法定養育費は,令和8年4月1日以後に養育費を取り決めずに離婚した場合に,離婚時から子を主として監護する親が他方の親へ請求できる暫定的・補充的な養育費である。
金額は原則として子1人当たり月額2万円であり,本来の養育費の標準額又は最低額を意味しない。
第1 法定養育費は取決めまでの暫定的な養育費である
法定養育費は,養育費の取決めがない期間の空白を埋めるため,民法766条の3によって発生する請求権である。
養育費の合意又は家庭裁判所の審判が整うまでの当面の生活費を確保する役割を持つ。
法定養育費は,父母の収入や子の事情を踏まえて定める本来の養育費の標準額でも最低額でもない。
父母は,法定養育費の請求とは別に,協議,調停又は審判によって適正な養育費を定める必要がある。
第2 請求できるための要件
1 養育費の取決めがないこと
法定養育費は,父母が子の監護に要する費用の分担について定めないまま離婚した場合に問題となる。
離婚時に養育費の合意がある場合は,その合意に基づく養育費を請求することになり,法定養育費は発生しない。
取決めを文書にしていないだけで,口頭の合意が存在する場合に直ちに「取決めがない」とはいえない。
法定養育費を請求する前に,離婚時の協議内容,離婚届に伴って作成した書面,メールその他の記録を確認する必要がある。
2 離婚時から引き続き子を主として監護していること
請求できるのは,父母の一方であって,離婚時から引き続き未成年の子の監護を主として行っている者である。
単に親権者として指定されたかだけでなく,現実に誰が子を主として監護しているかが問題となる。
監護状況に争いがある場合は,同居状況,通学・通園,日常の世話,生活費の負担その他の具体的事情を整理する必要がある。
離婚後に監護者が変わった場合など,継続して主たる監護をしているといえるかが明確でない事案では,個別の検討を要する。
3 離婚等が令和8年4月1日以後であること
法定養育費は,令和8年4月1日より前の離婚には適用されない。
婚姻の取消し,裁判上の離婚及び認知にも民法766条の3が準用されるが,改正法附則3条2項により,いずれも施行日前に行われた場合には法定養育費は発生しない。
第3 金額は子1人当たり月額2万円である
1 子の数を乗じて計算する
法定養育費の額は,月額2万円に,離婚時から引き続き主として監護する未成年の子の数を乗じて計算する。
対象となる子が2人であれば月額4万円,3人であれば月額6万円である。
この金額は父母の収入に応じて作られた養育費算定表の金額ではない。
算定表による標準額と法定養育費の違いは,養育費算定表の見方,計算方法及び法定養育費との違い(AI作成)で説明している。
2 離婚月及び終了月は日割りとなる
法定養育費は毎月末に支払うものとされる。
離婚等の日が月の初日でない場合は,その月の初日から離婚等の日の前日までの日数に応じた額を控除する。
養育費の取決めが成立するなどして月の途中で請求期間が終わる場合も,終了日の翌日から月末までの日数に応じた額を控除する。
1日当たりの額は,月額をその月の日数で除して算定する。
実際の請求では,離婚日,終了事由が生じた日及び各月の日数を特定して計算する必要がある。
第4 いつからいつまで請求できるか
1 離婚の日から請求できる
法定養育費は,離婚の日から請求できる。
通常の養育費の過去分について実務上問題となる請求の始期とは制度が異なるため,区別が必要である。
通常の養育費の始期と法定養育費との関係は,養育費はいつから請求できるか―離婚後の過去分・法定養育費・調停申立ての始期(AI作成)で説明している。
2 三つのうち最も早い日に終了する
法定養育費を請求できる期間は,次の三つのうち最も早い日に終了する。
① 父母が協議によって養育費の分担を定めた日
② 養育費の分担について家庭裁判所の審判が確定した日
③ 子が成年に達した日
法定養育費は,適正な養育費が決まるまでの空白を埋める制度である。
月額2万円を長期間の最終的な養育費として固定する趣旨ではない。
第5 支払能力がない場合と家庭裁判所による調整
1 義務者が支払を拒める場合
義務者が支払能力を欠くために支払えないこと,又は支払によって生活が著しく窮迫することを証明した場合は,法定養育費の全部又は一部の支払を拒むことができる(民法766条の3第1項ただし書)。
条文上,これらの事情を証明する責任は義務者側にある。
収入が低いという事情だけで当然に全額の支払を免れるわけではない。
収入,資産,最低限の生活費,扶養すべき家族,疾病その他の事情を具体的な資料によって検討する必要がある。
2 後の養育費手続で免除又は猶予があり得る
家庭裁判所が養育費を定め又は変更する際は,義務者の支払能力を考慮し,既に発生した法定養育費債務の全部若しくは一部の免除,支払猶予その他相当な処分を命ずることができる(同条3項)。
法定養育費を請求する側も,後の調停又は審判で調整される可能性を見込んで未払額と資料を整理すべきである。
第6 請求と回収の進め方
1 本来の養育費の取決めを並行して進める
法定養育費は暫定的な制度であるから,請求書を送るだけで終わらせず,本来の養育費について協議することが重要である。
協議がまとまらない場合は,家庭裁判所の養育費請求調停を利用でき,調停が不成立となれば原則として審判へ移行する。
相手方の年収が分からない場合の資料収集及び裁判所での確認方法は,養育費で相手の年収が分からない場合―収入資料・収入推計・裁判所での確認方法(AI作成)で説明している。
2 未払の場合は先取特権による担保権実行を検討する
法定養育費にも子の監護費用の先取特権が及ぶため,未払となった場合は,債務名義がなくても担保権実行として差押えを申し立てることができる。
もっとも,裁判所へ法定養育費の発生と未払を証明する資料を提出する必要があり,執行裁判所は必要があると認めるときは差押命令を発する前に債務者を審尋できる(民事執行法193条3項)。
先取特権に基づく差押えの対象,上限及び必要資料は,養育費債権の先取特権とは―対象範囲,子1人当たり月額8万円の上限及び差押え(AI作成)で説明している。
履行勧告,給与差押え及びワンストップ執行を含む回収手段全体は,養育費を払わない場合の回収方法―履行勧告・給与差押え・先取特権・ワンストップ執行(AI作成)を参照されたい。
第7 確認すべき資料
法定養育費の請求又は回収を検討するときは,少なくとも次の資料を確認する必要がある。
① 離婚等の日及び父母・子の身分関係を示す戸籍等
② 養育費の取決めがないことを確認するための離婚時の書面,メールその他の記録
③ 離婚時から現在まで主として監護している事実を示す資料
④ 対象となる子の人数と成年到達日を確認できる資料
⑤ 各月の請求額,支払期日,入金額及び未払残高を整理した表
⑥ 義務者が支払能力の欠如等を主張する場合の収入・資産・生活状況に関する資料
第8 出典
① e-Gov法令検索・民法(749条,766条の3,771条及び788条)
② e-Gov法令検索・民事執行法(193条3項)
③ e-Gov法令検索・民法第308条の2の規定による子の監護費用の先取特権に係る額の算定等に関する省令(2条)
④ 衆議院・民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)(附則1条から3条まで)
⑤ 裁判所・養育費請求調停
⑥ 裁判所・養育費に基づく差押え