弁護士山中理司

交通事故でも健康保険を利用できること

目次
第1 交通事故でも健康保険を利用できること
第2 関連記事その他

第1 交通事故でも健康保険を利用できること
1 交通事故でも健康保険を利用できますし,加害者の署名が入った損害賠償誓約書等は不要です。
2 第2次犯罪被害者等基本計画(平成23年3月25日閣議決定)(リンク先の22頁(PDF7頁))には以下の記載があります。
Ⅴ 重点課題に係る具体的施策
(中略)
2 給付金の支給に係る制度の充実等(基本法第13条関係)
(中略)
⑻ 医療保険の円滑な利用の確保厚生労働省において、犯罪による被害を受けた被保険者が保険診療を求めた場合については、現行制度上加害者の署名が入った損害賠償誓約書等の有無にかかわらず保険給付が行われることになっている旨、保険者に周知する。また、医療機関に対して、犯罪による被害を受けた者であっても医療保険を利用することが可能であることや、誓約書等の提出がなくても保険者は保険給付を行う義務がある旨保険者あてに通知していることについて、地方厚生局を通じて周知する。【厚生労働省】
3 犯罪被害や自動車事故等による傷病の保険給付の取扱いについて(平成23年8月9日付の厚生労働省保健局保険課長等の通知)には以下の記載があります。
    今般、第2次犯罪被害者等基本計画(平成23年3月25日閣議決定)に、犯罪による被害を受けた者でも医療保険を利用することが可能である旨や、加害者の署名が入った損害賠償誓約書等の有無にかかわらず医療保険給付が行われる旨を、保険者や医療機関に周知すること等が盛り込まれたことを踏まえ(別添)、上記の取扱いについて改めて周知をしますので、その趣旨を踏まえて適切に対応いただくとともに、都道府県国民健康保険主管課(部)におかれましては、管内の保険者等に対して、都道府県後期高齢者医療主管課(部)におかれましては、管内の後期高齢者医療広域連合及び市町村後期高齢者医療主管課(部)に対して、周知をお願いします。
    自動車事故による被害を受けた場合の医療保険の給付と自動車損害賠償保障法(昭和30年法律第97号)に基づく自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)による給付の関係については、自動車事故による被害の賠償は自動車損害賠償保障法では自動車の運行供用者がその責任を負うこととしており、被害者は加害者が加入する自賠責保険によってその保険金額の限度額までの保障を受けることになっています。その際、何らかの理由により、加害者の加入する自賠責保険の保険者が保険金の支払いを行う前に、被害者の加入する医療保険の保険者から保険給付が行われた場合、医療保険の保険者はその行った給付の価額の限度において、被保険者が有する損害賠償請求権を代位取得し、加害者(又は加害者の加入する自賠責保険の保険者)に対して求償することになります(健康保険法第57条第1項、船員保険法第45条第1項、国民健康保険法第64条第1項及び高齢者の医療の確保に関する法律第58条第1項)。
    一方で、加害者が不明のひき逃げ等の場合や自賠責保険の補償の範囲を超える賠償義務が発生した場合には、被害者の加入する医療保険の保険者が給付を行ったとしても、その保険者は求償する相手先がないケースや結果的に求償が困難なケースが生じ得ます。このような場合であっても、偶発的に発生する予測不能な傷病に備え、被保険者等の保護を図るという医療保険制度の目的に照らし、医療保険の保険者は、求償する相手先がないことや結果的に求償が困難であること等を理由として医療保険の給付を行わないということはできません。
    さらに、加害者が自賠責保険に加入していても、速やかに保険金の支払いが行われない場合等、被害者である被保険者に一時的に重い医療費の負担が生じる場合も考えられるため、このような場合も上記と同様の趣旨から、医療保険の保険者は、被保険者が医療保険を利用することが妨げられないようにする必要があります。これらの取扱いは、その他の犯罪の被害による傷病についての医療保険の給付でも同様です。

第2 関連記事その他
1 国民健康保険の被保険者である交通事故の被害者が,保険者から療養の給付を受けるのに先立って、自動車損害賠償保障法16条1項の規定に基づき損害賠償額の支払を受けた場合には,保険会社が支払に当たって算定した損害の内訳のいかんにかかわらず,右被保険者の第三者に対する損害賠償請求権は右支払に応じて消滅し,右保険者は,国民健康保険法64条1項の規定に基づき,療養の給付の時に残存する額を限度として損害賠償請求権を代位取得します(最高裁平成10年9月10日判決)。
2 療養の給付とは,保険証を持って医療機関等にかかった際に,現物給付(窓口負担分以外のお金を窓口で支払わなくても受けられる医療)を受けることをいいます(東京都後期高齢者医療広域連合HP「療養の給付と療養費の違いはなんですか?」参照)。 
3 にわ法律事務所HPの「健康保険利用の際の自賠責様式の診断書及び診療報酬明細書の作成について」には「診療報酬明細書(レセプト)については、病院から健保請求用の診療報酬明細書の写しをいただくか、領収証及び診療明細書を添付すれば自賠責保険も被害者請求を受け付ける取り扱いをしています。」と書いてあります。
4 以下の記事も参照してください。
・ 自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)

交通死亡事故の損害額に関するメモ書き

目次
1 葬式費用
2 年金の逸失利益性
3 家事労働者の逸失利益
4 不法行為後の事情変更
5 扶養利益
6 死亡慰謝料
7 定期金賠償
8 損害賠償制度は一般予防を目的とするものではないこと
9 過失相殺に関するメモ書き
10 関連記事その他

1 葬式費用
(1) 被害者の遺族が支出した葬式費用は,社会通念上特に不相当なものでないかぎり,加害者側の賠償すべき損害となります(最高裁昭和43年10月3日判決)。
(2) 不法行為により死亡した者のため,祭祀を主宰すべき立場にある遺族が,墓碑を建設し,仏壇を購入したときは,そのために支出した費用は,社会通念上相当と認められる限度において,不法行為により通常生ずべき損害と認めるべきとされています(最高裁昭和44年2月28日判決)。

2 年金の逸失利益性

(1) 退職年金を受給していた者が不法行為によって死亡した場合には,相続人は,加害者に対し,退職年金の受給者が生存していればその平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額を同人の損害として,その賠償を求めることができます(最高裁大法廷平成5年3月24日判決)。
(2) 障害基礎年金及び障害厚生年金の受給権者が不法行為により死亡した場合には,その相続人は,加害者に対し,被害者の得べかりし右各障害年金額を逸失利益として請求することができます(最高裁平成11年10月22日判決)。
(3) 不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろう遺族厚生年金は,不法行為による損害としての逸失利益に当たりません(最高裁平成12年11月14日判決)。
(4)  不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろういわゆる軍人恩給としての扶助料は、不法行為による損害としての逸失利益に当たりません(最高裁平成12年11月14日判決)。

3 家事労働者の逸失利益
(1) 事故により死亡した女子の妻として専ら家事に従事する期間における逸失利益については,その算定が困難であるときは,平均的労働不能年令に達するまで女子雇用労働者の平均的賃金に相当する収益を挙げるものとして算定されます(最高裁昭和49年7月19日判決)。
(2) 就労前の年少女子の得べかりし利益の喪失による損害賠償額をいわゆる賃金センサスの女子労働者の平均給与額を基準として算定する場合には,賃金センサスの平均給与額に男女間の格差があるからといって,家事労働分を加算すべきものではありません(最高裁昭和62年1月19日判決)。
(3)ア 判例タイムズ927号(1997年3月15日発行)に「交通事故賠償の諸問題 主婦の逸失利益」が載っています(寄稿者は14期の塩崎勤裁判官)。
イ 交通事故相談NEWS50号(2023年3月1日発行)の「家事労働の評価について」には,「標準となる家事労働」として以下の記載があります。
    裁判所は、裁判例においてほとんど家事労働の内容を明示していないが、一件のみ、基礎収入算出の検討要素として「被害者の年齢、家族構成、家事労働の内容(子の養育の有無を含む。)等の具体的事情」を挙げ、これらを踏まえて適宜の修正を加えて(基礎収入を)算出するのが相当であるとする裁判例がある。この考え方から、裁判所は、核家族(親及び子のみで構成される世帯)において、未成年の子を養育している専業主婦を標準としていると思われる。

4 不法行為後の事情変更

(1) 交通事故の被害者がその後に第二の交通事故により死亡した場合,最初の事故の後遺障害による財産上の損害の額の算定に当たっては,死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきものではありません(最高裁平成8年5月31日判決)。
(2)  交通事故の被害者が事故のため介護を要する状態となった後に別の原因により死亡した場合には,死亡後の期間に係る介護費用を右交通事故による損害として請求することはできません(最高裁平成11年12月20日判決)。

 扶養利益
(1) 自動車損害賠償保障法72条1項により死亡者の相続人に損害をてん補すべき場合において,既に死亡者の内縁の配偶者が同条項により扶養利益の喪失に相当する額のてん補を受けているときは,右てん補額は,相続人にてん補すべき死亡者の逸失利益の額からこれを控除すべきとされています(最高裁平成5年4月6日判決)。
(2)  不法行為によって扶養者が死亡した場合における被扶養者の将来の扶養利益喪失による損害額は、扶養者の生前の収入、そのうち被扶養者の生計の維持に充てるべき部分、被扶養者各人につき扶養利益として認められるべき比率割合、扶養を要する状態が存続すべき期間などの具体的事情に応じて算定すべきです(最高裁平成12年9月7日判決)。

 死亡慰謝料
(1) 不法行為にもとづく慰謝料の請求権は,被害者本人が慰謝料を請求する旨の意思表示をしなくても,当然に発生し,これを放棄し,免除する等の特別の事情のないかぎり,その被害者の相続人においてこれを相続することができます(最高裁昭和44年10月31日判決。なお,先例として,最高裁大法廷昭和42年11月1日判決参照)。
(2)  母の身体侵害を理由とする子の慰藉料請求と右身体侵害に基づく母の生命侵害を理由とする子の慰藉料請求とは,同一性がなく,前者に関する調停が成立した後母が死亡した場合には,特別の事情のないかぎり,その調停が後者をも含むと解することはできません(最高裁昭和43年4月11日判決)。
(3) 不法行為による生命侵害があった場合,民法711条所定以外の者であっても,被害者との間に同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係が存し,被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は,加害者に対し直接に固有の慰謝料を請求できます(最高裁昭和49年12月17日判決)。

7 定期金賠償

・ 交通事故の被害者が後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において,不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められるときは,同逸失利益は,定期金による賠償の対象となります(最高裁令和2年7月9日判決)。

8 損害賠償制度は一般予防を目的とするものではないこと
(1) 大阪地裁令和4年11月25日判決(裁判長は49期の中尾彰)は以下の判示をしています。
我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである。加害者に対する制裁や、将来における同様の行為の抑止、すなわち一般予防を目的とするものではない(最高裁平成5年(オ)第1762号同9年7月11日第二小法廷判決・民集51巻6号2573頁参照)。
(2) 大阪地裁令和4年11月25日判決は, 国有地売却に関する決裁文書等の改ざんを指示したことを理由とする民法709条に基づく損害賠償請求について,原告の主張する行為は国家賠償法1条1項が適用されるものであるとして,公務員である被告の責任を否定した事例です。

9 過失相殺に関するメモ書き
(1) 自動車運転者が業務上過失致死被告事件の判決で過失を否定された場合でも,不法行為に関する民事判決ではその過失を否定しなければならぬものではありません(最高裁昭和34年11月26日判決)。
(2)ア 被害者の過失を斟酌すると否とは裁判所の自由裁量に属します(最高裁昭和34年11月26日判決)。
イ 不法行為における過失相殺については、裁判所は、具体的な事案につき公平の観念に基づき諸般の事情を考慮し、自由なる裁量によつて被害者の過失をしんしゃやくして損害額を定めればよく、しんしやくすべき過失の度合につき一々その理由を記載する必要はありません(最高裁昭和39年9月25日判決)。
(3) 千里みなみ法律事務所HPの「【交通事故】過失割合の修正要素の立証責任はどちらにある?」には以下の記載があります。
判例によると、「民法四一八条による過失相殺は、債務者の主張がなくても、裁判所が職権ですることができるが、債権者に過失があつた事実は、債務者において立証責任を負うものと解すべきである。」としています(最高裁昭和43年12月24日判決)。
そして、不法行為における過失相殺についても、被害者の過失の立証責任が原則的に加害者側(被告)にあることに異論はないとされています(『交通関係訴訟の実務』306頁)。

10 関連記事その他
(1)ア 同一事故により生じた同一の身体傷害を理由として財産上の損害と精神上の損害との賠償を請求する場合における請求権および訴訟物は,一個です(最高裁昭和48年4月5日判決)。
イ 不法行為に基づく一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に,過失相殺をするにあたっては,損害の全額から過失割合による減額をし,その残額が請求額をこえないときは右残額を認容し,残額が請求額をこえるときは請求の全額を認容することができます(最高裁昭和48年4月5日判決)。
(2)  故意によつて生じた損害をてん補しない旨の自家用自動車保険普通保険約款の条項は,傷害の故意に基づく行為により被害者を死亡させたことによる損害賠償責任を被保険者が負担した場合には,適用されません(最高裁平成5年3月30日判決)。
(3)  被告人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には,その後第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても,被告人の暴行と被害者の死亡との間には因果関係があります(最高裁平成2年11月20日判決)。
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 叙位の対象となった裁判官(平成31年1月以降の分)
→ 相続税における葬式費用の範囲,及び葬儀費用の取扱いについても記載しています。
・ 自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)

搭乗者傷害保険

目次
1 総論
2 自賠責保険金等とは別枠の支払であること
3 人身傷害補償保険との違い
4 搭乗者傷害保険の内容
5 搭乗者傷害保険の医療保険金
6 関連記事

1 総論
(1) 搭乗者傷害保険に加入しているクルマに乗っている人(運転手及び同乗者)が交通事故でケガをしたり,死亡したりした場合,過失に関係なく定額の保険金が支給されます。
    そのため,例えば,運転手の過失割合が100%の場合であっても,わざと交通事故を起こしたような場合でない限り,運転手及び同乗者に対して保険金が支払われます。
(2) 搭乗者傷害保険を利用したとしても,ノンフリート等級が下がることはありません(「ノンフリート等級」参照)。

2 自賠責保険金等とは別枠の支払であること
    搭乗者傷害保険は,加害者からの損害賠償金,自賠責保険金等とは別枠で支払いを受けることができます(最高裁平成7年1月30日判決参照)。
    そのため,例えば,加害者の過失割合が100%の交通事故のため,加害者の任意保険で治療費等を全部まかなえる場合であっても,それとは別枠で被害者に対して保険金が支払われます。

3 人身傷害補償保険との違い
(1) 被保険自動車に乗車中に交通事故にあった場合において何らかの過失がある場合,搭乗者傷害保険に加えて,過失部分について人身傷害補償保険が適用されます(「人身傷害補償保険」参照)。
    そのため,搭乗者傷害保険は,人身傷害補償保険の上乗せ保険みたいな位置づけになっています。
(2) 搭乗者傷害保険の場合,定額の保険金が支払われるのに対し,人身傷害補償保険の場合,実際の損害額を基準とした保険金が支払われます。
(3) おとなの自動車保険HPの「人身傷害と搭乗者傷害の選び方」に,加入パターン別お支払い例が掲載されています。

4 搭乗者傷害保険の内容
・ 搭乗者傷害保険では,被保険自動車の事故により運転手や同乗者が死傷したときに定額の保険金が支払われますところ,その内容は以下のとおりです。
① 死亡保険金
→ 事故発生日から180日以内に死亡した場合に,保険金額100%の保険金が支払われます。
② 後遺傷害保険金
→ 事故発生日から180日以内に後遺障害が発生した場合に,後遺障害等級に応じて保険金額の4%から100%の保険金が支払われます。
③ 医療保険金
→ 日数払い及び部位・症状別払いの2種類があります。

5 搭乗者傷害保険の医療保険金
(1)   日数払いの場合
ア 事故発生の日から180日までの入院又は通院に対して,保険証券記載の入院保険金日額×入院日数,及び通院保険金日額×通院日数という計算で保険金が支払われます。
イ 重傷のケースでは保険金額が多くなる反面,通院日数の認定基準に曖昧なところがあるため,保険金額が不明確になることがあります。
(2) 部位・症状別払いの場合
ア   傷害の部位・症状に応じてあらかじめ定められた保険金が支払われます。
イ   認定基準が明確なので保険金額が明確である反面,治療期間が長引いた場合,日数払いと比べて保険金額が少なくなります。
ウ 骨折等がない場合において5日以上入通院した場合,医学的他覚所見(理学的検査,神経学的検査,臨床検査及び画像検査等により認められる異常所見)があることを条件に,10万円の入通院一時金が支払われることが多いです。

6 関連記事
・ 政府保障事業及び無保険車傷害特約
・ 自賠責保険の支払基準
・ 「自動車損害賠償保障法及び関係政省令の改正等に伴う事務の実施細目について」と題する,国土交通省自動車交通局保障課長の通知(平成14年3月11日付)
・ 昭和48年9月1日付の,日本損害保険協会及び日弁連交通事故相談センターの覚書(交通事故損害賠償に関するもの)
・ 損益相殺
・ 東京地裁民事第27部(交通部)
・ 弁護士費用特約

家事調停に関するメモ書き

目次
第1 家庭裁判所の土地管轄
第2 申立て時の注意点
第3 第1回期日前における留意点
第4 事件記録の閲覧及び謄写
第5 当事者参加及び利害関係参加
第6 電話会議又はテレビ会議による家事調停(主としてコロナ前の取扱いです。)
第7 手続費用の取扱い
第8 家事調停を成立させる場合の取扱い(主としてコロナ前の取扱いです。)
第9 家事調停の終了形態
第10 公益財団法人日本調停協会連合会
第11 離婚調停の位置付け
第12 家事調停と人事訴訟は連続性を持たない制度とされていること
第13 関連記事その他

第1 家庭裁判所の土地管轄
1 家事調停は,①相手方の住所地の家庭裁判所,又は②当事者が合意で定める家庭裁判所(合意管轄)で行うことになります(家事事件手続法245条1項)。
2(1) 合意管轄を利用する例としては,①当事者の住所の中間に位置する土地を管轄する家庭裁判所を管轄裁判所としたり,②双方の手続代理人の事務所の所在地を管轄する家庭裁判所を管轄裁判所としたりする場合があります。
(2) 合意管轄を利用する場合,家事調停の申立てをする時点で管轄合意書を提出する必要があります。
3(1) 事件を処理するため特に必要があると家庭裁判所に認めてもらえた場合,相手方の住所地の家庭裁判所以外の家庭裁判所,例えば,申立人の住所地の家庭裁判所で家事調停をしてもらうことができます(家庭裁判所による自庁処理,家事事件手続法9条1項ただし書)。
(2) 家庭裁判所が自庁処理をする場合,当事者及び利害関係参加人の意見を聴かなければなりません(家事事件手続規則8条1項)が,自庁処理の申立てに対する却下審判に対し,即時抗告をして争うことはできません。
4 特定の家庭裁判所がその有する裁判権に基づき審理及び裁判をすべき事件について,これを本庁において取り扱うか,又はいずれかの支部において取り扱うかは,当該家庭裁判所における事務分配の問題にすぎません。
    そのため,例えば,大阪市在住の申立人が,堺市在住の相手方に対し,家事調停を申し立てる場合,大阪家庭裁判所(本庁)で家事調停をしてほしいという意味での自庁処理の申立てをすることはできません(訴訟事件の場合につき東京高裁昭和59年11月7日決定。なお,先例として,最高裁昭和44年3月25日決定参照)。


第2 申立て時の注意点
1(1) 家事調停の申立ては,申立書を家庭裁判所に提出してしなければなりません(家事事件手続法255条1項)。
(2) 平成24年12月31日までは,裁判所書記官の面前で陳述すれば,口頭で申立てをすることができました(家事審判規則3条参照)。
2 家事調停の申立書には,①当事者及び法定代理人,②申立ての趣旨及び理由(申立てを特定するのに必要な事実),並びに③「事件の実情」を記載しなければなりません(家事事件手続法255条2項,家事事件手続規則127条・37条1項)。
3 申立ての理由及び事件の実情についての証拠書類があるときは,その写しを家事調停の申立書に添付しなければならず(家事事件手続規則127条・37条2項),相手方の数に応じた写しも添付しなければなりません(家事事件手続規則127条・47条)。
    ①養育費,婚姻費用,財産分与,遺産分割といったいわゆる経済事件,及び②合意に相当する審判事件(=特殊調停事件。例えば,婚姻取消の事件)の場合,事件の性質上,相手方交付用の証拠書類の提出が強く求められます。
4 家事調停の申立てに係る身分関係についての資料その他家事調停の手続の円滑な進行を図るために必要な資料も提出しなければなりません(家事事件手続規則127条・37条3項)。
    そのため,例えば,最終的に不動産の登記が問題となるような事情がある場合,調停調書に住所を正確に記載する必要がありますから,住民票を一緒に提出しなければなりません。
5 クロスレファレンス民事実務講義(第3版)32頁には,調停申立てを相当とする場合として,以下のような場合が記載されています。
① 依頼者の相手方が親族や友人など親密な関係にある場合
② 証拠が十分でない場合
③ 判決では実現しない事柄を求めている場合
④ 新しい法律的権利が問題となる場合
⑤ 相手方が信用のある会社・団体などである場合
⑥ 円満に解決される見込みのある場合


第3 第1回期日前における留意点
1 家事調停の申立書の写しは,調停期日通知書と一緒に相手方に送付されます(家事事件手続法256条1項本文)。
    ただし,申立書の写しの送付により,申立人と相手方の感情のもつれが一層激しくなり,自主的な話し合いが不能になるといった事情がある場合,家事調停の手続の円滑な進行を妨げるおそれがあるものとして,例外的に申立てがあったことだけが相手方に通知されます(家事事件手続法256条1項ただし書)。
2 相手方の勤務先に申立書の写しを送った場合,勤務先に家事調停のことが知られることで,①相手方と裁判所との間,及び②相手方と申立人との間でトラブルになり,家事調停の進行に支障が生ずる可能性があるため,家庭裁判所から申立書の写しを相手方の勤務先には送ってもらえません。
3 相手方の実家を申立書の写しの送付先にする場合,相手方と相手方実家が同じ名字であっても,当事者目録において「何々方」まで記載する必要があります。
    なぜなら,そうしなければ,宛先不明ということで,送付物が戻ってくることがあるからです。
4 相手方本人に電話をかけて住所を尋ねるよう,家庭裁判所に依頼をすることはできません。
    なぜなら,家庭裁判所の書記官が電話をかけると,ほとんどの場合,相手方から事情を尋ねられることになりますところ,書記官が申立書の内容を相手方に伝えることはできないので,尋ねられても回答を避けますものの,それを不快に感じて相手方が出頭を拒否する結果につながりかねないからです。
5 相手方の出頭確保が家事調停を進めるための最も重要な事項ですから,依頼した弁護士によっては,相手方に対し,家事調停を申し立てる予定であることを伝えることがあります。


第4 事件記録の閲覧及び謄写
1 当事者又は利害関係を疎明した第三者は,家庭裁判所の許可を得て,裁判所書記官に対し,①家事調停事件の記録の閲覧若しくは謄写,その正本,謄本若しくは抄本の交付又は②家事調停事件に関する事項の証明書の交付を請求することができます(家事事件手続法254条1項)。
    そして,家庭裁判所は,相当と認めるときは,これを許可することができます(家事事件手続法254条3項)。
    ただし,調停が不成立となって家事審判に移行し,調停で提出した資料が事実の調査の対象となった場合,相手方による閲覧・謄写が原則として許可されます(家事事件手続法47条)から,このことを念頭に置いて調停段階における資料の提出を検討する必要があります。
2 調停期日の記録としては,当事者の出頭状況等を記載した「事件経過表」という書面が裁判所書記官によって作成されるに過ぎないのであって,期日における当事者の発言は通常,裁判所の事件記録としては全く残りません。
3 調停委員が調停中にとったメモについては,事件記録ではないので,そもそも閲覧・謄写の許可申請の対象になりません。
4 民事調停の場合,当事者は当然に事件記録の閲覧・謄写ができます(民事調停規則23条本文)。

