第1 本記事の対象と結論の要旨
1 本記事が扱う場面
本記事は,法律事務所や特許事務所がランサムウェアに感染し,又はメールサーバーが止まって,依頼者や相手方からの連絡を受け取れなかった場合に,手続の期間を守れなかったことが救済されるかを,裁判例と条文に沿って説明するものである。
中心となる裁判例は,代理人の事務所がランサムウェアに感染してメールを受信できず,特許の出願審査請求の期間を徒過した事案について,救済を否定した知的財産高等裁判所平成31年3月18日判決である。
本記事の記載は,令和8年9月13日時点の法令,裁判例及び公表資料に基づく。
2 結論の要旨
①知財高裁平成31年3月18日判決は,仮にランサムウェア感染によってメールを受信できなかったとしても,事務所は受信できなかった可能性のある期間について依頼者側に確認すべきであったとして,特許法(当時)の「正当な理由」を否定した。
②特許の出願審査請求については,令和3年の特許法改正により,令和5年4月1日以後に取り下げたものとみなされた出願から,救済の基準が「故意」でないかどうかに改められているため,同判決の結論をそのまま現在の特許手続に当てはめることはできない。
③民事訴訟では,不変期間を守れなかった場合の訴訟行為の追完(民事訴訟法97条)や,オンライン申立ての義務の例外(同法132条の11第3項)は,「その責めに帰することができない事由」があることを要件としており,事務所側のシステム被害が当然にこれに当たるとはいえないと考えられる。
最高裁は,訴訟代理人やその事務所の者の事情で不変期間を守れなかった場合について,追完を認めていない。
④事務所がランサムウェア被害やメール障害を受けたときは,受信できなかった可能性のある期間を特定し,その間に連絡があり得た相手に確認することが,期限を守るための最初の作業になる。
第2 知財高裁平成31年3月18日判決
1 事案
(1) 出願審査請求の期間の徒過
イタリアに住所を有する大学(在外者)の特許出願について,日本の特許管理人として選任された弁理士の所属する国内の特許事務所(判決は「本件国内事務所」と呼ぶ。)が手続を担当し,現地の代理人事務所(「本件現地事務所」)が出願人との連絡を担当していた。
本件現地事務所は,平成28年4月1日,本件国内事務所に対し,出願審査の請求をするよう指示する電子メールを送信した。
しかし,本件国内事務所は,出願審査請求期間(平成28年5月2日まで)内に請求をせず,特許出願は取り下げたものとみなされた(特許法48条の3第4項)。
(2) ランサムウェア感染の主張
出願人は,本件国内事務所の所内のサーバー及びメールサーバーが平成28年3月28日から同年4月4日までの間,ランサムウェアへの感染により使用できない状況になっており,指示のメールを受信できなかったと主張し,期間内に請求をすることができなかったことについて特許法48条の3第5項の「正当な理由」があるとして,出願審査の請求をした。
特許庁長官がこの請求を却下したため,出願人が却下処分の取消しを求めた。
2 原審の判断
原審の東京地方裁判所平成30年8月30日判決は,「正当な理由」があるときとは,特段の事情のない限り,出願人として相当な注意を尽くしていたにもかかわらず出願審査請求期間の徒過に至ったときをいうとした。
その上で,本件国内事務所の関連会社のサーバーでランサムウェアの感染が問題になったことは認められるとしても,主張された期間に本件国内事務所の所内のサーバー等が使用できない状況になっていたと認めるに足りる的確な証拠はないとした。
さらに,仮に主張どおりの状況があったとしても,サーバーが使用できるようになった時点から期間の終期まで1か月弱あった以上,本件国内事務所は指示のメールが送られていないかを本件現地事務所に確認すべきであり,その時間的な猶予は十分にあったとして,請求を棄却した。
3 控訴審の判断
(1) 電子メールの特性
知財高裁は,原審の判断を維持して控訴を棄却した。
判決は,「電子メールは,相手方への到達が保証されておらず,かつ,送信者が他の手段によることなく相手方への到達を確認することが困難な連絡手段であることは周知の事実である。」と述べている。
その上で,出願審査請求の指示のメールを送った後に到達を確認する手順を踏まない運用は,電子メールの特性を考慮した期間徒過防止の措置を何ら講じていないものであり,本件国内事務所も本件現地事務所も相当な注意を尽くしていたとは認められないとした。
(2) ランサムウェア感染があった場合の事務所の対応
