物損事故の示談では,車両の修理費だけでなく,事故時の車両時価額,買換諸費用,評価損,代車料,休車損害,レッカー代,携行品等の損害及び過失割合を確認する必要がある。
相手方保険会社の提示額は解決案であって,示談成立前に損害額が法的に確定しているとは限らないため,提示の計算根拠と裏付資料を項目ごとに確認すべきである。
本記事では,物損示談の進め方,請求項目ごとの判断要素と証拠,保険利用及び示談が成立しない場合の手続を整理する。
* 物損事故の受任可否は,弁護士費用特約の有無,争点及び資料等によって異なるため,最新の交通事故のお問い合わせを確認されたい。
第1 物損示談の対象と示談前の確認事項
1 損害項目と過失割合を分けて確認する
(1) 物損示談で合意する事項
物損の損害賠償請求は,故意又は過失による権利侵害と,それによって生じた損害を基礎とする(e-Gov法令検索の民法709条)。
被害者にも過失があるときは,裁判所はその過失を考慮して賠償額を定めることができるため,示談交渉では,各損害項目の額と過失割合を分けて計算する(e-Gov法令検索の民法722条2項)。
双方の車両に損害がある事故では,自分の損害に対する受取額だけでなく,相手方の損害に対する負担額,自分の対物賠償責任保険及び車両保険を使う場合の保険料への影響も確認する必要がある。
(2) 請求項目と主な資料
物損の範囲は事故ごとに異なるが,車両事故で問題となりやすい項目と資料は次のとおりである。
| 損害項目 | 主な判断事項 | 主な資料 |
|---|---|---|
| 修理費 | 事故との因果関係,修理方法,工賃及び経済的全損 | 修理見積書,修理明細書,写真,修理要領 |
| 車両時価額 | 同種同等車両の事故時の取得価額 | 車検証,レッドブック,中古車販売情報,査定書 |
| 買換諸費用 | 全損との関係,費目の必要性及び実支出 | 買換見積書,注文書,登録・廃車費用の明細 |
| 評価損 | 損傷・修理の程度,車齢,走行距離及び市場減価 | 修理記録,事故減価額証明書,売却査定資料 |
| 代車料 | 代車の必要性,車種,単価及び期間 | 代車契約書,領収証,使用目的を示す資料 |
| 休車損害 | 営業利益の減少,遊休車両の有無及び休車期間 | 売上帳,運行記録,経費資料,保有車両一覧 |
| レッカー代・保管料 | 搬送・保管の必要性,距離,作業及び期間 | 請求書,領収証,搬送先及び保管期間の記録 |
| 積荷・携行品 | 事故時の時価,修理可能性及び損傷の因果関係 | 写真,購入履歴,型番,修理見積書 |
2 事故直後から保存すべき証拠
(1) 車両及び損傷品の記録
車両は,損傷箇所の接写だけでなく,車両全体,前後左右,ナンバープレート及び損傷箇所の位置関係が分かる写真を撮影すべきである。
ドライブレコーダー映像は上書きされることがあるため,事故後直ちに元データを保存し,事故前後を含む映像を複製しておくべきである。
積荷,着衣,時計,携帯電話等は,物品全体,損傷箇所,品番・型番及び購入履歴を記録し,修理又は処分の前に相手方へ確認の機会を与えることが望ましい。
(2) 修理前又は処分前の確認
修理費の協議前に事故車両を修理,売却又は廃車にすると,事故による損傷範囲を後から確認できなくなることがある。
先に処分する必要があるときは,相手方保険会社へ現車確認の期限と処分予定日を通知し,車検証等の写し,全方向の写真,損傷箇所の写真,修理見積書及び処分価額の資料を残すべきである。
他方で,事故車両を必要以上に長く保管すると保管料が拡大するため,全損の見通しが立った後は,相手方へ期限を示して処分方針を協議する必要がある。
3 示談書又は免責証書への署名前の確認
(1) 物損と人身損害の範囲
保険会社では物損担当者と人身損害担当者が異なることが多く,物損だけを先に示談することがある。
けががある事故で物損を先行して示談するときは,示談書が物損だけを対象とすること,人身損害は別途協議すること及び未処理の物損項目がある場合はその項目を留保することを明記すべきである。
物損示談で合意した過失割合が人身損害を当然に拘束するとは限らないが,後の交渉又は訴訟で重要な資料となるため,納得していない過失割合を安易に受け入れるべきではない。
(2) 金額,支払先及び時効