第5 当事者参加及び利害関係参加
1 当事者参加
(1) 当事者となる資格を有する者は,当事者として家事調停の手続に参加することができます(任意参加。家事事件手続法258条1項・41条1項)。
(2) 家庭裁判所は,相当と認めるときは,当事者の申立てにより又は職権で,他の当事者となる資格を有する者(審判を受ける者となるべき者に限る。)を,当事者として家事調停の手続に参加させることができます(強制参加。家事事件手続法258条1項・41条2項)。
(3) 当事者参加については,遺産分割事件において,申立人又は相手方が第三者に相続分の譲渡(民法905条)をした場合等に活用することが考えられています。
(4) 家庭裁判所は,①当事者となる資格を有しない者及び②当事者である資格を喪失した者を家事調停の手続から排除することができます(家事事件手続法258条1項・43条1項)。
    ただし,排除の裁判に対しては,即時抗告をすることができます(家事事件手続法258条1項・43条2項)。
2 利害関係参加
(1) 審判を受ける者となるべき者は,家事調停の手続に参加することができます(任意参加。家事事件手続法258条1項・42条1項)。
(2) 審判を受ける者となるべき者以外の者であって,家事調停の結果により直接の影響を受けるもの又は当事者となる資格を有するものは,家庭裁判所の許可を得て,家事審判の手続に参加することができます(任意参加。家事事件手続法258条1項・42条2項)。
(3) 家庭裁判所は,相当と認めるときは,職権で,審判を受ける者となるべき者等を,家事調停の手続に参加させることができます(強制参加。家事事件手続法258条1項・42条3項)。


第6 電話会議又はテレビ会議による家事調停(主としてコロナ前の取扱いです。)
1 当事者が遠隔の地に居住している場合その他相当と認める場合,電話会議又はテレビ会議を利用した家事調停が実施されることがあります(家事事件手続法258条1項・54条)。
    「その他相当と認める場合」の例としては,①利害関係参加人,代理人又は第三者が遠隔の地に居住している場合,及び②身体上の障害,病気療養中等により調停を行う裁判所への出頭が困難な場合が考えられます。
2 電話会議又はテレビ会議を利用した家事調停の場合,民事訴訟における弁論準備(民事訴訟法170条3項ただし書参照)と異なり,当事者の両方が裁判所に出頭していない場合でも行うことができます。
    その反面,証拠調べについては,証人が遠隔の地に居住するとき等の場合にのみ,テレビ会議に限り利用することができます(家事事件手続法258条1項・64条1項)。
3(1) 手続代理人が付いている場合における電話会議の利用は,本人に代理人弁護士の法律事務所に来てもらって手続を進めることが予定されています。
(2) 本人が身体上の障害や病気療養中で法律事務所への出頭が困難な場合には,代理人が同席の上で,本人のいる施設で電話を受けることも一定の条件の下で認められる余地があります。
4 テレビ会議については,遠方当事者が最寄りのシステムを備えた裁判所に出頭して行うことが予定されています。
5 いったん電話会議又はテレビ会議の利用が認められた場合でも,当該期日に予定される手続行為(審理)の内容等によっては,続行期日における利用が認められないこともあります。
6(1) 調停を成立させる場面においても電話会議又はテレビ会議を利用することができます。
(2) 離婚及び離縁の調停事件の場合,電話会議又はテレビ会議を利用して調停を成立させることはできません(家事事件手続法268条3項)。
7 テレビ会議又は電話会議を利用した家事調停は,家事事件手続法によって創設されました。


第7 手続費用の取扱い
1(1) 家事審判に要する手続の費用を審判費用といい,家事調停に要する手続の費用を調停費用といい,両者を併せて「手続費用」といいます。
(2) 手続費用の典型例は,家事調停の申立てに際して必要となった収入印紙及び予納郵券の代金です。
2 手続費用は原則として,各自の負担となります(家事事件手続法28条1項及び2項)。
3 家事調停が成立した場合において,調停費用の負担について特別の定めをしなかったときは,その費用は各自の負担となります(家事事件手続法29条3項)。

第8 家事調停を成立させる場合の取扱い(主としてコロナ前の取扱いです。)
1 家事調停を成立させる場合,手続代理人弁護士が付いている場合であっても,当事者全員の同席を求められますから,相手方本人と同じ部屋で,少なくとも5分程度は同席することとなります。
2(1) 当事者が遠隔の地に居住していることその他の事由により出頭することが困難であると認められる場合において,その当事者があらかじめ調停委員会から提示された調停条項案を受諾する旨の書面を提出し,他の当事者が家事調停の手続の期日に出頭して当該調停条項案を受諾したときは,当事者間に合意が成立したものとみなされます(離婚又は離縁についての調停事件は除く。)(家事事件手続法270条)。
(2) 遺産分割についての調停事件の場合,平成24年12月31日以前でも調停条項案の書面による受諾が認められていました(家事審判法21条の2,家事審判規則137条の7及び8)。
3 家事調停が成立した場合,1週間後ぐらいに家庭裁判所から調停調書正本が依頼した弁護士の事務所に特別送達により郵送されてきます。
4 家事調停が成立した場合,一般調停事件の場合は確定判決と同一の効力が認められ,特殊調停事件又は別表第二の調停事件の場合は確定した審判と同一の効力が認められます(家事事件手続法268条1項)。
    そのため,家事調停の内容に違反した場合,強制執行をされる可能性があります。


第9 家事調停の終了形態
1 家事調停の終了形態には以下のものがあります(文中に民事調停法又は民事調停規則とあるのは,民事調停の場合の根拠条文です。)。
① 申立ての取下げ(家事事件手続法273条)
・ 家事調停の申立ては,原則として調停事件が終了するまで,その全部又は一部を取り下げることができます。
② 調停をしない措置(=調停の拒否。家事事件手続法271条,民事調停法13条)
・ (a)事件が性質上調停をするのに適当でないと認めるとき,又は(b)当事者が不当な目的でみだりに調停の申立てをしたときになされる措置です。
    (a)の例としては,事件の内容自体が法令又は公序良俗に違反し,調停をすることが適当でない場合だけでなく,調停の申立人が精神病者であったり,相手方が所在不明であったりするなど,具体的な事件の態様上調停をするのに適当でないと認められる場合があります。
(b)の例としては,義務をいたずらに回避し,又は訴訟なり審判なりを引き延ばすことだけを目的として調停をするような場合があります。
③ 調停の成立(家事事件手続法268条,民事調停法16条)
・ 当事者間に合意が成立し,これを調停調書に記載したときに成立するものです。
    ただし,合意に相当する審判が認められる特殊調停事件の場合,調停を成立させる代わりに,合意に相当する審判がなされます。
④ 合意に相当する審判(家事事件手続法277条)
・ (a)婚姻,養子縁組,協議離婚,協議離縁の無効又は取消し,(b)認知,認知の無効又は取消し,(c)嫡出否認,(d)身分関係の存否又は確定に関する事件等の調停(=特殊調停事件)において,当事者間に合意が成立し,無効又は取消しの原因の有無について争いがない場合になされることがあります。
⑤ 調停に代わる審判(家事事件手続法284条)
・ 調停委員会の調停が成立しない場合において相当と認めるときになされることがあり,調停に代わる審判で離婚した場合を審判離婚といいます(家事事件手続法の下では,別表第二の調停事件についても調停に代わる審判が利用できることとなりました。)。
    ただし,2週間以内に当事者が異議の申立てをすれば失効します(家事事件手続法286条2項・279条2項,286条5項前段)。
・  民事調停の場合,調停に代わる決定(民事調停法17条)が存在しますところ,同じく,2週間以内に当事者が異議の申立てをすれば失効します(民事調停法18条)。
⑥ 調停の不成立(家事事件手続法272条,民事調停法14条)
・ 当事者間に合意が成立しない場合,又は成立した合意が相当でない場合になされます。
⑦ 当事者の死亡
2 当事者の一部の者が,調停の内容には納得しながら,遠隔地に居住しているなどの理由から裁判所に出頭することができず,調停の成立が遅れたり,調停を成立させることができなかったりする事態になることを避けるために,現に出頭することのできない当事者が調停条項案を受諾する旨の書面を提出することにより,調停を成立させることができます(家事事件手続法270条1項)。
    ただし,離婚又は離縁の調停事件については,調停条項案の書面による受諾の方法により調停を成立させることはできません(家事事件手続法270条2項)。
3 合意に相当する審判がされた後に家事調停の申立てを取り下げる場合,相手方の同意を要します(家事事件手続法278条)し,調停に代わる審判がされた後に家事調停の申立てを取り下げることはできません(家事事件手続法285条1項)。


第10 公益財団法人日本調停協会連合会
1 公益財団法人日本調停協会連合会(=日調連)は,全国の地方裁判所,家庭裁判所,簡易裁判所の調停委員が所属する各調停協会の連合体である調停協会連合会又は調停協会(全国で55団体あります。)が会員となって運営する組織です。
    昭和27年4月8日に任意団体として設立され,昭和30年6月15日に財団法人となり,平成23年4月1日に公益財団法人となりました。
2 日調連の事務局は最高裁判所の構内に設置されており,①調停制度や調停法規の調査研究,②調停制度の普及宣伝広報,③全国各地での無料調停相談の実施,④調停委員に対する研修の実施,⑤研修のための機関誌や出版物の刊行等を行っています。
3 大阪府に所在する調停協会としては,大阪民事調停協会及び大阪家事調停協会があり,事務局は大阪地方裁判所及び大阪家庭裁判所の構内に設置されています。
4(1) 我が国の調停制度は,大正11年10月1日に施行された借地借家調停法(大正11年4月12日法律第41号。昭和26年10月1日廃止)に基づく借地借家調停から始まりました。
(2) 平成24年は,調停制度90周年であるとともに,日調連創立60周年の年でしたから,同年10月18日,「調停制度施行90周年・日本調停協会連合会創立60周年記念式典」が東京都内で開催されました。
5 第5回秋田地方・家庭裁判所合同委員会議事概要(平成27年1月20日開催分)には「調停協会は,調停委員の方々が任意に加入する,親睦あるいは研さんの会と理解していただければと思う。」と書いてあります。

第11 離婚調停の位置付け
1 いわゆる離婚調停には,「夫婦関係調整調停(円満調整)」及び「夫婦関係調整調停(離婚)」の二つがありますから,離婚調停は必ずしも離婚を前提とした調停であるとは限りません。
2 離婚が成立する前の時点における,①親権者の指定,②子の監護に関する処分,③財産分与,及び④離婚時年金分割は別表第二の調停事件ではないのであって,離婚成立後に初めて別表第二の調停事項としての取扱いを受けることとなります。
    つまり,これらの事項は,⑤慰謝料(訴訟事項です。)も含め,一般調停事件である離婚調停の中で話し合いをすることになりますし,家事調停が成立しなかった場合であっても家事審判に移行することはありません。
    そのため,離婚調停において,離婚が成立する前の段階で家事調停が成立しなかったときに家事審判に移行する事項は通常,婚姻費用分担に関するものに限られることとなります(民法760条参照)。
3 家庭裁判所は,親子,親権又は未成年後見に関する家事審判又は家事調停その他未成年者である子がその結果により影響を受ける家事審判の手続においては,子の陳述の聴取,家庭裁判所調査官による調査その他の適切な方法により,子の意思を把握するように努め,審判及び調停をするに当たり,子の年齢及び発達の程度に応じて,その意思を考慮しなければなりません(家事事件手続法65条・258条1項。なお,子どもの権利条約12条参照)。
4 41期の小出邦夫法務省民事局長は,令和3年4月16日の衆議院法務委員会において以下の答弁をしています。
 児童の権利委員会から、平成三十一年二月の総括所見の中で、父母による児童の共同養育を実現するため、離婚後の親子関係について定めた法令を改正するとともに、親と離れて暮らしている子と親との人的関係及び直接の接触を維持するための子の権利が定期的に行使できることを確保すべきである旨の勧告があったことは承知しております。
 我が国の親子法制につきましては、法律面及び運用面のいずれにつきましても、子供の利益の観点から、必ずしも十分なものとなっていないとの指摘が国内外からされているところでございまして、この勧告もこのような指摘を踏まえて行われたものと理解しておりまして、この点については真摯に受け止めているところでございます。
 法務省といたしましては、離婚及びこれに関連する制度の見直しに関する充実した調査審議が法制審議会において行われるよう、事務局を担う立場から、必要な対応に努めていきたいと考えております。


第12 家事調停と人事訴訟は連続性を持たない制度とされていること
1 家事調停と人事訴訟について連続性を持たせた場合,家庭の紛争に伴いがちな当事者間の微妙な感情的対立や公開をはばかる私生活上の言動等の諸事情を考慮しながら紛争を解決できるという家事調停の利点が損なわれるおそれがあることにかんがみ,家事調停と人事訴訟は連続性を持たない制度とされています。
    そのため,人事訴訟の受訴裁判所が,それと同一の国法上の裁判所が保管する他の事件の記録を証拠とする場合,書証提出の準備行為として「記録の取寄せ」を行うことになります。
    例えば,離婚訴訟を担当する大阪家庭裁判所人事訴訟係が大阪家庭裁判所家事事件係から記録の取り寄せを行う場合があります。
2 家事調停で自由な発言等をした当事者にとって不意打ちとならないこと,ひいては当事者の合意による自主的解決を図るという家事調停の特質を害さないようにするため,調停手続において,当事者に開示することが相当であると認められる記録部分(家事事件手続法254条3項参照)についてのみ,調停裁判所は,受訴裁判所からの記録の取寄せに応じています。

第13 関連記事その他
1 家事事件手続法下における書記官事務の運用に関する実証的研究-家事調停事件及び別表第二審判事件を中心に-66頁には「この事件(山中注:法244条の規定により調停を行うことができる事件)は,必要的付調停(法257条2項本文)及び任意的付調停(法274条1項)のいずれについても,人事訴訟事件(人訴法2条)に限らず,家事調停事項について提起された民事訴訟事件一般(例えば,不貞の相手方に対する慰謝料請求事件や遺留分減殺請求事件等)が対象となる(逐条771頁,772頁及び824頁参照)。」と書いてあります。
2(1) 裁判所HPに「ご存知ですか?家事調停」が載っていて,公益財団法人日本調停協会連合会HP「家事調停の流れ」が載っています。
(2) 東弁リブラ2018年7月号「民事調停のすすめ」が載っていて,多治見ききょう法律事務所HP「裁判所HPより詳しい離婚調停解説」が載っています。
3(1) 判例タイムズ1499号(2022年10月号)に調停制度100周年に関する論文が載っています。
(2) 自由と正義2023年1月号17頁ないし47頁に「調停制度100年」が載っています。
4(1) 平成12年12月1日法律第134号による改正後の未成年者飲酒禁止法(令和4年4月1日以降は「二十歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律(大正11年3月30日法律第20号)」です。)3条1項及び1条3項に基づき,酒類を扱う販売業者又は飲食業者が未成年者の飲用に供することを知りながら酒類を販売又は供与した場合,50万円以下の罰金に処せられます。
(2) Asahi HPに「20歳未満飲酒を禁じる法律」が載っています。
5(1) 以下の資料を掲載しています。
① 家事事件関係の各種一覧表(平成24年11月27日付の最高裁判所家庭局長の事務連絡)
② 家庭裁判所の現状と課題(平成30年2月)(最高裁判所家庭局が作成したもの)
③ 遺産分割事件の調査について(平成22年9月29日付の最高裁判所家庭局長通達)
④ 平成28年度調停事件統計資料及び平成29年度調停事件統計資料
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 相続事件に関するメモ書き
・ 離婚事件に関するメモ書き
・ 離婚時の財産分与と税金に関するメモ書き
・ 家事審判に関するメモ書き
・ 家事事件に関する審判書・判決書記載例集(最高裁判所が作成したもの)

警察及び検察の取調べ

目次
第1 取調べを受ける心構え
第2 警察の取調べに対する苦情の申し入れ方法等
第3 被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の運用状況
第4 検察の取調べに対する苦情の申し入れ方法等
第5 検察官面前調書
第6 黙秘権に関するメモ書き(捜査機関の取調べ一般の話です。)
第7 取調べに関する犯罪捜査規範の条文(犯罪捜査規範166条ないし182条の5)
第8 独占禁止法違反被疑事件の行政調査における供述聴取の留意事項
第9 冤罪事件における検事の取調べの実例
第10 被疑者に対する不起訴処分の告知
第11 関連記事その他

第1 取調べを受ける心構え
1 日弁連HPに最新版の被疑者ノート(2022年3月・第6版補訂2版)が載っています。
2 以下の文章は,日本弁護士連合会の「被疑者ノート」(第3版・2009年4月版)からの抜粋です。
ふりがなが不要な場合,こちらの方が読みやすい気がします。

① 取調官の作文を許さない~供述調書は,取調官の作文になりがちです~
   取調べで作成される供述調書は,まるで,あなた自身が書いたかのように,「わたしは,○○しました」という文章になっています。
   しかし,供述調書の内容は,あなたが話した内容をそのまま書いたものではありません。取調官がまとめて文章にしたものです。あなたの言い分と,取調官の作文が混ざってしまい,どこまでが本当のあなたの言い分で,どこからが取調官の作文かは,区別がつきません。日本の取調べは,弁護人の立会いもなく,録画も録音もされていませんので,どれがあなたのことばなのか,後から調べようがないのです。
   このため,日本では,裁判になって,供述調書の内容は自分の言い分とはちがう,取調官の作文が入っている,と争いになることが非常に多いのです。そのような争いには,多くの労力と時間が必要となります。しかも,そのような調書でも,それなりにもっともらしく作られていますので,弁護人が後からどれだけ必死に争っても,日本の裁判官は,それがすべてあなたの言ったことであるかのように考えてしまいがちです。
   このように供述調書はとてもおそろしい力をもっていますので,供述調書を作成する際には注意してください。
   以下,具体的なアドバイスです。
② ずっと黙っていることもできる~あなたはずっと黙っていることができます~
   憲法38条1項は,「何人も,自己に不利益な供述を強要されない」と定め,黙秘権を保障しています。また,刑訴法198条2項は,「取調に際しては,被疑者に対し,あらかじめ,自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げなければならない」と定めています。被疑者は,取調官から供述を迫られたとしても,黙秘権を行使し,供述を拒否することができます。一切の質問に対し,何も答えず,黙っていてもかまわないという権利です。
   黙秘権は,権力が,無実の人からも無理にウソの自白をさせてきたことの反省から生まれたものです。世界のどこでも,近代国家であるかぎり,このような黙秘権が認められることは,当然のことです。黙秘権を行使することは,けっして,間違ったことではありません。
③ 署名押印に応じる義務はない~署名押印を求められても,応じる義務はありません~
   取調官が長い供述調書を書き上げた後に,「署名押印をしたくありません」とは言いにくいかもしれません。しかし,供述調書に署名押印することは,あなたの義務ではありません。
刑訴法198条5項は「被疑者が,調書に誤のないことを申し立てたときは,これに署名押印することを求めることができる。但し,これを拒絶した場合は,この限りでない」と明確に規定しています。あなたには署名押印拒否権が認められているのです。
   調書が,100パーセントあなたの言い分どおり,正しく書かれていたとしても,署名押印する義務はないのです。あなたの供述調書には,あなたが本当に言ったことと,取調官が作文してしまったことばが,いっしょに書かれていることがよくあります。もし,あなたが「自分はそんなこと言っていないのに」と感じたら,そのような供述調書に署名押印する義務がないのは,なおさらあたりまえのことなのです。
④ 間違っている調書は訂正してもらう~調書の内容は訂正してもらえます~
   刑訴法198条4項は,取調官が供述調書を作成した後,「被疑者に閲覧させ,又は読み聞かせて,誤がないかどうかを問い,被疑者が増減変更の申立をしたときは,その供述を調書に記載しなければならない」と定めています。あなたは,取調官に対し,供述調書の記載内容を訂正することを求める権利があるのです。納得がゆく訂正がなされるまで,署名押印をする必要はありません。
   ただし,長い調書が作成された場合,その一部分だけをとりあげて,訂正を申し立てるのは,むずかしいものです。しかも,訂正が一部だけだと,訂正しなかった部分は,あなたが納得した部分だと思われてしまいます。訂正をするときは,よく考えて,すこしでも疑問がのこれば,供述調書の署名押印を拒否して,弁護人と相談することをおすすめします。
⑤ 調書は読んで確認する~あなた自身の目でじっくりと調書の内容を読んでください~
   刑訴法の規定では,取調官があなたに読み聞かせる方法でもかまわないことになっています。しかし,取調官が早口で読み聞かせたり,あなたが疲れていたりすると,うっかり聞き逃したり,勘違いしてしまうおそれがあります。調書への署名押印を考えている場合には,取調官に「わたし自身で読みたいので,読ませてください」と言って,必ずあなた自身の目でじっくりと調書の内容を読むようにしてください。あなたには署名押印拒否権が認められるのですから,もし取調官がこれに応じないのであれば,調書への署名押印を拒否してもかまわないのです。
⑥ けっして妥協しない~おかしいと思ったら調書にはサインしないでください~
   もし,あなたが否認したり,黙秘をしたり,調書の内容の訂正を求めたり,署名押印を拒否したりすれば,取調官が,認めないと不利になるとか,調書を作らなければ不利になるとかという話をしてくるかもしれません。怒鳴られたり,ときには暴行をふるわれた,あるいは,家族や関係者に不利になると言われたという元被疑者の人もいます。一部はあなたの言い分をそのまま書く代わりに,別のところで,取調官の言い分を認めるという取引を持ち出してくるかもしれません。
   しかし,調書の内容がおかしいと感じたら,けっして妥協したりせず,間違った調書にサインをしないでほしいのです。調書を作らないからと言って,すぐに不利になることはありません。弁護人と相談してからでも,おそくはありません。悩んだら,「弁護人を呼んでください。署名するかどうかは,相談してから決めます」と言ってください。取調官に遠慮する必要は,まったくありません。
⑦ 録画のときにこそ主張する~あなたの言い分を録画してもらいましょう~
   2008年(平成20年)4月から,重大な事件(裁判員対象事件)のうち「自白調書」を証拠請求する事件については,検察官の取調べの一部を録画(以下「一部録画」といいます)することになりました。また,警察官の取調べについても,2009年(平成21年)4月から一部録画を全国で試験的に導入することになっています。
   現在行われている一部録画は,「自白調書」が完成した後で自白内容等を確認する場面や,「自白調書」の文面作成後に読み聞かせ等をする場面にかぎって録画するというものです(警察庁が試験的に導入している一部録画も同様のものと考えられます。)。
   したがって,一部録画は少なくとも一定の取調べがなされた上で行われますから,それまでの取調べで,取調官に脅されて署名させられたとか,自分の言い分とちがう調書を作られたとか,訂正に応じてくれなかった,といった取調官の違法・不当な行為があった場合には,必ずそのことを主張して,録画してもらうようにしましょう。
   あなたの主張を,映像として残しておくことは,非常に大切なことです。


第2 警察の取調べに対する苦情の申し入れ方法等
1 平成21年4月1日施行の,被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則(平成20年4月3日国家公安委員会規則第4号)3条1項2号に基づき,被疑者取調べに際し,当該被疑者取調べに携わる警察官が被疑者に対して行う以下の行為は監督対象行為として規制されています。

① やむを得ない場合を除き,身体に接触すること。
② 直接又は間接に有形力を行使すること(①に掲げるものを除く。)。
③ 殊更に不安を覚えさせ,又は困惑させるような言動をすること。
④ 一定の姿勢又は動作をとるよう不当に要求すること。
⑤ 便宜を供与し,又は供与することを申し出,若しくは約束すること。
⑥ 人の尊厳を著しく害するような言動をすること。
2 取調べ監督官は,警察本部長又は警察署長の指揮を受け,以下の職務を行います(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則4条2項)。
① 被疑者取調べの状況の確認を行うこと。
② 被疑者取調べの中止の要求その他の必要な措置をとること。
③ 巡察官が行う巡察に協力すること。
④ 取調べ調査官が行う調査に協力すること。
⑤ その他法令の規定によりその権限に属させられ,又は警察本部長若しくは警察署長から特に命ぜられた事項
3 取調べ監督官の職務を行う者及びその職務を補助する者は,その担当する被疑者取調べに係る被疑者に係る犯罪の捜査に従事してはなりません(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則4条3項)。
4(1) 取調べ監督官は,取調べ室の外部からの視認,事件指揮簿(犯罪捜査規範19条2項)及び取調べ状況報告書(犯罪捜査規範182条の2第1項)の閲覧その他の方法により被疑者取調べの状況の確認を行います(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則6条1項)。
(2) 警察官が,被疑者又は被告人を取調べ室等において取り調べたときは,当該取調べを行った日ごとに,速やかに取調べ状況報告書を作成しなければなりません(犯罪捜査規範182条の2第1項)。
5 警察職員は,被疑者取調べについて苦情の申出を受けたときは,速やかに,当該被疑者取調べを担当する取調べ監督官にその旨及びその内容を通知しなければなりません(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則7条)。
6 警察本部長は,必要があると認めるときは,取調べ監督業務担当課の警察官のうちから巡察官を指名し,取調べ室を巡察させます(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則8条1項前段)。
7 警察本部の犯罪捜査を担当する課の長又は警察署長(=警察署長等)は,その指揮に係る被疑者取調べに関し,取調べ状況報告書の写しの送付その他の方法により,当該被疑者取調べの状況について,取調べ監督業務担当課の長を経由して,警察本部長に報告しなければなりません(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則9条1項)。
8 警察本部長は,①被疑者取調べについての苦情,②警察署長等の報告その他の事情から合理的に判断して被疑者取調べにおいて監督対象行為が行われたと疑うに足りる相当な理由のあるときは,取調べ監督業務担当課の警察官のうちから調査を担当する者(=取調べ調査官)を指名して,当該被疑者取調べにおける監督対象行為の有無の調査を行う必要があります(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則10条1項)。
9 警視総監及び道府県警察本部長は都道府県公安委員会に対し,方面本部長は方面公安委員会に対し,毎年度少なくとも一回,被疑者取調べの監督の実施状況を報告しなければなりません(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則11条)。
10 警察庁長官は,国家公安委員会に対し,毎年度少なくとも一回,この規則の施行状況を報告しなければなりません(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則13条)。


