司法修習生の国籍条項に関する経緯


目次
1 経緯の概要
2 帰化して26期司法修習生となった弁護士の説明
3 昭和時代の最高裁判所の国会答弁
4 平成時代の最高裁判所の国会答弁
5 最高裁判所人事局任用課長経験者の回想
6 関連記事その他

1 経緯の概要
(1) 昭和51年採用の30期までは,司法修習生採用選考要領の欠格事由が「日本の国籍を有しない者」となっていて,司法修習生となるためには帰化して日本国籍を取得する必要がありましたから,台湾国籍では司法修習生に採用されませんでした(神戸合同法律事務所HPの「吉井正明」参照)。
    しかし,昭和52年に在日韓国人の金敬得が帰化せずに31期司法修習生に採用されて以降,司法修習生採用選考要領の欠格事由が「日本の国籍を有しない者(最高裁判所が相当と認めた者を除く。)」となりました。
    そして,平成21年11月採用の司法修習生(新63期)から,司法修習生採用選考要領の欠格事由から「日本の国籍を有しない者」が削除されました(外部ブログの「「司法修習生は日本国籍必要」条項を削除 最高裁」参照)。
(2) 在日本大韓民国民団HP「外国籍の司法修習生採用 国籍要件を削除」が載っています。

2 帰化して26期司法修習生となった弁護士の説明
(1) 自由と正義2006年7月号の「なぜ日本国籍がないと調停委員になれないのか」には以下の記載があります(2006年7月号31頁)。
司法修習生に関する国籍要件の歴史的経緯
(一) 日本国籍がなければ司法修習生に任命されなかった時代、私の経験
 現行の司法修習制度は一九四七年に開始され,当初司法修習生採用選考公告(現在の「要項」)には司法修習生の国籍に関する規程は存在しなかった。一九五五年、外国籍のまま司法修習生に採用する旨の申込みをした者がいたが、最高裁に拒否された。一九五七年の選考公告から欠格事由として「日本国籍を有しない者」との記載ができた。
 一九七一年、私は台湾国籍(当時の氏名は楊錫明)で司法試験に合格し,帰化の手続をとるとともに二六期司法修習生の採用申込みをなしたが、台湾国籍法によると四五歳になるまで国籍離脱の許可が得られない(日本国籍も取得できない)ことが判明した。そのため、私は最高裁に幾度も出頭し、台湾国籍のままでの採用の請願を行ったが、一九七二年三月、最高裁は私に対して不採用との連絡をした。私は納得がいかず、同年四月頃、東京弁護士会に人権救済の申立てをした。なお、一九七二年秋、日中国交回復により台湾が帰化を認めることとなり,私は日本国籍取得の上一年遅れではあるが二七期司法修習生に採用された。私は人権救済申立を取り下げ、最高裁に採用要項の撤廃を求めたが、採用要項が変更されることはなかった。
(二) 金敬得氏の闘い
 私の人権救済申立てを取り上げた新聞記事により,司法修習生の国籍要件の存在を知った故金敬得氏は、一九七六年秋、司法試験に合格した際、大韓民国籍のまま司法修習生に採用されたいと請願を行った。自由人権協会等が支援活動をなし、報道により社会的関心が高まったこともあり、翌一九七七年三月、最高裁は同氏の三一期司法修習生の採用を決定した。一九七八年の採用選考公告において、国籍要件に基づく欠格事由は「日本国籍を有しない者(最高裁判所が相当と認める者を除く。)」と規定され、括弧書きが付加され、現在に至っている。
(2) ちなみに,日本国憲法22条2項は「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。」と定めています。
    また,昭和23年12月10日の第3回国連総会で採択された世界人権宣言15条2項は「何人も、ほしいままにその国籍を奪われ、又はその国籍を変更する権利を否認されることはない。」と定めています。

