第1 本記事の対象と資料
1 答弁書の作成過程で作られる文書
国会議員の質問主意書は,議長の承認を経て内閣に転送され,内閣は受け取った日から7日以内に答弁をしなければならない(国会法75条1項・2項)。
この短い期間の中で,内閣官房,担当府省及び内閣法制局の間では,転送文書,回付文書,割り振りの記載,処理スケジュール,答弁書案,内閣法制局の審査に使う用例集・参考資料,決裁文書,閣議請議書といった文書が作られ,やり取りされる。
法務省の質問主意書関係事務の手引き(令和7年10月14日改定)には,これらに加えて,回答困難等報告の様式,窓口登録の様式,答弁書説明要旨(一問一答)及び閣議請議に必要な資料の一覧が載っている。
本記事は,こうした答弁書の作成過程の文書が情報公開請求によってどこまで開示されてきたかを,本ブログに掲載している開示文書と,情報公開・個人情報保護審査会の答申に基づいて整理する。
調査基準日は2026年9月14日である。
答弁書の提出から答弁までの手続は質問主意書とは―提出手続,答弁期限及び答弁書の作成過程で,答弁書が裁判で持つ意味は政府答弁書は裁判所を拘束するか―質問主意書への答弁書が判決で使われた裁判例で扱っている。
2 情報公開法の対象と国会の事務局
行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)2条1項は,同法の「行政機関」を,内閣に置かれる機関,内閣府,国家行政組織法3条2項に規定する機関,会計検査院等と定めており,衆議院と参議院の事務局はこれに含まれない。
そのため,内閣官房,内閣法制局及び各府省が保有する答弁書作成過程の文書は情報公開法の開示請求の対象となるが,議院の事務局が保有する文書は各議院の内規による開示の申出の対象となる。
第2 答弁書ができるまでの文書
1 転送,回付及び割り振り
(1) 議長の転送文書と内閣総理大臣の回付文書
衆議院議員丸山穂高君提出の東京オリンピック・パラリンピック観客等向けアプリに関する質問主意書(第204回国会質問第86号)については,令和3年3月29日付けの衆議院議長から内閣総理大臣への転送文書と,同日付けの内閣総理大臣から関係大臣への回付文書が本ブログに掲載されている。
回付文書は,内閣官房副長官補と法務,外務,財務及び厚生労働の各大臣に宛てたもので,「質問主意書に対する答弁は、国会法第75条第2項の規定により、7日以内に行わなければならないので、3月31日(水)までに答弁書を提出願います。」と期限を指定している。
これらの文書は,後記第2の2の(2)の内閣法制局の参考資料に綴じられていたものである。
(2) 割り振りの記載と連絡の手順
内閣総務官室(院内)は,質問主意書の問ごとに担当府省を割り振り,質問主意書の表紙にその略語を記載する。
答弁担当省庁の割り振りが書いてある質問主意書では,表紙に割振先の略語の一覧が印刷され,担当府省の略語に丸が付けられている。
令和2年1月15日付けの質問主意書の回付先に係る内閣総務官室への連絡については,割り振りを受けた府省と回付の公文を受けるべき主任の大臣が異なるときは,「内閣総務官室(院内)からの割振りが確定した日の翌開庁日の正午までに」メールで連絡するよう各府省に求めている。
法務省の手引きによれば,割り振りに意見がある府省は,主意書の送付後1時間以内に内閣総務官室(院内)へ回答しなければならない。
2 処理スケジュールと内閣法制局の審査
(1) 処理スケジュールと答弁書案
内閣法制局が保有していた衆議院議員丸山穂高君提出質問主意書答弁業務の負担軽減に関する質問に対する答弁書の審査過程で内閣法制局が作成し,又は取得した文書(132頁)には,決裁文書,答弁書案,処理スケジュール,質問主意書,用例集及び参考資料が一式で綴じられている。
処理スケジュールは,正式転送,閣議資料等の提出及び閣議の日を1枚にまとめたもので,「※正式転送があるまでは提出者等との接触厳禁!(政府部内限り)」と注記されている。
答弁書案は複数の版があり,内閣法制局の部長,次長及び長官が読んだことを示す「一読」「二読」の書込みが残っている。
内閣法制局の決裁文書は,第一部が起案したもので,「標記の答弁書について、意見がないこととしたので、決裁を願います。」との伺い文になっている。
(2) 用例集と参考資料
同じ答弁書について,用例集と参考資料も掲載している。
用例集は,問ごとに過去の答弁書の表現を集めたもので,目次には「質問主意書に対する答弁書について、案文を作成した府省庁が内閣法制局に説明し、同局がこれに法律的見地からの検討を加えているとした例」といった項目が並ぶ。
参考資料には,国会法,前記第2の1の転送文書・回付文書・答弁書,内閣官房の文書取扱規則,閣議書類の見直しに関する大臣の記者会見要旨,衆議院議院運営委員会理事会の合意,答弁件数の表などが収録されている。
