第1 この記事の対象と結論
1 対象と基準日
本記事は,派遣元管理台帳又は派遣先管理台帳について,未作成,記載漏れ,保存期間不足又は派遣元への通知漏れが判明した場合の行政上・刑事上の効果と,実務上の是正手順を説明するものである。
令和8年9月10日現在の労働者派遣法及び厚生労働省「労働者派遣事業関係業務取扱要領」の令和8年7月31日適用版を基礎とする。
厚生労働省は同年10月1日適用版の業務取扱要領も公表しているため,同日以後の調査又は処分では適用版を改めて確認する必要がある。
本記事でいう「不備」には,単なる誤字だけでなく,法定事項の全部又は一部を作成・記載しないこと,所定期間保存しないこと及び派遣先が所定事項を派遣元へ通知しないことを含む。
2 結論
派遣元管理台帳の作成・記載・保存義務違反と,派遣先管理台帳の作成・記載・保存・通知義務違反は,いずれも30万円以下の罰金の対象となり得る。
法人等の従業者が業務に関して違反行為をした場合は,行為者だけでなく法人等にも罰金刑を科す両罰規定がある。
行政対応は一律ではない。
厚生労働大臣又は都道府県労働局長による指導・助言は派遣元及び派遣先の双方を対象とし得るが,改善命令,事業停止命令及び許可取消しは,派遣元事業主の事業運営又は許可に対する制度である。
したがって,派遣先管理台帳の一つの記載漏れが直ちに派遣元の許可取消し又は派遣先の事業停止になる,という関係にはない。
不備を発見したときは,事実に反する作成日を記載して遡及的に整った外観を作らず,原記録を保存した上で,判明日,対象者,対象期間,確認資料,補正内容,補正者及び再発防止策を記録することが重要である。
第2 管理台帳に関する違反の範囲
1 派遣元管理台帳
労働者派遣法37条は,派遣元事業主に対し,事業所ごとに派遣元管理台帳を作成し,派遣労働者ごとに法定事項を記載することを求めている。
同条2項は,対象となる労働者派遣の終了日から3年間の保存を求めている。
違反となり得るのは,台帳を一切作成しない場合だけではない。
対象者又は派遣期間が欠けている,法定事項の一部を記載していない,出来事の都度記載すべき苦情処理や教育訓練等を記録していない,派遣終了後3年を経過する前に廃棄した,必要な電磁的記録を表示・出力できないなど,作成・記載・保存義務を実質的に果たしていない場合も問題となる。
2 派遣先管理台帳
労働者派遣法42条は,派遣先に対し,就業場所ごとに派遣先管理台帳を作成し,派遣労働者ごとに法定事項を記載し,3年間保存することを求めている。
派遣先は,日ごとの始業・終業時刻,休憩時間,実際に従事した業務,責任の程度及び就業場所等の所定事項を,原則として1か月ごとに1回以上派遣元へ通知する必要もある。
個別派遣契約に記載された予定をそのまま転記するだけでは,日々の就業実績を記録したことにならない。
勤怠,入退館記録,業務日報又は請求明細と異なる定型値を記載し続けている場合は,形式上欄が埋まっていても,実態を正確に記録しているかを確認する必要がある。
3 作成義務の例外を誤らない
労働者派遣法施行規則35条3項は,派遣先の事業所等における派遣労働者数と派遣先が雇用する労働者数の合計が5人以下である場合について,派遣先管理台帳の作成・記載義務の例外を定めている。
「派遣労働者が5人以下」であれば常に作成不要という基準ではない。
例外に該当すると判断した場合は,事業所等の範囲,判定時点,派遣労働者数,派遣先雇用労働者数及び合計人数を記録する。
台帳作成の例外に該当しても,労働時間管理,苦情処理,契約遵守その他の義務が当然に消滅するものではない。
第3 指導・助言,報告及び立入検査
1 指導・助言は派遣元と派遣先の双方が対象となる
労働者派遣法48条1項により,厚生労働大臣は,労働者派遣事業の適正な運営又は適正な派遣就業を確保するために必要があると認めるとき,労働者派遣をする事業主及び派遣を受ける者に対して指導・助言をすることができる。
この権限は,原則として都道府県労働局長が行使する。
厚生労働省の業務取扱要領は,違法行為が軽微である場合に直ちに行政処分又は司法処分を行わず自主的改善を促す場面のほか,法の趣旨に反する行為の改善や違法行為の予防にも指導・助言を用いると説明している。
したがって,指導を受けたことと,刑罰又は許可取消しを受けたことは同じではない。
2 報告徴収と立入検査
労働者派遣法50条により,厚生労働大臣は必要な限度で,派遣元及び派遣先に必要事項の報告を求めることができる。
同法51条1項による立入検査では,関係者への質問や帳簿・書類その他の物件の検査が行われ得る。
業務取扱要領は,検査対象となる重要書類の例として,派遣元管理台帳,派遣先管理台帳及び労働者派遣契約を明示している。
報告をしない,又は虚偽の報告をすること,立入検査を拒み,妨げ,若しくは忌避し,又は質問に答弁せず若しくは虚偽の陳述をすることは,台帳の元の不備とは別の罰則対象となり得る。
