第1 交通事故の慰謝料を受け取る時期の結論
1 最終的な慰謝料は示談成立後に受け取るのが基本である
本記事は,令和8年8月29日現在の法令及び公表資料に基づき,交通事故の慰謝料を含む人身損害賠償金の受取時期を整理するものである。
最終的な慰謝料は,通常,治療が終了し,又は症状固定となり,後遺障害の有無及び損害額を確認した後,加害者側との示談が成立してから支払われる。
慰謝料は示談金を構成する一項目であり,治療費,休業損害,逸失利益その他の損害と一緒に精算されることが多い。
したがって,「事故から何日後か」だけではなく,現在が治療中,後遺障害の認定手続中,示談交渉中又は署名書面の返送後のどの段階であるかを確認する必要がある。
2 治療中でも受け取れるお金がある
最終示談を待たなければ一切の支払を受けられないわけではない。
治療中でも,任意保険会社が医療機関へ治療費を支払う一括払,自賠責保険に対する被害者請求及び自賠責保険の仮渡金を利用できることがある。
もっとも,医療機関への支払は被害者本人の口座への入金ではなく,被害者請求及び仮渡金も最終示談金への単純な上乗せではない。
現在の段階ごとの主な支払経路は,次のとおりである。
| 現在の段階 | 主な支払経路 | 受取時期の考え方 |
|---|---|---|
| 治療中 | 任意保険会社の一括払 | 保険会社が医療機関へ治療費を直接支払うことがある |
| 治療中 | 自賠責の被害者請求 | 既に発生し,資料で立証できる傷害損害を請求する |
| 治療中 | 自賠責の仮渡金 | 傷害の程度に応じた固定額を当座の費用として請求する |
| 治療終了又は症状固定後 | 任意保険会社等との示談 | 損害額を確認し,合意した支払期限又は予定日に支払を受ける |
| 示談不成立 | ADR,調停又は訴訟 | 各手続で合意又は判断が成立した後に支払を受ける |
任意保険の一括払と自賠責請求の関係は,任意保険の示談代行とは|利用できない場合,一括払・直接請求権との関係で詳しく説明している。
本人に現金が必要である場合は,病院への支払と本人への入金を分けて確認すべきである。
第2 最終的な慰謝料が治療終了後になる理由
1 入通院慰謝料は治療経過を確認して計算する
国土交通省の「限度額と補償内容」によれば,自賠責保険の傷害慰謝料は,被害者の傷害の態様,実治療日数その他を勘案し,治療期間の範囲内で対象日数を定める。
治療中は治療期間及び実通院日数が増える可能性があるため,最終的な入通院慰謝料を確定しにくい。
また,民事上の最終損害額を検討するときは,自賠責保険の支払基準だけでなく,任意保険会社の提示内容又は裁判実務上の基準を区別する必要がある。
慰謝料の種類と算定基準の違いは,交通事故の慰謝料の種類と三つの算定基準――入通院・後遺障害・死亡の早見表,示談金との違い及び計算例で整理している。
2 後遺障害慰謝料は症状固定後の認定が前提となる
治療を続けても症状の改善が期待しにくい状態となり,症状が残った場合には,後遺障害等級の認定手続を検討することになる。
後遺障害慰謝料及び逸失利益は,後遺障害の有無及び等級によって変わるため,通常は認定結果を確認してから最終示談を行う。
ただし,いつ症状固定とするか,どの資料を提出するか,どの等級に該当するかは,傷病及び治療経過により異なる。
治療費の支払終了を保険会社から伝えられた日が,当然に医学的・法的な症状固定日になるわけではない。
3 治療中の全面示談には清算条項の問題がある
民法695条は,和解を,当事者が互いに譲歩して争いをやめることを約する契約と定めている。
示談書又は免責証書に,その事故について今後互いに請求しない旨の清算条項が入っていると,示談後に新たな請求をすることは原則として難しくなる。
そのため,治療中に当座の費用が必要である場合は,最終示談を急ぐ前に,一括払,自賠責被害者請求又は仮渡金を利用できないかを検討する必要がある。
将来治療費又は後遺障害に関する請求を留保する場合は,何を最終解決し,何を残すかを合意書上で特定しなければならない。
第3 治療中に利用できる自賠責の被害者請求
1 総損害額が確定する前でも請求できる
自動車損害賠償保障法16条1項は,被害者が,加害車両の自賠責保険会社に対し,保険金額の限度で損害賠償額を請求できると定めている。
この請求は,加害者側を経由せず,被害者が自賠責保険会社に対して行うため,被害者請求と呼ばれる。