判決は,仮にランサムウェア感染の事象が生じていたのであれば,本件国内事務所は,指示のメールが受信できていない可能性や,感染それ自体又は復旧作業の過程で消失した可能性を考慮して,「控訴人や本件現地事務所に上記事象の発生を報告するとともに,出願審査請求を指示する電子メールを受信できなかったなどの可能性がある期間内に本件現地事務所が当該電子メールを送信したか否かを確認する等の対応を行うべきであった」とし,この配慮を欠いたことは相当な注意を欠いたものであるとした。
また,出願人の主張によってもメールの送受信ができなかった期間は1週間ほどであり,その後期間の満了まで1か月弱の猶予があったから,受信の連絡や手続完了の報告を求める運用を採っていれば,期間の徒過を容易に回避できたとした。
(3) 代理人の事情と本人の注意
判決は,特許管理人も出願人の代理人であることに変わりはないとして,本件国内事務所の事情は,出願人本人が相当な注意を欠いたかどうかを判断するに当たっても考慮すべきものであるとした。
代理人の事務所で起きたシステム被害であっても,本人の救済の判断では,代理人の対応の当否がそのまま問われることになる。
第3 現在の特許手続では基準が変わっている
1 特許法48条の3第5項の改正
事案当時の特許法48条の3第5項は,「前項の規定により取り下げられたものとみなされた特許出願の出願人は、第一項に規定する期間内にその特許出願について出願審査の請求をすることができなかつたことについて正当な理由があるときは、経済産業省令で定める期間内に限り、出願審査の請求をすることができる。」と定めていた。
特許法等の一部を改正する法律(令和3年法律第42号)により,同項は,出願人が経済産業省令で定める期間内に限り出願審査の請求をすることができるとした上で,「ただし、故意に、第一項に規定する期間内にその特許出願について出願審査の請求をしなかつたと認められる場合は、この限りでない。」と改められた。
2 適用の時期
改正法の附則2条4項は,改正後の48条の3第5項を,同法附則1条5号に掲げる規定の施行日以後に取り下げたものとみなされる特許出願について適用し,それより前に取り下げたものとみなされた特許出願については従前の例によると定めている。
e-Gov法令検索の改正履歴によれば,この改正は令和5年4月1日に施行された。
したがって,同日以後に取り下げたものとみなされた出願では,本件のような過失による期間徒過であっても,故意によるものでない限り回復の対象になり得る。
知財高裁平成31年3月18日判決の意義は,特許の救済基準としてよりも,事務所のシステム被害が起きたときに代理人に何が求められるかを具体的に示した点にあると考えられる。
第4 民事訴訟の期限との関係
1 訴訟行為の追完(民事訴訟法97条)
民事訴訟法97条1項は,「当事者が裁判所の使用に係る電子計算機の故障その他その責めに帰することができない事由により不変期間を遵守することができなかった場合には、その事由が消滅した後一週間以内に限り、不変期間内にすべき訴訟行為の追完をすることができる。」と定めている。
例として挙げられているのは裁判所の使用に係る電子計算機の故障であり,当事者側の事務所のシステム被害は条文に書かれていない。
(1) 代理人や事務所の者の過失と追完
最高裁昭和24年4月12日判決(民集3巻4号97頁)は,旧民事訴訟法159条の追完について,訴訟代理人の故意又は過失によって不変期間を守れなかった場合は,当事者本人の過失によるものでなくても,当事者の責めに帰すべからざる事由によって不変期間を守れなかった場合には当たらないとした。
最高裁昭和27年8月22日判決(民集6巻8号707頁)は,代理人の事務所に常勤する弁護士が判決正本を受領したことを代理人に告げなかったため上告期間を過ぎた事案で,追完を認めなかった。
最高裁昭和41年5月17日判決(集民83号527頁)も,判決正本の送達を受けた事務所の事務員がてんかんの発作を起こして入院したため,代理人が判決正本を見たのが控訴期間の経過後になった事案で,追完を認めなかった。
(2) システム被害の場合
電子メールの不達や事務所のシステム被害を理由として民事訴訟法97条の追完を判断した裁判例は,裁判所HPの裁判例検索でも,判例秘書(LLI/DB)の検索でも見当たらなかった。
もっとも,(1)の最高裁判例は,代理人の事務所の内部で起きた事情による期間の不遵守を,当事者の責めに帰することができない事由に当たらないとしている。
また,知財高裁平成31年3月18日判決は特許法の「正当な理由」についての判断であり,民事訴訟法97条の追完を直接判断したものではないが,受信できなかった期間の確認を怠った事務所の対応を「相当な注意を欠いた」と評価している。
