第1 子が夫婦双方に分属する場合の結論
1 直接対応する婚姻費用算定表はない
本記事は,別居中の夫婦に複数の未成熟子がおり,夫婦が別々の子を1人ずつ監護している場合の婚姻費用を対象とする。
裁判所が公表する婚姻費用算定表は,夫婦のみの表10と,子の人数・年齢に応じた表11~19で構成されているが,子が夫婦双方の世帯に分属する場合の専用表はない。
同一の子が両方の世帯を交替して生活する共同監護は,別々の子が各世帯に属する本記事の類型とは異なる。
共同監護では生活拠点,監護時間及び重複費用の評価が別に必要となるため,本記事の式を宿泊日数で機械的に按分してはならない。
2 標準算定方式へ戻って一度だけ配分する
専用表がない場合は,表11又は表12を夫婦それぞれについて読み取って差し引くのではなく,令和元年版の標準算定方式へ戻って個別計算する。
すなわち,夫婦の基礎収入を合算し,夫婦本人と各世帯で監護される子の生活費指数を用いて,二つの世帯へ一度だけ配分する。
この計算は,民法760条に基づく一つの婚姻費用分担額を求めるものである。
離婚後に各親が相手の監護する子について負う養育費を別々に算定し,差額だけを支払う処理とは区別する必要がある。
算定表全体の選び方,年収欄及び特別事情の基本については,「婚姻費用算定表の見方,計算方法と特別事情(AI作成)」で説明している。
第2 個別計算に用いる基礎収入と生活費指数
1 最初に夫婦それぞれの基礎収入を求める
基礎収入とは,総収入から公租公課,職業費及び標準的な住居関係費・保健医療費を統計上の標準額で控除し,生活費へ配分できる部分を表した概念である。
実際に支払った税金,家賃,通勤費等を一件ずつ総収入から控除して作る金額ではない。
給与所得者については源泉徴収票の「支払金額」,自営業者については確定申告書の「課税される所得金額」を出発点とし,現在の収入を適切に表す資料か,税法上の控除で現実に支出されていないものがないかを確認する。
給与年収から基礎収入への換算割合は一律ではなく,収入区分によって異なる。
2 子の生活費指数は監護世帯ごとに置く
令和元年版標準算定方式の生活費指数は,夫婦本人がそれぞれ100,0歳~14歳の子が62,15歳以上の子が85である。
子の指数は現実に生活する世帯へ一度だけ置き,同じ子を双方の世帯へ二重に計上しない。
子の指数は現実の支出額そのものではなく,夫婦が同居を続けたと仮定した場合の生活水準を,二つの世帯へ配分するための比率である。
指数には公立学校を前提とする標準的な学校教育費が組み込まれているため,私学費等を調整するときは標準分との重複を避ける必要がある。
3 二つの世帯の全員を一つの分母に入れる
子を1人ずつ監護する場合,分母には,A本人の100,B本人の100,Aが監護する子の指数及びBが監護する子の指数を入れる。
一方の世帯だけを先に計算してから他方の子の生活費を控除するのではなく,夫婦の総基礎収入を全指数で同時に配分することが要点である。
第3 一般式と支払方向
1 記号と一般式
Aの基礎収入をX,Bの基礎収入をY,Aが監護する子の生活費指数合計をIA,Bが監護する子の生活費指数合計をIBとする。
子を1人ずつ監護する場合,IA及びIBには,それぞれ62又は85が入る。
B世帯への配分年額=(X+Y)×(100+IB)÷(200+IA+IB)
AからBへの婚姻費用年額=B世帯への配分年額-Y
一つの式にまとめると,次のとおりである。
AからBへの婚姻費用年額={X×(100+IB)-Y×(100+IA)}÷(200+IA+IB)
計算結果が正ならAからBへ支払い,負ならBからAへ結果の絶対値を支払う。
したがって,総収入が多い方を計算前から義務者と決めるのではなく,基礎収入と双方の世帯構成を式へ入れて支払方向を確認するのが安全である。
2 同じ年齢区分の子を1人ずつ監護する場合
双方が監護する子の指数が同じ場合,婚姻費用年額は(X-Y)÷2に簡約できる。
双方の子がいずれも0歳~14歳で指数が62の場合も,いずれも15歳以上で指数が85の場合も,標準算定方式による世帯間の移転額は同じになる。
これは,双方の世帯構成が同じであるため,夫婦の総基礎収入を二等分した上で,各自の基礎収入との差額だけを移転するからである。
もっとも,双方の私学費,医療費又は直接払いまで同じという意味ではなく,特別事情は別に検討する。
3 双方の子の年齢区分が異なる場合
Bが15歳以上の子を監護し,Aが0歳~14歳の子を監護する場合,B世帯の指数が大きいため,AからBへの移転額は同年齢の場合より大きくなる。
反対に,Aが15歳以上の子を監護する場合は,A世帯へ留保される標準生活費が増えるため,AからBへの移転額は小さくなる。
第4 給与年収800万円と200万円の計算例
1 計算の前提
A・Bをいずれも給与所得者とし,Aの給与年収を800万円,Bの給与年収を200万円とする。