示談前には,損害項目ごとの認定額,過失相殺前後の金額,既払額,修理工場等への直接払額及び最終受取額が一致するかを確認する必要がある。
不法行為による物損の損害賠償請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき,又は不法行為の時から20年間を経過したときに時効により消滅する(e-Gov法令検索の民法724条)。
交渉を続けているだけで当然に時効の完成が止まるわけではないため,事故日,損害及び加害者を知った日,承認の有無並びに時効完成猶予の措置を個別に確認すべきである。
第2 損害保険会社の調査及び修理費協定
1 調査会社及びアジャスターの役割
相手方保険会社は,事故状況,損傷の整合性,修理範囲及び修理費を確認するため,調査会社又はアジャスターに調査を委託することがある。
アジャスターは現車を確認し,修理工場と修理方法及び修理費を協議するが,保険会社から委託を受けた調査担当者であって,被害者と保険会社の間の中立的な裁定機関ではない。
修理工場と保険会社との間のいわゆる協定は,修理内容と金額を調整する実務上の手続であり,それだけで被害者の損害賠償請求権の額が法的に確定するものではない。
調査担当者との電話又は面談については,日時,担当者名及び説明内容を記録し,重要な回答は電子メール等でも確認すべきである。
2 典型的な争点と対応資料
(1) 事故による損傷かが争われる場合
「事故前からあった傷である」「相手車両の高さと合わない」などと指摘されたときは,事故直後の写真,双方車両の損傷位置,ドライブレコーダー映像,警察へ届け出た事故状況及び事故前の写真を突き合わせる必要がある。
事故と無関係な古傷の修理又は破損していない部品の交換を事故損害として請求してはならず,見積書に事故外修理が含まれる場合は区分すべきである。
(2) 修理方法又は金額が争われる場合
部品交換が必要か板金修理で足りるか,メーカーの修理要領に合うか,塗装範囲及び工賃が相当かを,見積明細,修理工場の説明,メーカー資料及び損傷写真で具体化する必要がある。
相手方の査定額が見積額を下回る場合は,単に「高い」「安い」と争うのではなく,否認された作業項目,部品,工数及び単価を特定した回答を求めるべきである。
見積書の各行を,事故写真,分解後写真,車種別整備書,工程写真,特定整備記録簿及び最終請求書に対応させる。バンパ,グリル又は窓ガラスを脱着する車両では,カメラ・レーダーの機能調整(エーミング)及び完成検査の要否も確認する。詳しくは,交通事故の車両修理見積書の読み方を参照されたい。
第3 車両修理費,全損及び買換諸費用
1 請求権者及び修理費負担者
(1) 所有者が請求する損害
車両の交換価値の低下による損害は,原則として車両所有者に生じるため,車検証の所有者欄と実際の所有関係を確認する必要がある。
所有権留保付売買又はリース車両では,全損差額及び評価損の請求権が販売会社又はリース会社に帰属することがあるため,契約書と所有者の意向を確認せずに示談してはならない。
(2) 使用者が請求できる損害
使用者又はリースユーザーが契約上又は現実に修理費を負担した場合は,その者に修理費の損害が生じることがある。
代車料,休車損害その他の使用利益に関する損害は,実際に車両を使用していた者に生じ得るため,所有者と使用者が異なるときは,損害項目ごとに請求権者を整理すべきである。
2 全損と分損
(1) 物理的全損と経済的全損
車両を物理的に修理できない場合を物理的全損といい,修理費が事故直前の車両時価額と相当な買換諸費用の合計額を上回る場合を経済的全損という。
最高裁判所第二小法廷昭和49年4月15日判決は,物理的又は経済的に修理不能な場合のほか,車体の本質的構造部分に重大な損傷が生じ,所有者が買い換えることが社会通念上相当な場合も買換差額を請求し得るとした(昭和48年(オ)第349号・民集28巻3号385頁・裁判所ID 52109)。
(2) 全損の場合の損害額
全損の場合は,原則として事故直前の車両時価額と相当な買換諸費用が損害の基礎となる。
事故車両を売却して処分代金を取得した場合はその額の控除が問題となるが,経済的全損とされた車両を修理して使用する場合まで仮定的な処分価額を当然に控除できるとは限らないため,現実の処分及び残存価値を確認する必要がある。
