第1 弁護士代理による証券口座の相続手続の全体像
1 本記事の対象
本記事は,法定相続人又は遺産分割によって証券を取得する相続人から委任を受けた弁護士が,証券会社に対する口座調査,残高証明書の取得,相続手続書類の提出,証券の移管及び売却に関与する場合を対象とする。
調査の基準日は令和8年9月6日であり,証券会社の必要書類及び受付方法は変更されるため,実際の手続では各社がその時点で交付する案内を確認する必要がある。
弁護士が遺言執行者として有価証券を換価して受遺者等へ分配する場合は,権限の根拠及び利益相反の検討が異なる。
その場合は,遺言執行者が相続株式・有価証券を売却して分配する際の実務上の問題点を参照されたい。
2 手続は三種類の書類を分けて考える
証券口座の相続手続で提出する資料は,①誰が証券を取得するかを示す相続資格・取得根拠の資料,②弁護士が誰を代理し,何を行うかを示す委任状及び本人確認資料,③証券会社が事務処理のために定める相続手続依頼書,移管先口座の届出その他の所定書類に分けて考えると整理しやすい。
戸籍がそろっていても取得者が確定していなければ移管できず,遺産分割協議書があっても代理権の範囲又は所定書類が不足すれば手続は止まる。
一般的な順序は,①口座の所在を調べる,②死亡日現在の残高を確定する,③証券の取得者を確定する,④取得者名義の受入口座を準備する,⑤委任状及び証券会社所定書類を提出する,⑥証券及び預り金の移管を確認する,⑦売却する場合は具体的な売却指示と完了資料を残す,というものである。
3 弁護士に委任しても相続人本人の対応が残る場合
弁護士は,委任状の範囲内で,証券会社への照会,必要書類の取り寄せ,残高証明書の請求,書類の作成補助・提出及び進行管理を行うことができる。
もっとも,証券会社はマネー・ローンダリング対策,税務上の届出及び適合性確認等のため,受入口座の開設時に取得者本人による本人確認,申告又は操作を求めることがある。
したがって,「弁護士へ依頼すれば相続人は一度も証券会社へ対応しなくてよい」とは限らない。
第2 証券口座と保有資産の調査
1 口座の手掛かりがある場合
証券会社名の手掛かりとしては,取引残高報告書,年間取引報告書,配当金計算書,株主総会関係書類,証券会社からの郵便物,登録メールアドレスの受信記録及び預貯金口座の入出金履歴がある。
証券会社が判明しているときは,死亡の連絡だけで終えず,①口座の有無,②死亡日現在の残高証明書の発行方法,③相続関係書類の一覧,④代理人による請求の可否と必要な委任状,⑤原本の返却方法を一度に確認するのが効率的である。
代理人による口座情報の照会については,証券会社ごとに書類が異なる。
例えば,野村證券の相続手続案内は,弁護士等の代理人が口座の有無を確認する場合について,相続人の実印を押した委任状原本及び印鑑登録証明書原本等を案内している。
2 証券保管振替機構による口座開設先の調査
証券会社が分からないときは,証券保管振替機構の登録済加入者情報の開示請求を利用できる場合がある。
同機構の令和8年8月版案内によれば,法定相続人の任意代理人も請求でき,開示時点で振替株式等の口座が開設されている証券会社・信託銀行等の一覧を確認できる。
この開示で分かるのは口座管理機関の名称であり,銘柄,取引履歴及び保有残高ではない。
開示結果を得た後,各証券会社等へ個別に残高を照会する必要がある。
また,外国株式,国債,社債及び同機構の取扱対象でない非上場株式等は,この開示の対象外である。
そのため,開示結果に該当がないことだけで,被相続人に有価証券がなかったと結論付けることはできない。
3 特別口座及び残高証明書
株券電子化の際に証券会社へ預託されていなかった上場株式等は,発行会社が信託銀行等に開設した「特別口座」で管理されていることがある。
日本証券業協会の案内によれば,発行会社からの郵便物又は発行会社のウェブサイトで特別口座の管理機関を確認し,その機関に相続手続を申し出ることになる。
口座開設先が判明した後は,死亡日を基準日とする残高証明書を取得し,現在の預り残高と区別して保存する。
