弁護士山中理司

自動車運転代行業に関するメモ書き

目次
第1 自動車運転代行業法の制定に至る経緯等
第2 自動車運転代行業の業務内容
第3 自動車運転代行業の範囲
第4 自動車運転代行業に対する法規制
第5 自動車運転代行業者の損害賠償措置
第6 顧客として運転代行を利用する際の注意点
第7 大阪府下の飲酒運転の現状等
第8 関連記事その他

第1 自動車運転代行業法の制定に至る経緯
    自動車運転代行業は,飲酒した客に代わって客の自動車を運転し,客とその自動車を自宅まで送り届けるサービスであり,昭和50年頃から,主に公共交通機関が十分に発達しておらず,自家用自動車が移動手段として不可欠である地方都市を中心に発達してきた事業であり,飲酒運転等の防止に一定の役割を果たしていました。
    しかし,自動車運転代行業においては,法律による規制がなかったこともあり,業者が運転者に対し,最高速度違反の運転を下命・容認するなど,その業態として業者が責任を問われるべき実態があるほか,交通死亡事故の発生率も高い水準で推移していました。
    また,主に夜間の繁華街における酔客を対象に行われる業態であることから,①業者による白タク行為,②暴力団関係業者による被害,③損害賠償保険の未加入,④料金の不正収受等の問題も指摘されていました。
    そこで,平成14年6月1日施行の自動車運転代行業の業務の適正化に関する法律(自動車運転代行業法)が制定され,自動車運転代行業を営む場合,都道府県公安委員会の認定を要することとなりました(自動車運転代行業法4条)。

第2 自動車運転代行業の業務内容
・ 大阪府警察HPの「自動車運転代行業について」に,一般的な自動車運転代行業のイメージが掲載されていますが,文字で説明すると以下のとおりです。
① 自動車運転代行業の実際の業務は,2人1組で随伴用自動車1台を用いて行なわれます。
②   飲酒等の理由で自動車を運転できなくなった顧客から依頼を受け,居酒屋といった待ち合わせ場所に2人で随伴用自動車に向かい,待ち合わせ場所で顧客車のキーを預かります。
③ 2人のうちの1人は顧客車を運転し(この時点で「代行運転自動車」となります。),顧客や顧客車の搭乗者も代行運転自動車に乗せて目的地まで移動し,もう1人は,随伴用自動車で目的地まで随行します。
④   目的地に着いたら,顧客に顧客車を返して料金を受け取り,その後,2人が随伴用自動車1台で営業所に戻るということを繰り返します。

第3 自動車運転代行業に対する法規制
1 ①過去2年以内に白タク行為等で有罪判決を受けたり,②暴力団と関係があったり,③十分な損害賠償保険に加入していなかったりした場合,自動車運転代行業の認定を受けることはできません(自動車運転代行業法3条2号,4号,6号参照)。
2 平成16年6月1日以降,第二種免許を有しない者は,代行運転自動車を運転することができなくなりました(道路交通法85条11項)。
    代行運転自動車とは,自動車運転代行業を営む者による代行運転役務の対象となっている自動車であり,要するに顧客の自動車のことです。
3 自動車運転代行業者は,その営業の開始前に,利用者から収受する料金を定め,営業所に掲示する必要があります(自動車運転代行業法11条)。
4(1) 自動車運転代行業者は,その営業の開始前に,自動車運転代行業約款を定め,営業所に掲示するとともに(自動車運転代行業法13条1項),国土交通大臣に届け出る必要があります(自動車運転代行業法13条3項)。
    ただし,標準自動車運転代行業約款(平成14年5月24日国土交通省告示第455号)と同じである場合,国土交通大臣への届出は不要です(自動車運転代行業法13条4項)。
(2) 平成28年10月1日施行の標準自動車運転代行業約款等は,国土交通省HPの「自動車運転代行業について」に掲載されています。
5 自動車運転代行業者は,利用者に代行運転役務を提供しようとするときは,利用者が提供を受けようとする代行運転役務の内容を確認した上で,以下の事項を利用者に説明する必要があります(自動車運転代行業法15条,自動車運転代行業法施行規則6条)。
① 代行運転役務を提供する自動車運転代行業者の氏名又は名称及び運転代行業務従事者の氏名
② 営業所に掲示した料金
③ 利用者が自動車運転代行業者に支払うこととなるべき料金の概算額
④ 自動車運転代行業約款の概要
⑤ 随伴用自動車により白タク行為はできないこと。
6 自動車運転代行業者は,①利用者に代行運転役務を提供するときは,代行運転自動車に,代行マーク(代行運転自動車標識)を表示する必要があります(自動車運転代行業法16条)。
    また,②随伴用自動車(顧客の車に随伴する代行業者の車)に,自動車運転代行業者の名称又は記号,認定を行った公安委員会の名称及び認定番号,「代行」「随伴用自動車」という表示をする必要があります(自動車運転代行業法17条)。
7 随伴用自動車に顧客を乗せる行為は白タク行為ですから,道路運送法4条1項に違反します(長野県警察HPの「自動車運転代行業の義務と主な禁止行為」参照)。
    ただし,タクシー会社が行う代行サービスの場合,顧客は随伴用自動車ではなくタクシーに乗車し,タクシー料金を支払うこととなるため,適法です。

第4 自動車運転代行業者の損害賠償措置
1(1) 自動車の使用権者から当該自動車を目的地まで運転する業務を有償で引き受け,代行運転者にも当該業務を行わせた運転代行業者は,自動車損害賠償保障法2条3項の「保有者」に該当します(最高裁平成9年10月31日判決)。
    そのため,自動車運転代行業者が交通事故を起こした場合,自賠法に基づく損害賠償責任を負うこととなります。
(2) 自動車運転代行業者は,代行運転自動車の運行により生じた利用者その他の者の生命,身体又は財産の損害を賠償するための措置を講じておく必要があります(自動車運転代行業法12条)。
    自動車運転代行業者は実務上,運転代行受託保険又は運転代行受託共済に加入しています。
(3) 平成28年10月1日,標準自動車運転代行業約款において,随伴用自動車についても任意保険への加入が義務づけられるようになりました(平成28年3月22日付の国土交通省の,「自動車運転代行業における適正な業務運営に向けた「利用者保護」に関する諸課題への対策」参照)。
    ただし,自動車運転代行業法12条は,随伴用自動車(自動車運転代行業法2条7項)について損害賠償措置を講ずべき義務を定めていません。
2   平成14年6月1日施行の,国土交通省関係自動車運転代行業の業務の適正化に関する法律施行規則(自動車運転代行業法施行規則)3条によれば,以下の条件を満たす損害賠償責任「保険」契約又は損害賠償責任「共済」契約に加入しておく必要があります。
① 代行運転自動車の運行により生じた利用者その他の者の生命,身体又は財産の損害を賠償することによって生ずる損失を告示に定める額以上を限度額としててん補することを内容とするものであること。
→ 自動車運転代行業者が締結すべき損害賠償責任保険契約等の補償限度額及び随伴用自動車の表示事項等の表示方法等を定める告示(平成14年5月17日国土交通省告示第421号)2条によれば,1人当たりの限度額8000万円以上の対人賠償責任保険,1事故につき限度額200万円以上の対物賠償責任保険への加入が義務づけられています。
    なお,平成20年10月1日以降,平成20年6月24日国土交通省告示第781号に基づき,代行運転自動車に係る車両保険・共済への加入が義務づけられるようになり,補償限度額の下限は200万円となっています。
② 自動車運転代行業者の法令違反が原因の事故について補償(代行運転自動車の損害を賠償することによって生ずる損失についての補償を除く。)が免責となっていないこと。
③ 保険期間中の保険金支払額に制限がないこと。
④ 随伴用自動車の台数に応じて契約を締結する場合にあっては、すべての随伴用自動車の台数分の契約を締結すること。
3(1) 自動車保険約款には通常,「記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用または管理中の者。ただし、自動車取扱業者が業務として受託した被保険自動車を使用または管理している間を除きます。」と記載されています。
    そして,「自動車取扱業者が業務として受託した被保険自動車を使用または管理している間」は,自動車運転代行業者が客の自動車を代行運転している間を意味します。
    そのため,自動車運転代行業者が代行運転自動車について交通事故を起こした場合,客の自動車に付いてある任意保険は適用されません。
    その結果,仮に自動車運転代行業者が任意保険に加入していなかった場合,客は,自動車運転代行業者と連帯して,自賠責保険超過金額について,自己負担で交通事故に基づく損害賠償義務を負うことになります。
(2) 公益社団法人全国運転代行協会が認定した優良運転代行業者の場合,随伴車も含めて任意保険に加入しています(外部HPの「優良運転代行業者評価制度」参照)。

第5 顧客として運転代行を利用する際の注意点
1 公益社団法人全国運転代行協会HPの「運転代行利用ガイドライン」には,顧客として運転代行を利用する場合,以下の点に注意するように書いてあります。
① 随伴洋自動車(随伴車)に車名表示等が正しく表示されていますか。
② 事前に目的地までの代行料金の概算について説明を受けましたか。
③ 領収書が必要なとき直ちに発行してもらえましたか。
④ 万一の際の損害賠償措置について説明を受けましたか。 
2 同ガイドラインには,「運転代行ご利用のお客様にお願い」として,以下の記載があります。
お客様をタクシー代わりにお乗せすることは禁止されています。
●運転代行は,タクシーではありません。白タクなどタクシー類似行為を行うことは,法律で固く禁じられています。同じく,お客様をお店からクルマを止めてある駐車場等までお運びする,いわゆるAB間輸送も,白タクと同様に道路運送法で違法行為とされていますので,運転代行ドライバーに要求することは絶対におやめ下さい。 

第6 関連記事その他
1 自動車運転代行業者の業界団体としては,平成8年に警察庁及び運輸省の共管法人として設立された公益社団法人全国運転代行協会があります。
    また,自動車運転代行業を所管しているのは,国土交通省自動車局旅客課旅客運送適正化推進室です(国土交通省組織規則91条及び国土交通省HPの「自動車運転代行業について」参照)。
2 自動車運転代行業の利用者である酔客は,主として、夜間において客に飲食をさせる営業を営む者から酒類の提供を受けて酒気を帯びた状態にある者(自動車運転代行業法2条1項1号)のことです。
3 警察庁HPの「警察庁の施策を示す通達(交通局)」に以下の通達が載っています。
・ 自動車運転代行業に係る損害賠償責任共済の事業を行う事業協同組合等の適正運営について(平成19年7月9日付の警察庁交通局交通企画課長の通達)
・ 自動車運転代行業の業務の適正化に関する法律等の解釈及び運用等について(平成28年3月31日付の警察庁交通局長の通知)
・ 自動車運転代行業の業界団体が実施する違法行為防止活動への協力等について(平成28年4月1日付の警察庁交通局交通企画課長の通達)
・ 自動車運転代行業における適正な業務運営に向けた指導・監督について(平成29年3月29日付の警察庁交通局交通企画課長の通達)
・ 自動車運転代行業の業務の適正化に関する法律等の解釈及び運用等について(令和元年11月20日付の警察庁交通局長の通達)
4 全国運転代行共済協同組合(ZDK)HP「サポート品質を維持したまま低コストを実現した共済制度」に,受託自動車共済制度及び交通事故共済制度が載っています。
5 以下の記事も参照してください。
・ 自動車運送事業の運行管理者等に関するメモ書き
・ タクシー業界に関するメモ書き
・ 自動車運送事業に関するメモ書き

自動車運送事業に関するメモ書き

目次
第1 自動車運送事業の種類
第2 旅客運送及び貨物運送に関する標準運送約款
第3 自動車事故報告書等
第4 自動車運送事業者に対する,飲酒運転関係の規制
第5 事業用自動車と任意保険
第6 事業報告書及び輸送実績報告書
第7 事業用トラックと自家用トラック
第8 貸切バス事業者に対する行政処分の厳格化
第9 宅配便
第10 引越
第11 運送事業者に対する行政処分
第12 自動車事故報告書等
第13 関連記事その他

第1 自動車運送事業の種類
1 自動車運送事業は有償で行うものに限られますところ,具体的には以下のものがあります。
(1) 旅客自動車運送事業(道路運送法3条ないし43条)
ア 一般旅客自動車運送事業(道路運送法3条1号)
(a) 一般乗合旅客自動車運送事業(道路運送法3条1号イ,4条)
→ 例えば,路線バスがあります。
(b) 一般貸切旅客自動車運送事業(道路運送法3条1号ロ,4条)
→ 例えば,貸切バスがあります。
(c) 一般乗用旅客自動車運送事業(道路運送法3条1号ハ,4条)
→ 例えば,タクシー及びハイヤーがありますところ,後者は,前者と異なり,街角での流し営業及びホテル等での付け待ちを行うことができず,運送の引受けを必ず営業所で行う(=営業所を拠点に予約の上で利用される)必要があります(タクシー業務適正化特別措置法2条2項参照)。
イ 特定旅客自動車運送事業(道路運送法3条2号,43条)
→ 特定の者の需要に応じ,一定の範囲の旅客を運送する旅客自動車運送事業をいい,例えば,(a)スクールバス,(b)工場との間の通勤バス,及び(c)介護施設との間の介護輸送バスがあります。
(2) 貨物自動車運送事業(道路運送法46条参照)
ア 一般貨物自動車運送事業(貨物自動車運送事業法2条2項)
→ 例えば,(a)トラック運送,(b)宅配便,(c)バイク便,(d)自転車便及び(e)霊柩車があります。
イ 特定貨物自動車運送事業(貨物自動車運送事業法2条3項)
→ 特定の者の需要に応じ,有償で,自動車を使用して貨物を運送する事業をいい,例えば,荷主限定トラックがあります。
ウ 貨物軽自動車運送事業(貨物自動車運送事業法2条4項)
→ 軽トラック(=軽自動車規格のトラック)による運送業をいいます。
2(1) 自動車運送事業については,国土交通省の運輸監理部長又は運輸支局長の許可を要します(道路運送法88条3項参照)ところ,緑ナンバーを付けています。
ただし,貨物軽自動車運送事業については運輸支局長等への届出で足ります(貨物自動車運送事業法36条1項参照)ところ,黒ナンバーを付けています。
(2) 自動車運送事業に使用されている自動車が交通事故の当事者となった場合,交通事故証明書の「車種」欄に「事業用」と記載されます。
3(1) 貨物自動車運送事業を経営する者は,災害等の場合を除き,有償で旅客の運送をすることができません(道路運送法83条)。
(2) 一般乗合旅客自動車運送事業者は,旅客の運送に付随して,少量の郵便物,新聞紙その他の貨物を運送することができます(道路運送法82条1項)。

第2 旅客運送及び貨物運送に関する標準運送約款
1 旅客運送に関する標準運送約款
旅客運送に関する法律関係は,以下の標準運送約款(道路運送法11条3項参照)を参考に作成され,地方運輸局長の認可(道路運送法88条2項・11条1項)を受けた各社の運送約款によって規律されています。
① 一般乗合旅客自動車運送事業標準運送約款(昭和62年1月23日運輸省告示第49号)
② 一般貸切旅客自動車運送事業標準運送約款(昭和62年1月23日運輸省告示第49号)
③ 一般乗用旅客自動車運送事業標準運送約款(昭和48年9月6日運輸省告示第372号)
2 貨物運送に関する標準運送約款
貨物運送に関する法律関係は,以下の標準運送約款(貨物自動車運送事業法10条3項参照)を参考に作成され,地方運輸局長の認可(貨物自動車運送事業法66条1項・10条1項)を受けた各社の運送約款によって規律されています。
① 標準貨物自動車運送約款(平成2年11月22日運輸省告示第575号)
② 標準貨物軽自動車運送約款(平成15年3月3日国土交通省告示第171号)
③ 標準引越運送約款(平成15年3月3日国土交通省告示第170号)
④ 標準貨物軽自動車引越運送約款(平成15年3月3日国土交通省告示第172号)
⑤ 標準宅配便運送約款(平成2年11月22日運輸省告示第576号)
⑥ 標準霊柩運送約款(平成18年8月31日国土交通省告示第1047号)

第3 自動車事故報告書
1(1) 自動車運送事業者は,その事業用自動車が重大な事故(例えば,死者又は重傷者を生じた事故)を引き起こした場合,事故があった日から30日以内に,運輸支局長等を経由して,国土交通大臣に対し,自動車事故報告書を提出する必要があります(一般旅客自動車運送事業者につき道路運送法29条,貨物自動車運送事業者につき貨物自動車運送事業法24条・35条6項前段)。
(2) 自動車事故報告書の様式は,自動車事故報告規則(昭和26年12月20日運輸省告示第104号)3条で定められています。
2(1) 国土交通省自動車局は,道路運送法29条の2及び貨物自動車運送事業法24条の2に基づき,「自動車運送事業用自動車事故統計年報」を公表しています(自動車総合安全情報HP「事業用自動車の事故報告件数の推移等」参照)。
(2) 従前の「自動車交通局」は,平成23年7月1日政令第203号(同日施行)に基づく国土交通省組織令(平成12年6月7日政令第255号)の改正により,「自動車局」に名称が変更されました。
3 自動車運送事業者が国土交通大臣に対して自動車事故報告書を提出していなかった場合,事業用自動車の使用の停止又は事業の停止を命じられる他,車検証を返納させられることがあります(一般旅客自動車運送事業者につき道路運送法40条及び41条,貨物自動車運送事業者につき貨物事業者運送事業法33条及び34条・35条6項前段)。
4 自動車運送事業者は,その事業用自動車が特に重大な事故(例えば,2人以上の死者を生じた事故)を引き起こした場合,運輸支局長等に対し,電話,ファクシミリその他適当な方法により,24時間以内においてできる限り速やかに,その事故の概要を速報する必要があります(自動車事故報告規則4条)。
5 自動車運送事業者は,事業用自動車に係る事故が発生した場合,事故に関する記録を作成し,3年間,営業所で保存する必要があります(一般旅客自動車運送事業者につき旅客自動車運送事業運輸規則26条の2,貨物自動車運送事業者につき貨物自動車運送事業輸送安全規則9条の2)。
6(1) 国土交通省北陸信越運輸局HP「自動車事故報告について」及び「自動車事故報告書の記載例」が参考になります。
(2) 地方運輸局長に対し,自動車事故報告書について行政文書開示請求をした場合における開示範囲については,平成29年度(行情)答申第347号)が参考になります。

第4 自動車運送事業者に対する,飲酒運転関係の規制
1 国土交通省は,「事業用自動車に係る総合的安全対策委員会」によりまとめられた『事業用自動車総合安全プラン2009』(平成21年3月27日発表)を踏まえ,平成22年4月28日国土交通省令第30号に基づき(a)旅客自動車運送事業運輸規則(昭和31年8月1日運輸省令第44号)及び(b)貨物自動車運送事業輸送安全規則(平成2年7月30日運輸省令第22号)を改正することで,自動車運送事業者に対し,以下の規制を実施するようになりました。
① 平成22年4月28日からの規制
・   酒気を帯びた乗務員を乗務させてはならないことが明文化されました(旅客自動車運送事業運輸規則21条4項,貨物自動車運送事業輸送安全規則3条5項)。
・ 「酒気を帯びた状態」は,道路交通法施行令44条の3に規定する血液中のアルコール濃度0.3mg/mℓ又は呼気中のアルコール濃度0.15mg/ℓ以上であるか否かを問いません。
② 平成23年5月1日からの規制
・ 事業者は,点呼時に酒気帯びの有無を確認する場合には,目視等で確認するほか,アルコール検知器を用いてしなければならなくなりました(旅客自動車運送事業運輸規則24条3項前段,貨物自動車運送事業輸送安全規則7条4項前段)。
・ アルコール検知器は,アルコールを検知して,原動機が始動できないようにする機能を有するもの(=アルコール・インターロック装置)を含みます。
・ 事業者は,営業所ごとにアルコール検知器を備え,常時有効に保持しなければならなくなりました(旅客自動車運送事業運輸規則24条3項後段,貨物自動車運送事業輸送安全規則7条4項後段)。
2 ②の規制は当初,平成23年4月1日から実施される予定でありましたものの,東日本大震災が発生したため,平成23年3月31日国土交通省令第18号に基づき,規制開始が1ヶ月先延ばしにされました。

第5 事業用自動車と任意保険
1 事業用自動車とは,自動車運送事業者がその自動車運送事業の用に供する自動車をいい(道路運送法2条8項),緑ナンバー(軽自動車の場合は,黒ナンバー)が交付されます。
具体的には,①タクシー,②バス及び③他人の貨物を有償で運送するトラックのことです。
2 タクシー,バス等の場合,旅客自動車運送事業運輸規則(昭和31年8月1日運輸省令第44号)19条の2に基づき制定された「旅客自動車運送事業者が事業用自動車の運行により生じた旅客その他の者の生命、身体又は財産の損害を賠償するために講じておくべき措置の基準を定める告示」(平成17年4月28日国土交通省告示第503号)により,すべての事業用自動車について,1人当たりの限度額8000万円以上の対人賠償責任保険,1事故につき限度額200万円以上の対物賠償責任保険への加入が義務づけられています。
そのため,タクシー,バス等に起因する交通事故の場合,事業者に法令違反がない限り,常に任意保険による対応がなされることとなります。
3 トラック事業者は,「貨物」自動車運送事業者であって,「旅客」自動車運送事業者ではありませんから,前述した告示が当然に適用されるわけではありません。
ただし,貨物自動車運送事業の許可基準の一つに,任意保険を締結するなどして十分な損害賠償能力を有することが必要とされていますから,事業者に法令違反がない限り,ほぼ常に任意保険による対応がなされることとなります。

第6 事業報告書及び輸送実績報告書
1 旅客自動車運送事業者は,運送事業の内容に応じて,毎年,国土交通大臣,管轄地方運輸局長又は管轄運輸支局長に対し,事業報告書及び輸送実績報告書を提出する必要があります(道路運送法94条1項,旅客自動車運送事業等報告規則2条)。
2 貨物自動車運送事業者は,運送事業の内容に応じて,毎年,国土交通大臣又は管轄地方運輸局長に対し,事業報告書及び事業実績報告書を提出する必要があります(貨物自動車運送事業法60条1項,貨物自動車運送事業報告規則2条)。

第7 事業用トラックと自家用トラック

1 トラックには事業用トラックと自家用トラックがあります。
2(1) 事業用トラックは有償でお客様の荷物を運ぶトラックです。
(2) 自家用トラックは自分の荷物を運ぶために個人又は団体が保有しているトラックであり,対価を得て荷物を運ぶことはできません。
3 事業用トラックのナンバープレートは緑地に白い文字,自家用トラックのナンバープレートは白地に緑の文字です。
そのため,事業用トラックは緑ナンバー,自家用トラックは白ナンバーとも呼ばれています。
4 平成26年12月1日,車両総重量7トン以上又は最大積載量4トン以上の事業用トラック(=緑ナンバーのトラック)についても,運行記録計(タコグラフ)の装着が義務づけられました(全日本トラック協会HPの「運行記録計(タコグラフ)の装着義務付け対象拡大について」参照)。

第8 運送事業者に対する行政処分
1(1) 地方運輸局長は,国土交通大臣の委任(道路運送法88条2項,貨物自動車運送事業法66条1項)に基づき,自動車運送事業者に対し,事業停止命令,事業取消等の行政処分をすることができます(旅客自動車運送事業につき道路運送法40条及び41条,貨物自動車運送事業につき貨物自動車運送事業法33条及び34条)
(2) 国土交通省の自動車総合安全情報HPの「行政処分の基準」を見れば,乗合バス,貸切バス,ハイヤー及びタクシー並びにトラックに対する行政処分の基準が分かります。
(3) 国土交通省の自動車総合安全情報HPの「事業者の行政処分情報検索」を見れば,バス,トラック及びタクシーに対する過去3年間の行政処分等の状況が分かります。
2 自動車運送事業者については,自動車運送事業等監査規則(昭和30年12月24日運輸省令第70号)に基づく監査が実施されています。
3(1) 外部HPの「監査・行政処分」には,一般貨物自動車運送事業に対する監査・行政処分のことが書いてあります。
(2) 監査としては,特別巡回指導,呼び出し指導,巡回監査及び特別監査があります。
(3) 行政処分としては,違反に応じた日車数の自動車の使用停止処分のほか,点数制度による行政処分として,処分日車数10日(車両×日)ごとに1点と換算した点数に基づき,当該営業所の業務停止処分,全営業所の事業停止処分及び事業許可の取消しがあります。
点数制度によらない行政処分として,事業許可の取消しがあります。
4 外部HPの「監査から行政処分の流れ(一般貨物自動車運送事業)」によれば,監査が来てもすぐに車両停止になるわけではないとのことです。

第9 貸し切りバス事業者に対する行政処分の厳格化
・ 国土交通省HPの「貸切バス事業者のみなさまへ 行政処分等の基準が厳しくなります 平成28年12月1日施行」には以下の記載があります(ナンバリングを改めました。)。
1 監査関係
(1) 運行中の車両について、街頭監査で違反があり、その場で是正できない場合、「輸送の安全確保命令」が発動され、是正するまでの間、違反した車両が使用できなくなります。また、指摘された違反をもとに、30日以内に事業者に対する監査を行い、法令違反の有無を確認します。
(2) 以下の緊急を要する重大な法令違反が確認された場合は、「輸送の安全確保命令」が発動され、是正できるまでの間、違反事項と関係する全ての車両が使用できなくなります。この場合、事業停止の処分を受けることとなり、それでもなお、是正されない場合は、許可取消となります。
① 運行管理者が全く不在(選任なし)の場合
② 整備管理者が全く不在(選任なし)の場合であって、定期点検整備を全く実施していない場合
③ 全ての運転者が健康診断を受診していない場合
④ 運転者に対して指導監督及び特別な指導を全く実施していない場合
(3) 監査で(2)以外の違反が確認された場合は、30日以内に是正状況を確認する監査を実施します。
(4) 監査(1回目)において指摘した違反(軽重にかかわらず)が、確認監査(2回目)で一部でも改善が確認できない場合、「輸送の安全確保命令」が発動され、命令後に改善が確認(30日以内)できた場合は、3日間の事業停止、確認できない場合は、許可取消となります。
2 行政処分関係 
(1) 使用を停止させる車両数の割合が、保有車両数の8割になります。
(例)保有車両数5両、処分100日車の場合⇒ 4両を25日間停止
(2) 輸送の安全に係る違反の処分量定を引き上げます。
(主なもの)
① 運賃料金届出違反(現行)20日車⇒ (改正)60日車
② 健康診断の未受診
【未受診者数】(現行)半数以上10日車⇒ (改正)3名以上40日車
③ 適性診断の未受診
【受診なし2名以上】(現行) 10日車⇒ (改正) 40日車
④ 運転者への特別な指導・監督違反(運転者への教育関係)
【大部分不適切】(現行) 10日車⇒ (改正) 40日車
⑤ 各種記録類の改ざん・不実記載(現行)30日車⇒ (改正)60日車
⑥ 輸送の安全確保命令等各種の命令違反
(現行)60日車⇒ (改正)許可取消
3 運行管理者に対する行政処分関係
(1) 繰り返し法令違反を是正しない事業者が許可取消となった場合、勤務する運行管理者全員に対し、資格者証の返納が命ぜられます。

(2) 重大事故等を引き起こし監査を実施した結果、運行の安全確保に関わる量定が120日車以上となった場合、統括運行管理者だけでなく、違反に関わった運行管理者全員の資格者証の返納が命ぜられます。
(3) 運行管理者が飲酒運転又は薬物運転した場合、自家用車の運転でも資格者証の返納が命ぜられます。

第10 宅配便
1 宅配便に関する法律関係は,標準宅配便運送約款(平成2年11月22日運輸省告示第576号)貨物自動車運送事業法10条3項参照)を参考に作成され,地方運輸局長の認可(貨物自動車運送事業法66条1項・10条1項)を受けた各社の宅配便運送約款によって規律されています。
2(1)   宅配便は,低額な運賃によって大量の小口の荷物を迅速に配送することを目的とした貨物運送であって,その利用者に対し多くの利便をもたらしているものです。
宅配便を取り扱う貨物運送業者に対し,安全,確実かつ迅速に荷物を運送することが要請されることはいうまでもありませんが,宅配便が有する右の特質からすると,利用者がその利用について一定の制約を受けることもやむを得ないところであって,貨物運送業者が一定額以上の高価な荷物を引き受けないこととし,仮に引き受けた荷物が運送途上において滅失又は毀損したとしても,故意又は重過失がない限り,その賠償額をあらかじめ定めた責任限度額に限定することは,運賃を可能な限り低い額にとどめて宅配便を運営していく上で合理的なものであると解されています(
最高裁平成10年4月30日判決参照)。
(2) 例えば,ヤマト運輸でいえば,①通貨(紙幣,硬貨)若しくは金券,有価証券,宝石類,美術品又は骨董品が荷物となる場合(宅配便利用約款6条1項),及び②一個の荷物の申告価格が30万円を超える場合(宅配便利用約款6条2項),荷物の引受を拒絶されることがあります(ヤマト運輸HPの「各種約款」参照)。
また,荷物の紛失等があったとき,運送契約上の責任限度額は30万円ですから,①債務不履行に基づく損害賠償請求権を行使した場合,30万円が損害賠償金の上限となります(宅配便利用約款24条)し,②不法行為に基づく損害賠償請求権を行使した場合でも,30万円が損害賠償金の上限となります(最高裁平成10年4月30日判決)。
3(1) 荷物の毀損についての運送業者の責任は,荷物の引渡しがあった日から3ヶ月以内に通知を発しない限り,消滅します(標準宅配便運送約款24条1項)。
(2) 運送業者の責任は,荷受人が荷物を受け取った日から1年を経過したときは,時効によって消滅します(標準宅配便運送約款27条1項)。
4 近畿運輸局HPの「宅配便の利用について」が参考になります。

第11 引越
1 引越に関する法律関係は,標準引越運送約款(平成2年11月22日運輸省告示第577号)(貨物自動車運送事業法10条3項参照)を参考に作成され,地方運輸局長の認可(貨物自動車運送事業法66条1項・10条1項)を受けた各社の引越運送約款によって規律されています。
2 引越業者が引越運送等に要する運賃及び料金について見積もりを出した場合でも,見積を行う前に金額について申込者の了解を得た上で発送地又は到達地で行われた下見に要した費用を除き,見積料なり,内金,手付金等なりを請求することはありません(標準引越運送約款3条)。
3 現金,有価証券,宝石貴金属,預金通帳,キャッシュカード,印鑑等荷送人において携帯することのできる貴重品については,引受を拒絶されることがあります(標準引越運送約款4条2項)。
4 荷物の一部の滅失又は毀損についての運送業者の責任は,荷物の引渡しがあった日から3ヶ月以内に通知を発しない限り,消滅します(標準引越運送約款25条1項)。
5 荷物の滅失,毀損又は遅延についての運送業者の責任は,荷受人等が荷物を受け取った日から1年を経過したときは,時効によって消滅します(標準引越運送約款27条1項)。
6 近畿運輸局HPの「引越しのいろは」が参考になります。

第12 関連記事その他
1 特別積合せ貨物運送とは,一般貨物自動車運送事業として行う運送のうち,営業所その他の事業場(以下「事業場」といいます。)において集貨された貨物の仕分けを行い,集貨された貨物を積み合わせて他の事業場に運送し,当該他の事業場において運送された貨物の配達に必要な仕分けを行うものであって,これらの事業場の間における当該積合せ貨物の運送を定期的に行うものをいい(貨物自動車運送事業法2条6項),30キログラム以下の貨物を取り扱う宅配便は特別積合せ貨物運送の一種です。
2 「人間」はその死を境に「物」に変わるため,その「物」である遺体を輸送する霊柩運送事業は,貨物自動車運送事業として取り扱われています。
3(1) トラック会社の記録の保存期間につき,長野県トラック協会HP「営業所で保存管理の必要な運行管理・整備管理関係の帳票類一覧」及び「点呼記録簿・運転日報・運転者台帳等の帳票類の保存期間はどのくらい?」が参考になります。
(2) 国土交通省HPの「自動車交通関係事業」には,バス,タクシー,自家用有償旅客運送,レンタカー,運転代行,トラック,自動車登録,自動車整備,軽自動車検査協会等が載っています。
4 国土交通省HPに「トラック運送事業者の法令違反行為に荷主の関与が判明すると荷主名が公表されます!」(平成29年7月1日開始の,新たな荷主勧告制度に関するもの)が載っています。
5 国立国会図書館HPレファレンスにつき,平成25年6月号に「バス高速輸送システム(BRT)-導入事例と論点-」が載っていて,平成30年9月号に「トラック運送の現状と課題」が載っています。
6(1) 高速道路上で交通事故を起こした場合,通行止めによって発生した損害について賠償責任を追うことは考えにくいみたいです(日々の話題 これって何?ブログ「高速の事故渋滞!返金は可能?損害賠償はしてもらえるの?」参照)。
(2) 高速道路の復旧作業費用等については当然,損害賠償責任が発生します。
7 以下の記事も参照してください。
・ 自動車運送事業の運行管理者等に関するメモ書き
・ 貨物軽自動車運送事業(軽貨物運送業)
・ タクシー業界に関するメモ書き

タクシー業界に関するメモ書き

目次
第1 道路運送法に基づく規制
第2 旅客自動車運送事業運輸規則に基づく規制
第3 タクシー業務適正化特別措置法(タク特法)に基づく規制(指定地域及び特定指定地域)
1 総論
2 指定地域及び特定指定地域
3 タクシー運転者登録制度
4 適正化事業実施機関としてのタクシーセンター
第4 タクシー特措法に基づく供給過剰対策(特定地域及び準特定地域)
第5 タクシー特措法に基づく公定幅運賃制度
第6 タクシー事業の運送原価
第7 タクシーの営業形態等
第8 ハイヤー
第9 タクシー会社の労務管理
1 総論
2 拘束時間及び休息期間
3 タクシーの日勤勤務者の場合
4 タクシーの隔日勤務者の場合
5 休憩時間
6 時間外労働及び休日労働の限度
7 乗務距離の最高限度
8 根拠となる告示等
第10 変形労働時間制
第11 関連記事その他

第1 道路運送法に基づく規制
1(1) タクシー運転手は,法令所定の事由がない限り,運送の引受を拒絶することはできません(道路運送法13条)。
つまり,正当な理由のない乗車拒否は禁止されており,違反に対しては100万円以下の罰金が予定されています(道路運送法98条6号)。
(2) タクシー運転手は,急病人を運送する場合その他正当な事由がない限り,運送の申込みを受けた順序により,旅客の運送をする必要があります(道路運送法14条)。
(3) タクシー会社は,タクシー運転手の過労運転を防止するために必要な措置を講じる必要があります(道路運送法27条1項)。
2(1) 平成14年1月31日までは,自動車運送事業は免許制であり,供給輸送力が輸送需要量に対し不均衡とならないこと等が免許を受ける条件とされ,需給調整規制がなされていました(道路運送法4条1項で免許制を定めていたことが憲法22条1項に違反しないことにつき最高裁昭和62年10月1日判決(先例として,最高裁大法廷昭和38年12月4日判決))。
    しかし,道路運送法及びタクシー業務適正化臨時措置法の一部を改正する法律(平成12年5月26日法律第86号)が施行された平成14年2月1日以後,自動車運送事業は許可制となって需給調整規制が廃止され,①営業所,②車両数,③車庫,④休憩・仮眠体制,⑤運行管理体制,⑥運転者・運行管理者・整備管理者,⑦資金計画,⑧損害賠償能力等の一定の条件を満たせば当然に許可が下りるようになりました(いわゆる「タクシー規制緩和」)。
(2) 道路運送法には緊急調整地域の制度があったものの,これは供給過剰の状況が発生した場合に新規参入や増車を禁止するという,いわば供給過剰の拡大防止措置しかありませんでした。
3 平成21年10月1日,タクシー適正化・活性化特別措置法(タクシー特措法)が施行され,平成26年1月27日,改正タクシー特措法が施行されました。
これにより,供給力削減及び需要活性化の両面からのタクシー供給過剰対策が推進されるようになりました。

第2 旅客自動車運送事業運輸規則に基づく規制(交通事故関係)
1 旅客自動車運送事業運輸規則 (昭和31年8月1日運輸省令第44号)は,事業者,運行管理者,乗務員,旅客等に関する事項を定めています。
2 旅客自動車運送事業者は,事業用自動車の運行により生じた旅客その他の者の生命,身体又は財産の損害を賠償するための措置であつて,国土交通大臣が告示で定める基準(平成17年4月28日国土交通省告示第502号のことです。)に適合するものを講じておかなければなりません(旅客自動車運送事業運輸規則19条の2)。
3(1) タクシーが交通事故を起こした場合,30日以内に,以下の事項を含む交通事故の記録を作成し,当該記録を3年間保存する必要があります(旅客自動車運送事業運輸規則26条の2参照)。
① 乗務員の氏名
② 事業用自動車の自動車登録番号その他の当該事業用自動車を識別できる表示
③ 事故の発生日時
④ 事故の発生場所
⑤ 事故の当事者(乗務員を除く。)の氏名
⑥ 事故の概要(損害の程度を含む。)
⑦ 事故の原因
⑧ 再発防止対策
(2)   「事故の概要(損害の程度を含む。)」にはドライブレコーダーの記録が含まれます(「旅客自動車運送事業運輸規則の解釈及び運用について」26条の2参照)。

