目次
1 時系列の経緯
2 裁判所構成法戦時特例中改正法律に関する政府答弁(昭和20年6月9日)
3 地方行政協議会及び地方総監府
4 長崎市への原子爆弾の投下
5 下級裁判所の設立及び管轄区域に関する政府答弁(昭和22年3月28日)
6 関連記事その他
7 出典
1 時系列の経緯
(1) 明治憲法下でも,裁判所の設立・廃止及び管轄区域の変更は法律事項であった(裁判所構成法(明治23年法律第6号)4条)。
しかし,裁判所構成法戦時特例中改正法律(昭和20年法律第36号)によって同特例に1条ノ2が設けられ,昭和20年6月20日以降,これらの事項を勅令で定めることができるようになった。
(2)ア 高松控訴院ノ設立等ニ関スル件(昭和20年勅令第443号)は昭和20年8月1日に公布され,同月15日に施行された。
① 高松市に高松控訴院を設置し,高松・徳島・高知・松山各地裁をその管轄区域に属させること。
② 長崎控訴院を福岡市へ移転し,福岡控訴院とすること。
③ 静岡地裁を名古屋控訴院の管轄区域に属させること。
④ 福井地裁を大阪控訴院の管轄区域に属させること。
イ 最高裁判所事務総局編『裁判所百年史』(大蔵省印刷局,1990年)156頁も,この勅令によって高松控訴院が設立され,長崎控訴院が福岡へ移転したと記載している。
ウ 福岡市議会史の掲載資料によれば,福岡控訴院は同日,福岡市大名町の大名国民学校内に本庁を,福岡地裁内に分室を開いた。
エ 同日正午には,大東亜戦争終結ノ詔書(昭和20年8月14日付)の音読放送(いわゆる玉音放送)が行われた。
なお,日本政府が降伏文書に調印したのは同年9月2日である。
(3) 裁判所構成法戦時特例廃止法律(昭和20年法律第45号)により同特例は廃止されたが,同法附則2項により,勅令第443号の効力は維持された。
(4)ア 高松控訴院ノ廃止等ニ関スル件(昭和21年勅令第3号)は昭和21年1月9日に公布され,同月10日に施行された。
① 高松控訴院を廃止すること。
② 福井地裁を名古屋控訴院の管轄区域に属させること。
③ 静岡地裁を東京控訴院の管轄区域に属させること。
④ 徳島・高松・高知各地裁を大阪控訴院の,松山地裁を広島控訴院の管轄区域に属させること。
イ 同勅令は福岡控訴院を長崎市へ戻す規定を置かなかったため,福岡移転は維持された。
確認できた公的資料には,その維持理由を長崎への原爆投下とする記載は見当たらない。
(5) 下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律(昭和22年法律第63号)に基づき,日本国憲法及び裁判所法が施行された昭和22年5月3日,従前の控訴院所在地7か所に高等裁判所が置かれ,さらに高松市にも高松高裁が設置された。
2 裁判所構成法戦時特例中改正法律に関する政府答弁(昭和20年6月9日)
(1) 松阪廣政司法大臣は,昭和20年6月9日の貴族院裁判所構成法戦時特例中改正法律案特別委員会において以下の答弁をしています(現代語訳にするなどしています。)。
① 裁判所構成法第4条の規定によれば,裁判所の設立,廃止及び管轄区域並びにその変更は法律を以て定めるべきものとされていますが,戦局の進展に伴い交通,通信,人口状況の変化等に応じて,これを急速に変更する方法を設けるために,これらの事項を勅令に委任することを適当と考えますので,この点の改正をするものであります。
② 現在,地方行政協議会がございますが,近くそれが地方総監府の設置を見るのではないかと思うのでありますが,左様にいたしますと,四国は香川県に現在でも一つの協議会がございますが,その場所を中心に四国を一つのブロックとして,すべてのものを国内体制を整えることになっておりますので,どうしても控訴院を協議会のある場所に一致させ,また,管轄区域を一致させておく必要があるのではないかということを考えております。
また,管轄区域も,例えば,静岡県のごとき,現在,東京控訴院の管轄に属しておりますが,あるいはこれを名古屋控訴院管内にも移転する必要がありはしないか,これは戦時情勢に応じて,あるいは管轄区域の変更が急速に必要を生じる場合があるのではないかということを実は考えております。
③ 九州方面の空爆を受ける場所から見ましても,あるいは区裁判所あたりの廃止,設立,管轄区域の変更等の必要な場合を生じるのではないかと考えます。
④ 長崎の控訴院を福岡に移転するかどうかは,敵の九州に対する攻撃の状況等によって判断しなければならないのであります。
少なくとも,検事局は管内の治安を確保するという立場から,大体において行政協議会の所在地,あるいは軍司令部等の所在地と一致させる必要が痛切にあると思いますから,戦時であるがゆえに,長崎の控訴院を福岡に移転させる必要が出てくるのではないかということを考えております。
しかし,まだ事態がそこまでに至っておりませぬから,いつどうするということを今あらかじめお約束することは無論できません。
