日本国憲法外で法的効力を有していたポツダム命令

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目次
1 ポツダム緊急勅令及びポツダム命令
2 占領期間中の法的効力に関する判例
3 占領期間終了後の法的効力に関する判例
4 「法廷秩序維持問題」(昭和28年1月)の記載
5 関連記事その他

1 ポツダム緊急勅令及びポツダム命令

(1) ポツダム緊急勅令とは,緊急勅令(明治憲法8条1項)として制定された,「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件(昭和20年9月20日勅令第542号)をいい,その本文は以下のとおりです。
   政府ハ「ポツダム宣言」ノ受諾ニ伴ヒ聯合國最高司令官ノ爲ス要求ニ係ル事項ヲ實施スル爲特ニ必要アル場合ニ於テハ命令ヲ以テ所要ノ定ヲ爲シ及必要ナル罰則ヲ設クルコトヲ得
(2)ア ポツダム緊急勅令は,昭和20年12月,明治憲法8条2項に基づき帝国議会の承諾を得ています。
   そのため,旧憲法下の法律としての効力を有していましたし,ポツダム緊急勅令に基づくポツダム命令も,日本国憲法の施行及び日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律(昭和22年4月18日法律第72号)により失効することはないとされました(「昭和二十三年政令第二百一号の効力について」(昭和23年9月3日閣議決定)参照)。
イ ポツダム命令の総数は526件であって(Wikipediaの「ポツダム命令」参照),例えば,出入国管理令(昭和26年10月4日政令第319号。現在の出入国管理及び難民認定法)はポツダム命令の一種です(ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年4月28日法律第126号)1条及び4条参照)。
(3)ア ポツダム命令は,ポツダム緊急勅令に基づいて制定された命令であって,勅令,閣令又は省令という形式を取っていました(昭和二十年勅令第五百四十二号(「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件)施行ニ関スル件(昭和20年9月20日勅令第543号))。
   なお,閣令とは,明治憲法時代に内閣総理大臣が発した命令をいいます。
イ 昭和22年5月3日の日本国憲法施行後は,政令(いわゆるポツダム政令),総理庁令・法務府令及び省令という形式に変更されました(日本國憲法施行の際現に効力を有する勅令の規定の効力等に関する政令(昭和22年5月3日政令第14号)2項)。
   なお,総理庁令は,行政官庁法(昭和22年4月18日公布の法律第69号)6条に基づくものであって,国家行政組織法(昭和23年7月10日法律第120号)が施行された昭和24年6月1日以降は総理府令がこれに当たるものとなりました。
(4) ポツダム命令は,日本国憲法にかかわりなく憲法外において法的効力を有していました(最高裁大法廷昭和28年4月8日判決)。
(5)ア ポツダム緊急勅令は,日本国との平和条約が発効した昭和27年4月28日に廃止されました。
イ ポツダム命令は,別に法律で廃止又は存続に関する措置がなされない場合,昭和27年4月28日から起算して180日間に限り,法律としての効力を有するものとされました。
ウ ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律(昭和27年4月11日法律第81号)が根拠法です。
(6) 判例時報1472号(平成5年12月21日号)の「ポツダム緊急勅令・ポツダム命令」(重要法令関係慣用語の解説132)が非常に参考になります。