第3 タクシー業務適正化特別措置法(タク特法)に基づく規制(指定地域及び特定指定地域)
1 総論
(1) タクシー業務適正化特別措置法(昭和45年5月19日法律第75号)(略称は「タク特法」です。)は,タクシーの運転者の登録を実施し、指定地域において輸送の安全及び利用者の利便の確保に関する試験を行うとともに、特定指定地域においてタクシー業務適正化事業の実施を促進すること等の措置を定めています(タク特法1条参照)。
(2) 制定当初の法律名はタクシー業務適正化臨時措置法でしたが,平成14年2月1日,現在の法律名となりました。
2 指定地域及び特定指定地域
(1) 指定地域及び特定指定地域は,いわゆる流し営業中心の地域であり,以前は政令で指定されていましたが,現在は国土交通大臣告示で指定されています(タクシー業務適正化特別措置施行規程(平成26年1月24日国土交通省告示第57号)参照)。
(2) 指定地域とは,タクシーによる運送の引受が専ら営業所以外の場所で行われ、乗車拒否等輸送の安全及び利用者の利便を確保することが困難となるおそれがある行為の状況に照らし、タクシー事業の適性化を図る必要があると認められる地域をいいます(タク特法2条5項)。
    特定指定地域とは,指定地域のうち,特に利用者の利便を確保する観点からタクシー事業の業務の適正化を図る必要があると認められる地域うぃいます(タク特法2条6項)。
(3)ア 東京都の特定指定地域は,東京都特別区,武蔵野市及び三鷹市です。
    大阪府の特定指定地域は,大阪市,堺市(美原区を除く),豊中市,池田市,吹田市,泉大津市,高槻市,守口市,茨木市,八尾市,和泉市,箕面市,門真市,摂津市,高石市,東大阪市,三島郡島本町及び泉北郡忠岡町です。
神奈川県の特定指定地域は,横浜市,横須賀市及び三浦市です。
イ 平成22年4月1日,神奈川県が特定指定地域に追加されました。
3 タクシー運転者登録制度
(1) 平成20年6月14日,タクシー運転者登録制度(タク特法3条参照)が2の指定地域(東京及び大阪)から13の指定地域(札幌,仙台,さいたま,千葉,東京,横浜,名古屋,京都,大阪,神戸,広島,北九州,福岡)に拡大されました(国土交通省HPの「法人タクシー運転者登録制度を開始します~指定地域を全国13地域に拡大~」参照)。
(2)ア 平成27年10月1日,タクシー運転者登録制度(タク特法3条参照)が13の指定地域(札幌,仙台,さいたま,千葉,東京,横浜,名古屋,京都,大阪,神戸,広島,北九州,福岡)から全国に拡大されました(国土交通省HPの「タクシー運転者登録制度を全国に拡大します~主な政令指定都市から全ての地域へ~」参照)。
    これにより,全国において運輸局長が認定する講習を受講・修了し,タクシー運転者登録を受けないと,法人タクシーに乗務することができなくなりました。
イ 大阪の場合,公益財団法人大阪タクシーセンターがタクシー運転者登録を担当しています(大阪タクシーセンターHPの「登録課」参照)。
そして,法人タクシーについては運転者証を,個人タクシーについては事業者乗務証を発行しています。
ウ タクシー運転手は,登録タクシー運転者証をタクシーに表示する必要があります(タクシー業務適正化特別措置法13条本文)。
(3) 平成27年10月1日,13の指定地域においては,講習の受講・修了に加えて,新たに「輸送の安全及び利用者の利便の確保に関する試験」(法令,安全,接遇及び地理)の合格が必要となりました。
    ただし,従前から,東京都,大阪府及び神奈川県の特定指定地域(タク特法2条6項,タクシー業務適正化特別措置施行規程2条2項)においてタクシー運転手となろうとする場合,適正化事業実施機関が実施する地理試験に合格する必要がありました(タクシー業務適正化特別措置法48条及び49条)。
(4)ア 登録タクシー運転者が悪質な法令違反を行ったり,重大事故を惹起したりした場合,運輸局長が登録の取消処分を行い,一定期間,全国どの地域においてもタクシーの乗務ができなくなります(タク特法9条1項)。
イ 軽微な違反の場合は警告を行うとともに違反点数を付与し,一定の点数に達した場合は地方運輸局長から講習の受講命令が出されます(タク特法18条の2)。
(5) 登録タクシー運転者に対する処分基準は,「登録運転者等に対する行政処分等の基準について」(平成27年10月1日付の関東運輸局長等の公示)に書いてあります。
4 適正化事業実施機関としてのタクシーセンター
(1) 適正化事業実施機関は,タクシー業務適正化特別措置法34条に基づく機関であります(国土交通省HPの「タクシー業務適正化特別措置法に規定する適正化事業の概要について」参照)ところ,以下の三つがあります。
① 公益財団法人東京タクシーセンター
・ 「インターネットによる苦情受付」を利用すれば,インターネット経由で苦情を出すことができます。
② 公益財団法人大阪タクシーセンター
・ 「苦情の受付」を利用すれば,インターネット経由で苦情を出すことができます。
③ 一般財団法人神奈川タクシーセンター
・ 「苦情について」を利用すれば,インターネット経由で苦情を出すことができます。
(2)ア 東京都,大阪府及び神奈川県の特定指定地域に事業所のあるタクシーから乗車拒否をされたり,下車を強要されたり,接客に問題があったりした場合,タクシーセンターに対して苦情を出すことができます。
イ 正当な理由のない乗車拒否は,道路運送法13条及び旅客自動車運送事業運輸規則13条に違反する行為です。
(3) タクシー会社の道路交通法違反,交通事故に関する対応等について,タクシーセンターに苦情を出すことはできません。
(4) タクシー業務適正化特別措置法34条は以下のとおりです。
(適正化事業実施機関の指定)
第三十四条   特定指定地域内におけるタクシー事業に係る次の業務を行う者で特定指定地域ごとに国土交通大臣の指定するもの(以下「適正化事業実施機関」という。)は、当該業務の実施に必要な経費に充てるため、当該特定指定地域内に営業所を有するタクシー事業者から負担金を徴収することができる。
一  タクシーの運転者の道路運送法に違反する運送の引受けの拒絶その他同法 又はこの法律に違反する行為の防止及び是正を図るための指導
二  タクシーの運転者の業務の取扱いの適正化を図るための研修
三  タクシー事業の利用者からの苦情の処理
四  タクシー乗場その他タクシー事業の利用者のための共同施設の設置及び運営
2  前項の指定は、指定を受けようとする者の申請により行なう。

第4 タクシー特措法に基づく供給過剰対策(特定地域及び準特定地域)
1(1)ア 平成21年10月1日,特定地域及び準特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法(平成21年6月26日法律第64号)(略称は「タクシー適正化・活性化特別措置法」,「タクシー特措法」です。)が施行されました。
    これにより,供給過剰の問題が生じている地域を国土交通大臣が特定地域として指定した上で(タクシー特措法3条),特定地域ごとに事業者,行政,利用者,労働者,有識者などで構成される協議会が作成する地域計画に基づいて,協議会に参加する各事業者が供給力の削減のための減車などの取り組み(供給力削減)と,需要を拡大させるための活性化の取り組み(需要活性化)を自主的に実施していくことができる制度が導入されました(一般財団法人運輸総合研究所HP「議員立法で成立した改正タクシー特措法等の概要について」参照)。
イ 制定当初は,「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法」という法律名でしたが,平成26年1月27日,現在の法律名になりました(国土交通省自動車局旅客課の「タクシー「サービス向上」「安心利用」推進法が施行されました!」参照)。
(2) 自交総連HP「規制強化と減車の実現」が参考になります。
自交総連は,全国自動車交通労働組合総連合会の略称であり,ハイヤー・タクシー,自動車教習所及び観光バス労働者の労働組合です。
2(1) タクシー特措法の下で,全国的に,また,個々の地域の大半において,一日当たりの売り上げ(日車営収)と運転者の賃金はそれまでの下落傾向から回復に転じました。
以後両者は緩やかな上昇を続けてきましたが,施行後3年以上を経て,それらの上昇の度合いや供給過剰の解消効果は,法制定当初に期待されたよりも小さい水準にとどまっていて不十分ではないか,との指摘や意見もありました。
    また,全国で約640のタクシー営業区域のうち,区域数ベースでその約四分の一,法人車両台数ベースで約9割に当たる営業区域が特定地域として指定され,各地域において自主的な減車や需要の活性化の取り組みが各社で自主的に進められたものの,自主的な取り組みであるがゆえに3年が経過する中で減車ペースも低下していた面や,減車に積極的に取り組む事業者と全く消極的な事業者との間に不公平感が生じ,これが減車が停滞する一因ともなっていた面もあり,今後における供給過剰対策の円滑な進捗の確保が大きな課題となっていました(一般財団法人運輸総合研究所HP「議員立法で成立した改正タクシー特措法等の概要について」参照)。
    そこで,平成25年11月,タクシーサービス向上・安心利用推進法に基づき,タクシー特措法が改正されました。
(2) 平成26年1月27日,タクシー特措法が施行されました。
    これにより,道路運送法に基づく「新規参入は許可制,増車は届出制」という規制緩和の原則は引き続き維持したまま,供給過剰対策が必要な地域について,改正前の特定地域のみの制度から特定地域と準特定地域という二本立ての制度とした上で,特定地域として指定されている期間中における供給過剰対策の取り組みについて,一定の場合には減車などの供給力の削減を義務付ける方法により効果的に実施できるようになりました。
(3)ア 期間3年で指定される準特定地域(大臣指定)の場合,新規参入は許可制であり,増車は認可制であり,公定幅運賃(下限割れには変更命令)が定められています(国土交通省HPの「タクシー「サービス向上」「安心利用」推進法による制度変更のポイント」参照)。
    準特定地域の規制内容は,改正前のタクシー特措法に基づく特定地域の規制内容とほぼ同じです。
イ   期間3年で指定される特定地域(大臣指定・運輸審議会諮問)の場合,新規参入及び増車は禁止されていますし,強制力ある供給削減措置が定められていますし,公定幅運賃(下限割れには変更命令)が定められています。
(4) 改正タクシー特措法に基づく政令,省令,告示,通達及びガイドラインは,東京交通新聞HPの「「改正タクシー事業適正化・活性化特別措置法」運用基準の詳細」に載っています。
3(1) 具体的にどの交通圏(営業区域)が準特定地域に該当するかについは,特定地域及び準特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法施行規程(平成26年1月24日国土交通大臣告示第56号)で定められています。
    大阪府の場合,①大阪市域交通圏,②北摂交通圏,③河北交通圏,④河南B交通圏,⑤泉州交通圏及び⑥河南交通圏が準特定地域に指定されています。
    そのため,現在,大阪府の交通圏で準特定地域に該当しないのは,⑦豊能郡(とよのぐん)交通圏だけです。
(2) 平成28年7月1日時点のタクシー特措法に基づく特定地域は,自交総連HP「タクシー特定地域特措法 特定地域(2016年7月1日現在)」に掲載されています。
近畿地方では,大阪市域交通圏,神戸市域交通圏及び奈良市域交通圏が特定地域となっています。
(3)   大阪府下の交通圏に関する地図は,一般社団法人大阪タクシー協会HPに掲載されています。
    交通圏というのは,輸送の安全,旅客の利便等を勘案して,地方運輸局長(例えば,近畿運輸局長)が定める区域のことであり(道路運送法5条1項3号,道路運送法施行規則5条),タクシーの営業区域を意味します。

第5 タクシー特措法に基づく公定幅運賃制度
1 平成26年1月27日施行の改正タクシー特措法により、タクシーの供給過剰地域において過度な運賃競争を是正することを目的として,タクシー公定幅運賃制度が導入されました。
2 平成28年10月21日,国土交通省は,大阪高裁等で確定したタクシー運賃変更命令差止請求訴訟に対する判決(大阪高裁平成28年6月17日判決。外部HPの「格安タクシー訴訟に見る公定幅運賃制度と差止訴訟」参照)の趣旨を踏まえ,タクシー利用者の利便性向上等の観点から,下限割れ事業者が存在する地域において,下限割れ事業者の経営実態を考慮しつつ,下限運賃の見直しを行いました(国土交通省HPの「タクシー公定幅運賃の見直しについて」参照)。

第6 タクシー事業の運送原価
1 「タクシー事業に係る運賃制度について(第2回会議(H21.6.4)分)」6頁の「総走行キロ(1km)当たりの運送原価」によれば,東京地区の運送原価は179.86円であり,名古屋地区は154.14円です(なぜか大阪地区の運送原価は書いていないです。)。
2 タクシー事業の運送原価の内訳は以下のとおりです。
① 営業費
・ 運送費及び一般管理費に分かれます。
・ 運送費は,人件費(運転者人件費及びその他人件費),燃料油脂費,車両修繕費,車両償却費,その他運送費に分かれます。
    その他人件費は,運行管理者,整備管理者及び事務員の人件費です。
・ 一般管理費は,人件費(役員報酬及びその他),諸税(主として事業税),その他に分かれます。
② 営業外費用
・ 金融費用(車両購入費,施設改善費),車両売却損(車両売却に係る費用)及びその他に分かれます。
③ 適正利潤

第7 タクシーの営業形態等
1 タクシーの営業形態には以下の3種類があります。
① 流し
・   街中を走りながら,タクシーに乗りたがっているお客さんを探すことをいいます。
② 付け待ち
・   駅前,ホテル,病院前などに設置されたタクシー乗り場でお客さんを待つことをいいます。
③ 無線配車
・   街中や駅前等でタクシーを拾わずに,タクシー会社に電話をかけるお客さんを乗せるために,そのお客さんのところに最寄りのタクシーを向かわせることをいいます。
・ 無線配車の場合,迎車料金が加算されます。
2 タクシードライバー求人君HPの「超初心者必見!タクシードライバーは基本の「流し」を極めるべし。おさえるべき5つのコツ」が参考になります。
3 タクシー業界用語については,外部HPの「【タクシー業界用語】乗務員の間で使われる専門用語や隠語まとめ」が参考になります。
4 国土交通省HPの「タクシー事業の現状」によれば,平成26年3月31日現在,全国のタクシー事業の規模として,車両台数が23万848両,輸送人員が15億9391万人,営業収入が1兆6753億円となっています。
5 WEBCARTOP HP「お客さんを送った帰りのタクシー・高速料金は誰が払う?」に以下の記載があります。
    タクシー運転手の歓迎するお客は、“深夜のロング客”である。ロングとは長距離利用客のこと。東京の都心からの場合、同じロングでも昼間や朝夕の通勤時間帯では、目的地へ向かうか、あるいは帰路で必ずといっていいほど交通渋滞に遭遇するので、時間がかかり効率が悪いということであまり歓迎されない。
    交通量もめっきり減った深夜のロング客ならば、時間の効率も良いので、お客さえいれば、何本も往復することが可能であり、しかも料金は深夜割増となるので歓迎されるのだ。
さらに深夜のロング客で歓迎されるのが高速道路利用客。ロングのお客でも一般道で向かうように指示するひとも結構いるようなので、そのような場合にはロング自体は歓迎だが、運転手の喜びは少々ダウンする。
    しかし「上(高速道路/首都高速はほとんど高架だから)使ってください」などとお客に言われれば、深夜でも眠気も吹き飛びたちまち饒舌になってくる運転手も多い。ちなみに、お客を目的地まで乗せていくときの高速料金は当然ながらお客負担となる。

第8 ハイヤー
1 ハイヤーは,営業所,車庫等を拠点に利用客の要請に応じて配車に応じる自動車のことです。
2(1) 道路運送法にはハイヤーを定義する条文は特に存在せず,ハイヤーはタクシーの一種として位置づけられています。
(2) タク特法では以下のとおり定義されています。
タクシーは,一般乗用旅客自動車運送事業を経営する者がその事業の用に供する自動車でハイヤー以外のものをいいます(タク特法2条1号)。
    ハイヤーは,一般乗用旅客自動車運送事業を経営する者がその事業の用に供する自動車で当該自動車による運送の引受けが営業所のみにおいておこなわれるものをいいます(タク特法2条2号)。
3(1) タクシーの場合,旅客との運送契約は乗車から降車までとなりますし,課金区間も乗車地から降車地までとなります。
    ただし,乗客がタクシーの配車を依頼した場合,迎車料金が別途発生します。
(2)   ハイヤーの場合,旅客との運送契約及び課金区間は「お迎え」(出庫)→「乗車」→「降車」→「車庫に戻る」(帰庫)となります。
4(1) 日本交通HPの「ハイヤー」によれば,ハイヤーの利用用途としては,役員車・社用車(専属使用),通勤使用,成田空港・羽田空港の送迎,ゴルフ送迎,スポット使用,ワゴンがあります。
(2) 日本交通HPの「ハイヤー料金」によれば,成田空港送迎は片道約3万5000円以上,羽賀空港送迎は片道約1万8000円以上,ゴルフ使用は1日当たり約4万5000円以上,スポット使用は2時間又は30km当たり1万2310円以上,ワゴンは2時間又は30km当たり1万2310円以上となっています。

第9 タクシー会社の労務管理
1 総論
(1) タクシー運転手の勤務形態には,昼日勤,夜日勤及び隔日勤務の三つがあります。
(2)ア 昼日勤の場合,一般のサラリーマンと同じような勤務時間となりますから,健康的に働けます。その反面,長距離客が少なかったり,深夜割増がなかったりする分,夜日勤よりも売り上げは少なくなります。
    夜日勤の場合,昼日勤と全く逆の勤務時間となりますから,疲労が蓄積しやすいですし,酔客に絡まれる可能性が高くなります。その反面,終電・終バスを逃した乗客等の長距離客がいたり,深夜割増があったりする分,昼日勤よりも売り上げは多くなります。
隔日勤務の場合,丸一日働いて丸一日休むみたいな生活となります。
イ 昼日勤及び夜日勤を合わせて日勤といいます。
ウ 隔日勤務の略称は「隔勤」です。
(3) タクシー会社は,保有車両の稼働率をできる限り上げた方が,全体として売り上げを増やすことにつながります。
    そのため,タクシー1台につき1日2名の運転手に乗務してもらう日勤よりも,1名の運転手に丸1日タクシーに乗務してもらい,翌日はそのタクシーの別の運転手に使ってもらう隔日勤務が主流になっています。
2 拘束時間及び休息期間
(1)ア タクシー・ハイヤー運転手の場合,自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(略称は「改善基準告示」)により,拘束時間,休息期間等の基準が定められています。
イ 外部HPの「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(トラック等)」が分かりやすいです。
(2)ア 拘束時間は,始業時刻から就業時刻までの時間で,労働時間と休憩時間(仮眠時間を含む)の合計時間をいいます。
イ タクシー運転手は,営業所で休憩したり,路肩で休憩したり,食事をとって休憩したりしています(外部HPの「どこでどうやって休んでる?タクシー運転手の休憩の取り方」参照)。
ウ 労働者が実作業に従事していない仮眠時間であっても,労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には,労働からの解放が保障されているとはいえず,労働者は使用者の指揮命令下に置かれているものであって,労働基準法32条の労働時間に当たります(最高裁平成14年2月28日判決)。
(3) 休息期間は,勤務と次の勤務の間の時間であり,睡眠時間を含む労働者の生活時間として,労働者にとって全く自由な時間をいい,休憩時間や仮眠時間等とは本質的に異なる性格を有するものです。
(4) 労働時間には時間外労働時間及び休日労働時間が含まれます。
    また,労働時間には作業時間(運転・整備等)のほか,手待ち時間(客待ち等)が含まれます。
3 タクシーの日勤勤務者の場合
(1) 1か月の拘束時間は299時間が限度です。
(2) 1日(始業時刻から起算して24時間をいいます。)の拘束時間は13時間以内を基本とし,これを延長する場合であっても16時間が限度です。
(3) 1日の休息期間は継続8時間以上必要です。
(4) 拘束時間と休息期間は表裏一体のものであり,1日とは始業時間から起算して24時間をいいますから,結局,1日(24時間)=拘束時間(16時間以内)+休息期間(8時間以上)となります。
(5) 車庫待ち等の運転者(顧客の需要に応ずるため常態として車庫等において待機する就労形態のタクシー運転手)については,以上の上限よりも緩い取扱いとなります。
(6) 休日は,休息期間+24時間の連続した時間をいいます。
    そのため,タクシーの日勤勤務者の休日は,休息時間8時間+24時間=32時間以上の連続した時間となります。
4 タクシーの隔日勤務者の場合
(1) 1か月の拘束時間は262時間が限度です。
    ただし,地域的事情その他の特別の事情(例えば,顧客需要の状況等)がある場合において,書面による労使協定があるときは,1年のうち6箇月までは,1箇月の拘束時間の限度を270時間まで延長できます。
(2) 2暦日の拘束時間は21時間以内とされています。
また,勤務終了後,連続20時間以上の休息時間が必要です。
(3) 車庫待ち等の運転者(顧客の需要に応ずるため常態として車庫等において待機する就労形態のタクシー運転手)については,以上の上限よりも緩い取扱いとなります。
(4) 休日は,休息期間+24時間の連続した時間をいいます。
    そのため,タクシーの隔日勤務者の休日は,休息時間20時間+24時間=44時間以上の連続した時間となります。
(5) 隔日勤務者の場合,出勤日である「出番」及び仕事が終わった後が休みになる「明番」を2回繰り返した後,丸一日が休みになる「公休」を繰り返していくような働き方(5日間に2回,出勤します。)になります(ドライバーズワークHPの「タクシードライバーの勤務体系」参照)。
5 休憩時間
(1) 「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準について」(平成元年3月1日基発第93号)(略称は「93号通達」)に以下の記載があります。
① 自動車運転者の業務は事業場外において行われるものではあるが、通常は走行キロ数、運転日報等からも労働時間を算定し得るものであり、一般に法第38条の2の「労働時間を算定し難いとき」という要件には該当しないこと。
    事業場外における休憩時間については、就業規則等に定めた所定の休憩時間を休憩したものとして取り扱うこととしたが、休憩時間が不当に長い場合は歩合給等の賃金体系との関連から休憩時間中も働く可能性があるので、事業場外での休憩時間は、仮眠時間を除き、原則として3時間を超えてはならないものとしたこと。
    なお、手待時間が労働時間に含まれることはいうまでもないこと。
② 自動車道転者の労働時間管理を適正に行うためには、運転日報等の記録の適正な管理によることのほか、運行記録計による記録を自動車運転者個人ごとに管理し、労働時間を把握することも有効な方法であること。
    したがって、労働時間管理が不十分な事業場のうち、車両に運行記録計を装着している事業場に対しては、運行記録計の活用による適正な労働時間管理を行うよう指導するとともに、車両に運行記録計を装着していない事業場に対しては、運行記録計を装着する等により適正な労働時間管理を行うよう指導すること。
    また、昭和63年10月7日の中央労働基準審議会の中間報告においでは、「自動車運転者の労働時間管理を適正に行うため、自動車運転者個人ごとの労働時間等を容易に把握し得る計器の活用が図られることが適当である。また、いわゆる流し営業を主体とするタクシーについては、現在運行記録計の装着を義務付けられていない車両についても、上記のような計器の活用が図られるべきである。」とされているので、留意すること。
(2) 93号通達があることから,隔日勤務のタクシー運転手の場合,休憩時間は仮眠時間を除き,3時間となっています。
6 時間外労働及び休日労働の限度
(1) 時間外労働及び休日労働の拘束時間は1日又は2暦日の拘束時間及び1か月の拘束時間が限度です。
    また,時間外労働及び休日労働を行う場合,労働基準法36条1項に基づく時間外労働及び休日労働に関する協定届を労働基準監督署に届け出る必要があります。
(2) 休日労働は1か月の拘束時間の限度内で2週間に1回が限度です。
7 乗務距離の最高限度
(1)   「タクシー事業に係る運賃制度について(第2回会議(H21.6.4)分)」9頁の「(参考)乗務距離の最高限度等について」によれば,旅客自動車運送事業運輸規則22条2項に基づき地方運輸局長が定めた乗務距離の最高限度は,京都市が365km,大阪市,堺市及び神戸市は350kmとなっています。
(2) タクシー転職のキッカケHP「タクシー運転手は業務で1日何キロ走るか」には以下の記載があります。
    意外と知られていないのが、タクシーが1日に運転できる走行距離の限界です。これは、過剰な競争とドライバーの過労を防ぐために、様々な地域が最高常務距離を設けているのです。走行距離の限界は各地域によって異なりますが、日勤で関東地方が270km、北海道では280kmとなっており、その他の地域でもだいたい同じくらいの上限です。また、隔日勤務者はこれよりも100キロほど長く走ることができるようです。
(3) 無理なく稼ぐタクシードライバーのテクニックHP「乗務距離の最高限度が365キロの理由」には以下の記載があります。
    平均速度とは(平均旅行速度ともいう)止まったりするのも含めた上で一時間あたりの走行距離。
    特別区武三地区の平均速度は17.38キロ。
    17.38キロに隔日勤務者の最大労働時間21時間を乗算で364.98キロということで365キロとなっています。
8 根拠となる告示等
(1) 根拠となる省令及び解釈通達
①   旅客自動車運送事業運輸規則(昭和31年8月1日運輸省令第44号)
②   旅客自動車運送事業運輸規則の解釈及び運用について(平成14年1月30日制定)
(2) 根拠となる告示及び通達

①   「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(平成元年労働省告示第7号)
・ 略称は改善基準告示です。
②   「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準について」(平成元年3月1日基発第93号)
・ 略称は93号通達です。
③   「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準の一部改正について」(平成9年3月11日基発第143号)
・ 略称は143号通達です。
(3) 参考となるHP  
外部HPの「タクシーの労務管理について考えてみよう」が参考になります。

第10 変形労働時間制
1(1) 変形労働時間制は,労働基準法の一部を改正する法律(昭和62年9月26日法律第99号)により,昭和63年4月1日に導入されました。
(2) 変形労働時間制が施行された当時の,昭和63年1月1日付の労働省労働基準局長及び労働省婦人局長通知(昭和63年1月1日基発第1号)が独立行政法人労働政策研究・研修機構HPの「改正労働基準法の施行について」に載っています。
(3) 「1か月単位の変形労働時間制,フレックスタイム制,1年単位の変形労働時間制,1週間単位の非定型的変形労働時間制,36協定による時間外・休日労働」に,要件,求める事項,就業規則・労使協定,労使協定の届出,効果,通達等が載っています。
2(1) タクシー会社の場合,就業規則に記載することにより,1か月単位の変形労働時間制(労働基準法32条の2)を採用していることが通常です。
そのため,1箇月の労働時間が160時間(28日の月),171.4時間(30日の月)又は177.1時間(31日の月)以下であれば,法定時間外労働は存在しないこととなります。
(2) 夜日勤又は隔日勤務の場合,深夜労働は存在しますから,深夜労働に対する割増賃金は必要となります。
(3) 1年単位の変形労働時間制の場合,隔日勤務のタクシー運転手は,実質的に1勤務で2日分の労働を行っているという実態にかんがみ,その実労働時間の上限は1日16時間となっています(平成9年2月14日基発第93号)。
3 労働基準法32条の2の定める1箇月単位の変形労働時間制は,使用者が,就業規則その他これに準ずるものにより,1箇月以内の一定の期間(単位期間)を平均し,1週間当たりの労働時間が週の法定労働時間を超えない定めをした場合においては,法定労働時間の規定にかかわらず,その定めにより,特定された週において1週の法定労働時間を,又は特定された日において1日の法定労働時間を超えて労働させることができるというものであり,この規定が適用されるためには,単位期間内の各週,各日の所定労働時間を就業規則等において特定する必要があります(最高裁平成14年2月28日判決)。
4(1) 労働基準法関係解釈例規(外部ブログの「昭和63年3月14日基発150号 全文を見つけました。」にリンクが張ってあります。)243頁及び244頁には,労働基準法32条の2の「労働時間の特定」に関して以下の問答があります(ただし,①につき,その後に労働基準法の改正があったことから,「46時間の範囲内」とあるのは「40時間の範囲内」に変更しています。)。
① 労働時間の特定
    一箇月単位の変形労働時間制を採用する場合には,就業規則その他これに準ずるもの(改正前の労働基準法第32条第2項における「就業規則その他」と内容的に同じものである。以下同じ。)により,変形期間における各日,各週の労働時間を具体的に定めることを要し,変形期間を平均し40時間の範囲内であっても使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような制度はこれに該当しないものであること。
    なお,法第89条第1項は就業規則で始業及び就業の時刻を定めることと規定しているので,就業規則においては,各日の労働時間の長さだけではなく,始業及び終業の時刻も定める必要があるものであること。
② 労働時間の特定の程度
問 勤務ダイヤによる一箇月単位の変形労働時間制を採用する場合,各人ごとに,各日,各週の労働時間を就業規則に定めなければならないか。それとも,就業規則では,「始業,終業時刻は,起算日前に示すダイヤによる」とのみ記載し起算日前に勤務ダイヤを示すことで足りるか。
答 就業規則においてできる限り具体的に特定すべきものであるが,業務の実態から月ごとに勤務割を作成する必要がある場合には,就業規則において各直勤務の始業終業時刻,各直勤務の組合せの考え方,勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めておき,それにしたがって隔日ごとの勤務割は,変形労働時間の開始前までに具体的に特定することで足りる。
③ 特定された日又は週
問 法第32条の2及び32条の4の特定された日又は週とは如何なる意味か。
答 法第32条の2及び第32条の4の規定に基づき就業規則等によってあらかじめ8時間を超えて労働させることが定められている日又は1週間の法定労働時間を超えて労働させることが具体的に定められている週の意味である。
(2) ②につき,勤務ダイヤはシフト制のことであり,勤務割はシフトのことであり,各直勤務は,昼日勤,夜日勤,隔日勤務といった各種勤務形態のことです(質問広場HPの「労働基準法/1箇月単位の変形労働時間制について」参照)。
5 厚生労働省HPの「1か月単位の変形労働時間制」では,労使協定又は就業規則等で定める事項は以下のとおりとされており,昭和63年3月14日付の通達よりも緩やかな基準になっています。
①   対象労働者の範囲
   法令上、対象労働者の範囲について制限はありませんが、その範囲は明確に定める必要があります。

②   対象期間および起算日
   対象期間および起算日は、具体的に定める必要があります。

(例:毎⽉1日を起算日とし、1か⽉を平均して1週間当たり40時間以内とする。)
なお、対象期間は、1か⽉以内の期間に限ります。
③   労働日および労働日ごとの労働時間
   シフト表や会社カレンダーなどで、②の対象期間すべての労働日ごとの労働時間をあらかじめ具体的に定める必要があります。その際、②の対象期間を平均して、1週間あたりの労働時間が40時間(特例措置対象事業場は44時間)を超えないよう設定しなければなりません(「3 労働時間の計算方法」参照)。

    なお、特定した労働日または労働日ごとの労働時間を任意に変更することはできません。
④   労使協定の有効期間
   労使協定を定める場合、労使協定そのものの有効期間は②の対象期間より⻑い期間とする必要がありますが、1か⽉単位の変形労働時間制を適切に運⽤するためには、3年以内程度とすることが望ましいでしょう。

6 変形労働時間制は労働基準法32条の例外にすぎませんから,就業規則で法定休日と定められている日に働いた場合,休日労働となります。
7 改正労働基準法の施行について(昭和63年1月1日基発第1号,婦発第1号)に詳しいことが書いてあります。

第11 関連記事その他
1 旅客自動車運送事業に係る旅客を運送する目的で,旅客自動車を運転する場合,第2種免許が必要となります(道路交通法86条)。
2 ドライバーズワークHP「タクシードライバーの平均年齢と勤続年数についてのレポート」によれば,タクシードライバーの平均年齢は57.6歳であり,タクシードライバーの平均勤続年数は8.8です。
3(1) JapanTaxi株式会社が運営している全国タクシーHP「タクシー料金検索」を使えば,駅・住所・施設間のタクシー料金を計算できます。
(2) ①東京運輸支局HPの「タクシー事業(法人タクシー・個人タクシー)」及び②タクシー求人サイト「転職道」HP「タクシードライバーガイド」が参考になります。
②につき,営業エリア,稼ぎ,二種免許,地理試験,タクシー会社の寮,ドライバーの1日,給料形態,勤務体系等が書いてあります。
4(1) 厚生労働省HPに「タクシー運転者の労働時間等の改善基準のポイント」が載っています。
(2) トラック,バス及びタクシー運転者の労働時間に対する規制については,厚生労働省HPの「自動車運転者の労働時間等の改善の基準」が参考になります。いわゆる改善基準告示(勤務時間等基準告示ともいいます。)が説明されています。
(3) タクシー以外の公共交通機関は時刻及び路線を定めた輸送を担っているのに対し,タクシーは利用者ニーズに合わせたドア・ツー・ドアの輸送を担っています。
5 横浜川崎営業ナンバー支援センターHP「法人タクシーの台数譲渡譲受認可申請」が載っています。
6 東洋経済オンライン「なぜ今でもタクシーはLPガス車ばかりなのか」が載っています。
7 国土交通省HPに「地方運輸局について(参考資料)」が載っています。
8 以下の記事も参照してください。
・ 自動車運送事業の運行管理者等に関するメモ書き
・ 貨物軽自動車運送事業(軽貨物運送業)

刑事裁判の書証の証拠能力

第1 伝聞法則
第2 伝聞例外の体系
1 供述録取書(=甲の供述を乙が録取した書面)
2 供述書(=甲自身が作成した書面)
3 特に信用すべき文書(特信文書)
4 伝聞供述(=甲の供述を乙が証言したもの)
5 当事者が証拠とすることに同意した書面(刑訴法326条)
6 合意書面(刑訴法327条)
7 弾劾証拠(刑訴法328条)
第3 供述の任意性の調査
第4 供述書と供述録取書
第5 裁判官面前調書(裁面調書)
第6 検察官面前調書(検面調書)
第7 3号書面
第8 実況見分調書
第9 映像等の送受信による通話の方式による証人尋問調書
第10 被告人の供述書・供述録取書の証拠能力
第11 刑訴法326条1項の同意,及び合意書面
1 総論
2 刑訴法326条1項の同意
3 合意書面
第12 証明力を争うための証拠
第13 証拠開示に関する最高裁判例
第14 関連記事その他

第1 伝聞法則
1 ①公判期日における供述に代わる書面,及び②公判期日外における他の者の供述を内容とする供述は,原則として証拠とすることはできない(刑訴法320条1項)のであって,これを伝聞法則といいます。
2 実務上は,検察官及び弁護人が証拠とすることに同意する結果,「公判期日における供述に代わる書面」の大部分は,刑訴法326条に基づいて証拠能力が認められています。

