第1 結論
令和8年4月1日から,養育費,婚姻費用その他の扶養義務等に係る請求権に基づいて財産開示手続又は給与債権に係る第三者からの情報取得手続を申し立てると,その申立てと同時に,これらの手続で判明した給与債権に対する差押命令の申立てもしたものとみなされるようになった(民事執行法167条の17第1項)。
裁判所は,この仕組みを「ワンストップ執行手続」と呼んでいる。
財産開示手続から入った場合に,債務者が財産を開示しなかったときは,債権者が別段の意思を表示しない限り,執行裁判所は,債務者の住所のある市町村に対し,勤務先等の給与に関する情報の提供を命じなければならない(同条2項)。
これにより,財産開示,勤務先の特定及び給与の差押えを,1回の申立てで連続して進めることができる。
もっとも,差押命令の申立てをしたものとみなされるのは,給与債権(民事執行法206条1項各号に規定する債権)に限られる。
銀行口座の預貯金は対象外であり,預貯金を差し押さえるには,預貯金債権に係る第三者からの情報取得手続(同法207条)と差押命令の申立てを別に行う必要がある。
財産開示から勤務先の特定,銀行口座の差押えまでを1回の申立てで行えるという理解は,銀行口座の部分について条文と一致しない。
本記事は,令和8年9月11日時点の法令,裁判所の手続案内及び公表されている立法資料に基づき,この制度を利用できる債権者,二つの入口(財産開示手続と情報取得手続),給与債権に限られた経緯及び申立ての前後で注意すべき点を整理するものである。
養育費の回収方法全体(履行勧告,給与差押えの範囲,将来分の差押え,消滅時効等)は養育費を払わない場合の回収方法―履行勧告・給与差押え・先取特権・ワンストップ執行(AI作成)で,先取特権の要件と上限額は養育費債権の先取特権とは―対象範囲,子1人当たり月額8万円の上限及び差押え(AI作成)で説明している。
第2 制度の位置付けと施行時期
1 改正前は三つの申立てを別々にする必要があった
強制執行を申し立てるには,差し押さえる財産を特定する必要がある。
相手の勤務先や財産が分からない場合は,財産開示手続や第三者からの情報取得手続を使って財産を調べ,判明した財産に対する差押えを改めて申し立てることになる。
法務省民事局長は,令和6年4月5日の衆議院法務委員会で,これらの手続についてそれぞれ別個に申立てをしなければならず,一人親家庭にとっての負担となっているとの指摘があると答弁しており,ワンストップ執行手続はこの申立ての負担を軽減するために設けられた。
2 令和6年法律第33号による新設と経過措置
民事執行法167条の17は,民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)による改正で新設された。
同法は令和6年5月24日に公布され,167条の17は令和8年4月1日に施行された。
同法附則7条は,改正後の167条の17(193条2項において準用する場合を含む。)の規定は,施行日以後に申し立てられる民事執行の事件について適用すると定めている。
基準は申立ての日であるから,令和8年3月31日以前に成立した調停調書や公正証書に基づく場合でも,令和8年4月1日以後に申し立てるのであれば,この仕組みを利用できると考えられる。
東京地方裁判所民事執行センターの書式案内も,令和8年3月31日までの養育費に関する調停調書,審判書,公正証書等がある場合を,債務名義に基づく申立書の例として挙げている。
これに対し,子の監護費用の先取特権は,施行日以後に生じた各期の定期金についてのみ適用される(同法附則3条1項)。
そのため,先取特権に基づいてワンストップ執行手続を利用する場合に請求できるのは,令和8年4月1日以後に生じた分に限られる。
第3 利用できる債権者
1 対象となる請求権
対象となるのは,民事執行法151条の2第1項各号に掲げる義務に係る請求権であり,具体的には次の四つである。
①夫婦間の協力及び扶助の義務(民法752条)
②婚姻から生ずる費用の分担の義務(民法760条)
③子の監護に関する義務(民法766条及び766条の3。749条,771条及び788条において準用する場合を含む。)
④扶養の義務(民法877条から880条まで)
このうち法定養育費(民法766条の3)は,令和6年法律第33号による改正で③に加えられた。
2 債務名義を有する債権者
第一の類型は,これらの請求権について執行力のある債務名義の正本を有する債権者である(民事執行法167条の17第1項)。
家事調停調書,家事審判書,執行認諾文言付きの公正証書,判決,和解調書等がこれに当たる。
