第1 外部経験制度の目的と資料の読み方
1 制度の目的
判事補の外部経験は,裁判所の外で多様で豊かな知識,経験及び感覚を得る機会を設け,裁判官の能力及び資質の向上を図る制度である。最高裁判所は,平成16年6月23日の裁判官会議で「判事補の経験の多様化についての基本方針」を定め,原則としてすべての判事補に,判事補在職中に外部経験の機会を与えることとした。もっとも,外部経験は一つの法律で統一的に定められた単一制度ではなく,訟務検事,法務省,行政官庁,弁護士職務経験,在外公館,法整備支援,民間企業,海外留学その他の各コースで,外部経験中の身分,期間及び判事任命資格への算入方法が異なる。
2 年度別資料
本記事は,最高裁判所人事局が作成した「判事補の外部経験について」(令和7年4月)を中心に,令和7年4月現在の制度を整理したものである。平成26年度から令和7年度までの新任判事補研修資料は,新任判事補研修の資料にまとめているが,派遣先及び運用は年度によって変わるため,古い年度の資料を現行制度の説明として読むべきではない。
3 予定人数と実績人数の区別
令和7年4月資料に記載された「予定人数」は,原則として制度設計上の年間予定数であり,その年度に実際に派遣された人数を意味しない。また,弁護士職務経験の資料に掲載された法律事務所一覧は,令和3年度から令和7年度までの受入実績であり,同一覧に掲載された全事務所が令和7年度の受入先であるという意味ではない。したがって,予定人数,単年度実績,複数年度の受入先一覧及びある時点の在籍者数は,区別して読む必要がある。
第2 令和7年4月現在の外部経験コース
1 コースの全体像
令和7年4月資料が示す主なコースは,次のとおりである。
| コース | 主な派遣先 | 標準的な期間 | 外部経験中の主な身分 | 年間予定数等 |
|---|---|---|---|---|
| 訟務検事 | 法務局及び法務省訟務局等 | 原則2年 | 検事 | 10人 |
| 法務省 | 民事局及び刑事局等 | 2年又は3年 | 検事 | 10人 |
| 弁護士職務経験 | 法律事務所 | 原則2年 | 裁判所事務官兼弁護士 | 10人 |
| 行政官庁 | 金融庁,公正取引委員会及び各省庁等 | 原則2年 | 検事又は派遣先職員 | 全体概要では30人 |
| 在外公館 | 日本国大使館及び政府代表部 | 2年程度 | 外務事務官等 | 若干名 |
| 法整備支援 | インドネシア及びカンボジア | 1年又は2年 | 検事又はJICA長期専門家 | 若干名 |
| 民間企業長期研修 | 民間企業 | 1年 | 判事補 | 10人 |
| 日本銀行 | 日本銀行 | 1年 | 判事補 | 1人 |
| シンクタンク | 21世紀政策研究所 | 1年 | 判事補 | 1人 |
| 海外留学 | 海外の大学院等 | 1年又は2年 | 判事補 | 30人 |
| 衆議院法制局 | 衆議院法制局 | 2年 | 衆議院法制局参事 | 1人 |
| 国立国会図書館 | 国立国会図書館 | 2年 | 国立国会図書館参事 | 1人 |
| 預金保険機構 | 預金保険機構 | 2年 | 預金保険機構職員 | 若干名 |
行政官庁の30人は全体概要に示された計画数であり,個別派遣先の欄には「若干名」と記載されている。民間企業,日本銀行及びシンクタンクについても,資料の総括欄と個別欄の区分が異なるため,各欄の数字を機械的に合計してはならない。
2 訟務検事及び法務省
訟務検事は,国を当事者とする訴訟等を担当する法務局又は法務省訟務局等で勤務し,原則として2年間,検事の身分となるが,法務省訟務局で勤務する場合は2年又は3年とされている。法務省では,民事局及び刑事局等で2年又は3年間勤務し,検事の身分となる。いずれも,検事としての在職は,裁判所法42条1項が判事任命資格について掲げる在職期間に含まれる。
3 弁護士職務経験
