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企業不祥事の「分岐点」と内部統制―例外運用,違和感の記録及び取締役の責任(AI作成)

第1 結論

企業不祥事を防ぐ内部統制は,不正を一件も生じさせないことを保証する仕組みではない。
実務上の例外対応も,それ自体が不正であるわけではない。
しかし,「今回だけ」という例外が反復され,通常の承認経路が迂回され,説明が変遷し,又は判断資料が残っていない場合,その例外は調査又は再評価を始める端緒となり得る。

会社法上は,取締役会設置会社の内部統制システムについて,会社法362条4項6号及び5項並びに会社法施行規則100条が中心となる。
もっとも,法令は,あらゆる例外対応を記録する特定名称の台帳まで一律に義務付けているわけではない。
本記事で示す「例外対応レジスター」は,法令上の義務をそのまま転記したものではなく,例外の理由,承認及び事後評価を後から検証できるようにするための実務上の整理である。

最高裁平成21年7月9日判決は,不正発生という結果だけで代表取締役のリスク管理体制構築義務違反の過失を認めたものではなく,当時の体制,実際の運用,不正手法の巧妙性及び予見可能性を具体的に検討した。
反対に,過去の同種不正,合理的に説明できない異常又は統制の形骸化が認識できる状況であれば,同判決と同じ結論になるとは限らない。

第2 「不正の分岐点」という着眼点

1 A&Sニューズレターの位置付け

渥美坂井法律事務所・外国法共同事業が令和8年6月に公表した「企業はどこでつまずくのか―多数の不正・紛争事案から考える『不正の分岐点』」は,裁判官及び弁護士として不正・紛争事案に携わった経験から,問題が大きくなる前の小さな判断に着目するニューズレターである。
同資料は,法令,裁判例又は統計的研究ではなく,実務家の経験に基づく問題発見の着眼点として読む必要がある。

同ニューズレター3頁~6頁は,例外を設けること自体を否定せず,通常運用との違い,例外の理由,判断者,記録の有無及び反復の有無を後から確認できることの重要性を指摘する。
また,現場が抱いた違和感を直ちに不正と決め付けるのではなく,その違和感を言語化し,説明可能な形で残すという視点を示している。

2 法的義務と問題発見の着眼点を分ける

ニューズレターの指摘は,例外運用を確認する際の有用な手掛かりとなる。
しかし,個別事件における取締役の責任は,会社の規模,機関設計,事業内容,想定されるリスク,既存の統制,認識できた兆候及び対応経過を踏まえて判断されるため,ニューズレターの着眼点だけから責任の有無を決めることはできない。

本記事では,①法令が定める体制,②最高裁判決が具体的事案で検討した事情,③実務資料が示す点検の着眼点,及び④本記事が提案する記録方法を分けて整理する。

第3 会社法上の内部統制システム

1 取締役会設置会社

会社法362条2項は,取締役会の職務として,業務執行の決定,取締役の職務執行の監督並びに代表取締役の選定及び解職を定める。
同条4項6号は,取締役の職務執行の法令・定款適合性を確保する体制その他会社及び企業集団の業務の適正を確保するために必要な体制の整備を,取締役へ委任できない重要な業務執行の決定としている。
大会社である取締役会設置会社では,同条5項により,取締役会がこの事項を決定しなければならない。

会社法施行規則100条1項は,①取締役の職務執行に係る情報の保存及び管理,②損失の危険の管理,③取締役の職務執行の効率性,④使用人の職務執行の法令・定款適合性,並びに⑤企業集団の業務の適正を確保する体制を掲げる。
同条3項は,監査役設置会社について,監査役への報告,報告者に対する不利益取扱いの防止及び監査の実効性確保等も定める。

取締役会が基本方針を決議していることと,現場で統制が実際に機能していることは同じではない。
取締役会には取締役の職務執行を監督する権限があるため,決議済みの規程が実際の業務で使われているか,事業又はリスクの変化に応じて見直されているかという運用面も重要となる。

2 取締役会を置かない会社

会社法348条3項4号及び4項は,取締役会設置会社でない株式会社について,業務の適正を確保するための体制の整備に関する決定を各取締役へ委任できないものとし,大会社ではその決定を義務付けている。
したがって,「会社法上の内部統制」を取締役会設置会社だけの制度として説明することは正確でない。
指名委員会等設置会社その他の機関設計には別の規定があるため,本記事では詳細を扱わない。