これらの請求権と併せて慰謝料や解決金を請求する場合,裁判所は,債務名義に基づく通常の強制執行の申立てや執行文が別に必要になると案内している。
3 子の監護費用の先取特権を証する文書を提出した債権者
第二の類型は,債務者の財産について一般の先取特権(民法306条3号の子の監護の費用に係るものに限る。)を有することを証する文書を提出した債権者である。
民事執行法193条2項は,この債権者が財産開示手続(197条2項)又は給与債権に係る情報取得手続(206条2項)の申立てをした場合について,167条の17を準用している。
裁判所の案内は,この類型として,合意,調停,審判,公正証書等で取り決めた養育費(形成養育費),法定養育費及び子の監護に要する費用を含む婚姻費用分担金を挙げている。
父母の間の私的な合意書も,担保権を証する文書として提出することができるが,裁判所から,その文書が作成者とされる者の意思に基づいて作成されたことを証明する資料の追加を求められることがある。
法定養育費の要件は法定養育費とは―請求要件,子1人当たり月額2万円及び支払期間(AI作成)で,婚姻費用に含まれる子の監護費用の扱いは婚姻費用が支払われない場合-履行勧告・給与差押え・令和8年の先取特権(AI作成)で説明している。
先取特権が及ぶのは月額8万円に子の数を乗じた額までであり,これを超える部分を請求するには債務名義が必要となる。
東京地方裁判所民事執行センターは,債務名義と先取特権の両方に基づく申立てもできるとしている。
第4 財産開示手続から入る場合
1 申立ての要件と手続の流れ
財産開示手続は,債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所に申し立てる(民事執行法196条)。
申立てには,次のいずれかの要件が必要である(債務名義に基づく場合は197条1項,先取特権に基づく場合は同条2項)。
①強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(申立ての日より6月以上前に終了したものを除く。)において,完全な弁済を得られなかったこと
②知れている財産に対する強制執行(又は担保権の実行)を実施しても,完全な弁済を得られないことの疎明があったこと
また,債務者が申立ての日前3年以内に財産開示期日において財産について陳述したものであるときは,原則として財産開示手続の実施決定をすることができない(197条3項)。
ただし,その期日で一部の財産を開示しなかったとき,その後に新たに財産を取得したとき,又はその後に債務者と使用者との雇用関係が終了したときは,この限りでない(同項1号から3号まで)。
執行裁判所は,要件を満たすと認めると財産開示手続の実施決定をし,これを債務者に送達する(197条4項)。
実施決定は確定しなければ効力を生じず(同条6項),確定すると財産開示期日が指定される。
東京地方裁判所民事執行センターの案内では,財産開示期日は実施決定の確定からおおむね1か月後に指定され,その7日から10日前が財産目録の提出期限とされる。
財産開示期日に正当な理由なく出頭せず,又は宣誓を拒んだ開示義務者は,6月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処せられる(213条1項5号)。
2 開示された給与債権に対する差押え
財産開示手続の申立てをした場合に差押命令の申立てをしたものとみなされるのは,その手続で債務者が開示した債権のうち,民事執行法206条1項各号に規定する債権に限られる(167条の17第1項1号)。
206条1項各号に規定する債権とは,地方税法317条の2第1項ただし書に規定する給与に係る債権(1号)と,厚生年金保険の被保険者が支払を受ける報酬又は賞与に係る債権(2号)である。
東京地方裁判所民事執行センターの解説資料によれば,債務者が「開示」したといえるかどうかは,財産が執行可能な程度に特定されているかを考慮して判断される。
開示された財産に給与債権が含まれていれば,差押命令の手続に進む。
開示された財産に給与債権が含まれていなければ,差押命令の申立てをしたものとみなされる債権が存在しないことになるため,手続は終了する。
3 債務者が財産を開示しなかった場合の市町村への情報提供命令
執行裁判所の呼出しを受けた債務者が財産を開示しなかったときは,債権者が別段の意思を表示した場合を除き,執行裁判所は,債務者の住所のある市町村(特別区を含む。)に対し,給与に係る債権の差押えに必要な事項について情報の提供をすべき旨を命じなければならない(167条の17第2項)。