相続開始後に投資信託の償還,収益分配金,配当金,利金又は税金の還付等が発生すると,死亡日現在の残高と手続時の残高が一致しないことがあるためである。
第3 誰が取得するかを確定する書類
1 共同相続された株式等は当然には人数割りされない
民法898条は,相続人が数人あるときは相続財産が共同相続人の共有に属すると定め,民法907条は共同相続人による遺産分割協議又は家庭裁判所における遺産分割の手続を定めている。
最高裁平成26年2月25日第三小法廷判決(平成23年(受)第2250号,民集68巻2号173頁)は,共同相続された株式及び投資信託受益権等が相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるものではないことを前提としている。
したがって,共同相続人の一人から委任を受けただけで,弁護士が口座内の証券全部をその相続人へ移管し,又は売却できるわけではない。
最高裁平成26年12月12日第二小法廷判決(平成24年(受)第2675号)は,共同相続された投資信託受益権から相続開始後に発生し,被相続人名義の証券口座に入金された元本償還金及び収益分配金について,共同相続人の一人が当然に自己の相続分相当額を請求できるものではないとした。
手続中に発生した金銭も含め,取得根拠と配分方法を確認する必要がある。
2 遺言がない場合又は遺産分割協議による場合
遺言がなく,相続人が一人である場合は,通常,被相続人の死亡及びその相続人だけが相続人であることを確認できる戸籍等が取得根拠となる。
相続人が複数である場合は,遺産分割協議書又は証券会社所定の相続手続依頼書によって,誰がどの証券及び預り金を取得するかを確定する。
必要となる戸籍,印鑑登録証明書及び署名・押印の範囲は各社で異なる。
例えば,SBI証券の必要書類案内及び楽天証券の必要書類案内は,遺言書又は遺産分割協議書の有無に応じて提出書類を分けている。
3 遺言又は家庭裁判所の手続による場合
遺言によって取得者が指定されている場合は,遺言書,遺言者の死亡を確認する戸籍,取得者の本人確認資料その他の証券会社指定資料を提出する。
自筆証書遺言については,法務局保管の遺言書情報証明書を用いる場合等を除き,検認済証明書を求める案内もあるため,遺言の方式と保管方法を先に確認する必要がある。
遺産分割調停が成立した場合は調停調書謄本,遺産分割審判又は調停に代わる審判による場合は審判書謄本及び確定証明書が中心となる。
例えば,三菱UFJモルガン・スタンレー証券の必要書類案内は,裁判所の審判による手続について審判書及び確定証明書等を掲げている。
4 法定相続情報一覧図と原本返却
法務局の法定相続情報証明制度による法定相続情報一覧図の写しは,戸籍一式の代わりとして利用できる手続がある。
もっとも,一覧図だけでは証券の取得者又は遺産分割の内容は分からないため,遺言書,遺産分割協議書又は裁判書類が別に必要となる場合がある。
原本とコピーの取扱いも統一されていない。
証券保管振替機構は確認資料をコピーで提出し,提出書類を返却しないと案内している一方,大和証券は提出書類を返却しない旨を案内し,野村證券は戸籍等の原本返却を希望する場合の取扱いを案内している。
同じ戸籍又は印鑑登録証明書を複数社で使うときは,送付前に原本・コピーの別,有効期限,返却の可否及び返却依頼の方法を確認する必要がある。
第4 代理権と証券会社所定書類
1 委任状に記載する権限
委任状は,「相続手続一切」のような包括的な文言だけに頼らず,必要に応じて,①口座の有無及び取引内容の照会,②残高証明書その他の資料の請求・受領,③相続手続依頼書等の作成・提出,④書類の訂正及び原本還付請求,⑤証券・預り金の移管又は振込に関する手続,⑥完了通知その他の資料の受領を具体的に記載するのが適切である。
売却注文まで代理する場合は,その権限を明示した上で,銘柄,数量,注文方法及び注文時期を相続人と証券会社の双方に確認する必要がある。