令和元年版の基礎収入割合により,Aの基礎収入Xを320万円,Bの基礎収入Yを86万円とし,私学費,医療費,住宅ローンその他の特別事情はないものとする。
2 4つの年齢構成による結果
中間値を先に丸めず,年額から月額へ換算した最終段階で円未満を四捨五入すると,次のとおりとなる。
双方の子が同じ年齢区分であれば,(320万円-86万円)÷2=117万円/年であり,月額は9万7500円となる。
Aが0歳~14歳の子,Bが15歳以上の子を監護する場合は,{320万円×(100+85)-86万円×(100+62)}÷(200+62+85)=約130万4553円/年であり,月額は約10万8713円となる。
| Aが監護する子 | Bが監護する子 | AからBへの年額 | AからBへの月額 |
|---|---|---|---|
| 0歳~14歳 | 0歳~14歳 | 117万円 | 9万7500円 |
| 15歳以上 | 15歳以上 | 117万円 | 9万7500円 |
| 15歳以上 | 0歳~14歳 | 約103万5447円 | 約8万6287円 |
| 0歳~14歳 | 15歳以上 | 約130万4553円 | 約10万8713円 |
3 算定表の帯ではなく一点計算である
上記金額は,本記事が標準算定方式を用いて再計算した年額及び月額であり,裁判所が個別事件について認定した額ではない。
また,算定表に表示される1万円~2万円幅の帯を読み取った結果ではなく,特定の基礎収入と指数から得た一点計算である。
実際の事件では,収入認定,監護状況,直接払い,私学費・医療費及び住居費等によって最終額が変わり得る。
そのため,計算式の結果と現実の送金額との差だけから,直ちに未払又は過払と断定することはできない。
計算結果に違和感がある場合に,入力した収入,使用した表,子の年齢及び特別事情を再点検する順序は,「婚姻費用算定表の結果がおかしいとき|収入・表・年齢・特別事情の確認順序(AI作成)」で説明している。
第5 避けるべき計算方法
1 表11又は表12を2回読み取って差し引かない
婚姻費用表11・12は,権利者本人と権利者が監護する子を一つの世帯とし,義務者を子のいない別世帯として作られている。
夫婦各自を順に権利者とみなして表を2回使用すると,成人本人の生活費と世帯間配分を重ねて扱い,算定表の帯による丸めも二重に生じる。
したがって,子が分属する場合は,既製表の二つの金額を差し引くのではなく,夫婦と全ての子の指数を一つの分母へ入れる。
この方法なら,双方の基礎収入と双方の子の生活費を一度の計算で反映できる。
2 離婚後の相互養育費と混同しない
離婚後に各親が別々の子を監護する場合は,各親が相手の監護する子について負う養育費を個別に検討する場面がある。
これに対し,婚姻費用には夫婦本人の生活費も含まれるため,二つの養育費債務を計算して相殺する方法をそのまま用いることはできない。
相互養育費の差額処理は,婚姻費用とは法的構成が異なるため,本記事では扱わない。
3 旧指数55・90を使用しない
平成15年に公表された旧方式では子の指数が55・90であったが,令和元年版では62・85へ改定された。
旧指数又は旧基礎収入割合を現在の計算へ混在させると,式の形が同じでも金額が変わる。
令和8年8月24日現在,裁判所が案内しているのは令和元年版算定表である。
過去の合意・審判の前提を検討する場合と,現在の標準額を新たに計算する場合を区別する必要がある。
第6 個別事件で確認する入力と調整項目
1 各子が実際に生活する世帯
子の指数をどちらの世帯へ置くかは,計算結果を直接左右する。
住民票の所在地だけで決めるのではなく,現実の居所,通学・通園,日常の食費・衣料費・医療費,宿泊の継続性及び通常の監護者を確認する必要がある。
一時的な滞在又は通常の親子交流だけから,同じ子の指数を双方へ計上しない。
生活拠点が流動的である場合は,標準式へ入れる前提事実自体が争点となるため,宿泊記録,学校資料及び日常の支払資料を時系列で整理する。
2 夫婦双方の現在の収入
源泉徴収票又は確定申告書があっても,退職,転職,休職,開業又は大幅な収入変動により現在の収入を表さないことがある。
この場合は,給与明細,賞与明細,課税証明書,雇用契約書又は事業帳簿等から,どの期間の収入を基礎にするかを検討する。
相手方が収入資料を提出しない場合の推計と手続については,「相手が収入資料を出さない場合の婚姻費用|収入の推計・情報開示命令・必要資料(AI作成)」で説明している。
3 私学費・医療費・直接払い・住宅ローン
私学費,大学費用又は高額で継続的な医療費を調整するときは,標準額に含まれる部分,超過額,必要性・相当性,夫婦間の合意及び現実の支払者を確認する。
一方の親が相手方世帯の学費又は医療費を直接支払っている場合も,全額を機械的に婚姻費用から控除せず,標準額との重複と対象期間を確認する。