法務省の手引き(令和7年10月14日改定)は,答弁の記載ぶりを基本的に用例集及び参考資料(内閣法制局の審査に際し別途作成)に合わせるとしており,答弁書に繰り返し現れる定型的な表現の出所がここにあることが分かる。
(3) 他の質問主意書の審査資料
本ブログには,東京高検検事長の定年延長に関する質問主意書の処理スケジュールと参考資料,反社会的勢力の定義に関する質問主意書に関して内閣法制局が作成し,又は取得した文書と警察庁作成の資料集,日本共産党と「破壊活動防止法」に関する質問主意書に対する答弁書に関する内閣法制局の審査資料も掲載している。
これらにも,答弁書案,処理スケジュール,問ごとの担当府省の書込みがある質問主意書,用例及び参考資料が含まれており,答弁書の作成過程の文書が質問主意書ごとにまとまって保存されていることがうかがえる。
参議院議員の質問主意書に関する参考資料集や国葬儀に関する質問主意書参考資料も同じ構成である。
3 決裁と閣議
内閣官房が答弁書の案文を作成した前記第2の1の質問第86号については,内閣官房の決裁文書も掲載している。
この決裁文書は,令和3年3月29日に起案され,同年4月1日に決裁されたもので,別紙の答弁書案を「閣議に付議してよろしいか」を伺う内容であり,閣議日は同月2日と記載されている。
法務省の手引き(令和7年10月14日改定)によれば,法務省では,答弁書と答弁書説明要旨の決裁を原則として一体の電子決裁で起案し,閣議請議書,答弁書及び正式転送された質問主意書をまとめて閣議請議日の午前11時までに省内の担当係へ提出する。
内閣法制局が開示した答弁件数の表によれば,平成18年1月1日から令和3年5月11日までの質問主意書は13,849件で,そのうち7日以内に答弁したものが12,239件,期限を延長して答弁したものが1,610件である。
第3 開示・不開示の実例
1 本ブログに掲載した開示文書の範囲
前記第2の1から3までの文書を見る限り,転送,回付,割り振り,処理スケジュール,答弁書案,用例集,参考資料,決裁及び答弁書という答弁書の作成過程のほぼ全段階の文書が開示されている。
黒塗りがあったのは,前記第2の1の(2)の内閣総務官室(院内)の文書の連絡先欄だけであり,内閣官房の決裁文書の決裁欄も黒塗りされていない。
他方で,本ブログに掲載した文書には開示決定通知書が含まれていないものもあり,それらについては,どの範囲を請求し,何を不開示としたかまでは確認できない。
2 衆議院事務局と参議院事務局の扱い
(1) 衆議院事務局
令和2年10月13日付けの衆議院事務局の議院行政文書不開示通知書は,質問主意書が提出された際の事務局の事務手続の内容が書いてある文書について,「衆議院事務局の保有する議院行政文書の開示等に関する事務取扱規程」2条2項の立法調査文書に当たるとして不開示とした。
通知書は,「立法調査文書は、規程の適用を受ける議院行政文書ではないため、その存否にかかわらず不開示となるものである。」と説明している。
同封されたお知らせは,衆議院ガイドブックの記述を読み替えるよう求めた上で,議員は会期中「実質的会期終了日の3日前まで。ただし、会期が3日間の国会の場合は、2日前を提出期限とする。」質問できるのが現在の制度であると説明しており,会期末の提出期限を知る手掛かりにもなる。
(2) 参議院事務局
令和2年10月23日付けの参議院事務局の事務局文書不開示通知書は,「質問主意書の提出手続について」等の文書を特定した上で,「議員に対して質問主意書の提出手続等について説明するための資料であり」,事務総長の指定に関する件の3号に定める「質問主意書に関する事項」に関する文書であるから,事務局文書に当たらないとして不開示とした。
両院とも,質問主意書の事務手続に関する文書を開示の対象外としていることになる。
3 各府省の文書
令和2年3月4日付けの厚生労働省の行政文書不開示決定通知書は,質問主意書が提出された場合の対応手続が書いてある文書(最新版)について,「実際に保有していないため、不開示とした。」としている。
これに対し,法務省は,大臣官房の事務の手引きとして「質問主意書関係事務の手引き」を保有しており,本ブログには改定日の表示のない版と令和7年10月14日改定版を掲載している。
法務省は,令和8年8月10日付けの意思確認の文書で,同手引きの令和7年10月14日の改訂版を保有していると回答している。
同じ種類の手引きでも,府省によって作成の有無が異なることになる。
4 情報公開・個人情報保護審査会の答申
(1) 答弁書のファイルの中身
令和8年度(行情)答申第183号・第184号(令和8年6月3日)によれば,警察庁の行政文書ファイル「質問主意書(令和5年)」には,質問主意書ごとに「答弁書、答弁書説明要旨、閣議請議書及び質問主意書」が保存されている。