3 事故時の車両時価額
(1) 同種同等車両の取得価額
前記最高裁判決は,中古車の事故時の取引価格を,原則として,同一の車種,年式及び型で,使用状態及び走行距離等も同程度の車両を中古車市場で取得するために必要な価額によって定めるとした。
時価額の資料には,オートガイド自動車価格月報(レッドブック),中古車価格ガイド,複数の中古車販売情報,査定書及び専門業者の意見書等がある。
(2) 時価資料の比較方法
中古車販売情報を用いるときは,メーカー,車名,型式,グレード,初度登録,走行距離,車検残期間,修復歴,装備,駆動方式及び地域をそろえ,掲載日と支払総額の内訳を保存すべきである。
レッドブックの価格は重要な資料であるが,個別車両の低走行,整備状態,希少性又は装備を反映しないことがあるため,その価格だけで時価額が決まるわけではない。
同種車両の市場資料を得られない場合に購入価格,減価償却又は専門査定を補助資料とする余地はあるが,購入価格の10%又は一律の年間値下がり率を当然の最低時価又は時価算定基準とすることはできない。
(3) 改造車・カスタムカーの時価額
改造車又はカスタムカーの事故時価額は,ベース車両の交換価値と,改造・架装部分が事故時の市場価値に与える影響を分けて検討します。改造費又は部品の購入・取付費を支出したというだけで,その全額が事故時価額に加算されるわけではありません。
立証資料として,ベース車両及び部品の売買契約書・領収書,取付明細,改造前後の写真,車検証,構造等変更検査の資料,事故時の作動・整備状況,同種改造車の販売事例,専門業者の査定書等を保存します。改造部分が適法か,ベース車両から取り外して再利用又は売却できるか,事故後も残存価値があるかも区別します。
最高裁判所昭和49年4月15日判決が示したのは,同一の車種,年式及び型で,使用状態及び走行距離等も同程度の車両を中古車市場で取得するために必要な価額という一般的な交換価値の枠組みです。同判決は,改造費を当然に全額加算することを判示したものではありません。市場資料が乏しい特殊な改造では,ベース車両,改造部分及び取り外し可能な部品の価値を分けて評価し,減価や需要も説明する必要があります。
4 修理費
(1) 実際に修理しない場合
分損の場合は,事故と相当因果関係のある必要かつ相当な修理費が損害となる。
車両所有者には事故による価値低下が生じているため,実際に修理しないことだけを理由として修理費相当額が直ちに否定されるものではないが,経済的全損の上限,修理の必要性及び見積額の相当性は別に検討される。
(2) 部品交換,板金及び塗装
板金修理で相当な原状回復ができるときは部品交換費が否定されることがある一方,強度,機能又はメーカーの修理要領から交換が必要な場合は交換費が認められ得る。
色合わせのための隣接パネルへのぼかし塗装は認められ得るが,特別な事情がない全塗装は通常認められないため,塗装範囲とその理由を見積書で明確にすべきである。
5 買換諸費用及び税金
(1) 買換諸費用の範囲
全損に伴う買換諸費用として,事故車両の時価相当額に対応する消費税,登録,車庫証明及び廃車の法定手数料並びに販売店へ支払う手続代行費用のうち相当額等が認められ得る。
実際に買換えをしていない場合の消費税又は手続費用には裁判例上の争いがあるため,買換えの有無,支出の蓋然性及び個別費目を区別して主張すべきである。
(2) 環境性能割及び自動車重量税
自動車取得税は令和元年10月1日に廃止され,その後の自動車税及び軽自動車税の環境性能割も令和8年3月31日をもって廃止されたため,令和8年4月1日以後の買換諸費用として環境性能割を計上することはできない(国土交通省「令和8年度税制改正概要」18頁(PDF20頁))。
事故車両の自動車重量税は,適正に解体した上で,永久抹消登録申請又は解体届出と同時に還付申請をした場合に限って車検残存期間に応じた還付を受けられるため,還付可能額と実際の還付額を確認すべきである(国税庁「使用済自動車に係る自動車重量税の廃車還付制度について」)。
自動車税種別割,自賠責保険料その他の前納費用は,車種,抹消時期及び解約手続によって還付又は返戻の可否が異なるため,未経過分を一律に損害とし,又は一律に損害から除外すべきではない。
