第1 この記事の対象と結論
1 扱う問題と基準日
この記事は,取締役責任調査委員会の委員であった弁護士が,調査対象となった取締役に対する会社側の損害賠償請求訴訟を代理できるかを扱う。
中心となる裁判例は,最高裁令和4年6月27日第一小法廷決定(令和4年(許)第3号,集民268号323頁)であり,法令及び規程は令和8年9月9日現在の内容を確認した。
この問題では,①弁護士法25条により職務を行うことが禁止されるか,②相手方が裁判所に訴訟行為の排除を求められるか,③弁護士職務基本規程,秘密保持及び調査の信用性の面から受任が適切かを区別する必要がある。
最高裁決定が直接判断したのは,本件の具体的事情の下で①及び②に関する弁護士法25条2号及び4号の類推適用を認められるかという点である。
2 最高裁の結論
最高裁は,本件の取締役責任調査委員会が会社の委託を受けて取締役の責任を調査する組織であり,調査対象者には事情聴取の結果が後の責任追及訴訟で証拠として用いられる可能性が示されていたことを重視した。
その上で,同委員会の委員であった弁護士が会社の訴訟代理人となることについて,弁護士法25条2号又は4号を類推適用して訴訟行為から排除することはできないと判断した。
ただし,この決定は,調査委員会の委員であった弁護士が常に後続訴訟を代理できるとしたものではない。
委員会の目的,委嘱者,調査対象者に対する説明,取得した秘密情報,委員会が公表した独立性の内容及び後続訴訟の依頼者を個別に確認する必要がある。
第2 取締役責任調査委員会と後続訴訟
1 二つの委員会は別の組織である
本件会社では,役員らによる金品受領問題について,最初に,日本弁護士連合会の第三者委員会ガイドラインに準拠する第三者委員会が設置された。
その後,会社は,取締役であった者が会社法423条1項により会社に対する損害賠償責任を負うかを調査・検討するため,太田洋弁護士及び木目田裕弁護士を含む4名の外部弁護士に委員を委嘱し,別の取締役責任調査委員会を設置した。
会社は,取締役責任調査委員会について,独立性を確保した利害関係のない立場にある社外弁護士から成る委員会であると公表していた。
もっとも,委員会が会社から委嘱を受けて取締役の会社に対する責任を調査する組織であることと,委員が会社から離れた紛争解決者であることとは同じではない。
2 事情聴取前の説明と訴訟代理
委員会が調査対象者に送付した事情聴取の依頼文書には,聴取結果が会社による責任追及訴訟で証拠として用いられる可能性がある旨が記載されていた。
委員会は事情聴取を経て取締役であった者らの責任を認める内容の報告書を提出し,会社は,委員であった弁護士2名を訴訟代理人として損害賠償請求訴訟を提起した。
取締役であった者らは,委員であった弁護士の訴訟行為が弁護士法25条2号及び4号の趣旨に反すると主張し,訴訟行為の排除を申し立てた。
大阪高裁令和3年12月22日決定(令和3年(ラ)第580号)は排除を認めたが,最高裁は原決定を破棄し,申立てを却下した原々決定に対する抗告を棄却した。
第3 弁護士法25条2号及び4号が類推適用されなかった理由
1 2号の信頼関係に基づく協議ではないこと
弁護士法25条2号は,相手方から協議を受けた事件のうち,協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められる事件について,弁護士が職務を行うことを禁止している。
本件では,調査対象者が委員である弁護士に法的な解決を求めて相談したのではなく,会社のために行われる責任調査に応じて回答していた。
最高裁は,委員会の名称及び設置目的に加え,聴取結果が後続訴訟の証拠となり得る旨の事前説明を考慮し,調査対象者も委員会が会社のために調査をしていることを認識していたと判断した。
そのため,事情聴取に対する回答を,弁護士に法的解決を求めるための信頼関係に基づく協議と同視しなかった。
2 4号の公務員又は裁判官に類する立場ではないこと