弁護士職務経験は,東京,大阪,名古屋,福岡及び札幌を中心とする法律事務所で,原則として2年間,弁護士として勤務するコースである。令和7年4月資料の年度別欄では,令和7年度の実績として東京8人,大阪1人,名古屋1人及び福岡1人の合計11人が掲載されており,同資料の制度概要にある年間予定数10人とは一致しないが,これは予定数と実績数の違いによるものであり,矛盾ではない。弁護士職務経験の法律関係及び手続は,判事補及び検事の弁護士職務経験制度で詳しく説明している。
4 行政官庁,在外公館及び法整備支援
行政官庁の派遣先には,金融庁,証券取引等監視委員会,総務省行政不服審査会,公害等調整委員会,国税不服審判所,文部科学省原子力損害賠償紛争和解仲介室及び中央労働委員会のほか,各省庁が含まれる。行政機関等への出向では,判事補の身分のまま勤務するとは限らず,検事又は派遣先の職員となる場合があり,その仕組みは,行政機関等への出向裁判官―身分・人数・判検交流を解説(AIリライト)で整理している。
在外公館の派遣先として,令和7年4月資料は,中国,米国及びカナダの日本国大使館,在ストラスブール日本国総領事館,国際連合日本政府代表部並びに在ジュネーブ国際機関日本政府代表部を掲げており,赴任前には約3か月の研修が予定されている。法整備支援の派遣先は,インドネシアのジャカルタ及びカンボジアのプノンペンであり,赴任前には約6か月の研修が予定されているため,古い資料に掲載された国又は機関を現在の派遣先として記載し続けないよう注意が必要である。
5 民間企業,日本銀行及びシンクタンク
民間企業長期研修は1年間であり,資料には商社,金融機関,製造業,運輸業,情報通信業その他の受入先例が掲載され,日本銀行及び21世紀政策研究所への派遣も1年間である。これらのコースでは,判事補の身分を保ったまま派遣先で勤務するため,判事補としての在職期間が継続する。企業内での経験には,意思決定の過程,事業部門との調整,費用及び顧客への説明を組織の内部から理解する意義がある一方,受入企業の慣行又は価値判断を無批判に裁判実務へ持ち込まないことも重要である。
6 海外留学その他
海外留学は1年又は2年であり,判事補の身分を保ったまま海外の大学院等で学ぶコースで,年度別の状況は,判事補の海外留学状況に掲載している。衆議院法制局では2年間,衆議院法制局参事として勤務し,判事補の職権の特例等に関する法律3条の3は,裁判所法41条,42条及び44条の適用について,その在職を法務事務官等の在職とみなしている。国立国会図書館及び預金保険機構への派遣はいずれも2年間であるが,令和7年4月資料は,国立国会図書館参事及び預金保険機構職員としての在職期間を判事任命資格に算入しないことを明記している。
第3 外部経験中の身分と判事任命資格
1 裁判所法42条の基本構造
裁判所法42条1項は,判事補,簡易裁判所判事,検察官,弁護士等の職に在った年数を通算して10年以上となる者の中から,判事を任命すると定めている。同条2項は,同条1項に掲げる職の一又は二以上に在った年数が通算して3年以上になった後の裁判所事務官,司法研修所教官,裁判所職員総合研修所教官,法務事務官又は法務教官等の在職について,その2分の1を同条1項の在職年数とみなす制度を定めている。したがって,外部経験を一律に「判事補在職として10年に算入される」と説明することはできず,まず外部経験中の法的身分を特定し,裁判所法42条1項,2項又は特別法のいずれにより算入されるかを確認する必要がある。
2 弁護士職務経験中の身分
判事補及び検事の弁護士職務経験に関する法律によれば,最高裁判所は本人の同意を得て期間を定め,弁護士となるための任命替えについて弁護士会及び日弁連と取り決める。対象者は裁判所事務官に任命されると同時に判事補の官を失い,弁護士登録を受け,受入法律事務所に雇用されて弁護士業務に従事し,国から俸給は支給されず,受入法律事務所から給与を受ける。