事故車を廃車にする場合の永久抹消登録,一時抹消登録,解体届出,必要書類及び手続終了後に受け取る書類については,登録自動車の廃車手続の必要書類と手続終了後の書類で説明している。
6 事故車の残存価値,売却及び保険代位
(1) 残存価値を抽象的に控除しない
全損車の損害額を検討するときは,事故直前の車両時価額,買換諸費用,事故後の現実の残存価値及び既払額を別々に認定する。事故車にスクラップ価値があり得るというだけで,具体的な査定又は処分を経ない金額を当然に控除すべきではない。
残存価値を主張する側は,現車の状態,保管場所,入札又は査定の条件,引取費用,名義変更・廃車手続,保管料の負担及び提示額の有効期限を明らかにすべきである。写真だけを前提とする入札額と,現車確認後に確定した売却額も区別する。
(2) 売却・引渡し・修理継続を時系列で記録する
事故車を現実に売却して代金を取得した場合は,その額が損害の填補又は残存価値として問題となる。他方,経済的全損とされた車両を被害者が修理して使用し続ける場合や,証拠保存のため一時的に保管する場合は,未実現の処分価額を機械的に控除せず,修理費,現実の価値及び損害拡大防止の状況を検討する。
事故日,現車確認日,全損提示日,査定・入札日,売買契約日,代金受領日,引渡日,抹消登録日,車両保険金支払日及び示談日を時系列にし,誰がいつ処分権限を持っていたかを明らかにする。売却又は解体前に,相手方及び保険会社へ現車確認の機会を与え,写真,動画,車検証,見積書及び査定条件を保存する。
(3) 損害賠償者の代位と保険代位を区別する
民法422条は,損害賠償として物又は権利の価額全部を支払った者の代位を定める。これに対し,保険法24条の残存物代位及び同法25条の請求権代位は,損害保険の保険給付をした保険者について定めるものであり,要件と対象を区別する必要がある。
車両保険金の支払後に事故車を処分し,又は加害者と示談するときは,事故日に適用される約款,保険金の対象項目,残存物の所有・引渡し,保険会社が代位取得した請求権及び被害者に残る未填補損害を確認する。詳しくは,保険代位による交通事故の求償金請求を参照されたい。
7 リース車両の損害
(1) 車両損害と契約清算を分ける
リース車両では,車検証上の所有者であるリース会社,使用者であるリースユーザー及び保険会社を分け,修理費,車両の交換価値,評価損,中途解約違約金,残存リース料,代車料・休車損害及び車両保険金を項目ごとに整理する必要がある。
全損時の中途解約違約金又は規定損害金は,リース契約上発生した額が当然に加害者の不法行為損害となるわけではない。車両の客観的価値に対応する部分,金融費用,将来利益及び任意の契約清算部分を分け,事故との相当因果関係,特別損害の予見可能性,残存価値並びに車両保険による填補を確認する。分損の場合は,修理費又は評価損と残存リース料を重ねて請求していないかも検討する。
(2) 3裁判例の比較
| 裁判例 | 主な判断 |
|---|---|
| 東京地裁平成19年9月19日判決 | 全損車の中途解約違約金78万2800円を予見可能な通常損害として認容した。他方,修理可能な車両の残存リース料及び遊休車両がある場合の休車損害は否定した。 |
| 名古屋地裁平成15年4月16日判決 | 規定損害金のうち客観的車両価値を超える部分は金融上の価格に由来する特別損害であり,加害者の予見可能性を欠くとして否定した。 |
| 大阪地裁平成24年3月23日判決 | 事故と相当因果関係のある評価損を60万円に限定し,リース契約上の減価額,任意の中途解約による損失及び4か月分のリース料を否定した。 |
上記は判例秘書で2026年9月27日に判決全文を確認した3件であるが,同種裁判例の網羅検索ではない。事案ごとの契約条項,全損・分損,保険填補及び請求項目の重複を確認する必要がある。詳しくは,交通事故でリース車両が損傷した場合の損害賠償―全損・中途解約違約金・評価損・車両保険(AI作成)を参照されたい。
第4 評価損及び修復歴車
1 評価損
(1) 技術上の評価損と取引上の評価損
評価損には,修理後も機能又は外観上の欠陥が残ることによる技術上の評価損と,事故歴又は修理歴により中古車市場で価値が低下する取引上の評価損がある。
修理費が認められたから評価損も当然に認められるわけではなく,反対に,修理後に走行上の支障がないことだけで取引上の評価損が当然に否定されるわけでもない。