第2 伝聞例外の体系
・ 伝聞例外とは,伝聞法則の例外として,伝聞証拠であっても証拠能力が認められることをいいますところ,伝聞例外の体系は以下のとおりです。
1 供述録取書(=甲の供述を乙が録取した書面)
(1) 被告人以外の者の供述について
① 被告人以外の者の供述を,裁判官が録取した書面(裁面調書,1号書面)は刑訴法321条1項1号により,供述不能(前段)又は不一致供述(後段)を条件として証拠能力が認められます。
   裁面調書の例としては,刑訴法226条又は227条の証人尋問による証人尋問調書があります。
② 被告人以外の者の供述を,検察官が録取した書面(検面調書,2号書面)は刑訴法321条1項2号により,供述不能(前段)又は不一致供述かつ相対的特信情況(後段)を条件として証拠能力が認められる。
   これは,検察官事務取扱検察事務官作成(検察庁法36条)の供述録取書も含みます。
③ 被告人以外の者の供述を,第三者が録取した書面(3号書面)は刑訴法321条1項3号により,供述不能かつ必要不可欠性かつ絶対的特信情況を条件として証拠能力が認められる。
   3号書面の例としては,捜査報告書,捜索差押調書,司法警察職員が録取した書面(員面書面)があります。
④ 被告人以外の者の供述を,裁判所が録取した書面は刑訴法321条2項前段により,無条件で証拠能力が認められます。
   2項前段書面の例としては,当該事件の公判準備における裁判所の証人尋問調書があります。
⑤ 被告人以外の者の供述を,映像等の送受信による通話の方式により記録した記録媒体がその一部とされた調書は,刑訴法321条の2により無条件で証拠能力が認められます。
(2) 被告人の供述について
① 被告人の供述を,第三者が録取した書面は刑訴法322条1項により,不利益な事実の承認については任意性を条件として,それ以外については絶対的特信情況を条件として証拠能力が認められます。
② 被告人の供述を,裁判所が録取した書面は刑訴法322条2項により,任意性を条件として証拠能力が認められます。
2 供述書(=甲自身が作成した書面)
(1) 第三者が作成した書面は刑訴法321条1項3号により,供述不能かつ必要不可欠性かつ絶対的特信情況を条件として証拠能力が認められます。
   例としては,被害届,始末書及び上申書があります。
(2) 裁判所・裁判官が作成した書面(検証調書)は刑訴法321条2項後段により,無条件で証拠能力が認められます。
(3) 捜査官が作成した書面(検証調書)は刑訴法321条3項により,真正作成供述を条件として証拠能力が認められます。
   例としては,実況見分調書(最高裁昭和36年5月26日判決)及び酒酔い鑑識カード(最高裁昭和47年6月2日判決)があります。
(4) 刑訴法165条以下に基づき鑑定人が作成した書面(鑑定書)は刑訴法321条4項により,真正作成供述を条件として証拠能力が認められます。
(5) 刑訴法223条以下に基づき鑑定受託者が作成した書面(鑑定書)は刑訴法321条4項準用により,真正作成供述を条件として証拠能力が認められます(最高裁昭和28年10月15日判決)。
(6) 医師が作成した診断書は刑訴法321条4項準用により,新政策制供述を条件として証拠能力が認められます(最高裁昭和32年7月25日判決)。
(7) 被告人が作成した書面(供述代用書面)は刑訴法322条1項により,不利益な事実の承認については任意性を条件として,それ以外については絶対的特信情況を条件として証拠能力が認められます。
   供述代用書面の例としては,備忘録,日記帳,始末書及び上申書があります。
3 特に信用すべき文書(特信文書)
(1) 公務文書(刑訴法323条1号)
   例としては,戸籍謄本,公正証書謄本,不動産登記簿・商業登記簿の謄抄本,印鑑証明書,身上調書,前科調書及び指紋照会回答書があります。
(2) 業務文書(刑訴法323条2号)
   例としては,商業帳簿,航海日誌,漁船団の受信記録(最高裁昭和61年3月3日決定),裏帳簿及びカルテがあります。
(3) その他の特信文書(刑訴法323条3号)
   例としては,民事事件の裁判書があります。
4 伝聞供述(=甲の供述を乙が証言したもの)
(1) 被告人の公判廷外供述を第三者が証言したものは刑訴法324条1項・322条により,不利益な事実の承認については任意性を条件として,それ以外については絶対的特信情況を条件として証拠能力が認められます。
   例としては,(a)捜査官が捜査段階で聴取した被告人の供述を捜査官が証言する場合,及び(b)第三者が耳にした被告人の発言を第三者が証言する場合があります。
(2) 被告人以外の者の公判廷外供述を第三者が証言したものは刑訴法324条2項・321条1項3号により,供述不能かつ必要不可欠性かつ絶対的特信情況を条件として証拠能力が認められます。
   例としては,(a)捜査官が捜査段階で聴取した被告人以外の者の供述を捜査官が証言する場合,及び(b)第三者が耳にした被告人以外の者の発言を第三者が証言する場合があります。
5 当事者が証拠とすることに同意した書面(刑訴法326条)
→ 実務上,刑訴法326条に基づく書面が大部分です。
6 合意書面(刑訴法327条
   当事者は合意の上、文書の内容又は公判期日に出頭すれば供述することが予想されるその供述内容を記載した書面を提出できる。
7 弾劾証拠(刑訴法328条)
   刑訴法321条ないし324条で証拠とし得ない書面・供述でも、公判準備又は公判期日における被告人・証人その他の者の供述の証明力を争うために証拠とすることはできます。


第3 供述の任意性の調査
1 裁判所は,刑訴法321条から324条までの規定により証拠とすることができる書面又は供述であっても,あらかじめ,その書面に記載された供述又は公判準備若しくは公判期日における供述の内容となった他の者の供述が任意にされたものかどうかを調査した後でなければ,これを証拠とすることができません(刑訴法325条)。
2 刑訴法325条の任意性の有無の調査は,裁判所が適当と認める方法によってこれを行うことができ,かつ供述調書の方式のみでなく内容自体も右調査の資料となりうるのであって,右調査の事実は,これを必ず調書に記載しなければならないものではありません(最高裁昭和32年9月18日決定)。
3 刑訴法325条の規定は,裁判所が,同法321条ないし324条の規定により証拠能力の認められる書面又は供述についても,さらにその書面に記載された供述又は公判準備若しくは公判期日における供述の内容となった他の者の供述の任意性を適当と認める方法によって調査することにより(最高裁昭和28年2月12日判決,最高裁昭和28年10月9日判決参照),任意性の程度が低いため証明力が乏しいか若しくは任意性がないため証拠能力あるいは証明力を欠く書面又は供述を証拠として取り調べて不当な心証を形成することをできる限り防止しようとする趣旨のものと解されます。
    そのため,刑訴法325条にいう任意性の調査は,任意性が証拠能力にも関係することがあるところから,通常当該書面又は供述の証拠調べに先立って同法321条ないし324条による証拠能力の要件を調査するに際しあわせて行われることが多いと考えられるが,必ずしも右の場合のようにその証拠調べの前にされなければならないわけのものではなく,裁判所が右書面又は供述の証拠調後にその証明力を評価するにあたってその調査をしたとしても差し支えありません(最高裁昭和54年10月16日決定)。

第4 供述書と供述録取書
1(1) ①供述書とは,上申書,被害届のように,供述者が供述する内容を自ら記載した書面をいうのに対し,②供述録取書とは,検察官面前調書,司法警察員面前調書のように,供述者が供述する内容を他の者が録取した書面をいいます。
   両者の区別の実益は,①供述書の場合,供述者の署名押印は証拠能力が生じるための要件とされていないのに対し,②供述録取書の場合,それが要件とされている点にあります(刑訴法321条1項柱書)。
(2)   署名・押印が要件とされているのは,①供述書の場合,供述者が作成した書面であることが明らかになれば供述者がその内容を供述したことが明らかになるのに対し,②供述録取書の場合,供述者の供述を他の者が記録した再伝聞であるから,供述者の署名押印により供述者が供述したとおりが記録されていることを認証させた上で,供述者自身が作成した供述書と同様に扱うためです。
2 供述録取書を除く,供述を内容とする書面はすべて供述書に含まれます。
   私人によって作成されるものには陳述書,上申書,被害届,告訴状,告発状等があり,裁判や捜査の過程で作成されるものには検証調書,実況見分調書,鑑定書,報告書,逮捕手続書,差押調書があり,証拠物たる書面も,供述の内容が証拠となるものは供述書に含まれます。
3 供述録取書には,公判調書,公判準備調書,検察官面前調書等はもとより,供述者以外のものが供述者の供述を録取したものであればすべてこれに含まれるのであって,録取の方法及び録取の権限の有無は関係ありません。


第5 裁判官面前調書(裁面調書)

1 裁面調書とは,裁判官の面前における供述を録取した書面をいいます(刑訴法321条1項1号)。
2 公判の供述と裁判官面前調書の供述とが相反する場合,刑訴法321条1項1号後段により,調書の供述の信用性を問題とすることなく,調書に証拠能力が認められます。
   これは,被告人に実質的に反対尋問の機会が与えられている上,裁判官の面前でされた供述であるところに信用性の情況的保障があるからです。
3 「裁判官の面前における供述を録取した書面」とは,当該事件において作成されたものであると他の事件において作成されたものであるとを問いません(最高裁昭和29年11月11日決定)。
4 証人が公判期日に証言を拒んだときは,刑訴法321条1項1号前段にいう公判期日において供述することができないときにあたります(最高裁昭和44年12月4日決定。なお,先例として,最高裁大法廷昭和27年4月9日判決参照)。
5 刑訴法321条1項1号の「裁判官の面前における供述を録取した書面」には,被告人以外の者に対する事件の公判調書中同人の被告人としての供述を録取した部分を含みます(最高裁昭和57年12月17日決定)。
第6 検察官面前調書(検面調書)
1(1) 検面調書の許容要件としては以下のものがあります。
① その供述者が死亡,精神若しくは身体の故障,所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないこと(供述不能)(刑訴法321条1項2号前段)
② 公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なった供述をしたこと(相反供述・実質的不一致供述)
   ただし,公判準備若しくは公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存すること(相対的特信情況)(刑訴法321条1項2号後段)が必要です。
(2) 「検察官調書作成要領」も参照してください。
2 刑訴法321条1項2号前段書面に特信情況を必要とすると,かかる特信情況は後段のような相対的特信情況ではなく,絶対的特信情況になります。
   なぜなら,後段の場合,公判廷供述があるからそれとの比較で特信情況の有無を判断できるのに対し,前段の場合,比較の対象となる公判廷供述がそもそも存在しないからです。
3 自己矛盾供述を理由として証拠能力が認められるのは裁面調書及び検面調書だけであり,員面調書を始めとする3号書面では証拠能力は認められません。
   なお,検面調書の場合,一方当事者である検察官が作成した調書であるにもかかわらず,相対的特信状況が認められる限り,第三者の供述を録取した書面は常に証拠能力が認められることとなります。
4 刑訴法321条1項2号前段は憲法37条2項に違反しません(最高裁大法廷昭和27年4月9日判決)。
5 刑訴法321条1項2号ただし書により検察官の面前における供述を録取した書面を証拠とするに当り,当該書面の供述が公判準備又は公判期日における供述より信用すべき特別の情況が存するか否かは結局,事実審裁判所の裁量に委ねられています(最高裁昭和28年7月10日判決。なお,先例として,最高裁昭和26年11月15日判決参照)。
6 証人に対する検察官の面前調書の証拠調が,これら証人を尋問した公判期日の後の公判期日で行われたからといって憲法37条2項の保障する被告人らの反対尋問権を奪ったことになりません(最高裁昭和30年1月11日判決。なお,先例として,最高裁大法廷昭和25年3月6日決定)。
7 憲法37条2項が,刑事被告人は,すべての証人に対して審問する機会を充分に与えられると規定しているのは,裁判所の職権により又は当事者の請求により喚問した証人につき,反対尋問の機会を充分に与えなければならないという趣旨であって,被告人に反対尋問の機会を与えない証人その他の者の供述を録取した書類を絶対に証拠とすることを許さない意味をふくむものではなく,従って,法律においてこれらの書類はその供述者を公判期日において尋問する機会を被告人に与えれば,これを証拠とすることができる旨を規定したからといって,憲法37条2項に反するものでありません(最高裁昭和30年11月29日判決。なお,先例として,最高裁大法廷昭和24年5月18日判決)。
8 証人が外国旅行中であって,これに対する反対尋問の機会を被告人に与えることができない場合であっても,その証人の検察官に対する供述録取書を証拠として採用することは憲法37条2項に違反しません(最高裁昭和36年3月9日判決)。
9 退去強制は,出入国の公正な管理という行政目的を達成するために,入国管理当局が出入国管理及び難民認定法に基づき一定の要件の下に外国人を強制的に国外に退去させる行政処分であるが,同じく国家機関である検察官において当該外国人がいずれ国外に退去させられ公判準備又は公判期日に供述することができなくなることを認識しながら殊更そのような事態を利用しようとした場合はもちろん,裁判官又は裁判所が当該外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合など,当該外国人の検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは,これを事実認定の証拠とすることが許容されないこともあり得ます(最高裁平成7年6月20日判決)。


第7 3号書面
1 3号書面とは,被告人以外の者の供述を,第三者が録取した書面をいいます(刑訴法321条1項3号)。

2 3号書面に証拠能力が認められる要件は以下のとおりです。
① 供述者が死亡,精神又は身体の故障,所在不明若しくは国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができないこと(供述不能)
② その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであること(証拠の不可欠性)
③ 供述が特に信用すべき状況でなされたこと(絶対的特信情況)
3 同じ捜査機関でありながら,検面調書(2号書面)の要件が3号書面の要件よりずっと緩和されているのは,検察官は法律の専門家である上,法の正当な適用を請求すべき地位にある(検察庁法4条)という客観義務を負う立場にあるからです。
4 絶対的特信情況の典型例は,以下のような場合です。
① 供述の内容自体で信用すべき状況が認められる場合
   (a)自分の刑事上又は民事上の不利益な事実を内容とする供述,(b)客観的な資料等に基づいて説得力のある供述をしていて虚偽を供述する理由もない場合等です。
② 供述の動機から信用すべき状況が認められる場合
   (a)被害を受けた子供が直後に親に告げたような場合,(b)事件の直後に無関係な者が積極的に目撃情況を警察官等に申告して捜査に協力した場合,(c)被告人又は親族が積極的に警察官等の下に出頭して犯罪事実や目撃情況を告白した場合等です。
③ 供述者との親密な関係があって十分に信用のできる供述を聞き出している場合
④ 警察官等の録取者が供述者から十分に信用のできる供述を聞き出すために反対尋問に代わるようなテストをしながら客観性を保った録取をした場合
5 検察官は,3号書面については,できる限り他の部分と分離してその取調べを請求しなければなりません(刑訴法302条)。
6 刑訴法321条1項3号ただし書の「特に信用すべき情況」については事実審の裁量認定に関する事項です(最高裁昭和29年9月11日決定。なお,先例として,最高裁昭和28年7月10日判決参照)。
7 日本国からアメリカ合衆国に対する捜査共助の要請に基づき,同国に在住する者が,黙秘権の告知を受け,同国の捜査官及び日本の検察官の質問に対して任意に供述し,公証人の面前において,偽証罪の制裁の下で,記載された供述内容が真実であることを言明する旨を記載するなどして作成した供述書は,刑訴法321条1項3号にいう特に信用すべき情況の下にされた供述に当たります(最高裁平成12年10月31日決定)。

8 大韓民国の裁判所に起訴された共犯者が,自らの意思で任意に供述できるよう手続的保障がされている同国の法令にのっとり,同国の裁判官,検察官及び弁護人が在廷する公開の法廷において,質問に対し陳述を拒否することができる旨告げられた上でした供述を記載した同国の公判調書は,刑訴法321条1項3号にいう「特に信用すべき情況」の下にされた供述を録取した書面に当たります(最高裁平成15年11月26日決定)。

第8 実況見分調書
1 実況見分調書とは,捜査機関が任意処分として行う検証の結果を記載した書面をいいます(最高裁昭和36年5月26日判決)。
2 刑訴法321条3項所定の書面には捜査機関が任意処分として行う検証の結果を記載したいわゆる実況見分調書も包含するものと解するを相当とし,このように解したからといって同条項の規定が憲法37条2項前段に違反するものではありません(最高裁昭和35年9月8日判決。なお,先例として,最高裁大法廷昭和24年5月18日判決参照)。
3 実況見分調書は,たとえ被告人側においてこれを証拠とすることに同意しなくても,検証調書について刑訴法321条3項に規定するところと同一の条件の下に,すなわち実況見分調書の作成者が公判期日において証人として尋問を受け,その真正に作成されたものであることを供述したときは,これを証拠とすることができます(最高裁昭和35年9月8日判決)。
4 捜査機関は任意処分として検証(実況見分)を行うに当り必要があると認めるときは,被疑者,被害者その他の者を立ち会わせ,これらの立会人をして実況見分の目的物その他必要な状態を任意に指示,説明させることができ,そうしてその指示,説明を当該実況見分調書に記載することができるが,右の如く立会人の指示,説明を求めるのは,要するに,実況見分の一つの手段であるに過ぎず,被疑者及び被疑者以外の者を取り調べ、その供述を求めるのとは性質を異にします。
   そのため,右立会人の指示,説明を実況見分調書に記載するのは結局実況見分の結果を記載するに外ならず,被疑者及び被疑者以外の者の供述としてこれを録取するのとは異なります。
   よって,立会人の指示説明として被疑者又は被疑者以外の者の供述を聴きこれを記載した実況見分調書には右供述をした立会人の署名押印を必要としません(最高裁昭和35年9月8日判決。なお,先例として,大審院昭和5年3月20日判決,大審院昭和9年1月17日判決参照)。

5 捜査官が被害者や被疑者に被害・犯行状況を再現させた結果を記録した実況見分調書等で,実質上の要証事実が再現されたとおりの犯罪事実の存在であると解される書証が刑訴法326条の同意を得ずに証拠能力を具備するためには,同法321条3項所定の要件が満たされるほか,再現者の供述録取部分については,再現者が被告人以外の者である場合には同法321条1項2号ないし3号所定の要件が,再現者が被告人である場合には同法322条1項所定の要件が,写真部分については,署名押印の要件を除き供述録取部分と同様の要件が満たされる必要があります(最高裁平成17年9月27日決定)。

第9 映像等の送受信による通話の方式による証人尋問調書
1 いわゆる性犯罪が複数の犯人によって犯され,各被告人の公判が分離されている場合,被害者がそれぞれの公判において同一の被害事実について繰り返し証言をする必要のある場合がある。
   このような被害者等にとっては,一回の証言でさえ二次的被害及び強い精神的圧迫を受けることがあるのに,証言を繰り返させられることにより,そのような被害を重ねて受けることとなり,一層深刻な事態をもたらすこととなります。
   そこで,ビデオリンク方式により証人尋問を行う場合において,後に再度証人尋問が行われる可能性がある場合には,後の公判において,被害の状況を一から証言するといった弊害を避けるため,ビデオリンク方式による証人尋問の状況をビデオテープ等の記録媒体に録画し,訴訟記録に添付して調書の一部とすることができるとされ(刑訴法157条の4第2項及び第3項),これについて,後の公判において一定の要件の下に証拠能力を認めることとされています(刑訴法321条の2第1項)。
2 裁判所は,ビデオリンク方式による証人尋問を実施する場合,証人が後の刑事手続において同一の事実について再び証人として供述を求められることがあると思料する場合であって,検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴いた上で,その証人尋問の状況をビデオテープ等の記録媒体に記録することができます(刑訴法157条の4第2項)。
   これにより記録した記録媒体は,訴訟記録に添付して調書の一部とされます(刑訴法157条の4第3項)。記録媒体への記録は,証言の内容にかんがみ,証人の意思を尊重すべきであることから,証人の同意にかからしめられています。また,記録媒体には証人尋問の状況についての映像及び音声が記録されることとなるところ,これが添付される調書は通常,証人尋問調書と同様に作成されることとなるので,証言の内容は文字情報として調書に記載されることとなります。
   そして,後の公判においては,記録媒体がその一部とされた調書は伝聞証拠に該当することとなるものの,後の公判において,被害の状況を一から改めて証言するといった弊害を避ける必要があり,また,ビデオリンク方式による証人尋問を記録した記録媒体は,テレビモニターを通じてではあるものの,裁判官の面前で,かつ宣誓をした上で証言したものである上,その記録媒体に記録された内容は,まさに,元の公判で,裁判官がテレビモニターを見て心証を得たものと同一の内容であることから,これに証拠能力を認めることとし,なお,訴訟関係人に反対尋問の機会を保障するため,これを取り調べた後,訴訟関係人に対し,その供述者を証人として尋問する機会を与えなければならないとされています(刑訴法321条の2第1項)。
3 記録媒体がその一部とされた調書の取調べ方法は,一般的には,朗読に代えて当該機録媒体を再生することであるものの,常に再生を必要とするのではなく,相当と認めるときは,当該調書に記録された供述の内容を告げることで足りるとされています(刑訴法305条3項)。
   しかしながら,刑訴法321条の2第1項により証拠能力が認められる場合,原則に戻り,必ず,その記録媒体を再生して取り調べなければならないとされています(刑訴法321条の2第2項)。
4 刑訴法321条の2第1項により取り調べられた調書に記録された証人の供述は,刑訴法295条1項前段並びに321条1項1号及び2号の適用については,被告事件の公判期日においてされたものとみなすとされています(刑訴法321条の2第3項)。
   よって,記録媒体に記録された証人尋問が後の公判期日において行われたものとして取り扱うこととなるのであるから,刑訴法295条1項前段により,当該調書の取調べ後に行われる証人尋問において,裁判長は,前の証人尋問(記録媒体に記録された証人尋問)と重複する尋問を制限することができ,これにより,同一内容の証言の繰り返しを避けるという趣旨に資することとなります。
   また,刑訴法321条1項1号及び2号の適用については,当該記録媒体に記録された供述の内容が,他の裁判官面前調書又は検察官面前調書と異なるいわゆる相反供述等であった場合,その裁判官面前調書等を後の公判においても証拠として採用することができることとなります。

5 ビデオリンク方式による証人尋問を記録した記録媒体については,当該記録媒体が,種々の者の目に触れるようなことがあれば,証人のプライバシーや名誉,心情が害されることが考えられる上,万一,これが流用されれば,その被害が拡大することから,検察官及び弁護人は,記録媒体の謄写をすることはできないとされています(刑訴法40条2項,180条2項,270条2項)。

第10 被告人の供述書・供述録取書の証拠能力
1 被告人のその他の供述を内容とするものは,特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り,証拠能力が認められます(刑訴法322条1項本文)。
   これは,検察官の反対尋問権を保障するためです。
2 被告人の自白その他の不利益な事実の承認を内容とするものは,任意にされたものでない疑いがあると認められる場合を除き,証拠能力が認められます(刑訴法322条1項ただし書)。
   これは,人は嘘をついてまで自分に不利益な事実を暴露することはないという経験則に基づくものです。
3 被告人の不利益な事実の承認を内容とする書面は,捜査段階で作成されたものであっても,それ以前に作成されたものであっても含まれます。
   また,捜査を意識しないで作成されたもの(手紙での告白,日記帳等)も含まれます。
4 弁護人が自白調書についての証拠能力を争う場合,これを不同意とするとともに,刑訴法322条1項ただし書に基づく証拠能力が生じないことを主張するため,任意性に疑いがある旨の意見を述べる必要性があります。
   この場合,自白するに至った経緯について,被告人質問等によって法廷に顕出することとなります。
5 検察官は,被告人又は被告人以外の者の供述に関し,その取調べの状況を立証しようとするときは,できる限り,取調べの状況を記録した書面その他の取調べ状況に関する資料を用いるなどして,迅速かつ的確な立証に努めなければなりません(刑事訴訟規則198条の4)。
6 公判廷外における被告人の自白の任意性の有無の調査は,必ずしも証人の取調べによるの要なく,裁判所が適当と認める方法によってこれを行うことができます(最高裁昭和28年2月12日判決)。


第11 刑訴法326条1項の同意,及び合意書面
1 総論

   訴訟関係人は,争いのない事実については,誘導尋問,刑訴法326条1項の同意,刑訴法327条の合意書面の活用を検討するなどして,当該事実及び証拠の内容及び性質に応じた適切な証拠調べが行われるよう努めなければなりません(刑訴規則198条の2)。
2 刑訴法326条1項の同意
(1) 検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は,その書面が作成され又は供述されたときの情況を考慮して相当と認めるときに限り,刑訴法321条ないし325条の規定に関わらず,これを証拠とすることができます(刑訴法326条1項)。
   このように,当事者の同意だけで直ちに証拠能力を与えるわけではなく,相当性が要求されるのは,あまりに真実性を欠き,証拠価値の薄弱なものについてまで当事者の同意があることだけを理由に証拠能力を認めることは,事実認定の上で危険だからです。
(2) 刑訴法326条1項の同意は,公判調書に記載されます(刑訴規則44条1項29号)。
(3) 被告人において全面的に公訴事実を否認し,弁護人のみがこれを認め,その主張を完全に異にしている場合において,弁護人の同意のみを以て被告人が書証を証拠とすることに同意したとは言えないのであるから,裁判所は弁護人とは別に被告人に対して,証拠調べ請求に対する意見及び書類を証拠とすることについての同意の有無を確かめなくてはなりません(最高裁昭和27年12月19日判決)。
(4) 刑訴法326条1項ただし書の「相当と認めるときに限り」というのは,証拠とすることに同意のあった書面又は供述が任意性を欠き,又は証明力が著しく低い等の事由があれば証拠能力を取得しないとの趣旨です(最高裁昭和29年7月14日決定)。
(5) 挙示の証拠が証拠能力のあるものであることは,判文に特に説明する必要はありません(最高裁昭和29年7月14日決定)。
3 合意書面
(1) 裁判所は,検察官及び被告人又は弁護人が合意の上,文書の内容又は公判期日に出頭すれば供述することが予想されるその供述の内容を書面に記載して提出したときは,その文書又は供述すべき者を取り調べないでも,その書面を証拠とすることができます(刑訴法327条前段)。
(2) 合意書面の場合,当事者双方に証拠申請の利益があることが前提となるものの,そのような事例は希有であることから,今日では原則として同意書面の活用によることが確立しており,合意書面はほとんど用いられていません。
(3) 合意書面は,これに証拠能力を与えるための制度であるにすぎず,その内容を真実と認めるものではないから,その内容の証明力を争うことはできます(刑訴法327条ただし書)。
第12 証明力を争うための証拠
1 刑訴法321条ないし324条の規定により証拠とすることができない書面又は供述であっても,公判準備又は公判期日における被告人,証人その他の者の供述の証明力を争うためには,これを証拠とすることができます(刑訴法328条)。
   これは,伝聞証拠について事実認定に用いるのではなく,単に他の証拠の証明力を争うためだけに使用するならば,別段の弊害はないのでその使用が認められています。
2 証人の供述の証明力を争うことを弾劾といいます。
   弾劾の方法には,①反対尋問において体験したとされる事実について認識,記憶,記述の各面を追求する方法,②証人の性格,能力,利害関係,偏見等,証人の信用性を一般的に批判する方法,及び③証人が矛盾する供述をしていることを示す方法があります。
3 刑訴法328条は,①同一人の,②公判廷供述前の,③不一致供述のみ,④その供述を証拠とすることができることを規定したものであり,①に関しては自己矛盾供述に限られるのかが問題となり,②に関しては公判廷供述後に作成されたものでも良いのかが問題となり,③に関しては回復証拠及び増強証拠も含まれるのかが問題となり,④に関しては任意性に疑いのある供述も含まれるのかが問題となります。
   ①に関しては自己矛盾供述に限られ,②に関しては公判廷供述前に作成されたものに限られ,③に関しては回復証拠及び増強証拠も含まれ,④に関しては任意性に疑いのある供述は含まれないと解されています。

第13 証拠開示に関する最高裁判例
1  現行刑事訴訟法規の下で,裁判所が検察官に対し,その所持する証拠書類又は証拠物を,検察官において公判で取調べを請求すると否とにかかわりなく,予め,被告人又は弁護人に閲覧させるように命令することはできません(最高裁昭和34年12月26日決定)。
2  裁判所は,証拠調の段階に入つた後,弁護人から,具体的必要性を示して,一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出がなされた場合,事案の性質,審理の状況,閲覧を求める証拠の種類および内容,閲覧の時期,程度および方法,その他諸般の事情を勘案し,その閲覧が被告人の防禦のため特に重要であり,かつこれにより罪証隠滅,証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく,相当と認めるときは,その訴訟指揮権に基づき,検察官に対し,その所持する証拠を弁護人に閲覧させることを命ずることができる(最高裁昭和44年4月25日決定)。

第14 関連記事その他
1 「公訴事実記載の日時には犯行場所にはおらず,自宅ないしその付近にいた」旨のアリバイ主張が明示されたが,それ以上に具体的な主張は明示されず,裁判所も釈明を求めなかったなどの本件公判前整理手続の経過等に照らすと,前記主張の内容に関し弁護人が更に具体的な供述を求める行為及びこれに対する被告人の供述を刑訴法295条1項により制限することはできません(最高裁平成27年5月25日決定)。
2 刑事事件における証拠等関係カードの記載に関する実証的研究-新訂-16頁には「*9 現在の様式が「証拠関係カード」ではなく,「証拠等関係カード」と称されるのは,被告人の供述がなされた事実もカードに記載するからである。」と書いてあります。
3  検察官から証拠調の請求のあつた供述調書につき,被告人側から異議の申立があったにかかわらず,これを証拠に採用するとした決定のように訴訟手続に関し判決前にした決定は,刑訴法433条1項にいう「この法律により不服を申し立てることができない決定」に当たりません(最高裁昭和29年10月8日決定)。
4 以下の記事も参照してください。
・ 弁護人

刑事手続及び少年審判における被害者の権利

目次
第1 被害者等通知制度
第2 告訴及び告発
1 総論
2 公務員の告発と守秘義務の関係
3 京都府警の取扱い
第3 不起訴処分に対する被害者側の手段
1 総論
2 検察審査会に対する審査の申立て
3 高検検事長に対する不服の申立て
第4 犯罪被害者等の権利利益の尊重に関する最高検察庁の通達
第5 被害者参加制度,及び被害者参加人のための国選弁護制度
1 被害者参加制度
2 被害者参加人のための国選弁護制度
第6 刑訴法292条の2に基づく意見の陳述
第7 少年審判における被害者の権利
1 総論
2 少年事件記録の閲覧又は謄写
3 少年事件における意見陳述
4 少年審判の傍聴
5 被害者等に対する説明
6 被害者等に対する通知
第8 被害者が捜査によって受ける利益は事実上の利益に過ぎないこと
第9 犯罪被害者等給付金の支給制度の拡充

第10 関連記事その他

第1 被害者等通知制度
・ 被害者,被害者の親族及びそれらの代理人弁護士は,被害者等通知制度実施要領(平成28年5月27日最終改正)に基づき,検察官等から取調べ等を受けた際に希望し,又は検察官等に照会すれば,以下の事項を通知してもらえます。
(1)事件の処理結果については,公判請求,略式命令請求,不起訴,中止,移送(同一地方検察庁管内の検察庁間において,専ら公判請求又は略式命令請求のために行う移送を除く。),家庭裁判所送致の別及び処理年月日
(2)公判期日については,係属裁判所及び公判日時
(3)刑事裁判の結果については,主文(付加刑,未決勾留日数の算入,換刑処分及び訴訟費用の負担を除く。),裁判年月日,裁判の確定及び上訴
(4)公訴事実の要旨,不起訴裁定の主文,不起訴裁定の理由の骨子,勾留及び保釈等の身柄の状況並びに公判経過等(1)から(3)までの事項に準ずる事項
(5)有罪裁判確定後の加害者に関する事項
ア 懲役又は禁錮の刑の執行終了(刑のうち一部の執行を猶予された刑については,そのうち執行が猶予されなかった部分の期間の執行終了を含む。以下アにおいて同じ。)予定時期,受刑中の刑事施設における処遇状況に関する事項,並びに仮釈放又は刑の執行終了による釈放に関する事項及びこれに準ずる事項
イ 懲役又は禁錮の刑の執行猶予の言渡しの取消しに関する事項
ウ 拘留の刑の仮出場又は刑の執行終了による釈放に関する事項及びこれに準ずる事項
(6)(5)に準ずる事項

第2 告訴及び告発
1 総論
(1) 告訴とは,犯罪の被害者その他一定の者が,捜査機関に対して犯罪事実を申告し,その訴追を求める意思表示をいいます(刑訴法230条ないし238条)。
    これに対して告発とは,告訴権者及び犯人以外の者が,捜査機関に対して犯罪事実を申告し,その訴追を求める意思表示をいいます(刑訴法239条)。
(2) 告訴は,公訴の提起があるまでこれを取り消すことができます(刑事訴訟法237条1項)。
(3) 告訴及び告訴の取消は,代理人がすることもできます(刑事訴訟法240条)。
(4) 弁護士会が人権侵害による犯罪の成立を信ずるにつき合理的な理由ある場合,弁護士会自身が告発することができます(最高裁昭和36年12月26日決定)。
(5) 告訴又は告発は,書面又は口頭で検察官又は司法警察員にする必要があります(刑訴法241条1項)。
検察官又は司法警察員は,口頭による告訴又は告発を受けたときは,調書を作らなければなりません(刑訴法241条2項)。
(6) 司法警察員は,告訴又は告発を受けたときは,速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければなりません(刑訴法242条)。
(7) 被害者が告訴までしていた場合,刑訴法260条に基づき,起訴不起訴の通知を受けることができますし,刑訴法261条に基づき,不起訴理由の告知を受けることができます。
(8) 検察官が告訴人,告発人又は請求人に対して書面で不起訴処分の理由を告知する場合には,不起訴処分理由告知書によります(事件事務規程73条2項)。
2 公務員の告発と守秘義務の関係
(1) 国家公務員が告発を行わなかったことが刑訴法239条2項に違反する場合,国家公務員法82条1項2号「職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合」に該当すると解されています(衆議院議員金田誠一からの質問主意書に対する平成14年3月26日付の内閣答弁書)。
(2) 刑事訴訟法239条2項は,「官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。」と規定しておりまして,この要件を満たす場合には,原則として,当該公務員は告発の義務を負うものと解されております。
    一方,国家公務員法100条等に規定する公務員の守秘義務は,公務員又は公務員であった者がその職務上知ることのできた秘密又は職務上の秘密に属する事項を故なく漏せつすることを禁止する趣旨の規定でありますから,正当な手続に従って,刑事訴訟法所定の告発義務の履行として告発する場合には,法令により当然に行うべき正当行為として許容され,守秘義務違反は成立しないものと解されております(平成16年6月11日の参議院内閣委員会における樋渡法務省刑事局長の答弁)。
3 京都府警の取扱い
・   京都府警HPにある,「告訴,告発事件の取扱要領について(例規)」 (京都府警察本部長の通達)に載っています。

第3 不起訴処分に対する被害者側の手段
1 総論
(1) 加害者が不起訴処分を受けた場合,被害者としては,以下の二つの手段により,加害者の起訴を求めることができます。
① 検察審査会に対する審査の申立て
② 処分庁,又は上級検察庁の長に対する不服の申立て
(2) 被害者が①又は②の手段をとった場合,事情聴取のため,警察署又は検察庁から呼出を受けて改めて事情を説明することとなります。
    事情を説明する際,①調書に書いて欲しいことがらをメモ書きした紙を持参することが望ましいですし,②検察官が起訴するに際し,交通事故直後の員面調書を提出するとは限らないから,検面調書に自分の言い分を全部,書いてもらうようにすることが望ましいです。
(3) 公務員職権濫用罪(刑法193条)等について検察官が不起訴処分とした場合,地方裁判所に対して付審判請求をし(刑訴法262条),地方裁判所の付審判決定(刑訴法266条2号)を得た上で,事件について検察官の職務を行う指定弁護士(刑訴法268条)を通じて,有罪判決を求めることができます。
    また,付審判請求の棄却決定(刑訴法266条1号)に対しては,通常抗告(刑訴法419条)をすることができます(最高裁大法廷昭和28年12月22日決定)。
    しかし,過失運転致死罪等について付審判請求をすることはできません。
(4) 平成25年版犯罪白書の「3 不起訴処分に対する不服申立制度」が参考になります。
2 検察審査会に対する審査の申立て
  「加害者の不起訴処分を争う検察審査会」を参照してください。
3 高検検事長に対する不服の申立て
(1) 検察官のした不起訴処分については,行政不服審査法に基づく不服申立てをすることはできません(行政不服審査法4条)。
    しかし,地方検察庁又は区検察庁の検察官のした不起訴処分に対しては,高等検察庁検事長の指揮監督権(検察庁法8条)の発動を促すという形で,不服の申立てをすることができます(事件事務規程191条1項)。
    この場合,検察庁の事件係事務官によって不服申立事件簿に所定の事項が記入され,かつ,不起訴処分をした検察官及び不服申立人に対して処理の結果を通知されます(事件事務規程191条2項参照)。
(2) 事件事務規程は法務省訓令の一つであり,事件の受理,捜査,処理及び公判遂行等に関する事務の取扱手続の大綱を規定し,もって,事件に関する事務の適正な運用を図ることを目的としています(事件事務規程1条)。
(3) 私の経験でいえば,事故直後の簡単な診断書に「加療2週間を要する傷害である。」等と書いてあったために不起訴処分となった事案において,結果として被害者に14級の後遺障害が残った場合,処分庁に対し,不起訴処分に対する不服の申立てをすれば通常,警察が再捜査をした上で,加害者に対して罰金刑を加えてくれます。
(4) 検察審査会に対する審査の申立てをした直後に,検察審査会に対する審査申立書等のコピーを添えて処分庁に対する不服の申立てをした方が,加害者に対する刑事処分を速やかに下してくれると思われます。
(5) 大阪高検に対する不服申立ての手続については,大阪高検の不服申立事件事務処理要領(平成15年1月6日付の検事長通達)に詳しく書いてあります。
(6) 事件事務規程191条は以下のとおりです。
(不服申立事件簿への登載)
第191条 地方検察庁又は区検察庁の検察官のした不起訴処分に対する不服の申立てがあったときは,事件担当事務官は,不服申立事件簿(様式第225号)に所定の事項を登載する。

