3 奈良県立図書情報館HPに「「日本の皆様」B29米軍投下ビラ」(昭和20年8月13日の文書)が載っています。
4(1) 「国体護持と「八月革命」─戦後日本の「平和主義」の生成─」9頁には,「我報ノ「ポツダム」宣言受諾申出ニ対スル先方回答ニ関スル件」(発信者は岡本スウェーデン公使であり,8月13日午前2時10分到着)に関して以下の記載があります。
 岡本電(13日午前に到着)は、現地新聞に掲載されたバーンズ回答の発出経緯に関するロンドン、ワシントン特電を伝え、天皇制の廃止や無条件降伏を主張するソ連など連合国内部の反対論を、「天皇の地位を認めざれば日本軍隊を有効に統御するものなく、連合国は之が始末になお犠牲を要求せらるべし」として米国政府が押し切ったものであり、それは「米側の外交的勝利」であり、実質的には日本側条件を是認するものであると指摘していた。
(2) 国際法外交雑誌86巻4号(1987年10月)に「帝国政府のポツダム宣言受諾をめぐるスイスの仲介(1945年8月)」が載っています。
5 「敗戦時における公文書焼却の再検討― 機密文書と兵事関係文書 ― 」には「国内でわずかに残存する焼却指示文書を手がかりに、敗戦時の焼却は内務省系統と軍系統の二系統が存在し、焼却対象となったのは内務省系統では法令に基づいた機密文書であり、軍系統では動員関係文書が中心であった」と書いてあります。


6 外務省外交史料館HPに「戦後70年企画 「降伏文書」「指令第一号」原本特別展示 降伏と占領開始を告げる二つの文書」が載っています。
7 アーバンライフメトロHPの「東京の「お盆」は7月って本当? なぜ1か月早いのか、専門家に聞いてみた」には「8月15日を中心に行われるお盆。しかし東京や関東圏の一部では7月15日を中心に行われています。その背景には地方の抱える宿命がありました。」と書いてあります。
8 以下の記事も参照してください。
・ 昭和20年8月15日,長崎控訴院が福岡に移転して福岡控訴院となり,高松控訴院が設置されたこと等
・ 裁判官及び検察官の定年が定められた経緯(日本国憲法の制定経緯を含む。)
 日本国憲法外で法的効力を有していたポツダム命令
 在外財産補償問題
・ 日本の戦後処理に関する記事の一覧
・ 旧ドイツ東部領土からのドイツ人追放,及びドイツ・ポーランド間の国境確定

在日韓国・朝鮮人及び台湾住民の国籍及び在留資格

目次
第1 総論
1 戦前の取扱い
2 外国人登録令に基づく取扱い
3 対日平和条約において国籍に関する条文が定められなかった理由
第2 昭和27年4月19日付の法務府民事局長通達,及び同月28日以降の在留資格
1 昭和27年4月19日付の法務府民事局長通達
2 昭和27年4月28日以降の在留資格
第3 在日韓国・朝鮮人の国籍喪失
第4 在日韓国・朝鮮人の植民地時代の戸籍(身分登録)
第5 台湾住民の国籍喪失
第6 協定永住者及び特別永住者

1 日韓法的地位協定及び入管特別法に基づく協定永住者
2 25年後までに協議することを定めた日韓法的地位協定2条
3 入管特例法に基づく特別永住者
第7 国籍欄が「朝鮮」の人の位置づけ
1  国籍欄に「朝鮮」と記載されていても、実際には韓国籍を有している可能性があること
2 在日コリアンの在外国民登録
3 日韓基本条約3条及び海外旅行時の取扱い
4 戦前生まれの場合,「朝鮮」籍でも韓国の戸籍に名前が載っていること
5 債権者から見た場合の取扱い
第8 在日韓国人及び台湾住民の軍人軍属に対する補償問題
1 総論
2 外交交渉による解決が予定されていたこと
3 在日韓国人の軍人軍属に対する補償問題の決着内容
4 台湾住民の軍人軍属に対する補償問題の決着内容
5 その他
第9 関連記事その他

第1 総論
1 戦前の取扱い
(1) 戦前の取扱いとして,元来の日本人は戸籍法の適用を受け,内地戸籍に登載されていました。
    これに対して元来の朝鮮人は朝鮮戸籍令の適用を受け,朝鮮戸籍に登載されていましたし,元来の台湾人は台湾の戸籍(正式名称は「本島人戸籍」です。)に登載されていました。
(2) 朝鮮人又は台湾人との婚姻又は養子縁組によって朝鮮人又は台湾人の家に入った日本人は,共通法(大正7年4月16日法律第39号)3条1項の「一ノ地域ノ法令ニ依リ其ノ地域ノ家ニ入ル者ハ、他ノ地域ノ家ヲ去ル」という規定に従って,朝鮮戸籍又は台湾の戸籍に登載され,他方で内地戸籍から除籍されました(朝鮮人につき最高裁大法廷昭和36年4月5日判決,台湾人につき最高裁大法廷昭和37年12月5日判決)。
(3) 戦前は,内地(北緯50度以南の樺太を含む。),朝鮮,台湾及び関東州とで適用される法令が異なりました(共通法1条参照)。
2 外国人登録令に基づく取扱い
(1) 日本国憲法施行の前日に公布され,明治憲法下の最後の勅令となった外国人登録令(昭和22年5月2日勅令第207号)11条では,「台湾人のうち内務大臣の定める者及び朝鮮人は、この勅令の適用については、当分の間、これを外国人とみなす」とされました。
(2) 内田藤雄法務省入国管理局長は,昭和30年12月8日の衆議院法務委員会において以下の答弁をしています(ナンバリング及び改行を追加しています。)。
① 国籍の問題(山中注:長崎県大村市にあった入国者収容所に収容されている朝鮮人の国籍の問題)につきましては、われわれはまだ向う(山中注:韓国側)のはっきりした承諾を得ておるというわけにはいきませんが、大体片ずいておる問題だという前提で接しております。
  と申しますのは、韓国の独立がいつ行われたかというようなことにつきましては、過去の日韓会談についても争いがあったのでございますが、われわれが終戦後いわゆる朝鮮人を外国人として取り扱って参りました実情に対しまして、韓国側から、その間それが不当だというような言い分は一ぺんも聞かされたことはなかったわけでございます。
   むしろ逆に、韓国側は、朝鮮人は外国人である、特に占領時代の当初におきまして、占領国民と同様の待遇を与えるべきだということからでもあったと思いますが、ことさらに向う側で外国人であるということを非常に強く主張して参ったいきさつがございます。
   それで、御承知のように、いわゆる第三国人などというような言葉も当時できたわけなのでございますが、日韓会談におきましても、従来これらの韓国人の国籍そのものが争われたというようなことはございません。
② また、現に、大村に収容されておりますこれらの者につきましてかねてとかくのことを言って参っておりますそのこと自体が、韓国はこれらの人間の韓国籍を認めておる証拠であるとわれわれは考えております。
   ただ、問題は、前の日韓会談でもそうでございますが、韓国籍の人間ではあるが、特殊の扱いを受ける人間であるというのが向うの主張の内容ではないかと想像いたしております。
   われわれといたしましては、今さら国籍問題が不明であるという立場は、日本政府としてはとる必要もないし、またとりたくないと思っております。
3 対日平和条約において国籍に関する条文が定められなかった理由
(1) ①明治8年5月7日調印の樺太・千島交換条約第5款,②明治28年4月7日調印の日清講和条約(別名は「下関条約」です。)第5条及び③明治38年9月5日調印の日露講和条約(別名は「ポーツマス条約」です。)第10条では,領土変更の対象となる地域の住民に国籍選択権が定められていました。
   しかし,サンフランシスコ平和条約の場合,①日本が権利,権原及び請求権を放棄する台湾,澎湖諸島,南樺太及び千島列島の帰属先が未定でした(特に台湾及び澎湖諸島が中華民国又は中華人民共和国のいずれに帰属するか)し,②「中国」代表としてどちらの政府が参加するかに関する合意が成立しませんでしたから,国籍に関する条文が定められませんでした。
(2) 最高裁昭和40年6月4日判決は以下の判示をしているものの,「放棄された領土と住民の国籍」で説明されている国籍の選択に関する先例とはかなり異なる気がします。
   領土の割譲、併合、復帰等国際法上のいわゆる領土変更に伴なう国籍の変動にあたつては、当該領土に属すべきものは、旧国籍を離脱するにとどまらず、その変動が主権の移転によるものであるから、当事国ないし相手国の国内法の規定の如何を問わず、旧国籍の離脱と同時に新国籍を取得するものといわなければならない。

第2 昭和27年4月19日付の法務府民事局長通達,及び同月28日以降の在留資格
 昭和27年4月19日付の法務府民事局長通達
・ 平和条約の発効に伴う朝鮮人、台湾人等に関する国籍及び戸籍事務の処理について(昭和27年4月19日付の法務府民事局長通達)の本文(リンク先の4頁ないし6頁)は以下のとおりです。

 近く平和条約(以下単に条約という。)の発効に伴い、国籍及び戸籍事務に関しては、左記によつて処理されることとなるので、これを御了知の上、その取扱に遺憾のないよう貴管下各支局及び市区町村に周知方取り計らわれたい。

                  記

第一 朝鮮及び台湾関係
(一) 朝鮮及び台湾は、条約の発効の日から日本国の領土から分離することとなるので、これに伴い、朝鮮人及び台湾人は、内地に在住している者を含めてすべて日本の国籍を喪失する。
(二) もと朝鮮人又は台湾人であつた者でも、条約の発効前に内地人との婚姻、縁組等の身分行為により内地の戸籍に入籍すべき事由の生じたものは、内地人であつて、条約発効後も何らの手続を要することなく、引き続き日本の国籍を保有する。
(三) もと内地人であつた者でも、条約の発効前に朝鮮人又は台湾人との婚姻、養子縁組等の身分行為により内地の戸籍から除籍せらるべき事由の生じたものは、朝鮮人又は台湾人であつて、条約発効とともに日本の国籍を喪失する。
  なお、右の者については、その者が除かれた戸籍又は除籍に国籍喪失の記載をする必要はない。
(四) 条約発効後は、縁組、婚姻、離縁、離婚等の身分行為によつて直ちに内地人が内地戸籍から朝鮮若しくは台湾の戸籍に入り、又は朝鮮人及び台湾人が右の届出によつて直ちに同地の戸籍から内地戸籍に入ることができた従前の取扱は認められないこととなる。
(五) 条約発効後に、朝鮮人及び台湾入が日本の国籍を取得するには、一般の外国人と同様、もつぱら国籍法の規定による帰化の手続によることを要する。
 なお、右帰化の場合、朝鮮人及び台湾人((三)において述べた元内地人を除く。)は、国籍法第五条第二号の「日本人であつた者」及び第六条第四号の「日本国籍を失つた者」に該当しない。

第二 樺太及び千島関係
 樺太及び千島も、条約発効とともに日本国の領土から分離されることとなるが、これらの地域に本籍を有する者は条約の発効によつて日本の国籍を喪失しないことは勿論である。
 ただこれらの者は、条約発効後は同地域が日本国の領土外となる結果本籍を有しない者となるので、戸籍法による就籍の手続をする必要がある。

第三 北緯二十九度以南の南西諸島、小笠原諸島、硫黄列島及び南鳥島関係
 標記の諸島の地域に本籍を有する者は、条約の発効後も日本国籍を喪失するのでないことはもとより、同地域に引き続き本籍を有することができる。
 右諸島のうち、沖縄その他北緯二十九度以南の南西諸島に本籍を有する者の戸籍事務は、条約発効後も従前通り福岡法務局の支局である沖縄奄美大島関係戸籍事務所で取り扱われ、また、小笠原諸島、硫黄列島及び南鳥島に本籍を有する者の戸籍事務については、条約発効の日から東京法務局の出先所として小笠原関係戸籍事務所が設置され、同事務所において取り扱われることとなる(本月十四日附民事甲第四一六号本官通達参照。)。
2 昭和27年4月28日以降の在留資格
(1)ア ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年4月28日法律第126号)2条6項は「日本国との平和条約の規定に基き同条約の最初の効力発生の日において日本の国籍を離脱する者で、昭和二十年九月二日以前からこの法律施行の日まで引き続き本邦に在留するもの(昭和二十年九月三日からこの法律施行の日までに本邦で出生したその子を含む。)」について在留資格を認めていました(法的地位としては,「法律126号」とか「法126-2-6(法律第126号2条6項該当者) 」といわれます。)。
 つまり,昭和20年9月2日以前から日本に居住していた在日一世は,別の法律ができるまでの間,在留資格を有することなく日本に在留できるとするものでしたが,①昭和27年4月28日までの間に一度でも日本を出国して再入国した人,②昭和20年9月3日以降の入国者及び③昭和20年9月3日以降に生まれた在日二世はその対象外でした。
イ ①及び②のうち,外国人登録証明書を所持していない戦後入国者(例えば,朝鮮半島から日本への密航者)は在留資格を取得できない限り合法的に日本に在留することはできませんでした。
ウ 在日二世(法律126号の子)の在留資格は「特定在留(4-1-16-2)」(期間は3年でしたが,更新可能)であり,在日三世(法律126号の孫)の在留資格は「特別在留(4-1-16-3)」(期間は3年以下でしたが,更新可能)でした。
エ 以上については,在日コリアン青年連合HPの「戦後在日コリアン法的地位一覧」が非常に参考になります。
(2) 参議院議員兼岩傳一君提出在日朝鮮人の強制送還に関する質問に対する答弁書(昭和28年3月13日付)には「在日朝鮮人は、すべて平和条約発効と同時に外国人となつたのであるから、出入国管理令及び外国人登録法の適用を除外することを考えていない。」と書いてあります。
(3)ア 昭和27年4月28日までの間に一度でも日本を出国して再入国した人は,昭和40年6月22日付の法務大臣声明に基づき,昭和41年1月17日の日韓法的地位協定の発効後については,法務大臣において特別に在留を許可するとともに、更に申請があった場合にはその在留状況等を勘案して、可能な限り入国管理法令による永住を許可する方針がとられることになりました。
イ ②昭和20年9月3日以降の入国者は,昭和40年6月22日付の法務大臣声明に基づき,昭和41年1月17日の日韓法的地位協定の発効後については,情状により,①の人に準ずる措置が講ぜられることになりました。
ウ ③昭和20年9月3日以降に生まれた在日二世は,日韓法的地位協定に基づき,協定永住者となりました。