(2) 判断要素及び立証資料
評価損の有無及び額は,骨格部位への損傷の有無,損傷及び修理の程度,修理費,初度登録からの期間,走行距離,車種,修理後の状態及び市場での減価等を総合して判断する。
日本自動車査定協会の事故減価額証明書,修理記録,修理前後の写真及び複数業者の売却査定は資料となるが,証明書又は査定書の金額が裁判上そのまま認められるとは限らない。
修理費に一定率を掛ける法令上の固定式はなく,修理費割合は類似事案を比較する一つの目安にすぎない。車齢,走行距離,骨格部位,車種及び市場価格差を資料ごとに示す必要がある。詳しくは,交通事故車両の評価損を参照されたい。
2 修復歴の意味
(1) 修復歴車の定義
修復歴車とは,事故歴のある車両すべてではなく,車体の骨格に当たる部位を修正又は交換して復元した車両をいう(自動車公正取引協議会「規約施行規則が改正されました~施行規則改正のポイント~」8頁(PDF8頁))。
同資料は,フレーム,クロスメンバー,フロントインサイドパネル,ピラー,ダッシュパネル,ルーフパネル,フロアパネル及びトランクフロアパネルを骨格部位として掲げている。
(2) 修復歴と評価損の関係
修復歴に該当しない外板の交換又は補修でも個別事情により取引上の評価損が生じることがあり,修復歴に該当することだけで一定割合の評価損が当然に認められるわけでもない。
損傷部位が車両の前方,後方又は側面のいずれかだけで安全性を一律に判断せず,骨格,足回り,安全装置及びメーカー所定の修理が適切に行われたかを確認すべきである。
第5 代車料,休車損害,保管料及び代車事故
1 代車料
(1) 必要性,車種及び実支出
代車料は,事故車両を通勤,送迎,通院又は業務等に使用しており,修理又は買換えの間に代車を使う必要があり,実際に代車費用を負担した場合に,相当な車種,単価及び期間の範囲で認められる。
公共交通機関,家族の車両又は社内の遊休車両で支障なく代替できるときは必要性が否定されることがあるが,代替手段が存在することだけで直ちに否定されるものではなく,利用時間,経路,同乗者,荷物及び業務内容を具体的に確認する必要がある。
代車は事故車両と同一車種である必要はなく,使用目的に照らして合理的に対応する車両で足りるため,高級外国車であっても国産高級車相当額に限定されることがある。
(2) 相当な代車期間
相当な代車期間は,修理の場合はおおむね2週間,買換えの場合はおおむね1か月が実務上の一応の目安となるが,固定的な上限ではない。
部品調達,特殊な修理,損傷調査,全損判断までの合理的な協議,車両の用途,買換車両の調査及び登録手続等により,必要期間が長くなることがある。
物損示談が成立するまでの代車料全額が当然に認められるわけではないため,全損の通知を受けた後は代替車両の調査及び買換手続を進め,遅延の理由を記録すべきである。
(3) 仮定的代車費用と将来の代車費用
実際には有料の代車を使用せず,将来も修理の予定がない場合に,代車を有料使用したと仮定して請求する「仮定的代車費用」は,現実の費用負担がなく,抽象的な利用可能性の侵害にとどまるとして否定されることが多い。
これに対し,事故車の損傷状況を訴訟の証拠として保存する必要があるため未修理であるなど,将来修理をする具体的な予定があり,修理中に代車を有料使用する高度の蓋然性が認められる場合は,将来の代車費用が認められる余地がある。ただし,赤い本講演録2022で検討された約20件は網羅的調査ではなく,将来費用を肯定した事案も限定的であるため,未修理であることだけから当然に請求できるものではない。
将来の代車費用を請求する場合は,①未修理の理由,②写真,動画,修理工場又は鑑定人の報告書だけでは証拠保全が足りない理由,③修理予定,④見積上の修理期間,⑤その期間に代車が必要となる使用目的,⑥有料で借りる予定の車種及び料金を具体化すべきである。事故車そのものを残す必要がないときは,写真,動画,損傷計測,見積書及び専門家の報告書で証拠を保存した上で,損害の拡大を避けることも検討する必要がある。
2 休車損害
(1) 営業損失と遊休車両
営業に使用する車両を修理又は買換えのため使用できず,現実に営業利益が減少した場合は,相当な休車期間の休車損害が認められ得る。
