第1 改正の全体像
1 同時に成立した二本の改正法
令和7年12月3日,ストーカー行為等の規制等に関する法律(以下「ストーカー規制法」という。)と配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(以下「配偶者暴力防止法」という。)の各改正法が成立し,同月10日にいずれも公布された。
①ストーカー行為等の規制等に関する法律の一部を改正する法律(令和7年法律第83号),②配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律の一部を改正する法律(令和7年法律第84号)である。
二本が同時に処理されたのは,両法が同じ問題,すなわち「紛失防止タグ」を用いて相手方の所在を把握する行為が現行法の規制の網から漏れていたという問題に対応するものだからである。
ストーカー規制法は警察による警告・禁止命令等と刑罰の体系,配偶者暴力防止法は裁判所による接近禁止命令等の体系であり,規制の担い手が異なるため,それぞれの法律を改正する必要があった。
2 施行日
改正事項によって施行日が分かれている。
警察庁の公表によれば,①紛失防止タグを用いた位置情報の無承諾取得等の規制対象への追加,②職権での警告の創設,③ストーカー行為等の相手方を雇用する者及び当該相手方が就学する学校の長を援助に係る努力義務の主体に追加,④禁止命令等の主体となる都道府県公安委員会等の追加は,令和7年12月30日から施行された。
これに対し,⑤警察本部長等が相手方情報保有者等に対して情報提供を行わないよう求める制度は,令和8年3月10日から施行された。
配偶者暴力防止法の改正は,令和7年12月30日から施行されている。
関係する施行令は令和7年12月19日に公布された。
第2 なぜ改正されたか
1 紛失防止タグとは何か
紛失防止タグは,紛失物の発見の補助等を目的として開発・販売されている装置である。
装置自体は自らの位置を測定しないが,自らを識別する情報を周囲に送信し,これを受信した第三者の端末の位置情報を利用して,タグの所在する地点又は区域の位置が特定される仕組みになっている。
改正前の法律は,位置情報記録・送信装置(GPS機器等,自らの位置情報を記録し,又は送信する装置)の位置情報を取得する行為等を規制していた。
紛失防止タグは自らの位置情報を記録・送信するものではないから,この定義に当てはまらず,規制の対象外であった。
2 相談等件数の推移
警察庁の資料によれば,GPS機器等又は紛失防止タグが用いられたストーカー事案の相談等件数は,次のとおり推移している。
GPS機器等は,令和3年が152件,令和4年が404件,令和5年が486件,令和6年が513件,令和7年が511件である。
紛失防止タグは,令和3年が3件,令和4年が113件,令和5年が196件,令和6年が370件,令和7年が679件である。
すなわち令和7年に,紛失防止タグを用いた事案の相談等件数が初めてGPS機器等を上回った。
本記事では,改正の直接の立法事実はこの逆転にあると整理する。
警察庁は,元交際相手が使用する車両に紛失防止タグを取り付けて位置情報を取得した上でつきまとい行為を行った事例,離婚調停中で秘匿避難している妻とその子との面会時に紛失防止タグを入れたぬいぐるみを子に渡した事例を挙げている。
第3 ストーカー規制法の改正内容
1 位置情報無承諾取得等の対象拡大(第2条第3項)
ストーカー規制法第2条第3項は「位置情報無承諾取得等」を定義する。
改正により,同項第2号として「その承諾を得ないで,その所持する位置特定用識別情報送信装置……の位置に係る位置情報を取得すること」が新設され,従前の第2号(取り付け等)は第3号に繰り下げられた。
条文上の用語は「紛失防止タグ」ではなく「位置特定用識別情報送信装置」である。
同項第2号の括弧書きは,これを「当該装置を識別する情報を送信する機能を有し,当該装置の周辺において当該情報を受信した識別情報送受信装置(位置情報記録・送信装置その他の装置であって,当該情報を受信し,及び送信する機能を有するものをいう。)の位置に係る位置情報を利用して,その所在する地点又は区域の位置を特定するために用いられる装置」と定義している。
第3号は,取り付け行為等について「位置情報記録・送信装置又は位置特定用識別情報送信装置(以下この号において「位置情報記録・送信装置等」という。)を取り付けること,位置情報記録・送信装置等を取り付けた物を交付することその他その移動に伴い位置情報記録・送信装置等を移動し得る状態にする行為として政令で定める行為をすること」と定める。
政令で定める行為に限られる点に注意を要する。
2 職権による警告の創設(第4条)
改正前の第4条第1項は,警察本部長等が警告をするには相手方の申出があることを必要としていた。
改正後の同項は「その相手方の申出により,又は職権で」と定め,申出がなくても警告をすることができることとした。
