第1 結論
日本法上,死後のパブリシティ権が当然に相続され,遺言によって自由に承継先を指定できると確定しているわけではない。
大阪高裁平成29年11月16日判決(平成29年(ネ)第1147号・判時2409号99頁。Ritmix事件)は,パブリシティ権は一身に専属し,譲渡又は相続の対象とならないと述べたが,本人死亡後の利用が直接争われた事案ではない。
他方,譲渡性を一律に否定することは困難であるとした裁判例や,譲渡を受けた会社への損害帰属を認めた裁判例もある。
法務省が令和8年8月7日に公表した検討会報告書も,譲渡性及び相続性について一致した見解を導くことは困難であり,承継される権利の内容,保護期間及び請求権者を解釈だけで定めることには困難があるとしている。
したがって,遺言書に「パブリシティ権を相続させる」と記載するだけで,第三者に対する排他的権利が確実に発生するとはいえない。
もっとも,①著作権,商標権,原盤その他の財産権,②利用許諾料等の金銭債権,③利用許諾契約又は管理契約上の地位,④生前の侵害により発生済みの損害賠償請求権は,パブリシティ権そのものとは分けて,相続及び遺言の対象となるかを検討できる。
生成AIで故人の声又は肖像を利用する場合は,「本人の意思」だけでなく,「どの権利を誰が持つか」及び「契約が当該利用をどこまで許すか」を別々に確認する必要がある。
第2 パブリシティ権の法的性質と相続性
1 最高裁判決による位置付け
最高裁平成24年2月2日第一小法廷判決(平成21年(受)第2056号・民集66巻2号89頁。ピンク・レディー事件)は,パブリシティ権を,肖像等の顧客吸引力を排他的に利用する権利であり,肖像等それ自体の商業的価値に基づく人格権由来の権利の一内容と位置付けた。
同判決は,肖像等を独立した鑑賞商品として使用する場合,商品等の差別化のために付す場合又は広告として使用する場合など,専ら顧客吸引力の利用を目的とする無断使用を不法行為法上違法としたが,譲渡性,相続性又は死後の存続期間は判断していない。
パブリシティ権の一般的な成立要件については,「パブリシティ権の要件と裁判例」で整理している。
2 相続性を否定する裁判例
Ritmix事件は,パブリシティ権について,人格権に由来する権利の一内容であり,一身に専属して譲渡又は相続の対象とならないと述べた。
同時に,同判決は,肖像等の商業的価値を利用する契約まで不合理とはいえないとして利用許諾契約の有効性を認め,現実に市場を独占していた独占的利用許諾先について,警告後も無断利用が継続したことによる固有の損害を認めた。
もっとも,Ritmix事件で直接問題となったのは,外国人マスタートレーナーの画像利用と独占的利用許諾先の損害であり,本人死亡後の相続人による権利行使ではなかった。
そのため,同判決は重要な否定方向の資料であるが,死後のパブリシティ権に関する最高裁判例ではない。
3 譲渡性に関する反対方向の裁判例
東京地裁令和4年12月8日判決(令和3年(ワ)第13043号・判タ1510号229頁。愛内里菜事件)は,パブリシティ権が財産的利益に着目して認められていることから,第三者への帰属を一律に否定することは困難であるとした。
ただし,契約終了後も無期限に芸名に係る権利を事務所へ帰属させる条項について,事務所の保護の必要性,本人の不利益及び代償措置を考慮し,公序良俗に反して無効とした。
知財高裁令和4年12月26日判決(令和4年(ネ)第10059号。FEST VAINQUEURグループ事件)は,これと異なり,パブリシティ権は人格権に基づく権利であって会社に譲渡できるとは考え難いと述べた。
また,知財高裁令和7年8月28日判決(令和6年(ネ)第10085号。Rちゃん事件)は,マネジメント会社が本人からパブリシティ権の譲渡を受けたとの前提事実及び弁論の全趣旨に基づき,同社への損害を認めた。
以上の裁判例は譲渡性について方向が分かれており,相続性を直接判断したものでもない。
譲渡を認めることと相続を認めることは同じ問題ではないため,譲渡性肯定例だけから死後の相続性を肯定することもできない。
4 法務省報告書の到達点
「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会取りまとめ報告書」45頁~49頁は,裁判例及び学説の対立を整理した上で,パブリシティ権の譲渡性及び相続性について,現時点で一致した見解を導き出すことは困難であり,裁判例等の動向を踏まえて引き続き検討するのが相当であるとした。
相続性を肯定する見解にも,故人の明示的又は推定的意思による制約,一定の保護期間及び請求権者の範囲等の課題が残る。
同報告書は現行法及び判例法理を整理した解釈指針であり,法律又は拘束的な裁判例ではない。