第3 在日韓国・朝鮮人の国籍喪失
1 日本の国内法上朝鮮人としての法的地位を持った人は,戸籍法の適用を受けておらず,昭和27年4月28日のサンフランシスコ平和条約の発効により日本国籍を失いました(最高裁大法廷昭和36年4月5日判決及び最高裁昭和40年6月4日判決)。
2 朝鮮人の国籍喪失に関する最高裁判決の判示内容は,平和条約の発効に伴う朝鮮人、台湾人等に関する国籍及び戸籍事務の処理(昭和27年4月19日付の法務府民事局長通達)を追認したものでした。
3 内地人女子の嫡出でない子であって昭和23年6月に朝鮮人男子により認知されたものは,平和条約の発効とともに日本国籍を失いました(最高裁平成10年3月12日判決)。

第4 在日韓国・朝鮮人の植民地時代の戸籍(身分登録)
1 第2版「在日」の家族法Q&A(平成18年1月31日付)53頁には「(1) 植民地時代の戸籍(身分登録)」として,以下の記載があります。
 朝鮮半島全体を意味する当時の韓国における身分登録制度として、李氏朝鮮時代に戸口調査制度が実施されており、1896年には「戸口調査規則」が施行されていた。近代的な戸籍法としての「民籍法」は、1909年に施行され、家を表示し、個人の身分の内容と親族関係を公示、証明していたとされている。この民籍法は、韓国が日本に併合された後、朝鮮戸籍令(大正11.12.18朝鮮総督府命令154)が、施行されるまで存続した。
 朝鮮戸籍令は1923年7月1日施行され、朝鮮人は、いわゆる朝鮮戸籍に登録されることとなった。朝鮮人は、内地に住んでいる者も含めて、内地人との間の婚姻、養子縁組、認知等の身分行為で内地戸籍に入籍するとされたが、この朝鮮戸籍から内地戸籍へ転籍、就籍することは認められていなかった(共通法3条2項)。そして、内地人との身分行為による朝鮮戸籍から内地戸籍への入籍等の戸籍の変動に関しては(共通法3条1項)、その手続を、朝鮮戸籍令32条と大正3年戸籍法(大正3 . 3 .31法律26)の42条ノ2 (大正10・4 ・8法律48)でそれぞれ規定した46)。
 また、当時内地に住んでいた朝鮮人が、身分行為等によって朝鮮戸籍の記載事項に変更が生じた場合には、日本の市町村から当事者の朝鮮の本籍地に戸籍変更届出書が送付されていた。
 特記すべきことは、朝鮮民事令(明治45.3.18制令7・第3次改正昭和14.11. 10制令19)により朝鮮人に日本の旧民法上の「氏」(746条)の規定を適用することとし、朝鮮人の姓制度を、日本式の氏制度に変更する創氏制度「創氏改名」を1940年2月11日より、施行したことである。
2 最高裁大法廷昭和36年4月5日判決には「日本と朝鮮の併合の前に、韓国には民籍法があり、韓国の国籍をもつた人は、民籍に登載されていた。併合の後に、民籍法に代つて朝鮮戸籍令が施行され、民籍に登載されていた人は、朝鮮戸籍に登載されることになつた。」と書いてあります。

第5 台湾住民の国籍喪失
1 日本の国内法上台湾人としての法的地位を持った人は,戸籍法の適用を受けておらず,昭和27年8月5日の日華平和条約の発効により日本国籍を失ったのであって,日中共同声明によってもこの解釈に変更が生じることはありません(最高裁大法廷昭和37年12月5日判決最高裁昭和38年4月5日判決及び最高裁昭和58年11月25日判決)。
2 台湾人の国籍喪失に関する最高裁判決の判示内容は,台湾人の国籍喪失は昭和27年8月5日の日華平和条約の発効によるとするものでしたから,平和条約の発効に伴う朝鮮人、台湾人等に関する国籍及び戸籍事務の処理(昭和27年4月19日付の法務府民事局長通達)とは異なる判断をしました。
3 日華平和条約10条は,「この条約の適用上、中華民国の国民には、台湾及び澎湖諸島のすべての住民及び以前にそこの住民であつた者並びにそれらの子孫で、台湾及び澎湖諸島において中華民国が現に施行し、又は今後施行する法令によつて中国の国籍を有するものを含むものとみなす。」と定めています。
4  中国浙江省鎮海県に籍貫(本籍)を有していた中国人は,日華平和条約10条によって中国の国籍を失うものではありません(最高裁昭和34年12月22日判決)。

第6 協定永住者及び特別永住者
1 日韓法的地位協定及び入管特別法に基づく協定永住者
(1)ア 日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法(昭和40年12月17日法律第146号)(昭和41年1月17日施行。略称は「入管特別法」又は「日韓特別法」でした。)に基づく協定永住制度はおおよそ,昭和46年1月16日までに永住許可の申請をした以下の人に適用されるものでした。
甲:昭和20年8月15日以前から永住許可申請までの間,引き続き日本に居住していた在日韓国人(出生場所は問わない。)
乙:昭和20年8月16日から昭和46年1月16日までの出生時から永住許可申請までの間,引き続き日本に居住していた,甲の実子である在日韓国人(出生場所は日本に限る。)
丙:昭和46年1月17日(日韓法的地位協定の発効日の5年後)以降の出生時から永住許可申請までの間,引き続き日本に居住していた,甲又は乙の実子である在日韓国人(出生場所は日本に限る。)
イ 兵役又は徴用により日本国から離れた時から復員計画に従って帰還するまでの間については,日本国に引き続き居住していたものとして取り扱われます(日韓法的地位協定の合意議事録(a)参照)。
ウ 日韓条約と国内法の解説(昭和41年3月発行の「時の法令」別冊)77頁には「この協定(山中注:日韓法的地位協定)の対象となるためには、国籍、出生時期、続柄、居住歴が客観的要件として必要とされており、また、同条は、永住を希望する旨の意思表示(申請)を一定の期限内に行うべきことを要求している。」と書いてあります。
(2)ア 昭和40年6月22日付の法務大臣声明は以下のとおりです。
 日韓協定の調印に当たり,戦後入国者の取扱いに関し,次のとおり声明する。
 終戦以前から日本国に在留していた大韓民国国民であつても,終戦後平和条約発効までの期間に一時韓国に帰国したことのあるものは,「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する協定」第一条の対象とはならないが,これらの人々については,現在まですでに相当長期にわたり本邦に生活の根拠を築いている事情をも考慮し,協定発効後はわが国におけるその在留を安定させるため好意的な取扱いをすることとし,本大臣において特別に在留を許可するとともに,更に申請があつた場合にはその在留状況等を勘案して,可能な限り入国管理法令による永住を許可する方針をとることとした。
 右に伴い前段に該当しない大韓民国国民である戦後入国者についても,平和条約発効日以前から本邦に在留していたことが確証される場合には,情状によりこれに準ずる措置を講ずることといたしたい。
イ 昭和40年6月22日付の法務大臣声明は,済州島四・三事件(1948年4月3日に南朝鮮の済州島で発生した島民の蜂起事件及びその後の島民虐殺事件),麗水・順天事件(1948年10月19日に発生した軍隊反乱及びその後の民間人殺害事件),朝鮮戦争(1950年6月25日に開始した韓国と北朝鮮の戦争)等から逃避するために来日した在日韓国人を念頭に置いたものです。
(3) 田中常雄法務省入国管理局長は,昭和59年3月2日の衆議院法務委員会において以下の答弁をしています(ナンバリング及び改行を追加しています。)。
① 協定永住者の取り扱いの件、日本人に準ずるように取り扱うべきではないかという点でございますけれども、日韓間の法的地位協定によって定められた協定永住者と申しましても、我が国に戸籍やそれから住民登録をしてない、外国人であるということは間違いない事実でございまして、やはり外国人である以上、すべての外国人と同じように取り扱わねばならないわけでございます。
 法も日本国籍を有しない者は外国人として取り扱うというふうに規定しまして、その在留経緯のいかんということは問わないことにしております。
② 在日韓国人の法的地位に関する日韓間の協定の第五条には、すべての外国人に等しく適用される法律は協定永住者に対しても適用するということが明記され、このことは日韓両国政府間で了解され合っている事項となっていることをここで申し添えたいと思います。
(4)ア 日韓特別法は外国人登録の国籍欄が「韓国」となっている在日韓国人だけを対象としたものであって,日韓法的地位協定及び入管特別法に基づく在留資格は「協定永住」となっていました。
イ 外国人登録の国籍欄が「朝鮮」となっている人の在留資格は「4-1-14」(当時の入管法4条1項14号(本邦で永住しようとする者))等になっていました。
2 25年後までに協議することを定めた日韓法的地位協定2条
(1) 日韓法的地位協定では,在日三世(例えば,昭和46年1月17日以降に生まれた,甲(協定一世)の孫)以降は協定永住制度の対象外でしたから,韓国政府の要請があれば,25年後までに在日三世以降の日本国における居住について協議することになっていました(日韓法的地位協定2条)。
(2) 日韓条約と国内法の解説(昭和41年3月発行の「時の法令」別冊)81頁には,「七 協定永住者の子孫の取扱いに関する協議」に関して以下の記載があります。
 そのような者(山中注:協定永住の対象外となる者)が最初に出現するのは、仮に協定に効力発生後満五年を経過する日の翌日である昭和四六年一月一七日に出生した者(丙に該当)が子(ここでいう協議の対象となる。)を生むのが、その者が二〇歳の成年に達した昭和六六年であるとすると、それは、協定の発効から数えて二五年後ということになる。この約二五年後に日本国で出生する者は、現在の在日韓国人から数えると三世、四世であり、韓国語を解せず韓国の風俗習慣とも隔絶して、全く日本の社会に溶けこんでしまっていることも十分に予測されるところである。
 したがって、これらの者の日本国での居住問題は、第一条で永住を認めることとしたのとは別の見地から考慮を加える必要が生ずるかも知れない。反面、永住を認められている者と日本社会との関係がどうしてもしっくりゆかず、一つの社会問題となっている可能性も絶無ではない。結局、そのような将来に属する問題について、現時点で一律に決定を下してしまうよりも、その間における協定の実施状況、協定永住者の日本国の社会における地位、両国間の関係等種々の要素を考慮して決定すべき問題であり、日本国政府としては、先に述べたように、このような者が最初に出生するところと予測される協定発効二五年までは、韓国政府が要請する場合には、協議を行うこととすることに同意したのである。
 入管特別法に基づく特別永住者
(1)ア 日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法(平成3年5月10日法律第71号)(平成3年11月1日施行。略称は「入管特例法」です。)に基づく特別永住制度は,平和条約国籍離脱者及びその子孫を対象としたものです。
イ 特別永住者制度は,協定永住者としての在日韓国人のほか,日本の降伏文書が調印された昭和20年9月2日以前から永住許可申請までの間,引き続き日本に居住している朝鮮籍及び台湾籍の人にも等しく適用されるものですし,孫以降の世代にも適用されるものです。
ウ 日韓法的地位協定に基づく協議の結果に関する覚書(平成3年1月10日に日韓の外務大臣が署名した文書)に基づき,日本政府は,在日韓国人三世以下の子孫に対し,簡素化した手続で覊束(きそく)的に永住を認める措置をとることとなっていました。
(2) 特別永住者であっても,あらかじめ再入国許可を受けることなく日本から出国(いわゆる単純出国)したり,再入国許可の有効期限が消滅した後も日本国に入国しなかったりした場合,特別永住者資格を喪失します。
(3) 平成21年の入管法改正に基づき,平成24年7月9日,外国人登録証明書が廃止されて,特別永住者証明書が交付されるようになったほか,みなし再入国許可制度が導入されたり,再入国の有効期限の上限が6年となったりしました(出入国在留管理庁HP「特別永住者制度が変わります!」参照)。