第3 被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の運用状況
1 警察庁HPの報道発表資料には,「被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の施行状況」の直近2年分しか掲載されていないところ,直近のものは以下のとおりです。
・ 令和4年における被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の施行状況について(令和5年3月23日付)
・ 令和3年における被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の施行状況について(令和4年2月10日付)
2 インターネットアーカイブに掲載されている警察庁作成資料のバックナンバーは以下のとおりです。
・   平成28年における被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の施行状況について(平成29年2月16日付)
・   平成27年における被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の施行状況について(平成28年3月3日付)
・   平成26年における被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の施行状況について(平成27年2月19日付)
・   平成25年における被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則の施行状況について(平成26年2月6日付)
・   平成24年度における被疑者取調べ監督に関する実地点検及び指導の実施状況について(平成25年4月18日付)


第4 検察の取調べに対する苦情の申し入れ方法等
1 平成20年9月1日施行の,取調べに関する不満等の把握とこれに対する対応について(平成20年5月1日付の次長検事依命通達)(=不満対応通達)は概要,以下のとおり定めています。
① 被疑者の弁護人等から,検察官等による被疑者の取調べに関して申入れがなされたときは,その申入れを受けた検察官等は,速やかに,取調べ関係申入れ等対応票を作成して申入れの内容等を記録した上,当該事件の決裁官に対し,これを提出して申入れの内容等を報告するものとする。
② 決裁官は,弁護人等の申入れを把握した場合,速やかに,所要の調査を行い,必要な措置を講ずるものとする。

③ 調査結果及び講じた措置については,捜査・公判遂行に与える影響等を考慮しつつ,申入れ等を行った弁護人等に対し,適時に,可能な範囲において説明を行うものとする。
④ 調査を行い,必要な措置を講じた当該事件の決裁官は,取調べ関係申入れ等対応票に,その調査結果,講じた措置等を記録するとともに,その上位の決裁官にこれを報告するものとする。
⑤ 検察官等が,司法警察職員による被疑者の取調べに関して,弁護人等から申入れを受けたときは,速やかに,当該事件の主任検察官にその旨を連絡し,当該連絡を受けた主任検察官において,検察官等による被疑者の取調べに関する申入れ等がなされた場合に準じて,取調べ関係申入れ等対応票を作成して申入れ又は不満等の内容等を記録し,当該事件の決裁官にこれを報告するとともに,当該事件の捜査主任官である司法警察職員に申入れ又は不満等の内容等を連絡し,必要な措置を講ずるものとする。
⑥ 決裁官とは,地方検察庁のうち,部制庁においては,当該事件の捜査又は公判を所管する部(当該申入れ等に係る取調べを担当した検察官等の所属する部)の部長(副部長が置かれている場合には,担当副部長)とし,非部制庁においては,次席検事とする。
区検察庁においては,上席検察官又は検事正が指定した者とする。
⑦ 取調べ当時に当該被疑者の身柄が拘束されているかどうかにかかわらず,以上の措置を実施する。
2 平成16年4月1日施行の,取調べ状況の記録等に関する訓令(平成15年11月5日法務省刑刑訓第117号)1条に基づき,検察官又は検察事務官(=検察官等)は,逮捕又は勾留されている者を取調べ室等において被疑者又は被告人(=被疑者等)として取り調べた場合,当該取調べを行った日ごとに,取調べ状況等報告書を作成しなければなりません。
    そして,検察官等は,取調べ状況等報告書を作成したときは,被疑者等にその記載内容を確認させ,これに署名指印することを求めるものとされています(取調べ状況の記録等に関する訓令2条)。


第5 検察官面前調書
1 検面調書の許容要件としては以下のものがあります。
① その供述者が死亡,精神若しくは身体の故障,所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないこと(供述不能)(刑訴法321条1項2号前段)
② 公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なった供述をしたこと(相反供述・実質的不一致供述)
    ただし,公判準備若しくは公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存すること(相対的特信情況)(刑訴法321条1項2号後段)が必要です。
2 刑訴法321条1項2号前段書面に特信情況を必要とすると,かかる特信情況は後段のような相対的特信情況ではなく,絶対的特信情況になります。
    なぜなら,後段の場合,公判廷供述があるからそれとの比較で特信情況の有無を判断できるのに対し,前段の場合,比較の対象となる公判廷供述がそもそも存在しないからです。
3 自己矛盾供述を理由として証拠能力が認められるのは裁面調書及び検面調書だけであり,員面調書を始めとする3号書面では証拠能力は認められません。
    なお,検面調書の場合,一方当事者である検察官が作成した調書であるにもかかわらず,相対的特信状況が認められる限り,第三者の供述を録取した書面は常に証拠能力が認められることとなります。
4 刑訴法321条1項2号前段は憲法37条2項に違反しません(最高裁大法廷昭和27年4月9日判決)。
5 令和4年4月現在,Wikipediaの「検察官面前調書」には以下の記載があります。
    司法警察員面前調書の場合と同様、被疑者の一人称(「私」)で記される、被疑者の供述内容を検察官が整理して記述する(担当の検察事務官に対する口授によりパソコンを使ってドラフトさせるのが通例である)ことから、しばしば「検察官の作文である」などと揶揄されることがある。記述が終わり次第、検面調書用の紙(端に赤い印が付されているのが特徴である)に印刷してそれを被疑者に提示し、読み聞かせを行って被疑者が納得すれば本人に最低限の署名または押印をさせ(現在の実務では、通常は最後の箇所に住所を書かせて署名と指印をさせ、さらに全てのページに指印させる)、完成する。


第6 黙秘権に関するメモ書き(捜査機関の取調べ一般の話です。)
1 条文及び判例

(1) 憲法38条1項は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」と定め,刑事訴訟法198条2項は「取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。」と定めています。
(2) 憲法38条1項は,何人も自己が刑事上の責任を問われるおそれある事項について供述を強要されないことを保障したものです(最高裁大法廷昭和32年2月20日判決)。
ウ 供述拒否権を告知しないで取り調べたとしても憲法38条1項には違反しません(最高裁昭和28年4月14日判決)。


2 現行刑訴法施行当時の関係者の述懐
・ 「供述拒否権」(投稿者は本田正義福岡高検検事長)には以下の記載があります(ジュリスト551号(1974年1月1日付)94頁)。
    現行刑訴法が施行になった当初、検察官が頭をかかえこんだ問題のひとつは、被疑者に供述拒否権が認められ、取調に当たってこれを告知しなければならないと改められたことであった。というのは、従来の裁判では被疑者に対する取調によってその自供を求めるか、否認の場合にはその弁解をくわしく聞き出して、これらの供述が果たして真実かどうかを他の供述証拠と対比して決めるというやり方をとってきたからである。従って、もしも供述拒否権を告知したため、被疑者から「供述を拒否する」といわれて、弁解のひとことも聞き出すことができないとしたら、検察官は真相を究明することができず、全くお手あげになると危惧されたからである。
(中略)
    ところが施行以来二五年をむかえたわけだが、供述拒否権を行使して沈黙を守る被疑者は、特別の事件は別として、一般の事件では危惧されたほど多くないことがわかったのである。情況証拠だけで有罪無罪をきめなければならないケースも旧法当時より多くなったというものの、予想された数より遥かに少ないことがわかった。最も心配された贈収賄などの検挙摘発は、旧法当時のはなやかさはなかったとしても、どうにか曲がりなりにも行われてきて、検挙困難と推測したのはき憂であることがわかった。これは警察の捜査技術が長じたためでも、検察官の尋問技術が進歩したためでもない。日本人は供述拒否権の下においても供述してくれる国民だったためである。このため裁判は昔通り供述中心の審理が行われ、供述の証拠価値に関する攻防が裁判のやまとなっていることは、今日でも旧法当時と本質的に変わりがないといえるのである。


3 「黙秘権行使の戦略」の記載
(1) 「黙秘権行使の戦略」の記載には以下の記載があります(季刊刑事弁護79号(2014年7月20日付))。
(21頁)
    最強の防御は黙秘である。けれども、黙秘権行使には大きな障害がある。前記のとおり、実務は逮捕・勾留中の被疑者の取調べ受忍義務を前提としている。最初に述べた取調べの実態はその義務を前提として存在する。しかも、わが国の警察官、検察官は黙秘権を行使する被疑者に対して、黙秘権を放棄し供述するよう説得し続けることが黙秘権侵害には当たらないと考えている。取調べにあたって「あなたには黙秘権がある」と告げたその舌の根も乾かないうちから「黙秘なんかするな」と「説得」して当然であるかのように考えている。警察官、検察官だけではない。同じように考えている裁判官も少なくない。
    そのうえ、人は黙っているのが苦痛である。無実の人は無実であるというだけでなく、なぜ無実かを説明したい。犯罪の成立そのものでなくとも、事実を争うときは争う理由を説明したい。事前に争いがなくても言い訳をしたい。とにかく、人を前にして沈黙することには苦痛を伴う。ほとんどの人はしゃべりたいのである。
    説得され続けると、もともとしゃべりたいのであるから、黙秘することはますます困難となる。それでも黙秘することは強靭な精神力をもつ限られた被疑者にしかできなかった。
(22頁)
    取調べの可視化は、黙秘権行使の障害を確実に弱くするだろう。強靭な精神力を持つ限られた被疑者しかできなかった黙秘を普通の被疑者でもできるものにする。
    「黙秘する」と述べる被疑者に対して取調官が1時間以上も「供述せよ」「供述せよ」と「説得」している場面の映像を見れば、それでも権利の侵害ではない、と考える人がそれほど多いとは思えない。取調官もそれに気づいているはずである。「説得」は抑制的なものになる。
    したがって、取調べが可視化されているときの黙秘権行使は、カメラの前で、「黙秘します」と述べ、それ以降は沈黙することでよい。可視化されていないときのように、取調官が脅したり、弁護人に対する悪口を言うことはないだろう。「説得」の時間も短時間で終わると考えられる。
    可視化以前には黙秘権を行使するだけで大変な力業であったのが、黙秘権を戦略的に行使することが可能になる。
(23頁)
    民事事件で依頼者に対して、相手方代理人のところにいって事情聴取を受け、陳述書を作成してもらえ、ただし、サインするときには陳述書の内容が正確であることをよく確認するように、と助言する弁護士はおそらく一人もいないだろう。
 取調官のところに行くのは仕方がないとしても、そこで取調べを受け調書作成に応じよ、というのはそれと基本的には同じである。黙秘権の行使をそのような基本に立ち帰って考えてみる必要がある。
(2) 季刊刑事弁護79号(2014年7月20日付)41頁ないし73頁の「座談会 黙秘をどのように活用するか 具体的設例から考える」には,否認事件及び自白事件における個別のケースごとに,黙秘権を行使すべきかどうかに関する議論が載っています。


4 その他
(1) 共犯者がいる事件において黙秘権を行使して一切供述調書を作成しなかった場合,責任転嫁等を狙う共犯者の供述だけで捜査機関のストーリーが作成されるという怖さはあると思います。
(2) 被害者がいる事件において黙秘権を行使して一切供述調書を作成しなかった場合,自分には全く落ち度がないなどという被害者の供述だけで捜査機関のストーリーが作成されるという怖さはあると思います。


第7 取調べに関する犯罪捜査規範の条文(犯罪捜査規範166条ないし182条の5)
166条(取調べの心構え)
    取調べに当たつては、予断を排し、被疑者その他関係者の供述、弁解等の内容のみにとらわれることなく、あくまで真実の発見を目標として行わなければならない。
167条(取調べにおける留意事項)
① 取調べを行うに当たつては、被疑者の動静に注意を払い、被疑者の逃亡及び自殺その他の事故を防止するように注意しなければならない。
② 取調べを行うに当たつては、事前に相手方の年令、性別、境遇、性格等を把握するように努めなければならない。
③ 取調べに当たつては、冷静を保ち、感情にはしることなく、被疑者の利益となるべき事情をも明らかにするように努めなければならない。
④ 取調べに当たつては、言動に注意し、相手方の年令、性別、境遇、性格等に応じ、その者にふさわしい取扱いをする等その心情を理解して行わなければならない。
⑤ 警察官は、常に相手方の特性に応じた取調べ方法の習得に努め、取調べに当たつては、その者の特性に応じた方法を用いるようにしなければならない。
168条(任意性の確保)
① 取調べを行うに当たつては、強制、拷問、脅迫その他供述の任意性について疑念をいだかれるような方法を用いてはならない。
② 取調べを行うに当たつては、自己が期待し、又は希望する供述を相手方に示唆する等の方法により、みだりに供述を誘導し、供述の代償として利益を供与すべきことを約束し、その他供述の真実性を失わせるおそれのある方法を用いてはならない。
③ 取調べは、やむを得ない理由がある場合のほか、深夜に又は長時間にわたり行うことを避けなければならない。この場合において、午後十時から午前五時までの間に、又は一日につき八時間を超えて、被疑者の取調べを行うときは、警察本部長又は警察署長の承認を受けなければならない。
168条の2(精神又は身体に障害のある者の取調べにおける留意事項)
    精神又は身体に障害のある者の取調べを行うに当たつては、その者の特性を十分に理解し、取調べを行う時間や場所等について配慮するとともに、供述の任意性に疑念が生じることのないように、その障害の程度等を踏まえ、適切な方法を用いなければならない。
169条(自己の意思に反して供述をする必要がない旨の告知)
① 被疑者の取調べを行うに当たつては、あらかじめ、自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げなければならない。
② 前項の告知は、取調べが相当期間中断した後再びこれを開始する場合又は取調べ警察官が交代した場合には、改めて行わなければならない。


170条(共犯者の取調べ)
① 共犯者の取調べは、なるべく各別に行つて、通謀を防ぎ、かつ、みだりに供述の符合を図ることのないように注意しなければならない。
② 取調べを行うに当たり、対質尋問を行う場合には、特に慎重を期し、一方が他方の威圧を受ける等のことがないようその時期及び方法を誤らないように注意しなければならない。
171条(証拠物の呈示)
    捜査上特に必要がある場合において、証拠物を被疑者に示すときは、その時期及び方法に適切を期するとともに、その際における被疑者の供述を調書に記載しておかなければならない。
172条(臨床の取調べ)
    相手方の現在する場所で臨床の取調べを行うに当たつては、相手方の健康状態に十分の考慮を払うことはもちろん、捜査に重大な支障のない限り、家族、医師その他適当な者を立ち会わせるようにしなければならない。
173条(裏付け捜査及び供述の吟味の必要)
① 取調べにより被疑者の供述があつたときは、その供述が被疑者に不利な供述であると有利な供述であるとを問わず、直ちにその供述の真実性を明らかにするための捜査を行い、物的証拠、情況証拠その他必要な証拠資料を収集するようにしなければならない。
② 被疑者の供述については、事前に収集した証拠及び前項の規定により収集した証拠を踏まえ、客観的事実と符合するかどうか、合理的であるかどうか等について十分に検討し、その真実性について判断しなければならない。
174条(伝聞供述の排除)
① 事実を明らかにするため被疑者以外の関係者を取り調べる必要があるときは、なるべく、その事実を直接に経験した者から供述を求めるようにしなければならない。
② 重要な事項に係るもので伝聞にわたる供述があつたときは、その事実を直接に経験した者について、更に取調べを行うように努めなければならない。
175条(供述者の死亡等に備える処置)
    被疑者以外の者を取り調べる場合においては、その者が死亡、精神又は身体の故障その他の理由により公判準備又は公判期日において供述することができないおそれがあり、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるときは、捜査に支障のない限り被疑者、弁護人その他適当な者を取調べに立ち会わせ、又は検察官による取調べが行われるように連絡する等の配意をしなければならない。
176条(証人尋問請求についての連絡)
    刑訴法第二百二十六条又は同法第二百二十七条の規定による証人尋問の必要があると認められるときは、証人尋問請求方連絡書に、同法第二百二十六条又は同法第二百二十七条に規定する理由があることを疎明すべき資料を添えて、検察官に連絡しなければならない。この場合において、証明すべき事実及び尋問すべき事項は、特に具体的かつ明瞭に記載するものとする。


177条(供述調書)
① 取調べを行つたときは、特に必要がないと認められる場合を除き、被疑者供述調書又は参考人供述調書を作成しなければならない。
② 被疑者その他の関係者が、手記、上申書、始末書等の書面を提出した場合においても、必要があると認めるときは、被疑者供述調書又は参考人供述調書を作成しなければならない。
178条(供述調書の記載事項)
① 被疑者供述調書には、おおむね次の事項を明らかにしておかなければならない。
一 本籍、住居、職業、氏名、生年月日、年齢及び出生地(被疑者が法人であるときは名称又は商号、主たる事務所又は本店の所在地並びに代表者の氏名及び住居、被疑者が法人でない団体であるときは名称、主たる事務所の所在地並びに代表者、管理人又は主幹者の氏名及び住居)
二 旧氏名、変名、偽名、通称及びあだ名
三 位記、勲章、褒賞、記章、恩給又は年金の有無(もしあるときは、その種類及び等級)
四 前科の有無(もしあるときは、その罪名、刑名、刑期、罰金又は科料の金額、刑の執行猶予の言渡し及び保護観察に付されたことの有無、犯罪事実の概要並びに裁判をした裁判所の名称及びその年月日)
五 刑の執行停止、仮釈放、仮出所、恩赦による刑の減免又は刑の消滅の有無
六 起訴猶予又は微罪処分の有無(もしあるときは、犯罪事実の概要、処分をした庁名及び処分年月日)
七 保護処分を受けたことの有無(もしあるときは、その処分の内容、処分をした庁名及び処分年月日)
八 現に他の警察署その他の捜査機関において捜査中の事件の有無(もしあるときは、その罪名、犯罪事実の概要及び当該捜査機関の名称)
九 現に裁判所に係属中の事件の有無(もしあるときは、その罪名、犯罪事実の概要、起訴の年月日及び当該裁判所の名称)
十 学歴、経歴、資産、家族、生活状態及び交友関係
十一 被害者との親族又は同居関係の有無(もし親族関係のあるときは、その続柄)
十二 犯罪の年月日時、場所、方法、動機又は原因並びに犯行の状況、被害の状況及び犯罪後の行動
十三 盗品等に関する罪の被疑者については、本犯と親族又は同居の関係の有無(もし親族関係があるときは、その続柄)
十四 犯行後、国外にいた場合には、その始期及び終期
十五 未成年者、成年被後見人又は被保佐人であるときは、その法定代理人又は保佐人の氏名及び住居(法定代理人又は保佐人が法人であるときは名称又は商号、主たる事務所又は本店の所在地並びに代表者の氏名及び住居)
② 参考人供述調書については、捜査上必要な事項を明らかにするとともに、被疑者との関係をも記載しておかなければならない。
③ 刑訴法第六十条の勾留の原因たるべき事項又は同法第八十九条に規定する保釈に関し除外理由たるべき事項があるときは、被疑者供述調書又は参考人供述調書に、その状況を明らかにしておかなければならない。

179条(供述調書作成についての注意)
① 供述調書を作成するに当たつては、次に掲げる事項に注意しなければならない。
一 形式に流れることなく、推測又は誇張を排除し、不必要な重複又は冗長な記載は避け、分かりやすい表現を用いること。
二 犯意、着手の方法、実行行為の態様、未遂既遂の別、共謀の事実等犯罪構成に関する事項については、特に明確に記載するとともに、事件の性質に応じて必要と認められる場合には、主題ごと又は場面ごとの供述調書を作成するなどの工夫を行うこと。
三 必要があるときは、問答の形式をとり、又は供述者の供述する際の態度を記入し、供述の内容のみならず供述したときの状況をも明らかにすること。
四 供述者が略語、方言、隠語等を用いた場合において、供述の真実性を確保するために必要があるときは、これをそのまま記載し、適当な注を付しておく等の方法を講ずること。
② 供述を録取したときは、これを供述者に閲覧させ、又は供述者が明らかにこれを聞き取り得るように読み聞かせるとともに、供述者に対して増減変更を申し立てる機会を十分に与えなければならない。
③ 被疑者の供述について前項の規定による措置を講ずる場合において、被疑者が調書(司法警察職員捜査書類基本書式例による調書に限る。以下この項において同じ。)の毎葉の記載内容を確認したときは、それを証するため調書毎葉の欄外に署名又は押印を求めるものとする。
180条(補助者及び立会人の署名押印)
① 供述調書の作成に当たつては、警察官その他適当な者に記録その他の補助をさせることができる。この場合においては、その供述調書に補助をした者の署名押印を求めなければならない。
② 取調べを行うに当たつて弁護人その他適当と認められる者を立ち会わせたときは、その供述調書に立会人の署名押印を求めなければならない。
181条(署名押印不能の場合の処置)
① 供述者が、供述調書に署名することができないときは警察官が代筆し、押印することができないときは指印させなければならない。
② 前項の規定により、警察官が代筆したときは、その警察官が代筆した理由を記載して署名押印しなければならない。
③ 供述者が供述調書に署名又は押印を拒否したときは、警察官がその旨を記載して署名押印しておかなければならない。
182条(通訳及び翻訳の場合の処置)
① 捜査上の必要により、学識経験者その他の通訳人を介して取調べを行つたときは、供述調書に、その旨及び通訳人を介して当該供述調書を読み聞かせた旨を記載するとともに、通訳人の署名押印を求めなければならない。
② 捜査上の必要により、学識経験者その他の翻訳人に被疑者その他の関係者が提出した書面その他の捜査資料たる書面を翻訳させたときは、その翻訳文を記載した書面に翻訳人の署名押印を求めなければならない。
182条の2(取調べ状況報告書等)
① 被疑者又は被告人を取調べ室又はこれに準ずる場所において取り調べたとき(当該取調べに係る事件が、第百九十八条の規定により送致しない事件と認められる場合を除く。)は、当該取調べを行つた日(当該日の翌日の午前零時以降まで継続して取調べを行つたときは、当該翌日の午前零時から当該取調べが終了するまでの時間を含む。次項において同じ。)ごとに、速やかに取調べ状況報告書(別記様式第十六号)を作成しなければならない。
② 前項の場合において、逮捕又は勾留(少年法(昭和二十三年法律第百六十八号)第四十三条第一項の規定による請求に基づく同法第十七条第一項の措置を含む。)により身柄を拘束されている被疑者又は被告人について、当該逮捕又は勾留の理由となつている犯罪事実以外の犯罪に係る被疑者供述調書を作成したときは、取調べ状況報告書に加え、当該取調べを行つた日ごとに、速やかに余罪関係報告書(別記様式第十七号)を作成しなければならない。
③ 取調べ状況報告書及び余罪関係報告書を作成した場合において、被疑者又は被告人がその記載内容を確認したときは、それを証するため当該取調べ状況報告書及び余罪関係報告書の確認欄に署名押印を求めるものとする。
④ 第百八十一条の規定は、前項の署名押印について準用する。この場合において、同条第三項中「その旨」とあるのは、「その旨及びその理由」と読み替えるものとする。
182条の3(取調べ等の録音・録画)
① 次の各号のいずれかに掲げる事件について、逮捕若しくは勾留されている被疑者の取調べを行うとき又は被疑者に対し弁解の機会を与えるときは、刑訴法第三百一条の二第四項各号のいずれかに該当する場合を除き、取調べ等の録音・録画(取調べ又は弁解の機会における被疑者の供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録媒体に記録することをいう。次項及び次条において同じ。)をしなければならない。
一 死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪に係る事件
二 短期一年以上の有期の懲役又は禁錮に当たる罪であつて故意の犯罪行為により被害者を死亡させたものに係る事件
② 逮捕又は勾留されている被疑者が精神に障害を有する場合であつて、その被疑者の取調べを行うとき又は被疑者に対し弁解の機会を与えるときは、必要に応じ、取調べ等の録音・録画をするよう努めなければならない。