詳しくは,「婚姻費用に私立学校・大学の学費と高額医療費を加算できるか|特別費用の分担方法(AI作成)」で説明している。
住宅ローンには居住費と資産形成の両面があるため,返済額全額を当然に控除することはできない。
住宅の所有者,居住者,返済者,双方の別途住居費及び元本返済による資産形成を確認する必要があり,類型ごとの調整は「別居中の婚姻費用と住宅ローン|誰が住み,誰が返済するかで変わる計算方法(AI作成)」で扱っている。
4 子が15歳に達した場合
新たに標準額を計算する時点で子が15歳以上であれば,その子の指数は85となる。
もっとも,既に合意・調停・審判で固定月額が定められている場合,年齢到達による自動変更条項等がない限り,15歳到達だけで支払額が当然に変更されるわけではない。
収入,監護状況又は子の年齢等の変化を踏まえ,夫婦間の合意又は増減額の調停・審判によって変更することになる。
事情変更と申立時期については,「一度決まった婚姻費用は増額・減額できるか|事情変更・申立時期・必要資料(AI作成)」で説明している。
第7 合意・調停と令和8年改正
1 合意できない場合は婚姻費用分担調停を利用する
夫婦間で合意するときは,月額だけでなく,誰がどの子を監護することを前提としたか,基礎とした収入資料と時点,支払開始月,支払期限,直接払い及び特別費用の扱いを明確にする。
前提となる監護世帯又は収入が変わった場合の協議方法も定めておけば,後の二重計上又は計算前提の食い違いを減らせる。
話合いがまとまらない場合は,家庭裁判所の婚姻費用分担調停を利用でき,調停が不成立となれば審判へ移行する。
請求の始期,必要書類,管轄及び手続の流れは,「別居中の生活費(婚姻費用)はいつから請求できるか|請求方法・必要書類・調停・審判(AI作成)」で説明している。
2 収入・資産情報の開示命令
家事事件手続法152条の2及び258条3項により,家庭裁判所は,婚姻費用の審判又は調停で必要があると認めるとき,当事者に収入及び資産の状況に関する情報の開示を命ずることができる。
正当な理由のない不開示又は虚偽開示には10万円以下の過料が定められている。
もっとも,これは申立人が相手方の勤務先又は金融機関から無条件に資料を取得できる制度ではない。
手元の収入資料,従前の収入,勤務先又は事業の状況を整理し,何の情報が不足しているかを具体化する必要がある。
3 令和8年改正は分属時の一般式を置き換えない
民法817条の12は,父母が子を自己と同程度の生活水準で扶養する責務と,子の利益のため互いに協力する責務を定めた。
この規定は生活保持義務を明文化するが,民法760条に基づく婚姻費用の標準算定方式を別の式へ置き換えるものではない。
民法766条の3の法定養育費は,取決めなく離婚した場合の暫定的・補充的な制度であり,婚姻中の分属世帯に適用する標準月額ではない。
民法308条の2の子の監護費用の先取特権も優先回収できる範囲に関する制度であり,婚姻費用額そのものを定める上限ではない。
第8 出典・参考資料
1 法令
①民法(明治29年法律第89号)752条,760条,308条の2,766条の3及び817条の12(e-Gov法令検索,令和8年8月24日現在)
②家事事件手続法(平成23年法律第52号)150条3号,152条の2及び258条3項(e-Gov法令検索,令和8年8月24日現在)
2 裁判所公表資料
①裁判所「平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について」令和元年12月23日公表。研究報告の概要及び婚姻費用表10~19を参照
②平成30年度司法研究研究員「養育費・婚姻費用算定表について」資料上の頁表示なし,PDF1頁~5頁。表の種類,収入資料,生活費指数及び特別事情を参照
③裁判所「婚姻費用の分担請求調停」。調停・審判,管轄及び標準的な提出書類を参照
3 文献
①松本哲泓『婚姻費用・養育費の算定―裁判官の視点にみる算定の実務―』(新日本法規出版,2018年)105頁~108頁
②公益財団法人日弁連法務研究財団ウェブサイト掲載「養育費・婚姻費用算定の考え方と問題点」1頁~13頁(資料本文に著者名・作成日の表示を確認できず,URLのパスは2021年3月)
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③「相手が収入資料を出さない場合の婚姻費用|収入の推計・情報開示命令・必要資料(AI作成)」
④「別居中の婚姻費用と住宅ローン|誰が住み,誰が返済するかで変わる計算方法(AI作成)」
⑤「婚姻費用に私立学校・大学の学費と高額医療費を加算できるか|特別費用の分担方法(AI作成)」
⑥「一度決まった婚姻費用は増額・減額できるか|事情変更・申立時期・必要資料(AI作成)」