第1 非給与所得を換算する必要がある理由
1 算定表の給与欄と自営業欄は同じ金額を意味しない
(1) 対象と調査基準日
本記事は令和8年9月14日を調査基準日とし,令和元年版の標準算定方式及び判例秘書で全文確認した裁判例を基礎として,給与,配当,年金及び投資利益を同じ算定で扱う場合の換算方法を説明する。
裁判例が用いた係数の再現と,別の年収帯又は事案へ応用するときの限界を区別する。
(2) 給与欄へ単純加算する問題
婚姻費用及び養育費の算定表には,給与所得者の年収目盛りと自営業者の年収目盛りがある。
給与収入には通常,勤務のための被服費,交通費,交際費等の職業費が必要であるのに対し,株式配当,預金利息又は年金の受給には同じ意味での職業費を要しない。
このため,給与収入と配当等を額面のまま足し,合計額を給与年収欄へ入れると,配当等からも給与所得者の職業費相当額を控除する結果となることがある。
反対に,必要経費を控除する前の売上高を自営業収入へ加えると,実際の支払能力を過大に認定することになる。
2 換算は所得の実質をそろえる作業である
換算の目的は,税務上の所得区分を変更することではなく,異なる所得から生活費へ回すことのできる基礎収入を同じ物差しで比較することにある。
給与所得,事業所得,配当,年金及び投資利益のどれについても,公租公課,職業費及び特別経費をどの段階で控除済みかを確認する必要がある。
本記事で示す裁判例の係数は,各決定時の算定方式及び当該年収帯に基づくものである。
別の年収帯又は令和元年版算定表へ係数だけを機械的に移植することは適切ではない。
第2 令和元年版標準算定方式の構造
1 基礎収入
基礎収入は,総収入から公租公課,職業費及び特別経費に相当する標準的な割合を控除し,生活費へ配分できる部分として推計される金額である。
令和元年版の基礎収入割合は,給与所得者について総収入の38%から54%,自営業者について48%から61%であり,収入帯によって異なる。
給与所得者と自営業者の割合が異なるのは,確定申告上の事業所得では一定の必要経費が既に控除されている一方,給与の支払金額からは職業費が控除されていないことなどによる。
2 職業費
職業費とは,給与所得者が就労のために通常必要とする被服費,交通費,通信費,交際費等を統計的に推計したものである。
当事者が現実に同額を支出したことを前提とする実額控除ではない。
配当又は年金に給与所得者と同じ職業費は通常必要ない。
したがって,これらを給与収入相当額へ換算するときは,職業費が不要であることを反映する必要がある。
3 税引前額を出発点とする
配当又は利息が源泉徴収されている場合,預金又は証券口座への入金額は税引後額である。
算定表の給与年収が所得税等を控除する前の支払金額を用いることとの整合上,原則として税引前の配当又は利息額を確認する。
年間取引報告書,配当金計算書又は支払通知書により,税引前額,源泉徴収税額及び実受取額を分ける。
第3 株式配当を給与収入へ換算した裁判例
1 東京家庭裁判所令和元年9月6日審判
東京家庭裁判所令和元年9月6日審判(平成31年(家)第1881号,判例時報2471号72頁,裁判所HP未掲載,判例秘書L07460041)は,義務者に平成30年の株式配当429万8793円があった事案を扱った。
同審判は,配当収入には職業費が不要であることを考慮し,当時の標準算定方式で職業費を概ね20%として給与収入相当額を算出した。
2 具体的な計算式
同審判は,配当429万8793円について,基礎収入割合38%へ職業費20%を加えた58%を掛け,その基礎収入額を給与側の基礎収入割合37%で割った。
計算式は「429万8793円×0.58÷0.37」であり,給与換算額を673万8648円とした。
これは,配当額を単純に給与額へ足したのではなく,配当から生活費へ回せる割合と,同じ基礎収入を生む給与額とを対応させた計算である。
3 保有株数減少後の換算
同審判は,株式会社Eの株式6万7112株に係る配当401万0867円について,2万株売却後の残存株数4万7112株から,将来配当を281万5591円と見積もった。
その上で,職業費を調整して給与換算額を429万7481円とした。
過去の配当実績をそのまま固定せず,審理時点の保有数量を先に反映してから所得類型を換算した点が重要である。
4 特有財産からの配当
同審判は,株式の一部が特有財産であったとしても,給与所得が減少又は消滅して従前と同等の生活を保持するに足りない場合に,特有財産からの継続収入を別扱いする理由はないとした。
