第1 自筆証書遺言書保管制度の対象及び最大のメリット
1 本記事の対象及び結論
本記事は,民法968条の自筆証書遺言を対象として,法務局(遺言書保管所)にこれを保管させる自筆証書遺言書保管制度を,令和8年8月29日現在の法令に基づいて説明する。
結論として,この制度を利用すると,遺言者の死亡後,家庭裁判所における検認の手続を経ることなく,保管された遺言書をそのまま相続手続に用いることができる。
他方で,この制度は遺言書の様式を外形的に確認するにとどまり,遺言能力の有無や遺言内容の法的有効性を保証するものではない。
自筆証書遺言の押印,訂正・破棄・隠匿及び偽造という,作成後の遺言書そのものに関する論点は,自筆証書遺言の押印―必要な印と押し方・令和8年改正,自筆証書遺言の訂正・破棄・隠匿と相続欠格事由及び自筆証書遺言の偽造と相続欠格―遺言無効との違い,立証方法及び裁判例で説明しており,本記事では取り扱わない。
2 制度の目的及び根拠法令
自筆証書遺言書保管制度は,法務局における遺言書の保管等に関する法律(平成30年法律第73号。以下「遺言書保管法」という。)を根拠とし,令和2年7月10日から施行されている。
同法1条は,その目的について「この法律は、法務局における遺言書の保管及び情報の管理に関し必要な事項を定めるとともに、その遺言書の取扱いに関し特別の定めをするものとする。」と規定する。
自筆証書遺言は,公正証書遺言と異なり遺言者が自ら保管することが原則であったため,紛失,亡失のほか,相続人による破棄,隠匿又は改ざんの危険が指摘されてきた。
この制度は,遺言書の原本を法務局において適正に管理するとともに,その画像情報を長期間保存することにより,これらの危険を低減することを目的とする。
法務省の案内によれば,原本は遺言者の死亡後50年間,画像データは同150年間,それぞれ保管される。
3 検認が不要になる仕組み
自筆証書遺言は,通常,相続開始後に家庭裁判所における検認の手続を経る必要がある(民法1004条1項)。
これに対し,遺言書保管法11条は「民法第千四条第一項の規定は、遺言書保管所に保管されている遺言書については、適用しない。」と規定しており,この制度を利用して保管された遺言書は,検認手続を経ることなく,そのまま相続手続(不動産の相続登記,金融機関における払戻し等)に用いることができる。
法務省の制度案内も,この点を制度の中心的なメリットとして「相続開始後、家庭裁判所における検認が不要です!」と案内している。
第2 遺言者本人による保管の申請
1 保管の申請ができる遺言書保管所
遺言者は,次のいずれかを管轄する遺言書保管所(法務局)に保管の申請をすることができる。
①遺言者の住所地を管轄する遺言書保管所
②遺言者の本籍地を管轄する遺言書保管所
③遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所
なお,2通目以降の遺言書を保管の申請する場合は,既に他の遺言書を保管している遺言書保管所に対してのみ申請することができる。
2 保管の申請の要件―本人出頭の原則
保管の申請は,遺言者が遺言書保管所に自ら出頭して行わなければならない(遺言書保管法4条6項)。
法務省の案内も,代理人による申請及び郵送による申請はできない旨を明示しており,来庁には事前予約を要し,当日は顔写真付きの官公署発行の本人確認書類の提示を要する。
3 保管する遺言書の様式
保管の申請をすることができる遺言書は,民法968条の定める自書及び押印等の要件を満たすことに加え,この制度に固有の様式的要件を満たす必要がある。
法務省の案内によれば,用紙はA4サイズとし,上部5ミリメートル,下部10ミリメートル,左20ミリメートル,右5ミリメートルの余白を確保した上で片面のみに記載し,複数ページにわたる場合は余白内にページ番号を付し,ホチキス等で綴じないものとされている。
また,遺言書保管所の職員が窓口で様式を確認する必要があることから,実務上,遺言書は封をしないまま持参することが求められている。
これらの様式的要件は法務省令によって具体化されており,本記事ではその条項までは逐語的に確認していないため,実際に保管の申請をする際は,法務局が配布する最新の様式案内で確認する必要がある。
4 保管後に遺言者ができること
遺言者は,生存中いつでも,自身が保管を申請した遺言書について閲覧を請求することができる。
閲覧の方法には,全国どこの遺言書保管所でも利用できるモニターによる閲覧と,原本を保管している遺言書保管所でのみ利用できる原本の閲覧とがある。
氏名,住所又は本籍等に変更が生じた場合は,遺言者又はその法定代理人が遅滞なく変更の届出をしなければならない。
また,遺言者は保管の申請をいつでも撤回することができ,撤回をした場合は遺言書の原本の返還を受ける。
撤回は遺言書保管制度による保管を取りやめるものにすぎず,遺言そのものの効力(民法上の撤回の有無)とは別の問題である。
第3 遺言者の死亡後に相続人等ができる手続
