第1 結論-自己選任と保険金支払は別問題である
1 自分で探した弁護士を選任することはできる
弁護士費用保険を利用する場合であっても,被保険者が自分で探した弁護士と委任契約を締結することはできる。
東京弁護士会LAC運営委員会の解説も,保険会社等から弁護士会へ紹介依頼が来る「紹介案件」と,被保険者等が既に弁護士を選んでいる「選任済み案件」を区別している。
したがって,LACの制度実務上も,保険会社又は弁護士会の紹介によらない案件が想定されている。
ただし,自分で弁護士を選任できることと,その弁護士に支払う費用が保険金の対象となることは別問題である。
保険金支払の可否及び範囲は,事故日,原因事実又は契約始期に応じて適用される約款,保険者の事前同意又は承認の有無,費用の算定基準及び支払限度額によって決まる。
2 日本では商品・約款ごとの確認が必要である
2026年9月6日までに確認した日本の法令及び公表資料の範囲では,EU法のように弁護士費用保険一般について弁護士選択の自由を明記した法定の一般条項は確認できない。
そのため,日本で「どの弁護士でも自由に選べ,その費用は必ず全額支払われる」と一般化することはできない。
日本損害保険協会の損害保険Q&Aは,典型的な自動車保険について,弁護士費用特約の対象を保険会社の承認を得て支出した費用と説明し,保険会社の同意を得ずに支出した弁護士費用等は支払対象とならない場合があるとしている。
これは個別約款そのものではないため,実際の契約では保険証券,重要事項説明書及び適用約款を確認する必要がある。
第2 自己選任の前に確認すべき事項
1 適用約款を特定する
同じ保険会社の商品でも,契約時期,補償対象,事故の種類及び特約の改定によって約款が異なることがある。
まず,保険会社に事故受付番号を確認し,どの年度又は版の約款が適用されるかを文書で特定する必要がある。
確認対象は,弁護士費用の補償限度額だけではない。
①弁護士の選任に同意が必要か,②委任契約又は費用支出に事前承認が必要か,③着手金,報酬金,時間制報酬,日当,実費及び鑑定費用のどこまでが対象か,④LAC基準その他の算定基準が適用されるか,⑤弁護士へ直接送金するか,被保険者が立替後に請求するかを確認する必要がある。
2 「同意」の対象を曖昧にしない
保険会社が事故の受付又は弁護士への相談を了承しただけで,弁護士の選任,委任契約の内容及び費用額の全てに同意したことになるとは限らない。
福岡高裁令和元年11月27日判決は,当該約款上,弁護士報酬の支払について保険者の同意が原則として必要であるとした上で,交渉上の支払提案が当然に約款上の同意になるとは認めなかった。
同判決は,保険者の不同意が不合理であり,裁量の範囲を逸脱し,又は裁量権を濫用したと評価される場合には,同意がなくても保険金請求が認められる余地を示した。
もっとも,同判決の事案では逸脱又は濫用を否定しており,事前同意がなくても広く請求できると理解すべきではない。
3 委任前に書面又は電子メールで確認する
自己選任を希望する場合は,弁護士名,事件の概要,予定する手続,費用見積り及び委任予定日を保険会社へ伝え,承認の対象と上限を回答してもらうことが望ましい。
電話だけで確認した場合でも,日時,担当者名,質問及び回答を記録し,確認内容を電子メール等で送り返しておくと,後日の認識違いを減らすことができる。
第3 弁護士費用の負担範囲
1 四つの法律関係を分けて考える
自己選任の問題では,①被保険者が弁護士を選ぶこと,②被保険者と弁護士が委任契約を結ぶこと,③保険者が被保険者へ保険金を支払うこと,④保険者が弁護士口座へ直接送金することを区別する必要がある。
通常の構造では,被保険者が弁護士の依頼者であり,保険者は約款の範囲で費用を填補する立場にある。
したがって,保険会社が弁護士を紹介したことだけで,保険会社が委任契約の依頼者になるわけではない。
反対に,保険会社が弁護士費用を直接送金する運用であっても,その送金方法だけから弁護士自身に保険金請求権が生じるとは限らない。
2 LAC基準と委任契約上の報酬は同一ではない
東京地裁平成28年10月27日判決は,当該事件の弁護士費用等補償特約について,保険者の同意と現実の費用負担を検討し,LAC基準を保険金支払額の算定基準として扱った。
この判決及びLACの制度資料からは,LAC基準は弁護士と依頼者との間の報酬契約を一律に定める報酬規程ではなく,対象制度における保険金支払基準として機能すると整理できる。
弁護士との委任契約額が保険者の承認額又は支払基準を超えるときは,差額が依頼者の自己負担となる可能性がある。
東京弁護士会の解説も,LAC基準を上回る費用を依頼者に請求する場合には,その内容を依頼者へ説明する必要があるとしている。
3 返金と直接払いにも注意が必要である