特有財産であることと,そこから生じる配当を収入算入するかは分けて検討する必要がある。
第4 給与を事業所得型へ換算して合算した裁判例
1 福岡家庭裁判所令和4年9月13日審判
福岡家庭裁判所令和4年9月13日審判(令和4年(家)第3142号,判例時報2606号85頁,裁判所HP未掲載,判例秘書L07760034)は,給与収入664万0500円と暗号資産取引による雑所得443万2423円があった事案を扱った。
同審判は,暗号資産取引を反復し,利益が一回的又は偶発的でないとして,給与と暗号資産所得を合わせて支払能力を算定した。
2 具体的な計算式
同審判は,給与収入から職業費15%及び実額の社会保険料104万8611円を控除し,事業所得型の金額へ直した上で,暗号資産所得を加算した。
計算式は「443万2423円+664万0500円×0.85-104万8611円」であり,合計902万8237円とした。
その金額へ自営業者の基礎収入割合52%を掛け,基礎収入を469万4683円と算出した。
生活費指数による割付額は月額約24万1902円となり,医療保険料等の一切の事情を考慮して月額23万円とした。
3 この方法の意味
この事案では,非給与所得を給与へ換算するのではなく,給与から職業費等を控除して事業所得に近い物差しへ移した。
どちらの方向に換算するかは,主たる所得の類型,資料の内容及び適用する基礎収入割合によって変わり得る。
第5 三つの換算方法
1 非給与所得を給与収入へ換算する方法
配当,年金又は継続的投資利益について,職業費不要の基礎収入額を求め,同額の基礎収入を生む給与収入へ逆算する方法である。
東京家庭裁判所令和元年9月6日審判がこの方法を採用した。
給与換算後は,実際の給与収入と合算し,給与所得者の年収欄又は給与側の基礎収入割合を用いる。
非給与所得から職業費を二度控除しないことが利点である。
2 給与を事業所得型へ換算する方法
給与収入から職業費及び必要な公租公課等を調整し,事業所得又は雑所得と比較可能な金額へ換算してから合算する方法である。
福岡家庭裁判所令和4年9月13日審判がこの方法を採用した。
給与側で職業費を控除した後,合計額に自営業者の基礎収入割合を適用する。
控除済みの費用を合算後に再度控除しないようにする。
3 所得類型ごとに基礎収入を計算して合算する方法
給与収入,事業所得及び非稼働所得について,それぞれに適合する公租公課,職業費及び特別経費を反映して基礎収入を求め,最後に基礎収入額を合算する考え方である。
所得類型が多い場合に計算過程を明示しやすい一方,公租公課及び特別経費の重複又は不足を防ぐ調整が必要となる。
裁判例上の単一の標準公式として確立したものではないため,各所得で何を控除したかを一覧化する。
第6 所得別の注意点
1 株式配当
配当金計算書及び年間取引報告書から税引前額を確認する。
保有株数,減配,無配,売却及び配当方針を確認し,将来も同額が続くかを検討する。
特有財産から生じる配当であっても,それだけで当然に除外されるわけではない。
2 投資信託の分配金
普通分配金と元本払戻金(特別分配金)を分ける。
普通分配金は非稼働所得として換算対象になり得るが,元本払戻金は原則として所得へ加算しない。
詳しくは「投資信託の普通分配金・特別分配金は婚姻費用・養育費の収入になるか-元本払戻金と二重計上(AI作成)」で説明する。
3 年金
年金収入には給与所得者と同じ職業費を通常要しない。
税引前の年金額,受給開始時期,繰下げの有無及び今後の受給見込みを確認する。
受給資格があり,本人の判断で受給を繰り下げている場合に,本来受給できた額を潜在的収入として考慮した裁判例もある。
4 不動産所得
賃料収入は総賃料ではなく,維持管理費,固定資産税,修繕費等の必要経費を確認する。
減価償却費,借入元金返済及び資産形成部分をどのように扱うかは,確定申告上の所得だけでなく実際のキャッシュフローを見て判断する。
5 証券売買益及び暗号資産所得
売却代金ではなく,取得価額及び直接費用を控除した実現純利益を確認する。
一回的な換価か,反復継続する取引所得かを分け,変動が大きい場合は複数年の推移を確認する。
平均期間は「変動する収入を婚姻費用・養育費で何年平均するか-歩合給・事業所得・証券売買益・暗号資産(AI作成)」で説明する。
第7 換算で生じやすい誤り
1 税引後入金額をそのまま使う