182条の4(録音・録画状況報告書)
取調べ等の録音・録画をしたときは、速やかに録音・録画状況報告書(別記様式第十八号)を作成しなければならない。
182条の5(取調べ室の構造及び設備の基準)
取調べ室は、次に掲げる基準に適合するものとしなければならない。
一 扉を片側内開きとするなど被疑者の逃走及び自殺その他の事故の防止に適当な構造及び設備を有すること。
二 外部から取調べ室内が容易に望見されないような構造及び設備を有すること。
三 透視鏡を備え付けるなど取調べ状況の把握のための構造及び設備を有すること。
四 適当な換気、照明及び防音のための設備を設けるなど適切な環境で被疑者が取調べを受けることができる構造及び設備を有すること。
五 取調べ警察官、被疑者その他関係者の数及び必要な設備に応じた適当な広さであること。


第8 独占禁止法違反被疑事件の行政調査における供述聴取の留意事項
・ 独占禁止法審査手続に関する指針(平成27年12月25日付の公正取引委員会決定)には「(3) 供述聴取における留意事項」として以下の記載があります。
ア 供述聴取を行うに当たって,審査官等は,威迫,強要その他供述の任意性を疑われるような方法を用いてはならない。また,審査官等は,自己が期待し,又は希望する供述を聴取対象者に示唆する等の方法により,みだりに供述を誘導し,供述の代償として利益を供与すべきことを約束し,その他供述の真実性を失わせるおそれのある方法を用いてはならない。
イ 供述聴取時の弁護士を含む第三者の立会い(審査官等が供述聴取の適正円滑な実施の観点から依頼した通訳人,弁護士等を除く。),供述聴取過程の録音・録画,調書作成時における聴取対象者への調書の写しの交付及び供述聴取時における聴取対象者によるメモ(審査官等が供述聴取の適正円滑な実施の観点から認めた聴取対象者による書き取りは含まない。)の録取については,事案の実態解明の妨げになることが懸念されることなどから,これらを認めない。


第9 冤罪事件における検事の取調べの実例
1 しんゆう法律事務所HP「プレサンス事件の無罪確定!なぜ、大阪地検特捜部は、可視化している中で自白強要をしたのか?ープレサンス事件の謎」には,52期の田淵大輔検事が行った取調べとして以下の記載があります(改行及び字下げを追加しています。)。
    法廷では再生されなかったそれまで4日半の約18時間(約1000分)もの取調べの間、Kは、山岸さんの関与を否定し続けていた。
山岸さんの関与を否認するKに対し、田渕検事は、「馬鹿な話あるわけない」「ふざけた話をいつまで通せると思ってる」などと罵詈雑言を浴びせかけ、大声で怒鳴りつけるといった取調べを延々と続けていたのである。
    特に12月8日には、「ふざけんな」「命かけてるんだ、こっちは」「検察なめんなよ」などの罵声が続いている。無罪判決が認定した翌12月9日の取調べは、そのような自白強要にも屈しなかったKの態度に業を煮やした田渕検事がした究極の脅しだったのである。
Kからすれば「詐欺」「大罪人」呼ばわりされ、山岸さんが共犯でないと「10億、20億の損害賠償を負う」と責められたことになる。
    しかも、その発言の主は、特捜部の現役検察官である。Kが田渕検事に屈し、山岸さんの関与を認める虚偽供述をするのは、あまりに自然な流れである。
    それにしても、田渕検事の取調べは、権力を笠に着た脅迫以外の何ものでもない。繰り返すが、この取調べは可視化されている中で行われたのである。
2 しんゆう法律事務所HP「【プレサンス元社長冤罪事件】山岸忍氏の意見陳述内容(6月13日)」には以下の記載があります(改行を追加しています。)。
    約半年前、私はこの隣の法廷で、無罪判決を宣告されました。私にとってはあまりにも当然の判決でした。巨額の横領を共謀したとして起訴されたものの、私には全く身に覚えがなかったからです。さらにその約2年前、私は逮捕勾留されていましたが、嘘の供述をして私を陥れている部下や取引先の社長を、恨んでいました。
    しかし、その後、弁護士から彼らの取り調べの反訳の差し入れを受け、それを読んで、驚きました。検事が彼らを脅して、嘘の供述をさせていたからです。
    突然逮捕され、拘置所に収容されて自由を奪われ、特捜部の検事に脅迫されたなら、誰しも、真実の供述を維持することは難しいです。これは経験した人でないと分かりません。私も、自分を取り調べた検事のことを、ずっと自分の味方だと思っていました。
 しかし、騙されていました。実際には、私の担当検事は、弁護人との信頼関係を崩そうとしたり利益誘導をしたりして巧妙に私に自白させようとしていたということが、今となっては、よく分かります。


第10 被疑者に対する不起訴処分の告知
1 検察官は,刑事事件を起訴しなかった場合において,被疑者の請求があるときは,速やかにその旨を告げる必要があります(刑訴法259条)。
   しかし,被疑者が検察庁に問い合わせをしない場合,検察官は,被疑者に対し,不起訴処分とした旨を伝える必要はありません。
2 検察官が被疑者に対して書面で不起訴処分の告知をする場合,不起訴処分告知書によります(事件事務規程73条1項)。

第11 関連記事その他
1 犯罪捜査規範166条ないし182条の3は取調べに関する条文です。
2(1) 元検事が執筆した取調べに関する書籍としては,例えば以下のものがあります。
・ 自動車事故の供述調書作成の実務(2016年11月15日付)
・ 取調べハンドブック(2019年2月4日付)
(2) 自由と正義2024年5月号に「特集 取調べへの弁護人立会い 」が載っています。
3 弁護士ドットコムニュースに「テレビ東京「警察密着24時」不祥事で終了へ…警察と局の間の”不都合な真実”、テレビマンが激白」(2024年6月3日付)が載っています。
4(1) 改正刑訴法が施行された令和元年5月31日まで適用されていた通達等を以下のとおり掲載しています。
① 取調べの録音・録画の実施等について(平成29年3月22日付の最高検察庁次長検事の依命通達)
② 取調べの録音・録画要領について(平成29年3月22日付の最高検察庁刑事部長及び公判部長の事務連絡)
③ 取調べの録音・録画の実施等に関する報告及び記載要領について(平成29年3月22日付の最高検察庁刑事部長及び公判部長の事務連絡)
(2) 改正刑訴法が施行された令和元年6月1日から適用されている通達等を以下のとおり掲載しています。
① 取調べの録音・録画の実施等について(平成31年4月19日付の次長検事の依命通知)
② 取調べの録音・録画要領について(平成31年4月19日付の最高検察庁刑事部長及び公判部長の事務連絡)
③ 取調べの録音・録画の実施等に関する報告及び記載要領について(平成31年4月19日付の最高検察庁刑事部長及び公判部長の事務連絡)
(3) その他以下の資料を掲載しています。
・ 検察独自捜査における取調べの適正確保について(令和6年12月9日付の最高検察庁刑事部長の文書)
・ 被疑者の取調べにおける弁護人立会い要求等に対する対応要領(令和4年8月の兵庫県警察本部刑事部刑事企画課の文書)
・ 監察調査の結果について(令和5年12月25日付の最高検察庁監察指導部の文書)
→ 令和元年の参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件に関するものです。
・ 取調状況DVD等に関する調査について(令和元年5月24日付の最高裁判所刑事局第三課長の事務連絡)
・ 証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度の運用等について(平成30年3月19日付の次長検事の依命通達)
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 司法修習生による取調べ修習の合法性
・ 被疑者の逮捕
・ 被疑者及び被告人の勾留
・ 被告人の保釈

労働者名簿,賃金台帳及び記録の保存

目次
1 労働者名簿
2 賃金台帳
3 記録の保存
4 関連記事その他

1 労働者名簿
(1) 使用者は,各事業場ごとに労働者名簿を各労働者について調製し、労働者の氏名,生年月日,履歴その他厚生労働省令で定める事項を記入しなければなりませんし(労働基準法107条1項),記入すべき事項に変更があった場合,遅滞なく訂正しなければなりません(労働基準法107条2項)。
(2)ア 労働基準法施行規則53条1項によれば,労働者名簿には労働者の氏名,生年月日及び履歴のほか,以下の事項を記載しなければなりません。
① 性別
② 住所
③ 従事する業務の種類
④ 雇入の年月日
⑤ 退職の年月日及びその事由(退職の事由が解雇の場合にあっては,その理由を含む。)
⑥ 死亡の年月日及びその原因
イ 常時30人未満の労働者を使用する事業においては,従事する業務の種類を記入することを要しません(労働基準法施行規則53条2項)。

2 賃金台帳
(1) 使用者は,各事業場ごとに賃金台帳を調製し,賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を賃金支払の都度遅滞なく記入しなければなりません(労働基準法108条)。
(2)ア 労働基準法施行規則54条1項によれば,賃金台帳には労働者各人別は以下の事項を記入しなければなりません。
① 氏名
② 性別
③ 賃金計算期間
④ 労働日数
⑤ 労働時間数
⑥ 延長した労働時間数,休日労働時間数及び深夜労働時間数
⑦ 基本給,手当その他賃金の種類ごとにその額
⑧ 労働基準法24条1項によって賃金の一部を控除した場合には,その額
イ 延長した労働時間数,休日労働時間数及び深夜労働時間数については,就業規則に基づいて算定する労働時間数をもってこれに代えることができます(労働基準法施行規則54条1項)。
(3) 賃金台帳の様式は,労働基準法施行規則55条及び様式第20号によって定められています(厚生労働省HPの「労働基準法関係主要様式」参照)。
(4) 使用者は,労働者名簿及び賃金台帳をあわせて調製することができます(労働基準法施行規則55条の2)。

3 記録の保存
(1) 使用者は,労働者名簿,賃金台帳及び雇入,解雇,災害補償,賃金その他労働関係に関する重要な書類を3年間保存しなければなりません(労働基準法109条)。
(2) 記録の保存期間の始期は以下のとおりです(労働基準法施行規則56条)。
① 労働者名簿については、労働者の死亡、退職又は解雇の日
② 賃金台帳については、最後の記入をした日
③ 雇入れ又は退職に関する書類については、労働者の退職又は死亡の日
④ 災害補償に関する書類については、災害補償を終つた日
⑤ 賃金その他労働関係に関する重要な書類については、その完結の日

4 関連記事その他
(1) 労働基準法施行規則が定める労働者名簿,賃金台帳等に用いるべき様式は,必要な事項の最小限度を記載すべきことを定めるものであって,横書き,縦書きその他異なる様式を用いることを妨げるものではありません(労働基準法施行規則59条の2第1項)。
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 労働基準法に関するメモ書き

労働協約

目次
第1 総論
第2 労働協約の有効期間
第3 労働協約の規範的部分及び債務的部分
第4 労働協約の規範的効力の限界
第5 労働協約の拡張的効力
第6 ユニオン・ショップ協定
第7 就業規則と一体となった労働協約
第8 労使協定と労働協約の違い
第9 関連記事その他

第1 総論
1 労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は,書面に作成し,両当事者が署名し,又は記名押印することによってその効力を生じます(労働組合法14条)。
2(1) 労使間の合意文書の表題が「覚書」,「了解事項」等の名称であっても,労働組合法14条に該当すれば,労働協約となります。
(2) 団体交渉議事録であっても労使双方が署名したものであれば,その内容によっては労働協約と解されることがあります。

第2 労働協約の有効期間
1 労働協約には,3年を超える有効期間の定めをすることができませんし(労働組合法15条1項),3年を超える有効期間の定めをした労働契約は,3年の有効期間を定めた労働協約とみなされます(労働組合法15条2項)。
2 有効期間の定めがない労働協約は,90日前に予告することで解約できます(労働組合法15条3項及び4項)。

第3 労働協約の規範的部分及び債務的部分
1(1) 労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準は労働協約の規範的部分といいますところ,この部分に違反する労働契約の部分は無効となります(労働組合法16条)。
(2) 労働協約の規範的部分としては,賃金(額の決定・支払方法,定期・臨時の昇給,賞与),退職金,労働時間,休日・休暇,安全衛生,職場環境,災害補償,服務規律,人事異動,昇進,休職,解雇,定年制,福利厚生,職業訓練などを定めた部分があります(労働組合対策室HPの「労働協約 規範的効力と債務的効力」参照)。
(3) 以下の理由に基づき,個別の労働契約において労働協約の定める労働条件を上回ることは許されないと解されています(ユニオン対策に強い弁護士による無料相談HP「労働協約の内容よりも労働者に有利な個別契約を締結することはできますか?」参照)。
① 労働基準法13条が「基準に達しない労働条件」と定めているのと異なり,労働組合法は16条は「基準に違反する労働契約の部分」と定めていること
② 企業別に締結されることが多い日本の労働協約は,労働条件を直接設定することを意図している場合が多いこと
③ 個別の労働契約において労働協約の定める労働条件を上回ることが認められた場合,使用者は,厄介な組合員に対し,労働協約で定めた労働条件よりも有利な労働条件を提示するなどして労働組合の弱体化を図る可能性があること
2 労働組合と使用者の関係を定めた部分を労働協約の債務的部分といいますところ,労働協約の債務的部分としては,非組合員の範囲,ユニオンショップ,便宜供与(在籍専従・組合事務所・掲示板・組合休暇など),労使協議制,団体交渉のルール(委任禁止事項・団体交渉の時間なと),平和条項(労働協約の有効期間中に労働協約に定める事項の改廃を目的とした争議行為を行わないという条項)などを定めた部分があります(労働組合対策室HPの「労働協約 規範的効力と債務的効力」参照)。

第4 労働協約の規範的効力の限界
1 労働協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものである場合,労働協約の規範的効力が否定されることがあります(朝日火災海上保険事件に関する最高裁平成9年3月27日判決参照)。
2(1) 具体的に発生した賃金請求権を事後に締結された労働協約の遡及適用により処分又は変更することは許されません(最高裁平成31年4月25日判決。なお,先例として,最高裁平成元年9月7日判決及び最高裁平成8年3月26日判決参照)。
(2) 使用者と労働組合との間の当該労働組合に所属する労働者の未払賃金に係る債権を放棄する旨の合意につき,当該労働組合が当該労働者を代理して当該合意をしたなど,その効果が当該労働者に帰属することを基礎付ける事情はうかがわれないという事実関係の下においては,これにより当該債権が放棄されたということはできません(最高裁平成31年4月25日判決)。

第5 労働協約の拡張適用
1(1) 一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至った場合,当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても,不利益部分も含めて,当該労働協約が適用されます(労働組合法17条のほか,最高裁平成8年3月26日判決)。
(2) 労働組合法17条の趣旨は,主として一の事業場の4分の3以上の同種労働者に適用される労働協約上の労働条件によって当該事業場の労働条件を統一し,労働組合の団結権の維持強化と当該事業場における公正妥当な労働条件の実現を図ることにあります(最高裁平成8年3月26日判決)。
(3) 同種の労働者の4分の3以上かどうかにつき,最高裁平成8年3月26日判決では支店単位で判断されました。
2(1) 労働協約の拡張適用が認められるのは,労働協約の規範的部分だけです(最高裁昭和48年11月8日判決)。
(2) 労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容,労働協約が締結されるに至った経緯,右労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし,労働協約を右労働者に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは,その効力を右労働者に及ぼすことはできません(最高裁平成8年3月26日判決)。
3 厚生労働省HPに「労働協約の拡張適用について」が載っています。

第6 ユニオン・ショップ協定
1 ユニオン・ショップ協定は,労働協約の一種でありますところ,労働者が労働組合の組合員たる資格を取得せず又はこれを失った場合に,使用者をして当該労働者との雇用関係を終了させることにより間接的に労働組合の組織の拡大強化を図ろうとするものです。
2 ユニオン・ショップ協定のうち,締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び締結組合から脱退し又は除名されたが,他の労働組合に加入し又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は,民法90条により無効です(日本シェーリング事件に関する最高裁平成元年12月14日判決)。

第7 就業規則と一体となった労働協約
・ 就業規則は,労働条件を統一的・画一的に定めるものとして,本来有効期間の定めのないものであり,労働協約が失効して空白となる労働契約の内容を補充する機能も有すべきものであることを考慮すれば,就業規則に取り入れられこれと一体となっている右退職金協定の支給基準は,右退職金協定が有効期間の満了により失効しても,当然には効力を失わず,退職金額の決定についてよるべき退職金協定のない労働者については,右の支給基準により退職金額が決定されます(最高裁平成元年9月7日判決)。

第8 労働協約と労使協定の違い
1 労働協約は以下の点で労使協定と異なります(労働政策研究・研修機構HP「労働協約と労使協定」参照)。
① 趣旨・目的
・   労働協約は,組合員を代表する労働組合が,労働者と使用者間に存在する交渉力格差を集団的交渉によって解消し,よりよい労働条件を獲得しようとするものであり,組合員の労働契約の規律を本来の目的としています。
    労働組合が労働協約によって労働条件を独自に設定する自由(協約自治)は憲法28条により保障され,労働協約には労働組合法16条によって規範的効力が付与されています。
・ 労使協定は,国家が定める最低労働条件を全面的・一律に適用することが実務上不都合と考えられる事項について,事業場の全従業員のために最低労働条件規制の例外を認めるための手段として,法政策上導入されたものです。
    例えば,労働時間は,1日8時間・週40時間が上限である(労働基準法32条)が,いついかなる場合もこの法定労働時間を超えてはならないとすると,業務上の必要性に対応できず,また労働者の意向にも反することがあるため,現場の労使の判断を尊重する趣旨で,労働者代表との合意(労使協定)による労働時間延長が許容されています(労働基準法36条1項)。
② 締結主体
・ 労働協約は労働組合(労働組合法2条)が締結主体であり,多数組合(過半数組合)か少数組合かに関わらず,すべての労働組合が締結権限を持ちます。
・ 労使協定は,当該事業場で過半数を組織する労働組合が存在する場合にはその労働組合,そうした労働組合が存在しない場合には,過半数を代表する者(過半数代表者)が締結主体となり,「過半数」の代表であることが要件です。
    ただし,労使協定は,労働組合が組織されていない事業場でも,過半数代表者を1名選出すれば,その者が締結できるという点では,締結主体の選択肢が広いです。
③ 効力要件
・ 労働協約の効力要件は書面で作成されていること及び両当事者の署名又は記名押印です(労働組合法14条)。
・ 労使協定の効力要件は書面で作成されていることのほか,①労働基準法,②育児・介護休業法又は③高年齢者雇用安定法9条2項(ただし,平成24年9月5日法律第78号による改正前のものであり,令和6年度までに限る。)所定の事項が記載されていることです。
    また,36協定のように,一部の労使協定については,労働基準監督署への届出が効力要件とされています。
④ 効力範囲
・ 労働協約は労働組合を単位として適用されるものであり,原則として当該協約を締結した組合の組合員にのみ適用されます。
・ 労使協定は事業場を単位として適用されるものであり,当該事業場の全労働者に適用することが予定されています。
⑤ 規範的効力の有無
・ 労働協約の規範的部分は労働契約を規律する規範的効力を有します(労働組合法16条)。
・ 労働基準法上の労使協定の効力は,その協定に定めるところによって労働させても労働基準法に違反しないという免罰効果を持つものであり,労働者の民事上の義務は,当該協定から直接生じるものではなく,労働協約,就業規則等の根拠が必要です(改正労働基準法の施行について(昭和63年1月1日付の労働書労働基準局長及び婦人局長の通達の「労使協定の効力」参照)
2 労働政策研究・研修機構HP「労働協約と労使協定」には以下の記載があります。
     労使協定自体から労働契約を規律する効力は生じないので,それに基づく処遇を行うには,労働協約,就業規則又は労働契約による具体的権利義務の設定が必要である。問題は,労使協定が過半数組合と使用者の間で,労組法 14条の要件を満たして締結された場合に,当該協定を同時に労働協約と扱うことができるかである。労使協定には書面性が必要であり,労組法 14条の要件はこれに加えて署名または記名押印を要求するにとどまるので,労使協定が同条の形式を満たすことは実際上多いと考えられる。
     通説は,現行法が労使協定を労働協約の形式で締結しうることを前提としている(労基法施行規則16条2項(山中注:現在の労働基準法施行規則17条1項1号),24条の2第2項)ことから,当該労使協定は同時に労働協約であり,当該組合の組合員に対しては規範的効力が及ぶとしている。

第9 関連記事その他
1 労働者及び使用者は,労働協約,就業規則及び労働契約を遵守し,誠実に各々その義務を履行しなければなりません(労働基準法2条2項)。
2 就業規則が法令又は労働協約に反する場合,法令又は労働協約が優先します(労働契約法13条)。
3 以下の記事も参照してください。
・ 同一労働同一賃金
・ 高年齢者雇用安定法に関するメモ書き
・ 就業規則に関するメモ書き
・ 労働基準法に関するメモ書き

時間外労働,休日労働及び深夜労働並びに残業代請求

目次
第1 総論
第2 労働基準法上の労働時間の意義
第3 労働時間の管理
第4 36協定
第5 時間外労働
第6 休日労働
第7 深夜労働
第8 割増賃金の基礎となる賃金
第9 管理監督者
第10 残業代請求
第11 固定残業代
第12 歩合給と残業代
第13 関連記事その他

第1 総論
1 使用者は,労働者に時間外労働,休日労働,深夜労働を行わせた場合,法令で定める割増率以上の率で算定した割増賃金を支払う必要があります(時間外労働又は休日労働につき労働基準法37条1項・労働基準法第37条第1項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令(平成6年1月4日政令第5号),深夜労働につき労働基準法37条4項。)。
2(1) 割増賃金率は時間外労働が25%以上(1か月60時間を超える時間外労働については50%以上),休日労働が35%以上,深夜労働が25%以上です。
(2) 休日労働の割増賃金が35%となったのは平成6年4月1日です。
(3) 1か月60時間を超える時間外労働の割増賃金が50%となったのは平成22年4月1日です(厚生労働省HPの「労働基準法の一部改正法が成立~平成22年4月1日から施行されます~」参照)。
3 割増賃金は,1時間当たりの賃金額×時間外労働,休日労働又は深夜労働を行わせた時間数×割増賃金率で計算されます。
4 残業時間の削減方法につき,社会保険労務士はなだ事務所HPの「ノー残業の労務管理術」が参考になります。
5(1) 平成11年3月31日までは,女性労働者については原則として,一定の時間を超える時間外労働のほか,休日労働及び深夜労働が禁止されていましたが,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等のための労働省関係法律の整備に関する法律(平成9年6月18日法律第92号)により,これらの制限が撤廃されました。
(2) やまがた労働情報HPに,「3.労働時間などに係る女性保護規定について」が載っています。

第2 労働基準法上の労働時間の意義
1 労働基準法32条の労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,右の労働時間に該当するか否かは,労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって,労働契約,就業規則,労働協約等の定めのいかんにより決定されるものではありません(三菱重工業長崎造船所事件に関する最高裁平成12年3月9日判決)。
2(1) 大星ビル管理事件に関する最高裁平成14年2月28日判決は,ビル管理会社の従業員が従事する泊り勤務の間に設定されている連続7時間ないし9時間の仮眠時間が労働基準法上の労働時間に当たるとされた事例です。
(2) 大林ファシリティーズ事件に関する最高裁平成19年10月19日判決はマンションの住み込み管理員が所定労働時間の前後の一定の時間に断続的な業務に従事していた場合において,上記一定の時間が,管理員室の隣の居室に居て実作業に従事していない時間を含めて労働基準法上の労働時間に当たるとされた事例です。
3 厚生労働省HPに「医師の研鑽と労働時間に関する考え方について」(平成30年11月19日の配布資料),及び「医師の宿日直許可基準・研鑽に係る労働時間に関する通達」が載っています。

第3 労働時間の管理
1 厚生労働省HPに「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(平成29年1月20日策定)」が載っています。
2 名古屋の弁護士による企業法務相談HPに「-タイムカードの意味-打刻時間と残業時間」が載っています。
3 福岡 顧問弁護士労務相談HP「賃金や労働時間の端数処理は労基法違反?認められるのはどんなとき?」が載っています。
4 愛媛労働局HPの「労働時間や賃金計算の端数処理にはルールがあります!【新居浜労働基準監督署】」に,「端数処理のソレダメ!」と題するチラシが載っています。
5 最高裁令和5年3月10日判決は,雇用契約に基づく残業手当等の支払により労働基準法37条の割増賃金が支払われたものとした原審の判断に違法があるとされた事例です。