東京地裁令和4年8月9日判決は,当該事案で弁護士費用が全額返金され,最終的な費用負担が残らなかったことなどから,保険金請求を認めなかった。
この裁判例は,一度送金したという外形だけでなく,最終的に誰がどの費用を負担したかが問題となり得ることを示す事例である。
東京地裁令和5年2月8日判決は,弁護士が被保険者の保険金請求権を代位行使した事案で,被保険者の無資力について主張立証がないとして訴えを却下した。
同判決は,弁護士への直接払い一般を否定したものではないが,直接送金の運用と,弁護士自身が保険者に対して有する請求権とを区別すべきことを示している。
第4 保険者と被保険者の利益が対立するとき
1 通常は被保険者が弁護士の依頼者である
弁護士職務基本規程は,弁護士に対し,職務の自由と独立を重んじ,依頼者の権利及び正当な利益を実現し,依頼者の意思を尊重して職務を行うことを求めている。
保険会社が費用を負担し,又は弁護士を紹介した場合でも,通常の委任関係では,被保険者が弁護士の依頼者である。
もっとも,保険者には約款に基づく補償範囲と費用の相当性を審査する立場がある。
事件方針,和解額,訴訟提起,控訴又は鑑定の要否について意見が異なるときは,依頼者の意思決定と,保険者が負担する費用範囲とを分けて説明する必要がある。
2 利益相反が表面化しやすい場面
利益のずれは,①依頼者が訴訟の継続を望む一方で保険者が費用対効果を問題とする場合,②保険者が早期和解を望む一方で依頼者が判決を求める場合,③保険金支払の可否そのものについて被保険者と保険者が争う場合,④一つの事故について複数の被保険者の利害が対立する場合などに生じ得る。
このような場合は,誰を依頼者として受任しているか,保険会社との連絡について誰の同意を得るか,保険対象外となる費用を誰が負担するかを明確にする必要がある。
必要に応じて,保険給付をめぐる交渉と本来の事件処理について,担当弁護士又は相談先を分けることも検討対象となる。
3 情報提供と守秘義務を区別する
弁護士法23条は,弁護士の秘密保持義務を定めている。
保険会社が補償判断のために事件情報,見積書,委任契約書又は経過報告を求める場合でも,依頼者の同意の範囲,提出目的及び必要性を確認する必要がある。
実務上は,保険給付の審査に必要な情報と,事件処理上の秘密又は戦略情報とを区別し,何をどこまで保険会社へ伝えるかを依頼者と確認することが望ましい。
保険会社への情報提供に同意しない場合に給付審査へどのような影響が生じるかについても,約款に即して説明する必要がある。
第5 LACによる紹介,自己選任及び非弁提携
1 紹介案件と選任済み案件
LACは,協定保険会社等の弁護士費用保険について,弁護士会による弁護士紹介や費用適正化の仕組みを運営している。
東京弁護士会の運用説明では,保険会社等から弁護士紹介の依頼を受ける紹介案件と,被保険者等が既に選んだ弁護士を利用する選任済み案件が区別されている。
どちらの経路でも,依頼者にとって重要なのは,弁護士の専門性,事件処理の方針,連絡方法及び費用説明を確認した上で委任することである。
紹介された弁護士を必ず選任しなければならないと直ちに決まるわけではなく,自己選任を希望するときはその旨を保険会社へ伝え,保険給付の条件を確認すべきである。
2 紹介料又はあっせん対価の問題
弁護士法27条及び72条から74条までは,非弁護士との提携,報酬目的の法律事務の取扱い及び非弁護士による法律事務所表示等を規制している。
弁護士職務基本規程11条及び13条も,非弁護士との提携及び依頼者紹介の対価の授受を規律している。
もっとも,これらの規定から,保険者又は弁護士会による適法な弁護士紹介が全て禁止されるわけではない。
紹介の対価,事件処理への介入,依頼者情報の取扱い又は弁護士の独立性に疑問がある場合に,個別の仕組みを検討する必要がある。
第6 不同意,減額又は不払となった場合の対応
1 理由と根拠を文書で確認する
まず,適用約款の条項,保険者が承認した範囲,減額計算,必要書類の不足及び対象事故との因果関係を文書で確認する。
単に「LAC基準だから」と説明された場合でも,どの項目,料率,経済的利益又は時間数を用いたかを確認し,弁護士の請求内容と照合する必要がある。
事前承認が争点となる場合は,電話記録,電子メール,見積書,委任契約書,請求書,送金記録及び返金記録を時系列で保存する。
保険会社の交渉上の提案と,約款上の同意又は最終決定とを混同しないことが重要である。
2 相談機関とADR
損害保険会社との間で解決しない場合は,そんぽADRセンターへの相談又は苦情申立てを検討できる。
対象となる会社,商品及び手続は同センターへ確認する必要がある。
日弁連の弁護士費用保険ADRに関する規則は,協定保険会社等の保険給付義務並びに対象費用の適否及び妥当性等に関する紛争を対象としている。