第7 国籍欄が「朝鮮」の人の位置づけ
1 国籍欄に「朝鮮」と記載されていても、実際には韓国籍を有している可能性があること
(1) 衆議院議員秋葉賢也君提出特別永住者の扱いに関する質問に対する答弁書(平成22年3月2日付)には以下の記載があります。
    外国人登録では、国籍欄において、「韓国」の記載を国籍の表示として用いているが、「朝鮮」の記載は、「韓国」が国籍として認められなかった時代からの歴史的経緯等により、朝鮮半島出身者を示すものとして用いており、外国人登録の手続の際に韓国籍を証する書類の提出等がなく、市町村の窓口において国籍が確認できなかった者であって朝鮮半島出身者であることが明らかなものについては、国籍欄に「朝鮮」と記載することとしている。すなわち、「朝鮮」の記載は何らの国籍を表示するものとして用いているものではなく、国籍欄に「朝鮮」と記載されていても、実際には韓国籍を有している可能性がある。
(2) 平成27年12月の在留外国人統計から国籍欄の「韓国」と「朝鮮」を区別した人数が発表されていますところ,同月時点の「韓国」籍の総数は45万7772人(うち,永住者は6万6326人,特別永住者は31万1463人)であり,「朝鮮」籍の総数は3万3939人(うち,永住者は477人,特別永住者は3万3281人)でした。
2 在日コリアンの在外国民登録
(1)ア 1948年8月15日に成立した韓国政府は,国籍法(1948年12月20日法律第16号)2条1項1号で「出生したとき、父が大韓民国の国民であった者」は大韓民国の国民とすると規定しました(第2版「在日」の家族法Q&A(平成18年1月31日付)49頁参照)。
イ 統一日報HPの「在日の従北との闘争史~民団結成から韓国戦争勃発まで~⑪」には以下の記載があります。
    韓国政府は1949年8月1日に「在外国民登録令」を公布した。在日同胞は外国人登録に国籍が「朝鮮」になっていたため、民団としては「大韓民国」への変更は当然な課題だった。
    「民団」は「在外国民登録令」公布の1年前から全国の地方本部で「在外国民登録」事業の準備をすすめた。それで、「民団」は、1949年11月に「国民登録委員会」を設置して、実施準備に態勢を整えた。
    1950年2月11日に大統領令で「在外国民登録実施令」が施行されて、「民団」も本格的に事業を始めた。
    「民団」は、「国民登録を怠る者は国民としての資格を喪失する。無国籍人になることを望む以外の者は登録しよう」と宣伝活動を展開した。
(2) 在日コリアン支援ネットの「在日韓国人・朝鮮籍の皆様の「国籍に関連する手続き」(朝鮮籍→韓国籍へのいわゆる「国籍変更」を含む)について」には以下の記載があります。
    ご自身が「大韓民国国民」であると認識されていらっしゃる在日コリアンの方については、韓国の在外国民登録法(재외국민등록법)に基づく在外国民登録の対象者ということになります。
    この場合、日本の住民登録上の国籍欄が現在朝鮮と記載されている在日コリアンの方であっても、所定の手続きにより在外国民登録は可能です。
(3) 韓国の在外国民登録をしていたとしても,日本の役所で「韓国」籍への変更手続きをしていない場合,「韓国」籍を保有しているのに住民票の国籍欄は「朝鮮」籍となっていることになります。
3 日韓基本条約3条及び海外旅行時の取扱い

(1) 日韓基本条約3条
ア 日韓基本条約3条は「大韓民国政府は、国際連合総会決議第百九十五号(III)に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法的な政府であることが確認される。」と定めています。
イ 参議院議員熊谷裕人君提出日韓基本条約第三条の解釈に関する質問に対する答弁書(令和元年11月8日付)には以下の記載があります。
お尋ねについては、平成二十八年九月十四日の衆議院外務委員会において、大菅岳史外務省大臣官房審議官(当時)が「日韓基本関係条約におきましては、北朝鮮については何ら触れておりません。言いかえますと、一切を北朝鮮につきましては白紙のまま残しているということ」と述べているとおりである。
(2) 海外旅行時の取扱い
・ Korea World Timesの「朝鮮籍と韓国籍の違い 日本では北朝鮮の国籍は存在しない?」には以下の記載があります。
    たとえば、前述のように国籍を証明する方法として各国が発行する旅券(パスポート)がある。「朝鮮民主主義人民共和国旅券」の場合は「在日本朝鮮人総聯合会」(朝鮮総連)が窓口となって発行している。
    本来この旅券さえあればどこの国に行っても国籍を証明できるはずが、日本政府は未承認国である朝鮮民主主義人民共和国旅券を「有効な旅券」として扱っていないためそれも不可となる。
    実際に北朝鮮の海外公民であったとしても、日本国内においては無国籍者という扱いになり、彼らは自身の国籍を証明する手段がないのだ。
(中略)
    朝鮮籍保有者が海外に渡航する場合は、前述の朝鮮総連発行の朝鮮民主主義人民共和国旅券か、法務省が発行する「再入国許可書」を旅券(パスポート)代わりにすることが必要となる。
    これに加えて、外国籍者はその国籍にかかわらず、日本に再入国するための手続きとして事前に法務大臣から再入国許可を受けることが必要である。
4 戦前生まれの場合,「朝鮮」籍でも韓国の戸籍に名前が載っていること
・ 康行政書士事務所HPの「朝鮮籍の人には、韓国の戸籍・家族関係登録事項証明書は出ない?」には以下の記載があります。
    なぜ、朝鮮籍なのに韓国の戸籍に名前が載っていたり家族関係登録事項別証明書が出るのでしょうか?
    これは、日本植民地時代の日本の戸籍が、そのまま韓国の戸籍として使われていたからです。戦前から日本に住んでいる朝鮮籍の人は、日本で生まれたとき日本の役所に出生届けを出しますので、それが戸籍に反映されました。その日本の戸籍が韓国独立後も戸籍謄本としてそのまま使われていたのです。
    ですので、戸籍に載っている情報も、その当時のままということになります。実際に2008年以降に出来た婚姻関係証明書や家族関係証明書にも、実際は結婚していて子もいるのに、その事実が反映されていませんでした。
    日本の外国人登録上の国籍としては「朝鮮」となっていますが、このように韓国の家族事項の証明書は出ますので、韓国は、この人を自国民として認めていることになります。
5 債権者から見た場合の取扱い
・ 債権者から見た場合,戦後生まれの在日コリアンにつて韓国の除籍謄本又は家族関係証明書が存在するのであれば,韓国の在外国民登録及び戸籍整理又は就籍の手続をしているわけですから,朝鮮籍の人についても在日韓国人と全く同じ取扱いになると思います。  


第8 在日韓国人及び台湾住民の軍人軍属に対する補償問題
1 総論
(1) 軍人軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡につき,軍人軍属等であった者及びこれらの者の遺族に対しては,戦傷病者戦没者遺族等援護法(昭和27年4月30日法律第127号)(略称は「援護法」です。)に基づき障害年金等が支給されているものの,日本国籍を失った人,及び戸籍法の適用を受けない人は支給対象外となっています(援護法11条2号及び3号,並びに附則2項)。
(2) 援護法附則2項の趣旨は,援護法制定当時,それまで日本の国内法上で朝鮮人及び台湾人としての法的地位を有していた人の国籍の帰属が分明でなかったことなどから,これらの人々に援護法の適用がないことを明らかにすることにありました(最高裁平成13年4月5日判決)。
2 外交交渉による解決が予定されていたこと
(1) 在日韓国人の場合
・ それまで日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位を有していた軍人軍属が援護法の適用から除外されたのは,これらの人々の請求権の処理は平和条約により日本国政府と朝鮮の施政当局との特別取極の主題とされたことから,上記軍人軍属に対する補償問題もまた両政府間の外交交渉によって解決されることが予定されたことに基づくものです(最高裁平成13年4月5日判決)。
(2) 台湾住民の場合
ア 台湾住民である軍人軍属が援護法及び恩給法の適用から除外されたのは、台湾住民の請求権の処理は日本国との平和条約及び日華平和条約により日本国政府と中華民国政府との特別取極の主題とされたことから、台湾住民である軍人軍属に対する補償問題もまた両国政府の外交交渉によって解決されることが予定されたことに基づきます(最高裁平成4年4月28日判決)。
イ 日華平和条約3条の条文は以下のとおりです。
日本国及びその国民の財産で台湾及び澎湖諸島にあるもの並びに日本国及びその国民の請求権(債権を含む。)で台湾及び澎湖諸島における中華民国の当局及びその住民に対するものの処理並びに日本国におけるこれらの当局及び住民の財産並びに日本国及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む。)の処理は、日本国政府と中華民国政府との間の特別取極の主題とする。国民及び住民という語は、この条約で用いるときはいつでも、法人を含む。
 在日韓国人の軍人軍属に対する補償問題の決着内容
(1) 日韓請求権協定の締結後,日本国政府は,同協定2条2項(a)に該当する在日韓国人の軍人軍属の補償請求については,これらの人々が援護法の適用から除外されている以上,法律上の根拠を有する実体的権利ではないから,同項にいう「財産,権利及び利益」には当たらず,同条3項により大韓民国政府の外交保護権は放棄されており,同協定により解決済みであるとの立場をとり,他方で,大韓民国政府は,在日韓国人戦傷者の補償請求権は日韓請求権協定の解決対象には含まれておらず,同協定2条2項(a)にいう「財産,権利及び利益」に該当するものと解釈しており,同項(a)に該当する在日韓国人の軍人軍属については,大韓民国の国内法による補償の対象から除外しました。
  そのため,これらの在日韓国人の軍人軍属は,その公務上の負傷又は疾病等につき日本国からも大韓民国からも何らの補償もされないまま推移しました。
  その結果として,日本人の軍人軍属と在日韓国人の軍人軍属との間に公務上の負傷又は疾病等に対する補償につき差別状態が生じていたことは否めないものの,このような差別状態は憲法14条1項に違反しません(最高裁平成13年4月5日判決)。
(2) 平和条約国籍離脱者等である戦没者遺族等に対する弔慰金等の支給に関する法律(平成12年6月7日法律第114号)に基づき,我が国は,人道的精神に基づき,在日韓国人ら平和条約国籍離脱者等である戦没者等遺族及び重度戦傷病者遺族に対し,死亡した者1人につき弔慰金260万円を支給し,また,平和条約国籍離脱者等である重度戦傷病者に対し,1人につき見舞金200万円及び重度戦傷病者老後生活設計支援特別給付金200万円を支給しました。
4 台湾住民の軍人軍属に対する補償問題の決着内容
(1) 日華平和条約に基づく特別取極については,その成立をみることなく右条約締結後20年近くを推移するうち,昭和47年9月29日,日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明(略称は「日中共同声明」です。)が発せられ,日本国政府は中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認した結果,右特別取極についての協議が行われることは事実上不可能な状態になりました。
 しかし,我が国が台湾住民である軍人軍属に対していかなる措置を講ずべきかは,立法政策に属する問題です(最高裁平成4年4月28日判決)。
(2) 日中共同声明により,中国国家の国名は「中華民国」から「中華人民共和国」に変更されました(光華寮訴訟に関する最高裁平成19年3月27日判決)。
(3) 台湾住民である戦没者の遺族等に対する弔慰金等に関する法律(昭和62年9月29日法律第105号)及び特定弔慰金等の支給の実施に関する法律(昭和63年5月6日法律第31号)に基づき,我が国は,人道的精神に基づき,台湾住民である戦没者の遺族等に対し,戦没者等又は戦傷病者一人につき200万円の弔慰金又は見舞金を支給しました。
5 その他
(1) 衆議院議員山本孝史君提出外国籍旧日本軍人・軍属への補償に関する質問に対する答弁書(平成11年9月10日付)には「お尋ねの大韓民国在住の旧日本軍軍人、軍属への補償に関しては、検討の対象としていない。」と書いてあります。
(2) 衆議院議員横山利秋君提出台湾人元日本兵士の補償問題に関する質問に対する答弁書(昭和53年3月7日付)には「本問題(山中注:台湾人元日本兵士の補償問題)の処理に関係する行政庁は、恩給関係は総理府、援護年金関係及び未払給与関係は厚生省、軍事郵便貯金関係は郵政省、対外事務関係は外務省、財務関係は大蔵省であるが、本問題の特性にかんがみ、これらの府及び各省の連絡会議を開き整合性のある処理を図るよう努めているところである。」と書いてあります。

第9 関連記事その他
1 国立国会図書館リサーチ・ナビ「弔慰金等支給業務の記録◎目次」が載っています。
2 昭和50年当時テレビ放送のニュース番組において在日韓国人の氏名をそのあらかじめ表明した意思に反して日本語読みによって呼称した行為は,在日韓国人の氏名を日本語読みによって呼称する慣用的な方法が是認されていた社会的な状況の下では,違法とはいえません(最高裁昭和63年2月16日判決)。
3 二弁フロンティア2023年4月号に「外国人事件の実務・入門編」が載っています。
4 以下の記事も参照してください。
・ 日韓請求権協定
・ 司法修習生の国籍条項に関する経緯
・ 日本の戦後賠償の金額等
・ 在外財産補償問題
・ 在日韓国・朝鮮人の相続人調査
 相続財産管理人,不在者財産管理人及び代位による相続登記
・ 日本の戦後処理に関する記事の一覧
・ 日本の領海