3 取締役の責任と会社の責任

会社法423条1項は,取締役等が任務を怠ったときの会社に対する損害賠償責任を定める。
会社法429条1項は,役員等が職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときの第三者に対する損害賠償責任を定める。

これに対し,会社法350条は,代表取締役その他の代表者が職務を行うについて第三者に加えた損害について,株式会社が負う責任を定める。
次に述べる最高裁平成21年7月9日判決は,株主が会社に対して同条に基づく損害賠償を請求した事件であり,代表取締役個人に対する会社法423条の責任追及事件ではない。

第4 最高裁平成21年7月9日判決

1 事件及び結論

最高裁第一小法廷平成21年7月9日判決(平成20年(受)第1602号,集民231号241頁,損害賠償請求事件)は,従業員らによる架空売上げの計上によって有価証券報告書に不実記載が生じ,公表後に株価が下落したとして,公表前に株式を取得した株主が会社へ損害賠償を求めた事件である。
最高裁は,原審である東京高裁平成20年6月19日判決のうち会社敗訴部分を破棄し,その部分について株主の請求を棄却した。

2 存在していた体制

会社は,事業部門と財務部門を分離し,営業部とは別の部署が注文書及び検収書の形式面を確認した後に財務部へ売上げを報告する体制を設けていた。
また,監査法人及び財務部が,それぞれ取引先から売掛金残高確認書の返送を受けて残高を確認する仕組みも設けていた。

最高裁は,これらを踏まえ,当時の会社には,通常想定される架空売上げの計上等を防止し得る程度の管理体制が整えられていたと評価した。
この判断は,規程又は組織図が存在したという一点だけでなく,取引書類の確認,部門分離,外部監査及び残高確認という複数の統制を前提としている。

3 不正手法と予見可能性

不正は,事業部長と複数の営業担当者が共謀し,取引先の偽造印を用いて注文書等を偽造し,社内の確認担当者を欺いた上,取引先担当者も欺いて売掛金残高確認書を未開封のまま回収し,これを偽造して監査法人等へ返送する方法で行われた。
最高裁は,この手法を通常容易に想定し難いものと評価した。

売掛金回収の遅延について事業部長らが示した理由は合理的であり,会社と販売会社の間で過去に紛争はなく,監査法人も財務諸表について適正意見を表明していた。
最高裁は,同様の手法による不正が以前に行われたなど,代表取締役が本件不正を予見すべき特別な事情も見当たらないとした。

4 判決の射程

同判決から確認できるのは,不正が発生したという結果だけで,直ちにリスク管理体制構築義務違反の過失が認められるわけではないということである。
裁判所は,体制の内容,統制を潜脱した方法,遅延の説明,当時の監査結果及び同種不正を予見させる事情を検討している。

もっとも,同判決は,一度体制を整えれば将来の見直しが不要になると述べたものではなく,例外運用を放置してよいと述べたものでもない。
過去の同種不正,反復する承認経路の迂回,説明と原資料の不一致その他の兆候が把握されていた場合には,必要な調査,監督又は体制の見直しが異なり得る。

第5 不正の端緒となり得る例外運用

1 例外と不正を同一視しない

納期,顧客対応,災害,システム障害その他の事情から,通常手続では処理できない場面はある。
そのため,例外を一律に禁止すると,担当者が実態に合わない処理を隠して行うことになり,かえって統制を弱める可能性がある。

例外対応について確認すべきなのは,例外の存在そのものではなく,通常運用との差,必要性,権限,証拠,期間及び反復状況である。
違和感は調査の端緒になり得るが,不正を認定する証拠とは区別しなければならない。

2 確認を開始すべき兆候

① 「今回だけ」という処理が,同じ部署,同じ取引先又は同じ担当者について反復している。
② 本来の承認者を通さず,事後承認が常態化し,又は起案者と承認者が実質的に同一になっている。
③ 例外の理由が時期又は説明者によって変わり,原帳票,契約書,納品記録又は会計記録と整合しない。
④ 判断時の資料,反対意見,条件又は期限が残っておらず,後から合理性を検証できない。
⑤ 売掛金,棚卸資産,費用,工期その他の数値に異常が続くのに,同じ説明だけで処理が更新されている。
⑥ 外部確認が担当部署を経由し,原本性又は回答経路を独立して確かめられない。

これらは,単独で不正を証明する事情ではない。
しかし,複数の兆候が重なり,又は重要な取引について反復する場合,通常の承認だけで処理を終えず,資料保全,独立した確認及び例外の再評価へ進む合理的な理由となる。