利用できる手続は契約関係及び紛争の内容によって異なるため,申立先,必要書類及び時効への影響を個別に確認する必要がある。
3 保険金請求権の消滅時効
保険法95条によれば,保険給付を請求する権利は,行使することができる時から3年間行使しないときは,時効によって消滅する。
いつから請求権を行使できたかは,約款及び事実関係により判断が必要であるため,不同意又は減額について交渉中であっても期限を放置すべきではない。
第7 EUの弁護士選択の自由との違い
1 EUでは指令が自由選択権を明記する
EUのSolvency II指令201条は,法律上の照会又は手続で被保険者の利益を防御し,代表し,又は代理するための弁護士等を被保険者が自由に選ぶことと,利益相反が生じた場合に弁護士等を自由に選ぶことを定めている。
同指令203条は保険者と被保険者の見解が相違した場合の客観性を確保する手続を,同指令204条は紛争又は利益相反時に選択権等を知らせることを定めている。
2 自由選択は費用の全額補償を意味しない
EU司法裁判所のEschig判決及びSneller判決は,保険者が一定の場合に一括して弁護士を指定し,又は外部弁護士を使う必要性を保険者の判断だけに委ねる制限を,自由選択権との関係で否定した。
他方,Stark判決は,選択の自由を無意味にしない範囲で費用額を制限することが許容され得るとした。
したがって,EU法上も,弁護士を選べることと,その弁護士の請求額が全額補償されることは同じではない。
3 EU法を日本の契約へ直接適用することはできない
EUの指令及び裁判例は,日本の弁護士費用保険の約款に直接適用されるものではない。
日本での保険金請求は,適用約款,日本の保険法その他の国内法及び当該契約に関する裁判例に基づいて判断する必要がある。
もっとも,弁護士の選択,費用範囲,利益相反時の独立性及び紛争手続を分けて制度設計している点は,日本の実務上の問題を整理する比較材料となる。
第8 自己選任時の確認事項
弁護士を自分で選ぶ場合は,委任契約を締結する前に,次の事項を確認することが望ましい。
①事故受付番号と適用約款の名称及び版
②自己選任する弁護士の氏名及び所属弁護士会
③弁護士の選任,委任契約及び費用支出について必要となる同意又は承認
④相談料,着手金,報酬金,時間制報酬,日当,実費及び鑑定費用の対象範囲
⑤LAC基準その他の算定基準,限度額及び自己負担となる差額
⑥保険会社への提出書類と情報提供の範囲
⑦弁護士への直接払いか,被保険者による立替払いか
⑧和解,訴訟提起,控訴又は追加業務の際に再承認が必要か
⑨不同意又は減額時の理由提示,社内再検討及びADRの窓口
⑩保険金請求権の消滅時効と必要な保全措置
この確認をしても,全ての紛争を防げるわけではない。
しかし,自己選任,委任契約,保険給付及び情報共有の各段階を分けて記録することで,誰が何に同意したかを後から検証しやすくなる。
第9 関連記事
①弁護士費用特約
②日本における弁護士費用保険の課題
③弁護士費用特約から支払われる弁護士報酬と源泉徴収
④あいおいニッセイ同和損保の弁護士費用特約における実費等
⑤示談代行と弁護士費用特約
第10 出典
1 法令及び会規
①e-Gov法令検索「弁護士法」23条,27条及び72条から74条まで
②e-Gov法令検索「保険法」95条
③法務省掲載「弁護士職務基本規程」11条,13条及び20条から23条まで
④日本弁護士連合会「弁護士費用保険ADRに関する規則」2条及び3条
2 裁判例
①東京地裁平成28年10月27日判決・平成28年(ワ)第10728号(判例秘書文献番号L07132309,裁判所HP未掲載)
②福岡高裁令和元年11月27日判決・令和元年(ネ)第462号(判例秘書文献番号L07420815,裁判所HP未掲載)
③東京地裁令和4年8月9日判決・令和4年(レ)第198号(判例秘書文献番号L07732346,裁判所HP未掲載)
④東京地裁令和5年2月8日判決・令和4年(ワ)第15286号(判例秘書文献番号L07830635,裁判所HP未掲載)
3 弁護士会及び業界団体の資料
①東京弁護士会LAC運営委員会「弁護士保険制度の概要」『LIBRA』2025年5月号2頁~16頁
②日本弁護士連合会第24回弁護士業務改革シンポジウム第4分科会報告書「弁護士費用保険の現状と課題」69頁~86頁
③日本損害保険協会「損害保険Q&A」問10及び問18
④日本損害保険協会「そんぽADRセンター」
4 外国法及び外国裁判例
①欧州議会・理事会指令2009/138/EC(Solvency II指令)200条から204条まで
②EU司法裁判所2009年9月10日判決・C-199/08(Eschig)
③EU司法裁判所2011年5月26日判決・C-293/10(Stark)
④EU司法裁判所2013年11月7日判決・C-442/12(Sneller)