大阪都構想に関する住民投票

目次
第1 大阪市における特別区の設置についての投票の執行について(平成27年4月22日付の大阪府選挙管理委員会の資料)
第2 大阪都構想に関するその他の資料

第1 大阪市における特別区の設置についての投票の執行について(平成27年4月22日付の大阪府選挙管理委員会の資料)
・ 以下の1ないし3の記載は,大阪市における特別区の設置についての投票の執行について(平成27年4月22日付の大阪府選挙管理委員会の資料)に基づくものです。

1 大阪都構想に関する住民投票において制限又は禁止される行為は以下のとおりです。
(1) 投票事務関係者の投票運動の禁止
(2) 特定公務員の投票運動の禁止
(3) 公務員の地位利用による投票運動の禁止
(4) 教育者の地位利用による投票運動の禁止
(5) 未成年者の投票運動の禁止
(6) 選挙権及び被選挙権を有しない者の投票運動の禁止
(7) 戸別訪問の禁止
(8) 投票に関する署名運動の禁止
(9) 特別区設置の賛否の人気投票の禁止
(10) 飲食物の提供の禁止
(11) 気勢を張る行為の禁止
(12) 連呼行為の禁止
・ 例外として,演説会場及び街頭演説の場所においてスル場合は認められますものの,自動車又は船舶の上における連呼行為は禁止されています。
(13) 新聞紙・雑誌の公正確保
(14) 放送の公正確保
(15) 夜間の街頭演説の禁止
(16) 特定の建物及び施設における演説等の禁止
・ 公営施設使用の個人演説会等に関する公職選挙法の規定は適用除外されています。

2(1) 1に記載した行為以外については,ポスターその他の文書図画の使用,船舶・自動車の利用等すべて自由です。
(2) 演説会については,1(16)のとおり特定の建物及び施設において開催するものでない限り,自由に開催できます。

3(1) 特別区設置投票に関する投票運動の期間は,特に制限されていません。
(2) 特別区設置投票に関する投票運動のための事務所については,特に制限されていません。

第2 大阪都構想に関するその他の資料
1(1) 大阪都構想に関する住民投票の根拠法は,大都市地域における特別区の設置に関する法律(平成24年9月5日法律第80号)(略称は「大都市地域特別区設置法」です。)です。
(2) 総務省HPに大都市地域特別区設置法に関する資料が載っています。
(3) 大阪市HPに「平成27年5月17日執行 特別区設置住民投票の結果しらべ」が載っています。
2(1) 大阪府HPの「特別区制度の検討状況」に,大都市制度(特別区設置)協議会の会議資料が載っています。
(2) 令和2年6月19日開催の第35回協議会において特別区設置協定書案が可決され,8月28日に大阪府議会で承認され,9月3日に大阪市議会で承認されました。
   その結果,11月1日(日)に大阪市民を対象とした住民投票が再び実施され,賛成が49.9%,反対が50.6%となり,大阪市が存続することとなりました(NHK選挙WEBの「大阪住民投票」参照).

旧ドイツ東部領土からのドイツ人追放,及びドイツ・ポーランド間の国境確定

目次
第1 旧ドイツ東部領土からのドイツ人追放
第2 ドイツ・ポーランド間の国境確定
1 独ソ戦が続いていた時期の経緯
2 独ソ戦終了直後の経緯
3 東西ドイツ成立後の経緯
4 東西ドイツ統一前後の経緯
第3 関連記事その他

第1 旧ドイツ東部領土からのドイツ人追放
1 「ドイツ第三帝国の崩壊と避難民・被追放民問題」(南山大学ヨーロッパ研究センター報 第20号)の末尾122頁によれば,1939年のドイツ東部領土の人口は957万5000人(うち,東プロイセンが247万3000人,東ポメラニア(東ポンメルンともいいます。)が188万4000人,東ブランデンブルク(現在のポーランド・ルブシュ県)が64万2000人,シレジアが457万7000人)であり,1945年から1950年までの避難民及び被追放者は694万4000人であり,故郷にとどまった人は110万1000人であり,避難又は追放の過程で死亡した人は122万5000人となっています(期間中の出生者がいるため,合計数は一致しません。)。
2 1945年8月2日締結のポツダム協定12項(ドイツ人の秩序ある移転)は以下のとおりです。
   (山中注:ソビエト連邦、アメリカ合衆国、イギリスの)3ヶ国政府は、本問題についてあらゆる側面から検討し、ポーランド、チェコスロバキアおよびハンガリーに残る全ドイツ人、又はその一部のドイツへの移転を実施しなければならないであろうという理解を得た。また、実施される移転は秩序よく、人道的に実行されるべきことを合意した。
3 ドイツニュースダイジェストHP「戦後に起きたドイツの民族大移動」に以下の記載があります。
    戦後のドイツ地域への移動が「引き揚げ」ではなく「追放」と呼ばれるのは、接収された地域が植民地ではなく、元来ドイツ人が何世紀にもわたって住んでいた土地だからである。東プロイセンの都市ケーニヒスブルクは、1701年にフリードリヒ1世がプロイセン王に即位し、プロイセン王国を建国した由緒ある土地である。東ポンメルンは19世紀初頭にスウェーデンからプロイセンに割譲され、東ブランデンブルクはプロイセンの10州のうちの1つだった。
4 Wikipediaの「ドイツ人追放」に詳しい事情が書いてあります。



第2 ドイツ・ポーランド間の国境確定
1 独ソ戦が続いていた時期の経緯
(1) 1941年6月22日に独ソ戦が開始したことを受けて,ポーランド亡命政府は,1941年7月30日,イギリスの仲介によりソ連との間で外交関係を復活させる協定をロンドンで締結し,1939年9月29日の独ソ国境画定条約の無効化を確認しました。
   ただし,ソ連は,独ソ国境画定条約とほぼ同じラインとなるカーゾン線を,ポーランドとの国境として主張しました。
(2) 1943年4月13日発覚のカチンノ森虐殺事件に関する対応でもめた結果,ソ連は,ポーランド亡命政府に対し,同月25日,外交関係の断絶を通告し,その後,外交関係が復活することはありませんでした。
(3) 1943年11月28日から同年12月1日にかけて実施されたテヘラン会談において,チャーチルは,スターリンとの間で,①ポーランド東部国境はカーゾン線とする,②ポーランド東部での喪失部分はドイツより東プロシア及びシレジアの一部を得て補うこととする,③ポーランド西部国境はオーデル河とすることを了解し,これをポーランド亡命政府に納得させると断言しました。
   しかし,ポーランド亡命政府はカーゾン線の受け入れを拒否し続けました。
(4) 1945年1月4日,ソ連はルブリン臨時政府(共産主義者が主体です。)を承認しました。
(5) 1945年2月4日から同月11日にかけて実施されたヤルタ会談において,カーゾン線(その後のソ連・ポーランド国境)より東側の領土をソ連がポーランドから取得する代わりに,ポーランドはドイツ東部領土(ただし,ナイセ川以東の土地については,戦後の平和会議で最終決定することとする。)を取得することが定められました。
(6) この時期の経緯については,「第二次大戦とポーランド」が非常に参考になります。


2 独ソ戦終了直後の経緯
(1) アメリカ,ソ連,イギリス及びフランスは,1945年6月5日,ドイツ最高権力掌握に関する宣言(いわゆるベルリン宣言)を発表し,①アメリカ,ソ連,イギリス及びフランスの政府はドイツ国中央政府が持っていた,ドイツの州・地方自治体に対する最高指揮権と権威を掌握するとか,②アメリカ,ソ連,イギリス及びフランスの政府は今後,ドイツの領域と境界を設定するなどと宣言しました。
(2)ア ソ連は,米英との協議なしに,オーデル・ナイセ線より東側の領土をポーランド政府に与え,これを既成事実として認めるよう,1945年7月17日から同年8月2日にかけて実施されたポツダム会談において主張しました。
イ 旧ドイツ東部領土(オーデル・ナイセ線より東側の領土)は,1945年8月2日締結のポツダム協定に基づき,ポーランド国家の管理下に置かれた上で,領土問題の最終的な確定は平和条約制定後に行われることとなりました。


3 東西ドイツ成立後の経緯
(1) 東ドイツは,1950年7月6日調印のズゴジェレツ条約によりオーデル・ナイセ線を承認しました。
(2)ア 西ドイツは,1970年12月7日調印のワルシャワ条約によりオーデル・ナイセ線についてポーランド西部国境であることを承認しました。
イ ワルシャワ条約を批准する際,西ドイツ議会は決議を採択し,将来の統一ドイツはこの国境確認に拘束されず,統一ドイツとポーランドが改めて国境問題を話し合うことを確認しました。
   そのため,このワルシャワ条約での国境確認はドイツ統一までの暫定的な性格を持つものでした(「ドイツ統一とポーランド外交」3頁参照)。
(3) 東西ドイツは,1972年12月21日署名の東西ドイツ基本条約によって相互に主権国家として承認しましたところ,同条約前文には「欧州のすべての国家の国境の不可侵性と現存国境内における領土の保全と主権の尊重が平和の基本的条件であることを自覚し,」と記載されました。


4 東西ドイツ統一前後の経緯
(1) 1990年6月21日に西ドイツ下院と東ドイツ人民議会が,同月22日に西ドイツ上院が,以下の趣旨の決議を採択しました(「ドイツ統一とポーランド外交」8頁参照)。
① 現存する国境がポーランドの西部国境であること。
② 現存する国境の現在及び将来における不可侵を確認し,主権と領土保全に敬意を払う義務があること。
③ いかなる領土的要求も持たず,そのような要求を将来にも提起しないこと。
(2) 東西ドイツは,1990年8月31日調印のドイツ統一条約により,同年10月3日に東ドイツの各州が西ドイツの州となること等を決定しました。
(3)ア 1990年9月12日に東西ドイツが米英仏ソとの間で調印したドイツ最終規定条約1条の中身は以下のとおりです。
① 統一ドイツは西ドイツ、東ドイツ、全ベルリンの範囲を含む。最終規定条約の施行の日に西ドイツ、東ドイツ国境は統一ドイツの最終的な外部国境となる。国境の最終的性格の確認はヨーロッパでの平和的秩序の重要な要素となる。
② 統一ドイツとポーランド共和国は国際法の観点から拘束力を持つ条約によってドイツ・ポーランド間に現存する国境を確認する。
③ 統一ドイツは他国に対しいかなる領土的要求も持たず、将来においてもまたこのような要求を提起しない。
④ 西ドイツ政府と東ドイツ政府は、統一ドイツの憲法が上記の基礎に反したいかなる決定をも含まないことを保証する。このことは西ドイツ基本法前文、並びに23条2項、146条に含まれる決定に該当する。
⑤ ソ連、米、英、仏政府は正式な形で関係する義務や宣言を採択し、その実現と同時に統一ドイツ国境の最終的な性格が確認される。
イ 旧東ドイツ地域における外国軍の駐留,核兵器の配備及び運搬が禁じられ,非核地帯とされています(ドイツ最終規定条約5条3項)。
(4) 統一ドイツは,1990年11月14日調印のドイツ・ポーランド国境条約により,オーデル・ナイセ線を正式に承認しました。


第3 関連記事その他
1 ドイツニュースダイジェストHP「ドイツの国境の変遷」が載っています。
2 14か条の平和原則(1918年1月8日のアメリカのウィルソン大統領の演説)13項には「独立したポーランド国家が樹立されるべきである。ここでいう「ポーランド国家」とは明白なポーランド人たる人民の居住する領土を含むものとし、彼らは海洋への自由かつ安全な通路を保証され、政治的・経済的独立と領土保全とが国際的盟約によって保証されるべきである。」と書いてあります。
3 衆議院議員吉良州司HP「北方領土問題の本質と対応 その12 大戦時の同盟国ドイツに学ぶこと」には以下の記載があります。
① 現代ドイツが、現在のポーランドや東ドイツを領土とするプロシアから起こった国であることを考慮すると、1990年の東西ドイツ統一の際、ドイツは、日本でいえば奈良・京都ともいえるオーデル川、ナイセ川(オーデル・ナイセ線)以東の「プロシア以来の固有の領土」(プロイセンの東半分)をポーランドに永久に永久割譲[原文ママ]しています。
② 何としても東西統一を実現したい西ドイツ(政府と国民)と東ドイツの国民は、ベルリンの壁崩壊後、大決断の上、「ドイツ・ポーランド国境条約」を締結し、オーデル・ナイセ線以東の固有の領土を永久放棄することにより、ポーランド、ソ連はじめ、関係諸国から東西統一の了解を得たのです。
4 自由と正義1993年9月号に「第二次大戦後のポーランドに対する戦時賠償」が載っています。
5 山形浩生の「経済のトリセツ」ブログ「ロシアの攻勢と新世界 (2022/02/26): 侵略成功時のロシアの予定稿 全訳」に,まちがって公開されたとおぼしき,ロシアがウクライナ征服に成功していた場合の予定稿の全訳が載っています。
6 以下の記事も参照してください。
・ ドイツの戦後補償
・ 第一次世界大戦におけるドイツの賠償金の,現在の日本円への換算等
・ 在外財産補償問題