2 占領期間中の法的効力に関する判例
(1) 最高裁大法廷昭和25年2月1日判決(昭和21年から昭和27年に実施された公職追放に関する裁判例です。)は,以下の判示をしています。
    追放は、前示一九四六年一月四日の覚書(山中注:昭和21年1月4日附連合国最高司令官覚書「公務従事ニ適シナイ者ノ公職カラノ除去ニ関スル件」のこと。)を履行するために行われる特別な行政処分であつて、日本国憲法の枠外にある冷厳な処分であるから、これが手続一切はその初頭たると中途たると結果たるとを問わずすべて日本の裁判所の権限外であり、従つて、その手続の結果追放処分が行われたときは、その処分の根拠が真実であるか又は充分であるか等処分の根拠の有無を審理することは日本の裁判所の権限内にないものと解すべきである。
(2)ア 最高裁大法廷昭和28年4月8日判決(政令第201号違反事件に関する判例です。)は,以下の判示をしています(ナンバリングを追加しました。)。
① 連合国の管理下にあつた当時にあつては、日本国の統治の権限は、一般には憲法によつて行われているが、連合国最高司令官が降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる関係においては、その権力によつて制限を受ける法律状態におかれているものと言わねばならぬ。すなわち、連合国最高司令官は、降伏条項を実施するためには、日本国憲法にかかわりなく法律上全く自由に自ら適当と認める措置をとり、日本官庁の職員に対し指令を発してこれを遵守実施せしめることを得るのである。
② かかる基本関係に基き前記勅令第五四二号、すなわち「政府ハポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ聯合国最高司令官ノ為ス要求ニ係ル事項ヲ実施スル為、特ニ必要アル場合ニ於テハ命令ヲ以テ所要ノ定ヲ為シ及必要ナル罰則ヲ設クルコトヲ得」といふ緊急勅令が、降伏文書調印後間もなき昭和二〇年九月二〇日に制定された。この勅令は前記基本関係に基き、連合国最高司令官の為す要求に係る事項を実施する必要上制定されたものであるから、
日本国憲法にかかわりなく憲法外において法的効力を有するものと認めなければならない。
イ 政令第201号事件(別名は,「国鉄弘前機関区事件」です。)というのは,昭和23年7月31日政令第201号1条1項の「公務員は、何人といえども同盟罷業又は怠業的行為をなし、その他国又は地方公共団体の業務の運営能率を阻害する争議行為をとってはならない」に違反するということで起訴された事件です。
(3) 最高裁大法廷昭和35年4月18日決定(昭和24年から昭和25年に実施されたレッドパージに関する裁判例です。)は,以下の判示をしています。
    平和条約発効前においては、わが国の国家機関及び国民は、連合国最高司令官の発する一切の命令指示に誠実且つ迅速に服従する義務を有し(昭和二〇年九月二日降伏文書五項、同日連合国最高司令官指令一号一二項)、わが国の法令は右指示に牴触する限りにおいてその適用を排除されるものであることは、当法廷の判例とするところである昭和二六年(ク)一一四号、同二七年四月二日大法廷決定、民集六巻四号三八七頁参照)。

3 占領期間終了後の法的効力に関する判例
(1)ア 最高裁大法廷昭和28年7月22日判決は,いわゆる「アカハタ及びその後継紙、同類紙の発行停止に関する指令」(1ヶ月間の発行停止を指示したのが昭和25年6月26日付(朝鮮戦争発生の翌日です。)であり,無期限の発行停止を指示したのが同年7月18日付です。)についての昭和25年政令第325号違反被告事件について,10人の多数意見により免訴判決を出しました。
イ 6人の意見(真野毅,小谷勝重,島保,藤田八郎,谷村唯一郎及び入江俊郎の意見)は,政令第325号は,占領状態の継続及び最高司令官の存続を前提とするものであるから,昭和27年4月28日の平和条約発効と同時にその効力を失い,「犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。」に当たるし,政令第325号の効力を維持する法律は,既に失効した政令第325号の罰則を事後的に復活させている点で憲法39条に違反するとするものでした。
   4人の意見(井上登,栗山茂,河村又介及び小林俊三の意見)は,政令第325号は,アカハタ等についてあらかじめ全面的にその発行を禁止するものである点で明らかに憲法21条に違反するから,昭和27年4月28日の平和条約発効と同時にその効力を失い,「犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。」に当たるし,政令第325号の効力を維持する法律はその内容からして憲法21条に違反するとするものでした。
   4人の反対意見(田中耕太郎,霜山精一,斎藤悠輔及び本村善太郎の反対意見)は,「犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。」とは,犯罪後の法令により,既に発生,成立した刑罰権を特に廃止する国家意思の発現があったときをいうところ,本件では大赦令の対象となったわけではないし,政令第325号の効力を維持する法律まで制定されたわけであるから,「犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。」に当たらないし,政令第325号の合憲性の判断をすべきではないということで,上告棄却とすべきとしました。
イ アカハタは,昭和41年2月1日に「赤旗」となり,平成9年4月1日に「しんぶん赤旗」となりました。
ウ 政令第325号の正式名称は,占領目的阻害行為処罰令(昭和25年11月1日政令第325号)であり,その前身は,聯合国占領軍の占領目的に有害な行為に対する処罰等に関する勅令(昭和21年6月12日勅令第311号)です。
エ 政令第325号の効力を維持する法律の正式名称は,ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く法務府関係諸命令の措置に関する法律(昭和27年5月7日法律第137号)です。
(2) 最高裁大法廷昭和28年7月22日判決はなぜか裁判所HPに載っていないものの,同趣旨の判断をした最高裁大法廷昭和28年12月16日判決及び最高裁大法廷昭和30年4月27日は裁判所HPに載っています。