緑ナンバーの事業用自動車が典型であるが,白ナンバーでも特定の業務に不可欠で代替困難な車両について認められることがあるため,ナンバーの色だけで判断できない。
遊休車両又は他の車両で営業を維持できた場合は損害が否定又は減額され得るため,保有車両一覧,稼働状況及び代替できない理由が重要となる。
(2) 算定方法と必要資料
休車損害は,通常,事故前の相当期間における被害車両の1日当たり売上高から,休車により支出を免れた燃料費等の変動経費を控除し,必要な休車日数を乗じて算定する。
売上帳,運行日報,配車記録,確定申告書,燃料費その他の経費資料を用い,事故後に他車両で補った売上も区別する必要がある。
代車により従前の営業を維持できたときは代車料と休車損害を重ねて請求できないのが通常であるが,代車では輸送能力又は営業を維持できないときは,残った減収が問題となり得る。
(3) 特殊車両の休車損害
タンクローリー,霊柩車,レッカー車,クレーン車,検診車等の休車損害では,車両の名称が特殊かどうかではなく,当該事業における用途,架装・設備,社内の代替車,外部レンタル・傭車・外注の可否及び相当な修理・製作期間を具体的に確認する必要がある。
保有車両一覧だけでなく,全車の稼働状況,運転者の勤務・配車,点検・修理記録,外部調達先への照会記録,部品の発注・入荷・作業工程及び当該車両別の売上・変動経費を保存する。
特殊車両の遊休車,外部代替,相当期間,純利益計算及び将来の休車損害は,「特殊車両の休車損害を立証する方法―遊休車,レンタル,外注,相当期間及び利益計算」で詳しく説明している。
3 保管料
事故車両の保管料は,修理の可否又は経済的全損を判断し,処分するために合理的に必要な期間の範囲で認められ得る。
全損が判明した後も長期間放置すると,その後の保管料が損害拡大防止の観点から否定されることがあるため,相手方へ処分期限を通知した上で,処分又は引取りを進めるべきである。
4 代車使用中の事故
修理工場等の代車には自動車保険が付いていることがあるが,対象となる運転者,免責金額,休車補償及び借主側の他車運転特約との優先関係は契約ごとに異なる。
代車を借りる際は,利用者の範囲,事故時の自己負担,事故報告先及び返却条件を契約書で確認すべきである。
第6 積荷,着衣,携行品等の損害
1 事故時の時価と修理費
積荷,着衣,ヘルメット,時計,携帯電話等の損害は,原則として事故時の時価を基準とし,修理可能な場合は相当な修理費と事故時の時価の低い額が上限となる。
事故時の時価は,購入額,購入時期,使用状況,耐用期間及び中古市場価格等を考慮して定めるため,使用品について新品の再購入額が当然に認められるわけではない。
領収証がなくても,型番が分かる写真,購入履歴,保証書,メーカー資料,同等品の価格及び修理見積書を提出できることがある。
2 身体機能を補完する用具
義肢,歯科補てつ,義眼,眼鏡,コンタクトレンズ,補聴器,松葉杖等の損傷は,人身損害の治療関係費等として扱われることがある。
これらは事故前と同等の機能を回復するために必要かつ相当な修理費又は再調達費が問題となるのであって,常に新品購入額の全額が認められると断定することはできない。
第7 レッカー代その他の搬送費
1 必要性及び相当性
事故により自力走行できず,又は安全に走行できないため必要となったレッカー代は,搬送距離,搬送先及び作業内容が相当な範囲で損害となる。
ウインチ,クレーン,ドーリー,落輪引上げ,事故車の積込みその他の特殊作業が必要な場合は,作業内容が分かる明細を保存すべきである。
修理工場への搬送後に別の工場へ移す二次搬送費は,その必要性及び搬送先の合理性を説明できるようにすべきである。
2 JAF料金及びロードサービス
JAFの令和6年4月1日改定後の料金では,けん引料は会員について20kmまで無料で,20km超過後は1kmごとに830円,非会員は1kmごとに830円であり,非会員には別に基本料及び作業料が生じる(JAF「ロードサービス料金表(新旧比較)」)。
JAF料金は個別事故の相当なレッカー代を決める法的上限ではないため,実際の作業,距離,時間帯及び車種に応じて判断する。
自分の保険会社のロードサービスが費用を負担した場合は,同じ費用を加害者から二重に受領できないため,保険会社の代位又は返還の要否を確認する必要がある。
