第1 変動収入の平均期間に関する結論
1 3年平均又は5年平均という一律のルールはない
(1) 対象と調査基準日
本記事は令和8年9月14日を調査基準日とし,令和元年版の標準算定方式及び判例秘書で全文確認した裁判例を基礎として,変動収入から現在及び近い将来の年間収入を推計する方法を扱う。
税務上の所得計算そのものではなく,婚姻費用又は養育費の算定に用いる収入期間の選択を対象とする。
(2) 固定的な平均期間の不存在
婚姻費用及び養育費は,父母又は夫婦の現在及び近い将来の収入を基礎として定めるものである。
歩合給,賞与,事業所得,証券売買益又は暗号資産取引益の変動が大きい場合でも,常に過去3年又は5年の平均を採用するという法令又は裁判例上の一律のルールはない。
複数年平均は,単年度の例外的な増減をならし,今後の支払能力を推計するための方法である。
したがって,何年分を使うかは,過去の収入が現在の就労状況,事業規模又は投資規模と同質であるかを確認して決める必要がある。
2 通常の確認順序
まず,直近1年の収入が通常年を代表しているかを確認する。
一時的な賞与,臨時受注,保有資産の一括売却又は相場の急騰等が含まれるときは,直近3年の推移を確認し,必要に応じて5年平均及び中央値も併記する。
他方,転職,退職,休職,事業廃止,投資元本の大幅な増減その他の構造変化がある場合は,古い年度を長く平均するほど現在の稼得能力から離れることがある。
この場合は,構造変化後の12か月又は24か月,直近の給与明細,事業計画,現在の保有資産等を用いて年額を推計することになる。
第2 算定表が前提とする年間収入
1 算定表は双方の総収入を出発点とする
裁判所の令和元年版算定表は,給与所得者については原則として源泉徴収票の「支払金額」を,自営業者については確定申告書の「課税される所得金額」を出発点とする。
ただし,自営業者については,青色申告特別控除等の現実に支出されていない控除を加算するなど,算定用の総収入へ修正する必要がある。
算定表へ入力するのは過去の税額を確定するための所得ではなく,今後の生活費負担能力を把握するための年間収入である。
このため,課税証明書又は確定申告書の数字が存在するだけで,その年度が当然に採用年度となるわけではない。
2 過去の実績と将来予測を区別する
過去の収入は,現在及び将来の収入を認定するための証拠である。
審理時点で既に退職しているのに退職前の高額給与をそのまま使うことも,反対に,意図的又は一時的な減収をそのまま固定することも適切ではない。
期間選択では,①勤務又は事業の継続性,②報酬又は取引を本人が調整できる程度,③季節変動,④一時的要因,⑤減収時期と申立時期との関係,⑥現在の契約及び保有資産を確認する。
第3 期間選択の参考となる裁判例
1 反復する暗号資産取引益を算入した審判
福岡家庭裁判所令和4年9月13日審判(令和4年(家)第3142号,判例時報2606号85頁,裁判所HP未掲載,判例秘書L07760034)は,令和3年分の確定申告書に暗号資産取引による雑所得443万2423円が記載されていた事案を扱った。
同審判は,暗号資産の売却又は交換を反復し,その都度利益を得ていたことから,その所得を一回的又は偶発的なものではないとして婚姻費用算定の基礎に含めた。
この審判は固定的な3年平均を用いず,確認できた当年の申告所得を採用した。
重要なのは年数ではなく,取引の反復性及び利益の非偶発性である。
2 構造変化後の資料から年額を推計した審判
福井家庭裁判所令和6年8月16日審判(裁判所HP未掲載,判例秘書L07960017)は,収入状況が変化した期間を分け,直近5か月分の給与を年額換算するなどして将来の収入を認定した。
新しい勤務先の報酬についても,名目的な月額だけでなく,当該勤務先における過去の平均的な報酬帯を参照している。
証券売買益の事案ではないが,古い年度を形式的に平均するのではなく,現在及び将来を最も合理的に示す資料を選ぶという考え方の参考になる。
3 一時的な株式売却を収入から除外した決定
大阪高等裁判所令和4年2月24日決定(令和3年(ラ)第869号,判例タイムズ1508号108頁,裁判所HP未掲載,判例秘書L07720485)は,上場株式等の譲渡収入が約2456万円であっても,譲渡所得が約18万円にとどまり,仮に収入を得ていても一時的であるとして,婚姻費用算定の収入認定では考慮しなかった。
売却代金と利益を区別し,一回的な資産処分を恒常収入としなかった事例である。
4 現在の保有株数から将来配当を推計した審判