証券会社独自の委任状様式がある場合,又は相続人の実印,印鑑登録証明書,代理人の本人確認書類,職印証明書若しくは資格証明書を求める場合がある。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券の代理人に関する案内及び前記の野村證券の案内は,代理人手続について追加書類を示している。
2 相続手続依頼書と受入口座
相続手続依頼書には,被相続人,相続人,代理人,取得する証券及び預り金,移管先口座又は振込先口座等を記載する。
遺産分割協議書と相続手続依頼書で銘柄,口数,割合又は取得者が食い違わないように照合する必要がある。
大和証券の相続手続Q&Aは,証券を受け取る相続人が同社に口座を開設し,相続人名義の口座へ振り替えた後に売却する手順を案内している。
SMBC日興証券の必要書類案内及び楽天証券の相続手続案内も,取得者に口座がない場合の口座開設を案内している。
ただし,受入口座の条件及び他社への移管の可否は商品と証券会社によって異なるため,受付時に確認すべきである。
3 複数の相続人への配分と端数
複数の相続人が現物で証券を取得するときは,銘柄ごとの数量又は口数,移管先口座及び預り金の配分を一覧にする。
大和証券は,複数の相続人への振替が可能である一方,一部の商品は分割できない場合があると案内している。
投資信託の端数,単元未満株,外貨,未収配当,償還金,税金の還付金及び手続中の企業行動があると,遺産分割時に想定した数量と完了時の残高が一致しないことがある。
本記事では,誰がこれらを取得するかを遺産分割協議書又は相続手続依頼書で可能な範囲まで明確にし,残余財産の処理方法も証券会社へ確認するのが適切であると整理する。
第5 移管後の売却と完了確認
1 売却の時点と指示の記録
相続人名義への移管が完了するまで,被相続人名義の口座内で相続人が自由に売却できるとは限らない。
大和証券の前記Q&Aは,相続人名義の口座へ振り替えた後に売却する手順を案内している。
価格が変動する証券では,書類補正又は口座開設に時間を要すると売却価格も変わる。
弁護士が売却注文に関与する場合は,投資判断を代理人へ一任したものと曖昧に処理せず,相続人から銘柄,数量,成行・指値等の注文方法及び有効期間について具体的な指示を受け,証券会社が代理注文を受け付ける条件を確認する必要がある。
2 相続税評価額,取得費及び売却代金は別の金額である
証券手続では,①死亡日現在の残高,②相続税申告に用いる評価額,③譲渡所得計算で引き継ぐ取得費,④実際の売却代金を区別する必要がある。
国税庁の上場株式の評価は,相続税評価における上場株式の評価方法を示しているが,これは実際の売却価格そのものではない。
国税庁の取得費の取扱いによれば,相続によって取得した株式の取得費は原則として被相続人の取得費を引き継ぐ。
取得費資料が口座移管だけで自動的にそろうとは限らないため,取引報告書,顧客勘定元帳その他の記録の保存可能期間を早めに確認する必要がある。
相続税を納付した財産を一定期間内に譲渡した場合は,国税庁の相続財産を譲渡した場合の取得費の特例を検討することになる。
税務申告の要否及び計算は,証券会社の相続手続とは別に確認すべき事項である。
3 手続完了を示す資料
書類が返却されたこと又は証券会社から連絡が途絶えたことだけでは,移管完了の確認にならない。
SBI証券の相続手続の流れは,資産の整理後に代表相続人又は代理人へ手続完了案内書を送付すると案内している。
完了時には,①証券会社の完了通知,②被相続人口座の最終残高,③相続人口座への入庫記録,④預り金の入金記録,⑤売却した場合の取引報告書及び代金の入金記録を突き合わせるのが適切である。
相続開始後に生じた配当金,分配金,償還金又は還付金が後日入金される可能性があるときは,追加処理の連絡先及び終了時点も確認する。
第6 先に別問題を確認すべき場合
1 相続放棄又は限定承認を検討している場合
民法915条2項は,相続人が承認又は放棄をする前に相続財産を調査できると定めている。
他方,民法921条1号は,相続人が相続財産の全部又は一部を処分した場合を法定単純承認の事由とし,保存行為等を除外している。