第8 損害額の立証が困難な場合と民事訴訟法248条
物損では,事故によって損害が生じたことは認められても,事故時の時価,修理費の相当額,評価損又は使用不能期間などの正確な金額を立証することが著しく困難な場合がある。
民事訴訟法248条は,損害が生じたことが認められる場合に,損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるとき,裁判所が口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき,相当な損害額を認定できると定める。
もっとも,同条は,事故の発生,責任原因,損害の発生及び因果関係の立証を省略する規定ではない。まず,売買契約書,修理見積書,請求書,査定書,同種同等車の市場資料,写真及び専門家意見等を可能な限り提出し,それでも金額の厳密な立証が困難である理由を具体的に示す必要がある。
また,財産的損害の金額を立証しにくいことを,物損慰謝料で補うものではない。物損慰謝料は,財産的損害の賠償だけでは回復できない精神的損害を基礎付ける特別の事情がある場合に限って別に検討すべきである。
第9 物損慰謝料
1 原則
物の損傷による精神的苦痛は,通常,修理費又は時価相当額の賠償によって填補されるため,物損に関する慰謝料は原則として認められない。
被害品に主観的な愛着があることだけでは,財産的損害とは別の慰謝料を基礎付けるには足りないのが通常である。
2 特別の事情
財産的損害の賠償だけでは回復できない精神的損害が生じたと評価できる特別の事情がある場合には,例外的に慰謝料が認められる余地がある。
その場合も,被害品の性質,侵害態様,被害の程度及び生活への影響を具体的に主張立証する必要があり,自動車の破損だけから当然に慰謝料が発生するものではない。
第10 対物賠償責任保険,車両保険及び相殺
1 対物賠償責任保険
加害者が対物賠償責任保険を使用する場合は,保険会社が契約者又は被保険者に代わって示談交渉を行い,約款上の範囲で賠償金を支払うことがある(任意保険の示談代行)。
保険を使用しない場合は,加害者側が賠償金を自ら支払う必要があり,保険会社との協定が成立していないことだけで加害者本人の賠償責任がなくなるわけではない。
対物賠償責任保険から賠償金が支払われる事故は3等級ダウン事故となるのが一般的であるが,具体的な取扱いは事故日に適用される約款で確認すべきである。
2 車両保険
(1) 補償範囲と免責金額
車両保険の補償範囲,保険金額,免責金額及び特約は契約ごとに異なるため,保険証券と事故日に適用される約款を確認する必要がある。
一般的な車両保険では,全損時は契約上の車両保険金額を基礎として保険金が支払われ,分損時は損害額から免責金額を控除するが,全損の定義及び支払限度は商品ごとに異なる。
評価損,代車料又は休車損害は,これらを対象とする特約がない限り車両保険の補償対象とならないのが通常である。
(2) 等級及び無過失事故の特則
車両保険を使った事故が常に3等級ダウン事故になるわけではなく,盗難,いたずら又は飛び石により車両保険金だけが支払われる事故は1等級ダウン事故となる商品があり,ロードアシスタンス特約事故等はノーカウント事故となる商品がある(損保ジャパン「THE クルマの保険の料率制度」)。
無過失事故の特則も,対象事故,無過失,相手自動車及びその運転者又は所有者の確認,支払保険金の種類等の商品所定の要件を満たす必要がある(損保ジャパン「THE クルマの保険の無過失事故の特則」)。
車両保険を使うかは,受取保険金,免責金額,翌年度以後の保険料差額,事故有係数適用期間及び全損時諸費用特約等を比較して判断すべきである。
3 双方に物損がある場合の精算
(1) 民法509条と物損債権
民法509条が相殺による対抗を制限するのは,悪意による不法行為に基づく損害賠償債務及び人の生命又は身体の侵害による損害賠償債務である(e-Gov法令検索の民法509条)。
通常の過失による物損債権同士は同条だけを理由として相殺禁止とはならないが,相殺のほかの要件,債権額及び保険会社との精算方法は別に確認する必要がある。
(2) 差額払と相互払
双方に物損がある場合は,互いの負担額を差し引いて差額だけを支払う方法と,双方が各自の負担額を支払う方法がある。