併せて,改正後の第4条第3項は「警察本部長等は,警告をしたときは,速やかに,当該警告の内容及び日時を当該警告に係る前条の規定に違反する行為の相手方に通知しなければならない」と定め,申出の有無にかかわらず相手方への通知を行うこととした。
ただし書により,相手方の所在が不明であることその他の理由により通知することができない場合は例外とされる。
禁止命令等についても,第5条第1項が「その相手方の申出により,又は職権で」と定めている。
3 相手方情報の提供の禁止等(第6条)
探偵業者をはじめとする第三者からストーカー行為等の相手方の所在等に関する情報を入手して,ストーカー行為等を行う事案が発生している。
警察庁は,避難中の相手方の実家の情報を探偵業者から入手した行為者が,当該実家に刃物を持って押し掛けた事例を挙げている。
改正後の第6条第2項は,警察本部長等が,警告又は禁止命令等に係る違反行為の相手方に係る情報を保有し,又は保有しようとしている者(相手方情報保有者等)に対し,情報提供先がストーカー行為等をするおそれがある者であることを通知して,当該提供を行わないよう求めることができる旨を定める。
同項後段は,警察本部長等が相手方情報保有者等に対し,当該通知に係る事項をみだりに第三者に漏らさないよう求めなければならないとしている。
なお同条第1項は,何人も,ストーカー行為等をするおそれがある者であることを知りながら,その者に対し相手方情報を提供してはならない旨を定めている。
4 援助に係る努力義務の主体の追加(第9条第3項)
改正前は,ストーカー行為等が行われている地域の住民が援助の努力義務の主体とされていた。
これまでストーカー行為等が行われていない勤務先や学校で被害に遭う事案が発生していたことから,改正後の第9条第3項は,地域の住民に加えて「当該ストーカー行為等の相手方を雇用する者及び当該相手方が就学する学校の長」を努力義務の主体とした。
警察庁は,相手方の自宅付近を包丁を持ってうろついた行為者が,その約4か月後に相手方が通う高校に侵入し,包丁を所持して相手方を待ち伏せした事例を挙げている。
5 禁止命令等・警告を行う機関の管轄の拡大(第14条)
改正後の第14条第1項は,禁止命令等及び第5条第2項の聴聞に関し,管轄する公安委員会として,①当該相手方の現在の住所若しくは居所の所在地,②当該相手方の当該行為が行われた時における住所若しくは居所の所在地,③当該行為をした者の現在の住所(日本国内に住所がないとき又は住所が知れないときは居所)の所在地,④当該行為が行われた地を掲げる。
②が今回追加された部分であり,ストーカー行為等の相手方が転居した場合を念頭に置いたものである。
同条第3項は,警察本部長等が行う警告についても同じ管轄を定めている。
第4 配偶者暴力防止法の改正内容
配偶者暴力防止法第10条第2項は,接近禁止命令に付随して命ずることができる禁止行為を列挙する。
改正により,同項第10号として「その承諾を得ないで,その所持する位置特定用識別情報送信装置……の位置に係る位置情報を取得すること」が新設され,第11号として位置情報記録・送信装置等の取り付け行為等が定められた(従前の第10号を繰り下げたもの)。
これに伴い,子に対する接近禁止命令に関する同条第3項の引用も「前項第二号から第十一号までに掲げる行為」に改められた。
なお,位置情報記録・送信装置(GPS機器等)の位置情報の無承諾取得等が接近禁止命令等の禁止行為に加えられたのは,令和5年法律第30号による改正である。
今回の改正は,その枠組みに紛失防止タグを加えたものと位置付けられる。
第5 令和7年の運用状況
1 ストーカー事案
警察庁「令和7年におけるストーカー事案,配偶者からの暴力事案等,児童虐待事案等への対応状況について」によれば,令和7年のストーカー事案の相談等件数は 22,881 件(前年比+3,314 件,+16.9%)であった。
被害者の性別は女性が 19,880 件(86.9%),男性が 3,001 件(13.1%)であり,年齢層は20歳代が 7,993 件(35.6%)で最も多い。
ストーカー規制法に基づく警告は令和7年に 1,577 件(前年比+98 件,+6.6%)であった。
禁止命令等は 3,037 件(前年比+622 件,+25.8%)で法施行後最多であり,そのうち仮の緊急禁止命令等が 1,840 件である。
禁止命令等を受けた被害者に対する援助の実施件数は 1,698 件(前年比+659 件,+63.4%)であった。
相談等件数を行為形態別にみると,第2条第3項第1号該当(相手方の承諾を得ないでGPS機器等により位置情報を取得)が令和7年に 118 件,第2号該当(相手方の承諾を得ないで相手方の所持する物にGPS機器等を取り付ける等)が 393 件である。
これらは相談等件数の内訳であって検挙件数ではなく,かつ令和7年12月30日施行前のストーカー規制法における該当号による分類である(複数に該当する事案はそれぞれに計上される)。