② 不服申立事件が処理されたときは,不服申立事件簿に所定の事項を記入し,前項の不起訴処分をした検察官及び不服申立人に対して処理結果を通知する。

第4 犯罪被害者等の権利利益の尊重に関する最高検察庁の通達
1 「犯罪被害者等の権利利益の尊重について」(平成26年10月21日付の最高検察庁次長検事の依命通達)には,以下の記載があります。
   検事長,検事正及び区検察庁の上席検察官は,その指揮監督する検察官による事件の処理,公判における主張・立証又は上訴に関する判断について,被害者等から不服の申立てを受け監督権の発動を促されたときは,迅速に所要の調査を行い,検察権の適正な行使を旨としつつ,事案の内容等を勘案し,必要に応じ,当該判断の適否を再検討するなど,適切に対応するよう配意されたい。
2 「「犯罪被害者等の権利利益の尊重について(依命通達)」の発出について」(平成26年10月21日付の最高検察庁総務部長及び公判部長の通知)には,以下の記載があります。
    被害者等が,主任検察官の所属庁又はその上級庁の監督者に対し,主任検察官による不起訴処分等の事件の処理,訴因の設定,証拠調べの請求等の公判における主張・立証又は上訴に関する判断について,監督権の発動を促す申立てを行った場合には,これらの監督者たる検察官においては,必要に応じ,監督権限を適正に行使し,被害者津尾への対応に遺漏なきを期する必要がある。そこで,本依命通達9は,被害者等から上記申立てがあった場合には,速やかに,その申立て内容を検討するとともに,主任検察官に事実関係を確認するなど必要な調査を行い,被害者等の立場や心情にも十分配慮した上,監督者において,事案の内容,社会的影響等を考慮して,被害者等に対し,臨機応変かつ適切に説明を行い,あるいは,当該判断の適否を再検討し,必要に応じて,主任検察官に対し,所要の改善措置をとるよう指揮・指導するなど,監督者に対し,上記のような不服申立てへの迅速・適切な対応について,一層の配慮を求めるものである。

第5 被害者参加制度,及び被害者参加人のための国選弁護制度
1 被害者参加制度
(1) 平成19年6月27日法律第95号により刑訴法の一部が改正された結果,故意の犯罪行為により人を死傷させた罪なり,自動車運転過失致死傷罪なりといった一定の犯罪の被害者等が,裁判所の許可を得て,被害者参加人として刑事裁判に参加し,検察官との間で密接なコミュニケーションを保ちつつ,一定の要件の下で,以下の事項を行える被害者参加制度が創設され(刑訴法316条の33ないし39),同制度は平成20年12月1日から施行されました。
① 公判期日への出席(刑訴法316条の34)
→ 原則として,公判期日に,法廷で,検察官席の隣等に着席し,裁判に出席することができます。
② 検察官の権限行使に関する意見申述(刑訴法316条の35)
→ 証拠調べの請求なり,論告・求刑なりといった検察官の訴訟活動に関して意見を述べたり,検察官に説明を求めたりすることができます。
③ 証人尋問(刑訴法316条の36)
→ 情状に関する事項についての証人の供述の証明力を争うために必要な事項を質問できます。
④ 被告人質問(刑訴法316条の37)
→ ⑤の意見陳述をするために必要がある場合に行います。
⑤ 事実又は法律の適用についての意見の陳述(刑訴法316条の38)
→ 検察官の論告求刑(刑訴法293条1項)の後に,訴因として特定された事実の範囲内で,事実又は法律の適用について,法廷で意見を述べることができます。
   なお,刑訴法292条の2に基づく意見の陳述(=心情意見陳述)とは別のものであり,「被害者論告」ともいわれます。
(2) 被害者等とは,被害者又は被害者が死亡した場合若しくはその心身に重大な故障がある場合におけるその配偶者,直系の親族若しくは兄弟姉妹をいいます(刑訴法290条の2第1項)。
(3) 被害者参加の申出は,あらかじめ検察官に対して行う必要があります(刑訴法316条の33第2項前段)。
(4) 被害者参加の手続の代理を弁護士に委託した場合,被害者参加人は,委託した旨を当該弁護士と連署した書面で裁判所に届け出る必要があります(刑訴規則217条の33第1項)。
   なお,委託事項の特定がない場合,すべての行為を委託したものとみなされます(刑訴規則217条の33第3項)。
(5) 被害者参加の申出をした場合,平成20年9月5日付の最高検察庁の「被害者参加制度の下での犯罪被害者等に対する証拠の開示に関する依命通達」に基づき,第1回公判期日の前であっても,公判提出予定記録の閲覧に応じてくれることがあります(刑訴法47条ただし書参照)。
(6) 被害者参加の許可決定が得られても,被害者参加人が手続に直接関与できるのは,第1回公判期日以後に限られるのであって,公判前整理手続(刑訴法316条の2ないし316条の27)に直接は関与できません。
(7) 被害者参加人は,①証人については,犯罪事実に関するものを除く,情状に関する事項だけを質問できるに過ぎません(刑訴法316条の36第1項)。
これに対して,②被告人については,犯罪事実に関する事項も含めて質問できます(刑訴法316条の37第1項参照)。
(8) 内閣府の平成22年版犯罪被害者白書(内閣府政策統括官(共生社会政策担当)のホームページに掲載)によれば,平成20年12月1日からの1年間で,被害者参加の申出は552件(うち,自動車運転過失致死傷罪は265件)・926名であり,被害者参加許可決定がされたのは522件・850名でした。
   また,内閣府の平成23年度犯罪被害者白書によれば,平成22年5月末までに参加の申出がなされた件数及び人員は,867件1,445名,そのうち,参加が許可された件数及び人員は,847件1,375名です。
2 被害者参加人のための国選弁護制度
(1) 被害者参加人のための国選弁護制度は,犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(=犯罪被害者保護法)5条ないし12条に基づく制度です。
(2)ア 被害者参加人の資力(現金,預金等の流動資産の合計額)から,当該犯罪行為を原因として,選定請求の日から6か月以内に支出することとなると認められる費用の額(例えば,療養費)を差し引いた額が200万円(犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律施行令(平成20年9月5日政令第278号)8条)未満である場合,国選被害者参加弁護士の選定を請求することができます(法テラスHPの「被害者参加人のための国選弁護制度」参照)。
   この場合,被害者参加人は,裁判所に対し,法テラスを経由して被害者参加弁護士の選定を請求でき,法テラスでは,被害者参加人のご意見を聴いた上で,被害者参加弁護士の候補を指名し,裁判所に通知する業務等を行います。
イ 平成25年12月1日,被害者参加人の資力要件が緩和されました。
(3) 国選被害者参加弁護士と法テラスの関係については,「国選被害者参加弁護士の事務に関する契約約款」(平成20年11月13日法務大臣認可)及び同約款別紙「報酬及び費用の算定基準」において,詳細が定められています。
(4) 平成22年度法テラス業務実績報告書174頁によれば,国選被害者参加弁護士の選定請求受付件数及び人員の推移は以下のとおりであり,平成23年3月時点の合計は464件569名となっています。
① 平成20年度;29件32人(平成20年12月~翌年3月)
② 平成21年度:204件238人(平成21年4月~翌年3月)

③ 平成22年度:231件299人(平成22年4月~翌年3月)

第6 刑訴法292条の2に基づく意見の陳述
1 被害者等は,被害者参加の申出をしていない場合であっても,公判期日において,被害に関する心情その他の被告事件に関する意見の陳述をすることができます(刑訴法292条の2第1項)。
2 刑訴法292条の2に基づく意見の陳述(=心情意見陳述)の制度は,平成12年5月19日法律第74号による改正に基づき,平成12年11月1日に施行されました。
3 裁判長は,心情意見陳述に充てることのできる時間を定めることができます(刑訴規則210条の4)。
4 被害者等が意見陳述を希望する場合,あらかじめ,検察官に申し出なければならず,この場合において,検察官は,意見を付して,これを裁判所に通知します(刑訴法292条の2第2項)。
    これは,検察官は公益の代表者として被害者等の心情等を訴訟に適正に反映させる責務があり,被害者等の意見陳述の希望の有無を踏まえた訴訟の進行を考慮する必要があるからです。
5(1) 裁判所は,被害者等から申出があれば、原則として意見を陳述させます(刑訴法292条の2第1項)。
ただし,裁判所は,審理の状況その他の事情を考慮して,相当でないと認めるときは,例外的に,意見の陳述に代え,①意見を記載した書面を提出させ,又は②意見の陳述をさせないことができます(刑訴法292条の2第7項)。
(2) ①意見を記載した書面を提出させることとする場合としては,例えば,(a)意見陳述を希望する被害者が多数存在し,一部の者に口頭による意見陳述をさせることが適当な場合,及び(b)被害者が入院等の理由により法廷に出廷できない場合が考えられます。
    そして,書面が提出された場合,裁判長は,これを公判廷へ顕出する手続として,公判期日において,書面が提出された旨を明らかにしなければならず,また,相当と認めるときは,その書面を朗読し,又はその要旨を告げることができます(刑訴法292条の2第8項)。
②意見の陳述をさせないこととする場合としては,例えば,(a)被害者等が証人尋問において被害感情等を併せて詳細に証言した直後に,再度同一内容の意見陳述の申出があった場合,及び(b)暴力団の抗争事件で対立感情を煽るおそれがある場合が考えられます。
6 被害者等の意見陳述は,証拠調べ手続の後に,検察官の論告及び弁護人の弁論に先立って実施されることが一般的です。
    また,事前に用意した意見書を被害者が法廷で朗読することによって行われることが多いです。
7 被害者等に陳述させる意見の内容は,基本的には,被害感情及び被告人に対する処罰感情等の被害に関する心情その他の被告事件に関する意見ということとなります。
    ただし,このような内容の陳述は,被害者等が自己の実体験を基礎としてなすものであり,刑訴法293条2項の被告人の陳述に類似するものと考えて良く,裁判所は,これを単なる意見として斟酌するだけでなく,量刑上の資料の一つとすることができます。
8 性犯罪の被害者等が公判廷で意見陳述をする場合の精神的負担を軽減するため,①付添い(刑訴法157条の2),②被告人又は傍聴人との間の遮へい(刑訴法157条の3)及び③ビデオリンク方式(刑訴法157条の4)といった措置がとられることがあります(刑訴法292条の2第6項)。

第7 少年審判における被害者の権利
1 総論
(1) 平成12年12月6日法律第142号(平成13年4月1日施行)による少年法の改正により,①少年事件記録の閲覧又は謄写,②少年事件における意見陳述及び③被害者等に対する通知がされるようになりました。
(2) 平成20年6月18日法律第71号(平成20年12月15日施行)による少年法の改正により,①少年審判の傍聴が認められ,②被害者等に対する説明がされるようになりました。
2 少年事件記録の閲覧又は謄写
(1) 平成13年4月1日以降に発生した少年事件の場合,少年事件の被害者等又は被害者等の委託を受けた弁護士は,審判開始決定(少年法21条)の発令後,保護事件を終局させる決定が確定してから3年を経過するまでの間(少年法5条の2第2項参照),原則として法律記録の閲覧又は謄写ができます(少年法5条の2第1項)。
(2) 平成20年6月18日法律第71号(平成20年12月15日施行)による少年法の改正前は,法律記録の閲覧又は謄写については,損害賠償請求権の行使のために必要があると認める場合等に限られていました。
   また,閲覧・謄写の対象とされている記録は,保護事件の記録のうち,犯行の動機,態様及びその結果その他当該犯罪に密接に関連する重要な事実を含む非行事実に係る部分に限られていました。
(3) 記録の閲覧又は謄写をした者は,正当な理由がないのに,閲覧又は謄写により知り得た少年の氏名等を漏らす等の行為をしてはなりません(少年法5条の2第3項)。
3 少年事件における意見陳述
   家庭裁判所は,犯罪少年又は触法少年に係る事件の被害者等から,被害に関する心情その他の事件に関する意見の陳述の申出があるときは,自らこれを聴取し,又は家庭裁判所調査官に命じてこれを聴取してくれます。
   ただし,事件の性質,調査又は審判の状況その他の事情を考慮して,相当でないと認めるときは,この限りでありません(少年法9条の2)。
4 少年審判の傍聴
(1) 家庭裁判所は,以下の犯罪行為に関する犯罪少年又は触法少年(12歳未満の少年は除く。)に係る事件の被害者等から,審判期日における審判の傍聴の申出がある場合,少年の年齢及び心身の状態,事件の性質,審判の状況その他の事情を考慮して,少年の健全な育成を妨げるおそれがなく相当と認めるときは,その申出をした者に対し,これを傍聴することを許してくれます(少年法22条の4第1項)。
① 故意の犯罪行為により被害者を死傷させた罪
→ 例えば,殺人罪,殺人未遂罪,傷害致死罪,傷害罪,危険運転致死傷罪です。
② 過失運転致死傷罪
(2) 傍聴が認められた期日であっても,例えば,少年が性的虐待を受けていた事実など,プライバシーに深くかかわる事項に立ち入って話してもらう必要がある場合には,被害者等は退室させられることがあります。
(3) 家庭裁判所は,触法少年に係る事件の被害者等に審判の傍聴を許すか否かを判断するに当たっては,触法少年が,一般に,精神的に特に未成熟であることを十分考慮しなければなりません(少年法22条の4第2項)。
(4) 家庭裁判所は,被害者等が少年審判の傍聴を許すのを許す場合,あらかじめ,弁護士である付添人の意見を聴く必要があり(少年法22条の5第1項),少年に弁護士である付添人がないときは,原則として,弁護士である付添人を付す必要があります(少年法22条の5第2項及び3項)。
(5) 少年審判の傍聴をした者は,正当な理由がないのに,傍聴により知り得た少年の氏名等を漏らす等の行為をしてはなりません(少年法22条の4第5項・5条の2第3項)。
5 被害者等に対する説明
(1) 家庭裁判所は,犯罪少年又は触法少年に係る事件の被害者等から申出がある場合において,少年の健全な育成を妨げるおそれがなく相当と認めるときは,その申出をした者に対し,審判期日における審判の状況を説明します(少年法22条の6第1項)。
(2) 少年審判の結果が確定してから3年を経過したときは,被害者等に対する説明を申し出ることはできません(少年法22条の6第2項)。
(3) 被害者等に対する説明を受けた者は,正当な理由がないのに,説明により知り得た少年の氏名等を漏らす等の行為をしてはなりません(少年法22条の6第3項・5条の2第3項)。
6 被害者等に対する通知
(1) 家庭裁判所は,犯罪少年又は触法少年に係る事件を終局させる決定をした場合において,当該事件の被害者等から申出があるときは,その申出をした者に対し,以下に掲げる事項を通知します。
   ただし,その通知をすることが少年の健全な育成を妨げるおそれがあり相当でないと認められるものについては,この限りでありません(少年法31条の2第1項)。
① 少年及びその法定代理人の氏名及び住居
② 決定の年月日,主文及び理由の要旨
(2) 少年審判の結果が確定してから3年を経過したときは,被害者等に対する通知を申し出ることはできません(少年法31条の2第2項)。

(3) 被害者等に対する通知を受けた者は,正当な理由がないのに,通知により知り得た少年の氏名等を漏らす等の行為をしてはなりません(少年法31条の2第3項・5条の2第3項)。

第8 被害者が捜査によって受ける利益は事実上の利益に過ぎないこと
・ 最高裁平成17年4月21日判決は以下の判示をしています。
    犯罪の捜査は,直接的には,国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって,犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではなく,被害者が捜査によって受ける利益自体は,公益上の見地に立って行われる捜査によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず,法律上保護される利益ではないというべきである最高裁平成元年(オ)第825号同2年2月20日第三小法廷判決・裁判集民事159号161頁参照)から,犯罪の被害者は,証拠物を司法警察職員に対して任意提出した上,その所有権を放棄する旨の意思表示をした場合,当該証拠物の廃棄処分が単に適正を欠くというだけでは国家賠償法の規定に基づく損害賠償請求をすることができないと解すべきである。


第9 犯罪被害者等給付金の支給制度
1 最高裁令和6年3月26日判決は,犯罪被害者等給付金支給法に基づく犯罪被害者等給付金の支給制度の拡充について以下のとおり判示しています。
    犯給法は、昭和55年に制定されたものであるところ、平成13年法律第30号による改正により目的規定が置かれ、犯罪被害者等給付金を支給すること等により、犯罪被害等(犯罪行為による死亡等及び犯罪行為により不慮の死を遂げた者の遺族が受けた心身の被害をいう。以下同じ。)の早期の軽減に資することを目的とするものとされた(平成20年法律第15号による改正前の犯給法1条)。
    その後、平成16年に、犯罪等により害を被った者及びその遺族等の権利利益の保護を図ることを目的とする犯罪被害者等基本法が制定され(同法1条)、基本的施策の一つとして、国等は、これらの者が受けた被害による経済的負担の軽減を図るため、給付金の支給に係る制度の充実等必要な施策を講ずるものとされた(同法13条)。
    そして、平成20年法律第15号による改正により、犯給法は、犯罪行為により不慮の死を遂げた者の遺族等の犯罪被害等を早期に軽減するとともに、これらの者が再び平穏な生活を営むことができるよう支援するため、犯罪被害等を受けた者に対し犯罪被害者等給付金を支給するなどし、もって犯罪被害等を受けた者の権利利益の保護が図られる社会の実現に寄与することを目的とするものとされた(1条)。
    また、平成13年法律第30号及び平成20年法律第15号による犯給法の各改正により、一定の場合に遺族給付金の額が加算されることとなるなど、犯罪被害者等給付金の支給制度の拡充が図られた。
2 犯罪被害者と同性の者は、犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律5条1項1号括弧書きにいう「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」に該当することがあります(最高裁令和6年3月26日判決)。

第10 関連記事その他

1(1) 弁護士白書2016に「犯罪被害者支援に関する活動」が載っています。
(2) 弁護士によるマンガ交通事故相談HP「警察との関係」が載っています。
2 検察庁作成のリーフレット「犯罪被害者の方々へ」のほか,岐阜地検被害者ホットラインが作成している「検察庁における主な対応一覧」が参考になります。
3(1) 以下の資料を乗せています。
・ 警察送致(付)事件における捜査書類の個人特定情報の不記載について(令和5年6月23日付の最高検察庁総務部長,刑事部長及び公安部長の通知)
・ 捜査書類における被害者等の人定事項の記載省略について(令和5年6月23日付の警察庁刑事局刑事企画課長等の通達)
・ 刑事損害賠償命令事件に関する書記官事務の手引(平成28年10月)1/2(本文)及び2/2(書式例)
・ 平成30年5月7日付の参考統計表(最高裁判所事務総局刑事局)を掲載しています。
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 実況見分調書作成時の留意点
・ 交通事故被害者が警察に対応する場合の留意点
・ 検察庁における交通事故事件に関する記録閲覧等の概況
・ 刑事確定訴訟記録の保管機関が検察庁となった経緯
・ 刑事記録の入手方法等に関する記事の一覧

刑事事件の略式手続

目次
第1 略式命令の請求から発令まで
1 略式命令の請求まで
2 略式命令の請求後の取扱い
第2 正式裁判の請求
第3 交通切符の略式手続(=三者即日処理方式)
1 総論
2 交通事件即決裁判
第4 略式手続の沿革
第5 関連記事その他

第1 略式命令の請求から発令まで
1 略式命令の請求まで
(1) 略式命令の請求は,簡易裁判所に対し,公訴の提起と同時に,書面でなされます(刑訴法462条1項)。
実務上は,起訴状の冒頭に,「下記被告事件につき公訴を提起し,略式命令を請求する。」と記載されています(事件事務規程64条1項参照)から,「略式命令請求書」と呼ばれています。
(2) 略式手続によることについて異議がないことを被害者が書面で明らかにしない限り,略式手続とはなりません(刑訴法461条の2第2項,462条2項,刑訴規則288条)。
そのため,略式手続で処理されることについて不服がある場合,通常の刑事裁判を受けることができます。
(3) 略式手続によることについて異議がないことを被疑者が明らかにした書面は実務上,「略式請書」(=略請(りゃくうけ))といわれます。
略式請書は,①略式手続についての説明告知をし,異議の有無を確認した旨の検察官作成に係る告知手続書と,②略式手続によることについて異議がない旨の被疑者作成に係る申述書によって構成されています。
(4)ア 略式命令の請求をする場合,実務上,検察官の科刑意見(没収その他付随処分を含む。)を裁判所に申し出ることになっており,略式命令請求書とは別個に科刑意見書を作成して提出しています(事件事務規程67条3項参照)。
イ 検察官の科刑意見どおりに略式命令が発付された場合であっても,その後累犯前科を含む多数の同種前科の存在が判明するに至ったなどといった事情の下では,検察官がした正式裁判の請求は適法です(最高裁平成16年2月16日決定)。
(5) 逮捕中又は勾留中に略式手続がとられる場合を,「逮捕中在庁略式」又は「拘留中在庁略式」といいます。
(6) 略式命令の請求と同時に,略式命令をするために必要があると考える書類及び証拠物が裁判所に差し出されます(刑訴規則289条)。
これは,いわゆる起訴状一本主義の例外であり,裁判所は,検察官の提出した資料だけを調査して略式命令を発令します。
2 略式命令の請求後の取扱い
(1) 略式命令請求書において,起訴検察官の所属庁の記載並びに検察官の署名(記名)及び押印(刑訴規則60条の2第2項参照)をいずれも欠いている場合,公訴提起の手続がその規定に違反したため無効ですから,刑訴法463条1項・338条4号により,公訴棄却判決が下されます(最高裁平成19年7月5日判決)。
(2) 略式命令の請求を受けた裁判所は,その事件が略式命令をすることができないものであり,又はこれをすることが相当でないものと思料するとき,及び略式命令手続がその規定に違反するときは,通常の規定に従い,審判をしなければなりません(刑訴法463条。「略式不相当」)。
(3) 略式命令は,遅くともその請求のあった日から14日以内に発しなければなりません(刑訴規則290条1項)ものの,これは訓示規定に過ぎません(最高裁昭和39年6月26日決定)。
(4) 略式命令の告知は,裁判書の謄本の送達によってなされます(刑訴規則34条本文)。
(5) 略式命令の送達は,被告人に異議がないときに限り,就業場所,つまり,「その者が雇用,委任その他法律上の行為に基づき就業する他人の住居又は事務所」においてなされます(刑訴規則63条の2,事件事務規程64条4項)。
(6) 略式命令は,正式裁判の請求期間の経過(=14日間の経過)又はその請求の取下により,確定判決と同一の効力を生じます(刑訴法470条)。

第2 正式裁判の請求
1 いったん略式命令を受けたとしても,略式命令の告知を受けた日から14日以内であれば,略式命令を下した簡易裁判所に対し,書面により正式裁判の請求をすることができます(刑訴法465条)。
そして,簡易裁判所が下した正式裁判の判決に対して不服がある場合,高等裁判所に対して控訴の申立てをすることができます(裁判所法16条1号,刑訴法372条以下)。
2 正式裁判の請求があったときは,裁判所は,速やかにその旨を検察官又は被告人に通知し(刑訴法465条2項後段),書類及び証拠物を検察官に変換します(刑訴規則293条)。
これは,起訴状一本主義(刑訴法256条6項)に戻るためです。
3 略式命令をした裁判官は,正式裁判に関与することはできません(刑訴法20条7号)。
4 正式裁判の請求を適法とするときは,裁判所は,通常の規定に従い審判しなければなりません(刑訴法468条2項)。
この場合,裁判所は略式命令に拘束されません(刑訴法468条3項)から,事実認定,法令の適用及び刑の量定のすべてにわたって事由に判断することができ,被告人だけが正式裁判を請求したときでも,不利益変更禁止の原則(刑訴法402条)も適用されません(最高裁昭和31年7月5日決定)。
5 正式裁判の請求は,被告人の明示した意思に反しない限り,弁護人もすることができます(刑訴法467条・355条及び356条)。
6 略式命令で仮納付の命じられた罰金,科料又は追徴に係る裁判について正式裁判の請求があったときは,徴収係事務官は,略式命令請求処理簿にその旨を記入します(徴収事務規程51条前段)。
この場合において,納付されていない仮納付金については執行しません(徴収事務規程51条後段)。
7 正式裁判の請求は,第一審の判決があるまでこれを取り下げることができます(刑訴法466条)。
そのため,刑事記録を閲覧・謄写した上で,略式命令の根拠となった一件記録を確認してから,正式裁判の請求を取り下げることもできます。
8 弁護士を弁護人に依頼した場合,弁護士の差支え日時を通じて,第1回公判期日の指定について裁判所と交渉することが可能です。

第3 交通切符の略式手続(=三者即日処理方式)
1 総論
(1) 三者即日処理方式における三者とは,警察,検察及び裁判所をいいます。
(2) 交通切符の略式手続(=三者即日処理方式。在宅在庁略式の方式)とは,(a)非反則行為に関する道路交通法違反,又は(b)自動車の保管場所の確保等に関する法律違反(以下「交通違反」といいます。)により,警察官から交通切符(赤色切符)の交付を受けて出頭日時・場所を告知された人について,以下の手続を1日で行う処理方式であり,違反者が出頭するのは一回だけで済みます。
① 警察の取調べ
② 検察庁の取調べ
③ 検察庁から簡易裁判所への略式命令請求(刑訴法462条)
→ この時点で「被疑者」から「被告人」に変わります。
④ 簡易裁判所の裁判所書記官からの略式命令謄本の交付(刑訴法463条の2参照)
→ 在宅事件の被告人が裁判所の庁舎で略式命令謄本の交付を受けることから,「在宅在庁」というわけです。
なお,在宅事件の対義語は,身柄事件(=逮捕又は勾留されている事件)です。
⑤ 仮納付の裁判(刑訴法348条)の執行として,検察庁での罰金の仮納付(刑訴法490条1項前段,494条1項参照)
(3) 大阪府の場合,新大阪駅の近くにある大阪簡易裁判所交通分室で三者即日処理方式が行われています。
(4) 通常の裁判手続によると,まず警察での取調べ,次に検察庁での取調べ,更に裁判所での裁判,最後に検察庁への罰金納付といった手続が採られ,手続が終了するまでに警察署・検察庁・裁判所に数回の出頭を余儀なくされます。
そこで,交通違反をした人達の便を考慮し,警察・検察庁の担当者がいわゆる交通裁判所に集まることで,2時間ぐらいですべての手続を終えるようにしています。
(5) 青色切符を切られたにもかかわらず,交通反則金を納付しなかった場合,刑事訴訟手続又は少年審判手続で処理されることとなりますところ,通常は,交通切符の略式手続に基づいて罰金刑を科せられます。
2 交通事件即決裁判
(1) 交通事件即決裁判手続法(昭和29年5月18日法律第113号。昭和29年11月1日施行)に基づく交通事件即決裁判は,昭和54年以降,実施されていません。
略式手続との最大の相違点は,交通事件即決裁判の場合,即決裁判期日を法廷で実施する必要があるという点でした。
(2)ア 交通事件即決裁判手続は,平成16年5月28日法律第62号による改正後の刑訴法に基づき,平成18年10月2日に導入された即決裁判手続(刑訴法350条の2ないし350条の14)とは異なります。
イ 即決裁判手続は憲法32条に違反しません(最高裁平成21年7月14日判決)。

第4 略式手続の沿革
1 平成元年版犯罪白書の「第3章 犯罪者の処遇」には以下の記載があります。
 略式手続は,大正2年4月公布(同年6月1日施行)の刑事略式手続法によって初めて認められ,区裁判所は,検察官の請求により,その管轄に属する刑事事件につき,被告人に異議のない場合に,公判前に略式命令で罰金又は科料を科することができるようになった(略式命令に対して7日以内に正式裁判の申し立てをすることができた。)。
 その後,大正11年5月に公布(13年1月1日施行)された旧刑事訴訟法も,これとほぼ同じ内容の規定が設けられ,略式命令で罰金又は科料を科することができた。昭和18年10月公布の戦時刑事特別法の一部改正(同年11月15日施行)により,略式命令で,1年以下の懲役(窃盗罪等については3年以下の懲役)若しくは禁錮又は拘留をも科することができるようになったが,21年1月に同法が廃止され,略式命令で懲役若しくは禁錮又は拘留を科することはできなくなった。23年7月公布(24年1月1日施行)の現行刑事訴訟法では,簡易裁判所は略式命令で5,000円以下の罰金又は科料を科することができると定められ,その後,略式命令で科することのできる罰金の最高額は,23年12月公布(24年2月1日施行)の罰金等臨時措置法により5万円となり,さらに,47年6月公布の同法の一部改正(同年7月1日施行)により20万円となった。
2 略式手続で科することのできる罰金の最高額は現在,100万円です(刑事訴訟法461条前段)。

第5 関連記事その他
1 審級制度については,憲法81条に規定するところを除いては,憲法はこれを法律の定めるところにゆだねており,事件の類型によって一般の事件と異なる上訴制限を定めても,それが合理的な理由に基づくものであれば憲法32条に違反するものではありません(最高裁大法廷昭和23年3月10日判決,最高裁大法廷昭和29年10月13日判決。なお,最高裁昭和59年2月24日判決,最高裁平成2年10月17日決定参照)。
2 以下の記事も参照してください。
・ 刑事事件の裁判の執行

刑事事件の費用補償及び刑事補償

目次
1 費用補償
2 刑事補償
3 関連記事その他
1 費用補償
(1)   無罪の判決が確定したときは,国は,当該事件の被告人であった者に対し,原則として,その裁判に要した費用の補償をしてくれます(刑訴法188条の2)。
(2) 費用の補償は,被告人であった者の請求により,無罪の判決をした裁判所が,決定をもって行います(刑訴法188条の3第1項)。
(3) 費用の補償の請求は,無罪の判決が確定した後6ヶ月以内にしなければなりません(刑訴法188条の3第2項)。
(4) 補償される費用の範囲は以下のものに限られます(刑訴法188条の6)。
① 被告人若しくは被告人であった者又はそれらの者の弁護人であった者が公判準備及び公判期日に出頭するに要した旅費,日当及び宿泊料
② 弁護人であった者に対する報酬
(4) 弁護士法人金岡法律事務所HPの「合理的な嫌疑を否定し公訴提起に国賠法上の違法を認めた事例」には「これは私自身も何度も経験していることであるが、費用補償事件は、「法テラスの国選弁護報酬基準を参考としつつ」報酬算定する等の考え方が定着してしまっており、私選弁護人費用からすれば、ごく一部しか補償されない。」と書いてあります。
2 刑事補償
(1) ①未決の抑留又は拘禁を受けた後に無罪の裁判を受けたり,②再審等の手続において無罪の裁判を受けた者が原判決によってすでに刑の執行を受けたりしていた場合,刑事補償法(昭和25年1月1日法律第1号。同日施行)に基づき,国に対し,抑留又は拘禁による補償を請求することができます(憲法40条参照)。
   ただし,①身体を拘束されずに起訴されて無罪となった場合,「未決の抑留又は拘禁」を受けていない以上,刑事補償請求権は認められませんし,②抑留又は拘禁を受けたとしても,被疑事実が不起訴となった場合,「無罪の裁判」を受けていない以上,刑事補償請求権は認められません(②につき最高裁大法廷昭和31年12月22日決定)。
(2) 未決勾留は,本刑に算入されることによって,刑事補償の対象としては刑の執行と同視されるべきものとなり,もはや未決勾留としては刑事補償の対象とはなりません(最高裁昭和34年10月29日決定)。
   また,本刑に算入された未決勾留日数については,その刑がいわゆる実刑の場合においてはもとより,執行猶予付きの場合においても,もはや未決勾留としては,刑事補償の対象とはなりません(最高裁昭和55年12月9日決定)。
   これらの取扱いは,未決勾留が刑の執行と同一視される場合,又はその可能性がある場合,未決勾留が本刑に算入されることが利益となり,本刑に算入された未決勾留について,更に刑事補償をすることは,二重に利益を与えることになると解されるからです(最高裁平成6年12月19日決定)。
(3) 抑留又は拘禁による損害が刑事補償による補償額を上回る場合,その抑留又は拘禁が国家機関の故意又は過失に基づくときは,国家賠償法により,その差額を国家賠償により請求できますし,最初から刑事補償によらず国家賠償を請求するということも可能です(平成12年2月3日の衆議院予算委員会における臼井法務大臣の答弁。なお,刑事補償法5条参照)。
(4) 刑訴法の規定による免訴又は公訴棄却の裁判を受けた者は,もし免訴又は公訴棄却の裁判をすべき事由がなかったならば無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるときは,国に対して,抑留若しくは拘禁による補償又は刑の執行若しくは拘置による補償を請求することができます(刑事補償法25条1項)。

3 関連記事
・ 弁護人上告に基づき原判決を破棄した最高裁判決の判示事項(平成元年以降の分)
・ 刑事の再審事件

刑事事件の裁判の執行

目次
第1 裁判の執行の時期等
第2 執行指揮
第3 自由刑の執行
第4 自由刑の執行停止及び執行延期
1 自由刑の執行停止
2 自由刑の執行延期
第5 未決勾留日数の通算
第6 財産刑及び労役場留置の執行
1 総論
2 徴収金の納付
3 徴収停止の処分,及び徴収不能決定の処分
4 労役場留置の執行
第7 関連記事その他

第1 裁判の執行の時期
1 裁判の執行とは,国家の強制力により裁判の内容を実現することをいいます。
裁判は,上訴又はこれに準ずる不服申立てによって争うことができなくなったときに確定し,その裁判内容に応じた執行力を生じることとなります。
2 裁判の執行については,刑訴法及び刑訴規則の他,執行事務規程に詳細な規定が設けられています(検察庁法32条,検察庁事務章程29条参照)。
3(1) 裁判は,原則として,確定した後に執行されます(刑訴法471条)。
(2) 以下の場合,裁判の確定を待たずに直ちに執行することができます。
① 即時抗告の許されない決定
執行停止決定(刑訴法424条1項ただし書,2項)がない限り,直ちに執行することができます。
② 仮納付の裁判
直ちに執行することができます(刑訴法348条3項)。
ただし,不完納の場合でも,労役場留置をすることはできません(刑法18条5項参照)。
4 以下の場合,裁判が確定しても直ちに執行することはできません。
① 訴訟費用の負担を命じる裁判
訴訟費用の執行免除の申立ての期間内(裁判が確定してから20日以内であることにつき刑訴法500条),及びその申立てがあったときは,その申立てについての裁判が確定するまで執行されません(刑訴法483条)。
② 罰金又は科料不納付の場合の労役場留置
裁判確定後,罰金については30日以内,科料については10日以内は,本人の承諾がなければ留置の執行はされません(刑法18条5項)。
③ 死刑の判決
法務大臣の命令がなければ執行されません(刑訴法475条1項,執行事務規程10条参照)。
④ 保釈の決定
保釈保証金の納付がなければ執行されません(刑訴法94条1項)。

第2 執行指揮
1 裁判の執行指揮は,原則として,その裁判をした裁判所に対応する検察庁の検察官が行います(検察庁法4条,5条,及び刑訴法472条1項)。
ただし,上訴審の裁判,又は上訴の取下げにより下級の裁判所の裁判を執行する場合,上訴裁判所に対応する検察庁の検察官が指揮します(刑訴法472条2項)。
2(1) 刑の執行指揮は書面で行い,裁判書又は裁判を記載した調書の謄本又は抄本を添える必要があります(刑訴法473条本文,刑訴規則36条1項・57条)。
(2) 刑の執行指揮に関する書面は,執行指揮書といわれます(執行事務規程19条)。
3 刑以外の裁判の執行は,必ずしも書面によることを必要とせず,裁判書の原本,謄本若しくは抄本又は裁判を記載した調書の謄本若しくは抄本に「認印」して,執行を指揮することができます(刑訴法473条ただし書)。
この認印は実務上,「指揮印」と呼ばれており,例えば,勾留状の執行は,指揮印によって行われています(事件事務規程23条1項)。

第3 自由刑の執行
1 自由刑の判決が執行される場合,被告人は刑事施設に収容されます(懲役につき刑法12条2項,禁錮につき刑法13条2項及び拘留につき刑法16条)。
2 拘禁中の被告人について自由刑の判決が確定したときは,検察官は,速やかにその者が収容されている刑事施設の長に対し,刑の執行を指揮します(執行事務規程17条1項)。
3(1) 拘禁されていない被告人について自由刑の判決が確定したときは,検察官は,執行のためにこれを呼び出すことを要し,被告人が呼出しに応じない場合,収容状を発付しなければなりません(刑訴法484条,執行事務規程18条1項)。
ただし,自由刑の言渡しを受けた被告人が逃亡し,又は逃亡するおそれがあるときは,検察官は呼び出すことなく直ちに収容状を発付し,又は司法警察員をしてこれを発付させることができます(刑訴法485条,執行事務規程21条)。
(2) 収容状(刑訴法487条)は,勾引状と同一の効力を有し(刑訴法488条),その執行については拘引状の執行に関する規定が準用されます(刑訴法489条)。

第4 自由刑の執行停止及び執行延期
1 自由刑の執行停止
(1) 自由刑の執行停止には,①必要的刑の執行停止,及び②任意的刑の執行停止がありますところ,刑の執行停止の間は,刑の時効は停止します(刑法33条)。
(2) 必要的刑の執行停止は,自由刑の言渡しを受けた者が心神喪失の状態にあるときに認められます(刑訴法480条及び481条,執行事務規程28条)
(3) 任意的刑の執行停止は,以下の事由があるときに認められます(刑訴法482条,執行事務規程29条)ものの,実際に刑の執行停止があるかどうかは,検察官の判断次第です。
① 刑の執行によって,著しく健康を害するとき,又は生命を保つことのできないおそれがあるとき。
② 年齢70年以上であるとき。
③ 受胎後150日以上であるとき。
④ 出産後60日を経過しないとき。
⑤ 刑の執行によって回復することのできない不利益を生ずるおそれがあるとき。
⑥ 祖父母又は父母が年齢70年以上又は重病若しくは不具で,他にこれを保護する親族がないとき。
⑦ 子又は孫が幼年で,他にこれを保護する親族がないとき。
⑧ その他重大な事由があるとき。
(4) 刑の執行指揮前に刑の執行が停止されたときは,執行係事務官は,刑執行停止者にその旨を通知します(執行事務規程31条2項)。
(5) 保護観察所の長は、刑執行停止者について,検察官の請求(執行事務規程31条7項参照)があったときは,その者に対し,適当と認める指導監督,補導援護並びに応急の救護及びその援護の措置をとることができます(更生保護法88条)。
2 自由刑の執行延期
(1) 自由刑の言渡しを受けた者が,病気等の理由で執行の延期の申立てをしたときは,検察官は,その事由について調査し,やむを得ない事情があると認めるときは,自由刑の執行を延期することができます(執行事務規程20条)。
(2) 自由刑の執行延期は,自由刑の執行停止と異なりますから,刑の時効は停止しません。