債権者が給与債権に係る情報取得手続(206条)を別に申し立てる必要はなく,財産開示手続の中で裁判所が命ずる点に,この制度の実質的な意味がある。
条文は,出頭の有無で区別せず「財産を開示しなかつたとき」と定めている。
この情報提供命令の相手方は市町村に限られ,日本年金機構等の厚生年金保険の実施機関は含まれない。
この裁判には205条3項から5項までが準用されるので,命令は債務者に送達され,債務者は執行抗告をすることができ,命令は確定しなければ効力を生じない(167条の17第3項)。
裁判所の案内では,情報提供命令は債務者及び申立人に送付され,債務者は1週間以内に執行抗告をすることができ,命令が確定した後に市区町村へ送付される。
市区町村から給与債権に関する情報が提供されれば差押命令の手続に進み,給与債権が判明しなければ手続は終了する。
第5 給与債権に係る情報取得手続から入る場合
1 情報の提供を命じられる第三者
給与債権に係る第三者からの情報取得手続(民事執行法206条)では,債権者が選択した次の者に対し,給与債権の差押えに必要な事項について情報の提供が命じられる。
①市町村(債務者の市町村民税の事務に関して知り得た給与の情報)
②日本年金機構,国家公務員共済組合,地方公務員共済組合等(債務者が厚生年金保険の被保険者である場合の報酬又は賞与の情報)
債務名義を有する債権者は206条1項により,子の監護費用の先取特権を証する文書を提出した債権者は同条2項により申し立てる。
いずれも,197条1項各号又は2項各号の要件(配当等での不奏功又は知れている財産で完全な弁済を得られないことの疎明)を満たす必要がある。
この申立てをすると,情報が提供された給与債権に対する差押命令の申立てもしたものとみなされる(167条の17第1項2号)。
2 3年以内に財産開示期日が実施されていること
206条の申立ては,財産開示期日における手続が実施された場合において,その財産開示期日から3年以内に限りすることができる(206条3項,205条2項)。
裁判所の案内も,ワンストップ執行手続(第三者からの情報取得)は債務者に対し3年以内に財産開示期日が実施されたことが要件になるとして,財産開示期日が実施されたことの証明書の提出を求めている。
財産開示手続を経ていない債務者について,いきなりこちらの入口から入ることはできない。
3 手続の流れ
裁判所の案内によれば,要件を満たすと情報提供命令が発令され,その正本が債務者及び申立人に送付される。
債務者は1週間以内に執行抗告をすることができ,命令が確定すると第三者に送付される。
第三者の回答期限の定めはないが,2週間程度が一つの目安とされている。
情報提供がされると,執行裁判所は申立人に書面の写しを送付し,債務者に情報の提供がされた旨を通知する(208条2項)。
その後,差し押さえるべき給与債権が特定できれば差押命令が発令される。
第6 差し押さえるべき給与債権を特定できない場合
財産開示期日における手続や情報提供命令を経ても差し押さえるべき債権を特定できないときは,執行裁判所は,債権者に対し,相当の期間を定めて,特定に必要な事項の申出をすべきことを命ずることができる(民事執行法167条の17第6項前段)。
債権者がその期間内に申出をしないときは,差押命令の申立ては取り下げたものとみなされる(同項後段)。
東京地方裁判所民事執行センターの解説資料では,申出がされても差し押さえるべき給与債権が特定されない場合は,差押命令の申立ては却下される。
ワンストップ執行手続でも,最終的に差押えができるかどうかは,給与の支払者を特定できる情報が得られるかどうかにかかっている。
第7 銀行口座(預貯金)は対象外である
1 条文と裁判所の書式による限定
財産開示手続から入る場合,差押命令の申立てをしたものとみなされるのは,債務者が開示した債権のうち「第二百六条第一項各号に規定する債権に限る」とされている(民事執行法167条の17第1項1号)。
情報取得手続から入る場合も,みなされるのは206条1項各号の債権,すなわち給与債権に対する差押命令の申立てである(同項2号)。
したがって,財産開示期日で債務者が預貯金口座を開示しても,その口座に対する差押命令の申立ては,ワンストップ執行手続によってはされたものとみなされない。
東京地方裁判所民事執行センターのワンストップ執行手続用の書式案内も,差押債権目録に記載できるのは給与債権のみであり,預貯金債権等を掲げることはできないとしている。