第4 36協定
1(1) 使用者が労働者に時間外労働又は休日労働を行わせるためには,労働基準法36条に基づき,時間外労働・休日労働協定(いわゆる「36協定」)を労働組合又は労働者の過半数代表者(労働基準法施行規則6条の2)との間で締結し,36協定を労働基準監督署に届け出る必要があります(労働基準法36条1項)。
(2) この場合における休日労働は,法定休日における労働のことです。
2 使用者は,36協定をする場合,時間外又は休日の労働をさせる必要のある具体的事由,業務の種類,労働者の数並びに一日及び一日を超える一定の期間についての延長することができる時間又は労働させることができる休日について,協定しなければなりません(労働基準法施行規則16条1項)。
3 36協定は就業規則と同様に,①常時各作業場の見やすい場所へ掲示し,又は備え付けること,②書面を交付すること等の方法により,労働者に周知する必要があります(労働基準法106条1項・労働基準法施行規則52条の2)。
4 36協定は,労働協約による場合を除き,有効期間を定める必要があります(労働基準法施行規則16条2項)。
5(1) 厚生労働省HPに「36協定で定める時間外労働及び休日労働について留意すべき事項に関する指針」が載っていますところ,平成31年4月1日以降(大企業の場合)又は令和2年4月1日以降(中小企業)については,36協定で定める時間数の範囲内であっても,時間外労働及び休日労働の合計の時間数については,1ヶ月100時間未満,2ヶ月から6ヶ月平均80時間以内とする必要があります。
(2) 働き方改革研究所HPに「「知らなかった」では済まされない!36協定の基礎知識」が載っています。
6(1) 平成31年3月31日以前(大企業の場合)又は令和2年4月1日以前(中小企業の場合)につき,労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準(平成10年10月28日労働省告示第154号)(通称は「限度基準告示」です。)が適用されていましたところ,限度基準告示によれば,一般の労働者の場合,延長時間の限度は以下のとおりでした(厚生労働省HPの「時間外労働の限度に関する基準」参照)。
1週間当たり 15時間
2週間当たり 27時間
4週間当たり 43時間
1か月当たり 45時間
2か月当たり 81時間
3か月当たり120時間
1年間当たり360時間
(2) 限度基準告示が制定される以前は,昭和57年制定の目安指針があるだけでした(厚生労働省HPの「労働時間制度の変遷」参照)。
7 労働基準法32条の労働時間を延長して労働させることにつき,使用者が,当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合等と書面による協定(いわゆる36協定)を締結し,これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において,使用者が当該事業場に適用される就業規則に当該36協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定めているときは,当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り,それが具体的労働契約の内容をなすから,右就業規則の規定の適用を受ける労働者は,その定めるところに従い,労働契約に定める労働時間を超えて労働をする義務を負います(最高裁平成3年11月28日判決。なお,先例として,最高裁大法廷昭和43年12月25日判決最高裁昭和61年3月13日判決参照)。


第5 時間外労働
1(1) 1日8時間,1週間40時間が法定労働時間です(労働基準法32条)から,それを超過した分が法定時間外労働となります。
(2) 法定労働時間は,週48時間(昭和22年)→週46時間(昭和63年)→週44時間(平成3年)→原則として週40時間(平成6年)→週40時間(平成9年)と推移しています(厚生労働省HPの「労働時間制度の変遷」参照)。
2(1) 就業規則等で定められた労働時間が所定労働時間です。
そして,所定労働時間を超過するものの,法定労働時間を超過しない場合,法内時間外労働(法定内残業)となります。
(2) いわゆる残業は所定外労働のことであり,法内時間外労働及び法定時間外労働の両方が含まれます。
3 25%以上の割増賃金が発生するのは法定時間外労働だけです。


第6 休日労働
1 休日労働には,割増率が35%となる法定休日労働と,割増率が25%又は0%となる法定外休日労働があります。
2(1)   就業規則で法定休日が定められている場合,その日が法定休日となります(労働基準法35条1項参照)。
そのため,例えば,就業規則で日曜日が法定休日と定められている場合,日曜日に働いた分が法定休日労働となります。
(2)   就業規則で法定休日が特定されていない場合で,歴週(日~土)の日曜日及び土曜日の両方に労働した場合,当該歴週において後順に位置する土曜日における労働が法定休日労働となります(厚生労働省HPの「改正労働基準法に係る質疑応答」(平成21年10月5日付)のA10参照)。
3(1) 就業規則等で定められた休日に働いた分のうち,法定休日労働に当たらないものが法定外休日労働となります。
(2) 法定外休日労働のうち,1週間40時間を超える分については法定時間外労働(法定外残業)として割増率が25%となり,1週間40時間を超えない分については法内時間外労働(法定内残業)として割増率が0%となります。
4   予め休日と定められていた日を労働日とし,その代わりに他の労働日を休日としたという振替休日の場合,あらかじめ休日と定められた日が「労働日」となり,その代わりとして振り返られた日が「休日」となりますから,もともとの休日の労働させた日については「休日労働」とはならず,休日労働に対する割増賃金の支払義務は発生しません。
    これに対して休日労働が行われた後に,その代償としてその後の特定の労働日を休日としたという代休の場合,前もって休日を振り替えたことになりませんから,休日労働に対する割増賃金の支払義務が発生します(厚生労働省HPの「振替休日と代休の違いは何か。」参照)。


第7 深夜労働
1 1日8時間以内又は1週間40時間以内であっても,午後10時から午前5時の時間帯に働いた場合,深夜労働時間となります。
2 法定時間外労働が深夜労働となった場合,割増率は50%以上となり,休日労働が深夜労働となった場合,割増率は60%以上となります。
3 タクシー運転手に対する賃金が月間水揚高に一定の歩合を乗じて支払われている場合に,時間外及び深夜の労働を行った場合にもその額が増額されることがなく,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないときは,右歩合給の支給によって労働基準法37条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることはできません(最高裁平成6年6月13日判決)。
4 NPO法人長崎人権研究所HPに「深夜業に従事する女性労働者の就業環境等の整備に関する指針」(平成10年労働省告示第21号)及び「深夜業に従事する女性労働者の就業環境等の整備に関する指針」(平成10年6月11日付の労働省女性局長通達)が載っています。

第8 割増賃金の基礎となる賃金
1 割増賃金の基礎となるのは,所定労働時間の労働に対して支払われる1時間当たりの賃金額です。
例えば,月給制の場合,各種手当も含めた月給を1か月の所定労働時間で割って,1時間当たりの賃金額を算出します。
その際,以下の①ないし⑦は,労働と直接的な関係が薄く,個人的事情に基づいて支給されていることなどから,基礎となる賃金から除外できます(労働基準法37条5項,労働基準法施行規則21条)。
① 家族手当
② 通勤手当
③ 別居手当
④ 子女教育手当
⑤ 住宅手当
⑥ 臨時に支払われた賃金
⑦ 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
2 厚生労働省HPの「割増賃金の基礎となる賃金とは?」が参考になります。


第9 管理監督者
1(1) 管理監督者の場合,労働基準法で定められた労働時間(32条),休憩(34条)及び休日(36条及び37条)の制限を受けません(41条2号)。
(2) 管理監督者であっても労働基準法37条3項に基づく深夜割増賃金を請求することはできるものの,管理監督者に該当する労働者の所定賃金が労働協約,就業規則その他によって一定額の深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかな場合,その額の限度では当該労働者が深夜割増賃金の支払を受けることはできません(最高裁平成21年12月18日判決)。
2(1) 管理監督者に該当するかどうかは以下の判断基準に基づき総合的に判断して決まるのであって,役職名で決まるわけではありません(厚生労働省HPの「労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために」参照)。
① 労働時間,休憩,休日等に関する規制の枠を超えて活動せざるをえない重要な職務内容を有していること
② 労働時間,休憩,休日等に関する規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な責任と権限を有していること
③ 現実の勤務態様も,労働時間等の規制になじまないようなものであること
④ 賃金等について,その地位にふさわしい待遇がなされていること
(2) 判例タイムズ1351号(2021年9月15日号)に「管理監督者性をめぐる裁判例と実務」(執筆者は43期の福島政幸裁判官)が載っています。
3 平成31年4月1日以降については,使用者は管理監督者についても労働時間を把握する必要があります(労働安全衛生法66条の8の3)。
4 弁護士による企業経営に役立つ労働コラム「管理監督者の残業代|管理者との違いとは」には「管理職の肩書は与えられているものの、実際の働き方や待遇をみると管理監督者とはいえない「名ばかり管理職」に対しては、会社は残業代を支払わなければなりません。」と書いてあります。


第10 残業代請求
1 労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは,使用者に割増賃金を支払わせることによって,時間外労働等を抑制し,もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに,労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解されています(最高裁平成29年7月7日判決。なお,先例として,最高裁昭和47年4月6日判決参照)。
2 外部HPの「正しく計算されていますか?~残業代の計算方法」のほか,「従業員の未払い残業代請求における企業側の反論の重要ポイントを弁護士が解説」が参考になります。
3(1) 退職労働者の賃金に係る遅延利息は年14.6%となっています(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項・賃金の支払の確保等に関する法律施行令1条)。
(2) 「支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し、合理的な理由により、裁判所又は労働委員会で争つている」場合,遅延利息は年3%となります(賃金の支払の確保等に関する法律6条2項,賃金の支払の確保等に関する法律施行規則6条4号)。
4(1) 賃金請求権の消滅時効は2年であり,退職金請求権の消滅時効は5年です(労働基準法115条)。
(2) 昭和63年4月1日施行の労働基準法の一部を改正する法律(昭和62年9月26日法律第99号)による改正前は,退職金請求権の消滅時効も2年でした(最高裁昭和49年11月8日判決)。
(3) 労働問題弁護士ナビ「【2020年4月から】残業代請求の時効は3年に延長|時効を中断させる方法まで」が載っています(労働基準法115条・143条1項)。
5 労働時間等の設定の改善に関する特別措置法(労働時間等設定改善法)等の解説が厚生労働省HPの「労働時間等の設定の改善」に載っています。
6 残業代請求請求訴訟を提起した場合,京都第一法律事務所が作成した「きょうとソフト」を使用するように裁判所からいわれることがあります(ダウンロードページにつき,京都第一法律事務所HPの「残業代計算ソフト(エクセルシート)「給与第一」」参照)。
ただし,変形労働時間制には対応していません。
7   二弁フロンティア2017年7月号「残業代請求事件対応の基礎と最新実務~労働者側から~(前編)」が載っていて,二弁フロンティア2017年8月号「残業代請求事件対応の基礎と最新実務~使用者側から~(後編)」が載っています。
8 浦部孝法弁護士ブログに「残業代請求するよりも職探しした方がよい件」(平成26年5月2日付)が載っています。
9   残業代請求の実体験談HPの「労働基準監督署は動いてくれるのか?」には以下の記載があります。
証拠が充分に揃っていて違法性が高く、複数の人が関係する案件では動いてくれますが、個人の案件では動いてくれない様な感じですね。後で弁護士さんから聞いたんですが、時間管理を行っていない事自体が問題で、厳しい対応をしなければいけないはずなんです。担当弁護士さんも呆れてましたね。結局、のらりくらりでかわされて時間だけ無駄に使ってしまいました。


第11 固定残業代
1 基本給に固定残業代が含まれているというタイプの固定残業代制度が有効となるためには,通常の労働に対する賃金部分と固定残業部分(一定時間分の残業代)とが明確に区別されている必要があります(未払い賃金・残業代請求ネット相談室HP「基本給に固定残業代が含まれるとの主張は有効か?」のほか,テックジャパン事件判決(最高裁平成24年3月8日判決)参照)。
2 未払い賃金・残業代請求ネット相談室HP「最一小判昭和63年7月14日(小里機材事件判決)」には「最高裁としても,小里事件判決上告審は,固定残業代制度の判断基準を最高裁として示した判決ではない(あくまで原審の判断を挙げているだけ)というように捉えているというではないかと思われます。」と書いてあります。


第12 歩合給と残業代
1 最高裁令和2年3月30日判決は,歩合給の計算に当たり売上高等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する旨の定めがある賃金規則に基づいてされた残業手当等の支払により労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたとはいえないとされた事例です。
2 最高裁令和5年3月10日判決は,雇用契約に基づく残業手当等の支払により労働基準法37条の割増賃金が支払われたものとした原審の判断に違法があるとされた事例でありますところ,例えば,以下の判示があります。
    新給与体系は、その実質において、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される賃金総額を超えて労働基準法37条の割増賃金が生じないようにすべく、旧給与体系の下においては通常の労働時間の賃金に当たる基本歩合給として支払われていた賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であるというべきである。そうすると、本件割増賃金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われているものを含むとしても、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分をも相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。


第13 関連記事その他
1   日本労働組合総連合会(連合)HP「世論調査」に掲載されている「36協定に関する調査2017」(2017年7月7日掲載)には以下の趣旨の記載があります。
① 「残業を命じられることがある」6割強、1ヶ月の残業時間 平均22.5時間
② 「会社が残業を命じるためには36協定の締結が必要」
③ 認知率は5割半ば、20代では半数を下回る結果に
④ 勤め先が36協定を「締結している」4割半ば、
⑤ 「締結していない」2割弱、「締結しているかどうかわからない」4割弱
⑥ 心身の健康に支障をきたすと感じる1ヶ月の残業時間 平均46.2時間
2(1) ホワイトカラーエグゼンプションとは,従来の管理監督者に加え,仕事や時間管理において自己裁量の高いホワイトカラー労働者に対し,労働時間等の規制の適用を免除することをいいます。
この場合,ホワイトカラーとして裁量的業務の従事者であり,かつ,一定以上の年収の労働者であれば,労使協定の締結等により時間管理のエグゼンプト(適用除外)を行えることとなります。
(2) 日本経済団体連合会は,平成17年6月21日付の「ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言」において年収400万円以上のホワイトカラーについてホワイトカラーエグゼンプションを適用すべきと主張しています。
3 icare HPに「フレックスタイム制の基本が8分でわかる!」が載っています。
4(1) 国立国会図書館HP「調査資料」2018年に,「人工知能・ロボットと労働・雇用をめぐる視点(平成29年度 科学技術に関する調査プロジェクト)」が載っています。
(2) ヨケン by IT Forward「「休憩時間が取れなかった場合」どうする?3つのケースで考える」が載っています。
(3) 労務事情2024年2月1日号に「定額残業代に関する裁判例の動向から見る実務上の留意点」が載っています。
5 令和4年5月9日発効の,東京弁護士会の戒告の「処分の理由の要旨」は以下のとおりです。
  被懲戒者は、所属事務所の代表者であったところ、2016年9月頃、上記事務所に事務員として勤務してきた懲戒請求者から残業代の取扱いにつき改善を求める書面を受け取り、上記事務所における事務員の残業代の取扱いに問題があることを認識したにもかかわらず、2017年12月下旬頃まで残業代の取扱いについて改善是正する措置を実施しなかった。
  被懲戒者の上記行為は、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。
6 以下の記事も参照してください。
・ 労働基準法に関するメモ書き

就業規則に関するメモ書き

目次
1 総論
2 就業規則の記載事項
2の2 福利厚生と就業規則
3 就業規則の作成手続
4 就業規則の周知及びその法的効果
5 就業規則に基づく懲戒
6 就業規則の変更
7 就業規則で定める基準に達しない労働条件
8 公序良俗違反で就業規則が無効となった事例
9 賞与の支給日に関する就業規則の記載
10 関連記事その他

1 総論
(1) 就業規則は,労働者の賃金や労働時間などの労働条件に関すること,職場内の規律などについて定めた職場における規則集です(厚生労働省HPの「就業規則を作成しましょう」参照)。
(2) 常時10人以上の労働者を使用する事業場が就業規則を作成し,又は変更する場合,所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります(労働基準法89条柱書)。
(3) 就業規則の一括届出制度は,一括して届け出る本社の就業規則と本社以外の事業場の就業規則が同じ内容であるものに限り利用できます(東京労働局HPの「就業規則一括届出制度」参照)。
(4)ア 賃金規程及び育児介護休業規程のように就業規則に関連するものについても労基署への届出義務があります。
イ みらいコンサルティンググループHP「相談室Q&A」には「就業規則とは別に定めている規程であっても、就業規則の記載事項に関する規程については、就業規則の一部として届け出をする必要がある」と書いてあります。

2 就業規則の記載事項
(1) 就業規則の絶対的記載事項は以下のとおりです。
① 始業及び終業の時刻,休憩時間,休日,休暇,就業時転換に関する事項
② 賃金の決定,計算及び支払の方法,賃金の締め切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
③ 退職に関する事項(解雇事由を含む。)
(2) 就業規則の相対的記載事項は以下のとおりです。
① 退職手当について,適用される労働者の範囲,決定,計算及び支払の方法並びに支払の時期に関する事項
② 臨時の賃金及び最低賃金額に関する事項
③ 食費、作業用品その他の労働者の負担に関する事項
④ 安全及び衛生に関する事項
⑤ 職業訓練に関する事項
⑥ 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
⑦ 表彰・制裁の定めについてその種類・程度に関する事項
⑧ 当該事業場の労働者のすべてに適用される定めに関する事項
(3) 労働基準法89条に列挙された事項以外の事項であっても,使用者は就業規則に任意の事項を記載することができ,これを任意的記載事項といいます。


2の2 福利厚生と就業規則
(1)ア 労働条件を決定する根拠は,労働協約,就業規則及び労働契約であります(労働基準法2条)ところ,短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律3条は「事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者について、その就業の実態等を考慮して、適正な労働条件の確保、教育訓練の実施、福利厚生の充実その他の雇用管理の改善及び通常の労働者への転換(短時間・有期雇用労働者が雇用される事業所において通常の労働者として雇い入れられることをいう。以下同じ。)の推進(以下「雇用管理の改善等」という。)に関する措置等を講ずることにより、通常の労働者との均衡のとれた待遇の確保等を図り、当該短時間・有期雇用労働者がその有する能力を有効に発揮することができるように努めるものとする。」と定めていて,労働条件と福利厚生を区別しています。
イ 労働条件にも該当する福利厚生制度の例としては,①通常の社宅(つまり,業務社宅以外の社宅),②団体定期保険を支払原資とする死亡退職金及び弔慰金並びに③留学・研修補助があります(労働政策研究・研修機構HP「福利厚生と労働法上の諸問題」参照)。
(2)ア 労働政策研究・研修機構HP「福利厚生と労働法上の諸問題」には以下の記載があります。
    労基法89条が定める就業規則の必要記載事項については,同条で列挙されている個別事項に該当しない福利厚生でも, 「当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては, これに関する事項」 (同条10号) にあたれば,相対的必要記載事項として就業規則に規定すべきこととされている。現実にも,就業規則本体ないし別規程で福利厚生につき定める例が少なくない 。 しかし,福利厚生については個別の必要記載事項として明示されていないために, 当該事業場の労働者すべてに適用される福利厚生であっても,就業規則としての作成をはじめ,労基法所定の手続が十分になされず,労基法違反が問題となったり,単なる社内内規として存在し,その法的意義が問題となる例も少なくない。
イ 社食DELI(お弁当専門の社員食堂サービス)HP「福利厚生を導入したら就業規則に書かないといけない? 正しい手順と注意点を解説」には以下の記載があります。
    特定の商品やサービスに対する社員割引制度は、福利厚生として一般的に提供されるものです。割引制度は労働条件の一部ではありませんし、個々の割引制度の詳細(割引率、対象商品など)は頻繁に変更されることがあるため、就業規則への記載は必要なく、一般的には社内の通知やガイドラインなどで管理されることが多いです。

3 就業規則の作成手続
(1)ア 使用者は,就業規則の作成又は変更について,当該事業場に,労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければなりません(労働基準法90条1項)。
イ 就業規則に添付する意見書は,労働者を代表する者の氏名を記載したものでなければなりません(労働基準法施行規則49条2項)。
(2) 労働者の過半数を代表する者は以下のいずれにも該当する者であり(労働基準法施行規則6条の2第1項)
① 管理監督者(労働基準法41条2号)ではないこと
② 労使協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であること。
→ 「過半数代表者の選出方法として、(a)その者が労働者の過半数を代表して労使協定を締結することの適否について判断する機会が当該事業場の労働者に与えられており、すなわち、使用者の指名などその意向に沿って選出するようなものであってはならず、かつ、(b)当該事業場の過半数の労働者がその者を支持していると認められる民主的な手続が採られていること、すなわち、労働者の投票、挙手等の方法により選出されること」とされています(昭和63年1月1日基発第1号の「労使協定の締結の適正手続」参照)。
(3) 使用者は,労働者が過半数代表者であること若しくは過半数代表者になろうとしたこと又は過半数代表者として正当な行為をしたことを理由として不利益な取扱いをしないようにしなければなりません(労働基準法施行規則6条の2第3項)。


4 就業規則の周知及びその法的効果
(1) 使用者は,就業規則を以下の方法により,労働者に周知させなければなりません(労働基準法106条1項,労働基準法施行規則52条の2)。
① 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し,又は備え付けること。
② 書面を労働者に交付すること。
③ 磁気テープ,磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し,かつ,各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること。
(2) 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において,使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合,労働契約の内容は,別段の合意がない限り,その就業規則で定める労働条件によるものとされます(労働契約法7条)。
(3) 平成24年8月10日付の労働契約法の施行通達10頁及び11頁には以下の記載があります。
ア 法第7条本文の「合理的な労働条件」は、個々の労働条件について判断されるものであり、就業規則において合理的な労働条件を定めた部分については同条の法的効果が生じ、合理的でない労働条件を定めた部分については同条本文の法的効果が生じないこととなるものであること。
就業規則に定められている事項であっても、例えば、就業規則の制定趣旨や根本精神を宣言した規定、労使協議の手続に関する規定等労働条件でないものについては、法第7条本文によっても労働契約の内容とはならないものであること。
イ 法第7条の「就業規則」とは、労働者が就業上遵守すべき規律及び労働条件に関する具体的細目について定めた規則類の総称をいい、労働基準法第89条の「就業規則」と同様であるが、法第7条の「就業規則」には、常時10人以上の労働者を使用する使用者以外の使用者が作成する労働基準法第89条では作成が義務付けられていない就業規則も含まれるものであること。
ウ 法第7条の「周知」とは、例えば、
①  常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること
②  書面を労働者に交付すること
③  磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること等の方法により、労働者が知ろうと思えばいつでも就業規則の存在や内容を知り得るようにしておくことをいうものであること。このように周知させていた場合には、労働者が実際に就業規則の存在や内容を知っているか否かにかかわらず、法第7条の「周知させていた」に該当するものであること。なお、労働基準法第106条の「周知」は、労働基準法施行規則第52条の2により、①から③までのいずれかの方法によるべきこととされているが、法第7条の「周知」は、これらの3方法に限定されるものではなく、実質的に判断されるものであること。
(4) 届出事業場に所属する労働者等からの就業規則の開示要請の取扱いについて(平成13年4月10日付の厚生労働省労働基準局長の文書)には「開示を行う対象者」として以下の記載があります。
    開示を行う対象者は、当該届出事業場に所属する労働者(労働基準法第9条に該当する者)及び使用者(同法第10条に該当する者)のほか、当該届出事業場を退職した者であって、当該事業場との間で権利義務関係に争い等を有しているものであること。


5 就業規則に基づく懲戒
(1) 使用者が労働者を懲戒するには,あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要します(最高裁平成15年10月10日判決。なお,先例として,最高裁昭和54年10月30日判決参照)。
(2) 就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁大法廷昭和43年12月15日判決)ものとして,拘束力を生ずるためには,その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要します(最高裁平成15年10月10日判決)。
(3) 使用者が労働者を懲戒することができる場合において,当該懲戒が,当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合,その権利を濫用したものとして,当該懲戒は無効となります(労働契約法15条)。
(4)  懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為の存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることは,特段の事情のない限り,許されません(山口観光事件に関する最高裁平成8年9月26日判決)。


6 就業規則の変更
(1) 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において,変更後の就業規則を労働者に周知させ,かつ,就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは,労働契約の内容である労働条件は,労働契約において別段の合意が存在していた場合を除き,当該変更後の就業規則に定めるところによることとなります(労働契約法10条)。
(2)ア 労働契約に定年の定めがないということは,ただ,雇用期間の定めがないというだけのことで,労働者に対して終身雇用を保障したり,将来にわたって定年制を採用しないことを意味するものではありません(最高裁大法廷昭和43年12月25日判決)。
イ 55歳から60歳への定年延長に伴い従前の58歳までの定年後在職制度の下で期待することができた賃金等の労働条件に実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更が有効とされた事例として,第四銀行事件に関する最高裁平成9年2月28日判決があります。
(3) 就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく,当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様,当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして,当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも,判断されるべきものです(最高裁平成28年2月19日判決)。

7 就業規則で定める基準に達しない労働条件
・ 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分については,無効となります。この場合,無効となった部分は,就業規則で定める基準によります(労働契約法12条)。

8 公序良俗違反で就業規則が無効となった事例
・ 会社がその就業規則中に定年年齢を男子60歳,女子55歳と定めた場合において,担当職務が相当広範囲にわたっていて女子従業員全体を会社に対する貢献度の上がらない従業員とみるべき根拠はなく,労働の質量が向上しないのに実質賃金が上昇するという不均衡は生じておらず,少なくとも60歳前後までは男女とも右会社の通常の職務であれば職務遂行能力に欠けるところはなく,一律に従業員として不適格とみて企業外へ排除するまでの理由はないなど,原判示の事情があって,会社の企業経営上定年年齢において女子を差別しなければならない合理的理由が認められないときは,右就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は,性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法九〇条の規定により無効です(最高裁昭和56年3月24日判決)。