3 昭和時代の最高裁判所の国会答弁
(1) 高輪1期の矢口洪一最高裁判所人事局長の答弁,昭和49年2月19日の衆議院法務委員会において以下の答弁をしています(ナンバリング及び改行を追加しました。)。
① 修習生の採用にあたって外国人でもいいではないかというお尋ねでございますが、確かに日本人でなければいけないという趣旨の明文の規定がございませんので、現行法の解釈として積極、消極の両説が考えられるところでございます。
    最高裁判所ではこの点慎重に検討いたしまして、昭和三十二年の採用時以降、国籍のないことが欠格条件であるという募集要項による明文の要件を設けたわけでございまして、自来そのような扱いをいたしておるわけでございますが、その理由として申し上げ得ることは、修習制度が将来のわが国の法曹を国家の費用によって養成する制度であるということ、また修習生は、法律上は国家公務員ではございませんけれども、最高裁判所が任免権を持っておりまして、兼職を禁止されております。修習によって知り得た秘密を守る義務が課せられております。
    また御承知のように公務員に準じた給与を受けるということで、実質的には公務員とかわらない面を非常に多く持っておるわけでございます。
② そういうことから考えますと、明文の規定は欠いておりますけれども、現在の修習制度というものを考えます以上は、やはり日本国民を対象として設けられたものであるといわざるを得ないということでございまして、それが今日日本国籍を欠くということを欠格条項としておる理由でございます。
    もちろん、こういった考え方につきましては、長い時間がたっておりますので、国籍ということを問題にするとしても、もっと広い視野からの相互主義というものを考えるべきではないかといったような考えもあり得るわけでございますが、当時これをきめますにあたりましては、日本弁護士連合会の御意見等も十分に伺いまして、このような扱いをきめたということでございます。
(2) 高輪1期の矢口洪一最高裁判所事務次長は,昭和52年3月15日の衆議院法務委員会において以下の答弁をしています(ナンバリング及び改行を追加しています。)。
① 司法官試補は、判検事に任命を予定いたしております公務員でございまして、身分も高等官待遇ということで、当初から公務員でございます。
 司法修習生はそういう意味の厳格な公務員ではないということが、一番大きな相違でなかろうかと思います。
② 当時私が主管局長でございましたので、当時の考えを率直に申し上げますと、このところで問題になりましたのは楊錫明という台湾の方でございました。
 御本人は帰化ということも十分お考えになったようでございますが、台湾の特殊な地位というようなこともあって、それも非常に困難ではないかということからこの問題が起こったわけでございまして、翻って考えてみますと、確かに国籍を要件とするということも少し狭過ぎるのではないかということも率直に考えられたわけでございます。
 慎重に検討させていただくということで、引き続きその問題の解決ができないような場合には、もう少し突き進んだ考え方をしていかなければいけないかもしれない。
 ただ、三十一年に国籍を要件としたということも、これはそれなりに理由のあることでございますので、それだけが障害であるならば、できるだけ国籍を取得していただくという方向で解決することも、それはまたそれで結構な解決ではないかというふうに考えておりまして、結局においては帰化されましたので、この問題を最終的に煮詰めるという段階に至らなかったわけでございます。
 そういう意味で、三十一年の決定といいますか、要件というものが今日まで生きてきておったということでございます。
 それはそれなりにやはり理由のあることであろうと思いますが、今度改めて新たな問題が出てまいりまして、今回のケースと前回のケースを比べました場合に、必ずしもすべてが同じケースであるとも言いかねる面がございます。
 そういう点も、先ほど人事局長が御答弁しましたが、裁判官会議で十分御検討いただく必要があるだろうと考えておるわけでございます。

4 平成時代の最高裁判所の国会答弁
・ 29期の大谷直人最高裁判所人事局長は,平成22年3月12日の衆議院法務委員会において以下の答弁をしています(ナンバリング及び改行を追加しています。)。
① 平成二十一年度の十一月期の採用選考要領から、「日本の国籍を有しない者(最高裁判所が相当と認めた者を除く。)」こういう従来入っていた欠格事由の記載が削除されたということは御指摘のとおりでございます。
 その経緯についてちょっと御説明いたしますと、日本国籍を有しない者が司法修習生への採用を希望した場合、これは古く昭和五十二年の時点から、その人の法的な地位の安定性それから居住の継続性等を考慮して日本国民と同等の取り扱いをしても差し支えないかどうかということを個別的に判断した上で、実際には司法修習生としてそういう応募者を採用してまいりました。そういう運用が安定的に長く続いてきたこともありまして、欠格事由という言葉、日本国籍を有しないことのみをもってあたかも採用されないというふうに思われるような記載は削除する方が相当であろうということで判断し、その事項を削除したというものでございます。
 したがいまして、平成二十一年を機会に何か採用の基準あるいは取り扱いをそれまでと変更したというものではございません。
② その廃止(山中注:平成2年,外国籍の採用希望者に対して提出を求めていた法律遵守の誓約書の廃止)についても事実でございますが、これも運用が安定してきたからということで行わなくなったものではありますが、ただ、先ほど言いましたように、日本国籍を有しない者については個別に判断をしていくという点は変わっておりませんので、事前の面接をする際に、その点についてきちっと遵守してもらえるかどうか、この点は十分確認した上で採用しておりますので、実質的には変わるところはございません。
③ 外国籍の方につきましては、その人の特定という意味がございますので、戸籍にかわるものとして外国人登録原票記載事項証明書、この証明書の提出を求めております。