3 行政調査時に提出する資料
台帳だけを切り離して提出すると,作成単位,更新時期及び実績との一致を説明できないことがある。
対象期間の基本契約,個別契約,派遣元から派遣先への通知,勤怠,派遣元への月次通知,請求書,苦情記録,変更契約及び訂正履歴をそろえ,どの資料から各記載を確認できるかを示す。
欠落がある場合は,不存在を隠すために資料を作り替えず,欠落期間,原因,代替資料の有無及び現在の補正状況を説明する。
提出した版,提出日,提出先及び説明内容を記録し,後の説明と矛盾しないようにする。
第4 派遣元事業主に対する行政処分
1 改善命令
労働者派遣法49条1項により,厚生労働大臣は,派遣元事業主に法違反等があり,適正な派遣就業を確保するため必要があると認めるとき,雇用管理の方法その他の事業運営を改善するために必要な措置を命ずることができる。
厚生労働省の業務取扱要領は,改善命令を,過去の一つの違法行為だけを訂正させるものではなく,法違反を生じさせた雇用管理体制又は事業運営方法そのものを改善させる制度と説明している。
例えば,責任者の配置,点検手順,教育,派遣先からの通知受領,台帳への反映及び保存管理に組織的な問題がある場合が中心となる。
2 事業停止命令
労働者派遣法14条2項は,派遣元事業主が法令又は処分等に違反した場合に,期間を定めて労働者派遣事業の全部又は一部の停止を命ずる制度を定めている。
業務取扱要領は,事業を引き続き行わせることが不適当とまではいえない場合に,停止期間中の改善を図るとともに,一定の懲戒的意味を持つ措置として説明している。
台帳不備があれば当然に事業停止になるのではない。
許可取消しと事業停止のいずれを選ぶかは,違法性の程度等を踏まえて判断されるため,件数,期間,故意性,反復性,影響範囲,是正の有無及び他の違反の併存を確認する必要がある。
3 許可取消し
労働者派遣法14条1項は,派遣元事業主が法令若しくは処分に違反したとき等について,労働者派遣事業の許可を取り消すことができると定めている。
厚生労働省の業務取扱要領は,許可取消しを,その事業主に労働者派遣事業を引き続き行わせることが適当でない場合の処分と位置付ける。
法違反の判断に刑事裁判で刑を科されたことが常に前提となるわけではない。
他方で,管理台帳の一つの誤記から直ちに許可取消しになると断定することもできず,違反の内容及び事業運営全体の状況に応じた行政判断となる。
4 処分命令違反には別の罰則がある
派遣元事業主が事業停止命令に違反した場合は,労働者派遣法59条4号により1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金の対象となり得る。
改善命令に違反した場合は,同法60条1号により6か月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金の対象となり得る。
これは,当初の管理台帳不備に対する30万円以下の罰金とは別の違反である。
指導書,命令書又は弁明通知を受けた場合は,対象事業所,対象期間,履行期限及び報告方法を特定し,通常の補正作業と命令への履行を分けて管理する。
第5 派遣先管理台帳の不備に対する効果
1 派遣先にも指導・助言と罰則がある
派遣先は労働者派遣事業の許可を受けて派遣を行う主体ではないが,派遣先管理台帳に関する法42条の義務を負う。
したがって,法48条1項の指導・助言,法50条の報告徴収及び法51条の立入検査の対象となり,作成・記載・保存又は派遣元への通知をしなかった場合は30万円以下の罰金の対象となり得る。
派遣先が通常の事業を行うための営業許可を,労働者派遣法14条によって取り消す制度ではない。
派遣先管理台帳の不備を理由として,派遣先自身に対する「労働者派遣事業の事業停止命令」又は「労働者派遣事業の許可取消し」が行われるという説明は,主体を混同している。
2 勧告・公表の対象条文を区別する
労働者派遣法49条の2は,派遣先等に対する勧告・公表を定めているが,対象となる違反条文を列挙している。
法42条の派遣先管理台帳義務はその列挙に含まれていないため,管理台帳不備だけを理由に同条の勧告・公表が当然に行われるという構造ではない。
もっとも,同じ事業所で適用除外業務,期間制限,離職後1年以内の受入れその他の違反が併存すれば,その別の違反を理由とする措置が問題となり得る。
管理台帳の点検では,欄の不足だけでなく,台帳から判明した実際の就業内容が契約及び他の法規制に適合するかも確認する。
3 派遣元への影響を分けて考える
派遣先が月次通知をしなければ,派遣元が派遣元管理台帳へ実績を反映できず,賃金計算又は労働時間管理にも影響し得る。
ただし,派遣先の通知義務違反と,派遣元が自ら負う管理台帳作成義務違反は別に判定される。