司法書士の業務に関する司法書士法の定めの変遷

目次
0 司法代書人法1条(大正8年4月10日法律第48号)1条
1 制定時の司法書士法(昭和25年5月22日法律第197号)1条
2 司法書士法及び土地家屋調査士法の一部を改正する法律(昭和42年7月18日法律第66号)による改正後の司法書士法1条
3 司法書士法の一部を改正する法律(昭和53年6月23日法律第82号)(昭和54年1月1日施行)による改正後の司法書士法2条
4 司法書士法及び土地家屋調査士法の一部を改正する法律(平成14年5月7日法律第33号)(平成15年4月1日施行)による改正後の司法書士法3条
5 現在の司法書士法3条
6 司法書士法人の業務範囲を定める司法書士法施行規則31条の条文
7 関連記事その他

0 司法代書人法1条(大正8年4月10日法律第48号)1条
    本法ニ於テ司法代書人ト称スルハ他人ノ嘱託ヲ受ケ裁判所及検事局ニ提出スヘキ書類ノ作成ヲ為スヲ業トスル者ヲ謂フ

1 制定時の司法書士法(昭和25年5月22日法律第197号)1条
① 司法書士は、他人の嘱託を受けて、その者が裁判所、検察庁又は法務局若しくは地方法務局に提出する書類を代つて作成することを業とする。
② 司法書士は、前項の書類であつても他の法律において制限されているものについては、その業務を行うことができない。

2 司法書士法及び土地家屋調査士法の一部を改正する法律(昭和42年7月18日法律第66号)による改正後の司法書士法1条
① 司法書士は、他人の嘱託を受けて、その者が裁判所、検察庁又は法務局若しくは地方法務局に提出する書類を作成し、及び登記又は供託に関する手続を代つてすることを業とする。
② 司法書士は、前項の業務であつても他の法律において制限されているものについては、これを行うことができない。

3 司法書士法の一部を改正する法律(昭和53年6月23日法律第82号)(昭和54年1月1日施行)による改正後の司法書士法2条
① 司法書士は、他人の嘱託を受けて、次に掲げる事務を行うことを業とする。
一 登記又は供託に関する手続について代理すること。
二 裁判所、検察庁又は法務局若しくは地方法務局に提出する書類を作成すること。
三 法務局又は地方法務局の長に対する登記又は供託に関する審査請求の手続について代理すること。
② 司法書士は、前項に規定する業務であつても、その業務を行うことが他の法律において制限されているものについては、これを行うことができない。

4 司法書士法及び土地家屋調査士法の一部を改正する法律(平成14年5月7日法律第33号)(平成15年4月1日施行)による改正後の司法書士法3条
① 司法書士は、この法律の定めるところにより他人の依頼を受けて、次に掲げる事務を行うことを業とする。
一 登記又は供託に関する手続について代理すること。
二 法務局又は地方法務局に提出する書類を作成すること。
三 法務局又は地方法務局の長に対する登記又は供託に関する審査請求の手続について代理すること。
四 裁判所又は検察庁に提出する書類を作成すること。
五 前各号の事務について相談に応ずること。
六 簡易裁判所における次に掲げる手続について代理すること。ただし、上訴の提起、再審及び強制執行に関する事項については、代理することができない。
イ 民事訴訟法(平成八年法律第百九号)の規定による手続(ロに規定する手続及び訴えの提起前における証拠保全手続を除く。)であつて、訴訟の目的の価額が裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)第三十三条第一項第一号に定める額を超えないもの
ロ 民事訴訟法第二百七十五条の規定による和解の手続又は同法第七編の規定による支払督促の手続であつて、請求の目的の価額が裁判所法第三十三条第一項第一号に定める額を超えないもの
ハ 民事訴訟法第二編第三章第七節の規定による訴えの提起前における証拠保全手続又は民事保全法(平成元年法律第九十一号)の規定による手続であつて、本案の訴訟の目的の価額が裁判所法第三十三条第一項第一号に定める額を超えないもの
ニ 民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)の規定による手続であつて、調停を求める事項の価額が裁判所法第三十三条第一項第一号に定める額を超えないもの
七 民事に関する紛争(簡易裁判所における民事訴訟法の規定による訴訟手続の対象となるものに限る。)であつて紛争の目的の価額が裁判所法第三十三条第一項第一号に定める額を超えないものについて、相談に応じ、又は裁判外の和解について代理すること。
(中略)
⑧ 司法書士は、第一項に規定する業務であつても、その業務を行うことが他の法律において制限されているものについては、これを行うことができない。


5 現在の司法書士法3条
① 司法書士は、この法律の定めるところにより、他人の依頼を受けて、次に掲げる事務を行うことを業とする。
一 登記又は供託に関する手続について代理すること。
二 法務局又は地方法務局に提出し、又は提供する書類又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。第四号において同じ。)を作成すること。ただし、同号に掲げる事務を除く。
三 法務局又は地方法務局の長に対する登記又は供託に関する審査請求の手続について代理すること。
四 裁判所若しくは検察庁に提出する書類又は筆界特定の手続(不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)第六章第二節の規定による筆界特定の手続又は筆界特定の申請の却下に関する審査請求の手続をいう。第八号において同じ。)において法務局若しくは地方法務局に提出し若しくは提供する書類若しくは電磁的記録を作成すること。
五 前各号の事務について相談に応ずること。
六 簡易裁判所における次に掲げる手続について代理すること。ただし、上訴の提起(自ら代理人として手続に関与している事件の判決、決定又は命令に係るものを除く。)、再審及び強制執行に関する事項(ホに掲げる手続を除く。)については、代理することができない。
イ 民事訴訟法(平成八年法律第百九号)の規定による手続(ロに規定する手続及び訴えの提起前における証拠保全手続を除く。)であつて、訴訟の目的の価額が裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)第三十三条第一項第一号に定める額を超えないもの
ロ 民事訴訟法第二百七十五条の規定による和解の手続又は同法第七編の規定による支払督促の手続であつて、請求の目的の価額が裁判所法第三十三条第一項第一号に定める額を超えないもの
ハ 民事訴訟法第二編第四章第七節の規定による訴えの提起前における証拠保全手続又は民事保全法(平成元年法律第九十一号)の規定による手続であつて、本案の訴訟の目的の価額が裁判所法第三十三条第一項第一号に定める額を超えないもの
ニ 民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)の規定による手続であつて、調停を求める事項の価額が裁判所法第三十三条第一項第一号に定める額を超えないもの
ホ 民事執行法(昭和五十四年法律第四号)第二章第二節第四款第二目の規定による少額訴訟債権執行の手続であつて、請求の価額が裁判所法第三十三条第一項第一号に定める額を超えないもの
七 民事に関する紛争(簡易裁判所における民事訴訟法の規定による訴訟手続の対象となるものに限る。)であつて紛争の目的の価額が裁判所法第三十三条第一項第一号に定める額を超えないものについて、相談に応じ、又は仲裁事件の手続若しくは裁判外の和解について代理すること。
八 筆界特定の手続であつて対象土地(不動産登記法第百二十三条第三号に規定する対象土地をいう。)の価額として法務省令で定める方法により算定される額の合計額の二分の一に相当する額に筆界特定によつて通常得られることとなる利益の割合として法務省令で定める割合を乗じて得た額が裁判所法第三十三条第一項第一号に定める額を超えないものについて、相談に応じ、又は代理すること。


6 司法書士法人の業務範囲を定める司法書士法施行規則31条の条文
(司法書士法人の業務の範囲)
第三十一条 法第二十九条第一項第一号の法務省令で定める業務は、次の各号に掲げるものとする。
一 当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱により、管財人、管理人その他これらに類する地位に就き、他人の事業の経営、他人の財産の管理若しくは処分を行う業務又はこれらの業務を行う者を代理し、若しくは補助する業務
二 当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱により、後見人、保佐人、補助人、監督委員その他これらに類する地位に就き、他人の法律行為について、代理、同意若しくは取消しを行う業務又はこれらの業務を行う者を監督する業務
三 司法書士又は司法書士法人の業務に関連する講演会の開催、出版物の刊行その他の教育及び普及の業務
四 競争の導入による公共サービスの改革に関する法律(平成十八年法律第五十一号)第三十三条の二第一項に規定する特定業務
五 法第三条第一項第一号から第五号まで及び前各号に掲げる業務に附帯し、又は密接に関連する業務

7 関連記事その他
(1)ア 豊中司法書士ふじた事務所HPの「司法書士の裁判所提出書類作成の権限とその範囲。契約書類の作成も当然可能?!」には,「明治5年に司法書士(旧の代書人)の制度が始まったときは、裁判所に提出する訴状を作成する職能として出発しました。」と書いてあります。
イ 債務整理を依頼された認定司法書士(司法書士法3条2項各号のいずれにも該当する司法書士)は,当該債務整理の対象となる個別の債権の価額が司法書士法3条1項7号に規定する額を超える場合には,その債権に係る裁判外の和解について代理することができません(最高裁平成28年6月27日判決)。
ウ  認定司法書士が委任者を代理して裁判外の和解契約を締結することが弁護士法72条に違反する場合であっても,当該和解契約は,その内容及び締結に至る経緯等に照らし,公序良俗違反の性質を帯びるに至るような特段の事情がない限り,無効とはなりません(最高裁平成29年7月24日判決)。
(2) 大阪法務局HPに「登記手続案内予約及び各種お問合せ」が載っていますところ,登記手続案内の注意事項として,完全予約制,ご利用は申請者本人,1回20分以内,書類は自分で作成,事前審査ではない,補正の可能性があるといった特徴があります(「登記手続案内をご利用の皆様へ」参照)。
(3) グリーン司法書士法人HP「【完全版】相続登記が自分でできる!司法書士直伝の簡単申請マニュアル」が載っています。
(4)ア 利害関係者は,登記簿の附属書類の閲覧を請求できます(不動産登記法121条2項及び商業登記法11条の2)。
イ 供託に関する利害関係者(例えば,供託者及び被供託者)は,供託に関する書類の閲覧を請求できます(供託規則48条1項)。
(5) あなたのまちの司法書士グループHP「書類保存期間・書類保管期間の一覧」に,会社関係,不動産登記関係及び司法書士関係の書類保存期間が載っていて,「法律改正年表」に会社法,民法及び司法書士法の改正が載っています。
(6) 平成14年11月1日,商業登記規則等の改正により,商号の登記について,それまでできなかったローマ字その他の符号を用いることができるようになりました(法務省HPの「商号にローマ字等を用いることについて」参照)。
(7) 以下の記事も参照してください。
・ 司法書士資格の変遷
・ 不動産登記に関するメモ書き
・ 令和元年の司法書士法及び土地家屋調査士法改正に関する法務省民事局の御説明資料

司法書士資格の変遷

目次
第1 司法書士資格の変遷
第2 法務大臣認定に基づく司法書士の新規登録者数
第3 司法書士に関するメモ書き
第4 関連記事その他

第1 司法書士資格の変遷
1(1) 明治5年8月3日布告の「司法職務定制」の中の「代書人職制」により司法書士制度が誕生しました。
(2) 同時に,代言人(後の弁護士)及び証書人(後の公証人)も誕生しました。

2 司法代書人法(大正8年4月9日法律第48号)により,代書人が司法代書人となりました。

3 司法代書人法中改正法律(昭和10年4月2日法律第36号)による改正により,司法代書人法が司法書士法となり,司法代書人が司法書士となりました。
    その際,弁護士会は司法書士への名称変更に強く反対していました(外部HPの「昭和10年司法書士法改正運動と『夜明け』」参照)。

4 昭和25年7月1日施行の司法書士法では,主として,裁判所事務官,裁判所書記官,法務局登記官,検察事務官等を3年以上経験した人が,法務局又は地方法務局の長の認可を受けて司法書士になるものとされました(司法書士法2条及び4条1項)。

5 司法書士法の一部を改正する法律(昭和31年3月22日法律第18号)による改正後の司法書士法では,主として,裁判所事務官,裁判所書記官,法務局登記官,検察事務官等を5年以上経験した人が,法務局又は地方法務局の長の選考によってする認可を受けて司法書士になるものとされました(司法書士法2条及び4条1項)。

6(1) 司法書士法の一部を改正する法律(昭和53年6月23日法律第82号)(昭和54年1月1日施行)による改正後の司法書士法3条(現在の司法書士法4条)により,以下の人が司法書士になることとなりました。
① 司法書士試験に合格した者
② 裁判所事務官,裁判所書記官,法務局登記官,検察事務官等を10年以上経験し,法務大臣が司法書士の業務を行うのに必要な知識及び能力を有すると認めたもの
(2) 法務省HPに載ってある「司法書士の資格認定に関する訓令」(平成14年3月28日法務大臣訓令)(平成14年4月1日施行)の本文は以下のとおりです。
第1条 次に掲げる者は,法務大臣に対し,資格認定を求めることができる。
(1 ) 裁判所事務官,裁判所書記官,法務事務官又は検察事務官として登記,供託若しくは訴訟の事務又はこれらの事務に準ずる法律的事務に従事した者であって,これらの事務に関し自己の責任において判断する地位に通算して10年以上あったもの
(2 ) 簡易裁判所判事又は副検事としてその職務に従事した期間が通算して5年以上の者
第2条 司法書士の業務を行うのに必要な知識及び能力を有するかどうかの判定は,口述及び必要に応じ筆記の方法によって行う。