第5 未決勾留日数の通算
1 未決勾留とは,勾留状による被告人の勾留をいいますところ,未決勾留日数の通算には以下のものがあります。
① 法定通算(刑訴法495条)
法定通算とは,未決勾留日数を本刑に通算するかどうかの裁量権が裁判所にゆだねられておらず,本刑が執行される際,法律上当然に本刑に算入されるものをいいます。
(a) 上訴提起期間中の未決勾留日数
上訴申立後の未決勾留日数を除き,全部これを本刑に通算します(刑訴法495条1項)。
(b) 上訴申立後の未決勾留日数
検察官が上訴を申し立てたとき,又は検察官以外の者が状を申し立てた場合において,その上訴審において原判決が破棄されたときは,全部これを本刑に通算します(刑訴法495条2項)。
(c) 上訴裁判所が原判決を破棄した後の未決勾留は,上訴中の未決勾留日数に準じて,これを通算します(刑訴法495条4項)。
② 裁定通算(刑法21条)
裁定通算とは,裁判所の裁量によって,判決主文において刑の言渡しと同時に,未決勾留日数の全部又は一部を本刑に算入することをいいます。
2 控訴審が被告人の控訴に基づき第一審判決を破棄する場合,控訴申立後の未決勾留日数は,刑訴法495条2項2号により,判決が確定して本刑の執行される際当然に全部本刑に通算されるべきものであって,控訴裁判所には,右日数を本刑に通算するか否かの裁量権が委ねられていません。
そのため,刑法21条により控訴審判決においてその全部又は一部を本刑に算入する旨の言渡しをすべきではありません(最高裁昭和46年4月15日判決。なお,先例として,最高裁昭和26年3月29日決定)。

第6 財産刑及び労役場留置の執行
1 総論
(1)ア ①罰金,②科料,③没収等の財産刑のほか,④追徴,⑤過料,⑥没取(ぼっしゅ),⑦訴訟費用,⑧費用賠償,⑨仮納付,⑩犯罪被害者等保護法11条1項の費用及び⑪民事訴訟法303条1項の納付金の裁判は,検察官の指揮又は命令によって執行されます(刑訴法472条・490条1項。②没収につき刑訴法496条,⑤過料につき民事訴訟法189条及び非訟事件手続法163条,⑨につき刑訴法494条)。
イ   ③没収を除く10種類のものは徴収金といわれ(徴収事務規程1条),国の債権の管理等に関する法律(昭和31年5月22日法律第114号。昭和32年1月10日施行)の適用がありません(同法3条1項1号)。
(2) 罰金(刑法15条)は1万円以上であるのに対し,科料(刑法17条)は1000円以上1万円未満です。
(3)ア 没収(刑法19条)とは,物の所有権を原所有者から剥奪して国庫に帰属させる処分をいい,証拠品の没収手続については,証拠品事務規程26条ないし43条で定められています。
イ 没収の目的である株券が押収されて検察官に保管されている場合,没収の判決の確定と同時に没収の効力,つまり,株式の国庫帰属の効力を生じ,この場合,特に検察官の執行命令による執行を必要とするものではありません(最高裁昭和37年4月20日判決)。
(4) 犯罪による利得を犯人の手に残さないために,没収が不可能な場合,追徴されます(刑法19条の2)。
(5) 保釈の取消し等があった場合,保証金は没取されます(刑訴法96条2項及び3項)。
(6) 被害者参加人が,裁判所の判断を誤らせる目的で,その資力又は療養費等の額について虚偽の記載のある書面を提出したことによりその判断を誤らせたときは,裁判所は,決定で,当該被害者参加人に対し,被害者参加弁護士の報酬等の全部又は一部を徴収することができます(犯罪被害者等保護法11条1項)。
(7) 民事訴訟における控訴裁判所は,控訴を棄却する場合において,控訴人が訴訟の完結を遅延させることのみを目的として控訴を提起したものと認めるときは,控訴人に対し,控訴提起手数料として納付すべき金額の10倍以下の金銭の納付を命ずることができます(民事訴訟法303条1項)。
(8) 徴収金のうち,罰金,科料,刑事訴訟費用,追徴金又は過料の請求権は,「罰金等の請求権」に当たります(破産法97条6号)。
   そのため,これらの納付義務は,免責許可決定を受けたとしても免責してもらうことはできません(破産法253条1項7号)。
2 徴収金の納付
(1) 徴収金は,所定の納付期限までに,①検察庁が指定する方法で検察庁指定の金融機関に納めるか(徴収事務規程14条1項参照),又は②検察庁に直接納めることになります(徴収事務規程14条2項参照)。
(2) 徴収金が納付期限までに納付されなかったときは,検察官は,必要に応じ,徴収係事務官をして納付義務者に対し,納付書を添付した督促状その他適宜の方法により,その納付を督促させます(徴収事務規程15条)。
(3) 徴収金について納付義務者から納付すべき金額の一部につき納付の申出があったときは,徴収主任(各検察庁の検察事務官から選任されることにつき徴収事務規程3条)は,事情を調査し,その事由があると認めるときは,一部納付願を徴して検察官の許可を受けます(徴収事務規程16条1項)。
(4) 納付義務者から納付延期の申出があったときは,徴収主任は,事情を調査し,その事由があると認めるときは,納付延期願を徴して検察官の許可を受けます(徴収事務規程17条1項・16条1項)。
(5) 納付した罰金は,所得税における事業所得等の必要経費に算入されません(所得税法45条1項6号)し,法人税における各事業年度の所得の金額の計算上,損金に算入されません(法人税法55条4項1号)。
3 徴収停止の処分,及び徴収不能決定の処分
(1) 徴収停止の処分
徴収金の納付義務者について以下の事由がある場合,検察官は,徴収停止の処分をすることができます(徴収事務規程39条)。
   ただし,罰金又は科料に係る徴収金については,(a)納付義務者につき①又は②の事由があり,かつ,(b)納付義務者の所在不明以外の事由により労役場留置の執行をすることができないときに限ります。
① 強制執行をすることができる財産がないとき。
② 強制執行をすることによってその生活を著しく窮迫させるおそれがあるとき。
③ その所在及び強制執行をすることができる財産がともに不明であるとき。
→ 非訟による過料又は訴訟費用に係る徴収金については,その所在が不明であれば足ります。
(2) 徴収不能決定の処分
ア 以下の場合,法律上執行不能ですから,検察官は徴収不能決定の処分をします(徴収事務規程41条)。
① 時効が完成したとき。
② 納付義務者が死亡したとき。
→ 罰金又は追徴に係る徴収金について刑訴法491条により相続財産に対し執行することができるときを除きます。
③ 罰金,科料又は追徴に係る徴収金についてその言渡しを受けた者に対し大赦,特赦又は刑の執行の免除があったとき。
④ 没取又は訴訟費用に係る徴収金についてその本案の裁判によって有罪の言渡しを受けた者に対し大赦又は特赦があったとき。
⑤ その他法律上執行できない事由が生じたとき。
イ 以下の場合,事実上執行不能ですから,検察官は,検事総長又は検事長の許可を受けた上で,徴収不能決定の処分をすることができます(徴収事務規程42条)。
① 納付義務者が解散した法人である場合において,その法人が無資力であるとき。
② 納付義務者が外国人であってその者が出国したとき。
4 労役場留置の執行
(1) 罰金又は科料を完納することができない場合,1日以上2年以下の期間,労役場に留置されます(刑法18条1項及び2項)。
ただし,少年に対しては,労役場留置の言渡しをされることはありません(少年法54条)。
(2) 労役場とは,法務大臣が指定する刑事施設に附置する場所をいいます(刑事収容施設法287条1項)。
(3) 裁判所が罰金の言渡しをするときは,その言渡しとともに,罰金を完納することができない場合における留置の期間を定めて言い渡します(刑法18条4項)。
   具体的には,罰金判決の主文において,以下のように言い渡されます。
被告人を罰金20万円に処する。これを完納することができないときは,金5,000円を一日に換算した期間(端数があるときは,これを一日に換算する)被告人を労役場に留置する。
(4) 労役場留置者の処遇に関しては,その性質に反しない限り,懲役受刑者に関する処遇が準用されます(刑事収容施設法288条)。
(5) 罰金については裁判が確定した後30日以内,科料については裁判が確定した後10日以内は,本人の承諾がなければ,労役場留置の執行をされることはありません(刑法18条5項)。
(6) 罰金又は科料に係る徴収金について納付義務者が完納しない場合において,労役場に留置するときは,検察官は,刑事施設の長に対し,労役場留置執行指揮書によりその執行を指揮します(徴収事務規程30条1項)。
(7) 検察官が労役場留置の執行をする場合,罰金等の言渡しを受けた者に対し,呼出状を送付したり,収容状を発付したりします(刑訴法505条・484条及び485条,並びに徴収事務規程32条及び33条)。

(8) 刑事施設の長,労役場留置の執行を受けている者又はその関係人から刑訴法480条又は482条各号に規定する事由(=刑の必要的又は任意的執行停止の事由)による労役場留置の執行停止の上申があった場合,検察官は,その事由を審査し,事由があると認めるときは,労役場留置執行停止書を作成し,釈放指揮書によりその者が収容されている刑事施設の長に対し,釈放の指揮をします(徴収事務規程37条1項)。

第7 関連記事その他
1 検察官又は裁判所若しくは裁判官は,裁判の執行に関して必要があると認めるときは,公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができます(刑訴法507条)。
2 以下の記事も参照してください。
・ 仮釈放
・ 仮釈放に関する公式の許可基準
・ 死刑執行に反対する日弁連の会長声明等
・ 死刑囚及び無期刑の受刑者に対する恩赦による減刑
・ マル特無期事件
・ 弁護人

刑事事件の上訴及び不服申立て

目次
第1 総論
第2 控訴
1 控訴の申立て
2 控訴趣意書
3 控訴理由
4 被告人の移送
5 控訴審の公判審理の特則
6 控訴審の裁判
第3 上告
1 上告の申立て
2 上告趣意書
3 上告理由,及び上告受理の申立理由
4 跳躍上告
5 上告審の公判審理の特則
6 上告審の裁判
第4 非常上告
第5 勾留及び保釈に関する不服申立て
1 総論
2 勾留に関する不服申立て
3 保釈に関する不服申立て
第6 関連記事その他

第1 総論
1 検察官及び被告人は,第一審判決に対して上訴をすることができます(刑訴法351条1項)。
2 検察官又は被告人以外の者で決定を受けたものは,抗告をすることができます(刑訴法352条)。
3 被告人の法定代理人又は保佐人は,被告人のため上訴をすることができますし(刑訴法353条),原審における代理人又は弁護人は,被告人のため上訴をすることができます(刑訴法355条)。
    ただし,これらの者は,被告人の明示した意思に反して上訴をすることはできません(刑訴法356条)。
4(1) 上訴は,裁判の一部に対してこれをすることができます(刑訴法357条前段)。
(2) 「裁判の一部」とは,例えば,①併合罪の一部について有罪,他について無罪となったとき,あるいは,②一部について自由刑,他について罰金刑となった場合のように,主文が二つになったときのその主文のいずれかをいい,その主文の有罪あるいは自由刑となった部分だけについても上訴することができます。
(3)  数罪であっても併合罪として一個の刑が言い渡された場合,上訴の関係では不可分となり,これを分離して上訴することができないのであって,一部の事実のみを不服として上訴しても,その効力は全体について生じます。
5(1) 刑事施設にいる被告人が上訴の提起期間内に上訴の申立書を刑事施設の長又はその代理者に差し出したときは,上訴の提起期間内に上訴をしたものとみなされます(刑訴法366条1項)。
(2) 被告人が自ら申立書を作ることができないときは,刑事施設の長又はその代理者は,これを代書し,又は所属の職員に代書させなければなりません(刑訴法366条2項)。


第2 控訴
1 控訴の申立て

(1) 控訴は,地方裁判所又は簡易裁判所がした第一審の判決に対してこれをすることができます(刑訴法372条)。
(2)   刑事事件の控訴裁判所は常に高等裁判所となります(裁判所法16条1号)。
(3) 控訴の提起期間は14日です(刑訴法373条)。
(4) 控訴をするには,申立書を第一審裁判所に差し出さなければなりません(刑訴法374条)。
(5) 平成20年6月18日法律第71号(平成20年12月15日施行)による少年法改正の結果,成人の刑事事件であっても,家庭裁判所が刑事事件を取り扱うことがなくなりました。
(6) 控訴の申立てが明らかに控訴権の消滅後にされたものである場合を除き,第一審裁判所は,公判調書の記載の正確性についての異議申立期間の経過後,速やかに訴訟記録及び証拠物を控訴裁判所に送付しなければなりません(刑訴規則235条)。
2 控訴趣意書
(1) 控訴申立人は,控訴裁判所が定める期間内に,控訴趣意書を控訴裁判所に差し出さなければなりません(刑訴法376条,刑訴規則236条)。
(2) 控訴裁判所は,控訴趣意書を差し出すべき期間経過後に控訴趣意書を受け取った場合においても,その遅延がやむを得ない事情に基づくものと認めるときは,これを期間内に差し出されたものとして審判をすることができます(刑訴規則238条)。
(3) 控訴趣意書には,控訴の理由を簡潔に明示しなければなりません(刑訴規則240条)。
(4) 控訴裁判所は,控訴趣意書を受け取ったときは,速やかにその謄本を相手方に送達しなければなりません(刑訴規則242条)。
(5)ア 控訴の相手方は,控訴趣意書の謄本の送達を受けた日から7日以内に答弁書を控訴裁判所に差し出すことができます(刑訴規則243条1項)。
イ 検察官が相手方であるときは,重要と認める控訴の理由について答弁書を差し出さなければなりません(刑訴規則243条2項)。
(6) 控訴裁判所は,答弁書を受け取ったときは,速やかにその謄本を控訴申立人に送達しなければなりません(刑訴規則243条5項)。
(7) 裁判長は,合議体の構成員に控訴申立書,控訴趣意書及び答弁書を検閲して報告書を作らせることができます(刑訴規則245条1項)。
この場合,受命裁判官は,公判期日において,弁論前に,報告書を朗読しなければなりません(刑訴規則245条2項)。

3 控訴理由
(1) 控訴理由の体系
ア 控訴理由の体系は以下のとおりであり,これらの控訴理由を理由とするときに限り,控訴することができます(刑訴法384条)。
① 訴訟手続の法令違反(刑訴法377条ないし379条)
・ 後述するとおり,絶対的控訴理由(刑訴法377条及び379条)及び相対的控訴理由(刑訴法379条)があります。
② 法令適用の誤り(刑訴法380条)
・ 法令適用の誤りは,その誤りが明らかに判決に影響を及ぼす場合に限り控訴理由となりますところ,例としては,認定事実に対する実体法の適用の誤りがあります。
③ 量刑不当(刑訴法381条,382条の2)
・ 量刑不当を理由として控訴の申立てをした場合,控訴趣意書に,訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現れている事実であって量刑不当であることを信じるに足りるものを援用しなければなりません(刑訴法381条)。
④ 事実誤認(刑訴法382条,382条の2)
・ 事実誤認を理由として控訴の申立てをした場合,控訴趣意書に,訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現れている事実であって明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用しなければなりません。
⑤ 再審請求理由の存在(刑訴法383条1項)
・ 再審請求理由は,刑訴法435条所定事由のことです。
⑥ 判決後の刑の廃止・変更,大赦(刑訴法383条2項)
・ 刑の変更とは,刑法6条の刑の変更をいいます。
イ やむを得ない事由によって第一審の弁論終結前に取調べを請求することができなかった証拠によって証明することのできる事実であって量刑不当又は事実誤認があることを信ずるに足りるものは,訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現れている事実以外の事実であっても,控訴趣意書にこれを援用することができます(刑訴法382条の2第1項)。
    第一審の弁論終結後判決前に生じた事実であって量刑不当又は事実誤認があることを信ずるに足りるものについても同様です(刑訴法382条の2第2項)。
   これらの場合,控訴趣意書に,その事実を疎明する思料を添付しなければなりません(刑訴法382条の2第3項前段)し,第一審の弁論終結前に生じた事実については,やむを得ない事由によってその証拠の取調を請求することができなかった旨を疎明する資料をも添付しなければなりません(刑訴法382条の2第3項後段)。
ウ 適法な証拠調べを経ていない証拠を他の証拠と総合して犯罪事実を認定した違法があっても,その証拠調べを経ない証拠を除外してもその犯罪事実を認めることができる場合には、右の違法は判決破棄の理由になりません(最高裁昭和29年6月19日決定。なお,先例として,最高裁昭和26年3月6日判決)。
エ 最高裁平成24年2月13日判決は,控訴審における事実誤認の審査の方法について以下のとおり判示しています(ナンバリング及び改行は筆者が行いました。)。
① 刑訴法は控訴審の性格を原則として事後審としており,控訴審は,第1審と同じ立場で事件そのものを審理するのではなく,当事者の訴訟活動を基礎として形成された第1審判決を対象とし,これに事後的な審査を加えるべきものである。
   第1審において,直接主義・口頭主義の原則が採られ,争点に関する証人を直接調べ,その際の証言態度等も踏まえて供述の信用性が判断され,それらを総合して事実認定が行われることが予定されていることに鑑みると,控訴審における事実誤認の審査は,第1審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきものであって,刑訴法382条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である。
   したがって,控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである。
② このことは,裁判員制度の導入を契機として,第1審において直接主義・口頭主義が徹底された状況においては,より強く妥当する。
(2) 訴訟手続の法令違反
ア 訴訟手続の法令違反のうち,絶対的控訴理由は以下のとおりです。
① 法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと(刑訴法377条1項)
→ 例えば,合議体によるべき事件を一人の裁判官が審判した場合があります。
② 法令により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと(刑訴法377条2項)
→ 例えば,除斥原因のある裁判官が判決に関与した場合があります。
③ 審判の公開に関する規定に違反したこと(刑訴法377条3項)
④ 不法に管轄又は管轄違いを認めたこと(刑訴法378条1項)
→ 例えば,事物管轄,土地管轄(刑訴法329条,331条)に違反した場合があります。
⑤ 不法に公訴を受理し,又はこれを棄却したこと(刑訴法378条2項)
⑥ 審判の請求を受けた事件について判決せず,又は審判の請求を受けない事件について判決したこと(刑訴法378条3項)
→ 「審判の請求を受けた事件」とは,(a)公訴の提起のあった事件又は(b)準起訴手続で審判に付された事件をいいます。
   「判決せず」の例としては,併合罪として起訴された数個の犯罪事実の一部について,証明がなかったのに,主文において無罪の言渡しをしなかった場合があります(札幌高裁昭和58年5月24日判決参照)。
   「審判の請求を受けない事件について判決した」の例としては,公訴事実と同一性のない別の事実について審判した場合があります(最高裁昭和29年8月20日判決,最高裁昭和33年2月21日判決参照)。
⑦ 判決に理由を付せず,又は理由に食い違いがあること(理由不備)(刑訴法378条4項)
→ 判決に理由を付さないというのは,全然理由を付さない場合,及び一部分だけ理由を各場合の両方を含みます。
   また,理由に食い違いがあるというのは,主文と理由との間,又は理由の内部において食い違いがあることをいうのであって,積極的な矛盾の他に,判決摘示の証拠によっては判示事実の認定ができないような場合を含みます(最高裁昭和24年6月18日判決,最高裁昭和25年2月28日判決参照)。
   しかし,判決に摘示されていない証拠と理由との食い違いは事実誤認の問題となります。
イ 刑訴法377条所定の控訴理由を主張する場合,控訴趣意書に,その事由があることの充分な証明をすることができる旨の検察官又は弁護人の保証書を添付しなければなりません。
ウ その他の訴訟手続の法令違反は,相対的控訴理由として,判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に限り,控訴理由となります(刑訴法379条)。
   この場合,控訴趣意書に,訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現れている事実であって明らかに判決に影響を及ぼすべき法令の違反があることを信ずるに足りるものを援用しなければなりません。
エ 「訴訟手続」とは,第一審判決の直接の基礎となった審判手続をいい,判決手続も含まれますものの,捜査,勾留,勾引,略式手続,更新前の公判手続は含まれません。
   「法令違反」とは,その結果訴訟手続が無効とされる場合をいいます。
   「判決に影響を及ぼす」とは,その違反がなかったならば現になされた第一審判決と異なる判決がなされたであろうという蓋然性のあることをいいます(最高裁大法廷昭和30年6月22日判決)。

4 被告人の移送
(1) 被告人が刑事施設に収容されている場合において公判期日を指定すべきときは,控訴裁判所は,その旨を対応する検察庁の検察官に通知しなければなりません(刑訴規則244条1項)。
   この場合,検察官は,速やかに被告人を控訴裁判所の所在地の刑事施設に移さなければなりません(刑訴規則244条2項)。
(2) 被告人が控訴裁判所の所在地の刑事施設に移されたときは,検察官は,速やかに被告人の移された刑事施設を控訴裁判所に通知しなければなりません(刑訴規則244条3項)。
5 控訴審の公判審理の特則
(1) 控訴審の公判審理については,刑訴法に特別の定めがある場合を除き,第一審の公判に関する規定が準用されます(刑訴法404条,刑訴規則250条)。
   例えば,①被告人が心神喪失の状態にあるときは公判手続を停止するという刑訴法314条1項,及び②開廷後裁判官が変わったときは,公判手続を更新しなければならないという刑訴法315条は控訴審に準用されます(①につき最高裁昭和53年2月28日判決,②につき最高裁昭和30年12月26日判決)。
(2) 控訴審では,弁護士以外の者を弁護人に選任することができません(刑訴法387条)。
(3) 控訴審では,被告人のためにする弁論は,弁護人でなければ,これをすることができません(刑訴法388条)。
(4) 控訴審の公判期日では,検察官及び弁護人は,控訴趣意書に基づいて弁論をしなければなりません(刑訴法389条)。
(5)ア 控訴審においては,裁判所の出頭命令がない限り,控訴人が公判期日に出頭することを要しません(刑訴法390条)。
イ 令和5年改正の刑訴法に基づき,保釈中の被告人に対する判決宣告期日については,原則として出頭命令が下されます。


(6) 控訴裁判所は,控訴趣意書に包含された事項は,これを調査しなければなりません(刑訴法392条1項)。
また,控訴裁判所は,控訴趣意書に包含されない事項であっても,第一審の弁論終結後の事情を除き,職権で控訴理由に該当する事由を調査することができます(刑訴法392条2項)。
(7) 控訴裁判所は,控訴趣意書に包含された事項等について調査をするについて必要があるときは,検察官,被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で事実の取調べをすることができます(刑訴法393条1項本文)。
ただし,刑訴法382条の2の疎明があったものについては,量刑不当又は事実誤認に該当する場合に限り,これを取り調べなければなりません(刑訴法393条1項ただし書)。
(8)ア 控訴裁判所は,必要があると認めるときは,職権で,第一審判決後の刑の量定に影響を及ぼすべき情状について取調べをすることができます(刑訴法393条2項)。
イ 「第一審判決後の刑の量定に影響を及ぼすべき情状」の典型例は,第一審判決後に成立した被害者との示談でありますところ,この事実を取り調べるかどうかは控訴裁判所の裁量となるのであって,控訴人としては,控訴裁判所の職権発動を求めることしかできません。
(9) 控訴審において事実の取調べをした場合,検察官及び弁護人は,その結果に基づいて弁論をすることができます(刑訴法393条4項)。
(10) 第一審において証拠とすることができた証拠は,控訴審においてもこれを証拠とすることができます(刑訴法394条)。
(11) 第一審における証拠とすることの同意を控訴審に至って撤回することは,原則として許されません(最高裁昭和37年12月25日判決)。

6 控訴審の裁判
(1) 控訴裁判所は,所定の期間内に控訴趣意書の提出がなかったり,控訴趣意書に記載された控訴申立理由が明らかに控訴理由に該当しなかったりした場合,決定で控訴を棄却しなければなりません(刑訴法386条1項)。
   ただし,控訴棄却決定に対しては即時抗告をすることができます(刑訴法386条2項)。
(2) 控訴裁判所は,控訴の申立てが法令上の方式に違反し,又は控訴権の消滅後にされたものであるときは,判決で控訴を棄却しなければなりません(刑訴法395条)。
(3) 控訴裁判所は,控訴理由に該当する事由がないときは,判決で控訴を棄却しなければなりません(刑訴法396条)。
(4) 控訴裁判所は,控訴理由に該当する事由があるときは,判決で原判決を破棄しなければなりません(刑訴法397条1項)。
(5) 控訴裁判所は,第一審判決後の刑の量定に影響を及ぼすべき情状を取り調べた結果,原判決を破棄しなければ明らかに正義に反すると認めるときは,判決で原判決を破棄することができます(刑訴法397条2項)。
(6) 控訴裁判所は,不法に管轄違いを言い渡し,又は公訴を棄却したことを理由として原判決を破棄するときは,判決で事件を原裁判所に差し戻さなければなりません(刑訴法398条)。
(7) 控訴裁判所は,不法に管轄を認めたことを理由として原判決を破棄するときは,判決で事件を管轄第一審裁判所に移送しなければなりません(刑訴法399条本文)。
(8)ア 控訴裁判所は,管轄違い等以外の理由で原判決を破棄するときは,判決で,事件を原裁判所に差し戻し,又は原裁判所と同等の他の裁判所に移送しなければなりません(刑訴法400条本文)。
   ただし,控訴裁判所は,訴訟記録並びに控訴裁判所において取り調べた証拠によって,直ちに判決をすることができるものと認めるときは,被告事件について更に判決をすることができます(刑訴法400条ただし書)。
イ 最高裁令和5年6月20日決定は,公訴事実記載の事実の存在を認定した上で本件は被告事件が罪とならないときに当たるとして無罪とした第1審判決を法令適用の誤りを理由に破棄し,事実の取調べをすることなく公訴事実と同旨の犯罪事実を認定して自判をした原判決が、刑訴法400条ただし書に違反しないとされた事例です。
(9) 被告人が控訴をし,又は被告人のため控訴をした事件については,原判決の刑より重い刑を言い渡すことができません(刑訴法402条)。
(10) 控訴裁判所は,原裁判所が不法に公訴棄却の決定をしなかったときは,決定で公訴を棄却しなければなりません(刑訴法403条1項)。

第3 上告
1 上告の申立て
(1) 上告は,高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対してこれをすることができます(刑訴法405条)。
(2)ア 高等裁判所が第一審として判決を下すのは,内乱罪(刑法77条),内乱の予備又は陰謀罪(刑法78条)),及び内乱等幇助罪(刑法79条)(裁判所法16条4号)の場合です。
イ かつては独占禁止法89条ないし91条違反の罪については,東京高等裁判所が第一審として裁判をしていましたものの,平成17年4月27日法律第35号(平成18年1月1日施行)による改正後の独占禁止法では,通常の地方裁判所が第一審として裁判をするようになりました。
(3) 上告の提起期間は,14日です(刑訴法414条・373条)。
(4) 上告をするには,申立書を控訴裁判所に差し出さなければなりません(刑訴法414条・374条)。
(5) 上告の申立てが明らかに上告権の消滅後にされたものである場合を除き,原裁判所は,公判調書の記載の正確性についての異議申立期間の経過後,速やかに訴訟記録を上告裁判所に送付しなければなりません(刑訴規則251条)。
2 上告趣意書
(1) 上告申立人は,最高裁判所の指定した日までに,上告趣意書を上告裁判所に差し出さなければなりません(刑訴法414条・376条1項,刑訴規則252条・266条・240条)。
(2) 上告趣意書には,上告の理由を簡潔に明示しなければなりません(刑訴規則266条・240条)。
(3) 上告裁判所は,上告趣意書を差し出すべき期間経過後に上告趣意書を受け取った場合においても,その遅延がやむを得ない事情に基づくものと認めるときは,これを期間内に差し出されたものとして審判をすることができます(刑訴規則266条・238条)。
(4) 判例と送反する判断をしたことを理由として上告の申立てをした場合には,上告趣意書にその判例を具体的に示さなければなりません(刑訴規則253条)。
   なお,「判例を具体的に示す」とは,裁判所名,事件番号,裁判年月日,掲載文書名,掲載箇所等を指示して,その判例を具体的に示すことをいいます(最高裁昭和45年2月4日決定)。
3 上告理由,及び上告受理の申立理由
(1) 高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては,以下の上告理由がある場合に限り,上告の申立てをすることができます(刑訴法405条)。
① 憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤りがあること。
→ 「憲法の違反」があるとは,原判決及びその訴訟手続における憲法違反をいい,例えば,(a)自白を唯一の証拠として犯罪事実を認定した場合(憲法38条3項違反),及び(b)刑罰法規を遡及して適用し,又は既に無罪判決が確定した事実について有罪判決をした場合(憲法39条)があります。
「憲法の解釈に誤り」があるとは,原判決が違憲の法令を適用したこと,及び原判決の理由に示された憲法の解釈に誤りがあることをいい,例えば,法律,命令,規則又は処分が憲法に適合するかしないかについて示された判断に誤りがあることがあります。
② 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと
→ 判例と送反する判断をしたことを理由として上告の申立てをした場合には,上告趣意書にその判例を具体的に示さなければなりません(刑訴規則253条)。
③ 最高裁判所の判例がない場合に,大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又は刑訴法施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
(2) 最高裁判所は,上告理由がない場合であっても,法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件については,その判決確定前に限り,自ら上告審としてその事件を受理することができます(刑訴法406条)。
   その趣旨は,刑訴法405条2号及び3号によっては,新しい法令の解釈及び判例のない法令の解釈について最高裁判所の見解をただすことが的ないことに鑑み,これらの点に関する判例の出現を期する点にあります。
   その関係で,高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては,その事件が法令(裁判所の規則を含む。)の解釈に関する重要な事項を含むものと認めるときは,上訴権者は,その判決に対する上告の提起期間内に限り,最高裁判所に上告審として事件を受理すべきことを申し立てることができます(刑訴規則257条本文)。
(3) 判決に影響を及ぼすべき法令の違反がある場合,上告受理の申立てをしなくても,刑訴法411条1項1号に基づく職権破棄を促すことができます。
4 跳躍上告
(1) 跳躍上告には以下の2種類があります。
① 違憲判決に対する跳躍上告(刑訴規則254条1項)
→ 地方裁判所又は簡易裁判所がした第一審判決に対しては,その判決において(a)法律,命令,規則若しくは処分が憲法に違反するものとした判断,又は(b)地方公共団体の条例若しくは規則が法律に違反するものとして判断が不当であることを理由として,最高裁判所に上告をすることができます。
② 合憲判決に対する跳躍上告(刑訴規則254条2項)
→ 検察官は,地方裁判所又は簡易裁判所がした第一審判決に対し,その判決において地方公共団体の条例又は規則が憲法又は法律に適合するものとした判断が不当であることを理由として,最高裁判所に上告をすることができます。
(2) 上訴提起期間経過後の跳躍上告申立ては,控訴提起の有無にかかわらず不適法です(最高裁平成6年10月19日決定)。
5 上告審の公判審理の特則
(1) 上告審は,特別の定めがない限り,控訴審の規定が準用されます(刑訴法414条)。
   例えば,被告人が心神喪失の状態にあるときは公判手続を停止する旨を定めた刑訴法314条1項は上告審に準用されます(最高裁平成5年5月31日決定)。
(2) 上告審においては,公判期日に被告人を召喚することを要しません(刑訴法409条)。
   そのため,上告審において公判期日を指定すべき場合においても,被告人の移送は不要です(刑訴規則265条)。
(3) 上告審の公判期日では,検察官及び弁護士たる弁護人が,上告趣意書に基づいて弁論します(刑訴法414条・387条ないし389条)。
(4) 最高裁判所は,原判決において法律,命令,規則又は処分が憲法に違反するものとした判断が不当であることを上告の理由とする事件については,原裁判において同種の判断をしていない他のすべての事件に優先して,これを審判しなければなりません(刑訴規則256条)。
6 上告審の裁判
(1) 上告裁判所は,所定の期間内に上告趣意書の提出がなかったり,上告趣意書に記載された上告申立理由が明らかに上告理由に該当しなかったりした場合,決定で上告を棄却しなければなりません(刑訴法414条・386条1項)。
(2) 上告裁判所は,上告趣意書その他の書類によって,上告申立理由がないことが明らかであると認めるときは,弁論を経ないで,判決で上告を棄却することができます(刑訴法408条)。
(3) 上告裁判所は,以下の場合において,原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは,判決で上告を棄却します。
① 刑訴法405条各号に規定する事由があり,これが判決に影響を及ぼすことが明らかである場合(刑訴法410条1項)
→ 刑訴法405条各号の規定する事由というのは,(a)憲法違反,(b)憲法解釈の誤り及び(c)判例違反です。
② 判決に影響を及ぼすべき法令の違反がある場合(刑訴法411条1項1号)
③ 刑の量定が著しく不当である場合(刑訴法411条1項2号)
④ 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認がある場合(刑訴法411条1項3号)
⑤ 再審事由がある場合(刑訴法411条1項4号)
⑥ 判決があった後に刑の廃止若しくは変更があった場合(刑訴法411条1項5号前段)
⑦ 大赦があった場合(刑訴法411条1項5号後段)
(4) 原判決に判例違反のみがある場合において,上告裁判所がその判例を変更して原判決を維持するのを相当と認めるときは,上告棄却判決を下します(刑訴法410条2項)。
   この場合において最高裁判所の判例変更を伴うときは,大法廷判決として上告を棄却する(裁判所法10条3号)のであって,例としては,横領罪に関する最高裁昭和31年6月26日判決を変更した上で上告を棄却した,最高裁大法廷平成15年4月23日判決があります。
(5)  判事補の職権の特例等に関する法律1条の2第1項に基づいて最高裁判所から高等裁判所判事の職務を代行させる旨の人事措置が発令されていない判事補が構成に加わった高等裁判所により宣告された原判決は,その宣告手続に法律に従って判決裁判所を構成しなかった違法がありますから,刑訴法411条1号により破棄されます(最高裁平成19年7月10日判決)。
(6) 上告裁判所は,不法に管轄を認めたことを理由として原判決を破棄するときは,判決で事件を管轄控訴裁判所又は管轄第一審裁判所に移送しなければなりません(刑訴法412条)。
(7) 上告裁判所は,管轄違い以外の理由で原判決を破棄するときは,判決で,事件を原裁判所若しくは第一審裁判所に差し戻し,又はこれらと同等の他の裁判所に移送しなければなりません(刑訴法413条本文)。
   ただし,上告裁判所は,訴訟記録並びに原裁判所及び第一審裁判所において取り調べた証拠によって,直ちに判決をすることができるものと認めるときは,被告事件について更に判決をすることができます(刑訴法413条ただし書)。
(8) 上告裁判所は,原裁判所が不法に公訴棄却の決定をしなかったときは,決定で上告を棄却しなければなりません(刑訴法414条・403条1項)。
(9) 最高裁は法律審であることを原則としており,原判決の事実認定の当否に深く介入することにはおのずから限界があり,慎重でなければならないのであって,最高裁における事実誤認の主張に関する審査は,原判決の認定が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかどうかの観点から行われます(最高裁平成23年7月25日判決。なお,先例として,最高裁平成21年4月14日判決参照)。
(10)  刑訴法414条,386条1項3号により上告を棄却した最高裁判所の決定に対しては,同法414条,386条2項により異義の申立をすることができます(最高裁大法廷昭和30年2月23日決定)(3日以内にする必要があることにつき刑訴法385条2項・428条2項及び3項・422条)。
(11) 上告審「判決」は,①判決の宣告があった日から10日を経過したとき,又は②訂正の判決(刑事訴訟法415条)若しくは訂正の申立てを棄却する決定があったときに確定します(刑事訴訟法418条)。
これに対して上告棄却決定に対し,刑訴法415条に基づく訂正の申立をすることは許されません(最高裁大法廷昭和30年2月23日決定)。