第6 例外対応レジスター

1 記録項目

本記事でいう例外対応レジスターは,例外処理を一覧化し,判断時と事後の双方から検証するための管理表である。
法令上この名称の台帳が一律に義務付けられているわけではなく,会社の規模,取引量及びリスクに応じて項目を調整する必要がある。

記録項目記載する内容
例外の識別発生日,部署,案件及び対象取引を一意に特定する情報
通常運用との差本来の手続,省略又は変更した手続及び影響範囲
理由及び目的なぜ通常手続では対応できないか,何を実現するための例外か
判断資料契約書,原帳票,メール,システム記録,外部確認その他の当時資料
判断者起案者,承認者,法務・経理・内部監査等の確認者
反対意見及び留保異論,未確認事項,承認条件及び残存リスク
期間及び終了条件適用開始日,期限,解除条件及び事後承認期限
反復状況同種例外の回数,前回との差及び恒久運用化の要否
再評価結果,追加資料,損失又は苦情の有無及び是正内容

2 運用上の要点

金額が小さくても反復すれば集計し,個別承認だけでは見えない傾向を確認する必要がある。
同じ理由による例外が続く場合は,例外の更新を続けるのではなく,通常手続を現実に合わせて改めるべきか,業務を止めるべきかを検討する。

期限を過ぎた例外,資料未提出の例外及び同種例外の集中は,自動的に管理部門又は上位者へ上げる設計が考えられる。
もっとも,閾値を置いたことだけで統制が機能するわけではなく,通知後に誰が何を確認し,どのように終了させたかまで残す必要がある。

第7 善意,不正及びデータ不備という競合仮説

1 一つの筋書きへ飛びつかない

例外処理に不自然さがあっても,最初から不正と決め付けるべきではない。
少なくとも,①期限又は顧客事情に対応する善意の例外,②数値又は承認を意図的に歪めた不正,及び③システム連携,入力又は帳票設計の不備という仮説を並べ,それぞれを区別できる証拠を確認する必要がある。

仮説整合しやすい事情区別に有用な資料
善意の例外緊急性が客観資料と一致し,権限者へ同時又は直後に報告されている顧客連絡,納期資料,承認ログ,事後報告及び同種案件との比較
意図的な不正説明が変遷し,原資料が改変され,確認経路が特定者へ集中している原帳票,版履歴,アクセスログ,メール,外部照会及び資金・物品の移動記録
データ又は業務設計の不備複数担当者に同様の不一致が生じ,入力又は連携条件で再現できるシステム仕様,エラーログ,テスト結果,マスタ変更履歴及び業務フロー

2 証拠の保全と独立した確認

調査の目的は,最初に選んだ仮説を補強することではなく,競合する説明を区別することである。
原資料を上書きせずに保全し,誰がいつ取得したかを記録し,問題となる処理を行った部署だけで結論を出さないことが重要である。

取引先への照会その他の外部確認を行う場合は,調査対象者を経由させることで回答が誘導又は差し替えられないかも検討する。
最高裁平成21年7月9日判決の事案で,残高確認書そのものが不正の手段に利用されたことは,統制の名称ではなく回答経路の実効性を確認する必要性を示している。

第8 公益通報制度との接続

違和感の申出がすべて公益通報者保護法上の公益通報に当たるわけではない。
公益通報該当性,通報者の範囲及び保護要件は,申出の内容,通報先及び通報時点等に応じて別に確認する必要がある。

令和8年9月7日現在の消費者庁の「内部公益通報対応体制の整備その他の必要な措置に関するQ&A」は,現行指針第4の1(3)に関し,正当な理由がある場合を除いて必要な調査を実施することを示している。
匿名であることだけでは調査しない正当な理由にならず,解決済みかどうかも可能な限り客観的に判断することが求められる。

同Q&Aは,是正後一定期間を経て能動的に改善状況を調べる方法等を例示し,法令違反等が明らかになった場合には,是正措置をとるだけでなく,それが機能しているか確認する必要があると説明する。
調査しないと判断した場合に,判断材料,正当な理由及び判断者を記録することは,後日の検証可能性を確保する実務上の対応となるが,この記録項目自体をQ&Aが一律に法定しているわけではない。

公益通報制度の詳細は,公益通報者保護法と公益通報制度―通報先・証拠保全・令和7年改正(AI作成)を参照されたい。
外部窓口の独立性及び利益相反については,公益通報の外部窓口を顧問弁護士が担当する場合の問題点と制度設計(AI作成)で整理している。