国土交通省の「支払までの流れと請求方法」は,総損害額が確定する前でも,被害者が医療機関へ治療費等を支払った都度,限度額の範囲内で何度でも請求できると説明している。
したがって,治療終了まで待たず,既に発生した治療費,休業損害その他の傷害損害を,必要資料によって立証して請求できる。
2 傷害の支払限度額120万円は慰謝料だけの枠ではない
自賠責保険の傷害による損害は,治療関係費,文書料,休業損害及び慰謝料等から成り,被害者1人当たりの支払限度額は合計120万円である。
120万円は慰謝料だけの枠ではなく,治療費及び休業損害等を合わせた傷害損害全体の枠である。
任意保険会社が治療費を病院へ支払っている場合又は加害者から一部の支払を受けている場合は,既払額と自賠責の残枠を確認する必要がある。
治療中の被害者請求による支払額に自賠責の算定上の傷害慰謝料が含まれることはあるが,「慰謝料だけを先に全額受け取る制度」と理解するのは正確でない。
3 請求から支払までには損害調査がある
被害者請求では,自賠責保険会社へ請求書類を提出した後,保険会社が損害保険料率算出機構へ損害調査を依頼する。
同機構は,事故状況,自賠責保険の対象となる事故か,受傷との因果関係及び発生した損害額等を調査し,その結果を保険会社へ報告する。
保険会社は調査結果に基づいて支払額を決定し,請求者へ支払う。
自賠法16条の9は,事故及び損害賠償額の確認に必要な期間が経過するまでは,保険会社が遅滞の責任を負わないと定めているため,被害者請求から入金までの一律の法定日数を示すことはできない。
4 必要書類と既払額を先に確認する
国土交通省の案内には,請求書,交通事故証明書,事故発生状況報告書,診断書,診療報酬明細書,通院交通費明細書及び休業損害証明書等が掲げられている。
もっとも,必要書類は事故及び請求区分によって異なり,書類不足,事故態様の争い,受傷との因果関係の調査又は医療照会があれば,支払までの期間が延びることがある。
請求前には,自賠責保険会社へ,①今回請求する損害項目,②必要書類と不足書類,③調査予定,④過去の請求額及び⑤傷害限度額の残額を確認するとよい。
同じ費目について既に支払を受けている場合は,重複請求にならないよう既払金を一覧化する必要がある。
第4 当座の費用を受け取る仮渡金
1 仮渡金は自賠責の前払制度である
自賠法17条1項は,被害者が,自賠責保険会社に対し,損害賠償額の支払のための仮渡金を請求できると定めている。
仮渡金は,治療費,生活費又は葬儀費等の当座の出費に充てるため,最終損害額が確定する前に一定額を受け取る制度である。
同条2項は,請求があったときは保険会社が「遅滞なく」支払わなければならないと定める。
もっとも,「遅滞なく」は具体的な営業日数を定めた表現ではないため,診断書その他の必要書類を提出した上で,個別の処理状況を確認する必要がある。
2 傷害の仮渡金は5万円・20万円・40万円である
自動車損害賠償保障法施行令5条が定める仮渡金の金額と傷害区分の主な例は,次のとおりである。
正確な該当性は,診断書の傷病名,入院の有無及び医師が見込む治療期間に基づいて確認する必要がある。
| 区分 | 金額 | 施行令上の主な例 |
|---|---|---|
| 死亡 | 290万円 | 死亡した場合 |
| 重い傷害 | 40万円 | 大腿又は下腿の骨折,14日以上の入院かつ30日以上の治療を要する傷害等 |
| 中程度の傷害 | 20万円 | 脊柱,上腕又は前腕の骨折,14日以上の入院を要する傷害等 |
| その他の対象傷害 | 5万円 | 上記以外で11日以上医師の治療を要する傷害 |
傷病名が表の例に似ているだけで,仮渡金の区分が自動的に決まるわけではない。
請求時は,自賠責保険会社から所定の請求書と必要書類の案内を取り寄せ,医師の診断内容と施行令の要件を照合すべきである。
3 被害者請求との違いと最終精算
被害者請求は,既に発生した損害を資料で立証し,自賠責の支払基準によって算定した額を請求する手続である。
これに対し,仮渡金は,最終損害額の確定前に,施行令所定の固定額を当座の費用として請求する手続である。
仮渡金は最終賠償額への追加給付ではなく,その後の自賠責支払で精算される。
また,自賠法17条3項により,仮渡金が最終的に支払うべき損害賠償額を超えたときは,保険会社から超過額の返還を求められることがある。
第5 示談成立後の支払時期