第4 非常上告
1 検事総長は,判決が確定した後その事件の審判が法令に違反したことを発見したときは,最高裁判所に非常上告をすることができます(刑訴法454条)。
2 非常上告をするには,その理由を記載した申立書を最高裁判所に差し出さなければなりません(刑訴法455条)。3 公判期日には,検察官は,申立書に基づいて陳述しなければなりません(刑訴法456条)。
4 非常上告が理由のないときは,判決でこれを棄却しなければなりません(刑訴法457条)。
5 非常上告が理由のあるときは,以下の区分に従い,判決をしなければなりません(刑訴法458条)。
① 原判決が法令に違反したときは,その違反した部分を破棄します。
   ただし,原判決が被告人のため不利益であるときは,これを破棄して,被告事件について更に判決をします。
② 訴訟手続が法令に違反したときは,その違反した手続を破棄します。
6 非常上告の判決は,被告人について更に判決をした場合を除き,その効力を被告人に及ぼしません(刑訴法459条)。
7 非常上告は,法令の適用の誤りを正し,もって,法令の解釈適用の統一を目的とするものであって,個々の事件における事実認定の誤りを是正して被告人を救済することを目的とするものではありません。

   そのため,実体法たると手続法たるとを問わず,その法令の解釈に誤りがあるというのでなく,単にその法令適用の前提事実の誤りのため当然法令違反の結果を来す場合のごときは,法令の解釈適用を統一する目的に少しも役立たないから,刑訴454条の「事件の審判が法令に違反したこと」に当たりません(最高裁大法廷昭和27年4月9日判決)。

第5 勾留及び保釈に対する不服申立て
1 総論

(1) 勾留及び保釈に対する不服申立ての宛先は以下のとおりです。
① 起訴から第1審における第1回公判期日前まで
   裁判官(刑訴法280条1項)が勾留していますから,不服申立ては,地裁への準抗告(刑訴法429条1項2号)を経て最高裁への特別抗告(刑訴法433条)となります。
② 第1審の第1回公判期日から高裁に記録が到着するまで
   第1審の裁判所が勾留していますから,不服申立ては,高裁への通常抗告(刑訴法419条ないし427条)を経て最高裁への特別抗告(刑訴法433条)となります。
③ 高裁に記録が到着してから最高裁に記録が到着するまで
   控訴審の裁判所が勾留していますから,不服申立ては,別の高裁の合議体への異議申立て(刑訴法428条2項及び3項)を経て最高裁への特別抗告(刑訴法433条)となります。
④ 最高裁に記録到着後
   上告審の裁判所が勾留していますから,不服申立ては,最高裁への異議申立てとなります(最高裁昭和52年4月4日決定)。
(2) ①上訴の提起期間内の事件でまだ上訴のないもの,及び②上訴中の事件で訴訟記録が上訴裁判所に到達していないものについては,原裁判所が勾留及び保釈に関する決定をします(刑訴法97条1項及び2項,刑訴規則92条1項及び2項)。
2 勾留に関する不服申立て
(1) 勾留に対しては,勾留理由開示があったときは,その開示の請求をした者も,被告人のため上訴をすることができます(刑訴法354条前段)。
(2) 勾留の裁判に対する異議申立てが棄却され,右棄却決定がこれに対する特別抗告も棄却されて確定した場合においては,右異議申立てと同一の論拠に基づいて勾留を違法として取り消すことはできません(最高裁平成12年9月27日決定)。
3 保釈に関する不服申立て
(1) 保釈請求却下決定に関して特別抗告が申し立てられた後に,被告人が保釈により釈放された場合には,右抗告は,その理由について裁判をする実益がありません(最高裁昭和29年1月19日決定)。
(2) 保釈を許す決定に対する抗告事件において,抗告裁判所は,原決定が違法であるかどうかにとどまらず,それが不当であるかどうかをも審査することができます(最高裁昭和29年7月7日決定)。
(3) 保釈請求却下決定に対する準抗告申立棄却決定の謄本が,被告人と申立人である弁護人との双方に日を異にして送達された場合における抗告申立の期間は,被告人本人に送達された日から起算されます(最高裁昭和43年6月19日決定)。
(4) 最高裁判所がした裁判であっても,判決に対し刑訴法415条は訂正の申立を認め,また,上告棄却の決定に対し同法414条,386条2項による異議の申立が認められている(最高裁大法廷昭和30年2月23日決定,最高裁昭和36年7月5日決定)とのバランスから,最高裁判所の保釈保証金没取決定に対しても,刑訴法428条準用により異議の申立てができます(最高裁昭和52年4月4日決定)。


第6 関連記事その他
1 最高裁令和4年5月20日判決は,検察官上告に基づき,外国公務員等に対して金銭を供与したという不正競争防止法違反の罪について,共謀の成立を認めた第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例です。
2 以下の記事も参照してください。
・ 刑事事件の上告棄却決定に対する異議の申立て
・ 刑事の再審事件
・ 最高裁判所における刑事事件の弁論期日
・ 弁護人上告に基づき原判決を破棄した最高裁判決の判示事項(平成元年以降の分)
・ 最高裁判所事件月表(令和元年5月以降)
・ 判決要旨の取扱い及び刑事上訴審の事件統計
・ 最高裁判所調査官
・ 最高裁判所判例解説

弁護人

目次
第1 弁護人選任権
1 弁護人選任権者
2 弁護人の種類
3 弁護人選任の効力
4 弁護人の数
5 主任弁護人
第2 弁護人選任の申出,並びに当番弁護士制度及び私選紹介弁護士制度
1 弁護人選任の申出
2 当番弁護士制度及び私選紹介弁護士制度
第3 国選弁護人の選任
1 総論
2 被告人国選弁護人
3 被疑者国選弁護人
第4 弁護人と被疑者・被告人との接見交通
1 接見交通権
2 接見指定権
3 最高検察庁の接見対応通達
4 面会室内における写真撮影(録画を含む)及び録音
5 弁護人になろうとする者としての接見には制限があること
6 接見指定権に関する判例
第5 被疑者国選対象事件,国選付添人対象事件及び裁判員裁判対象事件
1 総論
2 被疑者国選対象事件
3 国選付添人対象事件
4 裁判員裁判対象事件
第5の2 精神鑑定結果の採用に関する最高裁判例
第6 刑事弁護における弁護士倫理
第7 刑事弁護に関する弁護士職務基本規程の条文
第8 関連記事その他

第1 弁護人選任権
1 弁護人選任権者
(1) 被告人又は被疑者は,何時でも弁護人を選任することができます(刑訴法30条1項)。
(2)ア 被告人又は被疑者の法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族及び兄弟姉妹は,独立して弁護人を選任することができます(刑訴法30条2項)。
イ 原判決後被告人のために上訴をする権限を有しない選任権者によって選任された弁護人も,同法351条1項による被告人の上訴申立てを代理して行うことができます(最高裁大法廷昭和63年2月17日判決)。
2 弁護人の種類
(1) 刑訴法が認める弁護人には,①弁護士である弁護人(刑訴法31条1項,憲法37条3項「資格を有する弁護人」参照)及び②弁護士でない特別弁護人(刑訴法31条2項)があり,弁護士たる弁護人には私選弁護人及び国選弁護人があります。
(2) 刑訴法30条によって選任される弁護人は私選弁護人です。
3 弁護人選任の効力
(1)ア 公訴の提起前にした弁護人の選任は,弁護人と連署した書面を当該被疑事件を取り扱う検察官又は司法警察員に差し出した場合に限り,第一審においてもその効力を有します(刑訴法32条1項,刑訴規則17条,犯罪捜査規範133条)。
イ 公訴の提起後における弁護人の選任は,弁護人と連署した書面を差し出してこれをしなければなりません(刑訴規則18条)。
ウ 連署とは、弁護人になろうとする者と被告人とがそれぞれ自己の氏名を自書し押印することであります(最高裁昭和40年7月20日決定及び最高裁昭和44年6月11日決定)ものの,裁判所に提出する弁護人選任届に対する弁護人の署名押印については,記名押印で足ります(刑訴規則60条の2第2項2号・第1項)。
(2) 一の事件についてした弁護人の選任は,その事件の公訴の提起後同一裁判所に公訴が提起され,かつ,これと併合された他の事件についても,原則としてその効力を有します(刑訴規則18条の2)。
(3) 公訴の提起後における弁護人の選任は,審級ごとにこれをしなければなりません(刑訴法32条2項)。
(4)   差戻し前の第一審においてした弁護人の選任が,差戻し後の第一審においても効力を有するものとすることはできません(最高裁昭和27年10月26日決定)。
4 弁護人の数
(1) 被疑者の弁護人の数は,特別の事情があるものとして裁判所が弁護人の人数超過許可決定を出した場合を除き,各被疑者について3人を超えることができません(刑訴規則27条1項)。
(2) 刑訴規則27条1項ただし書に定める特別の事情については,被疑者弁護の意義を踏まえると,事案が複雑で,頻繁な接見の必要性が認められるなど,広範な弁護活動が求められ,3人を超える数の弁護人を選任する必要があり,かつ,それに伴う支障が想定されない場合には,これがあるものと解されます(最高裁平成24年5月10日決定)。
(3) 裁判所は,特別の事情があるときは,弁護人の数を各被告人について3人までに制限することができます(刑訴法35条,刑訴規則26条)。
5 主任弁護人
(1) 被告人に数人の弁護人があるときは,主任弁護人を定める必要があります(刑訴法33条,刑訴規則19条及び20条)。
(2)   主任弁護人に事故がある場合に備えて,副主任弁護人が指定されることがあります(刑訴規則23条)。


第2 弁護人選任の申出,並びに当番弁護士制度及び私選紹介弁護士制度
1 弁護人選任の申出
(1) 弁護人を選任しようとする被告人又は被疑者は,弁護士会に対し,弁護人の選任の申出をすることができます(刑訴法31条の2第1項)。
    この場合,弁護士会は,速やかに,所属する弁護士の中から弁護人となろうとする者を紹介しなければなりません(刑訴法31条の2第2項)。
(2) 弁護士会は,弁護人となろうとする者がないときは,当該申出をした者に対し,その旨を通知しなければなりません(刑訴法31条の2第3項前段)。
    また,紹介した弁護士が被告人又は被疑者がした弁護人の選任の申込みを拒んだときも,同様です(刑訴法31条の2第3項後段)。
(3) 刑事収容施設(例えば,警察署留置場及び拘置所)に収容され,又は留置されている被告人又は被疑者に対する刑訴法31条の2第3項の通知は,留置業務管理者等にします(刑訴規則18条の3第1項)。
    この場合,直ちに被疑者にその旨が告げられます(刑訴規則18条の3第2項)。

2 当番弁護士制度及び私選弁護人照会制度
(1)ア 当番弁護士制度とは,身体を拘束されている刑事事件(少年事件を含む。)の被疑者の要請に基づき,弁護士会が弁護士を1回,無料で派遣する制度をいい,平成2年9月14日に大分県弁護士会が全国に先駆けて開始し,その後,全国の弁護士会に広がりました(最高裁平成5年10月19日決定の裁判官大野正男の補足意見参照)。
    これに対して私選弁護人紹介制度とは,私選弁護人の選任を希望する被疑者又は被告人の要請に基づき,弁護士会が弁護士を1回,無料で派遣する制度をいい,被疑者国選制度(刑訴法37条の2参照)が導入された平成18年10月2日に開始しました(刑訴法31条の2参照)。
イ   大阪弁護士会の場合,当番弁護士制度と私選弁護人紹介制度はワンセットで運用しています。
(2)ア 刑訴法31条2項に基づく特別弁護人の選任が許可されるのは,裁判所に公訴が提起された後に限られます(最高裁平成5年10月19日決定)から,被疑者段階で弁護人になれるのは弁護士だけです。
イ 外国法事務弁護士はここでいう「弁護士」に含まれません(外国法事務弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法3条1項2号参照)。


第3 国選弁護人の選任
1 総論
(1)ア 国選弁護人は弁護士の中から選任されます(刑訴法38条1項)。
イ 被告人国選弁護人を弁護士の中から選任することは憲法37条3項前段の要請です。
(2) 国選弁護人は,裁判所が解任しない限りその地位を失うものではありませんから,国選弁護人が辞任の申出をした場合であっても,裁判所が辞任の申出について正当な理由があると認めて解任しない限り,弁護人の地位を失うものではありません(最高裁昭和54年7月24日判決)。
(3) 裁判所は,以下の場合,国選弁護人を解任することができます(刑訴法38条の3)。
① 30条の規定により弁護人が選任されたことその他の事由により弁護人を付する必要がなくなったとき。
② 被告人と弁護人との利益が相反する状況にあり弁護人にその職務を継続させることが相当でないとき。
③ 心身の故障その他の事由により,弁護人が職務を行うことができず,又は職務を行うことが困難となったとき。
④ 弁護人がその任務に著しく反したことによりその職務を継続させることが相当でないとき。
⑤ 弁護人に対する暴行,脅迫その他の被告人の責めに帰すべき事由により弁護人にその職務を継続させることが相当でないとき。
(4) 刑事事件の複数の共犯者の弁護を同時に引き受けると,犯罪への加功の程度や誰が主導的役割を演じたかなど,共犯者間で利益相反が生じた場合,弁護人は身動きがとれなくなります。
    そのため,国選弁護人は,被告人又は被疑者の利害が相反しないときに限り,数人の弁護をすることができます(刑訴規則29条5項)。
    また,受任段階で共犯者らの話を聞いた段階ではそのような危険が危惧されなかった場合でも記録を閲覧するなどして初めて利益相反が判明するということもありますところ,利益相反が判明した場合,一方だけ辞任すればよいとは限りません。
    よって,できる限り,当初より共犯者の同時受任をすることは避けるべきであると解されています。


2 被告人国選弁護人
(1) 総論
ア 被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは,裁判所は,その請求により,被告人に国選弁護人を付けてくれます(刑訴法36条本文)。
    ただし,被告人が国選弁護人の選任請求をする場合,①資力申告書を提出するか,又は事前に②私選弁護人紹介制度を利用しておく必要があります(刑訴法36条の2及び3)。
イ 国選弁護人の選任を請求する場合,その理由を示す必要があります(刑訴規則28条)。
ウ 積極的請求があるときだけに限るのは合理的でないから,選任請求権を告知することとし(勾引された被告人につき刑訴法76条,勾留された被告人につき刑訴法77条,公訴提起時につき刑訴法272条及び刑訴規則177条),さらに,公訴提起後遅滞なく請求するかどうかを照会し,一定期間内に回答を求めることにしています(刑訴規則178条)。
    ただし,刑訴規則178条により裁判所がなす弁護人選任の照会手続は,憲法37条3項前段の要請に基づくものではありません(最高裁大法廷昭和28年4月1日判決)。
エ 刑訴法36条本文に基づく制度は,被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任できない場合に,被告人の請求により裁判所が弁護人を付する制度であり,憲法37条3項後段の要請に基づくものです(最高裁大法廷昭和32年7月17日決定参照)。
(2) 必要的弁護事件
ア 死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁錮に当たる事件を審理する場合,弁護人がなければ開廷することができません(刑訴法289条1項。必要的弁護事件)。
そのため,被告人が弁護人を選任していないとき,裁判長は,直ちに被告人のため弁護人を選任しなければなりません(刑訴規則178条3項)。
イ 被告人が判決宣告期日の2日前に私選弁護人全員を解任し,その翌日国選弁護人選任の請求をした場合において,被告人がその時期に私選弁護人を解任するのもやむを得ないとする事情がなく,裁判所が判決宣告期日に間に合うように国選弁護人を選任するのが困難であったときは,裁判所が国選弁護人を選任しないまま判決の宣告をしても,憲法31条,37条3項に違反しません(最高裁昭和63年7月8日判決)。
なお,訴訟法上の権利は誠実にこれを行使し濫用してはならないものであることは刑訴規則1条2項の明定するところであり,被告人がその権利を濫用するときは,それが憲法に規定されている権利を行使する形をとるものであっても,その効力を認めないことができます(最高裁昭和54年7月24日判決)。
(3) 任意的弁護事件
   必要的弁護事件以外の事件を任意的弁護事件といい,刑訴法37条所定の以下の事由がない限り,弁護人の選任がないまま,公判期日を開廷することとなります。
① 被告人が未成年者であるとき。
→ ただし,少年の被告人に弁護人がないときは,裁判所は,なるべく,職権で弁護人を付す必要があります(刑訴規則279条)。
② 被告人が年齢70歳以上の者であるとき。
③ 被告人が耳の聞こえない者又は口のきけない者であるとき。
④ 被告人が心神喪失者又は心神耗弱者である疑いがあるとき。
⑤ その他必要と認めたとき。
(4) 被告人国選弁護人の報酬及び費用
ア 憲法37条3項後段は,刑事被告人に資格を有する弁護人を国が付することを保障していますから,刑訴法38条1項が,被告人の国選弁護人は弁護士から選任すべきことを定めるのは,憲法の要請を受けたものです。
    ただし,国選弁護人の報酬及び費用を何人に負担させるかという問題は,憲法37条3項後段が関知するところではありません(最高裁大法廷昭和25年6月7日判決参照)。
イ 国選弁護人は,裁判所が解任しない限りその地位を失うものではありませんから,国選弁護人が辞任の申出をした場合であっても,裁判所が辞任の申出について正当な理由があると認めて解任しない限り,弁護人の地位を失うものではありません(最高裁昭和54年7月24日判決)。
    なお,国選弁護人の解任理由を定めた,平成16年5月28日法律第62号による改正後の刑訴法38条の3は,平成18年10月2日に施行されました。
ウ 刑事訴訟費用の主たるものは,刑事事件における被疑者国選弁護人及び被告人国選弁護人の報酬及び費用のことです(総合法律支援法5条及び39条2項参照)。
エ 報酬及び費用が事件ごとに定められる契約を締結している国選弁護人等契約弁護士(=普通国選弁護人契約弁護士)の場合,法テラスが査定した報酬及び費用が訴訟費用となります(総合法律支援法39条2項1号)。
    そのため,①刑訴法38条2項及び②刑事訴訟費用等に関する法律(=刑訴費用法)2条3号の適用が排除されています(総合法律支援法39条1項)。
オ 司法支援センター(=法テラス)との一般国選弁護人契約(=基本契約)には,以下の2種類があります。
① 普通国選弁護人契約(国選弁護人の事務に関する契約約款2条4号)
→ 事件ごとに報酬及び費用が定まる契約のことであり,基本契約の締結を希望するすべての弁護士が結びます。
② 一括国選弁護人契約(国選弁護人の事務に関する契約約款2条6号)
→ 複数の即決被告事件について一括して,報酬及び費用が定まる契約のことであり,被告人段階で即決裁判を一度に複数件を受任する意思のある弁護士が,普通国選弁護人契約とは別に結ぶものです。
カ 国選弁護人に支給される報酬及び費用は,国選弁護人の事務に関する契約約款別紙「報酬及び費用の算定基準」において,算定基準が詳細に定められています(国選弁護人の事務に関する契約約款14条)。
キ 総合法律支援法(平成16年6月2日法律第74号)に基づき,司法支援センター(=法テラス)が平成18年10月2日に業務を開始する以前は,裁判所が,刑訴法38条2項に基づき,国選弁護人の旅費,日当,宿泊料及び報酬を定めていました。
    そして,国選弁護人の旅費,報酬等は,裁判所が相当と認めるところによるものとされ(刑訴費用法8条),刑訴法に準拠する不服申立ては許されませんでした(最高裁昭和63年11月29日決定)。


3 被疑者国選弁護人
(1) 裁判員法が施行された平成21年5月21日以降,死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁錮に当たる事件について被疑者に対して勾留を請求され,又は勾留状が発せられている場合において,被疑者が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは,裁判所は,その請求により,被疑者に国選弁護人を付けてくれます(刑訴法37条の2)。
    ただし,被疑者が国選弁護人の選任請求をする場合,①資力申告書を提出するか,又は事前に②私選弁護人紹介制度を利用しておく必要があります(刑訴法37条の3第1項及び第2項)。
(2) 被疑者国選事件の範囲は,弁護人がなければ開廷することができない必要的弁護事件の範囲(刑訴法289条1項)と同じです。
(3) 裁判官は,特に必要があると認めるときは,被疑者に対し,職権で更に国選弁護人1人を付けることができます(刑訴法37条の5本文)。
(4) 被疑者の国選弁護人は,被疑者がその選任に係る事件について釈放されたときは,その効力を失います(刑訴法38条の2)。
(5) 平成18年10月2日から平成21年5月20日までは,被疑者国選弁護人の対象事件は,「死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる事件」でした。
(6) 被疑者国選対象事件が平成18年10月2日に開始し,平成21年5月21日に拡大することは,平成16年5月28日法律第62号によって定められていました。

第4 弁護人と被疑者・被告人との接見交通
1 接見交通権
(1) 身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は,①弁護人又は②弁護人を選任することができる者(刑訴法30条)の依頼により弁護人となろうとする者と立会人なくして接見し,又は書類若しくは物の授受をすることができ(刑訴法39条1項),これを接見交通権といいます。
(2) 刑訴法39条1項は,身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と相談し、その助言を受けるなど弁護人等から援助を受ける機会を確保する目的で設けられたものであり,憲法34条の補償に由来するものです(最高裁大法廷平成11年3月24日判決。なお,先例として,最高裁昭和53年7月10日判決,最高裁平成3年5月10日判決参照)。
(3) 依頼により弁護人となろうとする者とは,弁護人としての選任の依頼,委嘱の申込みを受けてから弁護人としての選任手続を完了するまでの者をいいます。
(4) 接見交通については,法令で,被告人又は被疑者の逃亡,罪証の隠滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐため必要な措置を規定することができます(刑訴法39条2項)。
   そのため,裁判所は,身体の拘束を受けている被告人又は被疑者が裁判所の構内にいる場合においてこれらの者の逃亡,罪証の隠滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐため必要があるときは,これらの者と弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者との接見については,その日時,場所及び時間を指定し,又,書類若しくは物の授受については,これを禁止することができます(刑訴規則30条)。
2 接見指定権
   検察官,検察事務官又は司法警察職員は,捜査のため必要があるときは,公訴の提起前に限り,接見交通に関し,その日時,場所及び時間を指定することができます。
   ただし,その指定は,被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するものであってはなりません(刑訴法39条3項)。
3 最高検察庁の接見対応通達
(1) 平成20年5月1日付の接見対応通達(次長検事通達),及び同日付の接見対応通達(総務部長通知)を掲載しています。
(2) 接見対応通達等の運用状況については,法務省が平成23年8月に作成した「取調べに関する国内調査結果報告書」に記載されています。
4 面会室内における写真撮影(録画を含む)及び録音
(1)   日弁連は,平成23年1月20日,「面会室内における写真撮影(録画を含む)及び録音についての意見書」を法務大臣及び警察庁長官に提出しており,PDFファイルには「意見の趣旨」として以下の記載があります。

   弁護士が弁護人,弁護人となろうとする者もしくは付添人として,被疑者,被告人もしくは観護措置を受けた少年と接見もしくは面会を行う際に,面会室内において写真撮影(録画を含む)及び録音を行うことは憲法・刑事訴訟法上保障された弁護活動の一環であって,接見・秘密交通権で保障されており,制限なく認められるものであり,刑事施設,留置施設もしくは鑑別所が,制限することや検査することは認められない。
   よって,刑事施設,留置施設もしくは鑑別所における,上記行為の制限及び検査を撤廃し,また上記行為を禁止する旨の掲示物を直ちに撤去することを求める。
(2) 最高裁は,平成28年6月15日,いわゆる竹内国家賠償請求訴訟の上告審で,原告一部勝訴の第一審判決を取り消し,請求をすべて棄却するとの東京高裁平成27年7月9日判決に対する上告及び上告受理申立を退ける決定をしました(日弁連HPの「面会室内での写真撮影に関する国家賠償請求訴訟の最高裁決定についての会長談話」(平成28年6月17日付))。


5 弁護人になろうとする者としての接見には制限があること
    平成21年12月16日付の日弁連綱紀委員会議決の議決要旨は以下のとおりです(弁護士自治を考える会HPの「「立場濫用」で再審査を要求 日弁連,京都弁護士会に」参照)。
    対象弁護士は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人になろうとする者に該当せず,かつ,「弁護人又は弁護人となろうとする者」以外の者との接見や書類の授受が禁止されていたにもかかわらず,自己が依頼を受けた被告人以外の利害対立のおそれがある他の共犯者と当該共犯者からの依頼がないにもかかわらず単に弁護人となる可能性があるとして接見した行為は,接見交通権の濫用であり,品位を失うべき非行に該当する。


6 接見指定権に関する判例
(1) 捜査機関は,弁護人等から被疑者との接見等の申出があったときは,原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり,同条3項本文にいう「捜査のため必要があるとき」とは,右接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られ,右要件が具備され,接見等の日時等の指定をする場合には,捜査機関は,弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し,被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければなりません。

   そして,弁護人等から接見等の申出を受けた時に,捜査機関が現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分,検証等に立ち会わせている場合,また,間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって,弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは,右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは,原則として右にいう取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に当たりますす(最高裁大法廷平成11年3月24日判決。なお,先例として,最高裁昭和53年7月10日判決,最高裁平成3年5月10日判決,最高裁平成3年5月31日判決参照)。
(2) 弁護人の事務所,検察庁及び被疑者が勾留されている警察署の位置関係などから,検察庁において接見指定書を受領して右警察署に持参することが弁護人にとって過重な負担となるものではなく,弁護人が申し出た接見の日時までに相当の時間があるために,弁護人が検察庁まで接見指定書を受け取りに行くことにしても接見の開始が遅れることはなく,検察庁から弁護人の事務所に対して接見指定書をファクシミリで送付することができないなどといった事情の下においては,接見指定書を交付する方法により接見の日時等を指定しようとして,弁護人に対し検察庁において接見指定書を受領するよう求め,その間右指定をしなかった検察官の措置に違法があるとはいえません(最高裁平成12年2月22日判決)。
(3) 弁護人が警察署に赴き勾留中の被疑者との接見の申出をしたのに対し,申出を受けた留置担当官が,接見の日時等を指定する権限のある検察官から被疑者と弁護人との接見についていわゆる一般的指定書が送付されていたのに,具体的指定書を所持しているか否かを確認しないまま接見を開始させたが,その一,二分後に弁護人が具体的指定書を所持していないことに気付き,接見を中止させるとともに直ちに右検察官に電話で連絡したところ,右検察官から具体的指定書によって接見の日時等を指定するのでその日時まで接見をさせてはならない旨の指示を受けたなどといった事実関係の下においては,接見を中止させた上,右検察官から具体的指定書が届けられるまでの間弁護人を待機させた留置担当官の措置に違法があるとはいえません(最高裁平成12年3月17日判決)。
(4) 弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者と被疑者との逮捕直後の初回の接見は、身体を拘束された被疑者にとっては,弁護人の選任を目的とし,かつ,今後捜査機関の取調べを受けるに当たっての助言を得るための最初の機会であって,直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留又は拘禁されないとする憲法上の保障の出発点を成すものであるから,これを速やかに行うことが被疑者の防御の準備のために特に重要です。
   したがって,右のような接見の申出を受けた捜査機関としては,接見指定の要件が具備された場合でも,その指定に当たっては,弁護人となろうとする者と協議して,即時又は近接した時点での接見を認めても接見の時間を指定すれば捜査に顕著な支障が生じるのを避けることが可能かどうかを検討し,これが可能なときは,留置施設の管理運営上支障があるなど特段の事情のない限り,犯罪事実の要旨の告知等被疑者の引致後直ちに行うべきものとされている手続及びそれに引き続く指紋採取,写真撮影等所要の手続を終えた後において,たとい比較的短時間であっても,時間を指定した上で即時又は近接した時点での接見を認めるようにすべきであり,このような場合に,被疑者の取調べを理由として右時点での接見を拒否するような指定をし,被疑者と弁護人となろうとする者との初回の接見の機会を遅らせることは,被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するものとなります(最高裁平成12年6月13日判決)。
(5) 同一人につき被告事件の勾留とその余罪である被疑事件の勾留が競合している場合,検察官は,被告事件について防御権の不当な制限にわたらない限り,被告事件についてだけ弁護人に選任された者に対しても,刑訴法39条3項の接見等の指定権を行使することができます(最高裁平成13年2月7日決定。なお,先例として,最高裁昭和55年4月28日決定)。
(6) 弁護人等から接見等の申出を受けた者が、接見等のための日時等の指定につき権限のある捜査機関(=権限のある捜査機関)でないため,指定の要件の存否を判断できないときは,権限のある捜査機関に対して申出のあったことを連絡し,その具体的措置について指示を受ける等の手続を採る必要があり,こうした手続を要することにより,弁護人等が待機することになり,又はそれだけ接見等が遅れることがあったとしても,それが合理的な範囲内にとどまる限り,許容されています(最高裁平成16年9月7日判決)。
(7)  保護室に収容されている未決拘禁者との面会の申出が弁護人等からあった場合に,その旨を未決拘禁者に告げないまま,保護室収容を理由に面会を許さない刑事施設の長の措置は,特段の事情がない限り,国家賠償法上違法となります(最高裁平成30年10月25日判決)。


第5 被疑者国選対象事件,国選付添人対象事件及び裁判員裁判対象事件
1 総論

(1) 罪名別各制度対象事件早見表(平成21年5月当時のもの)
    外部HPの「罪名別各制度対象事件早見表」を見れば,被疑者国選対象事件が拡大したり,裁判員制度が導入されたりした平成21年5月21日時点において,どの罪名の事件が,①被疑者国選対象事件(死刑,無期又は長期3年を超える懲役・禁錮),②国選付添人対象事件(死刑,無期若しくは短期2年以上の懲役・禁錮,又は故意犯の死亡結果)及び③裁判員裁判対象事件(死刑,無期の懲役・禁錮又は法定合議かつ故意犯の死亡結果)に該当するかが分かります。
(2) 少年が犯罪を犯した場合の適用される弁護制度
    少年が犯罪を犯した場合,以下の制度の対象となります(法務省HPの「現行法による国選弁護・国選付添製度の概要」参照)。
① 捜査段階
・   被疑者国選弁護制度(刑訴法37条の2)
② 家庭裁判所に事件が係属している段階
・   国選付添人制度
→ (a)検察官関与決定に伴うものにつき少年法22条の3第1項,(b)家庭裁判所の裁量によるものにつき少年法22条の3第2項,(c)被害者等の審判傍聴に伴うものにつき少年法22条の5第2項
③ 検察官送致決定後,起訴される前の段階
・   被疑者国選弁護制度(刑訴法37条の2)
④ 起訴された後の段階
・ (被告人)国選弁護制度(刑訴法36条,37条)
2 被疑者国選対象事件
(1) 被疑者国選弁護制度は,日本司法支援センターが本格的に業務を開始した平成18年10月2日に開始しました。
開始当時の被疑者国選対象事件は,死刑,無期又は短期1年を超える懲役・禁錮だけでした。
(2) 平成21年5月21日,被疑者国選対象事件が死刑,無期又は長期3年を超える懲役・禁錮となりました。
(3) 平成30年6月1日, 勾留状が発せられている身柄事件の全部が被疑者国選弁護人対象事件となりました。
3 国選付添人対象事件
(1) 平成13年4月1日,検察官関与決定があった場合,必ず国選付添人が付されることとなりました(少年法22条の3第1項・22条の2第1項)。
    ただし,平成13年4月1日から平成18年3月31日までにつき,検察官関与決定があった100人中,国選付添人が付されたのは25人だけです(最高裁HPの「平成12年改正少年法の運用の概況」8頁)。
(2) 平成19年11月1日,死刑,無期若しくは短期2年以上の懲役・禁錮,又は故意犯の死亡結果が,「裁量的な」国選付添人対象事件となりました(少年法22条の3第2項及び第1項・22条の2第1項)。
    ただし,その選任数は年間300人から500人程度に過ぎず(少年鑑別所に収容された少年は年間約1万人以上),被疑者国選対象事件と国選付添人対象事件の範囲が異なるため,家裁送致後,被疑者国選弁護人が引き続き国選付添人として活動できないという問題が生じていました(日弁連HPの「全面的国選付添人制度の実現(全面的国選付添人制度実現本部)参照」参照)。
(3)ア 平成26年6月18日, 死刑,無期又は長期3年を超える懲役・禁錮が,「裁量的な」国選付添人対象事件となりました(少年法22条の3第2項及び第1項・22条の2第1項)。   これにより,被疑者国選対象事件と国選付添人対象事件の範囲が一致することとなりました。
イ  日弁連によれば,少年鑑別所に収容され身体拘束された少年の約8割について,裁量的に国選付添人が選任されることとなりました(日弁連HPの「全面的国選付添人制度の実現(全面的国選付添人制度実現本部)」参照)。
4 裁判員裁判対象事件
(1) 裁判員裁判は平成21年5月21日に開始しました。
(2) 裁判員裁判対象事件は, 死刑,無期の懲役・禁錮又は法定合議かつ故意犯の死亡結果です(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律2条1項)。


第5の2 精神鑑定結果の採用に関する最高裁判例
1(1) 刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかの法律判断の前提となる生物学的,心理学的要素についての評価は,右法律判断との関係で究極的には裁判所に委ねられるべき問題です(最高裁昭和58年9月13日決定)。
(2) 責任能力判断の前提となる生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度について,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,裁判所は,その意見を十分に尊重して認定すべきです(最高裁平成20年4月25日判決)。
(3) 裁判所は,特定の精神鑑定の意見の一部を採用した場合においても,責任能力の有無・程度について,当該意見の他の部分に拘束されることなく,被告人の犯行当時の病状,犯行前の生活状態,犯行の動機・態様等を総合して判定することができます(最高裁平成21年12月8日決定)。
2 東弁リブラ2023年12月号「令和5年3月24日実施 講演録及びパネルディスカッション録「精神科医から見た責任能力が問題となる裁判員裁判」」には以下の記載があります。
(山中注:精神鑑定の結果に関する最高裁判例を)まとめると、基本的には鑑定人の意見を尊重しつつも、責任能力の判断は専ら裁判所に委ねられ、裁判所は精神鑑定の意見の一部を採用したとしても、他の部分には拘束されずに、犯行当時の病状、犯行前の生活状態、犯行の動機、態様等を総合して判定できるというふうにされています。

第6 刑事弁護における弁護士倫理
1 弁護士は,被疑者及び被告人の防御権が保障されていることにかんがみ,その権利及び利益を擁護するため,最善の弁護活動に努めます(弁護士職務基本規程46条)。
2 弁護士は,被疑者及び被告人に対し,黙秘権その他の防御権について適切な説明及び助言を行い,防御権及び弁護権に対する違法又は不当な制限に対し,必要な対抗措置をとるように努めます(弁護士職務基本規程48条)。
3 弁護士は,国選弁護人に選任された事件について,名目のいかんを問わず,被告人その他の関係者から報酬その他の対価を受領してはなりません(弁護士職務基本規程49条1項)。
4 日弁連又は所属弁護士会の会則に別段の定めがある場合を除き,弁護士は,国選弁護人に選任された事件について,被告人その他の関係者に対し,その事件の私選弁護人に選任するように働きかけてはなりません(弁護士職務基本規程49条2項)。
5 最高裁平成17年11月29日決定は,殺人,死体遺棄の公訴事実について被告人が第1審公判の終盤において従前の供述を翻し全面的に否認する供述をするようになったが弁護人が被告人の従前の供述を前提にした有罪を基調とする最終弁論をして裁判所がそのまま審理を終結した第1審の訴訟手続に法令違反は存しないとされた事例です。


第7 関連記事その他
1(1) 憲法34条前段は,身柄拘束被疑者の弁護人選任権を定めていますところ,刑訴法30条1項は,身柄拘束の有無を問わず,被疑者及び被告人の弁護人選任権を定めています。
(2) 刑訴法31条2項によりいわゆる特別弁護人を選任することができるのは公訴が提起された後に限られます(最高裁平成5年10月19日決定)。
2 日弁連HPに「被疑者ノート」(令和5年10月・第6版補訂3版)が載っている他,日弁連の会員用HPに「弁護人ノート」が載っています。
3(1) 刑訴法207条の2第1項は「検察官は、第二百一条の二第一項第一号又は第二号に掲げる者の個人特定事項について、必要と認めるときは、前条第一項の勾留の請求と同時に、裁判官に対し、勾留を請求された被疑者に被疑事件を告げるに当たつては当該個人特定事項を明らかにしない方法によること及び被疑者に示すものとして当該個人特定事項の記載がない勾留状の抄本その他の勾留状に代わるものを交付することを請求することができる。」と定めています。
(2) 最高裁令和6年4月24日決定は,刑訴法207条の2の規定について,被疑者を勾留するに当たり,その理由を被疑事件を特定して告げるものとはいえず,また,被疑者が弁護人に依頼する権利を侵害するから憲法34条に違反するとの主張が,欠前提処理された事例です。
4 最高裁平成17年11月29日決定は, 殺人,死体遺棄の公訴事実について被告人が第1審公判の終盤において従前の供述を翻し全面的に否認する供述をするようになったが弁護人が被告人の従前の供述を前提にした有罪を基調とする最終弁論をして裁判所がそのまま審理を終結した第1審の訴訟手続に法令違反は存しないとされた事例です。
5(1) 以下の文書を掲載しています。
① 刑事事件に関する書類の参考書式について(平成18年5月22日付の最高裁判所事務総局刑事局長,総務局長,家庭局長送付)
② 夜間及び休日の未決拘禁者と弁護人等との面会等の取扱いについて(平成19年5月25日付の法務省矯正局長通達)
→ 二弁フロンティア2018年11月号の「国選日誌 刑事弁護の「かゆいところ」、お答えします」によれば,(a)「当該面会希望日から起算して5日以内に公判期日が指定されている場合」及び(b)「上訴期限又は控訴趣意書等の提出期限が当該面会希望日から起算して5日以内に迫っている場合」でいうところの「5日以内」に土日祝日は含まれないのであって,5営業日以内であるとのことです。
③ 弁護人選任権の告知及び弁護人の選任に係る事項の教示等について(平成28年6月28日付の最高裁判所刑事局第二課長の事務連絡)
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 被疑者の逮捕
・ 被疑者及び被告人の勾留
・ 被告人の保釈