7 司法制度改革を踏まえた平成14年の法改正により,所定の研修を修了し,法務大臣の認定を受けた司法書士は,簡易裁判所における訴訟及び簡易裁判所の事物管轄(140万円)を基準とする調停・即決和解事件の代理をすることができることとされました。

8 平成17年の法改正により,司法書士が自ら代理人として手続に関与している事件の上訴の提起について代理ができることとされました。

9 LEC HPの「司法書士の歴史」が非常に参考になります。


第2 法務大臣認定に基づく司法書士の新規登録者数
1 メンターエージェントHPの「司法書士の新規登録者数および取消者数の推移」によれば,法務大臣認定に基づく司法書士の新規登録者数は以下のとおりです。
平成 元年度:304人,平成 2年度:297人,平成 3年度:245人
平成 4年度:215人,平成 5年度:133人,平成 6年度:146人
平成 7年度:157人,平成 8年度:121人,平成 9年度:113人
平成10年度: 91人,平成11年度: 87人,平成12年度: 97人
平成13年度:120人,平成14年度:102人,平成15年度:112人
平成16年度:106人,平成17年度:131人,平成18年度:141人
平成19年度:169人,平成20年度:167人,平成21年度:124人
平成22年度:136人,平成23年度:116人,平成24年度:102人
2 メンターエージェントHPに「司法書士の新規登録者数(平成26年度)/地域別」が載っています。
3 日本司法書士会連合会HPの「司法書士白書」に,2009年度版以降の司法書士白書が載っています。
4(1) 平成29年7月11日付の「行政文書開示請求について(意思確認)」によれば,以下の文書は存在しません。
① 司法書士の資格認定に関する訓令の運用通達(最新版)
② 平成14年度から平成28年度までの間に,司法書士の資格認定に関する訓令に基づき,司法書士資格を認定された人数が,年度別及び資格別に分かる文書
(2) 法務省の法務年鑑にも,司法書士の資格認定に関する記載がありません。


第3 司法書士に関するメモ書き
1 新版 精解設例 不動産登記添付情報(上巻)の1頁及び2頁にある,1996年2月の日本司法書士会連合会会長の「推薦のことば」には以下の記載があります。
    司法書士は,不動産取引の場において,特に最終局面にあっては全関係者に対して,必要書類の提出を求めながら,全当事者が人違いでないことを確認し,かつ,その物権の変動意思・登記申請意思の確認などを行い,登記申請に必要な全書類が完備しているかをチェックし,関係当事者にそれぞれの手続の法的意味を説明し,登記が関係当事者の意図した形で完結できる旨を宣言したうえで代金決済を促し,各関係者へも完全に弁済がなされたことを確認し,取引の終了を宣言することとしている。
2  司法書士は,登記義務者の代理人と称する者の依頼により登記申請をするにあたり,依頼者の代理権の存在を疑うに足りる事情がある場合には,登記義務者本人について代理権授与の有無を確かめ,不正な登記がされることがないように注意を払う義務があります(最高裁昭和50年11月28日判決)。
3 司法書士宮城事務所HP「日司連公的個人認証有効性確認システムを使ってみました。」が載っています。


第4 関連記事その他
1 東弁リブラ2021年9月号「他士業に学ぶ─弁護士が見落としがちな実務のポイント─」が載っています。
2  弁護士を除く司法書士でない者が継続反覆の意思をもって司法書士法3条1項所定の書類を作成した場合,報酬を得る目的の有無にかかわりなく同条に規定する司法書士の業務を行ったこととなるため,司法書士法78条1項及び73条1項に基づき,1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられます(最高裁昭和39年12月11日判決)。
3 以下の記事も参照してください。
・ 司法書士の業務に関する司法書士法の定めの変遷
・ 不動産登記に関するメモ書き
・ 弁護士以外の士業の懲戒制度
・ 令和元年の司法書士法及び土地家屋調査士法改正に関する法務省民事局の御説明資料

日本の戦後処理に関する記事の一覧

1 日本の戦後処理に関する記事として以下のものを掲載しています。
(総論)
 日本の戦後賠償の金額等
② 類型ごとの戦後補償裁判に関する最高裁判例
(日本人関係)
 在外財産補償問題
(外国人関係)
④ 平和条約における請求権放棄条項に関する3つの説及び最高裁判例
⑤ 最高裁平成19年4月27日判決が判示するところの,サンフランシスコ平和条約の枠組みにおける請求権放棄の趣旨等
⑥ 日韓請求権協定
⑦ 在日韓国・朝鮮人及び台湾住民の国籍及び在留資格
⑧ 日中共同声明,日中平和友好条約,光華寮訴訟,中国人の強制連行・強制労働の訴訟等

2 以下の記事も参照してください。
① 在日米軍基地
② 軍用地投資
③ ドイツの戦後補償

平和条約における請求権放棄条項に関する三つの説及び最高裁判例

目次
1 平和条約における請求権放棄条項に関する三つの説
2 請求権放棄条項の解釈に関する最高裁判例
3 関連記事その他

1 平和条約における請求権放棄条項に関する三つの説
(1) 最高裁判所判例解説 民事篇(平成19年度)(上)418頁,419頁及び423頁によれば,平和条約における請求権放棄条項については,以下の三つの説があります。
① 外交的保護権のみ放棄説
・ 国内法的な意味で個人の請求権を消滅させるものではないし,その権利行使が法的に阻害されるものではなく,外交的保護権が放棄された結果,その実現が実際上困難となったにすぎないとする説です。
② 権利行使阻害説(最高裁平成19年4月27日判決
・ 国内法的な意味で個人の請求権を消滅させるものではないものの,外交的保護権の放棄とは別に,あるいはその反映として,国内法上もその権利行使が法的に阻害されるものの,いわゆる自然債務になる結果,債務者の任意の履行に対する給付保持力を失わせるものではないとする説
③ 請求権消滅説
・ 外交的保護権だけでなく,国内法的な意味で個人の請求権を消滅させるとする説
(2) 2018年10月30日の韓国大法院判決(多数意見はリンク先の17頁までです。)につき,3人の個別意見は外交的保護権のみ放棄説であり,2人の反対意見は権利行使阻害説であり,多数意見はそのいずれでもありません(「日韓請求権協定」参照)。

2 請求権放棄条項の解釈に関する最高裁判例
① カナダ在外資産補償請求訴訟に関する最高裁大法廷昭和43年11月27日判決
・ 「わが国は、日本国民の右資産が当該外国において不利益を取扱いを受けないようにするために有するいわゆる異議権ないし外交保護権を行使しないことを約せしめられたにすぎない」と判示しており,外交的保護権のみ放棄説又は権利行使阻害説のどちらであるかははっきりしません。
② サンフランシスコ平和条約19条(a)に関する最高裁昭和44年7月4日判決
・ 請求権放棄条項が外交的保護権の放棄を意味するかどうかについて一切触れていません。
③ シベリア抑留者補償請求訴訟に関する最高裁平成9年3月13日判決
・ 「仮に所論の請求権が存するとしても,実際上不可能となった」と説示するにとどまっており,個人の私法上の請求権が消滅しているかどうかの点も含めて,断定的な判断が避けられています。
④ 中国人の強制連行・強制労働の訴訟に関する最高裁平成19年4月27日判決
・ 権利行使阻害説を採用することを明示しました。

3 関連記事その他
(1) 「マレイシア政府は,両国間に存在する良好な関係に影響を及ぼす第二次世界大戦の間の不幸な事件から生ずるすべての問題がここに完全かつ最終的に解決されたことに同意する。」と定める「日本国とマレイシアとの間の1967年9月21日の協定」2条は,個人の請求権を含めて戦争の遂行中に生じたすべての請求権を相互に放棄する条項です(最高裁平成19年4月27日判決)。
(2) 以下の記事も参照してください。
 日本の戦後賠償の金額等
 在外財産補償問題
 最高裁平成19年4月27日判決が判示するところの,サンフランシスコ平和条約の枠組みにおける請求権放棄の趣旨等
・ 日韓請求権協定
・ 在日韓国・朝鮮人及び台湾住民の国籍及び在留資格
 日中共同声明,日中平和友好条約,光華寮訴訟,中国人の強制連行・強制労働の訴訟等

御堂筋

目次
1 総論
2 昭和時代の経緯
3 平成時代の経緯
4 関連記事その他

1 総論
(1) 御堂筋は,国道25号と国道176号から構成される幅員44mの道路で,阪急前から難波駅前までの間の約4.2kmであり,大阪地裁の西側の近くを通っています。
(2) 西天満2丁目には駐大阪・神戸米国総領事館があり,大阪府警察の人員輸送車と思われる車両(WEB CARTOP HP「大型パトカー? 護送車? 街で見かける「青と白のバス」の正体とは」参照)が常時,停車しています。

2 昭和時代の経緯
(1) 地下鉄御堂筋線は,梅田駅・心斎橋駅間が昭和8年5月20日に開通し,昭和10年10月30日に難波駅まで延長され,昭和13年4月21日に天王寺駅まで延長されました。
(2) 昭和10年,北浜と中之島を結ぶ淀屋橋(土佐堀川に架かっています。),及び中之島と堂島を結ぶ大江橋(堂島川に架かっています。)が,鉄筋コンクリート造りのアーチ橋として架け替えられました。
これらの橋は,歴史的には,江戸時代の元禄年間,堂島の開発に伴って架けられた橋です。
(3)ア 昭和12年5月11日,拡幅された御堂筋が竣工しました。
イ   大正15年の拡幅工事着手前の御堂筋の道幅は約6mだけでした。
(4)ア 昭和45年1月11日,梅田新道交差点以南が南行き一方通行となりました。
イ   同年3月15日から9月13日にかけて開催された日本万国博覧会(大阪府吹田市)を前に,道路混雑を緩和するための措置でした。

3 平成時代の経緯
(1) 平成24年4月1日,大阪のメインストリートである御堂筋の管理は,大阪国道事務所から大阪市に移りました(大阪国道事務所HP「大阪国道事務所の歴史」参照)。
(2) 平成29年5月11日,完成80周年を迎えました(大阪市HPの「御堂筋完成80周年記念事業」参照)。

4 関連記事その他
(1) 大阪市HPの「御堂筋プロフィール」「御堂筋の歴史」等を参照して記載しています。
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 大阪修習の情報
 大阪府及びその周辺の鉄道の沿革

外国旅行に関する一般的な参考情報

1 外国旅行に関するHP
(1)ア 外国旅行をする場合,外務省HPの「海外安全ホームページ」を熟読した方がいいと思います。
また,たびレジ(外務省海外安全情報配信サービス)(3ヶ月以上外国に滞在する場合における,旅券法16条に基づく在留届とは別です。)に登録しておいた方がいいと思います(外務省HPの「海外へ渡航される皆様へ」参照)。
イ 外務省HPに「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」に載っています。
(2) JTB HPに「海外観光ガイド」が,旅工房HPに「海外ツアー」,トラベルコHPに「海外旅行」が載っています。
また,H.I.S.HPは海外旅行・国内旅行の総合旅行サイトとなっています。
(3)ア 世界一周堂HP「世界一周航空券」が載っています。
イ 「1週間で行く!世界一周」によれば,成田→ロンドン(2日目は終日,観光)→ニューヨーク(4日目は終日,観光)→成田という旅程であれば,7日で世界一周ができるみたいです。
(4) 「初心者のための海外旅行の注意点と持ち物ガイド」というHPがあります。

2 パスポート,ビザ等
(1) 外務省HPに「パスポート(旅券)」が載っています。
(2) 東京都生活文化局HP「パスポート」には以下の記載があります。
◆【米国大使館情報】ESTA申請に関する情報
• ESTAの申請は渡米日(出発)の72時間前までに行うことを強く推奨する旨の注意喚起が出されました。
• ESTA申請の審査プロセスの変更に伴って、ESTA申請は即時に承認されなくなりました。
• 渡米される予定がある方は遅くとも出発の72時間前までに申請してください。
(3) aoitrip.jp「パスポートのスタンプ 世界各国のコレクション」が載っています。
(4) 短期滞在ビザまるわかり!HP「短期滞在ビザの日本国査証と証印の見方がわかる15のチェック項目」が載っています。