2 預貯金が対象から外された経緯
法制審議会家族法制部会が中間試案を取りまとめた令和4年11月15日の第20回会議の資料(部会資料20-1)では,注記において,1回の申立てにより,債務者の預貯金債権・給与債権等に関する情報取得手続,財産開示手続,判明した債務者の財産に対する強制執行等を行うことができる新たな制度を設けるべきであるとの考え方が示されていた。
中間試案の案に付された補足説明(部会資料19-2)は,これに対し,債務者の手続保障等の点で問題を生じないように慎重に検討すべきであるとの指摘があるとも記載していた。
令和5年11月14日の第33回会議では,最高裁判所の幹事が,預貯金債権を対象とすることに慎重な検討を求め,その理由として次の点を挙げた。
①現在の実務では,複数の金融機関から回答があった場合,債権者がどの口座をどのタイミングで差し押さえるかを判断しているが,包括申立ての対象に預貯金を含めると,裁判所が回答の送付を受け次第,順次差押命令を発令することが想定され,債権者がこの判断をすることが困難になる。
②残高が少額の口座に差押命令が発令されて費用倒れになるおそれがあり,これを避けるために取り下げても,最初に納めた手数料や書類の取得費用が無駄になる。
③先に開示された口座に差押えを受けた債務者が,ほかの口座の預貯金を引き出してしまうおそれがある。
④給与や賞与が振り込まれる時期を見計らって差押えを申し立てるという現在の実務上の工夫ができなくなる。
⑤差押えに進む段階で費用や書面の追完が必要になれば,完全なワンストップにはならない。
同じ会議では,ほかの幹事から,預貯金については慎重に考えてよく,養育費と給与債権はいずれも定期的に回帰する給付であって養育費の回収になじみやすいので,対象を給与債権に限る形でも差し当たりはよいとの意見が述べられた。
他方で,対象の範囲を限定することには賛成できず,給与差押えだけになると債務者の勤務先が判明していない事案でしか意味がなく,利用範囲がかなり限定されてしまうとの懸念も述べられた。
また,実務上最も問題となり得るのは自営業者の取扱いであるから対象財産の範囲は広い方が望ましいとしつつ,給与債権から始めて様子を見て徐々に拡大していく方向もあり得るとの意見もあった。
これを受けて,第36回会議(令和6年1月9日)の部会資料35-2は,第33回会議において預貯金債権を対象に含めた場合に生ずる懸念等が示されたことを踏まえ,対象を給与債権(民事執行法206条1項参照)に限るとした。
令和6年1月30日の家族法制の見直しに関する要綱案も,市町村に対する給与に関する情報の提供を定めるなど,給与債権を前提とする規律となっている。
本記事では,預貯金が外されたのは,債務者の財産隠しを容認するためではなく,裁判所が自動的に差押命令を発令する仕組みにすると,かえって債権者に費用倒れや回収機会の喪失という不利益が生じるおそれがあると考えられたためと整理する。
その裏返しとして,勤務先がある債務者には効果が大きい一方で,給与所得のない自営業者等には効果が乏しいという限界が,立法段階から意識されていた。
3 国会答弁の表現の変化
国会審議でも,制度の説明には表現の揺れがあった。
令和6年4月5日及び同月9日の衆議院法務委員会の法務省民事局長の答弁と,同月25日の参議院法務委員会の法務大臣の答弁は,財産開示手続,第三者からの情報取得手続及び「これらの手続によって判明した財産に対する差押えの手続」を連続的に行う仕組みと説明していた。
これに対し,同年5月9日及び同月14日の参議院法務委員会の法務省民事局長の答弁は,「これらの手続によって判明した給与債権に対する差押えの手続」と説明している。
成立した条文は,前記のとおり給与債権に限っている。
制度を説明する際に,判明した財産の差押えまで連続して行えると一般化すると,預貯金も含まれるかのような誤解を生むので注意を要する。
4 預貯金を差し押さえたい場合の手順
預貯金を差し押さえたい場合は,ワンストップ執行手続とは別に,次の手順を踏む必要がある。
①預貯金債権に係る第三者からの情報取得手続(民事執行法207条)を申し立て,債権者が選択した銀行等から,債務者の預貯金債権に関する情報の提供を受ける。
②判明した預貯金債権について,差押命令を別に申し立てる。
207条の申立ても,197条1項各号又は2項各号の要件を満たす必要があるが,206条の申立てと異なり,財産開示期日の前置は要件とされていない。
また,債務名義に基づく場合(207条1項)のほか,一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者も申し立てることができる(同条2項)。