車両保険

目次
第1 車両保険の概要
第2 車両保険が適用される場合
第3 車両保険が適用されない場合
第4 車両保険における全損及び分損
第5 盗難自動車と車両保険
第6 車両全損時諸費用特約等
第7 関連記事その他

第1 車両保険の概要
1 車両保険は,自分の車の修理代等を補償する保険です。
2 車両保険の保険金の上限は,保険に入っている自分の車の時価(=市場価格)となっていますから,対人賠償責任保険又は対物賠償責任保険のように何千万円ものお金が問題となることはありません。
また,車両保険は保険金と比べて保険料が高額です。
3(1) 車両保険には免責金額があり,免責金額までの損害については,保険金は支払われません。
そのため,例えば,免責金額が5万円である場合,車の修理代に50万円かかったときに車両保険から支払われる保険金は45万円となります。
(2) 全損の場合,免責金額を設定している場合であっても,全額を補償してもらえます(保険の窓口インズウェブHP「車両保険の免責金額とは?いくらに設定する?」参照)。
4 車両保険に加入している場合,以下の費用も支払われます。
① 修理費の一環として,事故により被保険自動車が自力で動けなくなった場合の,最寄りの修理工場等に運搬するために要したレッカー代等の費用
② 盗難にあった被保険自動車を引き取るために必要であった費用
5 物損事故における修理費用は示談成立後に支払われますところ,過失割合に争いがあるなどして示談交渉が進まない場合,車両の修理を先に進めてしまうことがあります。
その際,加害者からの賠償に先行して,被害者自身が加入している車両保険を使用して修理費用を支払うことを,車両保険金先行払(=車両先行)といいます。
この場合,被害者の保険会社は,先行払いした保険金の範囲で,加害者に対する損害賠償請求権を代位取得します(保険法25条)から,加害者からいくら回収できるかという点について,被害者は当事者ではなくなります。
6 通常の自動車保険の場合,故障が発生した場合のレッカー費用や代車・宿泊・移動費用について保険金を支払われることはあっても,故障車両自体の修理費について保険金を支払われることはありません(損保ジャパン日本興亜HPの「【自動車保険】「故障運搬時車両損害特約」の新設~走行不能時の故障損害を補償~」参照)。

第2 車両保険が適用される場合
1(1)   一般型の車両保険は通常,以下の場合に適用されます。
① 車同士の衝突,二輪自動車・原動機付自転車との衝突,火災・爆発,いたずら・落書き・窓硝子破損,飛来中・落下中の他物との衝突,台風・竜巻・洪水・高潮
② 盗難
③ 電柱・ガードレールに衝突,当て逃げ,車庫入れに失敗,転覆・墜落
(2) エコノミー型の車両保険の場合,一般型の車両保険と比べて保険料が安くなる代わりに,③の場合に車両保険が適用されなくなります。
そのため,他の自動車に衝突したものの,その運転者又は所有者が確認できない場合,当て逃げに該当するため,車両保険が適用されません。
(3) ソニー損保HPの「車両保険は必要なの?」によれば,平成25年3月末時点で,ソニー損保契約者のうち,車両保険の加入率は53.2%(うち,一般型が42.0%,エコノミー型が11.1%)となっています。
(4)ア 「衝突,接触…その他偶然な事故」を保険事故とする自家用自動車総合保険契約の約款に基づき,車両の水没が保険事故に該当するとして,車両保険金の支払を請求する者は,事故の発生が被保険者の意思に基づかないものであることについて主張,立証すべき責任を負いません(最高裁平成18年6月1日判決最高裁平成18年6月6日判決)。
イ  保険金の支払事由を火災によって損害が生じたこととする火災保険契約の約款に基づき,保険者に対して火災保険金の支払を請求する者は,火災発生が偶然のものであることを主張,立証すべき責任を負いません(最高裁平成16年12月13日判決)。
2(1) 被保険自動車には通常,自動車の付属品として以下のものが含まれます。
そのため,例えば,車上荒らしにあってカーナビだけが盗まれたような場合にも車両保険は適用されます。
① 自動車又は原動機付き自転車に定着又は装備されている物
→ 例えば,カーステレオ,装備されているスペアタイヤ,標準工具,チャイルドシート,フロアマット,定着又は装備されている消火器・座席ベルト
② カーナビゲーションシステム及びETC搭載器
(2) 損害額が車両保険の自己負担額を下回る場合,車両保険からの支払はありません。
3 車がガードレールに衝突し,キャリアに固定していたスノーボードが壊れたとか,車が電信中に衝突し,トランク内のゴルフクラブが破損したといった場合,自動車の付属品以外のものが破損していますから,車両保険は適用されません。
そのため,これらの破損について保険金を支払ってもらいたい場合,車両身の回り品補償に加入する必要があります(おとなの自動車保険HPの「車両身の回り品補償」参照)。

第3 車両保険が適用されない場合
1 車両保険が適用されない場合の例としては,以下のものがあります。
① 保険契約者,所有権留保付売買の買主等の故意又は重大な過失によって発生した損害
② 戦争,外国の武力行使等又は暴動
③ 地震若しくは噴火又はこれらによる津波
→ 東日本大震災による津波については,車両保険は適用されませんでした。
④ 原発事故
→ 福島第一原発事故については,車両保険は適用されませんでした。
⑤ 詐欺又は横領
→ 車をだまし取られた場合,車両保険は使えません。
⑥ 競技又は曲技
→ 競技の例としては,ロードレース(山岳ラリー,タイムラリー)及びサーキットレースがあります。
曲技の例としては,サーカス,スタントカーがあります。
⑦ 無免許運転,免許停止中の運転,免許外運転
⑧ 酒酔い運転,酒気帯び運転
⑨ 偶然の外来の事故に由来しない故障損害
2 地震若しくは噴火又はこれらによる津波については,特約が付いている場合,車両保険が適用されます。
特約の例としては,一時金として50万円が支払われる損保ジャパン日本興亜の「地震・噴火・津波車両全損時一時金特約」があります。

第4 車両保険における全損及び分損
1 全損及び分損の意義
(1) 車両保険における全損は以下の場合です。
① 物理的全損
被保険自動車を物理的に修理できない場合をいいます。
② 経済的全損
被保険自動車の修理費が協定保険価額を超える場合をいいます。
③ 盗難
被保険自動車が盗難されて発見されなかった場合をいいます。
(2) 車両保険における分損とは,被保険自動車の修理費が協定保険価額を超えない場合をいいます。
2 協定保険価額
(1)ア 協定保険価額とは,契約締結時における被保険自動車と同一の用途車種,車名,型式,仕様,初度登録年月等で,損耗度が同一の自動車の市場販売価格相当額を参考に,車両保険加入時に決定する,全損時の支払上限額のことです。
また,自動車の市場販売価格相当額は,原則としてオートガイド社が毎月発行している「オートガイド自動車価格月報」(通称はレッドブック)を参考に決定していることが多いです。
イ   任意保険の契約期間中,協定保険価額は下がらないのに対し,車の時価は日々下がりますから,協定保険価額は保険契約者にとっては有利な価額となります。
ただし,任意保険の契約を更新する際,協定保険価額は下がることとなります。
(2) 新車の場合,設定できる協定保険価額の範囲は狭いのに対し,中古車の場合,設定できる協定保険価額の範囲は広くなります。
(3) 車両保険には通常,車両価額協定保険特約が自動的にセットされていますから,協定保険価額が車両保険の保険金額となります。
3 全損時の車両保険の保険金
(1) 全損の場合,協定保険価額と修理代のどちらか低い方が車両保険の保険金として支払われるのであって,免責金額が差し引かれることはありません。
(2)   追突事故のように相手方に100%の過失がある場合であっても,相手方の任意保険会社は車両の時価額しか提示してきません。
そのため,この場合,協定保険価額と時価額との差額について車両保険からの支払を受けることができます。
4 分損時の車両保険の保険金
(1)   分損の場合,修理代から免責金額を差し引いた金額が車両保険の保険金として支払われます。
(2) 物損事故について自分にも過失がある場合,過失割合部分について車両保険を使用できますものの,車両保険を使用した場合,ノンフリート等級が3等級下がって翌年度からの任意保険の保険料が上がります。
また,保険会社によっては,次に車両保険を使うときの免責金額が上がることがあります(例えば,損保ジャパン日本興亜の「車両保険とは」参照)。
そのため,車両保険の保険金(=修理代から免責金額を差し引いた金額)と,車両保険の保険料の値上がり分を比較して,車両保険を使うかどうかを判断すべきこととなります。
(3) 車両保険を使った方がいいかどうかにつき,外部HPの「3等級ダウン事故~こんな場合,保険を使った方が良い?~」 が参考になります。
ただし,車対車の事故の場合,相手の車に対する賠償について対物賠償責任保険を使うのであれば,それだけでノンフリート等級が3等級下がるわけですから,次に事故を起こした際の自己負担額が上がる場合であっても,自分の車について車両保険を使った方がいいです。
(4) 以前は,車両保険を使っても保険期間中の1回目の保険事故に限り次年度の等級を下げないという等級プロテクト特約が存在しましたが,平成24年10月の自動車保険改定により廃止しされました。
等級が下がらずに車両保険を利用できる関係で,保険会社の想定以上に車両保険が利用された結果,保険会社にとって儲からない特約だったことが原因であるといわれています。
5 車両新価保険特約(新車特約)
(1) 新車特約とは,購入した新車が購入後一定の期間内に一定以上の損害を受けた場合に,新たに代わりの自動車(新車)を購入するための費用を支払ってくれる特約をいいます。
(2) 新車特約をセットするためには,自動車の初度登録から37ヶ月以内に保険期間の末日があることといった条件が付いていることがあります。
また,盗難による全損の場合,新車特約は適用されないことがあります。
(3) 東京海上日動HPの「お車の補償に関するその他の特約」に,車両新価保険特約,地震・噴火・津波危険車両全損時一時金特約及び車両無過失事故に関する特約の説明が載っています。
6 車両保険を使用してもノンフリート等級が下がらない場合
相手方自動車の追突,センターラインオーバー,赤信号無視又は駐停車中の契約自動車への衝突・接触による事故において,契約自動車の運転者及び所有者に過失がなかったと保険会社が判断したような場合,車両保険を使ってもノンフリート等級が下がりませんから,自分の保険会社に問い合わせてください(例えば,損保ジャパンの「車両保険とは」の「無過失車対車事故の特則」参照)。

第5 盗難自動車と車両保険
1 車両保険では,盗難に遭った場合には車両保険金が支払われます。
この場合,盗難に遭った自動車の所有権は保険会社に移転しますものの,保険金の支払を受けてから60日以内に被保険自動車が発見された場合,保険金を返して発見された自動車の返還を求めることもできます。
2 ①詐欺又は横領により生じた損害,及び②詐欺又は横領にあった後,被保険自動車の占有を回復するまでの間に被保険自動車に発生した破損等の損害は免責となり,保険金は支払われません。
これらの損害の発生原因には被保険者の意思が介在する点で盗難と異なり,これを担保するためには新たな危険(信用リスク)の測定も必要となり,保険料率にも影響するために免責とされていますから,詐欺又は横領を行った者が誰であるか,又は誰に対して行われたのかを問いません。
そのため,保険金を請求するに当たり,損害発生原因をこれらと区別するために,盗難による損害が発生した旨を証明する必要があります。
3 一般に盗難とは,占有者の意に反する第三者による財物の占有の移転をいいますところ,車両保険の場合,被保険自動車の盗難という保険事故が保険契約者又は被保険者の意思に基づいて発生したことは,保険者が免責事由として主張,立証すべき事項です。
そのため,被保険自動車の盗難という保険事故が発生したとして車両保険金の支払を請求する者は,被保険自動車の持ち去りが被保険者の意思に基づかないものであることを主張、立証すべき責任を負うものではありません。
しかし,上記主張立証責任の分配によっても,上記保険金請求者は,「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という盗難の外形的な事実を主張、立証する責任を免れるものではありません。
そして,その外形的な事実は,「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」及び「被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったこと」という事実から構成されるとされています(最高裁平成19年4月23日判決参照)。
4 STOP THE 自動車盗難HP「自動車盗難の現状」によれば,自動車盗難の認知件数(車両本体の盗難であり,部品盗及び車上ねらいは除く。)は以下のとおり推移しています。
平成15年:6万4223件,平成16年:5万8737件
平成17年:4万6728件,平成18年:3万6058件
平成19年:3万1790件,平成20年:2万7668件
平成21年:2万5960件,平成22年:2万3970件
平成23年:2万5238件,平成24年:2万1319件
平成25年:2万1529件,平成26年:1万6104件
平成27年:1万3821件,平成28年:1万1655件
平成29年:1万 213件

第6 車両全損時諸費用特約
1 車両保険に自動セットされていることがある車両全損時諸費用特約に加入している場合,車両保険の保険金額の10%(上限20万円)が支払われます。
そのため,それによって,廃車時にかかる費用及び新車購入時にかかる費用をある程度まかなうことができます。
2 東京海上日動HPの「車両保険」に,車両全損時諸費用補償特約に関する説明が載っています。

第7 関連記事その他
1 ほけんの窓口インズウェブHP「各社のロードサービス比較」が載っています。
2 判例タイムズ1382号(2013年1月号)に「車両保険に基づく保険金請求事件について」が載っています。
3 小島法律事務所HPの「入力方向について(物損事故)」には「入力方向とは、どこから相手の車が衝突してきたかを示すのではなく、両当事車両の衝突によって発生した合力が矢印で表現されたものなのです。」と書いてあります。
4 以下の記事も参照してください。
・ 任意保険の示談代行
・ 昭和48年9月1日付の,日本損害保険協会及び日弁連交通事故相談センターの覚書(交通事故損害賠償に関するもの)
・ 自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)
・ 損益相殺
・ 東京地裁民事第27部(交通部)
・ 弁護士費用特約

人身傷害補償保険

目次
第1 総論
第2 人身傷害補償保険が適用される場合等
1 人身傷害補償保険が適用される場合
2 人身傷害補償保険の適用範囲には差があること
3 具体例
第3 人身傷害補償保険の請求時期(人傷先行型及び賠償先行型)と,最終的な回収額との関係
1 前提となる事例等
2 被害者が先に人身傷害補償保険の保険金の支払を受けた場合(人傷先行型)
3 被害者が先に加害者から損害賠償金を回収した場合(賠償先行型)
4 被害者の最終的な回収額の上限
5 弁護士費用特約との関係
第4 東京海上日動のトータルアシスト自動車保険の場合
1 東京海上日動のトータルアシスト自動車保険等の約款
2 人傷先行型及び賠償先行型ごとの,被害者の最終的な回収額
3 その他の損害保険会社の取扱い
第5 人身傷害補償保険金を支払った損害保険会社が代位取得した損害賠償請求権の消滅時効
第6 関連記事その他

第1 総論
1(1) 人身傷害補償保険は,交通事故により記名被保険者及びその同居の家族等が損害を被った場合に保険金を支払うものです。
被害者の過失部分の損害を補償するということで,被保険者らの過失であると,加害者の過失であるとを問わず,一括して保険金が支払われます。
(2) 人身傷害補償保険の保険金は,実際の損害額を基準としているものの,自動車保険約款の基準に基づく金額であって,訴訟基準に基づく金額よりも少ないです。
    ただし,人身傷害補償保険の場合,被保険者の現実収入が少なくても,年齢別平均賃金によって休業損害や逸失利益を算定することが認められている場合がありますから,場合によっては,人身傷害補償保険の保険金が実際の損害額を上回ることがあります。
(3) 人身傷害補償保険は,損害保険市場の自由化を受けて,当時の東京海上火災保険株式会社が平成10年10月1日に発売を始めた保険商品です。
2 人身傷害補償保険は,人身損害の「被害者側が」契約しておき,被害者側に保険金が支払われるものであるという点で,人身損害の「加害者側が」契約しておき,加害者側の損害賠償責任を填補するために保険金が支払われる「賠償責任保険」とは異なります。
3 搭乗者傷害保険(定額払い)にも加入している場合,人身傷害補償保険(実損払い)とは別枠で搭乗者傷害保険が適用されます。
4(1) 被害者の過失が0%であり,加害者が対人賠償責任保険に加入している場合,被害者が受領できる損害賠償金は,被害者が人身傷害補償保険に入っている場合と入っていない場合とで異なりません。
    これに対して被害者の過失がわずかでもあったり,加害者が対人賠償責任保険に加入していなかったりした場合,被害者が受領できる損害賠償金は,被害者が人身傷害補償保険に張っている場合の方が多くなります。
(2) はじめて自動車保険HPの「全国・都道府県別の自動車保険の加入率」によれば,平成27年3月末時点において,対人賠償責任保険の加入率は73.8%であり,自動車共済を含めても加入率は約85%とのことです。
    そのため,約15%の自動車は自賠責保険にしか入っていないこととなりますから,人身傷害補償保険に入っておいた方が安心です。
    実際,「全国・都道府県別の自動車保険の加入率」によれば,平成27年3月末時点において,人身傷害補償保険の加入率は67.0%となっています。
5 人身傷害補償保険だけを利用した場合,ノンフリート等級が下がることはありません(「ノンフリート等級」参照)。
6(1) 人身傷害補償保険は,自分の側に100%の過失がある場合であっても使えます。
(2) 飲酒運転で交通事故を起こした場合,運転者本人について人身傷害補償保険は適用されません。
    しかし,飲酒運転で交通事故を起こした自動車に同乗者がいた場合,同乗者が受けた損害については,原則として,対人賠償責任保険のほか,人身傷害補償保険が適用されます(自動車保険完全マニュアルHP「飲酒運転で事故を起こしてしまった!事故の相手方が飲酒運転だった!保険金は支払われる?」参照)。
7 人身傷害補償保険の保険金は,保険約款上,同一の損害について労災保険給付が受けられる場合には,その給付される額(労働福祉事業の特別支給金を除く。)を差し引いて支払うものとされています。
    そのため,労災保険として損害の二重てん補を未然に防止し円滑な事務処理を行う目的から,人身傷害補償保険からも保険金を受けとることができる被災者等が労災保険給付の請求を行った場合には,人身傷害補償保険取扱保険会社に対して,労災保険給付の請求があった旨を通知する取り扱いを行っています(大分労働局HP「特に注意すべき事項について」参照)。

第2 人身傷害補償保険が適用される場合等
1 人身傷害補償保険が適用される場合
(1) 人身傷害補償保険は以下の場合に適用されます。
① 被保険自動車に乗車中に交通事故が発生した場合
・  搭乗者全員に適用されます。
② 「他の」自動車に乗車中に交通事故が発生した場合
・   記名被保険者及びその家族に適用されます。
例えば,友人の車に乗っているときに交通事故にあってケガをした場合に適用されます。
③ 歩行中や自転車運転中に交通事故が発生した場合 
・   記名被保険者及びその家族に適用されます。
例えば,子供が通学途中に交通事故にあってケガをした場合に適用されます。
(2)  ②及び③の家族の範囲は,記名被保険者(=保険証券に記載されている被保険者),記名被保険者の配偶者,同居の親族及び別居の未婚の子(=婚姻歴がない子)です。
(3)ア ②の「他の自動車」には,自分所有の別の自動車,及び家族所有の自動車は含まれません。
    そのため,例えば,人身障害補償保険に入っていない配偶者の車に乗車中に交通事故が発生した場合,人身障害補償保険が適用されることはありません。
イ 社用車など勤務先の自動車に業務のために搭乗している場合,②の例外として人身障害補償保険は適用されません。
ただし,この場合,業務災害として労災保険の対象となります。
(3) 二輪自動車又は原動機付自転車に乗車中に交通事故が発生した場合,自動車に関する人身傷害補償保険は通常,適用されません。
2 人身傷害補償保険の適用範囲には差があること
(1) 人身傷害補償保険によっては,適用される場合が①の場合に限定されていることがあります。
    例えば,東京海上日動及び損保ジャパン日本興亜の自動車保険の場合,人身傷害補償保険が適用されるのは①の場合に限られるのであって,特約を付けた場合に限り,②及び③の場合にも適用されることとなります(東京海上日動HPの「人身傷害保険」,及び損保ジャパン日本興亜HPの「人身傷害保険」参照)。
(2) セゾン自動車火災の「おとなの自動車保険」の場合,2016年3月末時点でいえば,97.3%が人身傷害補償保険に加入し,そのうちの86.1%が「車内・車外ともに補償」(=①ないし③の場合すべての補償)を選んでいるとのことです(おとなの自動車保険HPの「人身傷害」参照)。
3 具体例
(1) 搭乗者傷害保険及び人身障害補償保険の両方に入っていた場合において,運転手に過失があるとき,当該運転手に対し,自分の自動車保険から,搭乗者傷害保険及び人身障害補償保険の両方から保険金が支払われます。
(2)   友人の自動車に同乗しているときに交通事故にあった場合において,その友人が搭乗者傷害保険及び人身障害補償保険の両方に入っていたとき,当該同乗者に対し,友人の自動車保険から,対人賠償責任保険に加えて搭乗者傷害保険及び人身障害補償保険の両方から保険金が支払われます。
    この場合において,当該同乗者の同居の父親が,車外事故も対象とする人身傷害補償保険に加入していた場合,当該同乗者は,父親の人身傷害補償保険からも保険金が支払われますものの,友人及び父親の人身傷害補償保険から二重に保険金が支払われるわけではありません。

第3 人身傷害補償保険の請求時期(人傷先行型及び賠償先行型)と,最終的な回収額との関係
1 前提となる事例等
(1)   訴訟基準に基づく被害額が1000万円であり,人身傷害補償保険の基準に基づく被害額が800万円であり,自賠責保険基準に基づく損害額が500万円であり,過失割合が50%の交通事故の被害者(過失相殺後の損害賠償請求権の額は500万円です。)が,加害者の対人賠償責任保険及び自分の人身傷害補償保険の両方を利用できる。
(2) 訴訟基準に基づく被害額というのは,民法上認められるべき過失相殺前の損害額のことです(最高裁平成24年2月20日判決)。
(3) 加害者が被保険者となっている対人賠償責任保険の保険会社を対人社といい,人身傷害補償保険の保険会社を人傷社といいます。
2 被害者が先に人身傷害補償保険の保険金の支払を受けた場合(人傷先行型)
(1)ア 被害者は,自分の過失割合に関係なく,人傷社から800万円を支払ってもらえます。
    その後,加害者に対して損害賠償請求訴訟を提起した場合,差額の200万円を支払ってもらえます(最高裁平成24年2月20日判決)。
そのため,被害者の最終的な回収額は1000万円となります。
イ 加害者が被保険者となっている対人社は,自賠責保険に対し,200万円を限度として加害者請求をします。
    そのため,人傷社が自賠責保険金を回収している場合,自賠責保険を通じて,対人社に200万円を限度とする返金の問題が発生します。
ウ 対人社が自賠責保険に請求する金額は加害者の過失割合に比例しますところ,加害者の過失割合が65%以下である限り,自賠責保険の重過失減額(傷害部分は2割減額,後遺障害部分は2割,3割又は5割減額)がありません。
    そのため,後遺障害事案でない場合,人傷社が自賠責保険金を回収している場合における返金額は,加害者の過失割合が65%であるときに最大となります。
(2) 最高裁平成24年2月20日判決は,①人身傷害補償保険金の額と②被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が③民法上認められるべき過失相殺前の損害額を上回る場合に限り,その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると判示しています。
    そのため,前提となる事例では,①人身傷害補償保険金の額800万円+②被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額500万円-③民法上認められる過失相殺前の損害額1000万円=300万円についてだけ,人傷社が対人社に対して求償できることとなります。
    その結果,加害者の対人賠償責任保険の最終的な負担額は,(a)被害者に対する支払分200万円及び(b)人身傷害補償保険の求償に対する支払分300万円の合計500万円となります。
(3)ア 人傷先行型の場合,人傷社が対人社に対して加害者の過失部分500万円について求償することとなります。
    その関係で人傷社の手間が増えますから,加害者の過失割合が大きい場合,被害者にとっての必要性が小さいことと相まって,手続を嫌がられることがあります。
    また,損害賠償請求訴訟を提起した場合,訴訟上の和解をするにしても5%の遅延損害金を考慮してもらえますから,先に人身傷害補償保険の保険金を受領した場合,その分,遅延損害金が減ることとなります。
イ 人傷先行型の場合,人傷社が自賠責保険に対する被害者請求権を優先的に行使することを主張する結果,訴訟をしない限り,自賠責保険相当額が事実上,被害者の自己負担となることがあります。
   例えば,前提となる事例において自賠責保険相当額が500万円である場合,被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額500万円から500万円を控除される結果,訴訟をしない限り,被害者は加害者に対し,全く損害賠償請求ができない反面,前提となる事例において被害者の過失割合が10%である場合,被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額900万円から500万円を控除されるにすぎませんから,被害者は加害者に対し,200万円の損害賠償請求をできます。
    つまり,被害者の過失割合が大きいほど,自賠責保険相当額が事実上,被害者の自己負担となることの弊害が大きいということです。
(3) 被害者が人身傷害補償保険に基づく傷害保険金を受領した場合,保険会社の代位の成否及びその範囲を確定するため,裁判所としては,人身傷害補償保険の約款の具体的内容を必ず確認する必要があります(最高裁平成20年10月7日判決参照)。
3 被害者が先に加害者から損害賠償金を回収した場合(賠償先行型)
(1)   被害者は,加害者から500万円(=1000万円×加害者の過失割合50%)の損害賠償金を支払ってもらえます。
その後,被害者が人身傷害補償保険に保険金を請求した場合,以下の二つの取扱いがあります。
① 人傷基準差額説に基づく取扱い(大阪高裁平成24年6月7日判決
    この場合,人身傷害補償保険の基準に基づく被害額は800万円であり,既に500万円の損害賠償金が支払われているから,差額の300万円しか支払ってもらえません。
そのため,被害者の最終的な回収額は800万円となります。
② 訴訟基準差額説に基づく取扱い(最高裁平成24年5月29日判決の裁判官田原睦夫の補足意見)
この場合,訴訟基準に基づく被害額は1000万円であり,既に支払われた500万円との差額500万円を支払ってもらえます。
    そのため,被害者の最終的な回収額は1000万円となります。
(2)ア 自分が被保険者となっている保険会社が賠償先行型において人傷基準差額説と訴訟基準差額説のどちらを採用しているかを知るためには,弁護士に自動車保険約款を確認してもらった方がいいです。
    特に,加害者に対して損害賠償請求訴訟を提起した上で損害賠償金を回収した場合,賠償先行型でも訴訟基準差額説で人身傷害補償保険の対応をしてくれる保険会社が増えてます。
イ 「交通事故事件21のメソッド」94頁には,平成28年9月時点の主要な保険約款では,「判決又は訴訟上の和解において賠償義務者が負担すべきとされた損害賠償額」(いわゆる訴訟基準損害額)が人傷基準損害額と異なる場合,訴訟基準損害額を人傷基準損害額とみなす旨の条項が設けられていると書いてあります。
    これによれば,主要な保険会社では,賠償先行型でも訴訟基準差額説で人身傷害補償保険の対応をしてくれることとなります。
ウ 賠償先行型でも訴訟基準差額説で人身傷害補償保険の対応をしてもらえる場合,訴訟上の和解をするのであれば,過失割合よりも損害認定額にこだわった方がいいです。
(3) 賠償先行型で人身傷害補償保険金を請求する場合,以下の資料が必要となります。
① 交通事故証明書
② 診断書及び診療報酬明細書
③ 休業損害関連資料
④ 訴状
⑤ 判決書,又は和解調書及び和解金の内訳が分かる文書
⑥ その他認定された損害の立証資料
(4) 賠償先行型において,対人社との間で,訴訟外で示談をしたり,交通事故紛争処理センターで解決したりした場合,通常は人傷基準差額説での対応しかしてもらえません。
4 被害者の最終的な回収額の上限
(1) 賠償先行型であると,人傷先行型であるとを問わず,①「過失相殺なしの訴訟基準の損害賠償請求権」と,②「人身傷害補償保険の保険金及び被害者の過失相殺後の損害賠償請求権の合計額」の小さい方が,被害者の最終的な回収額の上限となります。
    そのため,被害者の過失が大きい場合,被害者の最終的な回収額は,訴訟基準損害額に満たないことがあります。
(2)   例えば,被害者の過失割合が100%である場合,被害者は人身傷害補償保険しか受領できませんから,訴訟基準損害額の全額を回収することはできません。
5 弁護士費用特約との関係
(1) 人傷先行型の場合
ア(ア)   訴訟基準の損害額が自賠責保険基準の損害額より大きい場合,加害者に過失がある限り,人身傷害補償保険を受領した被保険者は損害賠償請求訴訟を提起することで追加の損害賠償金を受領できます。
    そのため,被害者の過失が大きい場合であっても,将来の訴訟提起を前提とすれば,理論上は常に弁護士費用特約を使えます。
(イ)   加害者の過失が100%でない限り,将来の訴訟の結果として,人傷社は,自賠責保険金を返金する必要が出てきます。
そのため,人傷先行型の場合,人傷社としては,弁護士費用特約の利用を嫌がることがあります。
イ(ア) 2日に1回以上のペースで整形外科又は整骨院に通院し,かつ,現実の休業日数が長いなどの理由で休業損害が大きかった場合,自賠責保険基準の損害額が訴訟基準の損害額を上回ることがあります。
    ただし,180日間,2日に1回以上のペースで通院した場合,訴訟基準の通院慰謝料は80万円であるのに対し,自賠責保険基準の通院慰謝料は4200円✕180日=75万6000円ですから,休業損害を伴わない限り,理論上は,訴訟基準の損害額が自賠責保険基準の損害額を下回ることはありません。
(イ) 整形外科に月に1,2回しか通わず,それ以外は2日に1回ぐらいのペースで6ヶ月間,整骨院に通院していた場合,訴訟基準では治療期間を制限される可能性が極めて高いのに対し,自賠責保険基準では治療期間を制限されないことがあります。
    この場合,例えば,訴訟基準の治療期間が3ヶ月であり,自賠責保険基準の治療期間が6ヶ月の場合,訴訟基準の通院慰謝料は48万円となり,自賠責保険基準の通院慰謝料は75万6000円となりますから,前者が後者を下回ることとなります。
(2) 賠償先行型の場合
ア  自賠責保険に対する被害者請求をしない場合
全く問題なく弁護士費用保険を使えます。
イ 自賠責保険に対する被害者請求をする場合
(ア) 過失相殺「後の」訴訟基準の損害額が自賠責保険からの支払額より多いと見込まれる場合,全く問題なく弁護士費用特約を使えます。
(イ) 自賠責保険は加害者の過失部分に充当されるため,訴訟提起前に自賠責保険に対する被害者請求をした場合,過失相殺「後の」訴訟基準の損害額が自賠責保険からの支払額より多くない限り,請求棄却判決となります。
    そのため,賠償先行型としたい場合において,過失相殺「後の」訴訟基準の損害額が自賠責保険からの支払額より少ないと見込まれる場合,自賠責保険の被害者請求をしないまま訴訟提起する必要があると思います。

第4 東京海上日動のトータルアシスト自動車保険の場合
1 東京海上日動のトータルアシスト自動車保険等の約款
 東京海上日動のトータルアシスト自動車保険は,東京海上日動HPの「自動車保険Web約款のご案内」に載っていますところ,東京海上日動のトータルアシスト自動車保険の約款のうち,「2017年4月1日~始期契約」分91頁には,人身傷害補償保険の代位に関して以下の条文があります。
第2条(代位)
(1) 損害が生じたことにより被保険者または保険金請求権者が損害賠償請求権その他の債権(*1)を取得した場合において、当会社がその損害に対して保険金を支払ったときは、その債権は当会社に移転します。ただし、移転するのは、下表の額を限度とします。
① 当会社が損害の額(*2)の全額を保険金として支払った場合は、被保険者または保険金請求権者が取得した債権の全額
② ①以外の場合は、被保険者または保険金請求権者が取得した債権の額から、保険金が支払われていない損害の額(*2)を差し引いた額
(2) (1)の表の②の場合において、当会社に移転せずに被保険者または保険金請求権者が引き続き有する債権は、当会社に移転した債権よりも優先して弁済されるものとします。
(中略)
(*1) 共同不法行為等の場合における連帯債務者相互間の求償権を含みます。
(*2) 人身傷害条項においては、同条項第4項(お支払する保険金)(2)の規定により算定された額を損害の額とします(*4)。ただし、賠償義務者(*5)があり、かつ、判決または裁判上の和解(*6)において、賠償義務者(*5)が負担すべき損害賠償額が算定された場合であって、その算定された額(*7)が社会通念上妥当であると認められるときは、その算定された額(*7)を損害の額とみなします。
(中略)
(*4) この場合において、当会社に移転する債権の額は、(1)の表の額または当会社が支払った保険金の額のいずれか低い額を限度とします。 
(*5) 自動車または原動機付自転車の所有、使用または管理に起因して被保険者の生命または身体を害することにより、被保険者またはその父母、配偶者(*8)もしくは子が被る損害に対して、法律上の損害賠償責任を負担する者をいいます。
(*6) 民事訴訟法に定める訴え提起前の和解を含みません。
(*7) 訴訟費用、弁護士報酬、その他権利の保全または行使に必要な手続をするために必要とした費用及び遅延損害金は含みません。
(*8) 婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者および戸籍上の性別が同一であるが婚姻関係と異ならない程度の実質を備える状態にある者を含みます。
2 人傷先行型及び賠償先行型ごとの,被害者の最終的な回収額
(1) 人傷先行型の場合の取扱い
ア   東京海上日動の約款を前提とすると,2条(1)①に基づき,東京海上日動が人身傷害補償保険の基準に基づく保険金を支払った時点で,被保険者である被害者が有する損害賠償請求権の全額が東京海上日動に移転するように読めます。
    私の経験では,東京海上日動は,被害者が有する自賠責保険に対する被害者請求権を行使する結果,訴訟提起しなかった被害者の最終的な回収額は,第3で述べた人傷基準差額説と同じになりますから,第3の事例でいえば,800万円となります。
イ 加害者に対する損害賠償請求訴訟を提起して判決を取得し,又は訴訟上の和解を成立させた場合,2条(1)②及び2条(2)が適用される結果,被害者の最終的な回収額は,第3で述べた訴訟基準差額説と同じになりますから,第3の事例でいえば,1000万円となります。
(2) 賠償先行型の場合の取扱い
ア 加害者から訴訟外で示談を成立させた場合,2条(1)①に基づき,人身傷害補償保険の基準に基づく保険金から示談金を控除した後の額が人身傷害補償保険金として支払われます。
    そのため,この場合,被害者の最終的な回収額は,第3で述べた人傷基準差額説と同じになりますから,第3の事例でいえば,800万円となります。
イ 加害者に対する損害賠償請求訴訟を提起して判決を取得し,又は訴訟上の和解を成立させた場合,被害者の最終的な回収額は,第3で述べた訴訟基準差額説と同じになりますから,第3の事例でいえば,1000万円となります。
    第3の事例を2条(1)②及び2条(2)にあてはめた場合,被保険者が取得した債権600万円から,保険金が支払われていない損害の額200万円(訴訟基準での損害の額1000万円-人身傷害補償保険金800万円)を差し引いた400万円についてだけ,東京海上日動が被保険者に代位して加害者に請求できることとなります。
3 その他の損害保険会社の取扱い
・ 個別に確認したわけではありませんが,東京海上日動と同じような取扱いであると思われます。

第5 人身傷害補償保険金を支払った損害保険会社が代位取得した損害賠償請求権の消滅時効
1 損害保険金を支払った保険会社による被保険者(被害者)の加害者に対する損害賠償請求権の代位取得は,保険法25条1項に基づくものであるところ,これは,法律上当然の移転であり,保険金支払の時に移転の効力が生じ,代位によって権利が移転しても,権利の同一性には影響がないと解されます。
2 人身傷害補償保険も,保険事故の発生により被保険者に生じた人身損害を填補することを目的とするものであって,損害保険の性質を有するものと解されるから,人身傷害補償保険金を支払った保険会社による被保険者(被害者)の加害者に対する損害賠償請求権の代位取得についても,人身傷害補償保険金支払の時に,権利の同一性を保つたまま,上記損害賠償請求権が保険会社に移転するのであり,代位が生じたことによって,上記損害賠償請求権の消滅時効の起算点が左右されるものではないと解されます。
3 そのため,人身傷害補償保険金を支払った損害保険会社が代位取得した損害賠償請求権の消滅時効の起算点は,被保険者(被害者)の症状固定日となると解されています(東京地裁平成23年9月20日判決(第一審)及び東京高裁平成24年3月14日判決(控訴審)参照)。