(2) 斎藤直一司法省民事局長は,昭和20年6月9日の貴族院裁判所構成法戦時特例中改正法律案特別委員会において以下の答弁をしています(現代語訳にするなどしています。)。
① 裁判所構成法戦時特例第1条の戦時におけるという一般規定が適用されます結果,改正案第1条ノ2に基づく勅令(山中注:高松控訴院ノ設立等ニ関スル件(昭和20年8月1日公布の勅令第443号)のこと。)によりまして,例えば,裁判所の設立や,管轄区域の変更がなされたとしても,やはり戦時終了の際には効力を失うことになります。
しかし,裁判所構成法戦時特例の附則に,戦時終了の際において,必要な経過規定を勅令を以て定めるという規定がございますので,そのときの情勢によりまして,戦時中勅令に基づき行った裁判所の設立とか,管轄区域の変更とかが,そのまま,なお続けて行う必要があるような場合には,この附則の規定により,勅令でさらにそれを継続することとなり,その後の議会が開かれた機会に,なお必要であれば法律を以てそれをさらに続けていくことになります。
そうでない限り,戦時終了とともに,また元の法律による設立,管轄区域等の昔の状態が復活する,このように解釈すべきものと存じております。
② 地方行政協議会のある場所がすべて地方の中心地になり,すべての政策なり施策なり政治がその場所で行われますから,もとより裁判所は行政の直接干渉をうけるものではありませぬが,同じ場所にあった方が何かと便利かと存じまして,そういう考え方もあるということを申し上げたのであります。
3 地方行政協議会及び地方総監府
(1) 地方行政協議会は,地方行政の円滑化を目的とし,知事を主な構成員とした協議体である。
地方行政協議会令(昭和18年勅令第548号)に基づき昭和18年7月1日に全国9か所へ設けられ,その後8か所となった。
四国では当初愛媛県に置かれたが,昭和20年6月の政府答弁時には香川県に置かれていた。
(2) 地方総監府は,本土決戦に伴う国土分断を想定し,地方行政の統合と連絡調整を図るための応急的機関である。
地方総監府官制(昭和20年勅令第350号)に基づき昭和20年6月10日に全国8か所へ設けられ,同年11月6日に廃止された。
(3) 高橋明男・佐藤英世編『地方自治法の基本』(法律文化社,2022年)20頁は,地方総監府が組織的整備を見ないまま敗戦を迎えたとする。
また,原田大樹『行政法クロニクル[連載誌面合本版]』(有斐閣,2019年)197頁は,昭和18年の地方行政協議会と,昭和20年に本土決戦を想定して設けられた地方総監府の関係を整理している。
4 長崎市への原子爆弾投下
(1) 米国エネルギー省のマンハッタン計画史に掲載された昭和20年7月25日付の投下命令は,広島・小倉・新潟・長崎を投下目標として列挙し,同年8月3日頃以降,天候が許し次第,最初の特殊爆弾を投下するよう命じている。
同省の公刊史は,スティムソン陸軍長官が京都を投下目標から外し,長崎が同命令で京都に代わったと整理している。
(2) 同省の長崎投下作戦に関する解説によれば,昭和20年8月9日の主目標は小倉であり,長崎は予備目標であった。
小倉上空が煙や霞で覆われていたため,爆撃機は長崎へ向かい,長崎も曇っていたものの,最後に雲が切れたため目視投下が行われた。
(3) 長崎市「原子爆弾の投下と被害状況」によれば,原子爆弾は同日午前11時2分,長崎市松山町171番地の上空約500メートルで炸裂した。
(4) 長崎控訴院の福岡移転を定めた勅令第443号は原爆投下より8日前の昭和20年8月1日に公布されている。
したがって,少なくとも福岡移転の決定自体を原爆投下の影響によるものとすることは,時系列上できない。
(5) 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律の前文は,原子爆弾の投下で生じた放射能に起因する健康被害を,他の戦争被害とは異なる特殊な被害と位置付けている。
5 下級裁判所の設立及び管轄区域に関する政府答弁(昭和22年3月28日)
(1) 木村篤太郎司法大臣は,昭和22年3月28日の貴族院検察庁法案特別委員会において以下の答弁をしています(ナンバリング及び改行を追加したり,旧字体を新字体に変えたりしています。)。
① 「下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律案」に付て御説明申上げます、高等裁判所及び地方裁判所の設立及び管轄区域に付きまして申上げますると、之を従前の控訴院及び地方裁判所と比較致しますれば、従前の控訴院所在地七箇所の外に、高松市にも高等裁判所を設けまして、四国四地方裁判所管内を統一して、其の管轄区域としたこと、大阪高等裁判所は、従前の大阪控訴院の管轄区域より、高松、徳島、高知の三裁判所の管内を失ひ、広島高等裁判所は従前の広島控訴院の管轄区域より松山地方裁判所の管内を失つたこと、東京民事、刑事の両地方裁判所が併合されまして一個の地方裁判所となつたのであります、