9 賞与の支給日に関する就業規則の記載
・ 就業規則の「賞与は決算期毎の業績により各決算期につき一回支給する。」との定めが「賞与は決算期毎の業績により支給日に在籍している者に対し各決算期につき一回支給する。」と改訂された場合において,右改訂前から,年二回の決算期の中間時点を支給日と定めて当該支給日に在籍している者に対してのみ右決算期を対象とする賞与が支給されるという慣行が存在し,右就業規則の改訂は単に従業員組合の要請によつて右慣行を明文化したにとどまるものであって,その内容においても合理性を有するときは,賞与の支給日前に退職した者は当該賞与の受給権を有しません(最高裁昭和57年10月7日判決)。


10 関連記事その他
(1) 厚生労働省HPの「モデル就業規則について」モデル就業規則(令和3年4月)が載っています。
(2) 労働者及び使用者は,労働協約,就業規則及び労働契約を遵守し,誠実に各々その義務を履行しなければなりません(労働基準法2条2項)。
(3) 最高裁平成22年3月25日判決は,金属工作機械部分品の製造等を業とするX会社を退職後の競業避止義務に関する特約等の定めなく退職した従業員において,別会社を事業主体として,X会社と同種の事業を営み,その取引先から継続的に仕事を受注した行為が,X会社に対する不法行為に当たらないとされた事例です。
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 労働基準法に関するメモ書き

年次有給休暇に関するメモ書き

目次
第1 総論
1 年次有給休暇の付与
2 時季指定権及び時季変更権
3 不利益取扱いの禁止
第2 労働者の時季指定権
1 総論
2 労働者の時季指定権の限界
3 その他
第3 使用者の時季指定義務及び計画年休
1 使用者の時季指定義務
2 年次有給休暇の計画的付与
3 その他
第4 使用者の時季変更権
1 総論
2 勤務割による勤務体制が取られている場合の時季変更権
3 使用者の時季指定権行使を適法とした最高裁判例
第5 年次有給休暇の賃金及び買取
1 年次有給休暇の賃金
2 年次有給休暇の買取
第6 年次有給休暇と休業補償給付及び傷病手当金との関係

1 年次有給休暇と休業補償給付との関係
2 年次有給休暇と傷病手当金との関係
第7 関連記事その他

第1 総論
1 年次有給休暇の付与
(1) 雇入れの日から6か月間継続勤務し,全労働日の8割以上出勤した労働者に対しては最低10日の年次有給休暇を与える必要があります(労働基準法39条1項)。
(2) 通常の労働者の年次有給休暇の日数は、その後、勤続年数が1年増すごとに所定の日数を加えた年次有給休暇を付与しなければならないのであって,勤続6年半以上の場合,毎年20日の年次有給休暇を与える必要があります(労働基準法39条2項)。 
2 時季指定権及び時季変更権

・ 年次有給休暇は,計画的付与の場合を除き,労働者の請求する時季に与えなければなりません。ただし,労働者が請求した時季に年次有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては,使用者は他の時季に変更することができます(労働基準法39条5項)。
3 不利益取扱いの禁止
・ 年次有給休暇を取得した労働者に対して,賃金の減額や精皆勤手当,賞与の額の算定に際しての年次有給休暇取得日を欠勤として取扱う等の不利益な取扱いをしてはなりません(労働基準法附則136条)。

第2 労働者の時季指定権
1 総論
(1) 休暇の時季指定の効果は,使用者の適法な時季変更権の行使を解除条件として発生するのであって,年次休暇の成立要件として,労働者による「休暇の請求」や,これに対する使用者の「承認」の観念を容れる余地はありません。
    そのため,労働基準法39条に基づき,労働者が,その有する年次有給休暇の日数の範囲内で,始期と終期を特定して休暇の時季指定をしたときは,客観的に同条5項ただし書所定の事由が存在し,かつ,これを理由として使用者が時季変更権の行使をしない限り,右の指定によって年次有給休暇が成立し,当該労働日における就労義務が消滅します(最高裁昭和48年3月2日判決)。
(2) 年次有給休暇における休暇の利用目的は労働基準法の関知しないところであり,休暇をどのように利用するかは,使用者の干渉を許さない労働者の自由である(最高裁昭和48年3月2日判決)ものの,時季指定権の行使が権利の濫用として無効とされるとき場合,年次有給休暇の自由利用の原則が問題とされる余地はありません(東京高裁平成11年4月20日判決)。
(3) 年次有給休暇は,1日単位で与えることが原則ですが,労使協定を結べば,1時間単位で与えることができます(ただし,上限は1年で5日分までです)(労働基準法39条4項)
2 労働者の時季指定権の限界 
(1) 労働者が請求していた年次有給休暇の時季指定日に,たまたまその所属する事業場において予定を繰り上げてストライキが実施されることになり,当該労働者が,右ストライキに参加しその事業場の業務の正常な運営を阻害する目的をもって,右請求を維持して職場を離脱した場合には,右請求に係る時季指定日に年次有給休暇は成立しません(最高裁平成3年11月19日判決)。
(2) 労基法39条5項は,労働者の時季指定権に対抗するための手段として,使用者に対して時季変更権を付与しているにとどまり,使用者としては,時季指定権の行使に対しては,常に時季変更権によって対抗することができるだけであるという趣旨まで含むものではありません(東京高裁平成11年4月20日判決)。
3 その他
・ 会社の業務として実施される社員旅行を休む場合,年次有給休暇を取得するのが普通であると思います。

第3 使用者の時季指定義務及び計画年休
1 使用者の時季指定義務
    年次有給休暇は、原則として労働者の請求する時季に与えなければならないものなので、使用者が一方的に取得させることはできません(厚生労働省HPの「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」の4の問9の答え参照)。
    ただし,平成31年4月から,全ての企業において,年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対して,年次有給休暇の日数のうち年5日については,使用者が時季を指定して取得させることが必要となりました(厚生労働省HPの「年次有給休暇の時季指定義務」参照)。
(2) 年次有給休暇を5日以上取得済みの労働者に対しては,使用者による時季指定は不要です(労働基準法39条8項)。
2 年次有給休暇の計画的付与
(1) 年次有給休暇の付与日数のうち,5日を超える部分については,労使協定を結べば,計画的に年次有給休暇の取得日を割り振ることができます(労働基準法39条6項)。
(2) 年次有給休暇の計画的付与のパターンとしては,①会社単位で取得する方法(一斉付与方式),②組織単位で取得する方法(交替制付与方式)及び③個人単位で取得する方法(個人別付与方式)があります。
(3) 自由参加の社員旅行を計画年休日に実施すれば,年5日の年次有給休暇の確実な取得に資すると思います。
3 その他 
・ 厚労省HPに「年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説 2019年4月施行」が載っています。


第4 使用者の時季変更権
1 総論
(1) 労働者から指定された時季に年次有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合,その時季を変更することができます(労働基準法39条5項ただし書)ところ,「事業の正常な運営を妨げる」か否かは,当該労働者の所属する事業場を基準として判断されます(最高裁昭和48年3月2日判決)。
(2) 労働者の指定した年次有給休暇の期間が開始し又は経過したのちに使用者が時季変更権を行使した場合であっても,労働者の右休暇の請求がその指定した期間の始期にきわめて接近してされたため使用者において時季変更権を行使するか否かを事前に判断する時間的余裕がなかったようなときには,客観的に右時季変更権を行使しうる事由があり,かつ,その行使が遅滞なくされたものであれば,適法な時季変更権の行使があったものとしてその効力が認められます(最高裁昭和57年3月18日判決)。
2 勤務割による勤務体制が取られている場合の時季変更権
(1)  郵政事業に勤務する職員の年次有給休暇のうち,所属長が年度の初頭において職員の請求により業務の繁閑等をしんしゃくして各人別に決定した休暇付与計画による休暇についての年度の途中における時季変更権の行使は,計画決定時には予測できなかった事態発生の可能性が生じた場合において,かつ,右事態発生の予測が可能になってから合理的期間内に限り,許されます(最高裁昭和58年9月30日判決)。
(2) 勤務割による勤務体制がとられている事業場において,勤務割における勤務予定日につき年次休暇の時季指定がされた場合に、使用者としての通常の配慮をすれば、代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況にあると認められるにもかかわらず、使用者がそのための配慮をしなかった結果,代替勤務者が配置されなかったときは,必要配置人員を欠くことをもって事業の正常な運営を妨げる場合に当たるということはできません(最高裁平成元年7月4日判決。なお,先例として,最高裁昭和62年7月10日判決及び最高裁昭和62年9月22日判決参照)。
3 使用者の時季指定権行使を適法とした最高裁判例
① 最高裁平成元年7月4日判決は,勤務割による勤務予定日についての年次休暇の時季指定に対し使用者が代替勤務者確保のための配慮をせずにした時季変更権の行使が適法とされた事例です。
② 最高裁平成4年6月23日判決は,「通信社の記者が始期と終期を特定して休日等を含め約一箇月の長期かつ連続の年次有給休暇の時季指定をしたのに対し使用者が右休暇の後半部分についてした時季変更権の行使が適法とされた事例」です。
③ 事業遂行に必要な技術者の養成と能力向上を図るため,各職場の代表者を参加させて,一箇月に満たない比較的短期間に集中的に高度な知識,技能を修得させ,これを職場に持ち帰らせることによって,各職場全体の業務の改善,向上に資することを目的として行われた訓練の期間中に,訓練に参加している労働者から年次有給休暇が請求されたときは,使用者は,当該休暇期間における具体的な訓練の内容がこれを欠席しても予定された知識,技能の修得に不足を生じさせないものであると認められない限り,事業の正常な運営を妨げるものとして時季変更権を行使することができます(最高裁平成12年3月31日判決)。

第5 年次有給休暇の賃金及び買取
1 年次有給休暇の賃金
・ 年次有給休暇に対しては,原則として,①労働基準法で定める平均賃金,②所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金,③健康保険法に定める標準報酬月額の30分の1に相当する金額のいずれかを支払う必要があり,いずれを選択するかについては,就業規則などに明確に規定しておく必要があります。なお,③による場合,労使協定を締結する必要があります(労働基準法39条9項)。
2 年次有給休暇の買い取り

(1) 有給休暇の買い取りは原則として禁止されているのであって,例外的に認められるのは以下の三つのケースです(HRソリューションラボHPの「有給休暇の買取は原則NG!例外で認められるケースとそのルールを解説」参照)。
① 法律で定められた日数を上回る有給休暇
② 退職時に残っている有給休暇
③ 時効により消滅した有給休暇
(2) 賃金請求権の消滅時効が3年になった令和2年4月以降についても,年次有給休暇の消滅時効は2年です。


第6 年次有給休暇と休業補償給付及び傷病手当金との関係
1 年次有給休暇と休業補償給付との関係
・ 労働災害無料相談金沢HP「労災の休業補償のポイントと注意点【弁護士が解説】」には以下の記載があります(休業補償給付が支給されるのは休業4日目からです。)。
    休業補償給付を受け取るケースでも「年次有給休暇」を使うことは可能です。
    休業補償給付からは賃金の80%までしか支給されないので、年次有給休暇によって100%の賃金をもらえればメリットはあるといえます。
    もっとも,休業補償給付の対象日を年次有給休暇として扱ってしまうと,休業補償給付の支給対象外になってしまうので,年次有給休暇を利用するのか,労災の休業補償給付を利用するのかを,よく検討する必要があります。
2 年次有給休暇と傷病手当金との関係
(1) 業務外の事由による病気やケガの療養のため仕事を休んだ日から連続して3日間(待期)の後,4日目以降の仕事に就けなかった日に対しては,傷病手当金が支給されます(協会けんぽHPの「病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)」参照)。
(2) 傷病手当金の支給条件の一つに「休業期間に給与支払いがされてないこと」とあります(健康保険法108条)から,有給休暇と傷病手当金の両方を受け取ることはできません。

第7 関連記事その他
1 厚生労働省HPに「年次有給休暇の付与日数は法律で決まっています」が載っています。
2 年次有給休暇の基準日を個々の労働者の採用日に関係なく統一的に定めることもできますところ,この場合,勤務期間の切捨ては認められず,常に切り上げる必要があります。
3 無効な解雇の場合のように労働者が使用者から正当な理由なく就労を拒まれたために就労することができなかった日は,労働基準法39条1項及び2項における年次有給休暇権の成立要件としての全労働日に係る出勤率の算定に当たっては,出勤日数に算入すべきものとして全労働日に含まれます(最高裁平成25年6月6日判決)。
4 公休とは,会社が社員に対して与えている「労働義務のない休み」のことであって,一般的な「週休二日制」で与えられる休日がこの公休に該当します(jinjerBlogの「公休とは?パート・アルバイトの公休の扱いなどの基礎知識を解説」参照)。
5(1) 会社を休みにした上で自由参加の社員旅行を実施する場合,公休日に実施するわけですから,そもそも社員旅行に参加するのに有給を使う必要はありません。
(2) 労使協定に基づく会社の計画年休日に社員旅行を実施する場合,社員旅行に参加するかどうかにかかわらず,すべての社員が有給を使用することになります。
6 交通事故によって長期間にわたり会社を休まざるを得なくなった場合,8割以上の出勤の条件を満たすことができず,有給休暇の付与を受けることができない可能性がありますところ,大阪地裁平成20年9月8日判決(判例秘書に掲載)は有給休暇の減少分を交通事故と相当因果関係のある損害として認めています。
7 以下の記事も参照してください。
・ 労働基準法に関するメモ書き

職場におけるハラスメント防止に関するメモ書き

目次
1 総論
2 パワハラ関係
3 パワハラに関する懲戒処分の最高裁判例
4 関連記事その他

1 総論
(1) 職場におけるパワーハラスメントとは,職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって,②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,③労働者の就業環境が害されるものであり,①から③までの要素を全て満たすものをいいます(厚生労働省HPの「2020年(令和2年)6月1日より、職場におけるハラスメント防止対策が強化されました!」参照)。
(2) 職場で発生しやすいハラスメントとしては,セクシュアルハラスメント(セクハラ),パワーハラスメント(パワハラ),マタニティハラスメント(マタハラ),アルコールハラスメント(アルハラ)及び時短ハラスメント(ジタハラ)があります(弁護士法人ALG&Associates HP「職場でのハラスメントを防止するために取るべき対応策」参照)。


2 パワハラ関係
(1) 派遣のミカタHP「パワハラ防止法はなぜできた?法制定の歴史と判例を紹介」には以下の記載があります。
    ハラスメントという言葉が広く知られるきっかけとなったひとつが、1970年代にアメリカで「セクシャルハラスメント(いわゆるセクハラ)」という性的嫌がらせを意味する造語が誕生したことです。その10年後となる1980年代には、日本でもセクハラという言葉を耳にするようになりました。
    日本では、それまでにも性別に端を発した言動が問題にはなっていたものの、それが「セクハラ」という名前であると認知されたことで社会問題となり、今では多くの人に認知されることになりました。
(2) 東弁リブラ2022年6月号「どう変わる?ハラスメント対応-労働者の人権保障と企業価値の向上に向けて-」には,「パワハラが生じた場合の企業のリスク」として以下の記載があります(同書8頁)。
    パワハラの加害者は,自身が行っているのはあくまで注意・指導や通常のコミュニケーションの範疇であるなど,パワハラを行っているという認識がないことが多いため,人前でもパワハラに該当するような言動を行っていることが多い。そのような場合,被害者従業員のみではなく,被害者従業員が日々怒鳴られているのを見聞きしている第三者も含めた従業員の業務能率が低下したり,人財流出やブラック企業のレッテルが貼られるなどのレピュテーションリスクにつながる,場合によっては訴訟に発展するなど,企業には様々なリスクが生じ得る。そのため,企業としては,パワハラについて早期に適切な対応をとることが重要となる。


(3) あかるい職場応援団HP「ハラスメントに関する法律とハラスメント防止のために講ずべき措置」が載っています。


(4) 厚生労働省HPの「精神障害の労災認定」に載ってある「精神障害の労災認定基準」によれば,心理的負荷が「強」となる「◯ 上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」として以下の記載があります。
【「強」である例】
・ 上司等から、治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた場合
・ 上司等から、暴行等の身体的攻撃を執拗に受けた場合
・ 上司等による次のような精神的攻撃が執拗に行われた場合
・ 人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃
・ 必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など、態様は手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃
・ 心理的負荷としては「中」程度の身体的攻撃、精神的攻撃等を受けた場合であって、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合

3 パワハラに関する懲戒処分の最高裁判例
(1) 最高裁令和4年6月14日判決は,地方公共団体の職員が暴行等を理由とする懲戒処分の停職期間中に同僚等に対して行った同処分に関する働き掛けを理由とする停職6月の懲戒処分が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法なものであるとした原審の判断に違法があるとされた事例です。
(2)  最高裁令和4年9月13日判決は,部下への暴行等を繰り返す行為をした地方公共団体の職員が地方公務員法28条1項3号に該当するとしてされた分限免職処分が違法であるとした原審の判断に違法があるとされた事例です。


4 関連記事その他
(1) 厚生労働省HPに以下の資料が載っています。
・ 健康に配慮した飲酒に関するガイドライン
・ 「就活ハラスメント防止対策企業事例集を作成しました!~学生向けの周知コンテンツも公開しました~」(令和5年3月7日付)

・ 「職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント)」
→ 
各種ハラスメントの防止に関するパンフレット,事業主指針,施行通達等が載っています。
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 昭和51年の30期前期修習で発生した,女性司法修習生に対する司法研修所裁判教官等の差別発言問題(教官等の弁明が正しいことを前提として厳重注意で終了した事件)

労働安全衛生法に関するメモ書き

目次
1 労働安全衛生法の概要
2 労働者の労働時間の状況の把握義務
3 労働災害防止計画
4 その他

第2 労働安全衛生法に関するメモ書き
1 労働安全衛生法の概要
    厚生労働省HPの「安全・衛生」には「労働安全衛生法の概要」として以下の記載があります。
・ 事業場における安全衛生管理体制の確立
 総括安全衛生管理者、安全管理者、衛生管理者、産業医等の選任
 安全委員会、衛生委員会等の設置
・ 事業場における労働災害防止のための具体的措置
 危害防止基準:機械、作業、環境等による危険に対する措置の実施
 安全衛生教育:雇入れ時、危険有害業務就業時に実施
 就業制限 :クレーンの運転等特定の危険業務は有資格者の配置が必要
 作業環境測定:有害業務を行う屋内作業場等において実施
 健康診断 :一般健康診断、有害業務従事者に対する特殊健康診断等を定期的に実施
・ 国による労働災害防止計画の策定
 厚生労働大臣は、労働災害を減少させるために国が重点的に取り組む事項を定めた中期計画を策定。
※ 労働安全衛生法のほか、労働安全衛生分野の法律として、じん肺法や作業環境測定法がある。
2 労働者の労働時間の状況の把握義務
(1) 平成31年4月1日以降,事業者は,タイムカードによる記録,パソコン等の電子計算機の使用時間の記録その他の適切な方法により,労働者の労働時間の状況を把握しなければならなくなりました(労働安全衛生法66条の8の3及び労働安全衛生規則52条の7の3のほか,労務SEARCH「【社労士監修】労働時間の把握が義務化!企業の管理方法や罰則は?」参照)。
(2)ア 厚生労働省HPの「働き方改革関連法により2019年4月1日から「産業医・産業保健機能」と「長時間労働者に対する面接指導等」が強化されます」の6頁及び7頁に,平成31年4月1日以降に実施すべき具体的な勤務時間の把握方法が書いてあります。
イ 厚生労働省HPの「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律による改正後の労働安全衛生法及びじん肺法関係の解釈等について」(平成30年12月28日付の厚生労働省労働基準局長の通知)8頁ないし11頁に,労働時間の状況の把握に関する問答が載っています。
(3) 労務事情2022年11月1日号に「〈Q&A〉労働時間管理に関する実務対応」及び「〈Q&A〉自動車管理に関する法的留意点」が載っています。
(4)ア 最高裁平成26年1月24日判決は,募集型の企画旅行における添乗員の業務につき,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たらないとされた事例です。
イ 最高裁令和6年4月16日判決は, 外国人の技能実習に係る監理団体の指導員が事業場外で従事した業務につき,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たらないとした原審の判断に違法があるとされた事例です(つまり,「労働時間を算定し難いとき」に当たる可能性があるということです。)。


3 労働災害防止計画
(1) 厚生労働大臣は,労働政策審議会の意見をきいて、労働災害の防止のための主要な対策に関する事項その他労働災害の防止に関し重要な事項を定めた計画(労働災害防止計画)を作成し(労働安全衛生法6条),公表する必要があります(労働安全衛生法8条)。
(2) 厚生労働省HPの「2018年4月から第13次労働災害防止計画が始まります。」には以下の記載があります。
 「労働災害防止計画」とは、労働災害を減少させるために国が重点的に取り組む事項を定めた中期計画です。
 厚生労働省は、過労死やメンタルヘルス不調への対策の重要性が増していることや、就業構造の変化及び労働者の働き方の多様化を踏まえ、労働災害を少しでも減らし、安心して健康に働くことができる職場の実現に向け、国、事業者、労働者等の関係者が目指す目標や重点的に取り組むべき事項を定めた 2018 年 4 月~ 2023 年 3 月までの 5 年間を計画期間とする「第 13 次労働災害防止計画」を 2018 年 2 月 28 日に策定し、 3 月 19 日に公示しました。

4 関連記事その他

(1) 一般財団法人中小建設業特別教育協会HP「職長・安全衛生責任者教育 教育課程」が載っています。
(2) 最高裁平成26年1月24日判決は,募集型の企画旅行における添乗員の業務につき,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たらないとされた事例です。
(3) 以下の記事も参照してください。
・ 労働基準法に関するメモ書き

弁護士費用特約

目次
第1 総論
第2 弁護士費用特約を利用できる人
第3 弁護士費用特約の適用範囲
第4 自分で選んだ弁護士の弁護士費用でも支払ってもらえること等
第5 日弁連LACが関与した委任契約書を作成する場合があること
第6 弁護士費用特約を利用できない手続
1 人身傷害補償保険に請求するための弁護士費用は支払ってもらえないこと
2 相手方及び労働基準監督署からの請求に対応するための弁護士費用は支払ってもらえないこと
3 労災保険給付を請求するための弁護士費用は支払ってもらえないこと
第7 訴訟上の和解の方が判決よりも望ましい場合が多くなること
第8 交通事故以外に適用される弁護士費用保険
第9 保険金を支払わない場合における保険会社の説明等
第10 関連記事その他


第1 総論
1 弁護士費用特約は任意保険の特約のことであり,交通事故にあった被害者が,①弁護士に対して法律相談をする際の法律相談費用,及び②弁護士に依頼して損害賠償請求をする際の弁護士報酬及び実費を保険会社が負担してくれるという特約です。
2(1)   弁護士費用特約に基づく保険金の額は,1回の被害事故について,被保険者1名当たり300万円を限度としています。
    また,これとは別に,法律相談費用保険金の額は,1回の被害事故について,被保険者1名当たり10万円を限度としています。
(2) 弁護士費用特約を利用できる場合,弁護士費用が300万円以下である限り,被害者が加害者に対して損害賠償請求をするとき,自らの費用負担なしで弁護士に依頼できることとなります。
(3)ア 例えば,以下の費用は弁護士費用特約の支払対象となります。
① 弁護士の着手金及び成功報酬金
② 訴訟を提起する際の印紙代及び切手代
③ 加害者側の任意保険会社なり依頼者なりに郵便物を送るときの切手代
④ 文書送付嘱託の申立てにより医療機関のカルテを取り寄せる際の手数料
⑤ 控訴を提起する際の印紙代及び切手代
イ 最高裁で高裁判決が破棄されることはまずないため,上告のための弁護士費用については弁護士費用特約で出ないことがあります(「高裁の各種事件数,及び最高裁における民事・行政事件の概況」参照)。
(4) 損保ジャパンの場合,刑事弁護士費用保険金は,相手方が死亡した場合,又は被保険者が逮捕若しくは起訴された場合に限り支払われるものです(損保ジャパンHPの「一般自動車保険『SGP』 補償内容:主な特約一覧(特約の概要)」参照)。
3 おとなの自動車保険HP「弁護士費用特約」によれば,セゾン自動車火災の場合,平成28年3月末時点で,71.0%の人が弁護士費用特約を選んでいます。
4  プリベント少額短期保険株式会社の弁護士費用保険「Mikata」が他社の弁護士費用特約と競合する場合において,既に他社の弁護士費用特約を使用している場合,それを差し引いた金額しか保険金が支払われません(外部ブログの「弁護士保険MIKATAの普通保険約款を眺めてみた」参照)。
5 交通事故の赤い本講演録2018年2頁には,東京地裁27民の部総括裁判官の発言として,「自動車保険における弁護士費用補償特約の普及により,訴訟経済的には見合わないように思われる事件を含め,少額の訴訟の提起及び控訴も増加している」と書いてあります。
6 自動車保険ガイドHP「弁護士費用特約の補償金額や範囲~交通事故以外でも補償してくれる会社も有り。 」には以下の記載があります。
    チューリッヒ共栄火災なんかは、日常生活の事故まで対象にしています。また、三井住友海上なら「自動車事故弁護士費用特約」と「弁護士費用特約」のどちらか好きな方を選択できます。


