第1 この記事が答える問い
日本の占領はいつ,どのような法的仕組みで終わったのか。
本記事は占領の終了という一点に限る。
平和条約の内容については,既に条ごとの記事があるのでそちらに委ねる。
第2 第12項は期限を定めていない
1 二つの条件を並立させた構造
第12項は次のとおりである。
“The occupying forces of the Allies shall be withdrawn from Japan as soon as these objectives have been accomplished and there has been established…a peacefully inclined and responsible government.”
「これらの目的が達成されること」と「平和的傾向を有する責任ある政府が樹立されること」という二つの条件を並立させた構造であり,暦日による期限の定めはない。
2 「これらの目的」が何を指すかは特定されていない
「これらの目的」が宣言のどの条項を指すのかについて,明示的に整理した資料は確認できなかった。
条文の構造上は第6項から第11項までの要求全体を指すと読むのが自然であるが,第8項を含むかどうかも含め,断定はできない。
第3 平和条約第6条との関係
1 条約は確定期限を置いた
日本国との平和条約第6条(a)は,占領軍が条約の効力発生後90日以内に撤退しなければならないと定める。
第12項の実体的な条件(期限なし)と,第6条の確定期限(90日)は構造が異なる。
2 両者を接続する明文はない
「第6条は第12項を履行する規定である」と明示する一次資料及び学説は,確認した範囲では見当たらなかった。
3 政府は「宣言全体の失効」という構成を採る
政府の見解(2015年6月5日付答弁書)は,ポツダム宣言を「平和条約により連合国との間で戦争状態が終結されるまでの間の占領管理の原則を示したもの」と位置付け,「同宣言の効力は,同条約が効力を発生すると同時に失われた」としている。
すなわち,第6条と第12項を個別に対応させるのではなく,宣言全体が条約発効により失効したという法的構成である。
宣言の現在の効力については「ポツダム宣言は現在も有効か」で扱っている。
第4 1952年4月28日に何が起きたか
1 占領終了の法的な導き方
占領の終了は,①平和条約第1条(a)(戦争状態の終了),②同条(b)(日本国民の完全な主権の承認),③第6条(a)(占領軍の撤収義務)の組合せにより,条約の構造上導かれる。
もっとも,これを明示的に述べた一次資料及び学説は確認できなかった。
本記事の整理である旨を明示する。
2 総司令部の廃止と指令の失効
条約の発効と同時に総司令部は廃止され,SCAPIN-1からSCAPIN-2204までの指令は効力を失った。
国内では,占領期の命令の効力をどう処理するかが問題となった。
この点は「日本国憲法外で法的効力を有していたポツダム命令」で扱っており,本記事では命令の一覧を作らない。
第5 駐留の継続は占領の継続ではない
平和条約第6条(a)の但書は,二国間の協定に基づく外国軍隊の駐留を妨げないとしている。
同日発効の旧日米安全保障条約が,これを受けて米軍の駐留を定めた。
占領軍としての地位は,降伏文書及び占領管理の文書を法的淵源とし,日本政府の統治権限を制限する優越的な地位であった。
これに対し,1952年4月28日以降の駐留は,主権を回復した日本政府が対等な条約の当事者として駐留を認める関係である。
両者は法的淵源も地位も異なる。
旧日米安保条約との関係は「サンフランシスコ平和条約と旧日米安保条約の違い」で扱っている。
第6 占領が終わらなかった地域
平和条約第3条の対象となった地域については,米国による施政権の行使が続いた。
詳細は「沖縄・奄美・小笠原はなぜ本土と異なる統治を受けたのか」で扱う。
第7 ドイツとの対比
西ドイツの占領の終結は1955年であり,日本より約3年遅い。
ドイツ全体を対象とする包括的な平和条約は,1990年まで存在しなかった。
第8 裁判例
いずれも裁判所ウェブサイトの裁判例検索で実在・書誌・判示を確認した。
①第12項に明示的に言及した裁判例として最高裁判所第三小法廷昭和28年12月25日判決(昭和26年(オ)第281号,集民11号677頁,懲戒免官取消請求事件)がある。
同判決は,理由中で,連合国軍の命令を遵守しないことはひいては占領状態から解放されない原因ともなるとして,括弧書きで「ポツダム宣言第十二項」を挙げている。
②第7項の「諸地点」の解釈に触れたものとして東京高等裁判所第二刑事部昭和28年7月17日判決(昭和27年(う)第2817号,高裁判例集6巻7号902頁,医師法違反被告事件)がある。
同判決は,第7項によって占領された日本国領域内の諸地点は依然として日本の領土である,と正面から判示している。
③平和条約第6条(a)但書を引用したものとして最高裁判所第二小法廷昭和38年12月25日決定(昭和37年(あ)第994号,集刑149号517頁)がある。
ただし,同決定の当該部分は,先行する大法廷判決の判示を要約して引用したものであり,同決定に固有の説示ではない。
この決定を「平和条約第6条(a)但書について判断した最高裁判例」として引用すると,射程を誤ることになる。
第9 出典・参考資料
①ポツダム宣言第12項(1945年7月26日)
②日本国との平和条約第1条・第3条・第6条(1952年4月28日発効)
③旧日米安全保障条約
④2015年6月5日付政府答弁書
⑤上記各裁判例。裁判所ウェブサイトの裁判例検索で確認した。
①https://www.courts.go.jp/hanrei/73658/detail2/index.html
②https://www.courts.go.jp/hanrei/21835/detail3/index.html
③https://www.courts.go.jp/hanrei/58767/detail2/index.html