同答申は,各府省への照会に使った電子メールは「答弁が行われた後、適宜削除されている」との説明を是認した上で,請求の一部について別の文書を特定して改めて開示決定等をすべきとした。
令和2年度(行情)答申第59号(令和2年6月2日)では,外務省が特定の答弁書について「答弁書」「決裁書ほか」「内閣法制局提出書類」「省内検討過程」の4文書を特定して全部開示しており,審査会は電磁的記録を追加して特定することを妥当とした。
(2) 不開示とされた情報
平成27年度(行情)答申第446号(平成27年10月28日)は,質問主意書への答弁書に係る法制局審査の文書のうち,政府部内の検討内容は情報公開法5条5号に当たるとしつつ,「公表されている答弁書と同旨であると認められる」部分は開示すべきとした。
情報公開法5条5号は,国の機関の内部又は相互間における審議,検討又は協議に関する情報であって,公にすることにより率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ等があるものを不開示情報としている。
令和8年度(行情)答申第312号(令和8年7月3日)も,法律案の内閣法制局審査の段階の検討途上の内容を同号に当たるとした。
令和8年度(行情)答申第121号(令和8年5月20日)は,防衛省の行政文書ファイル「平成30年度 質問主意書」の答弁書関係文書について,起案者・決裁者の氏名や担当者の電話番号・メールアドレスを同条6号柱書きに当たるとした。
平成13年度(行情)答申第134号(平成14年2月1日)は,答弁書の起案・合議・決裁関連文書のうち係員の氏名を同条1号に当たるとした。
(3) 文書の特定をやり直させた答申
平成28年度(行情)答申第579号(平成28年12月14日)は,答弁書に記載された「国家実行等を踏まえ」るに当たって綴られた文書の開示請求について,内閣官房国家安全保障局が保有する想定問答集が対象文書に当たるとして,改めて開示決定等をすべきとした。
平成28年度(行情)答申第647号(平成29年1月17日)は,内閣法制局が作成し不採用となった国会答弁資料案の電磁的記録について,行政文書に該当しないとした不開示決定を取り消すべきとした。
いずれも,答弁や答弁書の背後にある資料の存否が問題になった例である。
第4 開示請求をするときの工夫
1 文書の特定
(1) 質問主意書の番号と文書名
答弁書の作成過程の文書を請求するときは,質問主意書の番号(「衆議院質問第119号」等)又は答弁書の番号と日付で対象を特定し,文書の種類として,割り振り,処理スケジュール,答弁書案,用例集,参考資料,答弁書説明要旨,閣議請議書,決裁文書,回答困難等報告等を挙げることが考えられる。
前記第3の4の(1)の答申のとおり,行政文書ファイルが「質問主意書(令和5年)」のように年ごとに作られている例があるので,ファイル名で請求する方法もある。
(2) 請求先の選び方
答弁書の案文は取りまとめ府省が作成し,合議先の府省や内閣法制局もそれぞれ文書を保有するため,同じ質問主意書でも請求先によって開示される文書が異なる。
首相官邸の閣議の各回の案件ページでは,答弁書が「国会提出案件」として担当府省名とともに掲載されているので,取りまとめ府省を確認する手掛かりになる。
2 請求の時期
各府省への照会メールが答弁後に削除される運用が答申で是認されていることからすると,照会の経過まで確認したいときは,答弁書の送付後できるだけ早く請求することが考えられる。
他方で,答弁書案,用例集及び参考資料は内閣法制局の審査資料として綴じられて残っていた例があり,数年前の質問主意書でも請求の対象になり得る。
第5 出典
1 法令
①e-Gov法令検索「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」(平成11年法律第42号)
②e-Gov法令検索「国会法」(昭和22年法律第79号)
2 情報公開・個人情報保護審査会の答申
①令和8年度(行情)答申第183号・第184号(令和8年6月3日)
②令和8年度(行情)答申第312号(令和8年7月3日)
③令和8年度(行情)答申第121号(令和8年5月20日)
④令和2年度(行情)答申第59号(令和2年6月2日)
⑤平成28年度(行情)答申第647号(平成29年1月17日)
⑥平成28年度(行情)答申第579号(平成28年12月14日)
⑦平成27年度(行情)答申第446号(平成27年10月28日)
⑧平成13年度(行情)答申第134号(平成14年2月1日)
3 開示文書その他の公的資料
①法務省「質問主意書関係事務の手引き~はじめて主意書を担当する方へ~」(令和7年10月14日改定)
②法務省「質問主意書関係事務の手引き~はじめて主意書を担当する方へ~」(改定日の表示のない版)
③衆議院議員丸山穂高君提出質問主意書答弁業務の負担軽減に関する質問に対する答弁書(令和3年5月14日)
④首相官邸「閣議」