家賃相場・土地価格相場等の情報

目次
1 家賃相場等の情報
2 土地価格相場等の情報
3 不動産投資に関するメモ書き
4 関連記事その他
   
1 家賃相場等の情報
(1) 都道府県ごとの家賃相場については,ホームズHP「家賃相場」を参照して下さい。
(2)ア 賃貸マンションの入居審査については,ルーチHP(お部屋探しのコツや知識まとめブログ)の「入居審査を突破する方法と落ちた人の特徴」が参考になります。
イ アパートとマンションについて法的な区別はないものの,アパートの場合,木造建てとか軽量鉄骨造りが多いのに対し,マンションの場合,鉄骨コンクリート造り(RC),鉄筋鉄骨コンクリート造り(SRC)等が多いです(引越しまとめ.com「アパートとマンションの違いをわかりやすく解説!【初心者必見】」参照)。
(3) UR賃貸住宅に入居するためには,家賃額の4倍,又は33万円(世帯で申し込む場合)若しくは25万円(単身で申し込む場合)の月収のほか,前年分の源泉徴収票及び本年度の課税証明書といった,収入を証明する書類が必要です(UR賃貸住宅HPの「お申込み資格について」参照)。
   そのため,13万5000円の修習給付金しか収入扱いにならない司法修習生が単身でUR賃貸住宅に入居することはできないと思います。
(4)ア 消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付されたいわゆる敷引特約は,保証金から控除されるいわゆる敷引金の額が賃料月額の3.5倍程度にとどまっており,上記敷引金の額が近傍同種の建物に係る賃貸借契約に付された敷引特約における敷引金の相場に比して大幅に高額であることはうかがわれないなど判示の事実関係の下では,消費者契約法10条により無効であるということはできません(最高裁平成23年7月12日判決)。
イ 保証金(敷金)及び礼金(敷引)が0円のいわゆる「ゼロゼロ物件」の場合,短期解約違約金特約(例えば,1年以内に賃貸借契約を解約した場合,家賃2ヶ月分の違約金が発生するという特約),滞納保証会社の利用及び若干の家賃の値上げがセットになっていることが普通です(大阪府宅建協会HP「賃貸借契約における短期解約の違約金について」参照)。
(5)  地方住宅供給公社が賃貸する住宅の使用関係については,借地借家法32条1項の適用があります(最高裁令和6年6月24日判決)。


2 土地価格相場等の情報
(1)ア   都道府県ごとの土地価格相場については,土地代データHPが分かりやすいです。
    元データのうちの公示地価は,毎年1月1日時点における標準地の正確な価格を3月に公示する地価公示であって,国土交通省土地総合情報システム「国土交通省地価公示・都道府県地価調査」に掲載されています。
イ   国土交通省HPの「地価公示」の場合,平成25年以降についていえば,①表45-2及び表45-3において都道府県別の住宅地及び商業地につき,都道府県別地価動向が地図で表示されていますし,②表46-1ないし表46-6において,東京圏,大阪圏及び名古屋圏の住宅地及び商業地につき,市区町村別地価動向が地図で表されています。
(2) 三鬼商事株式会社HPの「オフィスマーケットを見る」に,オフィスビル市況の動向や詳細データ等が載っています。
   「今月号の各種データを見る」には,札幌,仙台,東京,横浜,名古屋,大阪及び福岡に関する最新のオフィスビルの情報が載っています。
(3) 公益社団法人大阪府不動産鑑定士協会は毎年3月及び9月,「鑑定おおさか」をHPに掲載しています。
(4) 新築物件は家賃相場の300倍程度,中古物件は家賃相場の200倍程度で売り出されているみたいです(TRENDY HP「家を「買う・借りる」あなたにはどっちが合う? おトクの目安「200倍の法則」とは?」参照)。
3 不動産投資に関するメモ書き
(1)   単に利回りといった場合,表面利回り(グロス利回り)のことであり,年間の満室想定の家賃収入÷物件価格×100%で計算します。
    これに対して実質利回りは,(年間家賃収入-年間運営経費)÷(物件価格+購入経費)×100%で計算します。
    そのため,表面利回りよりも実質利回りの方が大事になるのですが,実質利回りを正確に見積もることは非常に難しい(大家の味方HPの「表面利回り・実質利回りの違いを理解せよ!」参照)ため,簡便的な実質利回りが推奨されています(大家の味方HPの「物件探しには実質利回りを簡便に使え」参照)。
(2) 立地が悪い物件ほど空室率が高くなるため年間家賃収入が減りますし,築年数が古い物件ほど修繕費用が高くなるため年間運営経費が高くなりますから,表面利回りと実質利回りの差が大きくなります。
(3)ア 国税庁HPに「建物の標準的な建築価額表」(昭和46年から平成27年まで)が載っています。
イ 宮建築設計HPに以下の頁が載っています。
① 建築費の坪単価,相場等の最新情報
② 現場監理の重要性
③ 建築費を削減し良い建物を建てるには
④ 解体費用の相場,坪単価
(4) WIRED.Inc HPに「不動産会社だけが知る「建物の価格算出方法」をお教えします。」が載っています。
(5) 日本不動産研究所HPの「不動産投資家調査」には,想定基準ビル,各地区の標準的ビル,賃貸住宅,商業店舗,物流施設,倉庫,宿泊特化型ホテル等の期待利回り等が載っています。
また,「不動産鑑定評価の基礎知識」には,不動産の財としての特性,不動産鑑定評価制度,公的土地評価制度と不動産鑑定評価のことが書いてあります。
(6) 大阪府不動産鑑定士協会HPに「大阪府エリア別不動産利回り調査」が載っています。

4 関連記事その他
(1) 一般財団法人不動産適正取引推進機構(retio)HP(宅建試験の実施団体です。)に「不動産価格情報の流通実態~公益と秘匿性の間で~」(平成28年12月2日付)が載っています。
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 宅建業に関するメモ書き
・ 私道に関するメモ書き
 司法修習の場所を選ぶ際の基礎データ
・ 第2希望の実務修習地の選び方

都道府県・市区町村等の情報

目次
1 都道府県・市区町村の情報
2 地方六団体
3 都道府県・市区町村の過去の情報
4 平成元年以降の主な火山噴火
5 その他の情報
    
1 都道府県・市区町村の情報
(1) 全国の自治体の場所を調べる場合,地方公共団体情報システム機構(J-LIS)HP「全国自治体マップ検索」が参考になります。
(2) 都道府県と市区町村の人口や地名などのデータについては,外部HPの「都道府県市区町村」が参考になります。
    また,Wikipediaに「日本の市の人口順位」が載っています。
(3) 全国の都道府県・市区町村ごとのうわさ話については,外部HPの「chakuwiki」が参考になります。
(4) 「人口統計ラボ」HPを見れば,丁目ごとの人口総数及び世帯数が分かります。
    例えば,大阪弁護士会が所在する大阪市北区西天満1丁目の場合,人口総数は583人であり,世帯総数は346となっています。
(5) 国立社会保障・人口問題研究所HP「日本の地域別将来推計人口(平成25年3月推計)」には,平成22年以降,5年ごとの,市区町村ごとの,年齢別の将来推計人口が載っています。
(6) 市区町村ごとの,年収別の世帯数については,「世帯の年間収入マップ」が参考になります。
(7) 総務省統計局HPの「人口推計(平成28年10月1日現在)」(平成29年4月14日公表)によれば,前年に比べて人口が増えた都道府県は7都県であり,そのうち東京都,愛知県及び沖縄県は社会増加・自然増加であり,埼玉県,千葉県,神奈川県及び福岡県は社会増加・自然減少です。
(8)ア 平成28年10月1日現在の20の政令指定都市の一覧が外部HPの「政令指定都市の一覧」に載っています。
    昭和31年9月1日の制度施行当初,政令指定都市は横浜市,名古屋市,大阪市,京都市及び神戸市の5市(五大都市行政監督特例(大正15年6月24日勅令第212号)に基づく五大都市と同じです。)だけでした。
イ 20の政令指定都市の市長は,「指定都市市長会」を構成しています。
(9) スーモの「みんなが選んだ住みたい街ランキング2017」のうち,「関東住みたい街ランキング2017」では,JR中央線の吉祥寺,JR山手線の恵比寿,JR京浜東北線の横浜,JR山手線の目黒,JR山手線の品川,東急東横線の武蔵小杉,JR山手線の池袋,東急東横線の中目黒,JR山手線の東京,JR山手線の渋谷になっています。
    また,「関西住みたい街ランキング2017」では,阪急神戸線の西宮北口,地下鉄御堂筋線の梅田,地下鉄御堂筋線のなんば,北大阪急行の千里中央,阪急神戸線の夙川(しゅくがわ),阪急神戸線の岡本,阪急神戸線の神戸三宮,地下鉄御堂筋線の江坂,地下鉄御堂筋線の天王寺,阪急神戸線の御影となっています。
(10) 地図情報サイトである「マップナビおおさか」には,大阪市に関する都市計画,固定資産地籍図等が載っています。
    堺市HPの「堺市固定資産(土地)地番参考図」「区選択画面」には,固定資産税の土地評価のため土地の所在(丁・町名,地番),配置等を表示した地図が載っています。
(11) Mapionの地図を利用すれば,標高,住所,政令指定都市の行政区等が分かります。
(12) 日本☆地域番付HPに,都道府県・市区町村の各種ランキングが載っています。
    
2 地方六団体
(1) 地方六団体(地方自治法263条の3)は以下のとおりです。
ア 都道府県レベル
① 全国知事会
② 全国都道府県議会議長会
イ 市レベル
③ 全国市長会
④ 全国市議会議長会
ウ 町村レベル
⑤ 全国町村会 
⑥ 全国町村議会議長会
(2) 全国知事会,全国市長会及び全国町村会は執行3団体ともいわれます。
    全国都道府県議会議長会,全国市議会議長会及び全国町村議会議長会は議会3団体ともいわれます。

3 都道府県・市区町村の過去の情報

(1)   市制(明治21年4月25日法律第1号)に基づき,明治22年4月1日,31都市に市制が施行され,同年5月1日に東京市,同年6月1日に岡山市,同年10月1日に名古屋市及び徳島市,同年12月15日に松山市,明治23年2月15日に高松市,同年7月1日に岐阜市及び甲府市,同年10月1日に鳥取市で市制が施行されました(合計40都市)。
    このうち,東京市,京都市及び大阪市については,「市制中東京市京都市大阪市ニ特例ヲ設クルノ件」(明治22年3月23日法律第12号)により東京市,京都市及び大阪市の3市には市長及び助役を置かず,市長の職務は府知事が,助役の職務は書記官が行うなどの特例(市制特例)が定められ,明治31年10月になってから,市会推薦市長が任命されるようになりました。
(2) 過去の市町村合併等の地図表記については,外部HPの「市町村変遷パラパラ地図」が参考になります。
(3) 戦前の地方制度においては,府県は,国家公務員である官選知事によって率いられる国の総合出先機関としての性格を持った不完全自治体であり,市町村に対しても広範囲の指揮監督権を有していました。
    ただし,市町村は,府県とは異なり,戦前から完全な地方自治体として位置づけられており,市町村長は,市町村議会における選挙で選ばれていたものの,国や府県の監督を受ける存在でした(レファレンス2006年9月号「昭和20 ・30 年代の道州制論議-地方制度調査会速記録を中心に-」参照)。4 平成元年以降の主な火山噴火
(1) 平成3年6月3日,雲仙普賢岳(うんぜんふげんだけ)(長崎県の島原半島)で火砕流が発生し,43人が死亡しました。
(2) 平成12年3月29日,有珠山(うすさん)(北海道)の火山活動に基づき,気象庁から緊急火山情報が出されました。
(3) 平成12年9月1日,三宅島(みやけじま)(東京都の伊豆諸島)の火山活動に基づき,全島民に島外避難指示が出されました。
(4) 平成23年1月27日,新燃岳(しんもえだけ)(鹿児島県及び宮崎県)で爆発的噴火がありました。
(5) 平成26年9月27日,御嶽山(おんたけさん)(長野県及び岐阜県)で噴火があり,火口付近に居合わせた登山者ら58人が死亡し,5人が行方不明となり,日本における戦後最悪の火山災害となりました(火山灰噴出量は,雲仙普賢岳の400分の1です。)。
(6) 平成27年5月29日,口之永良部島(くちのえらぶじま)(鹿児島県)で爆発的噴火がありました。