又樺太、那覇の二つの地方裁判所が除かれたことが、從來と相違致して居りまするが、其の他は大体同じであります、
高松市に高等裁判所を設けましたことは、従来四国が二控訴院の管下に二分されて居りまして、現地に諸種の不便を与えて居りましたので、此の度此の不便を除去する為に、同一状況下にある四国四県を統一致しまして、一高等裁判所の管下に置くことに致したのであります、
尚今回設立することと致しました高等裁判所及び地方裁判所の名称は、総て所在地名を冠することと致しましたので、仙台市に設立される高等裁判所は仙台高等裁判所、津市に設立される地方裁判所は津地方裁判所となつて居ります、
② 簡易裁判所の設立及び管轄区域に關しましては、簡易裁判所が刑事訴訟法の改正に依りまして、治安の確保に極めて重要な任務を担当致しますることと、其の数も数百に及びまする関係から、慎重に現地の事情を調査して、之を檢討の上決定しなければなりませぬので此の度は此の法案の規定に基いて、之を暫定的に政令で規定することに致したのであります、
新憲法施行後の最初の国会には必ず簡易裁判所の設立及び管轄区域を定めた改正法案を提出する積りであります
(2) 仙台高裁の前身は宮城控訴院であり,津地裁の前身は安濃津地裁です。
(3)ア 1879年4月4日設置の沖縄県を管轄区域とする那覇地裁は,那覇地方裁判所及那覇区裁判所設置法(明治24年12月26日公布の法律第5号)に基づき同日に設置され,1945年3月26日開始の沖縄戦によって消滅しました。
イ 日本がポーツマス条約(1905年9月5日調印)9条に基づき取得した北緯50度以南の南樺太(みなみからふと)を管轄区域とする樺太地裁は,樺太地方裁判所及同管内二区裁判所設置ニ関スル法律(明治40年3月29日公布の法律第28号)に基づき1907年4月1日に設置され,1945年8月9日開始のソ連対日参戦に伴う樺太の戦いによって消滅しました。
ウ 1945年2月11日のヤルタ会議で署名され,1946年2月11日にアメリカ国務省によって発表されたヤルタ協定には「2 1904年の日本国の背信的攻撃により侵害されたロシアの旧権利が次のとおり回復されること。(a) 樺太の南部及びこれに隣接するすべての諸島がソヴィエト連邦に返還されること。」とか,「3 千島列島がソヴィエト連邦に引き渡されること。 」などと書いてあります。
(4) 昭和22年7月18日法律第89号によって,下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律(昭和22年4月17日法律第63号)に,簡易裁判所の設立及び管轄区域に関する事項が追加されました。
6 関連記事その他
(1) 大正初期から長崎,福岡,熊本及び佐賀は長崎控訴院の移転問題を巡って争っていましたが,1921年11月,政府は長崎控訴院移転改築の保留を閣議決定したため,移転問題は一旦,立ち消えとなっていました(福岡市HPの「(2)「高等裁判所」の誘致合戦 (福岡,熊本,佐賀,長崎) 」参照)。
(2) 明治憲法時代,大阪控訴院管内の地裁は,京都地裁,大阪地裁,神戸地裁,大津地裁,奈良地裁,和歌山地裁,徳島地裁,高松地裁,高知地裁という順番で記載されていました(赤字部分が現代の順番と異なります。)。
(3) 外務省HPに「核兵器使用の多方面における影響に関する調査研究について」(平成26年4月9日付)が載っています。
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 戦前の判事及び検事の定年
・ 裁判官及び検察官の定年が定められた経緯(日本国憲法の制定経緯を含む。)
・ ポツダム宣言の発表から降伏文書調印までの経緯
・ 明治憲法時代の親任官,勅任官,控訴院及び検事局
7 出典
① 最高裁判所事務総局編『裁判所百年史』(大蔵省印刷局,1990年)153頁~159頁
② 日本法令索引「裁判所構成法戦時特例中改正法律」及び同「裁判所構成法戦時特例廃止法律」
③ 第87回帝国議会貴族院裁判所構成法戦時特例中改正法律案特別委員会会議録(昭和20年6月9日)
④ 福岡市議会史掲載資料「『高等裁判所』の誘致合戦」
⑤ 高橋明男・佐藤英世編『地方自治法の基本』(法律文化社,2022年)20頁
⑥ 原田大樹『行政法クロニクル[連載誌面合本版]』(有斐閣,2019年)197頁
⑦ 米国エネルギー省「Order to Drop the Atomic Bomb」
⑧ 長崎市「原子爆弾の投下と被害状況」
⑨ e-Gov法令検索「下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律」及び同「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」