遺言者の死亡後,相続人,受遺者,遺言執行者等(遺言書保管法上「関係相続人等」という。)は,全国いずれの遺言書保管所においても,次の証明書の交付請求及び閲覧請求をすることができる。
1 遺言書情報証明書の交付請求
遺言書保管法9条は,関係相続人等が,遺言書保管官に対し,保管されている遺言書(遺言者が死亡している場合に限る。)について,遺言書保管ファイルに記録された事項を証明した書面―遺言書情報証明書―の交付を請求することができる旨を定める。
遺言書情報証明書には,遺言者の氏名,出生の年月日,住所及び本籍に加え,目録を含む遺言書の画像情報が表示され,遺言の内容そのものを確認することができる。
同条にいう関係相続人等には,相続人(相続の放棄をした者等を含む。)及び遺言執行者のほか,受遺者,認知される子や祭祀主宰者に指定された者など,遺言の内容によって権利義務に影響を受け得る者が広く含まれる。
2 遺言書保管事実証明書の交付請求
遺言書保管法10条1項は「何人も、遺言書保管官に対し、遺言書保管所における関係遺言書の保管の有無」等を証明した書面―遺言書保管事実証明書―の交付を請求することができる旨を定めており,遺言書情報証明書と異なり請求権者を関係相続人等に限定していない。
もっとも,法務省の案内によれば,この証明書に記載される認証文の内容は,請求者が当該遺言者との関係で相続人等に該当するか否かによって異なる。
したがって,遺言の内容そのものではなく,特定の被相続人について遺言書が保管されているかどうかだけを確認したい場合には,この証明書の交付請求が窓口となる。
この証明書は,遺言書が保管されているか否かという事実そのものを証明するものであるため,保管されていない場合には,その旨を記載した証明書が発行される。
遺言者が自筆証書遺言を残したかどうか自体が分からない場合には,遺産分割協議に先立ち,この証明書によって保管の有無を確認しておく実務上の意味がある。
また,後記第5の1のとおり,遺言書保管法上,他の関係相続人等への通知(関係遺言書保管通知)は,遺言書情報証明書の交付又は閲覧の請求をした場合に生ずるものであり(同法9条5項),事実証明書の交付請求(同法10条)は,同項を準用する対象に含まれていない(同条2項が準用するのは同法9条2項及び4項に限られる。)。
したがって,事実証明書の交付請求をするだけでは,他の関係相続人等に通知が及ばない。
3 閲覧請求及び非表示措置の申出
関係相続人等は,遺言者の死亡後,モニターによる閲覧又は原本の閲覧を請求することもできる。
また,配偶者からの暴力等の被害者である場合等には,証明書等における住所や本籍の情報を非表示とする措置の申出をすることができる。
第4 手数料
各手続の手数料は,遺言書保管法12条1項に基づき法務局における遺言書の保管等に関する法律関係手数料令(令和2年政令第55号)が定めており,収入印紙により納付する。
| 手続 | 手数料 | 請求権者 |
|---|---|---|
| 遺言書の保管の申請 | 1件につき3,900円 | 遺言者本人 |
| 遺言書の閲覧の請求(モニター) | 1回につき1,400円 | 遺言者・関係相続人等 |
| 遺言書の閲覧の請求(原本) | 1回につき1,700円 | 遺言者・関係相続人等 |
| 遺言書情報証明書の交付請求 | 1通につき1,400円 | 関係相続人等 |
| 遺言書保管事実証明書の交付請求 | 1通につき800円 | 何人も |
| 遺言書保管ファイルの記録表示の閲覧請求等 | 1回につき1,400円 | 遺言者・関係相続人等 |
| 申請書等又は撤回書等の閲覧請求 | 1件につき1,700円 | 遺言者・関係相続人等 |
保管の申請の撤回及び届出事項の変更の届出については,手数料は不要である。
第5 通知制度
この制度には,遺言書が保管されていることを相続人等に知らせるための通知が2種類用意されている。
1 関係遺言書保管通知
遺言書保管法9条5項は「遺言書保管官は、第一項の請求により遺言書情報証明書を交付し又は第三項の請求により関係遺言書の閲覧をさせたときは、法務省令で定めるところにより、速やかに、当該関係遺言書を保管している旨を遺言者の相続人並びに当該関係遺言書に係る第四条第四項第三号イ及びロに掲げる者に通知するものとする。ただし、それらの者が既にこれを知っているときは、この限りでない。」と規定する。
この規定により,遺言者の死亡後,ある関係相続人等が遺言書情報証明書の交付を受け,又は遺言書の閲覧をしたときは,遺言書保管官は,他の相続人等に対し,当該遺言書が遺言書保管所に保管されている旨を通知する。
この通知により,相続人の一人が先に手続を進めた場合であっても,他の相続人等が遺言書の存在を把握できる。
前記第3の2のとおり,遺言書保管事実証明書の交付請求(同法10条)は,同条2項が準用する範囲が同法9条2項及び4項にとどまり,通知を定める5項を準用していないため,この通知の対象にならない。