なお,公益通報者保護法の令和7年改正及び改正後の法定指針は,令和8年12月1日に施行される。
同年9月7日現在の運用を検討するときは,同年11月30日までの現行制度と,12月1日以後の制度を区別しなければならない。

第9 JPX資料の位置付け

1 不祥事予防のプリンシプル

日本取引所自主規制法人の「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」は,上場会社が自社の実態に即して活用するプリンシプル・ベースの指針である。
同法人自身も,充足度が低いというだけで,上場規則等の根拠なく不利益処分を行うものではないと説明している。

同プリンシプルは,制度と実態の双方を把握すること,監督機関が必要十分な情報を収集して客観的に分析・評価すること,現場と経営陣の双方向のコミュニケーションを図ること,及び不正の芽を早期に把握して業務改善までつなげることを掲げる。
これらは例外運用を点検する際の有用な観点であるが,個別事件における取締役の責任を直接証明するものではない。

2 内部統制強化ハンドブック

日本取引所自主規制法人の「内部統制強化・不祥事予防に向けたハンドブック」は,令和8年1月に公表され,再発防止策を原因及び目的ごとに分類し,内部統制の再点検及び強化に活用することを目的としている。
同ハンドブック26頁~33頁は,業務プロセス上の不備を取り上げ,業務責任者,チェック体制,取引先確認及び決裁・承認プロセス等の着眼点を具体例とともに示す。

ハンドブックは,多数の公表事例から再発防止策の着眼点を整理した実務資料である。
個別会社に必要な統制は事業及びリスクに応じて異なるため,掲載例をそのまま導入したことや,掲載例と異なることだけから,法的責任を決めることはできない。

2026年改訂コーポレートガバナンス・コード-変更点・適用日・2027年7月末までの報告書対応(AI作成)は,同コードと上場規程上の説明義務を区別している。
内部統制の点検に際しても,会社法上の義務,コーポレートガバナンス・コード,JPXの実務資料及び自社の任意ルールを混同しないことが重要である。

第10 例外運用を点検するための質問

① 通常運用のどの部分を,誰が,どの権限で変更したのか。
② 例外の理由は,当時存在した原資料及び外部事情と整合するか。
③ 起案者,承認者,実行者及び事後確認者の役割は分離されているか。
④ 同じ例外が反復し,又は範囲を広げていないか。
⑤ 反対意見,未確認事項,期限及び終了条件が記録されているか。
⑥ 善意の例外,不正及びデータ不備を区別するため,どの資料を保全し,誰が確認するか。
⑦ 通報又は申出を受けた場合,調査の要否,是正及び事後確認を誰が判断し,その理由をどこに残すか。
⑧ 取締役会又は監査機関は,個別案件だけでなく,例外の反復及び集中を把握できるか。

この質問に一つ答えられないだけで不正又は取締役の責任が確定するわけではない。
しかし,答えられない項目が複数重なる場合は,平時の例外処理として閉じず,調査範囲,報告経路及び統制の見直しを検討すべきである。

第11 関連記事

① 会社法等に関する最高裁判例―裁判所HP掲載判例の論点別索引(AI作成)
② 2026年改訂コーポレートガバナンス・コード-変更点・適用日・2027年7月末までの報告書対応(AI作成)
③ 公益通報者保護法と公益通報制度―通報先・証拠保全・令和7年改正(AI作成)
④ 公益通報の外部窓口を顧問弁護士が担当する場合の問題点と制度設計(AI作成)

第12 出典

1 法令

① e-Gov法令検索・会社法(平成17年法律第86号)
② e-Gov法令検索・会社法施行規則(平成18年法務省令第12号)

2 裁判例

① 最高裁第一小法廷平成21年7月9日判決(平成20年(受)第1602号,集民231号241頁,損害賠償請求事件)。

3 行政資料及び実務資料

① 消費者庁「公益通報者保護法と制度の概要」
② 消費者庁「内部公益通報対応体制の整備その他の必要な措置に関するQ&A」
③ 日本取引所自主規制法人「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」(平成30年3月30日公表)。
④ 日本取引所自主規制法人「内部統制強化・不祥事予防に向けたハンドブック」(令和8年1月)。
⑤ 渥美坂井法律事務所・外国法共同事業「企業はどこでつまずくのか―多数の不正・紛争事案から考える『不正の分岐点』」(令和8年6月,特に3頁~6頁)。