職務経験の期間は原則として2年を超えない範囲で定められ,延長後も通算3年を超えることができず,期間終了後も判事補へ自動的に復帰するのではなく,最高裁判所による任命手続が必要である。弁護士としての在職期間は裁判所法42条1項の在職年数に含まれ,裁判所事務官の身分も併せ持つが,資格算入の説明では,まず弁護士在職を根拠とするのが明確である。
3 資格算入されないことが明記されたコース
令和7年4月資料は,在外公館で外務事務官等として勤務する期間,国立国会図書館参事として勤務する期間及び預金保険機構職員として勤務する期間について,判事任命資格に算入しないことを明記している。他方,民間企業長期研修,日本銀行,シンクタンク及び海外留学では判事補の身分が維持され,訟務検事及び法務省では検事の身分となる。法整備支援は検事又はJICA長期専門家という身分の違いがあるため,派遣先名だけで資格算入の有無を判断すべきではない。
第4 選考と復帰後の異動
1 弁護士職務経験の選考
弁護士職務経験を希望する判事補は,裁判官第二カードに希望を記載し,最高裁判所が対象者を選考して複数の候補事務所を提示した後,対象者が事務所を訪問して勤務条件等を協議し,受入事務所を選択する。その後,最高裁判所と日弁連等が必要な調整を行い,受入事務所との雇用契約及び弁護士登録を経て職務経験を開始するため,本人の希望,裁判所側の選考及び受入事務所との合意が必要であり,単なる転勤命令と同じ仕組みではない。
2 復帰後の異動方針
令和7年4月資料は,外部経験前後で地域を移動しない場合,通常の異動先の条件によるとする。地域を移動して民間企業へ派遣された場合は,1年間の外部経験後,残任期を新しい地域の裁判所で勤務し,その他の外部経験で地域を移動した場合は,本人が希望すれば,原則として外部経験後2年間,新しい地域の裁判所で勤務する。希望するコース又は地域が実現しなかった場合,次回以降の人事で有利な取扱いをすることがあるが,海外留学後に語学を必要とする司法行政事務又は在外公館勤務へ進む場合など,資料に例外が示されている。
資料が「最高裁指定庁」として掲げるのは,東京,横浜,さいたま,千葉,大阪,京都,神戸,名古屋,広島及び福岡である。海外留学は地域移動のないコースとして扱って帰国後の異動条件を定め,在外公館及び法整備支援の外国勤務地は,異動上,東京に所在するものとして扱う。もっとも,個々の判事補の具体的な配置は,人事上の事情及び本人の希望等に左右されるため,公表された一般方針だけから将来の異動先を断定することはできず,出向後に判事へ任命される時期については,出向経験のある判事補が判事になるタイミング(AIリライト)で説明している。
第5 人数と実績の読み方
1 令和6年度の外部研修実績
最高裁判所が国会へ提出した「裁判官の外部研修の概要(令和6年度)」によれば,民間企業等への短期研修は8機関16人,民間企業長期研修は9人,日本銀行は1人,シンクタンクは1人,行政機関は合計15人,在外公館は米国及びカナダの合計2人であった。ただし,同資料は「外部研修」の一部についての実績表であり,弁護士職務経験,海外留学及び法務省勤務等を含むすべての外部経験コースの単年度総数を示す資料ではない。
2 国会答弁で示された規模
平成27年5月14日の参議院法務委員会では,最高裁判所事務総局人事局長が,当時の年間規模として,民間企業約15人,弁護士約10人,海外留学約35人及び行政機関約35人と説明した。令和3年4月6日の参議院法務委員会では,判事補の外部経験によって毎年100人程度が裁判官の身分を離れるため欠員が生じるとの説明があり,令和4年3月9日の衆議院法務委員会では,裁判所外で勤務する判事補相当年次の者が毎年約120人いるとの説明があった。これらの数字は,質問の対象,基準時及び「裁判官の身分を離れる者」か「裁判所外で勤務する者」かという定義が異なるため,単純に時系列比較して増減を断定することはできない。