1 何をもって示談成立と扱うかを確認する
交通事故の示談は口頭でも成立し得るが,金額,支払条件及び清算範囲を明らかにするため,通常は示談書,免責証書又は承諾書を取り交わす。
保険会社とのやり取りでは,電話又は電子メールで金額に合意した日と,被害者が署名した書面を保険会社が受領して支払処理を始める日が異なることがある。
日本損害保険協会の示談手続の説明も,治療,示談案の検討,示談成立及び指定口座への振込という順序を示している。
「合意してから何日か」を尋ねるだけでなく,保険会社が何をもって支払処理開始と扱うかを確認すべきである。
2 1週間から2週間は法定の一律期限ではない
示談成立後1週間から2週間程度という説明を見かけることはあるが,すべての交通事故についてその期間内の入金を保証する法令はない。
金融庁の「保険金の支払時期」は,一般の自動車保険について約款上30日以内とすることが多いと説明する一方,保険会社又は商品によって日数が異なり,事実確認に特に日数を要すると支払時期が延長される場合もあるとしている。
この金融庁の説明も,個々の被害者との示談金について一律に30日以内の入金を保証するものではない。
実際の支払時期は,示談書等の支払期限,適用される約款,署名書面その他の必要書類の到達状況及び追加確認の有無によって確認する必要がある。
3 署名前に支払条件を確認する
日本損害保険協会の損害保険Q&Aは,示談書に支払金額及び支払方法等を記載する必要があると説明している。
示談書又は免責証書に署名する前に,少なくとも次の事項を確認すべきである。
① 支払総額及び既払金控除後の最終振込額
② 支払期限又は振込予定日
③ 一括払又は分割払の別
④ 振込先口座
⑤ 支払処理の開始に必要な書類
⑥ 清算条項の範囲
⑦ 後遺障害又は将来治療費を留保する特約の有無
示談案の各損害項目,既払金,過失割合及び清算条項の確認方法は,保険会社から届いた交通事故の示談案の見方で整理している。
合意前に同記事の計算手順と清算条項を確認し,最終振込額と支払期限を示談書上で特定するとよい。
4 予定日を過ぎても入金されない場合
予定日を過ぎた場合は,担当者に,①署名書面の受領日,②支払処理の現在位置,③不足書類,④遅延理由及び⑤新しい振込予定日を確認する。
電話だけでなく,電子メールその他の記録に残る方法で回答を求めると,確認内容を後から照合しやすい。
支払期限が書面で定められているのに入金がなく,合理的な説明もされない場合は,書面による催告,そんぽADRセンター,日弁連交通事故相談センターその他の相談機関又は法的手続を検討することになる。
どの手段が適切かは,合意書の内容,遅延理由及び請求額によって異なる。
第6 慰謝料請求と自賠責被害者請求の時効
1 加害者に対する人身損害賠償請求権
民法724条及び724条の2により,人の生命又は身体を害する不法行為の損害賠償請求権は,被害者又は法定代理人が損害及び加害者を知った時から5年間行使しないときに時効によって消滅する。
また,不法行為の時から20年間行使しないときも時効によって消滅する。
もっとも,令和2年4月1日より前の事故には旧法及び経過措置が関係するため,古い事故の時効期間を現行法だけで判断してはならない。
損害を知った時,後遺障害に関する起算点及び完成猶予・更新の有無も個別に確認する必要がある。
2 自賠責の被害者請求権及び仮渡金請求権
自賠法19条は,自賠法16条1項の被害者請求権及び17条1項の仮渡金請求権について,被害者又は法定代理人が損害及び保有者を知った時から3年で時効消滅すると定めている。
これに対し,国土交通省の実務案内は,請求区分ごとの期限を次のとおり整理している。
| 請求区分 | 国土交通省の案内上の起算点 | 期限 |
|---|---|---|
| 傷害 | 事故発生 | 事故発生の翌日から3年以内 |
| 後遺障害 | 症状固定 | 症状固定日の翌日から3年以内 |
| 死亡 | 死亡 | 死亡日の翌日から3年以内 |
法令の「損害及び保有者を知った時」という文言と,国土交通省の請求区分別の案内を区別した上で,事故日,症状固定日又は死亡日を確認する必要がある。
個別事案の時効完成日は,事故の時期,請求の内容及び完成猶予・更新に関する事実によって変わる。
3 二つの時効を別々に管理する
加害者に対する損害賠償請求権と,自賠責保険会社に対する被害者請求権は別の権利であり,時効期間及び起算点も同じとは限らない。