したがって,遺言書の存在をまず自分だけで確認したい場合には,事実証明書の交付請求から始めることで,他の相続人等への通知を伴わずに保管の有無を確認できる。
2 指定者通知
遺言者は,保管の申請時に,自らの死亡後に遺言書が保管されている旨の通知を受ける者(指定者)をあらかじめ指定しておくことができる。
遺言書保管所は,戸籍担当部局との連携により遺言者の死亡の事実を確認したときに,指定者に対して通知を行う。
法務省の告知によれば,指定者の人数は当初1人に限られていたが,令和5年10月2日から最大3人まで指定することができるように改められた。
指定者通知は,関係相続人等の誰かが最初に閲覧等をすることを待たずに,法務局側の死亡確認を契機として通知が届く点で,関係遺言書保管通知を補完する。
第6 制度を利用する際の留意点
1 遺言の内容の有効性を保証する制度ではないこと
法務省自身が案内するとおり,この制度は保管された遺言書の外形を確認するにとどまり,遺言能力の有無や遺言内容の法的有効性を保証するものではない。
保管の申請の際に窓口で外形的な確認を受けたという事実それ自体は,後日,遺言の有効性が争われた場合の決定的な証拠にはならないと考えられる。
2 公正証書遺言との違い
この制度は,遺言者が自書した自筆証書遺言を法務局が保管するものであり,公証人が遺言者の口授を受けて作成する公正証書遺言とは性質が異なる。
公正証書遺言では公証人が遺言者の遺言能力及び意思内容を確認しながら作成に関与するのに対し,この制度における遺言書保管官の関与は様式上の外形的確認にとどまり,遺言の内容や遺言者の遺言能力にまで立ち入って確認するものではない。
したがって,遺言能力の存否が争われるおそれがある事案や遺言内容が複雑な事案では,この制度の利用の有無にかかわらず,公正証書遺言の利用を検討する意義が失われるものではない。
3 判断能力が保たれているうちに検討する必要があること
保管の申請は遺言者本人が自ら出頭して行う必要があるため,判断能力や身体機能が大きく低下した後では,この制度を利用すること自体が困難になる場合がある。
第7 今後の動向―「保管証書遺言」との違いに注意
令和8年6月24日,成年後見及び遺言の制度を見直す民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)が公布された。
法務省の案内によれば,この改正法は,遺言制度に関して,電子データ等で作成し法務局において保管する新たな方式の遺言―「保管証書遺言」―を創設することを内容としており,自筆証書遺言,公正証書遺言及び秘密証書遺言に次ぐ第4の普通方式の遺言として民法に新設されるものである。
保管証書遺言の創設に係る改正は,公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行するものとされており,令和8年8月29日現在,施行日は未確定である。
同じ改正法では,このほか,自筆証書遺言及び秘密証書遺言について押印を不要とする改正(公布から1年以内に施行予定)が予定されている。
ここで注意を要するのは,「保管証書遺言」が,本記事で説明してきた自筆証書遺言書保管制度―既に施行済みで,既存の自筆証書遺言を法務局が保管する制度―とは異なる,新たな遺言の方式そのものであるという点である。
保管証書遺言の具体的な作成方法及び自筆証書遺言書保管制度との制度上の関係の細部については,施行に向けた政省令の整備を待つ必要があり,本記事の対象である現行の自筆証書遺言書保管制度とは区別して理解する必要がある。
第8 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索「法務局における遺言書の保管等に関する法律」(平成30年法律第73号)。制度の目的,保管の申請,証明書の交付及び検認の適用除外の根拠である。
②e-Gov法令検索「法務局における遺言書の保管等に関する法律関係手数料令」(令和2年政令第55号)。各手続の手数料額及び施行日(令和2年7月10日)の根拠である。
③e-Gov法令検索「民法」1004条。検認の原則を定める規定である。
2 法務省の公的案内等
④法務省「01 遺言書保管制度とは?」,「02 遺言者の手続」,「03 遺言書の様式等」,「04 相続人等の手続」,「05 証明書について」,「09 手数料」及び「10 通知」。自筆証書遺言書保管制度の手続,様式,証明書の内容及び通知の仕組みの案内である。
⑤法務省「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について。令和8年法律第45号の公布日,保管証書遺言の創設及び施行区分の根拠である。
⑥日本税理士会連合会「法務省からのお知らせ 遺言書保管制度における指定者通知の運用の変更について」。法務省告知を転載したものであり,指定者通知の対象人数拡大(令和5年10月2日,1人から3人へ)の根拠である。