2 配偶者からの暴力事案等
配偶者からの暴力事案等の相談等件数は,令和7年に 98,289 件(前年比+3,352 件,+3.5%)で,配偶者暴力防止法施行後最多である。
配偶者暴力防止法の保護命令違反の検挙件数は 88 件(前年比+19 件,+27.5%)であった。
配偶者からの暴力事案等に関連する刑法犯・特別法犯の検挙件数は 8,358 件(前年比−63 件,−0.7%)である。
第6 実務上の留意点
1 相談を受ける段階
紛失防止タグは小型かつ安価で,衣類や鞄,車両,子の持ち物などに容易に取り付けることができる。
相談者が「行き先が知られている」と述べる事案では,従来のGPS機器に加え,所持品にタグが取り付けられていないかを確認する必要がある。
令和7年12月30日以降の行為であれば,タグの位置情報の取得も取り付け行為も,ストーカー規制法上の位置情報無承諾取得等に当たり得る。
もっとも,取り付け行為等については政令で定める行為に限られるから,具体的な行為態様が政令の定めに当たるかを確認しなければならない。
2 申出をしていない被害者への対応
職権警告の創設により,被害者が申出をためらっている段階でも警察が警告をすることが可能となった。
他方,第4条第3項により,警告をしたときは申出の有無にかかわらず相手方への通知が行われる。
被害者代理人としては,警告が行われた事実が相手方に伝わることの影響を,事案に即して検討することになる。
3 所在情報の流出への対応
第6条第2項は,警察本部長等が相手方情報保有者等に対して情報提供を行わないよう求める制度であり,弁護士が直接行使できる権限ではない。
しかし,探偵業者等への照会が疑われる事案では,警察に対してこの制度の活用を促すことが考えられる。
また同条第1項は何人にも相手方情報の提供を禁止しているから,情報を提供した第三者の民事責任を検討する際の手がかりにもなる。
4 配偶者暴力防止法との使い分け
同じ紛失防止タグの利用でも,ストーカー規制法では警察による警告・禁止命令等の対象となり,配偶者暴力防止法では裁判所の接近禁止命令における禁止行為となる。
配偶者又は生活の本拠を共にする交際相手からの被害であれば,接近禁止命令の申立てに際し,第10条第2項第10号及び第11号の行為を禁止行為として求めることが考えられる。
出典
- ストーカー行為等の規制等に関する法律(平成12年法律第81号)
https://laws.e-gov.go.jp/law/412AC0100000081 - 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(平成13年法律第31号)
https://laws.e-gov.go.jp/law/413AC0100000031 - 警察庁「ストーカー規制法が改正されました!」
https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/stalker/kaisei/index.html - 警察庁「ストーカー行為等の規制等に関する法律の一部を改正する法律案(概要)」
https://www.npa.go.jp/laws/kaisei/sankoushiryou.pdf - 内閣府男女共同参画局「配偶者暴力防止法の令和7年一部改正法情報」
https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/law/32-1.html - 内閣府男女共同参画局「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律の一部を改正する法律(概要)」
https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/law/pdf/r7_01.pdf - 内閣府男女共同参画局「新旧対照条文」
https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/law/pdf/r7_03.pdf - 警察庁「令和7年におけるストーカー事案,配偶者からの暴力事案等,児童虐待事案等への対応状況について」
https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/stalker/R7_STDVRPCA_kouhou.pdf - 内閣法制局「令和7年に公布された法律」
https://www.clb.go.jp/recent-laws/promulgation_law/id=4872 - 警察学論集79巻8号(令和8年8月号,立花書房)特集「令和7年におけるストーカー規制法・配偶者暴力防止法の一部改正」
https://tachibanashobo.co.jp/products/detail/4088