4 「法廷秩序維持問題」(昭和28年1月)の記載
・ 法曹時報5巻1号(昭和28年1月発行)に掲載されている「法廷秩序維持問題」(筆者は田中耕太郎最高裁判所長官)には以下の記載があります。
(6頁の記載)
    我が国における法廷の状態は、とくに特定の思想的傾向を帯びた事件又はかかる思想的傾向の者に関する事件の審理について、特別の立法的措置を必要とするにいたった。かような事件についての公開の法廷の情況は誠に遺憾なものがあった。傍聴人や被告人被疑者等の拍手喝采、喧騒、怒号、罵り等は往々裁判長の訴訟指揮を不可能ならしめる程度に達したこと新聞の報道や、もっと具体的には情況の録音によって明瞭である。さらに裁判官の命令や係員の制止を無視して暴力を振い、係員を傷害し建物や施設を破壊するがごとき事態も再三ならず発生するにいたった。しかも法廷のかような状態は、多くの場合に「法廷闘争」として指導され、計画的組織的に準備し遂行されているところから来ているものと推定しても誤りないのである。
(23頁及び24頁の記載)
    (山中注:法廷等の秩序維持のために)採るべき措置の第二は刑法第九十五条の公務執行妨害罪や職務強要罪の規程を活用することである。私はこれ等の規定が従来裁判官、検察官等裁判関係者の職務執行に関しどの位の程度において適用されてきたかを知らないのであるが、恐らくこれ等の規定が眠っているのではないかを疑わしめるのである。しかるに法廷の内外における情況は痛切にこれ等の規定の発動を要求するような状態にある。法廷の内外における計画的な暴行主義を以てする、裁判所の職務執行に対する妨害行為は、正に第一項の構成要件を充足するものと認められる。暴行については疑問の余地は存しない。裁判官やその家族に対し日夜を分たず書面や電報によって繰り返される脅迫ことに「人民政府成立の暁には裁判官自らが絞首刑に処せられるだろう」というごとき脅迫を以て被告人や被害者の無罪や釈放を強要するがごときことは、第一項又は第二項の罪に該当する行為ではなかろうか。

5 関連記事その他
(1)ア 昭和20年9月2日の夕方,GHQは日本政府に対し,以下の三布告を翌日午前10時に発表すると通告したものの,日本側の反対により白紙撤回となりました(Wikipediaの「三布告」参照)。
布告第一号:立法・行政・司法の三権は、いずれもマッカーサーの権力の管理下に置かれ、管理制限が解かれるまでの間は、日本国の公用語を英語とする。
布告第二号:日本の司法権はGHQに属し、降伏文書条項およびGHQからの布告および指令に反した者は軍事裁判にかけられ、死刑またはその他の罪に処せられる。
布告第三号:日本円を廃し、B円と呼ばれる軍票を日本国の法定通貨とする。
イ ドイツの場合,1945年5月23日にフレンスブルク政府(政府トップは,ヒトラーの遺言に基づいて就任したカール・デーニッツ大統領)が解散させられ,同年6月5日発表のベルリン宣言において,敗戦後のドイツに中央政府は存在しないと宣言されました。


(2)ア 公安調査庁HPの「共産党が破防法に基づく調査対象団体であるとする当庁見解」には,「共産党は,第5回全国協議会(昭和26年〈1951年〉)で採択した「51年綱領」と「われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない」とする「軍事方針」に基づいて武装闘争の戦術を採用し,各地で殺人事件や騒擾(騒乱)事件などを引き起こしました」と書いてあります。
イ 柳原滋雄のコラム日記「火炎瓶を投げながら「平和」を唱えていたアカハタ」が載っています。
ウ 「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をしたこと。」は宗教法人の解散事由となります(宗教法人法81条1項1号)。
(3) 「出入国管理及び難民認定法」(昭和26年10月4日政令第319号)はポツダム命令の一つであるものの,「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律」(昭和27年4月28日法律第126号)4条において「法律としての効力を有するものとする。」とされました。
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 裁判官及び検察官の定年が定められた経緯(日本国憲法の制定経緯を含む。)
・ 最高裁判所大法廷の判決及び決定の一覧
・ 最高裁が出した,一票の格差に関する違憲状態の判決及び違憲判決の一覧
・ 在日米軍基地
・ 民事事件の判決原本の国立公文書館への移管

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