どちらを選ぶかは,双方の合意,保険利用,免責金額及び等級への影響を踏まえて決めるのであって,対物賠償責任保険を使うかだけで法的に一方の方法へ決まるわけではない。
第11 示談交渉がまとまらない場合
1 争点と根拠を文書化する
相手方の提示に納得できないときは,修理範囲,時価額,評価損,代車期間,過失割合等のうち何が争われているかを分け,各項目の提示額,計算式及び根拠資料を文書で求めるべきである。
被害者側も,希望額だけでなく,近似車両の比較表,修理工場の説明,代車の使用目的,売上資料等を示し,相手方の具体的な指摘に対応する必要がある。
自分の保険に弁護士費用特約がある場合は,物損だけの事故も対象となるか,対象者の範囲及び利用上限を保険会社へ確認すべきである(弁護士費用特約)。
2 ADR及び裁判所の手続
日弁連交通事故相談センターは,物損のみの事故についても,相手方が対象となる示談代行付保険又は共済に加入するなどの条件を満たす場合に示談あっせんを行っている(日弁連交通事故相談センター「示談あっせん・審査」)。
交通事故紛争処理センターも,交通事故の損害賠償について法律相談,和解あっせん及び審査を行っており,物損のみの場合の取扱いも案内している(交通事故紛争処理センター)。
ADRの対象外又は不成立の場合は,簡易裁判所の民事調停又は民事訴訟等を検討することになる(裁判所「民事調停」)。
第12 出典及び関連記事
1 法令
① e-Gov法令検索「民法」709条,722条2項,509条及び724条。
② e-Gov法令検索「民事訴訟法」248条。
2 裁判例
① 最高裁判所第二小法廷昭和49年4月15日判決・昭和48年(オ)第349号・民集28巻3号385頁・裁判所ID 52109。
② 東京地方裁判所平成19年9月19日判決・平成18年(ワ)第9589号(判例秘書L06234054)。
③ 名古屋地方裁判所平成15年4月16日判決・平成14年(ワ)第216号(判例秘書L05851035)。
④ 大阪地方裁判所平成24年3月23日判決・平成22年(ワ)第7320号ほか(判例秘書L06750842)。
3 公文書・公的資料
① 国土交通省「令和8年度税制改正概要」,令和7年12月,18頁(PDF20頁)。
② 国税庁「使用済自動車に係る自動車重量税の廃車還付制度について」。
③ 自動車公正取引協議会「規約施行規則が改正されました~施行規則改正のポイント~」,8頁(PDF8頁)。
④ JAF「ロードサービス料金表(新旧比較)」,令和6年2月27日公表。
4 文献
① 志賀晃・稲村晃伸編著『Q&Aと事例 物損交通事故 解決の実務』新日本法規出版,2019年,43頁~49頁,58頁~99頁及び176頁。
② 北河隆之『交通事故損害賠償法 第3版』弘文堂,2023年,403頁~404頁。
③ 小野裕樹『被害者側弁護士のための交通賠償法実務』日本評論社,2025年,21頁及び268頁~300頁。
④ 佐久間邦夫・八木一洋編『交通損害関係訴訟 補訂版』青林書院,2013年,263頁~266頁。
⑤ 日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準 2026年版』日弁連交通事故相談センター東京支部,2026年,289頁~300頁及び313頁。
⑥ 大島眞一『改訂版 交通事故事件の実務―裁判官の視点』新日本法規出版,2023年,270頁~271頁。
⑦ 公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準 2022年版 下巻(講演録編)』53頁~66頁。
⑧ 公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準2008年版 講演録編』41頁~62頁(物損事故における慰謝料請求及び民事訴訟法248条)。
5 ウェブ資料
① 損保ジャパン「THE クルマの保険の料率制度」及び同「無過失事故の特則」。
③ 交通事故紛争処理センター。
④ 裁判所「民事調停」。
6 関連記事
② 昭和48年9月1日付の,日本損害保険協会及び日弁連交通事故相談センターの覚書
③ 弁護士費用特約
④ 交通事故の損害賠償請求権の時効はいつから進行するか(物損の損害賠償請求権は人身損害とは別に時効が進行する。)