東京家庭裁判所令和元年9月6日審判(平成31年(家)第1881号,判例時報2471号72頁,裁判所HP未掲載,判例秘書L07460041)は,過去の株式配当を算入する一方,保有株式の一部売却後については,残存株数の割合から将来配当を減額して見積もった。
過去の実績を固定せず,審理時点の収益発生基盤を確認した点が重要である。
第4 平均期間の選び方
1 単年度を用いる場合
直近年度が通常の就労又は事業の1年間を反映し,臨時収入又は重大な構造変化がない場合は,単年度の資料を用いることができる。
給与が固定されている通常の会社員,取引規模が安定した事業者,反復取引が継続し当年所得の代表性が高い場合がこれに当たる。
もっとも,1年分だけでは季節性又は相場変動を判定できないため,前年以前の資料は少なくとも異常値の有無を確認する資料として見る必要がある。
2 3年平均を主位的試算とする場合
投資元本,事業規模又は報酬体系が概ね同じ状態で3年間継続している場合は,直近3終了年の単純平均が扱いやすい。
計算は「3年間の調整後年間収入の合計÷3」であり,赤字又は売買損失の年度をゼロに置き換えず,負数のまま含める。
3年という期間は,直近性と変動の平準化を両立させやすいという実務上の利点がある。
ただし,判例上当然に採用すべき年数ではなく,3年間の事業規模又は投資規模が同質であることを説明する必要がある。
3 5年平均を併記する場合
直近3年間が上昇相場又は下落相場の一方に偏っている場合,5年程度同じ事業又は投資方針が続いている場合,特定年の利益又は損失が突出している場合は,5年平均を感応度として示すことが考えられる。
5年前と現在とで勤務内容,事業規模又は運用元本が異なる場合は,長期平均がかえって現在の支払能力を歪める。
5年平均を主張する側は,期間を長くすることで有利な年度を取り込んでいるのではなく,相場又は事業循環を一巡させるためであることを示す必要がある。
4 中央値を併記する場合
中央値は,各年度の金額を小さい順に並べた中央の値であり,突出した1年の影響を受けにくい。
裁判例上の標準入力値ではないが,単純平均が外れ値によって大きく動いていないかを確認する補助指標となる。
平均額と中央値が大幅に異なる場合は,単に低い方を採用するのではなく,突出年度の原因,反復可能性及び現在との同質性を個別に検討する。
第5 所得類型ごとの調整後年間収入
1 給与及び賞与
給与所得者は源泉徴収票の支払金額を基本とする。
歩合給,残業代又は賞与の変動が大きい場合は,固定給と変動部分を分け,固定給は現在額を年額換算し,変動部分は比較可能な複数年の平均を加える方法が考えられる。
退職又は転職後は,旧勤務先の給与全体を平均するのではなく,新しい雇用契約,直近給与及び支給見込みのある賞与から年額を推計する。
2 事業所得
事業所得は,売上高ではなく,確定申告書の所得金額を出発点とする。
青色申告特別控除,専従者給与,減価償却費その他の項目について,現実の支出又は家計への帰属を確認し,算定用総収入へ修正する。
複数年平均を用いる場合,各年度で同じ修正基準を適用する。
ある年度だけ減価償却費を加算し,別の年度では申告所得をそのまま用いると比較可能性が失われる。
3 証券売買益
各年の証券売買益は,売却代金から取得価額及び直接手数料を控除し,同一年の実現損失を通算した純額を確認する。
確定申告上の繰越控除後の課税所得は,当年の経済的利益と一致しないことがあるため,特定口座年間取引報告書及び取引明細へ戻る必要がある。
相続株式の一括売却,持合株式の解消又は住宅購入資金を得るための換価は,一回的処分である可能性が高い。
他方,高頻度取引を複数年継続し,利益を生活口座へ定期的に移している場合は,継続収入に近づく。
4 暗号資産取引益
暗号資産では,売却だけでなく,他の暗号資産との交換又は商品の購入によって損益が実現することがある。
取引所の年間報告書,ウォレット間移動及び取得価額計算を確認し,単なる口座間移動を利益として数えないようにする。
福岡家庭裁判所令和4年9月13日審判は反復取引による所得を算入したが,すべての暗号資産売却益が当然に継続収入になると判示したものではない。
第6 具体的な計算方法
1 単純平均
例えば,調整後実現純損益が第1年800万円,第2年マイナス200万円,第3年500万円である場合,3年平均は「800万円-200万円+500万円」を3で割った約366万6667円となる。
損失年をゼロとすると平均は約433万円となり,支払能力を過大に示すおそれがある。
この例の中央値は500万円である。
平均と中央値の差が約133万円あるため,第1年の800万円が再現可能かを個別に確認する必要がある。
2 現在の元本規模による補助試算