第2 弁護士費用特約を利用できる人
1 弁護士費用特約を利用できる人は以下のとおりです。
① 記名被保険者(保険証券記載の被保険者のことです。)
② 記名被保険者の配偶者
③ 記名被保険者又はその配偶者の同居の親族
④ 記名被保険者又はその配偶者の別居の未婚の子
⑤ ①ないし④以外の者で,契約自動車に搭乗中の者
⑥ 記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用・管理中の者
⑦ 記名被保険者の使用者
2(1) ③の人が利用できる結果,例えば,父親の自動車に弁護士費用特約が付いている場合,同居の息子が歩行中等に交通事故にあったときでも弁護士費用特約を利用できます。
(2)   ④の人が利用できる結果,例えば,父親の自動車に弁護士費用特約が付いている場合,親元を離れて一人暮らしをしている息子が歩行中等に交通事故にあったときでも弁護士費用特約を利用できます。
(3) ⑤の人が利用できる結果,例えば,友人の自動車に弁護士費用特約が付いている場合,その友人の自動車に乗車中に交通事故にあったときでも弁護士費用特約を利用できます。
    この場合,仮に相手の自動車に過失がないとき,友人の自動車の任意保険に対してだけ損害賠償請求をすることとなりますところ,そのための弁護士費用も友人の自動車の任意保険から支払われることとなります。
(4)ア ⑥の人が利用できる結果,例えば,友人の自動車に弁護士費用特約が付いている場合,その友人の自動車を運転中に交通事故にあったときでも弁護士費用特約を利用できます。
イ 例えば,バイク便の会社がレンタカー会社から借りたバイクをレンタカー会社に無断でバイク便ライダーに又貸ししていた場合において,当該バイクを運転中に交通事故が発生した場合,記名被保険者であるレンタカー会社が又貸しについて明示の反対をしていない限り,当該バイクの運転者は許諾被保険者となります(損害保険Q&A HP「問7 対人賠償保険は,どのような保険ですか。」参照)。


第3 弁護士費用特約の適用範囲
1 以下の火災保険又は医療保険に加入している場合,交通事故に基づく損害賠償請求について弁護士費用特約を利用できることがあります。
(1) 火災保険の例
① あいおいニッセイ同和損保の「タフ 住まいの保険」
② エース損保の「リビングプロテクト総合保険」(賃貸住宅入居者専用の火災保険です。)
③ 東京海上日動火災の「超保険」
(2) 医療保険の例
① エース保険の「まかせて安心医療保険」
2(1) 弁護士費用特約を利用できる交通事故は,損害保険会社によって違いがあります。
    例えば,ソニー損保の弁護士費用特約(自動車事故弁護士費用等補償特約)は,交通事故が業務災害又は通勤災害に該当する場合は使用することができません(ソニー損保の自動車保険の重要事項説明書(2012年11月以降始期用)6頁の「オプションの補償」参照)。
(2) 大阪地裁平成30年9月21日判決(判例秘書に掲載)によれば,人損部分で弁護士費用特約を使えない場合であっても,物損部分で弁護士費用特約を使えます。
    ただし,同判決は,弁護士費用のうち,「被害事故にかかわる法律上の損害賠償責任の額/被害事故にかかわる法律上の損害賠償責任の額および被害事故以外にかかわる法律上の損害賠償責任の額の合計額」(つまり物損の請求額/(物損の請求額及び人損の請求額の合計額))だけが保険金支払義務の対象となるということで,弁護士費用全体の約2.43%の支払を保険会社に命じただけです。
3(1) 被保険者が免許取消中に運転をしたり,免許停止期間中に運転をしたり,酒気帯び運転をしたりしている時に交通事故が発生した場合,弁護士費用特約を使用することはできません。
(2) 例えば,東京海上日動火災保険株式会社の弁護士費用特約の場合,「被保険者が,酒気を帯びて自動車または原動機付自転車を運転している場合に生じた対象事故」については,弁護士費用特約が使えません。
    そして,約款の注釈によれば,「酒気を帯びて」とは,道路交通法第65条第1項違反またはこれに相当する状態をいうとされていますから,呼気1リットル当たりのアルコール量が0.15mg以下である場合であっても,弁護士費用特約が使えないこととなります。
(3) 治療のために採血した血液を病院が警察に任意提出した結果,飲酒運転が発覚して捜査が実施されたとしても,違法な捜査であるとはいえません(大阪高裁平成15年9月12日判決参照)。
4 少しでも弁護士費用特約が適用される可能性がある場合,損害保険代理店(例えば,自動車販売店)に問い合わせた方がいいです。
5 共済相談所HP「共済相談所のご案内」に載ってある共済相談所活動報告(平成29年度)6頁に「自動車共済に弁護士費用補償特約を付帯している。現在の契約で同特約を使うと、次回更新する契約に付帯できなくなると聞いた。そのような規定はどこにあるのか教えてほしい。」という相談が載っています。
    そのため,共済事業の場合,弁護士費用補償特約の利用を嫌がることがあるのかも知れません。


第4 自分で選んだ弁護士の弁護士費用でも支払ってもらえること等
1(1) 交通事故の被害者は,自分が被保険者となっている保険会社に対して弁護士の紹介を依頼することができます。
    しかし,自分で直接,気に入った弁護士に依頼した上で,その弁護士に支払う弁護士費用を保険会社に負担してもらうこともできます。
(2) 日弁連のLAC制度(日弁連HPの「権利保護保険(日弁連リーガル・アクセス・センター)」参照」)に基づき,保険会社が紹介した弁護士であっても,日常的に交通事故案件を取り扱っているとは限りません。
    例えば,大阪弁護士会所属の弁護士であれば,弁護士会が指定している研修を受けていれば,交通事故に関する実務経験がない場合であっても,日弁連のLAC制度に基づき,交通事故事件の紹介を受けることができます。
2 弁護士費用特約を利用できる場合,保険会社が直接,自分が依頼した弁護士に対して弁護士費用を支払いますから,自分で立て替える必要はありません。
3 弁護士費用特約を利用して弁護士に依頼した場合であっても,一定の金額の範囲内であれば,依頼する弁護士を途中で変更することはできます。
    ただし,次の弁護士について着手金が再び発生する結果,弁護士費用の総額が増えてしまいますから,弁護士を変更する前に自分が被保険者となっている保険会社に確認した方がいいです。


第5 日弁連LACが関与した委任契約書を作成する場合があること
1(1)  あいおいニッセイ同和損害保険株式会社,損害保険ジャパン日本興亜株式会社,三井住友海上火災保険株式会社等の損害保険会社は,日本弁護士連合会リーガル・アクセス・センター(=日弁連LAC)と弁護士費用保険に関する協定を結んでいます。
そのため,これらの損害保険会社の弁護士費用特約を利用する場合,日弁連LACが関与した委任契約書を作成することとなります。
(2) 日弁連LACが関与する場合,LAC基準に基づいて弁護士費用が計算されることとなりますところ,その中身は大体,旧日弁連報酬等基準規程と同じです。
2 大阪弁護士会所属の弁護士は,日弁連が関与した委任契約書を作成する場合,弁護士費用の7%を,負担金会費として大阪弁護士会に対して支払う必要があります。
3(1) 東京海上日動火災保険株式会社は,弁護士費用特約に基づく保険金の金払いがいいですから,弁護士費用特約を利用する弁護士にとっては大変ありがたい損害保険会社です。
(2)   平成27年10月1日以降の自動車保険約款が適用される場合(平成27年10月1日以降に自動車保険を更新した場合を含む。),日弁連LACと異なり,自賠責保険に対する被害者請求だけを依頼することについて弁護士費用特約を使用することはできなくなりました。
    また,着手金及び成功報酬金のそれぞれについて,経済的利益を基準とした明確な上限が設定されるようになりましたから,例えば,完全成功報酬制を採用した場合であっても,回収した金額の16%(300万円以下の部分)又は10%(300万円を超え3000万円以下の部分)(税抜き)が成功報酬金の上限となります。


第6 弁護士費用特約を利用できない手続
1 人身傷害補償保険に請求するための弁護士費用は支払ってもらえないこと
(1) 自分が被保険者となっている人身傷害補償保険に請求する場合,加害者に対する損害賠償請求に該当しないために弁護士費用保険を使えませんから,請求手続を弁護士に依頼する場合,そのための手数料を自己負担する必要があります。
(2)   人身傷害補償保険を利用した場合,加害者に対する損害賠償金が減少する結果,その分,成功報酬金が減少しますから,加害者に対する損害賠償請求が終わった後に,自分の過失部分についてだけ人身傷害補償保険を利用してもらえる方がありがたいです。
    また,人身傷害補償保険を先に利用した場合,訴訟をして判決をもらったとしてもその分の遅延損害金(年5%)及び弁護士費用(損害額の10%)を回収できなくなりますから,最終的な回収額は少なくなることが多いです。
2 相手方及び労働基準監督署からの請求に対応するための弁護士費用は支払ってもらえないこと
(1) 交通事故について依頼者に少しでも過失がある場合,相手方からも損害賠償請求をされる可能性がありますし,相手方について労災保険の適用がある場合,労働基準監督署からも立替金の支払を求められる可能性があります(「第三者行為災害としての交通事故」参照)。
    この場合,対物賠償責任保険又は対人賠償責任保険を使用しない限り,弁護士費用が保険で支払われることはありません。
(2) 相手方からの請求が物損に限られる場合において対物賠償責任保険を使用しない,又は使用できない場合,原則として弁護士費用は請求しません。
ただし,当然ですが,損害賠償債務は依頼者の自己負担です。
(3)ア 相手方からの請求に人損が含まれる場合において対人賠償責任保険を使用しない,又は使用したくない場合,弁護士費用については,相手方に対する請求分とは別の見積もりとなります。
    この場合,原則として10万8000円の着手金と,相手方の請求額からの減額分の10.8%の弁護士費用をいただきます。
    また,労働基準監督署からの立替金の請求もある場合,第三者行為災害報告書を提出する時点で5万4000円の着手金をいただきますし,労働基準監督署の具体的な請求額からの減額分の10.8%の弁護士費用を頂きます。
イ 相手方に対する請求分が大きい場合,適宜,弁護士費用は減額します。
3 労災保険給付を請求するための弁護士費用は支払ってもらえないこと
   労働基準監督署に対して療養補償給付,休業補償給付,障害補償給付等の労災保険給付を請求することは,加害者に対する損害賠償請求に該当しないために弁護士費用保険を使えませんから,請求手続を弁護士に依頼する場合,そのための手数料を自己負担する必要があります。


第7 訴訟上の和解の方が判決よりも望ましい場合が多くなること
   損害賠償請求訴訟を提起して判決をもらった場合,既払金控除後の損害額の約10%の金額が弁護士費用として認めてもらえます(最高裁昭和44年2月27日判決参照)。
しかし,判決で弁護士費用を認めてもらった場合,弁護士費用特約から支払われる保険金がその分減少します(東京高裁平成25年12月25日判決参照)から,依頼者の手取額が増えるわけではありません。
つまり,弁護士費用特約を利用している場合,弁護士費用を認めてもらうために判決を取得する実益がありませんから,紛争を早期かつ終局的に解決できるものの,弁護士費用までは認めてくれない訴訟上の和解の方が判決よりも望ましい場合が多くなります。


第8 交通事故以外に適用される弁護士費用保険
・ 交通事故以外に適用される弁護士費用保険として,プリベント少額短期保険株式会社の「Mikata」,及び損害保険ジャパン日本興亜株式会社の「弁護のちから」があります(二弁フロンティア2017年6月号「権利保護保険(弁護士保険)の新たな展開」参照)。


第9 保険金を支払わない場合における保険会社の説明等
1 一般社団法人日本損害保険協会の「損害保険の保険金支払に関するガイドライン」(平成24年4月作成)末尾11頁及び12頁には,「7.お支払いできない場合等の留意事項」というタイトルで以下の記載があります。

(1)保険金を支払わない事由に該当するか否かの判断
   会員会社は、保険約款に規定する保険事故、または法令や保険約款に定める保険金を支払わない事由(免責、解除等)に該当するか否かを、調査の結果確認できた事実等に基づいて判断を行う。
   特に慎重な判断を要する事案については、保険金支払担当部門の判断に加え、弁護士・医師・鑑定人等の専門家の見解を確認する等、公平・公正な対応を行う。
   契約締結時に故意または重大な過失により、危険に関する重要な事項のうち、保険会社が告知を求めたもの(告知事項)について知っている事実を記載(または告知)しなかった場合に該当するか否かは、別紙1(告知義務と支払責任)記載の内容に基づき判断を行う。
   事実関係等に不詳・不明な点がある場合は、事実関係等の確認を行い、問題点を明確にしたうえで判断を行う。
(2)保険金をお支払いできない理由の説明
   保険金支払に関する損害調査や事実確認等の結果、会員会社において、保険金の支払ができないと判断される場合は、契約者等および被害者に対してその旨を通知するとともに、根拠となる具体的な保険約款の条項や損害調査結果等を丁寧に説明し、契約者等および被害者のご理解が得られるよう努める。
   なお、保険金をお支払いできない旨の通知に時間を要する場合は、その理由等についてわかりやすく説明する。
   説明にあたっては、その根拠となる保険約款の条項と調査の結果確認できた事実等を丁寧かつわかりやすく説明する。また、再調査が必要な事案については、速やかに再調査を行い、その結果を契約者等および被害者に説明する。
(3)各種相談機関の案内
   契約者等または被害者から、保険金をお支払いできないことについてご了解いただけない場合、会員会社はお申し出の内容に基づき、日本損害保険協会そんぽADRセンター、交通事故紛争処理センター、日弁連交通事故相談センター等の各種相談機関を案内するなど、契約者等および被害者保護に欠けることのないように、適切な対応を行う。
(4)重大事由による解除を行う場合の通知
   保険金支払に関する損害調査や事実確認等の結果、会員会社において、重大事由による解除を行う場合には、その重大事由を知り、または知り得るに至った後、合理的な期間内に契約者に通知する。
2(1) 定型約款(民法548条の2第1項)としては,①鉄道・バスの運送約款,②電気・ガスの供給約款,③保険約款及び④インターネットサイトの利用規約があるものの,例えば,⑤一般的な事業者間取引で用いられる一方当事者の準備した契約書のひな型及び⑥労働契約のひな形は定型約款ではありません(法務省HPの「約款(定型約款)に関する規定の新設」参照)。
(2) 全銀協HPに「第4章 定型約款に関する規定(548 条の2、および、548 条の 3 に限る)について」が載っています。
(3) 最高裁平成26年12月19日判決は「共同企業体を請負人とする請負契約における請負人「乙」に対する公正取引委員会の排除措置命令等が確定した場合「乙」は注文者「甲」に約定の賠償金を支払うとの約款の条項の解釈」が問題となった事例です。


第10 関連記事その他
1(1) 弁護士費用特約に基づき,弁護士費用保険金の支払を受けた場合であっても,弁護士費用保険金は保険契約者が払い込んだ保険料の対価であり,保険金支払義務と損害賠償義務とはその発生原因ないし根拠において無関係でありますから,保険契約者には,弁護士費用相当額の損害が発生すると解されています(大阪地裁平成21年3月24日判決,東京地裁平成21年4月24日判決参照)。
    つまり,弁護士費用特約を利用した場合であっても,相手方に対して弁護士費用相当額を損害金として請求できるということです。
(2) 東京海上日動の弁護士費用特約において法人が記名被保険者の場合,被保険者は以下のとおりです(東京海上日動HPの「TAP(一般自動車保険)」参照)。
① 記名被保険者
② 契約中の車に乗車中の人
③ 契約中の車の所有者
2 大阪市HPに「訴訟代理人弁護士の報酬の支払に関する指針」が載っています。
3 以下の記事も参照してください。
・ 大阪弁護士会の負担金会費

医療過誤事件に関するメモ書き

目次
1 医事部
2 医療過誤訴訟の審理手続
3 医師の応招義務
4 医師の説明義務
5 医療関係者の注意義務の基準
5の2 医療用医薬品の添付文書
6 過失がなければ死亡又は重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明される場合,医師は不法行為責任を負うこと(相当程度の可能性の侵害)
7 過失がなければ死亡又は重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されない場合,医師は原則として不法行為責任を負わないこと(適切な医療行為を受ける期待権の侵害)
8 医療過誤の消滅時効
9 関連記事その他

1 医事部
(1) 医療事故情報センターHPの「集中部型審理形骸化への警鐘」には「医療事件の集中部の設置は、平成13年4月の東京地裁(4ヶ部)からスタートし、以後、大阪、名古屋、さらには横浜、さいたま、千葉、札幌等の各地裁へと拡がっていきました。」と書いてあります。
(2) 大阪地裁HPの「第1部 医事部の誕生」には以下の記載があります。
    大阪地方裁判所では,平成13年4月,医療訴訟を集中的に取り扱う医事事件集中部(以下「医事部」といいます。)が2か部発足し,第17民事部と第19民事部が,医事部として,医療訴訟を集中的に取り扱ってきました。平成19年4月からは,新受事件の増加等を背景として,第20民事部も医事部となり,以後,3か部体制となっています。
(3) 弁護士平井健太郎HP「東京地方裁判所医療集中部における事件概況等(平成31年・令和元年)」が載っています。

2 医療過誤訴訟の審理手続
(1) 判例タイムズ1330号(平成22年11月1日号)及び判例タイムズ1331号(平成22年11月15日号)に「座談会 医事関係訴訟における審理手続の現状と課題」が載っています。
(2) 判例タイムズ1389号(平成25年8月号)に,東京地裁医療訴訟対策委員会が作成した「医療訴訟の審理運営指針(改訂版)」が掲載されています。
(3) 判例タイムズ1401号(平成26年8月号)には「医療訴訟の現状と将来 最高裁判例の到達点」(筆者は38期の大島眞一)が載っています。

3 医師の応招義務
・ 厚生労働省HPの「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(令和元年12月25日付の厚生労働省医政局長の文書)には「(1)診療の求めに対する医師個人の義務(応召義務)と医療機関の責務」として以下の記載があります。
    医師法第 19 条第1項及び歯科医師法第 19 条第1項に規定する応招義務は、医師又は歯科医師が国に対して負担する公法上の義務であり、医師又は歯科医師の患者に対する私法上の義務ではないこと。
    応招義務は、医師法第 19 条第 1 項及び歯科医師法第 19 条第 1 項において、医師又は歯科医師が個人として負担する義務として規定されていること(医師又は歯科医師が勤務医として医療機関に勤務する場合でも、応招義務を負うのは、個人としての医師又は歯科医師であること)。
    他方、組織として医療機関が医師・歯科医師を雇用し患者からの診療の求めに対応する場合については、昭和 24 年通知(山中注:「病院診療所の診療に関する件」(昭和 24 年9月 10 日付け医発第 752 号厚生省医務局長通知)のこと。)にあるように、医師又は歯科医師個人の応招義務とは別に、医療機関としても、患者からの診療の求めに応じて、必要にして十分な治療を与えることが求められ、正当な理由なく診療を拒んではならないこと。


4 医師の説明義務
(1) 最高裁平成13年11月27日判決は, 乳がんの手術に当たり当時医療水準として未確立であった乳房温存療法について医師の知る範囲で説明すべき診療契約上の義務があるとされた事例です。
(2)  患者が末期がんにり患し余命が限られていると診断したが患者本人にはその旨を告知すべきでないと判断した医師及び同患者の担当を引き継いだ医師らが,患者の家族に対して病状等を告知しなかったことは,容易に連絡を取ることができ,かつ,告知に適した患者の家族がいたなどといった事情の下においては,診療契約に付随する義務に違反します(最高裁平成14年9月24日判決)。


5 医療関係者の注意義務の基準
・ 最高裁昭和57年3月30日判決は以下の判示をしています。
     人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるが(最高裁昭和三一年(オ)第一〇六五号同三六年二月一六日第一小法廷判決・民集一五巻二号二四四頁参照)、右注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である

5の2 医療用医薬品の添付文書
(1) 医療用医薬品の添付文書は,医薬品医療機器法の規定に基づき,医薬品の適用を受ける患者の安全を確保し適正使用を図るために,医師,歯科医師,薬剤師等の医薬関係者に対して必要な情報を提供する目的で,当該医薬品の製造販売業者が作成するものです(厚生労働省HPの「医療用医薬品の添付文書記載要領の改定について」参照)。
(2)  医師が医薬品を使用するに当たって医薬品の添付文書(能書)に記載された使用上の注意事項に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定されます(最高裁平成8年1月23日判決)。
(3)ア  最高裁平成14年11月8日判決は,医薬品添付文書に過敏症状と皮膚粘膜眼症候群の副作用がある旨記載された薬剤等を継続的に投与中の患者に副作用と疑われる発しん等の過敏症状の発生を認めた医師に上記薬剤の投与についての過失がないとした原判決に違法があるとされた事例でありますところ,以下の判示をしています。
    精神科医は,向精神薬を治療に用いる場合において,その使用する向精神薬の副作用については,常にこれを念頭において治療に当たるべきであり,向精神薬の副作用についての医療上の知見については,その最新の添付文書を確認し,必要に応じて文献を参照するなど,当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最新情報を収集する義務があるというべきである。本件薬剤を治療に用いる精神科医は,本件薬剤が本件添付文書に記載された本件症候群の副作用を有することや,本件症候群の症状,原因等を認識していなければならなかったものというべきである。
イ 弁護士法人ふくざき法律事務所HP「No.108/医薬品の添付文書に関する裁判例(最高裁平成8年1月23日判決等)」には「最新の添付文書を確認すべきとの判示は、精神科医に限らず医師全般に当てはまると考えられるため、電子化された添付文書の更新を見落とすことがないよう、更新情報をチェックする体制を医療機関側でも整えていくことが必要です。」と書いてあります。

6 過失がなければ死亡又は重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明される場合,医師は不法行為責任を負うこと(相当程度の可能性の侵害)

(1) ア 医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、右医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が右可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負います(最高裁平成12年9月22日判決)。
イ 医師に適時に適切な検査を行うべき診療契約上の義務を怠った過失があり,その結果患者が早期に適切な医療行為を受けることができなかった場合において,上記検査義務を怠った医師の過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されなくとも,適時に適切な検査を行うことによって病変が発見され,当該病変に対して早期に適切な治療等の医療行為が行われていたならば,患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときには,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき診療契約上の債務を負います(最高裁平成16年1月15日判決)。
(2) 医師に患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務を怠った過失がある場合において,上記転送が行われ,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受けていたならば,患者に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負います(最高裁平成15年11月11日判決)。

7 過失がなければ死亡又は重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されない場合,医師は原則として不法行為責任を負わないこと(適切な医療行為を受ける期待権の侵害)
(1) 患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に,医師が,患者に対して,適切な医療行為を受ける利益を侵害したことのみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは,当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまります(最高裁平成28年7月19日判決(判例秘書)。なお,先例として,最高裁平成17年12月8日判決及び最高裁平成23年2月25日判決参照)。
(2) 最高裁平成28年7月19日判決(職権破棄事例です。)の山崎敏充裁判官の補足意見には,「審理経過等も併せみると,本件では,医師による鑑定等が実施されないまま,被上告人提出に係る匿名協力医作成の意見書の記載に相当程度依拠して,主治医の注意義務についての認定判断がされているようにうかがえるが,そうした匿名意見書の証拠価値については慎重な検討を必要とすることはいうまでもないところであり,やはり鑑定を実施するなどした上で,それにより得られた中立的な立場からの専門的知見を活用して,医学的見地からも十分説得力のある根拠を付した認定判断をすべき事案であったように思われる。」と書いてあります。
     ただし,医療判例解説65号(2016年12月)10頁及び11頁には,「上告理由の中ではじめて匿名意見書の問題に触れられたが、それは原審とは関係がないことであり、一審、原審を通じて病院側から匿名意見書の信用性について否定する主張がなかった以上、匿名意見書に重きを置いて審理をしたことについて苦言を呈するのに適した事例であったとはいえないように思う。」と書いてあります。