したがって,報告書が肯定説と否定説を紹介したことをもって,日本法が死後のパブリシティ権を創設したと理解してはならない。
第3 遺言に書けば承継できるか
1 民法896条及び964条
民法896条は,相続人が被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すると定める一方,被相続人の一身に専属したものを除外している。
民法964条は,遺言者が包括又は特定の名義で財産の全部又は一部を処分できると定めている。
このため,ある利益が被相続人の財産に属する権利であることが前提となり,一身専属の利益は,遺言に記載しただけで譲渡可能な財産権へ変わるものではない。
死後のパブリシティ権の存在及び相続性自体が未確定である以上,遺言による指定の対第三者効も未確定である。
2 遺言で分けて記載すべき事項
遺言又は遺言と併せて作成する財産目録では,「パブリシティ権」という一語でまとめず,少なくとも次の対象を分けて特定することが望ましい。
①登録商標及び商標出願に関する権利
②写真,映像,録音,台本,楽曲その他の著作権又は著作隣接権
③原盤,マスターデータ,アカウント,ドメインその他の資産
④利用許諾料,出演料その他の金銭債権
⑤利用許諾契約,管理契約及び信託等の契約上の地位
⑥氏名,芸名,肖像又は声の死後利用に関する本人の希望
⑥の本人の希望は,遺言解釈,契約解釈,遺族の判断又は社会的相当性の評価に影響し得る。
しかし,その希望だけで,法定されていない排他的権利,存続期間及び請求権者を創設できるとは限らない。
3 生前契約の確認
本人が生前に肖像又は声の利用を許諾していた場合でも,死後の生成AI利用まで含むかは契約解釈の問題となる。
少なくとも,①利用対象となる声・肖像・実演,②学習・生成・編集・公表の各行為,③媒体及び利用目的,④期間及び地域,⑤独占性及び再許諾,⑥本人死亡時の終了又は存続,⑦対価,⑧死後の承認者及び権利行使主体を確認する必要がある。
パブリシティ権を永久に譲渡するとの文言が無効又は限定的に解釈されても,合理的な範囲の独占的利用許諾として効力を有する可能性はある。
反対に,生前の包括的な「AI利用」同意だけから,故人が実際には行っていない実演を本人の行為のように見せるデジタルレプリカまで当然に許諾されたと断定することもできない。
第4 故人の声・肖像を生成AIで利用する場合
1 声も検討対象となること
法務省報告書9頁は,声が人物識別情報であり,個人の人格の象徴であることから,最高裁判決のいう「氏名,肖像等」の「等」に含まれ,パブリシティ権の保護対象となることについて検討会に異論がなかったとしている。
これは法務省報告書による現行法の整理であり,最高裁判決が声を明示的に判示したものではない。
声・肖像のAI利用一般については,「AIによる声・肖像の無断模倣」で整理している。
2 学習と生成物の利用を分けること
生成AIの利用では,①素材を収集して学習又は入力する段階,②声又は肖像に似た生成物を作成する段階,③生成物を公表,広告又は販売に利用する段階を分ける必要がある。
パブリシティ権侵害の中心となるのは,識別可能な本人の声又は肖像等を,専らその顧客吸引力の利用を目的として無断使用したかという出力・利用段階の評価であり,学習の適法性は著作権,契約,営業秘密及び個人情報等の別の問題を含む。
3 法務省報告書の生成AI設例
法務省報告書128頁~130頁の想定事例6は,生成AIにより故人である俳優によく似た者が演技する動画を作り,SNSで収益を得る事例を扱っている。
報告書は,相続性否定説によれば本人死亡によりパブリシティ権が消滅するため侵害は問題とならず,相続性肯定説によれば相続人が損害賠償請求権及び差止請求権を行使し得るとしており,結論を一つに確定していない。
同報告書132頁~134頁の想定事例7は,生成AIで故人の顔と他人の裸体を合成した画像を公開する事例を扱っている。
報告書は,故人自身の肖像権は死亡とともに消滅して相続されないとする一方,公開時期,故人と遺族との関係,利用目的,態様,必要性,故人の地位及び活動内容等を総合し,遺族固有の敬愛追慕の情を社会生活上受忍の限度を超えて侵害する場合には,慰謝料請求や削除請求が認められる余地があるとしている。
第5 死後にも別に問題となる権利
1 生前に発生した損害賠償請求権
本人の生前にパブリシティ権又は肖像権の侵害行為が行われ,不法行為に基づく損害賠償請求権が既に発生していた場合は,本人死亡後に初めて無断利用された場合とは異なる。
法務省報告書128頁の注229及び132頁の注231は,生前に発生した損害賠償請求権を相続人が承継できるとしている。