3 短期派遣研修との違い
司法研修所の裁判官研修には,企業,報道機関その他の外部機関へ約10日間派遣する短期研修もあり,最高裁判所の裁判官研修の説明によれば,この研修は昭和57年に始まり,近年の参加者は年間約20人である。短期派遣研修は,判事補が1年から3年程度にわたり裁判所外で勤務又は留学する外部経験とは,対象者,期間及び法的身分が異なるため,本記事の人数と短期研修の人数を合算すべきではない。
第6 制度の意義と評価上の限界
1 公式の位置付け
最高裁判所は,外部経験を,広い視野と多様な知識経験を身に付けるための制度と位置付けている。採用広報に掲載された外部経験制度の利用(その1)及び外部経験制度の利用(その2)は,行政機関又は法律事務所で勤務した裁判官個人の経験を紹介しており,制度利用者の具体的な受け止めを知る資料として有用であるが,採用広報上の個人体験であり,制度全体の効果を統計的に検証した資料ではない。
2 異なる評価
千葉勝美は,一橋大学法学研究科の講演録「裁判官とは何者か?―その実像と虚像とのはざまから見えるもの―」16頁で,民間企業,法律事務所及び行政機関等での経験が,裁判官の育成と公共的な仕事への貢献という二つの面を持つと評価している。加藤新太郎『四日目の裁判官―司法の小窓から見た事件と世間』(岩波書店,2024年)48頁~51頁は,企業研修について,組織内の意思決定,部門間の連携,費用意識及び顧客への説明を現場で学ぶ意義を具体的に述べている。
他方,岡口基一『裁判官は劣化しているのか』(羽鳥書店,2019年)129頁~130頁は,実務の基礎を身に付ける時期に長期間裁判所を離れ,復帰後に単独事件を担当する運用の負担を問題としている。また,木佐茂男『司法改革と行政裁判』(日本評論社,2016年)269頁~270頁は,行政機関又は民間企業で得た専門知識を生かすことと,派遣先の組織意識から距離を保つことの双方を課題として指摘している。このように,外部経験の意義は,裁判所以外の実務を知ることだけでなく,得た経験を裁判官として独立して検討し直せるかという点まで含めて評価する必要がある。
3 公表資料から確認できない点
公表資料からは,コースの種類,派遣先,期間,身分,予定人数及び一部年度の実績を確認できる。これに対し,各コースの応募者数と選考率,参加者の属性別内訳,経験前後の能力変化,裁判内容への影響及び長期的な人事評価への効果を一貫して測定した公表資料は確認できない。したがって,制度の必要性又は問題点を論じる際には,制度上確認できる事実,参加者又は論者の評価,公表資料からは検証できない効果を区別すべきである。
第7 関連記事
③ 行政機関等への出向裁判官―身分・人数・判検交流を解説(AIリライト)
⑥ 出向経験のある判事補が判事になるタイミング(AIリライト)
第8 出典・参考資料
1 法令
2 最高裁判所資料
最高裁判所人事局「判事補の外部経験について」(令和7年4月)
最高裁判所「裁判官の外部研修の概要(令和6年度)」
最高裁判所「判事補の経験の多様化について」(平成13年12月11日)
最高裁判所「裁判官制度の改革について」(平成15年2月24日)
最高裁判所・日本弁護士連合会「弁護士任官等に関する協議の取りまとめ」(平成13年12月7日)
3 国会会議録
第189回国会参議院法務委員会第11号(平成27年5月14日)発言番号90
第204回国会参議院法務委員会第5号(令和3年4月6日)発言番号29及び67
第208回国会衆議院法務委員会第5号(令和4年3月9日)発言番号17
4 文献
加藤新太郎『四日目の裁判官―司法の小窓から見た事件と世間』(岩波書店,2024年)48頁~51頁
岡口基一『裁判官は劣化しているのか』(羽鳥書店,2019年)129頁~130頁
木佐茂男『司法改革と行政裁判』(日本評論社,2016年)249頁及び269頁~270頁