5 最高裁判所人事局任用課長経験者の回想
・ 一歩前へ出る司法57頁及び58頁には以下の記載があります(改行を追加しています。)。
 私(山中注:15期の泉徳治最高裁判所人事局任用課長)は、裁判官会議の最終決定が出るまでは(山中注:韓国国籍のまま司法修習生に採用されたいという金敬得氏及び弁護士等の支援者との面談において)何も言えず、従来の最高裁の取扱いを繰り返し説明するだけでしたが、一方で、司法修習の担い手である弁護士会や検察庁、それに法務省や外務省などに意見照会をしておりました。
 法務省や外務省からは、最高裁が外国籍のままで司法修習生を採用することに異存はないという意見が返ってきました。当時、日本がアメリカから日米友好通商航海条約に基づき弁護士業務の自由化を求められていたという状況が有利に働いたのではないかと思います。
こういう経過を裁判官会議に報告し、金さんの司法修習生採用を決定してもらい、司法修習生採用選考要領の欠格事由を「日本の国籍を有しない者(般高裁判所が相当と認めた者を除く)」と変更することになりました。現在では、この欠格事由そのものがなくなっております。
裁判官会議には、通常、事務担当者として人事局長しか参列しませんが、このときは、細かい質問があった場合に備えるということで、任用課長の私も参列しました。

6 関連記事その他
(1) 法の下における平等の原則を定めた憲法14条1項の趣旨は、特段の事情の認められない限り、外国人に対しても類推適用されます(最高裁大法廷昭和39年11月18日判決)。
(2)ア 平成29年5月12日付の司法行政文書不開示通知書によれば,司法修習生採用に際しての国籍条項が廃止されるに至った経緯が分かる文書は,保存期間を満了しており廃棄済みです。
イ 日弁連は,平成6年3月28日付の最高裁判所長官宛要望において,「最高裁判所が司法修習生採用選考において、外国籍の者や逮捕歴・起訴歴を有する者に対して、本人の誓約書や保証人を求めていることは憲法等に違反するとして、司法修習生採用選考要項の「国籍条項」を削除するとともに、これらの差別的取扱・慣行を行わないよう要望した」みたいです(日弁連HPの「司法修習生採用時の国籍条項等による差別人権救済申立事件(要望)」参照)。
(3)ア 外国の国籍を有する日本人は外務公務員となることができません(外務公務員法7条,人事院規則8-18(採用試験)9条2項)。
イ  国会議員の被選挙権を有する者を日本国民に限っている公職選挙法10条1項と憲法15条,市民的及び政治的権利に関する国際規約25条に違反しません(最高裁平成10年3月13日判決)。
ウ 地方公共団体が,公権力の行使に当たる行為を行うことなどを職務とする地方公務員の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築した上で,日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることは,労働基準法3条,憲法14条1項に違反しません(最高裁大法廷平成17年1月26日判決)。
(4) 外国人登録原票は現在,法務省入国管理局で保管されています(法務省入国管理局HP「外国人登録原票を必要とされる方へ」参照)。
(5) 一時的に我が国に滞在し将来出国が予定される外国人の事故による逸失利益を算定するに当たっては,予測される我が国での就労可能期間内は我が国での収入等を基礎とし,その後は想定される出国先での収入等を基礎とするのが合理的であり,我が国における就労可能期間は,来日目的,事故の時点における本人の意思,在留資格の有無,在留資格の内容,在留期間,在留期間更新の実績及び蓋然性,就労資格の有無,就労の態様等の事実的に及び規範的な諸要素を考慮して,これを認定するものとされています(最高裁平成9年1月28日判決)。
(6) 国籍法3条1項が,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した後に父から認知された子について,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した(準正のあった)場合に限り届出による日本国籍の取得を認めていることによって,認知されたにとどまる子と準正のあった子との間に日本国籍の取得に関する区別を生じさせていることは,遅くとも上告人が国籍取得届を提出した平成15年当時において,憲法14条1項に違反していました(最高裁大法廷平成20年6月4日判決)。
(7)ア 以下の資料を掲載しています。
・ 外国人登録法の廃止に伴い回収された外国人登録原票に係る開示請求手続について(平成23年12月13日付の法務省入国管理局登録管理官の事務連絡)
・ 外国人登録法の廃止に伴い回収された外国人登録原票に係る開示請求手続について(平成24年3月21日付の日弁連事務総長の依頼)
・ 弁護士法23条の2の規定に基づく外国人登録原票の照会への対応について(平成24年7月30日付の法務省入国管理局出入国管理情報官付補佐官の事務連絡)
イ 以下の記事も参照してください。
・ 在日韓国・朝鮮人及び台湾住民の国籍及び在留資格
・ 在日外国人への社会保障法令の適用
・ 司法修習生の採用選考の必要書類
・ 民間労働者と司法修習生との比較


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