弁護士法25条4号は,弁護士が公務員として職務上取り扱った事件について,弁護士として職務を行うことを禁止している。
大阪高裁は,取締役責任調査委員会が中立公正な立場で調査・検討する組織であり,委員は裁判官と変わらない立場にあったと評価した。
これに対し,最高裁は,委員が会社から委嘱を受け,会社のために取締役の責任を調査していたことから,公正中立な第三者として紛争を解決する立場にあったとはいえないと判断した。
会社が委員会の独立性を公表していたことも,この評価を変えるものではないとした。
3 弁護士法25条の拡張・類推は抑制されること
最高裁は,依頼者が弁護士に委任して訴訟を追行する利益及び訴訟手続の安定を考慮し,訴訟行為の排除を判断する際に弁護士法25条をみだりに拡張又は類推して解釈すべきではないと述べた。
外部弁護士が調査に関与したという事実だけで排除の可否を決めず,委員会が実際に誰のために何を調査し,調査対象者へ何を説明していたかを確認する必要がある。
第4 第三者委員会の委員について同じ結論になるとは限らない
1 日弁連ガイドライン型の第三者委員会との違い
日本弁護士連合会の「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」は,企業等から独立した委員のみで構成され,企業等のステークホルダーのために中立・公正で客観的な調査を行う第三者委員会について,実務上の指針を示したものである。
同ガイドラインは法令ではなく,日本弁護士連合会が平成22年7月15日に公表し,同年12月17日に改訂した自主的なガイドラインである。
本件の取締役責任調査委員会は,先に設置されたガイドライン型の第三者委員会とは別の組織であり,会社に対する取締役の法的責任を調査する目的で設置されていた。
したがって,本決定を,ガイドライン型の第三者委員会の委員についても後続訴訟の受任を一般的に認めたものと理解することはできない。
2 事情聴取時の説明が異なる場合
本件では,供述が後続訴訟の証拠として用いられる可能性が事情聴取前に明示されていた。
公表資料や依頼文書が委員会を会社から離れた中立的な紛争解決者であるかのように説明し,後続訴訟での利用可能性を知らせないまま情報を取得した事案について,最高裁は判断していない。
工藤敏隆「会社法423条1項に基づく損害賠償請求訴訟において原告の設置した取締役責任調査委員会の委員であった弁護士が原告の訴訟代理人として行う訴訟行為を弁護士法25条2号および4号の類推適用により排除することはできないとされた事例」は,本決定を事例判例と位置付け,訴訟利用の予告がない場合には異なる結論となる可能性を留保している。
これは判例評釈上の評価であり,最高裁が予告のない場合に排除を認めたという意味ではない。
第5 訴訟行為の排除と職務倫理は別に検討する
1 弁護士職務基本規程違反だけでは排除できないこと
最高裁令和3年4月14日第二小法廷決定(令和2年(許)第37号,民集75巻4号1001頁)は,弁護士職務基本規程57条に違反する訴訟行為であっても,同条違反だけを理由として相手方が裁判所に訴訟行為の排除を求めることはできないと判断した。
同決定は,同規程が日本弁護士連合会の会規であり,同条違反の訴訟行為を具体的に禁止する法律の規定がないことを理由としている。
同決定の補足意見は,この結論が問題となった受任を弁護士の行動として適切であったと判断する趣旨ではないことを明示している。
そのため,裁判所に排除を求められないことから,受任,情報利用又は事務所内の情報遮断に問題がないと結論付けることはできない。
2 秘密保持及び利益相反の確認
弁護士職務基本規程については,依頼者の秘密の保持を定める23条,職務を行い得ない事件を定める27条及び28条並びに共同事務所内の受任制限を定める57条等を確認する必要がある。
規程の条文は,弁護士職務基本規程の全文を掲載した記事でも確認できる。