給与年収が税引前の支払金額であるのに,配当だけ税引後の手取額を用いると,配当側の税負担を二重に控除することがある。
税引前額,源泉徴収税額及び手取額を分ける。
2 すべてを給与額へ単純加算する
給与収入へ配当又は年金を額面のまま足すと,職業費を要しない所得にも給与側の職業費控除を適用する結果となる。
少額で結果に影響しない場合を除き,換算又は基礎収入段階での合算を検討する。
3 事業所得から職業費を二重控除する
事業所得は,売上から必要経費を控除した後の金額を出発点とする。
既に経費控除済みの所得から,給与所得者の職業費をさらに一律控除すると,支払能力を過小に評価することがある。
4 古い裁判例の係数をそのまま使う
基礎収入割合は年収帯により異なり,算定方式の改定によって職業費等の割合も変わる。
東京家庭裁判所令和元年9月6日審判の「0.58÷0.37」又は福岡家庭裁判所令和4年9月13日審判の「職業費15%」を,あらゆる年収へ固定的に適用することは適切ではない。
第8 計算書の作り方
1 所得ごとの台帳
所得ごとに,税引前総額,実額必要経費,職業費の有無,公租公課,継続期間,将来見込額及び資料名を一覧化する。
その後,給与換算,事業所得型換算又は基礎収入段階合算のどれを用いるかを決める。
同じ社会保険料,税又は特別経費が複数の所得で控除されていないかを確認する。
2 複数案を示す場合
換算方法によって結果が大きく異なる場合は,主位的計算と予備的計算を並べ,各方法で控除した項目を明示する。
最終的な月額だけでなく,総収入,基礎収入,生活費指数による割付額及び月額への換算過程を示す。
3 端数処理
裁判例の計算では概算記号又は千円単位の丸めが用いられることがある。
途中段階で何度も丸めると誤差が累積するため,計算途中は円単位又は十分な桁数を保持し,最後に月額を適切な単位へ丸める。
第9 提出資料
1 給与及び年金
源泉徴収票,給与明細,賞与明細,雇用契約書,年金振込通知書,公的年金等の源泉徴収票及び受給見込額回答書を確認する。
退職又は繰下げがある場合は,その時期及び今後の見込みを示す資料を追加する。
2 配当及び投資利益
配当金計算書,特定口座年間取引報告書,取引残高報告書,取引明細,分配金計算書及び証券口座から生活口座への出金記録を確認する。
保有数量の変化がある場合は,基準日ごとの残高を示す。
3 事業及び不動産
確定申告書,青色申告決算書又は収支内訳書,総勘定元帳,固定資産台帳,賃貸借契約書,管理費及び修繕費の資料を確認する。
家事関連費又は会社負担の私的費用がある場合は,事業と家計の帰属を分ける。
第10 関連する山中弁護士ブログの記事
1 算定表及び給与収入
算定表の基礎収入割合及び生活費指数は「婚姻費用算定表の見方,計算方法と特別事情(AI作成)」及び「養育費算定表の見方,計算方法及び法定養育費との違い(AI作成)」を参照されたい。
給与年収の確認は「養育費算定表に入れる給与年収-手取り・額面・源泉徴収票,賞与・副業・転職時の扱い(AI作成)」で説明している。
2 金融資産及び事業所得
配当,証券売買益,含み益及び元本の区別は「給与収入が低くても金融資産が多い場合の婚姻費用・養育費-配当・売却益・含み益・元本の扱い(AI作成)」を参照されたい。
個人事業主の算定用総収入は「個人事業主の離婚と婚姻費用及び養育費-確定申告書からの総収入の認定,減価償却費の取扱い及び回収方法(AI作成)」で説明している。
第11 出典・参考資料
1 裁判所公表資料
①裁判所「平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について」(令和元年12月23日公表)。
②平成30年度司法研究の研究員「平成30年度司法研究概要」。
③平成30年度司法研究の研究員「養育費・婚姻費用算定表について(説明)」。
2 裁判例
①東京家庭裁判所令和元年9月6日審判(平成31年(家)第1881号,判例時報2471号72頁,裁判所HP未掲載,判例秘書L07460041で全文確認)。
②東京高等裁判所令和元年12月19日決定(令和元年(ラ)第1989号,判例タイムズ1482号102頁,判例時報2471号68頁,裁判所HP未掲載,判例秘書L07420653で全文確認)。
③福岡家庭裁判所令和4年9月13日審判(令和4年(家)第3142号,判例時報2606号85頁,裁判所HP未掲載,判例秘書L07760034で全文確認)。