5 その他の情報
(1) Japan Nomad~日本の魅力を巡る旅~ブログに,「自転車日本一周に必要&おすすめの装備・持ち物【総まとめ】!!」が載っています。
(2) 全国の気象データについては,気象庁HPの「過去の気象データ検索」が参考になります。
(3) 全国の過去の航空写真については,国土交通省国土地理院HPの「地図・空中写真・地理調査」に含まれる「地図・空中写真閲覧サービス」が参考になります(ピンク色が空中写真です。)。
(4) 全国電話帳データを元に作成したという,名字由来netを見れば,どの名字の人がどの都道府県・市区町村に何人ぐらいいるかがわかります。
(5) 気象庁HPの「台風経路図」に,昭和27年以降に発生した台風の経路が載っています。
(6) JapanTaxi株式会社が運営している全国タクシーHP「タクシー料金検索」を使えば,駅・住所・施設間のタクシー料金を計算できます。
(7) 地図蔵HPの「地図で距離測定」を使えば,グーグルマップで直線距離を計測できます。
(8) なんちゃって.com HPの「地図上に好きな半径の円を描けます」を使えば,グーグルマップで好きな半径の円を描けます。
(9) 大島てるHPの「事故物件公示サイト」に,事故物件の情報が載っています。
(10) 株式会社建設データバンク関西版HPの「建築物お知らせ看板情報【関西版】」には,大阪,京都及び神戸における建設工事のお知らせ看板情報が載っています。
(11) 東京都は,平成14年10月1日以降,1人1泊につき100円又は200円の宿泊税を徴収しています(東京都主税局HPの「宿泊税」参照)。
    大阪府は,平成29年1月1日以降,1人1泊につき100円,200円又は300円の宿泊税を徴収しています(大阪府HPの「大阪府の宿泊税について」参照)。
(12)ア 関東地方整備局HPの「関東地方整備局の事務所・管理所」に,関東地方整備局の51事務所・管理所HPへのリンクが載っています。
イ 近畿地方整備局HPの「近畿地方整備局管内事務所一覧」に,道路担当事務所HP,河川担当事務所HP,公園担当事務所HP,港湾・空港担当事務所HP,官庁営繕担当事務所HP及び技術調査等担当事務所HPへのリンクが載っています。
(13)ア 総務省HPに「国内各都市の戦災の状況」が載っています。
イ ヤフージャパンHPに「空襲の記録」が載っています。
(14) 出店ウォッチHPに,全国の商業施設の出店情報が載っています。
(15) 都市レポHP(全国の再開発情報・再開発マップ)に東京,大阪,名古屋,横浜,福岡及び神戸の埼葛情報が載っています。

日本の空港及び航空路線

目次
1 空港
2 航空路線
3 保安検査
4 日本航空機駿河湾上空ニアミス事故に関する最高裁平成22年10月26日決定
5 空港関係の訴えの適法性
6 関連記事その他

1 空港
(1) 国土交通省HPの「空港一覧」に空港(拠点空港,地方管理空港及びその他の空港),ヘリポート・非公共用飛行場の一覧が載っています。
(2) 拠点空港は以下のとおりです(位置関係につき「空港分布図」参照)。
ア 会社管理空港
① 成田国際空港 ② 中部国際空港 ③ 関西国際空港 ④ 大阪国際空港
イ 国管理空港
① 東京国際空港 ② 新千歳空港 ③ 稚内空港 ④ 釧路空港
⑤ 函館空港   ⑥ 仙台空港  ⑦ 新潟空港 ⑧ 広島空港
⑨ 高松空港   ⑩ 松山空港  ⑪ 高知空港 ⑫ 福岡空港
⑬ 北九州空港  ⑭ 長崎空港  ⑮ 熊本空港 ⑯ 大分空港
⑰ 宮崎空港   ⑱ 鹿児島空港 ⑲ 那覇空港
ウ 特定地方管理空港
① 旭川空港   ② 帯広空港  ③ 秋田空港 ④ 山形空港
⑤ 山口宇部空港
(3) 国際拠点空港は,成田国際空港関西国際空港(KIX)及び中部国際空港(セントレア)となります(国土交通省HPの「国際拠点空港」参照)。
(4)ア 平成2年11月当時,関西国際空港(平成6年9月開港)の対岸にあるりんくうタウンには,地上100m以上の超高層ビル計画は最低でも11本あり,それにゲートタワー2本を加えると13本になりましたから,梅田周辺を超える超高層ビル街が誕生する予定でした(超高層ビルとパソコンの歴史HP「りんくうタウン狂走曲」参照)。
イ 実際に建設されたのは,平成8年10月完成のりんくうゲートタワービルだけです。
(5)ア aumo HP「羽田空港で仮眠を取りたい時に!おすすめの場所&過ごし方をご紹介♡」が載っています。
イ たびハックHP「空港活用術」「関空利用者必見!仮眠・休憩できる場所をおすすめ順に全部まとめてみた|LCC朝便の人要チェック!」が載っています。
ウ 格安航空券エアトリ空旅.com「初めてで乗り方が分からず不安!?空港の入口から飛行機の搭乗口までの流れ 」が乗っています。

2 航空路線
(1)ア 地図蔵HPの「国内線航空路線」に,東京,羽田,大阪,関西,中部,福岡,新千歳,那覇,仙台,広島の国内線航空路線が載っています。
イ 地図蔵HPの「国際線航空路線」に,成田,東京,関西,中部,福岡,新千歳,仙台,那覇,広島,その他の国際線航空路線が乗っています。
(2) トラベルコHP「国内格安航空券」を使えば,LCC含む国内航空券予約サイトを一括検索・比較ができます。
(3) 国立国会図書館HPレファレンス平成26年8月号に「地方空港及び離島航空路線の現状-長崎県を事例に-(現地調査報告)」が載っています。

3 保安検査
(1) TRIP EDITORの「実は海外より緩い? なぜ日本の空港の「保安検査」でトラブルが起こるのか」には以下の記載があります。
    空港での保安検査は、実はずっと昔から行われていたわけではありません。成田空港の公式サイトによると、日本で乗客の保安検査が行われるようになったのは、1973(昭和48)年から。
    1970(昭和45)年3月31日に「よど号事件(B727)」、8月19日「あかしや号事件(B727)」と国内ハイジャック事件も続いており、当初は「ハイジャック防止」が目的だったとのことです。
(2) 国土交通省HPの「航空機搭乗前の保安検査を受けるにあたっての注意事項について」には以下の記載があります。
    令和4年3月10日から、航空法の改正により、保安検査を受けなかった場合の罰則等の規定が設けられました。
    保安検査場では、国際的に協調した必要な保安水準の維持のため、旅客の皆さまに対し、上着及び靴を脱いでの検査、着衣の上から直接触れる接触検査などを実施しております。

    保安検査は航空法にもとづく検査です。保安検査員及び関係職員の指示にしたがって検査を受けて下さい。
    検査を受けないと航空機に搭乗することはできません。


4 日本航空機駿河湾上空ニアミス事故に関する最高裁平成22年10月26日決定
(1)ア 平成13年1月31日発生の,日本航空機駿河湾上空ニアミス事故では,最高裁平成22年10月26日決定(上告棄却決定)によって,業務上過失傷害罪に基づき,航空管制官2名に対する禁錮1年(実地訓練生)又は禁錮1年6月(実地訓練の監督者),執行猶予3年の有罪判決が確定し,当該航空管制官2名は,国家公務員法76条・38条2号に基づき失職しました。
イ 最高裁平成22年10月26日決定は航行中の航空機同士の異常接近事故について,便名を言い間違えて降下の管制指示をした実地訓練中の航空管制官及びこれを是正しなかった指導監督者である航空管制官の両名に業務上過失傷害罪が成立するとされた事例です。
(2)ア 最高裁平成22年10月26日決定の裁判官櫻井龍子の反対意見には以下の記載があります(改行を追加しています。)。
    そもそも本件ニアミスの発生原因を総合的に判断すると,航空管制では間に合わないような接近事例における衝突等回避のためのいわば最後の砦として,TCASを一定規模以上の航空機に搭載することが義務付けられたにもかかわらず,管制指示とRAが相反した場合の優先関係という最も重要かつ基本的な運用事項が明確に定められていなかったことが,本件ニアミスに関連することは明らかである(TCAS開発を主導した米国の航空マニュアル等にはRAが管制指示に優先することが明記されていた。)。
    航空機の運航のように複雑な機械とそれを操作する人間の共同作業が不可欠な現代の高度システムにおいては,誰でも起こしがちな小さなミスが重大な事故につながる可能性は常にある。それだからこそ,二重,三重の安全装置を備えることが肝要であり,その安全装置が十全の機能を果たせるよう日々の努力が求められるというべきである。
    また,所論は,本件のようなミスについて刑事責任を問うことになると,将来の刑事責任の追及をおそれてミスやその原因を隠ぺいするという萎縮効果が生じ,システム全体の安全性の向上に支障を来す旨主張するが,これは今後検討すべき重要な問題提起であると考える。
イ Wikipediaの「空中衝突防止装置」には以下の記載があります。
    FAAやその他ほとんどの国の機関では、TCAS RAと航空交通管制(ATC) の指示が食い違う場合には、常にTCAS RAが優先する、と規則に定められている。これは仮にある航空機がTCAS RAに従い、別の機がそれに反してATCの指示に従うと、2001年1月31日に静岡県駿河湾)上空で発生した日本航空機駿河湾上空ニアミス事故や、2002年7月1日にドイツで発生したユーバーリンゲン空中衝突事故のような空中衝突を起こしてしまう可能性があるからである。


5 空港関係の訴えの適法性
(1) 不適法な訴え
ア 差止め請求
・ 民事上の請求として一定の時間帯につき航空機の離着陸のためにする国営空港の供用の差止めを求める訴えは,不適法です(大阪空港訴訟に関する最高裁大法廷昭和56年12月16日判決)。
・ 民事上の請求として自衛隊の使用する航空機の離着陸等の差止め及び右航空機の騒音の規制を求める訴えは不適法です(厚木海軍飛行場訴訟に関する最高裁平成5年2月25日判決)。
ウ アメリカ合衆国軍隊の航空機の横田基地における夜間離発着は,我が国に駐留する合衆国軍隊の公的活動そのものであり,その活動の目的ないし行為の性質上,主権的行為であることは明らかであって,国際慣習法上,民事裁判権が免除されるものであることに疑問の余地はありませんから,差止請求は認められません(横田基地訴訟に関する最高裁平成14年4月12日判決)。
イ 将来給付の訴え
・  飛行場において離着陸する航空機の発する騒音等により周辺住民らが精神的又は身体的被害等を被っていることを理由とする損害賠償請求権のうち事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降の分は,判決言渡日までの分についても,将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しません( 横田基地訴訟に関する最高裁平成19年5月29日判決)。
(2) 適法な訴え
ア  定期航空運送事業免許に係る路線を航行する航空機の騒音によつて社会通念上著しい障害を受けることとなる飛行場周辺住民は,当該免許の取消しを訴求する原告適格を有します(最高裁平成元年2月17日判決)。
イ 厚木海軍飛行場訴訟に関する最高裁平成28年12月8日判決は,「自衛隊が設置し,海上自衛隊及びアメリカ合衆国海軍が使用する飛行場の周辺住民が,当該飛行場における航空機の運航による騒音被害を理由として自衛隊の使用する航空機の運航の差止めを求める訴えについて,行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められた事例です。

6 関連記事その他
(1) エアトリ「飛行機(国内線)は何分前に空港に到着するべき?航空会社の搭乗締切時間一覧」には「国内線を利用する場合、「1時間前」までに空港に到着しておくと良いでしょう。空港に到着してから搭乗までは、チケットや荷物の手続きを行う必要があります。また、手荷物検査を受けなければなりません。」と書いてあります。
(2) 第3次新横田基地公害訴訟HP「横田基地と訴訟・運動の経過」が載っています。
(3) 国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約(ワルソー条約)25条1項(ヘーグ改正条約による改正前のもの)にいう「訴が係属する裁判所の属する国の法律によれば故意に相当すると認められる過失」とは,我が国の法律上,「重大な過失」を意味します(最高裁昭和51年3月19日判決)。
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 大阪府及びその周辺の鉄道の沿革

日本の高速バス

1 高速バスの路線
(1) JRバスの予約サイトとしては「高速バスネット」があり,一部のJRバス及び私鉄・専業系バスの予約サイトとしては「発車オ~ライネット」「導入バス会社様(敬称略)」参照)があります。
(2)ア 高速バスドットコムHPには,高速バス・夜行バス・深夜バスの予約・格安情報が載っています。
イ 夜行バス比較ナビHPには,高速バス片道の最安値情報等が載っています。
(3) NAVITIMEの「高速バス時刻表」を利用すれば,都道府県・日時から高速バスを検索できます。
(4) 東京・大阪間,及び東京・広島間では,ドリームスリーパーという,全室扉付き完全個室の夜行高速バスが運行しています。

2 高速バスのバスターミナル
(1) 大阪ルッチHP「大阪駅のJR高速バスターミナルを写真付きで紹介しまっせ!」が載っています。
(2)ア バスラボHP「難波OCATまでの行き方教えます。各交通機関からの道のり」が載っています。
イ OCATはOsaka City Air Terminalの略称でありますところ,南海なんば 高速バスターミナルとは異なります。
(3) バスとりっぷHPに以下のページがあります。
① はじめてでも迷わない! 大阪の難波周辺のバスターミナルを徹底解説!【OCATほか】 シャワー・風呂が使えるスパ・温浴施設も
② 夜行バスを降りたらシャワー&お風呂! 高速バス利用者に嬉しいシャワー付きの漫画喫茶・ネットカフェ&温浴施設まとめ
→ 東京,新宿,名古屋,大阪,仙台などのシャワー付きのマンガ喫茶・ネットカフェが紹介されています。

3 バスロケーションサービス
(1) 高速バスロケーションサービス「バスここ」を使えば,高速バスの現在位置を検索できます。
(2)ア  バスロケーションサービス「Bus-Vision」株式会社リオス(岡山市中区)が運営)を導入しているバス会社のバスについては,バスの運行状況をリアルタイムにスマホで確認できます。
イ 「バス会社名+バスビジョン」で検索すれば,Bus-Visionを導入しているかどうかが分かります。
ウ 日本旅行HP「バス会社一覧」が載っています。