第6 関連記事その他
1 125CC以下のバイクに乗車中に交通事故にあった場合,ファミリーバイク特約に基づく人身傷害補償保険を利用できることがあります(原付2種バイク最強説HPの「本当に激安?ファミリーバイク特約の料金について」参照)。
2 菅藤法律事務所HPの「交通事故被害者は人身傷害保険の利用順序にご注意ください」が参考になります。
3 国税庁HP「人身傷害補償保険金に係る所得税、相続税及び贈与税の取り扱い等について」(平成11年10月4日付の文書回答事例)が載っています。
4 保険市場HP「人身傷害保険(人身傷害補償保険)とは 」が載っています。
交通事故に関する赤い本講演録2012年53頁ないし66頁に「人身傷害補償保険金の支払による保険代位を巡る諸問題」が載っています。
    また,交通事故に関する赤い本講演録2017年123頁ないし132頁に「人身傷害保険金請求を行う場合の訴状作成のチェックポイント(訴訟手続研究部会)」が載っています。
6 交通関係訴訟の実務(著者は東京地裁27民(交通部)の裁判官等)に410頁ないし425頁に「人身傷害補償保険の諸問題」(例えば,人傷保険金の支払により損害賠償請求権を代位取得した保険会社による自賠責保険からの回収と損益相殺)が載っています。
7 以下の記事も参照してください。
・ 政府保障事業及び無保険車傷害特約
・ 自賠責保険の支払基準
・ 「自動車損害賠償保障法及び関係政省令の改正等に伴う事務の実施細目について」と題する,国土交通省自動車交通局保障課長の通知(平成14年3月11日付)
・ 昭和48年9月1日付の,日本損害保険協会及び日弁連交通事故相談センターの覚書(交通事故損害賠償に関するもの)

労災保険又は障害年金を支給される可能性がある事案における示談

目次
1 総論
2 示談の文言
3 労災保険の支給決定前の示談の取扱い
4 自賠責保険の被害者請求と労災保険等の求償との関係
5 関連記事その他

1 総論
(1) 交通事故が労働災害に該当する場合,被災者は,使用者とは別の第三者の加害行為によってケガをしたこととなりますから,第三者行為災害となります(「第三者行為災害としての交通事故」参照)。
(2) 第三者行為災害の場合,労災保険は,被災者である交通事故被害者に支払った障害補償給付等を,被災者の過失割合に応じて損害保険会社に請求します。

2 示談の文言
(1)   示談が真正に成立し,かつ,その示談内容が,受給権者の第三者に対する損害賠償請求権(保険給付と同一の事由に基づくものに限る。)の全部の填補を目的とするものである場合,放棄した損害賠償請求権について,労災保険からの支給を受けることができなくなります(最高裁昭和38年6月4日判決参照)。
    また,慰謝料「以外の」名目で加害者から損害賠償金を支払ってもらった場合,その分,労災保険からの支給が減ります(労災保険法12条の4第2項)。
    そのため,労災保険からの支給がある場合,労基署に相談した上で示談する必要があります。
(2)ア 実務上は,以下の文言にしておけば特に問題はないです。
    乙は,甲に対し,本件事故に関して,労働者災害補償保険法,厚生年金保険法及び国民年金法に基づく過去及び将来の給付金並びに乙の甲に対する既払金とは別に,解決金として,金○○万円の支払義務があることを認める。
イ 「相手方は、請求人に対し、一切の損害の賠償として既払金のほか○万円の支払義務のあることを認めるとともに、請求人と相手方との間には当該示談金の支払のほかは、何らの債権債務のないことを確認する」という示談書を作成した事案では,労基署長から既払いの労災保険給付を取り消され,労働保険審査官に対する審査請求も棄却されましたが,労働保険審査会に対する再審査請求の結果,労災保険給付が再び支給されることになりました(労働保険審査会の平成30年労第42号の裁決参照)。
(3) 高額療養費をまだ支給されていない場合,「国民健康保険からの高額療養費とは別に」といった文言を追加すればいいです。

3 労災保険の支給決定前の示談の取扱い
・ 第三者行為災害事務取扱手引61頁及び62頁によれば,労災保険の支給決定前に示談が成立している場合の取扱いは以下のとおりです。
(1) 真正な全部示談が成立している場合の取扱い
    第一当事者等と第二当事者等の間で真正な労災保険給付を含む全損害の填補を目的とする示談(以下「全部示談」という。)が行われたと判断された場合には,それ以後の労災保険給付を行わないこと。
    労災保険給付を行わない場合の要件は,次の2点である。
ア 当該示談が真正に成立していること
    なお,次のような場合には真正に成立した示談とは認められないこと。
① 当該示談の成立が錯誤,心裡留保(その真意を知り,又は知り得べかりし場合に限る。)に基づく場合
② 当該示談の成立が詐欺又は強迫に基づく場合
イ 当該示談の内容が,第一当事者等の第二当事者等に対して有する損害賠償請求権(労災保険給付と同一の事由に基づくものに限る。)の全部の填補を目的としていること
    次のような場合には,損害の全部の填補を目的としているものとは認められないものとして取り扱うこと。
① 損害の一部について労災保険給付を受けることを前提として示談している場合
② 示談書の文面上,全損害の填補を目的とすることが明確になっていない場合
③ 示談書の文面上,全損害の填補を目的とする旨の記述がある場合であっても,示談の内容及び当事者の供述等から判断し,全損害の填補を目的としているとは認められなかった場合
    また,示談が真正な全部示談と認められるかどうかの判断を行うに当たっては,示談書の存在及び示談書の記載内容のみにとらわれることなく,当事者の真意の把握に努める必要があること。
(2) 真正な全部示談とは認められない場合の取扱い
    当該示談が真正な全部示談とは認められない場合には,労災保険給付を行う必要性が認められる限りにおいて労災保険を給付することとなるが,示談の成立に伴い,第一当事者等が第二当事者等又は保険会社等より損害賠償又は保険金を受領している場合には,受領済みの金額を控除して労災保険給付を行うこと。
    また,示談書は存在するが,調査の結果真正な全部示談とは認められなかったため労災保険給付を行うこととした場合には,示談締結時の状況や真正な全部示談とは認められないと主張する理由を,第一当事者等から書面によりあらかじめ徴しておくこと。
    なお,第一当事者等から書面を徴する目的は,真正な全部示談ではないことを第一当事者等が主張したという事実を文書で確認し保管しておくことにあるため,その趣旨が十分に記載されていれば書面は任意の様式で差し支えないこと。

4 自賠責保険の被害者請求と労災保険等の求償との関係
(1) 国民健康保険法による保険者は,被保険者に保険給付を行なったときは,同法64条1項に基づき,その給付の価額の限度において被保険者の第三者に対して有する損害賠償請求権を当然に取得します(最高裁昭和42年10月31日判決)。
(2) 被害者請求は,国民健康保険の求償及び労災保険の求償に優先して行使できると解されています(老人保健法に関する最高裁平成20年2月19日判決,及び労災保険法に関する最高裁平成30年9月27日判決)。
(3)ア  被害者の有する自賠法16条1項に基づく請求権の額と労災保険法12条の4第1項により国に移転した上記請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超える場合であっても自賠責保険会社が国に対してした損害賠償額の支払は有効な弁済に当たります(最高裁令和4年7月14日判決)。
イ 自由と正義2023年12月号25頁には,「平成30年最判(山中注:最高裁平成30年9月27日判決)が示した被保険者の権利が優先すべきとする判例法理は、国と被保険者との間の優先劣後関係にすぎない相対的な関係であり、自賠責損害額について弁済をした自賠社の弁済の効力には影響を与えず、有効な弁済と解する。」と書いてあります。
(4) 国民健康保険法及び労災保険法には,請求権代位においては被保険者の権利が優先すると定める保険法25条2項に相当する条文がありませんから,被害者請求権と求償権の優先関係は法令の解釈に基づくものとなります。

5 関連記事その他
(1) 32期の都築民枝 元裁判官は,自由と正義2023年12月号15頁ないし21頁に「民事損害賠償請求における示談(和解)と労災保険給付請求」を寄稿しています。
(2) 保険会社との間で休業損害の単価及び期間並びに総額に関する争いがある事案において,示談成立後に労災保険に対して休業特別支給金を請求する予定である場合,示談書において,休業損害の単価及び期間を確認しておいた方がいいです。
(3) 以下の記事も参照してください。
・ 任意保険の示談代行制度

任意保険の示談代行

目次
第1 総論
第2 自賠責保険の支払基準を下回ることはないこと
第3 示談金における主な項目
第3 任意保険の示談代行を利用できない場合
第4 ガイドラインが定めるところの,任意保険会社の初期対応等
第5 ガイドラインが定めるところの,任意保険会社の一括払い
第6 任意保険会社との示談の形式(示談書及び免責証書)
1 総論
2 示談書
3 免責証書
第7 自動車保険約款における被害者の直接請求権
第8 裁判所に訴訟を提起した場合,事前交渉提示額より下がる場合があること
第9 任意保険とは別に人身傷害補償保険からの給付があるかもしれないこと
第10 自賠責保険の被害者請求をすることを前提として,加害者との間で示談をする場合の取扱い
第11 自動車保険約款における被害者の直接請求権
第12 保険会社のインターネット上の苦情窓口
第13 関連記事その他

第1 総論
1 示談代行制度とは,任意保険会社が被保険者に対して保険金の支払責任を応限度において,任意保険会社の費用により,被保険者の同意を得て,被保険者のために折衝,示談又は調停若しくは訴訟の手続(弁護士の選任を含む。)を行う制度をいいます。
    示談代行制度は,昭和49年に発売されたFAP保険(Family Automobile Policy)の対人賠償に初めて導入されました。
2 判決等により損害賠償額が確定した場合,被害者は,加害者の任意保険会社に対して直接,損害賠償請求をすることができます。
    そのため,保険会社の社員が行う示談交渉は保険会社自身の損害賠償債務についての交渉となる点で弁護士法72条に定める「他人の法律事務」ではないという理屈により,示談代行は,非弁護士による法律事務の取扱いを禁止する弁護士法72条には違反しないとされています。
3 任意保険の示談代行制度を利用した場合であっても,対物賠償責任保険又は対人賠償責任保険を使用せずに自分で損害賠償額を支払った場合,ノンフリート等級は下がりません。
4 交通事故・損害賠償請求ネット相談室HP(LSC総合法律事務所)「任意保険における示談代行サービスとは?」には,「通常保険会社が提示してくる損害賠償の金額は,裁判で認められる損害賠償の金額はかなり低額で,だいたい裁判基準の6割から7割程度であるといわれています。」と書いてあります。
5 最初の交通事故(第1事故)の治療中に再び交通事故(第2事故)にあった場合,第1事故の保険会社は対応を中断し、第2事故の保険会社が対応を引き継ぐことになっており、全損害額が確定した後、第2事故の保険会社が第1事故の保険会社と協議の上、寄与度割合を決定して求償していくようです(弁護士ブログの「また事故に遭っちゃったよ」参照)。


第2 自賠責保険の支払基準を下回ることはないこと
1 平成14年3月11日付の国土交通省自動車交通局保障課長通知「自動車損害賠償保障法及び関係政省令の改正等に伴う事務の実施細目について」(国土交通省HPの告示・通達検索参照)に基づき,任意保険会社は,被害者と初期に接触した時点で,一括払の金額は自賠責保険支払限度額内では自賠責保険の「支払基準」(平成13年金融庁・国土交通省告示)(自動車損害賠償保障法16条の3)による積算額を下回らないことを記載した書面を交付することにより,任意保険会社の支払額は自賠責保険の「支払基準」を下回らないことが義務づけられています。
    これは,任意保険会社が過失相殺なり損害算定なりについて厳しい主張をする場合がありますところ,被害者が自賠責保険会社に自分で請求手続をとれば,「支払基準の水準で損害賠償額の支払を受けられるのに,任意保険会社から直接,賠償金を受け取ることにより,「支払基準」に達しない賠償しか受けられなくなるという事態を回避するためのものです。
    つまり,任意保険会社が示談をする場合,自賠責保険の「支払基準」(自動車損害賠償保障法16条の3)を下回る金額で被害者と示談することはできません。
2 例えば,むち打ちで90日間,2日に1回のペースで通院した場合,裁判基準の通院慰謝料は48万円である(3.5日に1回のペースで通院した場合と同じです。)のに対し,自賠責保険基準の通院慰謝料は4200円×90日=37万8000円です。
    そのため,この場合,被害者の過失割合が25%とすれば,過失相殺後の裁判基準の通院慰謝料は48万円×0.75=36万円となりますから,自賠責保険基準の通院慰謝料の方が高いこととなります。
3 一般のHPとしては,「自賠責保険金の支払基準」の記載が分かりやすいです。

第3 示談金における主な項目
1 任意保険会社が示談交渉で示す示談金のうち,金額の大きな項目は通常,以下のとおりです(重次法律事務所HP「交通事故」参照)。
    ただし,自賠責保険の後遺障害等級認定がない場合,④後遺障害逸失利益及び⑤後遺障害慰謝料を支払ってもらうことはできません。
① 治療費
② 休業損害
③ 入院慰謝料及び通院慰謝料
④ 後遺障害逸失利益
→ 基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間によって計算します。
⑤ 後遺障害慰謝料
2(1) 義肢,歯科補てつ,義眼,眼鏡(コンタクトレンズを含む。),補聴器,松葉杖等の買換費用は治療関係費に含まれますから,物損に関する示談が成立している場合であっても請求できます。
    自賠責保険の場合,眼鏡(コンタクトレンズを含む。)は5万円が上限とされていますが,任意保険の場合,こうした上限はありません。
(2) 眼鏡等は身体の機能を補完するために必要なものである点で眼鏡等の損傷は人損ですし,交通事故時と同じ眼鏡等を再調達するのに必要な費用が損害となる点で減価償却は不要です。
3 痛み,しびれ等の後遺障害が14級に該当する場合,労働能力喪失期間は2年から5年であり,12級に該当する場合,労働能力喪失期間は5年から10年です。
4 弁護士に依頼して訴訟を提起して判決をもらった場合,遅延損害金(年5%)及び弁護士費用(損害額の10%)を追加で支払ってもらえます。
    ただし,訴訟を提起した後に和解をした場合,遅延損害金の半分ぐらいがプラスされますものの,弁護士費用(損害額の10%)を加害者から支払ってもらうことはできません。


第4 任意保険の示談代行を利用できない場合
1(1) 任意保険会社は加害者に対して保険金の支払責任を負う限度において示談代行するものですから,以下の事故については,任意保険会社に法律上の関係がないことから,弁護士法72条との関係で,示談代行してくれません。
① 無責事故
→ 被保険者に責任がない場合をいいます。
② 免責事故
→ 保険約款所定の免責事由に該当し,保険会社に保険金支払義務がない場合をいいます。
③ 自賠内事故
→ 被保険者の負担する賠償額が自賠責保険の支払額の範囲内の場合をいいます。
④ 保険金額超過事故
→ 被保険者が負担する法律上の損害賠償額が,任意保険の保険限度額と自賠責保険によって支払われる額の合計額を超えることが明らかな場合をいいます。
    例えば,対人・対物の限度額が無制限でない場合,死亡又は重度の後遺障害事故であれば保険金額超過事故となる結果,示談代行をしてもらえなくなる場合があります。
(2) ソニー損保のコミュニケーションサイト「保険会社が示談代行できない事故~もらい事故には弁護士特約で備える~」が載っています。
2 示談代行は,以下の場合もできないこととなっています。
① 損害賠償請求権者(被害者)が保険会社の示談代行に同意しない場合
→ この場合,被保険者は保険会社の協力,援助を受けながら交渉することとなりますものの,通常は,保険会社の顧問弁護士が加害者の代理人に就任して示談交渉をしてくれます。
② 被保険自動車に自賠責保険契約が締結されていない場合
③ 被保険者が正当な理由なく保険会社の求める協力要請を拒否した場合

第5 ガイドラインが定めるところの,任意保険会社の初期対応等
・ 一般社団法人日本損害保険協会の「損害保険の保険金支払に関するガイドライン」(平成24年4月作成)8頁及び9頁には,「自動車保険等において、会員会社が示談交渉を行う場合の被害者に対する初期対応」として,以下の記載があります(会員会社とは,一般社団法人日本損害保険協会に加盟する損害保険会社のことです。

ア.会員会社の担当者の案内
   被害者に担当者の所属部署名、氏名、連絡先を案内するとともに、会員会社が交渉の窓口になる場合は、被害者にその旨を説明する。
イ.請求可能項目の適切な算出のために必要となる損害調査に関する説明
   会員会社は損害賠償の観点から、被害者に対して請求可能な項目と内容を案内する。また、適切な損害調査と保険金支払の観点から、事故の状況、被害物件の損傷程度、被害者の傷害の内容・程度等、保険金の適切な算出のために必要となる各種損害調査を行う必要がある旨を被害者に説明し、損害調査への協力を求める。
ウ.事故状況等の事実関係の確認
   会員会社は被害者に対し、契約者等より確認している事故状況・事故原因等と、被害者が認識している事故状況・事故原因等に相違がないかどうか、丁寧に確認を行うとともに、双方の認識に相違がある場合は、事故現場の実地調査を行うなど、必要な確認調査を行う。
エ.お客さま情報の取扱いに関する丁寧な説明
   会員会社は被害者に対し、被害者の治療の内容・症状の程度等を確認するために必要となる診断書・診療報酬明細書等の医療情報を取得・利用することを説明し、被害者の同意の有無を確認する。被害者が同意する場合は、速やかに同意書への署名・捺印を依頼する。
オ.今後の進め方に関する打合せ
   会員会社は被害者に対し、加害者等が被害者に対して負うべき法律上の賠償責任の範囲について、具体的かつわかりやすく説明を行う。事故の最終的な解決にあたり、承諾書や示談書等の書類が必要となる旨を案内する。
   また、対人賠償事故においては、被害者より治療費・通院交通費・休業損害等の保険金内払いの必要性・要望等を十分確認し、連絡方法等、今後の進め方について丁寧な打合せを行う等、被害者保護に欠けることのないよう、適切な対応を心がける。

第6 ガイドラインが定めるところの,任意保険会社の一括払い
1 被害者の過失が概ね3割以下の交通事故の場合,加害者側の任意保険会社による一括払いを受けることができます。
2 一般社団法人日本損害保険協会の「損害保険の保険金支払に関するガイドライン」(平成24年4月作成)9頁には,「一括払いに関する丁寧な説明」として,以下の記載があります(会員会社とは,一般社団法人日本損害保険協会に加盟する損害保険会社のことです。)。
   契約者等・被害者が自動車事故で受傷している場合、会員会社は契約者等・被害者に対し、人身傷害保険や対人賠償保険では自賠責保険部分を含めて保険金を支払う「一括払い」を行うことについて親切・丁寧に説明し、同意の有無を確認する。

   契約者等・被害者が「一括払い」に同意しない、もしくは任意保険引受会社において「一括払い」を行うことができない場合は、会員会社は、自賠法15条に基づく請求手続(加害者請求)や自賠法16条に基づく請求手続(被害者の直接請求)、自賠責保険の仮渡金の請求手続を案内するとともに、親切・丁寧な説明と対応を行う。

第7 任意保険会社との示談の形式(示談書及び免責証書)
1 総論
(1)   加害者(=被保険者)側の任意保険会社と示談をする場合,被害者にも過失があるときは示談書を作成し,被害者に全く過失がないときは免責証書を作成します。
(2) 過失割合に争いがない場合,まずは物損について示談をし,症状固定となった後に人損について示談することとなります。
(3) 示談書及び免責証書は通常,3枚複写となっており,示談金の振込口座となる被害者又はその代理人弁護士の預貯金口座は2枚目及び3枚目にだけ記載されるのであって,加害者側の控えとなる1枚目には記載されません。
2 示談書
(1) 示談書とは,加害者及び被害者がお互いに対していくら支払うことで交通事故を解決するかを記載した書面であり,加害者及び被害者の両方の署名押印がなされます。
つまり,示談書の場合,加害者及び被害者の両方の署名押印が必要となる点で作成に手間が掛かります。
(2)   被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、書面による合意が成立した場合,被害者は,加害者側の任意保険会社に対し,自動車保険約款に基づき,損害賠償金の直接請求権を取得します。
そして,被害者が加害者との間で示談書を作成した場合,加害者側の任意保険会社に対して直接,損害賠償金を支払うように請求できることとなります。
3 免責証書
(1) 免責証書とは,被害者が一方的に加害者及び任意保険会社宛に金○○円を受領することにより,加害者に対する損害賠償請求権を放棄することを宣言して署名押印する書面をいい,加害者の署名押印,及び任意保険会社の記名押印はなされません。
つまり,免責証書の場合,被害者の署名押印だけで足りますから,示談書の作成ほどは手間が掛かりません。
(2)   損害賠償請求権者が被保険者に対する損害賠償請求権を行使しないことを被保険者に対して書面で承諾した場合,被害者は,加害者側の任意保険会社に対し,自動車保険約款に基づき,損害賠償金の直接請求権を取得します。
そして,被害者が免責証書を作成した場合, 加害者側の任意保険会社に対して直接,損害賠償金を支払うように請求できるということです。
(3)ア 東京海上日動火災保険株式会社と示談をする場合,免責証書の本文は以下のような文面になっています。
「上記事故によって乙の被った一切の損害に対する賠償金として,乙は「甲・丙」の保険契約に基づき丁より既払額○○万円の他に○○万円を受領後には,その余の請求を放棄するとともに,上記金額以外に何ら権利・義務関係の無いことを確認し,甲・丙および丁に対し今後裁判上・裁判外を問わず何ら異議の申立て,請求および訴えの提起等をいたしません。」
イ   甲及び丙は加害者であり,乙は被害者であり,丁は甲及び丙が被保険者となっている任意保険会社のことです。
ただし,加害者が1人だけの場合,丙はいません。


第8 裁判所に訴訟を提起した場合,事前交渉提示額より下がる場合があること
・ 以下のような事情があるため,裁判所に訴訟を提起した場合,訴訟上の和解又は判決での認容額が事前交渉提示額より下がることがあります。
① 訴訟提起後に実況見分調書,被害者のカルテ等を確認した結果,被害者に不利な事実が訴訟提起後に判明する場合があること。
→ 例えば,(a)交通事故の時に被害者がシートベルトをしていなかった事実,(b)治療中に事故の負傷部位にさらに別の事故での負傷が加わった事実,(c)後縦靱帯骨化症(OPLL)が治療の長期化・後遺障害の程度に大きく影響している事実があります。
② 早期解決ができることを条件として,訴訟では認められない可能性のある損害を任意保険会社が争っていない場合があること。
→ 例えば,介護のための家族の高額なホテル代があります。
③ 最終的に決裂した事前交渉中に,タクシー代支払の合意,休業損害額の合意といった,一部の事項だけの合意が成立していた場合
→ 訴訟提起後に合意の事実を被告が争った場合,決裂した合意の中の一部の中間的な合意については「法的に」成立していたという主張は非常に認められにくいです。

第9 任意保険とは別に人身傷害補償保険からの給付があるかもしれないこと
1 被害者に過失がある事故であっても,被害者について人身傷害補償保険が適用される場合,示談の前後を問わず,過失部分について人身傷害補償保険からの給付があります。
具体的にどのような場合に適用されるかについては,「人身傷害補償保険」を参照して下さい。
2 加害者に対する損害賠償請求訴訟をした上で,判決又は訴訟上の和解により損害賠償金を回収した場合,自分の過失部分について,金額が少ない人身傷害基準ではなく,金額が多くなる訴訟基準に基づく保険金を支払ってもらえます。
そのため,自分の過失割合が少ない場合,実質的に自分に過失がなかった場合と同額の損害賠償金を受領できることとなります(「人身傷害補償保険」参照)。
3 人身傷害補償保険の内容によっては,自分又は家族について,他の自動車に乗車中に交通事故が発生したり,歩行中や自転車運転中に交通事故が発生したりした場合であっても,過失部分について人身傷害補償保険から給付されることがあります(「人身傷害補償保険」参照)。


第10 自賠責保険の被害者請求をすることを前提として,加害者との間で示談をする場合の取扱い
1 被害者請求権の成立には,自賠法3条による被害者の保有者に対する損害賠償債権が成立していることが要件となっており,また,当該損害賠償債権が消滅すれば,被害者請求権も消滅します最高裁平成12年3月9日判決(先例として,最高裁平成元年4月20日判決)参照)。
   そのため,自賠責保険の被害者請求をすることを前提として,加害者との間で示談をする場合,自賠法3条に基づく損害賠償請求権を放棄したり,加害者との間での清算条項を入れたりすることはできませんから,「原告は,本件事故に関して,被告が被保険者となっている自賠責保険に対する被害者請求により損害賠償金の支払を受けることができた場合,被告に対し,人損部分に関する損害賠償請求はしないものとする。」といった条項を入れるにとどめた方がいいです。
2(1) 加害者に対しては,訴訟基準の損害額×加害者の過失割合-自賠責保険からの支払額しか請求できませんから,例えば,加害者に35%の過失がある場合において,傷害部分の訴訟基準の損害額が300万円,傷害部分の自賠責保険基準の損害額が200万円の場合,300万円×0.35-120万円(自賠責保険の限度額)=-25万円となる結果,和解条項にかかわりなく,傷害部分に関する損害賠償請求をすることはできません。
  また,14級の後遺障害があるときにおいて,後遺障害部分の訴訟基準の損害額が224万5000円(慰謝料が110万円,逸失利益が114万5000円(年収500万円×労働能力喪失率5%×労働能力喪失期間5年に対応するライプニッツ係数4.58=500万円×0.229))であるとした場合,224万5000円×0.35-75万円=3万5750円となる結果,和解条項がなかったとしても,後遺障害部分に関する損害賠償請求は3万5750円しかできません。
(2) 12級以上の後遺障害が残る可能性がある場合,「訴訟基準の損害額×加害者の過失割合」と「自賠責保険からの支払額」をちゃんと比較してから,人損部分に関する損害賠償請求はしないということを表明するかどうかを決める必要があります。

第10 自動車保険約款における被害者の直接請求権
1 以下の場合,損害賠償請求権者である被害者は,加害者(=被保険者)側の任意保険会社に対し,自動車保険約款に基づき,損害賠償金の直接請求権を取得します。
① 被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、判決が確定した場合または裁判上の和解もしくは調停が成立した場合
② 被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、書面による合意が成立した場合
③ 損害賠償請求権者が被保険者に対する損害賠償請求権を行使しないことを被保険者に対して書面で承諾した場合
④ (3)に定める損害賠償額が保険証券記載の保険金額を超えることが明らかになった場合
⑤ 法律上の損害賠償責任を負担すべきすべての被保険者について、次のいずれかに該当する事由があった場合
ア.被保険者またはその法定相続人の破産または生死不明
イ.被保険者が死亡し、かつ、その法定相続人がいないこと。
2(1) ①につき,被害者が加害者に対して訴訟を提起し,訴訟上の和解が成立するなどした場合,加害者側の任意保険会社に対して直接,損害賠償金を支払うように請求できるということです。
②につき,加害者及び被害者の両方に過失がある場合に用いられる裁判外の解決方法であって,被害者が加害者との間で示談書を作成した場合,加害者側の任意保険会社に対して直接,損害賠償金を支払うように請求できるということです。
③につき,被害者に全く過失がない場合に用いられる裁判外の解決方法であって,被害者が免責証書を作成した場合, 加害者側の任意保険会社に対して直接,損害賠償金を支払うように請求できるということです。
④につき,保険金額超過事故のことであり,加害者側の任意保険会社が限度額まで保険金を支払った後,示談交渉から手を引くことになります。ただし,対人・対物無制限の自動車保険の場合,④が問題となることはありません。
⑤につき,加害者が破産したような場合,加害者側の任意保険会社に対して直接,損害賠償金を支払うように請求できるということです(被害者の先取特権につき保険法22条参照)。
(2) 対人・対物無制限の場合,④が問題となることはありません。


第11 保険会社のインターネット上の苦情窓口
1 保険会社のインターネット上の苦情窓口は以下のとおりです(保険契約者が苦情を伝える場合,証券番号を入力する必要があります。)。
① 東京海上日動HP「お問い合わせ」
→ 問い合わせフォームがあります。
② 三井住友海上HP「お問い合わせ」
→ 問い合わせフォームがあります。
③ あいおいニッセイ同和損保HP「「お客さまの声」にお応えするために」
→ 問い合わせフォームがあります。
④ 損保ジャパン日本興亜HP「お客さま相談室(保険金支払ご相談窓口)」
→ 電話対応だけみたいです。
⑤ AIG損保HP「事故・病気・ケガ・災害時のご連絡」
→ 電話のほか,メールによる問い合わせに対応しているみたいです。
2(1) 1番安い自動車保険教えますHP「自動車保険19社の苦情窓口とクレームの入れ方|そんぽADRセンターとは? 」が載っています。
(2) 共済相談所HP「共済相談所のご案内」に載ってある共済相談所活動報告(平成29年度)3頁によれば,1789件の苦情のうち,1240件(69.3%)が共済金関係です。

第12 関連記事その他
1 チューリッヒ保険会社HP「交通事故の示談交渉とは」が載っています。
2(1) The Goal ブログ「自動車事故の示談における,損保の恐ろしい実態」には,「自動車保険の落とし穴(朝日新書)」からの引用として,「損保会社がやっている示談交渉サービスには,真実追及とか原因究明なんて高尚な理念はありません。一言で言うなら,いかに会社側の損害を抑えられるかってことですね。」などと書いてあります。
(2) 市況かぶ全力2階建ブログ「自動車保険会社のイメージ、被害者側の弁護士目線でみるとこうなる 」が載っています。
(3) 交通事故弁護士相談Cafe「トラック事故被害に遭うと想像以上に面倒な理由について」が載っています。
3(1) 誰でも分かる交通事故示談HP「交通事故示談とは?知らなきゃ損する!示談の流れや交渉時期、時効、弁護士へ依頼のタイミング等を一挙解説!」が載っています。
(2) 元示談担当者が教える交通事故の示談術HP「事故後、相手の保険会社からの電話で言ってはいけない3つの言葉」が載っています。
4 令和2年3月31日以前に発生した交通事故の損害賠償額の算定に当たり,被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は,民事法定利率によらなければなりません(最高裁平成17年6月14日判決)。
5 「自動車保険の解説 2017」56頁には,賠償責任条項11条(損害賠償請求権者の直接請求権-対人賠償)において,保険会社が支払う損害賠償額に関して「同一事故につき既に当会社が支払った保険金または損害賠償額がある場合は、その全額を差し引いた額とします。」という注記があります。
    そのため,対人賠償責任保険の場合,内払によって支払われた損害賠償金の全額が加害者に対する損害賠償請求権の金額から控除されることとなりますから,事実上,費目拘束性はないと思います。
6 以下の記事も参照してください。
・ 物損に関する示談
・ 昭和48年9月1日付の,日本損害保険協会及び日弁連交通事故相談センターの覚書(交通事故損害賠償に関するもの)
・ 交通事故でも健康保険を利用できること
・ 自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)
・ 損益相殺
・ 東京地裁民事第27部(交通部)
・ 弁護士費用特約

任意保険が適用されない場合

目次
第1 任意保険一般が適用されない場合
第2 一定の任意保険が適用されない場合
第3 対人賠償責任保険が適用されない場合
1 総論
2 記名被保険者が被害者となる場合
3 自分の配偶者等が被害者となる場合
4 同僚災害の場合
第4 関連記事その他

第1 任意保険一般が適用されない場合
1 保険約款所定の免責事由によって損害が発生した場合,任意保険金は支払われません(保険法17条1項後段参照)。
2    以下のいずれかに該当する事由によって生じた損害については通常,保険約款所定の免責事由となっています。
① 戦争,外国の武力行使,革命,政権奪取,内乱,武装反乱その他これらに類似の事変又は暴動
② 地震若しくは噴火又はこれらによる津波
③ 核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物の放射性,爆発性その他有害な特性の作用又はこれらの特性に起因する事故
④ ③に規定した以外の放射線照射又は放射能汚染
⑤ ①から④までの事由に随伴して生じた事故又はこれらに伴う秩序の混乱に基づいて生じた事故(=随伴事故)
⑥ 被保険自動車を競技若しくは曲技のために使用すること,又は被保険自動車を競技若しくは曲技を行うことを目的とする場所において使用すること。

第2 一定の任意保険が適用されない場合
1 被保険者が免許取消期間中に運転をしたり,免許停止期間中に運転をしたり,酒気帯び運転をしたりしている時に交通事故が発生した場合,被害者保護のため,対人賠償責任保険及び対物賠償責任保険は適用されます。
しかし,人身傷害補償保険,搭乗者傷害保険,車両保険,弁護士費用特約といった自分のための保険は一切適用されません。
2 大阪府民共済の死亡共済金についていえば,酒気帯び運転中に交通事故にあった場合,事故による死亡共済金ではなく,病気による死亡共済金が出るにすぎません(大阪府民共済HPの「死亡共済金のお支払いについて」参照)。
3 台風,洪水又は高潮の場合の任意保険の適用は以下のとおりです。
① 対人賠償責任保険,対物賠償責任保険及び無保険車傷害保険
→ 随伴事故も含めて任意保険の適用がありません。
② 車両保険
→ 任意保険の適用があります。
③ 人身傷害補償保険,搭乗者傷害保険及び自損事故保険
→ 運行に起因しているといった条件が満たされている限り,任意保険の適用があります。

第3 対人賠償責任保険が適用されない場合
1 総論
・ 対人賠償保険は自賠責保険の場合ほど被害者保護が徹底されていません(保険法17条2項参照)。
そのため,対人賠償保険の保険契約者又は被保険者が傷害の故意に基づく行為により被害者を死亡させた場合,対人賠償保険が適用される(最高裁平成5年3月30日)ものの,殺人の故意に基づく行為により被害者を死亡させた場合,対人賠償保険は適用されません。
2 記名被保険者が被害者となる場合
(1) 対人賠償責任保険は,記名被保険者が加害者になった場合に保険金を支払うことを目的としていますから,記名被保険者が被害者になった場合は保険金が支払われません。
そのため,例えば,友人とドライブ中に運転を変わってもらった直後に,友人がセンターラインをオーバーして対向車と正面衝突した場合,自分の対人賠償責任保険も,対向車の自賠責保険も適用されません。
(2)   この場合,自分の人身傷害補償保険等が適用されるぐらいです。
3 自分の配偶者等が被害者となる場合
(1) 対人賠償責任保険の場合,被保険自動車を運転中の者又はその父母,配偶者若しくは子が被害者となった場合は保険金が支払われません。
そのため,例えば,自分の妻が家族を乗せて被保険自動車を運転していたときに交通事故が発生した結果,自分及び家族が怪我をした場合,自分の対人賠償責任保険は,自分及び家族との関係で対人賠償責任保険は適用されません。
(2) 対人賠償責任保険の場合,被保険者の父母,配偶者又は子が被害者となった場合は保険金が支払われません。
そのため,例えば,自分の車で自分の子をはねてしまった場合,対人賠償責任保険は適用されません。
(3) 配偶者が被害者となった場合を免責事由としている趣旨は,被保険者である夫婦の一方の過失に基づく交通事故により他の配偶者が損害を被った場合にも原則として被保険者の損害賠償責任は発生するが,一般に家庭生活を営んでいる夫婦間においては損害賠償請求権が行使されないのが通例であると考えられることなどに照らし,被保険者がその配偶者に対して右の損害賠償責任を負担したことに基づく保険金の支払については,保険会社が一律にその支払義務を免れるものとする取扱いをすることにあります。
そして,この点について法律上の配偶者と内縁の配偶者を区別する理由はありませんから,「配偶者」には内縁の配偶者が含まれます(最高裁平成7年11月10日判決)。
4 同僚災害の場合
(1) 対人賠償責任保険の場合,被保険者の業務に従事中の使用人が被害者となった場合は保険金が支払われません。
そのため,例えば,保険に入っている会社名義の車が同じ会社の従業員をはねてしまった場合,対人賠償責任保険は適用されません。
(2) 対人賠償責任保険の場合,被保険者の使用者の業務に従事中の他の使用人が被害者となった場合は保険金が支払われません。
そのため,保険に入っている自分の車を会社の業務に使用しているときに同じ会社の従業員をはねてしまった場合,対人賠償責任保険は適用されません。
(3)ア 同僚災害については労災保険は適用されます。
ただし,労災保険では補償されない慰謝料部分については自賠責保険に請求するほか,休業損害,慰謝料及び逸失利益の不足額については運転者本人又は会社に対して損害賠償請求をする必要があります。
イ   会社が労災上乗せ保険に加入している場合,労災上乗せ保険から休業損害,慰謝料及び逸失利益の不足額を支払ってもらえます。
ウ 保険の知りたい!HP「企業と従業員の両方のために!労災上乗せ保険に加入しよう」が参考になります。

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