8 医療過誤の消滅時効
(1) 不法行為責任を主張する場合
ア 平成29年3月31日以前の医療過誤であれば消滅時効期間は3年であり(改正前民法724条前段),同年4月1日以後の医療過誤であれば消滅時効期間は5年であると思います(民法724条1号)。
イ 法務省HPに載ってある改正民法の経過措置に関する資料には「生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の期間については,施行日の時点で改正前の民法による不法行為の消滅時効(「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間」)が完成していない場合には、改正後の新しい民法が適用されます。」と書いてあります。
(2) 診療契約上の債務不履行責任を主張する場合
ア 令和2年3月31日以前の医療過誤であれば消滅時効期間は10年であり(改正前民法167条1項),同年4月1日以後の医療過誤であれば消滅時効期間は5年であると思います(民法166条1項1号)。
イ 法務省HPに載ってある改正民法の経過措置に関する資料には「【原則】「施行日前に債権が生じた場合」又は「施行日前に債権発生の原因である法律行為がされた場合」には,その債権の消滅時効期間については,原則として、改正前の民法が適用されます。」と書いてあります。
ウ リーガルコンサルタントHPの「診療契約をめぐる諸判決」には,「診療契約とは」として以下の記載があります。
患者と病院・医師との間の診療関係を規律する法的合意を診療契約といいます。
患者と契約をした覚えはないなどと言われるお医者様もいらっしゃるかもしれませんが、患者が診察を申入れ(診療契約の申込)、それに対して診察を開始すれば(診療契約の承諾と同一視されます)、患者と病院・医師との間に診療契約が成立します。

9 関連記事その他
(1)ア 自由と正義2021年12月号5頁ないし7頁に「ひと筆 弁護士と医師の仕事の両方を経験して」が載っています。
イ 社会保険労務士法人全国障害年金パートナーズHP「自殺率の高い4つの職業 | 社会保険労務士事務所 全国障害年金パートナーズ」によれば,医師が一番,自殺率が高い職業とのことです。
(2) 大阪地裁堺支部平成14年4月26日判決(判例秘書に掲載。担当裁判官は25期の中路義彦35期の宮本初美及び50期の品川英基)は,保険契約者(被保険者)である訴外Xが高度障害を負っていないにもかかわらず負ったとして原告から保険金5000万円を詐取したことにつき,医師である被告が訴外Xの訴える症状が詐病によるものであることを認識しながら,訴外Xに対し,高度障害を負っている旨の虚偽の内容の障害診断書を作成・交付したとして,民法709条に基づき5000万円の損害賠償責任を認めた事例です。
(3) 厚生労働省HPに「医師等の宿日直許可基準及び医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方についての運用に当たっての留意事項について」(令和6年1月15日付の厚生労働省労働基準局監督課長の文書)が載っています。
(4) 交通事故と医療事故とが順次競合し,そのいずれもが被害者の死亡という不可分の一個の結果を招来しこの結果について相当因果関係を有する関係にあって,運転行為と医療行為とが共同不法行為に当たる場合において,各不法行為者は被害者の被った損害の全額について連帯責任を負うべきものであり,結果発生に対する寄与の割合をもって被害者の被った損害額を案分し,責任を負うべき損害額を限定することはできません(最高裁平成13年3月13日判決)。
(5) 以下の記事も参照してください。
・ 地方裁判所の専門部及び集中部

行政事件に関するメモ書き

目次
1 原告適格
2 行政処分該当性
3 行政処分に対する司法審査の範囲
4 行政処分の適法性の基準時
5 訴えの利益
6 行政手続法
7 情報公開請求訴訟
8 住民訴訟
9 関連記事その他

1 原告適格
(1) 一般論
ア 最高裁大法廷平成17年12月7日判決は以下の判示をしています。
    行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
イ 行政事件訴訟法9条(原告適格)2項は以下のとおりです。
    裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たつては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たつては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たつては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。
ウ 処分の名宛人以外の者が処分の法的効果による権利の制限を受ける場合には,その者は,処分の名宛人として権利の制限を受ける者と同様に,当該処分により自己の権利を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者として,当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に当たり,その取消訴訟における原告適格を有します(最高裁平成25年7月12日判決)。
エ 行政事件訴訟法36条は,無効等確認の訴えの原告適格について規定していますところ,同条にいう当該処分の無効等の確認を求めるにつき「法律上の利益を有する者」についても,取消訴訟の原告適格の場合と同義に解されています(最高裁平成26年7月29日判決)。
(2) 原告適格の肯定例

ア 農業用水の確保を目的とし,洪水予防,飲料水の確保の効果をも配慮して指定された保安林の指定解除により洪水緩和,渇水予防上直接の影響を被る一定範囲の地域に居住する住民は,森林法27条1項にいう「直接の利害関係を有する者」として,右解除処分取消訴訟の原告適格を有します(最高裁昭和57年9月9日判決)。
イ  定期航空運送事業免許に係る路線を航行する航空機の騒音によって社会通念上著しい障害を受けることとなる飛行場周辺住民は,当該免許の取消しを訴求する原告適格を有します(最高裁平成元年2月17日判決)。
ウ 設置許可申請に係る電気出力28万キロワットの原子炉(高速増殖炉)から約29キロメートルないし約58キロメートルの範囲内の地域に居住している住民は,右原子炉の設置許可処分の無効確認を求めるにつき,行政事件訴訟法36条にいう「法律上の利益を有する者」に該当します(最高裁平成4年9月22日判決)。
エ  第一種市街地再開発事業の施行地区内の宅地の所有者は,その宅地上の借地権者に対する権利変換に関する処分につき,右借地権の不存在を主張して取消訴訟を提起することができます(最高裁平成5年12月17日判決)。
オ 最高裁平成6年9月27日判決は,風俗営業の地域的制限の根拠となる診療所等の施設を設置する者が風俗営業の許可の取消しを求める訴訟において原告適格が認められた事例です。
カ 開発区域内の土地が都市計画法33条1項7号にいうがけ崩れのおそれが多い土地等に当たる場合には,がけ崩れ等により生命,身体等に直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者は、開発許可の取消訴訟の原告適格を有します(最高裁平成9年1月28日判決)。
キ  土砂の流出又は崩壊,水害等の災害により生命,身体等に直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者は,森林法10条の2による開発許可の取消訴訟の原告適格を有します(最高裁平成13年3月13日判決)。
ク 建築基準法59条の2第1項に基づくいわゆる総合設計許可に係る建築物の倒壊,炎上等により直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に存する建築物に居住し又はこれを所有する者は,同許可の取消訴訟の原告適格を有します(最高裁平成14年1月22日判決)。
ケ 建築基準法59条の2第1項に基づくいわゆる総合設計許可に係る建築物により日照を阻害される周辺の他の建築物に居住する者は,同許可の取消訴訟の原告適格を有します(最高裁平成14年3月28日判決)。
コ 都市計画事業の事業地の周辺に居住する住民のうち同事業が実施されることにより騒音,振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は,都市計画法59条2項に基づいてされた同事業の認可の取消訴訟の原告適格を有します(最高裁大法廷平成17年12月7日判決)。
サ 国税徴収法39条所定の第二次納税義務者は,本来の納税義務者に対する課税処分につき国税通則法75条に基づく不服申立てをすることができます(最高裁平成18年1月19日判決)。
シ 自転車競技法4条2項に基づく設置許可がされた場外車券発売施設の設置,運営に伴い著しい業務上の支障が生ずるおそれがあると位置的に認められる区域に文教施設又は医療施設を開設する者は,自転車競技法施行規則15条1項1号所定のいわゆる位置基準を根拠として上記許可の取消訴訟の原告適格を有します(最高裁平成21年10月15日判決)。
ス 滞納者と他の者との共有に係る不動産につき滞納者の持分が国税徴収法47条1項に基づいて差し押さえられた場合における他の共有者は,その差押処分の取消訴訟の原告適格を有します(最高裁平成25年7月12日判決)。
セ 産業廃棄物の最終処分場の周辺に居住する住民のうち,当該最終処分場から有害な物質が排出された場合にこれに起因する大気や土壌の汚染,水質の汚濁,悪臭等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は,当該最終処分場を事業の用に供する施設としてされた産業廃棄物処分業及び特別管理産業廃棄物処分業の許可処分及び許可更新処分の取消訴訟及び無効確認訴訟につき,これらの取消し及び無効確認を求める法律上の利益を有する者として原告適格を有します(最高裁平成26年7月29日判決)。
ソ   墓地,埋葬等に関する法律10条の規定により大阪市長がした納骨堂の経営又はその施設の変更に係る許可について,当該納骨堂の所在地からおおむね300m以内の場所に敷地がある人家に居住する者は,その取消しを求める原告適格を有します(最高裁令和5年5月9日判決)。
(3) 原告適格の否定例
ア  農地の所有者から賃借権等の設定を受け現に当該農地を耕作している者であっても,右賃借権等の設定について農業委員会の許可を受けていない場合,当該農地の所有権移転につき知事が第三者に与えた許可処分の無効確認を求める原告適格を有しません(最高裁昭和41年12月23日判決)。
イ  農地法80条に基づき農地の売払いを受けられる場合には,当該農地の旧所有者は,行政事件訴訟法36条により,当該農地の売渡処分の無効確認を求める原告適格を有しません(最高裁昭和50年6月27日判決)。
ウ 農地法5条所定の許可がされた農地上に建物が築造されることにより右農地に隣接する農地の日照,通風等が阻害されて農作物の収穫が激減し,その農地としての効用が失われるおそれがあるとしても,右隣接農地の所有者は,右許可の取消しを求める原告適格を有しません(最高裁昭和58年9月6日判決)。
エ 入会林野等に係る権利関係の近代化の助長に関する法律11条に基づく入会林野整備計画の認可の対象となつた入会林野につき入会権を主張する者は,右認可処分の無効確認を求める訴えの原告適格を有しません(最高裁昭和60年9月6日判決)。
オ 最高裁昭和60年11月14日判決は,建築基準法48条1項ただし書の許可に係る建築物の敷地の隣接居住者が当該許可の取消しを求める原告適格を有しないとされた事例です。
カ 土地区画整理組合の事業施行地区内の宅地の所有者は,右事業施行に伴う処分を受けるおそれのあるときは,同組合の設立認可処分の無効確認訴訟につき原告適格を有します(最高裁昭和60年12月17日判決)。
キ  公有水面埋立法2条の埋立免許及び同法22条の竣功認可の取消訴訟につき,当該公有水面の周辺の水面において漁業を営む権利を有するにすぎない者は,原告適格を有しません(最高裁昭和60年12月17日判決)。
ク 里道の近くに居住し,その通行による利便を享受することができる者であっても,当該里道の用途廃止により各方面への交通が妨げられるなどその生活に著しい支障が生ずるような特段の事情があるといえないときは,右用途廃止処分の取消しを求めるにつき原告適格を有しません(最高裁昭和62年11月24日判決)。
ケ 地方鉄道法21条による地方鉄道業者の特別急行料金の改定(変更)の認可処分の取消訴訟につき,当該地方鉄道業者の路線の周辺に居住し通勤定期券を購入するなどしてその特別急行旅客列車を利用している者は,原告適格を有しません(最高裁平成元年4月13日判決)。
コ 静岡県指定史跡を研究対象としている学術研究者は,当該史跡の指定解除処分の取消しを訴求する原告適格を有しなません(最高裁平成元年6月20日判決)。
サ  風俗営業等の規則及び業務の適正化等に関する法律施行令6条1号イの定める基準に従って規定された都道府県の条例所定の風俗営業制限地域に居住する者は、同地域内における風俗営業許可処分の取消しを求める原告適格を有しません(最高裁平成10年12月17日判決)。
シ  都市計画事業の事業地の周辺地域に居住し又は通勤,通学しているが事業地内の不動産につき権利を有しない者は,都市計画法59条2項に基づく同事業の認可処分又は同条3項に基づく同事業の承認処分の取消しを求める原告適格を有しないと解されていた(最高裁平成11年11月25日判決)ものの,最高裁大法廷平成17年12月7日判決による判例変更がありました。
ス 知事が墓地,埋葬等に関する法律10条1項に基づき大阪府墓地等の経営の許可等に関する条例7条1号の基準に従ってした墓地の経営許可の取消訴訟につき,墓地から300メートルに満たない地域に敷地がある住宅等に居住する者は,原告適格を有しません(最高裁平成12年3月17日判決)。
セ 医療法7条に基づく病院の開設許可の取消訴訟につき,同病院の開設地の市又はその付近において医療施設を開設し医療行為をする医療法人,社会福祉法人及び医師並びに同市内の医師等の構成する医師会は,原告適格を有しません(最高裁平成19年10月19日判決)。
ソ  自転車競技法4条2項に基づく設置許可がされた場外車券発売施設の周辺において居住し又は事業(文教施設又は医療施設に係る事業を除く。)を営む者や,周辺に所在する文教施設又は医療施設の利用者は,自転車競技法施行規則15条1項1号所定のいわゆる位置基準を根拠として上記許可の取消訴訟の原告適格を有するということはできません(最高裁平成21年10月15日判決)。

2 行政処分該当性
(1) 肯定例

・ 都市再開発法51条1項,54条1項に基づき地方公共団体により定められ公告された第二種市街地再開発事業の事業計画の決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たります(最高裁平成4年11月26日判決)。
・  医療法30条の7の規定に基づき都道府県知事が病院を開設しようとする者に対して行う病院開設中止の勧告は,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たります(最高裁平成17年7月15日判決)。
・ 市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定は,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たります(最高裁大法廷平成20年9月10日判決)。
(2) 否定例
・  都市計画法8条1項1号の規定に基づく工業地域指定の決定は,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たりません(最高裁昭和57年4月22日判決)。
・ 都市計画法12条の4第1項1号の規定に基づく地区計画の決定,告示は,区域内の個人の権利義務に対して具体的な変動を与えるという法律上の効果を伴うものではなく,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たりません(最高裁平成6年4月22日判決)。
    そして,最高裁大法廷平成20年9月10日判決が出た後となる東京高裁令和2年7月2日判決(判例秘書に掲載)は,以下の判示をしています。
    地区計画に関する都市計画の決定がされ,その都市計画が市町村による告示によって効力を生じた場合,区域内における土地の区画形質の変更等について届出が必要となり,建築物の建築等が地区計画に適合していないときは勧告がされるものの,勧告を受けた者がそれに従わない場合の措置についての法令の定めはないことからすると,法的強制力を伴うものとはいえず,また,区域内における開発行為が一定程度の制約を受けることは否定できないとはいえ,その制約は,新たに法令が制定された場合と同様の不特定多数の者に対する一般的,抽象的なものであって,個人の法的地位に直接具体的な影響を与えるものということはできない(したがって,争訟としての成熟性が認められるともいえない。)から,本件地区計画変更決定は,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえず,抗告訴訟の対象となる処分には当たらないものと解するのが相当である。

3 行政処分に対する司法審査の範囲
(1) 裁判所が都市施設に関する都市計画の決定又は変更の内容の適否を審査するに当たっては,当該決定又は変更が裁量権の行使としてされたことを前提として,その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合,又は,事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと,判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとすべきものと解されています(最高裁平成18年11月2日判決)。
(2) 公立学校の学校施設の目的外使用を許可するか否かの管理者の判断の適否に関する司法審査は,その判断が裁量権の行使としてされたことを前提とした上で,その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し,その判断が,重要な事実の基礎を欠くか,又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限って,裁量権の逸脱又は濫用として違法となります(最高裁平成18年2月7日判決)。
(3) 弁護士法人ベリーベスト法律事務所代理人の阿部泰隆弁護士が東京地裁に提出した,「意見の要旨-本件のポイント-」(令和4年9月20日付)には「(山中注:裁量(要件を満たしたときに処分をすることができるという効果裁量)が認められる場合でも、最近の判例は、考慮すべき事項を適切に考慮したか、考慮すべきでない事項を考慮していないかについて、行政の判断過程を審理するのが主流です(最判平成19年12月7日判決民集61巻9号3290頁最判平成18年2月7日民集60巻2号401頁、最判平成18年9月8日判時1948号26頁等)。」と書いてあります。
(4) 最高裁令和5年6月27日判決は,酒気帯び運転を理由とする懲戒免職処分を受けて公立学校教員を退職した者に対してされた一般の退職手当等の全部を支給しないこととする処分に係る判断が、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとはいえないとされた事例です。

4 行政処分の適法性の基準時 
(1) 行政処分は原則として処分時の法令に準拠してされるべきものであり,このことは許可処分においても同様であって,法令に特段の定めのないかぎり,許可申請時の法令によって許否を決定すべきものではなく,許可申請者は,申請によって申請時の法令により許可を受ける具体的な権利を取得するものではありません(最高裁大法廷昭和50年4月30日判決)。
(2) 那覇地裁平成30年10月31日判決(判例秘書掲載)は,「裁判所における行政処分の違法判断は,当該行政処分がされた当時を基準とすべきものである(最高裁昭和26年(オ)第412号昭和28年10月30日第二小法廷判決・行裁集4巻10号2316頁参照)」と判示しています。

5 訴えの利益
(1) 行政処分が存在することによって名誉毀損の可能性が認められるとしても,それは当該行政処分がもたらす事実上の効果にすぎないものであり,これをもって取消訴訟によって回復すべき法律上の利益があるとはいえません(最高裁昭和55年11月25日判決参照)。
(2) 最高裁昭和57年4月8日判決は,「本件各検定不合格処分が取り消されても、被上告人は本件内容の記述の自由を法律上保障される可能性を回復するわけではなく、右記述が今後の検定において合格とされる可能性は単なる事実上のそれにとどまるのであつて、このような事実上の利益だけでは本件訴えの利益を基礎づけるに足りるものとすることはできない。」と判示しています。
(2) 行政手続法12条1項の規定により定められ公にされている処分基準において,先行の処分を受けたことを理由として後行の処分に係る量定を加重する旨の不利益な取扱いの定めがある場合には,上記先行の処分に当たる処分を受けた者は,将来において上記後行の処分に当たる処分の対象となり得るときは,上記先行の処分に当たる処分の効果が期間の経過によりなくなった後においても,当該処分基準の定めにより上記の不利益な取扱いを受けるべき期間内はなお当該処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有します(最高裁平成27年3月3日判決)。

6 不利益処分の理由の提示
(1) 行政手続法14条(不利益処分の理由の提示)の条文
① 行政庁は、不利益処分をする場合には、その名あて人に対し、同時に、当該不利益処分の理由を示さなければならない。ただし、当該理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合は、この限りでない。
② 行政庁は、前項ただし書の場合においては、当該名あて人の所在が判明しなくなったときその他処分後において理由を示すことが困難な事情があるときを除き、処分後相当の期間内に、同項の理由を示さなければならない。
③ 不利益処分を書面でするときは、前二項の理由は、書面により示さなければならない。
(2) 最高裁判例
ア  一般旅券発給拒否処分の通知書に,発給拒否の理由として,「旅券法一三条一項五号に該当する。」と記載されているだけで,同号適用の基礎となつた事実関係が具体的に示されていない場合には,理由付記として不備であって,右処分は違法です(最高裁昭和60年1月22日判決)。
 最高裁平成23年6月7日は,「行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは,名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。そして,同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは,上記のような同項本文の趣旨に照らし,当該処分の根拠法令の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである。」と判示しています。
(3) 下級審判例
・ 東京高裁平成25年6月20日判決(担当裁判官は26期の園尾隆司41期の吉田尚弘及び48期の森脇江津子)(判例秘書掲載)は,「区長による区会議員に対する政務調査費返還命令処分につき,住民からの監査請求における監査委員の監査結果に基づいてされたものであり,同処分書の記載(山中注:「平成19年4月27日付けで目黒区監査委員から違法・不当な支出であるとされたため」」との記載)のほか,処分を受けた者の監査請求の手続における回答,公表されている監査請求の記載内容からすれば,同処分書の理由の記載により,処分を受けた者において,処分の基礎となった事実関係及び適用法令を知ることができるものと認められるから,同処分が理由の提示について違法なものということはできないとされた事例」です。

7 情報公開請求訴訟
(1)  情報公開法に基づく行政文書の開示請求に対する不開示決定の取消訴訟において,不開示とされた文書を目的とする検証を被告に受忍義務を負わせて行うことは,原告が検証への立会権を放棄するなどしたとしても許されず,上記文書を検証の目的として被告にその提示を命ずることも許されません(最高裁平成21年1月15日決定)。
(2) 開示請求の対象とされた行政文書を行政機関が保有していないことを理由とする不開示決定の取消訴訟においては,その取消しを求める者が,当該不開示決定時に当該行政機関が当該行政文書を保有していたことについて主張立証責任を負います(最高裁平成26年7月14日判決)。


8 住民訴訟
(1) 最高裁昭和53年3月30日判決は以下の判示をしています。
    住民の有する右訴権は、地方公共団体の構成員である住民全体の利益を保障するために法律によつて特別に認められた参政権の一種であり、その訴訟の原告は、自己の個人的利益のためや地方公共団体そのものの利益のためにではなく、専ら原告を含む住民全体の利益のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張するものであるということができる。
(2)ア 津地鎮祭訴訟に関する最高裁大法廷昭和52年7月13日判決の事案は以下のとおりですから,特定の団体に対する1万円未満の金銭支出も住民訴訟の対象となっています。
    津市体育館の起工式(以下「本件起工式」という。)が、地方公共団体である津市の主催により、同市の職員が進行係となつて、昭和四〇年一月一四日、同市船頭町の建設現場において、宗教法人D神社の宮司ら四名の神職主宰のもとに神式に則り挙行され、上告人が、同市市長として、その挙式費用金七六六三円(神職に対する報償費金四〇〇〇円、供物料金三六六三円)を市の公金から支出したことにつき、その適法性が争われたものである。
イ 大阪市の令和6年3月8日付の住民監査請求の結果通知の場合,請求人が原告となっている訴訟に関する弁護士費用の支出の是非も含めて住民監査請求の対象外と判断しました。
(3) 東京地裁平成9年4月21日判決(担当裁判官は21期の細川清36期の阿部正幸及び47期の菊地浩明)(判例秘書掲載)は以下の判示をしています(改行を追加しています。)。
    国家賠償法一条は、公権力の行使により個人の私的な権利、利益が侵害された場合に、これを賠償することを目的としている。
    これに対し、住民監査請求の請求人は、住民全体の利益のために、公益の代表者としての公法上の立場において右請求をするものであるから、請求人である住民が、監査委員に対して監査及び必要な措置等を求めうる地方自治法上の地位は、請求人の私的な権利、利益の保護を目的とするものではなく、公益的かつ公法的なものであって、国家賠償法上の保護の対象にはならないというべきである。

9 関連記事その他
(1) 処分に対する取消訴訟に,当該処分の違法を理由とする国家賠償を請求する訴訟を併合して提起することはできます(行政事件訴訟法13条1号及び16条参照)。
(2)ア 最高裁平成17年7月15日判決及び最高裁大法廷平成17年9月14日判決は,地裁及び高裁で訴えが不適法として却下すべきものとされたのが,最高裁判所において,行政通則法について新しい解釈と適用がされ,適法な訴えであると認められたものです。
イ 法定受託事務に係る申請を棄却した都道府県知事の処分がその根拠となる法令の規定に違反するとして,これを取り消す裁決がされた場合において,都道府県知事が上記処分と同一の理由に基づいて上記申請を認容する処分をしないことは,地方自治法245条の7第1項所定の法令の規定に違反していると認められます(最高裁令和5年9月4日判決)。
(3)ア 福井地裁令和元年5月29日判決(判例秘書に掲載)は,「被推薦者等には公平性及び透明性が確保された過程のもと,推薦等を尊重して任命の可否が決せられることについて利害関係があるといえ,これを単なる期待権にすぎないというのは相当ではない。」などと判示して,農業委員会の委員に応募したがこれに任命されなかった者に,他者に対してされた同委員に任命する旨の処分の取消しを求める原告適格があると判示しました。
イ 弁護士江木大輔のブログ「他者に対してされた農業委員に任命する旨の処分の取消しを求める原告適格の有無」で福井地裁令和元年5月29日判決が紹介されています。
(4)ア 総務省HPに「行政不服審査法事務取扱ガイドライン」(令和4年6月の総務省行政評価局の文書)が載っています。
イ 行政不服審査裁決・答申検索データベースでは,行政不服審査法等に基づいてされた不服申立てについて、審査庁が行った裁決内容や行政不服審査会等が行った答申内容等を検索・閲覧できます。
(5) 行政処分は,原則として,それが相手方に告知された時にその効力を発生します(最高裁昭和50年6月27日判決)。
(6)ア 以下の資料も参照してください。
・ 行政事件訴訟法の改正に伴う書記官事務の留意点,及び行政事件訴訟法の特則を定める規定例(平成17年3月の最高裁判所事務総局行政局の文書)
イ 以下の記事も参照してください。
・ 地方裁判所の専門部及び集中部