証券取引の元本規模が大きく変わった場合は,各年の実現純損益を当該年の平均運用元本で割り,実現損益率を算出する方法がある。
その平均損益率を審理時点の運用可能元本へ掛けることで,過去の利益額を現在の規模へ補正する。
これは裁判例上確立した方式ではなく,感応度試算にとどまる。
信用取引,先物又は多額の期中入出金がある場合は,単純な平均元本では正確に計算できず,証券会社のパフォーマンス資料等が必要となる。
3 感応度表を作る
主張書面では,直近1年,3年平均,5年平均,中央値及び構造変化後の年額換算を並べ,各試算が養育費又は婚姻費用の月額をどの程度変えるかを示すと分かりやすい。
最も有利な数字だけを提示するより,複数の合理的な試算と採用理由を示す方が,期間選択の恣意性を抑えられる。
第7 給与収入と変動所得を合算する際の注意
1 総収入を単純加算できない場合がある
給与収入と事業所得又は投資所得では,算定表上の基礎収入割合及び職業費の扱いが異なる。
給与600万円と証券売買益300万円を,説明なく給与900万円として算定表へ入れると,職業費を要しない投資所得からも職業費を控除する結果となることがある。
非給与所得を給与換算する方法,給与を事業所得型へ換算する方法又は所得類型ごとに基礎収入を算出して合算する方法を検討する。
詳しい計算は「配当・年金・投資利益を婚姻費用・養育費の給与年収へ換算する方法-職業費の二重控除を防ぐ(AI作成)」で説明する。
2 同じ利益を二重に評価しない
証券売買益を収入へ加算した後,その利益が残った預金又は証券残高を資産として再度全面的に評価すると,同じ経済的利益を二重に考慮するおそれがある。
各年度の期首資産,入金,出金,実現損益及び期末資産を連続した資金表にして確認する必要がある。
第8 提出資料と主張の組み立て
1 共通資料
直近3年から5年の源泉徴収票,確定申告書,課税証明書,給与明細,賞与明細,雇用契約書,事業決算書及び預金通帳を準備する。
証券又は暗号資産がある場合は,全口座の年間取引報告書,取引明細,入出金履歴,年末残高及び取得価額計算を追加する。
複数年資料は,年度ごとに異なる資料を並べるだけでなく,同じ項目及び修正基準で一覧化する。
2 高い収入を主張する側
直近年度の減収が一時的であること,過去の利益が反復可能であること,現在も同じ勤務,事業又は投資基盤が残っていることを示す。
減収直前の報酬変更,資産移転又は取引停止が婚姻費用・養育費請求と時間的に近接している場合は,その合理的理由及び第三者資料を確認する。
3 低い収入を主張する側
過去の高収入が一回的であること,現在は事業規模又は投資元本が縮小したこと,損失年を含むこと及び将来の再現可能性が乏しいことを示す。
単に「相場次第」「今後は取引しない」と述べるだけでなく,保有残高,解約資料,雇用契約又は事業廃止資料等で裏付ける。
第9 関連する山中弁護士ブログの記事
1 算定表及び給与年収
算定表の基本構造は「養育費算定表の見方,計算方法及び法定養育費との違い(AI作成)」及び「婚姻費用算定表の見方,計算方法と特別事情(AI作成)」を参照されたい。
給与年収の基本は「養育費算定表に入れる給与年収-手取り・額面・源泉徴収票,賞与・副業・転職時の扱い(AI作成)」で説明している。
2 金融資産及び事業所得
金融資産の元本,配当,売却益及び含み益の区別は「給与収入が低くても金融資産が多い場合の婚姻費用・養育費-配当・売却益・含み益・元本の扱い(AI作成)」を参照されたい。
事業所得の修正項目は「個人事業主の離婚と婚姻費用及び養育費-確定申告書からの総収入の認定,減価償却費の取扱い及び回収方法(AI作成)」で説明している。
第10 出典・参考資料
1 裁判所公表資料
①裁判所「平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について」(令和元年12月23日公表)。
②平成30年度司法研究の研究員「養育費・婚姻費用算定表について(説明)」。
2 裁判例
①福岡家庭裁判所令和4年9月13日審判(令和4年(家)第3142号,判例時報2606号85頁,裁判所HP未掲載,判例秘書L07760034で全文確認)。
②福井家庭裁判所令和6年8月16日審判(裁判所HP未掲載,判例秘書L07960017で全文確認)。
③大阪高等裁判所令和4年2月24日決定(令和3年(ラ)第869号,判例タイムズ1508号108頁,裁判所HP未掲載,判例秘書L07720485で全文確認)。
④東京家庭裁判所令和元年9月6日審判(平成31年(家)第1881号,判例時報2471号72頁,裁判所HP未掲載,判例秘書L07460041で全文確認)。