なお,期限未到来の定期金についてまとめて差し押さえることができるのは,給料その他継続的給付に係る債権に限られる(151条の2第2項)。
情報の提供がされると,債務者にはその旨が通知される(208条2項)。
第33回会議でも,差押えを受けた債務者がほかの口座の預貯金を引き出すおそれが指摘されていたので,実務上は,預貯金の情報が届いた後,速やかに差押命令を申し立てることが考えられる。
預貯金債権の差押命令の申立てでは,金融機関に加えて取扱店舗の特定が問題となるが,この点は債権差押命令の申立てと取立て・配当の実務(AIリライト)で説明している。
第8 申立ての前後で注意すべき点
1 ワンストップ執行手続を使わない場合の意思表示
扶養義務等に係る請求権に基づいて財産開示手続又は給与債権に係る情報取得手続を申し立てると,反対の意思を表示しない限り,差押命令の申立てもしたものとみなされる(民事執行法167条の17第1項ただし書)。
東京地方裁判所民事執行センターは,財産開示手続や情報取得手続だけを行いたい場合は,ワンストップ用申立書とともに,反対の意思表示である上申書を提出するよう求めている。
財産開示手続で債務者が財産を開示しなかった場合の市町村への情報提供命令(同条2項)を希望しない場合は,別段の意思表示が必要である。
東京地方裁判所民事執行センターは,これを財産開示期日までに上申書で提出するよう案内している。
2 手数料の納付時期と額
財産開示手続等の申立てと同時に差押命令の申立てをしたものとみなされる場合,財産開示手続等の申立ての手数料は申立ての時に納め,差押命令の申立ての手数料は,差し押さえるべき債権を特定することができたときに納める(民事訴訟費用等に関する法律3条の2)。
裁判所の案内では,手数料は財産開示事件が原則2000円,給与債権に係る情報取得事件が原則1000円,差押命令事件が原則4000円(債務名義と先取特権の両方に基づく場合は8000円)である。
このほか郵便料が必要であり,額は裁判所ごとに異なる。
東京地方裁判所民事執行センターの財産開示手続では,予納金1万2500円を現金で納める扱いである。
3 債務者に手続が知られる時点
ワンストップ執行手続でも,差押えの前に債務者は手続を知ることになる。
財産開示手続では実施決定が債務者に送達され(197条4項),財産を開示しなかった場合の情報提供命令も債務者に送付される。
情報取得手続でも,情報提供命令が債務者に送付されるほか,情報の提供がされた旨が債務者に通知される(208条2項)。
その間に債務者が退職や転職をすれば,判明した勤務先への差押えは空振りになる。
雇用関係が終了した場合は,3年以内に財産開示期日で陳述した債務者についても,改めて財産開示手続を申し立てることができる(197条3項3号)。
4 取下げの制限
東京地方裁判所民事執行センターの案内では,開示義務者が財産目録を提出した後は,債務者の同意がない限り財産開示手続の申立てを取り下げることはできない(民事執行法20条,民事訴訟法261条2項)。
他方で,申し立てたものとみなされる差押命令事件は,差押命令の発令前であれば,財産開示期日の後でも取り下げることができるとされている。
5 市町村の情報の基準時と自営業者の限界
東京地方裁判所民事執行センターは,情報の提供を命ずる市区町村を,1月1日の時点で債務者の住所があった市区町村とする扱いである。
1月から2月上旬ころに申し立てる場合で,1年以内に債務者が転居しているときは,申立ての前年の1月1日時点に住所のあった市区町村も併せて第三者とすることが考えられるとしている。
市町村や日本年金機構等が提供できるのは給与に関する情報であるから,給与所得のない自営業者や会社から給与を受けていない債務者については,ワンストップ執行手続によって差し押さえるべき給与債権が判明することは期待しにくい。
その場合は,財産開示手続で開示された事業上の債権その他の財産や預貯金に対して,別途,差押えを申し立てることになる。
給与差押えの範囲が手取額の2分の1まで広がる特則(民事執行法152条3項)と,期限未到来の将来分もまとめて差し押さえられる特則(151条の2)は,ワンストップ執行手続によって発令される給与差押えにも関係する。
これらの詳細は養育費を払わない場合の回収方法―履行勧告・給与差押え・先取特権・ワンストップ執行(AI作成)で説明している。
6 消滅時効との関係