派遣元は通知がないことを放置せず,対象者,対象月,必要項目及び期限を明示して派遣先へ請求し,督促記録を残す。
派遣先は訂正通知を行うとき,旧値,新値,訂正理由及び訂正日を示し,派遣元がどの記録を更新すべきか分かるようにする。
第6 刑事罰と両罰規定
1 30万円以下の罰金
労働者派遣法61条3号は,法37条に違反して派遣元管理台帳を作成若しくは記載せず,又は3年間保存しなかった者を,30万円以下の罰金の対象としている。
同号は,法42条に違反して派遣先管理台帳を作成若しくは記載せず,3年間保存せず,又は所定事項を派遣元へ通知しなかった者も同じ罰金の対象としている。
「30万円以下」は法定刑の上限であり,不備が判明した時点で自動的に30万円の支払義務が生じる意味ではない。
行政指導,捜査,起訴及び刑事裁判の各段階を区別し,未確認の段階で刑罰が確定したように説明しない。
2 両罰規定
労働者派遣法62条は,法人の代表者又は法人若しくは人の代理人,使用人その他の従業者が,法人又は人の業務に関して同法58条から61条までの違反行為をしたとき,行為者を罰するほか,法人又は人にも各条の罰金刑を科すと定めている。
担当者個人の入力漏れと決め付けず,業務分担,承認,教育,システム権限,欠勤時の代替手順及び管理者の点検を確認する。
組織として合理的な防止・点検体制を整え,実際に運用した記録を残すことが重要である。
第7 不備が見つかったときの是正手順
1 原記録を保全して対象を確定する
最初に,現時点の台帳を読み取り専用で保存し,ファイル名,保存日時,対象期間及び必要に応じてハッシュ値を記録する。
その上で,対象者,派遣元・派遣先の事業所,就業場所,組織単位及び契約期間を特定し,不備のある欄と期間を一覧化する。
予定条件は個別契約及び法35条の通知から,就業実績は勤怠,入退館記録,業務日報,請求明細及び責任者確認から確定する。
根拠のない推測値で空欄を埋めず,確認できない事項は未確認として残し,追加調査の担当者と期限を決める。
2 補正記録を別に残す
補正は,事実に反する過去の日付で当時作成したように装う方法で行わない。
判明日,補正日,旧記載,新記載,補正理由,根拠資料,補正者,承認者及び相手方への通知日を記録する。
電磁的台帳では変更履歴を残し,紙台帳では元の記載を判読できる方法で訂正する。
既に行政調査,労働紛争又は訴訟が始まっている場合は,元のデータを上書きせず,補足説明書又は訂正版として版を区別する。
3 派遣元・派遣先間で差異を照合する
派遣先は,訂正した就業日,始業・終業時刻,休憩時間,業務,責任の程度及び就業場所等を派遣元へ通知し,受信確認を残す。
派遣元は,派遣元管理台帳,賃金台帳,請求及び社会保険等への影響を確認し,必要な訂正を行う。
契約外業務,契約外の就業場所又は恒常的な時間外就業が判明した場合は,台帳だけを実績に合わせて直して終わらせない。
個別契約の変更,指揮命令系統,安全衛生,期間制限及び割増賃金等の別の問題を併せて是正する。
4 再発防止策を運用に組み込む
再発防止策は,①契約開始時の初期登録,②日々又は月次の実績取込,③派遣元への通知,④契約変更時の更新,⑤派遣終了時の保存起算日確定及び⑥保存期間満了時の廃棄承認に分けて設計する。
各工程について,担当者,承認者,期限,代替担当者及び証拠保存先を定める。
定期点検では,個別契約,法35条の通知,派遣先管理台帳,派遣元管理台帳,勤怠及び請求明細を対象者・期間ごとに照合する。
不備件数だけでなく,未通知月,契約外業務,保存期限の誤設定及び修正履歴の欠落を集計し,次回点検日まで管理する。
第8 関連記事
「派遣元・派遣先管理台帳-法定記載事項,通知及び保存期間(AI作成)」では,両管理台帳の法定記載事項,月次通知及び保存期間を説明している。
「派遣先が確認する労働者派遣契約書のチェックポイント-基本契約,個別契約,期間満了,中途解約及び直接雇用」では,派遣先が契約締結時及び終了時に確認すべき書類を説明している。
「労働者派遣契約書と管理台帳の確認方法-基本契約・個別契約・通知書の違い(AI作成)」では,契約書,通知書及び管理台帳の役割の違いを説明している。
第9 出典
1 法令
①e-Gov法令検索「労働者派遣法」14条,37条,42条,48条,49条,49条の2,50条,51条及び58条~62条。
②e-Gov法令検索「労働者派遣法施行規則」31条,32条及び35条~38条。
2 厚生労働省資料
①厚生労働省「労働者派遣事業関係業務取扱要領」,令和8年7月31日適用版。
②同要領・第11「違法行為の防止,摘発」,338頁~341頁及び349頁~350頁。
③同要領・第12「違法行為による罰則,行政処分及び勧告・公表」,350頁~356頁。
本記事では,法令及び厚生労働省の現行資料を制度説明の根拠とした。
個別企業の契約書,管理台帳,行政対応又は交渉経過は,公開記事の事実又は法解釈の根拠として使用していない。