したがって,相続債務,信用取引,未決済取引その他の負担が不明で,相続放棄又は限定承認を検討しているときは,口座調査及び残高確認と,証券の移管・売却とを区別し,処分に進む前に方針を決める必要がある。
2 NISA,外国証券及び非上場株式
被相続人のNISA口座にあった上場株式等は,NISAの非課税扱いをそのまま相続人のNISA口座へ引き継ぐことはできない。
詳しくは,相続したNISA口座の取扱いを参照されたい。
外国証券は証券保管振替機構の前記開示では口座開設先を把握できず,移管の可否,現地手続及び税務も国内上場株式と異なり得る。
米国株式については,米国株式の相続と米国連邦遺産税も参照されたい。
非上場株式は,証券会社の口座ではなく株主名簿上の名義書換が中心となる場合があり,評価資料も別に必要となる。
相続税評価については,相続における非上場株式の評価を参照されたい。
第7 弁護士へ依頼する際の確認事項
1 初回に整理する情報
相続人は,①被相続人の氏名,旧姓,生年月日,死亡日及び過去の住所,②判明している証券会社・支店・口座番号,③遺言書の有無,④相続人の範囲,⑤遺産分割の状況,⑥相続放棄又は限定承認の検討状況,⑦証券を現物で取得するか売却して代金を分けるか,⑧相続税申告の期限と担当者を弁護士へ伝えるとよい。
弁護士は,口座ごとに,①調査の受付番号,②残高証明の基準日,③取得根拠書類,④委任状,⑤所定書類,⑥受入口座,⑦原本返却,⑧補正事項,⑨移管日,⑩売却日及び完了資料を管理すると,複数の証券会社がある場合にも漏れを把握しやすい。
2 手続を止めて法的判断を先に行う場面
相続人間で取得者に争いがある場合,複数の遺言書がある場合,遺言の有効性に疑義がある場合,相続放棄等の選択が未了である場合又は代理人への売却指示が具体化していない場合は,書類が形式上そろっていても移管又は売却へ進むべきではない。
証券口座の相続手続は,戸籍を提出するだけの作業ではない。
口座の探索,相続開始時の残高,相続資格・取得根拠,代理権,受入口座,証券会社所定書類及び完了資料を順番に分けて確認することが,弁護士が代理する場合の基本となる。
出典・参考資料
1 法令・裁判例
①民法(e-Gov法令検索)898条,907条,915条及び921条(令和8年9月6日現在)
②最高裁平成26年2月25日第三小法廷判決,平成23年(受)第2250号共有物分割請求事件,民集68巻2号173頁
③最高裁平成26年12月12日第二小法廷判決,平成24年(受)第2675号相続預り金請求事件
2 制度運営機関及び職能団体の運用資料
①証券保管振替機構「登録済加入者情報の開示請求に係るお手続について(相続人又は相続人の代理人用)」令和8年8月版,1頁~6頁
②証券保管振替機構「登録済加入者情報の開示請求」(令和8年9月6日確認)
③日本証券業協会「証券会社や信託銀行等における株式等の口座について」(令和8年9月6日確認)
④日本証券業協会「2024年以降のNISAに関するQ&A」令和7年9月,43頁
⑤法務局「法定相続情報証明制度について」(令和8年9月6日確認)
3 証券会社の相続手続案内
①大和証券「相続手続Q&A」(令和8年9月6日確認)
②野村證券「相続のお手続き」(令和8年9月6日確認)
③SBI証券「相続手続の必要書類」及び「相続手続の流れ」(令和8年9月6日確認)
④SMBC日興証券「相続手続の必要書類」(令和8年9月6日確認)
⑤楽天証券「相続手続」及び「相続手続に必要な書類」(令和8年9月6日確認)
⑥三菱UFJモルガン・スタンレー証券「相続人代理人を選任される場合」及び「相続手続の必要書類」(令和8年9月6日確認)
4 国税庁の解説
①国税庁「上場株式の評価」タックスアンサーNo.4632,令和8年4月1日現在
②国税庁「相続や贈与によって取得した株式を売却した場合の取得費」タックスアンサーNo.1464,令和8年4月1日現在
③国税庁「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」タックスアンサーNo.3267,令和7年4月1日現在