2 遺族固有の敬愛追慕の情
故人自身の肖像権の相続と,遺族自身の敬愛追慕の情の侵害は別の法的構成である。
遺族は故人の権利を代わりに行使するのではなく,故人の肖像等の利用によって自らの人格的利益が侵害されたことを主張するため,請求できる者,違法性の程度,損害及び差止めの要件も個別に検討される。
3 不正競争防止法
不正競争防止法2条1項1号及び2号は,周知の商品等表示と混同を生じさせる行為及び著名な商品等表示の冒用を不正競争としている。
故人の氏名,肖像又は声が,プロダクション,遺族等を中心とする商品化事業の商品等表示となっている場合には,パブリシティ権の相続性とは別に,同法による差止め又は損害賠償が問題となり得る。
もっとも,単に故人が有名であるだけでは足りず,商品等表示としての使用,周知性又は著名性,1号では混同等の要件が必要である。
4 著作権及び実演家人格権
著作権法は,著作権等の財産権とは別に,60条及び101条の3で著作者又は実演家の死後の人格的利益を保護し,116条で一定の遺族に差止め等の請求を認めている。
これは明文の特則であり,パブリシティ権が相続されることの根拠そのものではない。
故人の声を再現した生成物についても,既存の録音又は実演を複製・改変したのか,声質又は話し方を模倣して新たに生成したのかで,著作権及び著作隣接権の問題は異なる。
第6 外国法との違い
1 カリフォルニア州及びニューヨーク州
カリフォルニア州民法3344.1条は,死後の権利を財産権として譲渡又は遺言等によって承継できるものとし,死後70年間の保護,登録及び一定のデジタルレプリカ利用を定めている。
ニューヨーク州Civil Rights Law 50-f条も,財産権としての譲渡又は遺言等による承継,死後40年間の保護,登録及び故人である実演家のデジタルレプリカに関する規定を置いている。
これらの州法は,権利の性質,承継方法,存続期間及び例外を明文化している点で日本法と異なる。
適用には死亡時の住所又は行為地等の要件があるため,外国で著名な故人を日本から利用する場合も,どの法が適用されるかを個別に確認する必要がある。
第7 実務上の三層チェック
1 本人意思の層
①生前の許諾又は拒否意思があるか
②遺言,エンディングノート,契約又は事務所規程のどこに記録されているか
③想定される生成AI利用の媒体,目的,内容及び期間まで具体化されているか
2 権利主体の層
①本人死亡後の新たなパブリシティ権侵害を誰が主張するのか
②生前に発生した損害賠償請求権を誰が相続したのか
③著作権,商標権,原盤又は契約上の地位を誰が有するのか
④遺族固有の敬愛追慕の情又は事業者の営業上の利益が問題となるか
3 利用範囲の層
①声又は肖像から本人を識別できるか
②生成物は本人が実際に出演又は実演したとの誤認を生じさせるか
③広告,商品化,報道,批評,伝記又は創作のいずれの文脈か
④既存素材の複製・改変か,新規生成か
⑤契約上,学習,生成,編集,公表,再許諾及び死後利用の各行為が許されているか
この三層を分ければ,「遺族の同意があれば全て適法である」又は「遺言がなければ全て自由に使える」といった誤った二者択一を避けることができる。
第8 出典
①最高裁平成24年2月2日第一小法廷判決(平成21年(受)第2056号・民集66巻2号89頁) PDF3頁~6頁
②大阪高裁平成29年11月16日判決(平成29年(ネ)第1147号・判時2409号99頁) PDF6頁~12頁
③東京地裁令和4年12月8日判決(令和3年(ワ)第13043号・判タ1510号229頁) PDF17頁~20頁
④知財高裁令和4年12月26日判決(令和4年(ネ)第10059号) PDF30頁~31頁
⑤知財高裁令和7年8月28日判決(令和6年(ネ)第10085号) PDF1頁~3頁及び8頁~11頁
⑥法務省「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会取りまとめ報告書―生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針―」 令和8年8月,7頁~11頁,45頁~49頁,61頁~65頁及び128頁~134頁
⑦e-Gov法令検索「民法」 896条及び964条
⑧e-Gov法令検索「著作権法」 60条,101条の3及び116条
⑨e-Gov法令検索「不正競争防止法」 2条1項1号・2号,3条及び4条
⑩California Civil Code § 3344.1
⑪New York Civil Rights Law § 50-f
⑫日本弁護士連合会「第24回弁護士業務改革シンポジウム第7分科会配布資料」 資料1-1,資料1-3及び資料1-4