本件では,委員会への委嘱者と後続訴訟の依頼者がいずれも会社であり,調査対象者側へ依頼者を変更した事案ではなかった。
調査委員として会社から秘密情報を得た弁護士が後に会社と対立する側を代理する場合には,本決定とは異なり,秘密保持及び依頼者間の利益相反が正面から問題となる。
第6 受任前に確認する資料と停止基準
1 最初に確認する資料
後続訴訟の受任可否を検討するときは,まず,①委員会の設置要綱,②委嘱契約書,③会社の公表文,④事情聴取の依頼書及び説明資料,⑤聴取記録,⑥調査報告書,⑦後続訴訟の予定当事者及び請求内容並びに⑧法律事務所内の利益相反検索結果を確認する。
これらの資料から,委員会の依頼者,目的,最終判断者,取得情報,対象者への説明及び訴訟で予定する証拠利用を対応させる。
事情聴取の依頼書では,委員が誰の依頼を受けているか,調査対象者の代理人ではないこと,回答をどの目的で利用するか及び後続手続で証拠利用する可能性があるかを確認する。
本決定は特定の文言を使用する義務を判示したものではないが,設置目的,公表文及び聴取時の説明が食い違えば,調査対象者の信頼に関する評価が不安定になる。
2 追加確認又は受任停止が必要となる場合
資料上,①依頼者又は委嘱者が特定できない,②委員会に紛争解決又は調停の役割が与えられている,③調査対象者が個人的な法律相談をしている,④訴訟利用に関する説明が公表文と矛盾する,⑤後続訴訟で依頼者となる者が調査時の依頼者と異なる,又は⑥同じ事務所に反対当事者の相談・受任記録がある場合には,本決定だけで受任可能と判断せず,追加確認を要する。
委員会の性質及び情報取得経緯を再構成できない場合や,秘密情報を後続訴訟から実効的に切り離せない場合には,調査担当者と訴訟担当者を分けることも選択肢となる。
担当者の分離は,本決定が命じた法的義務ではない。
しかし,法的に排除されない場合でも,調査の信用性,事情聴取への協力及び会社の説明責任に与える影響を踏まえ,受任の適否を別に判断する必要がある。
3 法律事務所内の確認
取締役責任調査委員会に関与した弁護士だけでなく,同じ法律事務所に所属する弁護士の相談・受任関係及び情報アクセスも確認する。
事務所の所属変更を伴う場合の利益相反,秘密及び事件情報の管理については,法律事務所の退所・分裂-事件,職員,利益相反,預り金及び清算のチェックリスト(AI作成)で別に整理している。
第7 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索・弁護士法(昭和24年法律第205号),23条及び25条,令和8年9月9日確認。
②e-Gov法令検索・会社法(平成17年法律第86号),423条1項,令和8年9月9日確認。
2 裁判例
①最高裁令和4年6月27日第一小法廷決定(令和4年(許)第3号,集民268号323頁),裁判所ウェブサイト掲載PDF1頁~4頁。
②大阪高裁令和3年12月22日決定(令和3年(ラ)第580号,判例タイムズ1493号50頁),裁判所HP未掲載。前掲最高裁決定が摘示した原審判断の範囲を確認。
③最高裁令和3年4月14日第二小法廷決定(令和2年(許)第37号,民集75巻4号1001頁),裁判所ウェブサイト掲載PDF1頁~4頁。
3 職能団体の規程・ガイドライン
①日本弁護士連合会「弁護士職務基本規程」(平成16年日本弁護士連合会会規第70号),23条,27条,28条及び57条,令和8年9月9日確認。
②日本弁護士連合会「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」,平成22年7月15日公表,同年12月17日改訂,令和8年9月9日確認。
4 文献
①工藤敏隆「会社法423条1項に基づく損害賠償請求訴訟において原告の設置した取締役責任調査委員会の委員であった弁護士が原告の訴訟代理人として行う訴訟行為を弁護士法25条2号および4号の類推適用により排除することはできないとされた事例」法学研究96巻7号53頁~66頁,令和5年。