未払の養育費の各月分の債権は,債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき,又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときは,時効によって消滅する(民法166条1項)。
調停や審判で確定した分の扱い(民法169条)を含め,詳細は前記の未払養育費の回収方法の記事の消滅時効の節で説明している。
財産開示手続及び第三者からの情報取得手続は,時効の完成猶予の事由とされており,手続が終了した時から新たに時効が進行する(民法148条1項4号,2項)。
ただし,申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによって手続が終了した場合は,終了の時から6か月を経過するまで時効の完成が猶予されるにとどまり,時効は更新されない(同条1項括弧書,2項ただし書)。
支払期から長期間が経過した未払分がある場合は,時効の完成が近い月分がないかを申立ての前に確認しておくことが考えられる。
第9 どちらの入口を選ぶか
これまでの内容を債務者の状況ごとに整理すると,次の表のとおりである。
| 債務者の状況 | 選ぶ手続 | 理由 |
|---|---|---|
| 過去3年以内に財産開示期日が実施されていない | 財産開示手続から入る | 情報取得手続は3年以内の財産開示期日の実施が要件である(206条3項,205条2項) |
| 過去3年以内に財産開示期日が実施されている | 給与債権に係る情報取得手続から入る | 財産開示手続は,例外に当たらない限り再度実施できない(197条3項) |
| 勤務先が分かっている | ワンストップ執行手続は不要 | 給与債権の差押命令を直接申し立てることができる |
| 預貯金口座も差し押さえたい | 預貯金の情報取得手続(207条)と差押命令を別に申し立てる | ワンストップ執行手続の対象は給与債権に限られる |
| 自営業者等で給与所得がない | 財産開示手続で財産を開示させ,判明した財産を別に差し押さえる | 市町村等の情報で給与債権が判明することは期待しにくい |
第10 出典
1 法令
①民事執行法(昭和54年法律第4号)151条の2,152条,167条の17,193条,196条,197条,205条~208条,213条(e-Gov法令検索)
②民事訴訟費用等に関する法律(昭和46年法律第40号)3条の2(e-Gov法令検索)
③民法(明治29年法律第89号)148条,166条,169条,306条,308条の2,752条,760条,766条,766条の3,877条~880条(e-Gov法令検索)
④民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)附則3条・7条(法務省掲載の法律本文,29頁・31頁)
2 公文書(法制審議会資料・国会会議録)
①法制審議会家族法制部会・部会資料20-1「家族法制の見直しに関する中間試案(修正案)」13頁(第20回会議,令和4年11月15日)
②法制審議会家族法制部会・部会資料19-2「家族法制の見直しに関する中間試案(案)の補足説明」77頁~78頁
③法制審議会家族法制部会第33回会議議事録4頁~6頁,12頁,15頁(令和5年11月14日)
④法制審議会家族法制部会・部会資料35-216頁(第36回会議,令和6年1月9日)
⑤法制審議会家族法制部会「家族法制の見直しに関する要綱案」7頁(令和6年1月30日)
⑥第213回国会衆議院法務委員会議録第8号(令和6年4月5日,法務省民事局長答弁)
⑦第213回国会衆議院法務委員会議録第9号(令和6年4月9日,法務省民事局長答弁)
⑧第213回国会参議院法務委員会会議録第8号(令和6年4月25日,法務大臣答弁)
⑨第213回国会参議院法務委員会会議録第10号(令和6年5月9日,法務省民事局長答弁)
⑩第213回国会参議院法務委員会会議録第11号(令和6年5月14日,法務省民事局長答弁)
3 所管行政機関及び裁判所の解説・運用資料
①法務省民事局「民法等の一部を改正する法律の概要」(令和7年12月)
②裁判所「養育費等のワンストップ執行手続(財産開示)」
③裁判所「養育費等のワンストップ執行手続(第三者からの情報取得)」
④東京地方裁判所民事第21部(民事執行センター)「ワンストップ執行手続のご案内」
⑤東京地方裁判所民事第21部(民事執行センター)「ワンストップ執行手続 財産開示手続」
⑥東京地方裁判所民事第21部(民事執行センター)「ワンストップ執行手続とは」1頁~2頁