保険会社との話合いが続いているという理由だけで,すべての請求権について時効の完成が当然に止まると考えるべきではない。
時効が近い場合は,どの相手に対するどの権利について,どの完成猶予又は更新措置を取るかを個別に確認する必要がある。
消滅時効の経過措置,完成猶予及び更新の詳細は,消滅時効に関するメモ書き――起算点,完成猶予・更新,経過措置で整理している。
第7 受取時期を確認するチェックリスト
1 治療中の場合
治療中は,最終示談を急ぐ前に,現在の支払経路と当座の資金確保を確認する。
次の項目を一枚にまとめると,被害者請求又は仮渡金を利用できるかを判断しやすい。
① 任意保険会社が医療機関へ治療費を直接支払っているか
② 休業損害その他の既発生損害について内払の相談ができるか
③ 自賠責被害者請求に必要な書類がそろっているか
④ 仮渡金の傷害区分に該当するか
⑤ 自賠責の既払額及び傷害限度額の残額はいくらか
⑥ 加害者への請求権と自賠責請求権の各期限はいつか
2 治療終了又は症状固定後の場合
治療終了又は症状固定後は,最終慰謝料を含む損害項目を確定するための資料をそろえる。
特に,後遺障害の申請前に示談を終えてよいかを確認する必要がある。
① 入通院期間及び実通院日数が確定しているか
② 後遺障害の有無及び等級を確認したか
③ 治療費,通院交通費,休業損害,慰謝料及び逸失利益の資料がそろっているか
④ 自賠責,任意保険その他の既払金を一覧化したか
⑤ 示談案の各費目と過失相殺後の金額を再計算したか
3 示談合意後の場合
示談合意後は,保険会社の支払処理が始まる条件と,実際の着金額を確認する。
予定日を過ぎたときにすぐ照会できるよう,次の事項を記録しておくとよい。
① 保険会社が署名済み書面を受領した日
② 支払期限又は振込予定日
③ 既払金控除後の最終振込額
④ 振込先口座
⑤ 不足書類又は追加確認の有無
⑥ 予定日を過ぎた場合の問い合わせ先
第8 関連記事
① 交通事故の慰謝料の種類と三つの算定基準――入通院・後遺障害・死亡の早見表,示談金との違い及び計算例
② 保険会社から届いた交通事故の示談案の見方
③ 任意保険の示談代行とは|利用できない場合,一括払・直接請求権との関係
④ 自賠責保険の支払基準――令和2年4月1日以降の交通事故に適用される告示の全文,別表及び改正経緯
⑤ 消滅時効に関するメモ書き――起算点,完成猶予・更新,経過措置
第9 出典・参考資料
1 法令
① 自動車損害賠償保障法(昭和30年法律第97号)16条,16条の3,16条の9,17条及び19条(e-Gov法令検索,令和8年8月29日確認)
② 自動車損害賠償保障法施行令(昭和30年政令第286号)5条(e-Gov法令検索,令和8年8月29日確認)
③ 民法(明治29年法律第89号)695条,696条,724条及び724条の2(e-Gov法令検索,令和8年8月29日確認)
2 法令に基づく所管行政機関の制度・手続資料
① 国土交通省「支払までの流れと請求方法」(被害者請求,請求期限,仮渡金,必要書類及び損害調査の流れ,令和8年8月29日閲覧)
② 国土交通省「限度額と補償内容」(傷害による損害の限度額・損害項目及び慰謝料の支払基準,令和8年8月29日閲覧)
3 監督行政機関・制度運用機関の説明
① 金融庁「金融サービス利用者相談室・保険金の支払時期」(自動車保険の約款上の支払時期及び事実確認に日数を要する場合,公表日表示なし,令和8年8月29日閲覧)
② 損害保険料率算出機構「自賠責保険(共済)損害調査のしくみ2025」5頁~6頁(PDFビューア6頁~7頁,被害者請求,仮渡金,請求期限及び提出書類)
4 職能・業界団体の説明及び実務資料
① 公益財団法人日弁連交通事故相談センター「よくある質問」(人身事故の示談時期及び示談の効力,令和8年8月29日閲覧)
② 一般社団法人日本損害保険協会「交通事故の示談の流れは?」(治療から示談成立・振込までの流れ,令和8年8月29日閲覧)
③ 一般社団法人日本損害保険協会「損害保険Q&A・問32」(示談書に記載する支払金額・支払方法等,令和8年8月29日閲覧)
④ 公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準 上巻(基準編)2026(令和8年)』454頁,483頁~484頁(PDFビューア463頁,491頁~492頁)