これらからすれば,事務所のシステム被害だけを理由に追完が認められると考えることは難しいと考えられる。
追完が認められた例と認められなかった例の最高裁判所の判例は,訴訟行為の追完(民事訴訟法97条)で整理している。
(3) 期限の管理を外部に委ねた場合
民事訴訟法97条と同じ「その責めに帰することができない」という文言について,知的財産高等裁判所平成22年9月22日判決(平成22年(行コ)第10002号)は,当時の特許法112条の2第1項が定める特許料の追納に関し,通常の注意力を有する当事者が通常期待される注意を尽くしてもなお避けることができないと認められる事由により追納期間内に納付できなかった場合をいうとした。
同判決の事案は,特許料の納付の管理を委託された管理会社のシステムが,出願日から存続期間の満了日を自動的に計算したため,延長登録された特許権を権利が消滅した案件として扱ったことが発端となって,特許料が追納期間内に納付されなかったものである。
判決は,当事者から委託を受けた者にその責めに帰することができない理由があるといえない場合には,当事者にもその理由があるとはいえないとして,救済を否定した。
同項は,現在は故意に期間内に納付しなかったと認められる場合を除いて回復を認める規定に改められているが,期限の管理を外部の業者やシステムに委ねても,その誤りは本人側の事情として扱われることを示す判決である。
2 オンライン申立ての義務の例外(民事訴訟法132条の11第3項)
令和8年5月21日に全面施行された改正民事訴訟法により,委任を受けた訴訟代理人は,原則として電子情報処理組織(mints)を使って申立て等をしなければならない(民事訴訟法132条の11第1項1号)。
同条3項は,裁判所の使用に係る電子計算機の故障その他その責めに帰することができない事由により電子情報処理組織を使用する方法で申立て等を行うことができない場合には,この義務を適用しないと定めている。
事務所のパソコンが使えなくなった場合でも,他の端末や回線を使ってmintsにログインできることが多いから,事務所内のシステム被害だけで直ちに例外に当たると考えることはできない。
例外に当たる場合の書面提出の手順は,mintsで電子申立てができない場合の対応―システム障害・期限切迫・代替提出で扱っている。
3 システム送達の効力発生
(1) 通知から1週間で効力が生じる
mintsによるシステム送達は,送達を受けるべき者が閲覧した時,ダウンロードした時,又は閲覧等ができる措置がとられた旨の通知が発せられた日から1週間を経過した時のいずれか早い時に効力を生じる(民事訴訟法109条の3第1項)。
通知は届け出た連絡先(通常は電子メールアドレス)に宛てて発せられるが(同法109条の2第3項),効力の発生は通知が「発せられた日」から数えるから,事務所のメールサーバーが止まって通知を受け取れなかったとしても,1週間の経過によって送達の効力が生じ得る。
電子情報処理組織による送達を受ける旨の届出をしていない訴訟代理人については,通知を発することを要せず,措置がとられた日から1週間の経過で効力が生じる(同法109条の4)。
(2) 算入されない期間
同法109条の3第2項は,「送達を受けるべき者がその責めに帰することができない事由によって前項第一号の閲覧又は同項第二号の記録をすることができない期間は、同項第三号の期間に算入しない。」と定めている。
問題となるのは,mints上の書類を閲覧又は記録することができなかったかどうかであり,通知のメールを受け取れなかったことではない。
ランサムウェアに感染した事務所でも,別の端末からmintsにログインして閲覧できる状態であれば,この項によって1週間の算入が止まるとは考えにくい。
通知メールの実際と送達の効力の関係は,mintsのシステム送達と期限管理―応訴・通知メール・電子判決書・控訴期間で扱っている。
第5 ランサムウェア被害を受けた事務所の期限管理
1 最初に確かめること
知財高裁平成31年3月18日判決が求めた対応を,民事事件を扱う法律事務所に当てはめると,本記事では次の手順が考えられると整理する。
①メールやシステムを使えなかった可能性のある期間(空白期間)を,ログや関係者の記憶から特定する。
②空白期間に連絡があり得た相手(依頼者,相手方代理人,裁判所,関係機関)を洗い出し,送った連絡がないかを電子メール以外の方法で確認する。
③空白期間中又はその後に期限が来る事件を一覧にし,控訴期間や上告期間のような不変期間から優先して確認する。
④mintsの事件ごとの画面で,空白期間中に裁判所がアップロードした書類や相手方の提出書類がないかを確認する。
⑤依頼者に,事務所で起きた事態と,期限への影響の有無を報告する。
2 平時に決めておくこと
(1) 受信の確認と完了の報告
知財高裁平成31年3月18日判決は,重要な指示のメールについて,受信したことの連絡や手続を完了したことの報告を求める運用を採っていれば,期間の徒過を容易に回避できたとしている。
依頼者から控訴するかどうかの指示を電子メールで受ける場合には,受け取ったことを返信で伝え,指示が来るはずの時期に来ていなければ電話で確認する運用が考えられる。
(2) 基本的な取扱方法への記載
日本弁護士連合会の弁護士情報セキュリティ規程は,取扱情報の漏えい,滅失,毀損等の事故が発生した場合には,その影響範囲の把握に努め,必要に応じて被害の拡大防止,原因調査,再発防止策の検討その他の措置を講じなければならないと定め(7条),各弁護士に,事故が発生した場合の対応の方法を含む基本的な取扱方法を定めることを求めている(3条2項・3項4号)。
空白期間の特定と相手方への確認の手順を,事故時の対応として基本的な取扱方法に書いておくことが考えられる。
同規程の内容は,弁護士情報セキュリティ規程とは―全7条の内容,基本的な取扱方法及び漏えい等事故の対応で扱っている。
(3) 期限管理システムへの入力の確認
知財高裁令和4年1月27日判決は,期限管理システムを使っていた特許事務所で,補助者が優先日を誤って入力したため,外国語特許出願の翻訳文の提出期間を徒過した事案で,通常の注意力をもって他の資料等と照合してダブルチェックを行えば容易に発見できた単純なミスであるとして,特許法184条の4第4項の「正当な理由」を否定した。
知財高裁平成31年3月14日判決も,補助者の誤入力による同じ期間の徒過について,補助者が休暇に入る前に必要な指示を与えることによって誤入力を回避できたとして,「正当な理由」を否定している。
同項も,令和3年の改正により,現在は故意に期間内に提出しなかったと認められる場合を除いて回復を認める規定に改められているが,両判決は,期限管理の仕組みがあっても入力の確認を欠けば相当な注意を尽くしたとはいえないことを示している。
ランサムウェアからの復旧後に期限をシステムに入れ直す場合には,入れ直した期限を元の資料と照合する作業を省かないことが考えられる。
3 情報が漏えいした場合
ランサムウェアは,データを暗号化するだけでなく,窃取したデータを公開すると脅すことがある。
依頼者や相手方の個人データが漏えいし,又は漏えいしたおそれがある場合には,個人情報保護委員会への報告と本人への通知の要否を検討する必要がある(個人情報保護法26条,同法施行規則7条3号)。
漏えいした個人から損害賠償を求められた場合の慰謝料の水準は,個人情報漏えいの慰謝料はいくらか―ベネッセ事件最高裁判決と裁判例の認容額で扱っている。
第6 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索「特許法」48条の3,同法の令和3年法律第42号附則1条5号及び2条4項(改正前の48条の3第5項は,e-Gov法令検索の令和5年3月31日時点の条文で確認)
②e-Gov法令検索「民事訴訟法」97条,109条の2~109条の4及び132条の11
③e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」26条
④e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律施行規則」7条
2 裁判例
①知的財産高等裁判所平成31年3月18日判決,平成30年(行コ)第10004号
②東京地方裁判所平成30年8月30日判決,平成29年(行ウ)第559号(①の原審)
③最高裁昭和24年4月12日判決,昭和23年(オ)第108号,民集3巻4号97頁
④最高裁昭和27年8月22日判決,昭和26年(オ)第45号,民集6巻8号707頁
⑤最高裁昭和41年5月17日判決,昭和40年(オ)第1000号,集民83号527頁
⑥知的財産高等裁判所令和4年1月27日判決,令和3年(行コ)第10001号
⑦知的財産高等裁判所平成31年3月14日判決,平成30年(行コ)第10002号
⑧知的財産高等裁判所平成22年9月22日判決,平成22年(行コ)第10002号
3 規程
①日本弁護士連合会「弁護士情報セキュリティ規程」(令和4年6月10日会規第117号)3条及び7条