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米軍基地騒音訴訟の判例―米軍機・自衛隊機の飛行差止めと損害賠償(AIリライト)

第1 この記事の対象と結論

この記事は,令和8年8月29日現在,米軍基地又は米軍と自衛隊が共同使用する飛行場の騒音をめぐり,最高裁が示した飛行差止め,過去の損害賠償及び将来の損害賠償の判断を整理するものである。
対象とするのは,横田基地及び厚木基地に関する五つの最高裁判決である。

結論を先に示すと,米軍機の運航差止め,自衛隊機の運航差止め,口頭弁論終結時までの損害賠償及び口頭弁論終結後の将来損害は,それぞれ別の問題である。
「差止めが認められなかった」という結論だけから,騒音被害そのものが否定されたと理解することはできない。

請求の対象最高裁判例が示した要点
米軍機の運航差止め日本国は米軍機の運航を規制し,制限できる立場にないため,国に対する差止請求は認められない。
自衛隊機の運航差止め民事訴訟による差止請求は不適法であり,行政事件訴訟法上の差止めについては訴訟要件と本案要件を分けて判断する。
既に発生した騒音被害飛行場の公共性だけで受忍限度内とすることはできず,被害,公共性,経過及び対策などを総合考慮する。
口頭弁論終結後の将来損害航空機騒音による損害賠償請求権は,将来給付の訴えの対象としての適格を有しない。

第2 四つの請求を分けて考える必要性

1 米軍機と自衛隊機では運航主体が異なること

米軍機について,日本国は飛行場を米軍に提供しているものの,個々の運航を直接命令し,又は停止させる権限を有するとは限らない。
これに対し,自衛隊機の運航は,防衛大臣による公権力の行使として行政訴訟の対象となり得る。

したがって,同じ基地の同じ騒音を問題とする場合であっても,米軍機と自衛隊機とでは差止請求の相手方及び訴訟類型が異なる。
厚木基地のような共同使用飛行場では,この区別が特に重要である。

2 差止めと損害賠償では判断対象が異なること

差止請求は,将来の運航を停止させることを求める請求である。
損害賠償請求は,騒音等によって生じた損害を金銭で填補することを求める請求であり,差止めとは要件も効果も異なる。

また,損害賠償の中でも,事実審の口頭弁論終結時までに既に発生した損害と,その翌日以降に発生するとされる損害とでは,訴えの適法性に関する判断が異なる。

第3 米軍機の運航差止め

1 横田基地判決

最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決(昭和63年(オ)第611号・裁判集民事167号359頁)は,横田基地の米軍機について,日本国が米軍による飛行活動を規制し,制限できる立場にないとした。

同判決は,住民が国に対して米軍機の離着陸等の差止めを求めることは,国の支配が及ばない第三者の行為の差止めを求めるものであり,国は被害防止措置を採るべき法的立場にもないとして,請求を認めなかった。

この判断の中心は,騒音被害の有無ではなく,国が米軍機の運航を直接支配できるかという点にある。

2 厚木基地判決

最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決(昭和62年(オ)第58号・民集47巻2号643頁)も,厚木基地の米軍機について,国に対する運航差止請求を認めなかった。

したがって,米軍機の差止めが認められなかったことは,厚木基地周辺の騒音被害が軽微であることを意味しない。
同じ判決は,過去の損害賠償については別の判断を示している。

第4 自衛隊機の運航差止め

1 民事訴訟による差止請求は不適法であること

前記最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決(昭和62年(オ)第58号)は,自衛隊機の運航には防衛大臣の公権力の行使という性質があるため,私人が民事上の権利に基づいて自衛隊機の運航差止めを求める訴えは不適法であるとした。

これは,自衛隊機の騒音被害を否定した判断ではなく,民事訴訟によって解決すべき事項ではないとした訴訟類型の判断である。

2 行政事件訴訟法による差止請求

行政事件訴訟法37条の4は,差止めの訴えについて,重大な損害を生ずるおそれなどの訴訟要件と,行政庁の裁量権の範囲の逸脱又は濫用などの本案要件を定めている。

最高裁平成28年12月8日第一小法廷判決(平成27年(行ヒ)第512号,第513号・民集70巻8号1833頁)は,厚木基地周辺住民が受けていた睡眠妨害及び精神的苦痛の程度,自衛隊機の運航の特質などから,「重大な損害を生ずるおそれ」があるとして訴訟要件を満たすと判断した。

もっとも,同判決は,防衛大臣の権限行使について,自衛隊機運航の公共性及び公益性,騒音被害の性質及び程度,被害軽減措置などを総合考慮した上で,社会通念に照らして著しく妥当性を欠くとはいえないとした。
そのため,裁量権の範囲の逸脱又は濫用という本案要件を満たさないとして,自衛隊機の運航差止請求を棄却した。

「重大な損害を生ずるおそれ」が認められたことと,最終的に差止めが認められることは同じではない。

第5 口頭弁論終結時までに発生した損害の賠償

1 損害賠償請求の法的根拠

基地騒音を理由とする国への損害賠償請求では,国家賠償法2条1項による公の営造物の設置又は管理の瑕疵が問題となることがある。
また,米軍の構成員又は被用者の職務行為及び米軍が占有し,所有し,又は管理する物件については,日米地位協定の実施に伴う民事特別法1条及び2条が国の賠償責任を定めている。

どの規定が請求の根拠となるかは,対象となる航空機,施設の管理関係及び請求原因によって異なる。
そのため,米軍機と自衛隊機の騒音を一括して,単に「国の国家賠償責任」とだけ説明するのは正確ではない。

2 公共性だけで受忍限度内とはいえないこと

最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決(昭和62年(オ)第58号)は,飛行場の使用及び供用による侵害行為の違法性について,①侵害行為の態様及び侵害の程度,②被侵害利益の性質及び内容,③侵害行為の公共性又は公益上の必要性,④侵害行為の開始後の経過,⑤被害防止措置の有無,内容及び効果などを総合考慮すべきものとした。

同判決は,厚木基地の使用及び供用が高度の公共性を有することだけから,住民の被害が受忍限度内にあるとした原審の判断を違法として破棄し,過去の損害賠償部分を原審に差し戻した。

したがって,公共性は重要な考慮要素であるものの,それだけで違法性が否定されるわけではない。
個々の訴訟では,騒音の程度,時間帯,居住期間,地域,防音工事その他の対策など,認定された事実関係に即して判断される。

3 最高裁判決が損害額まで確定したわけではないこと

前記昭和62年(オ)第58号判決は,原審の違法性判断に法令解釈の誤りがあるとして差し戻したものであり,最高裁自身が住民ごとの損害額を確定した判決ではない。

また,最高裁平成28年12月8日第一小法廷判決(平成27年(受)第2309号)では,過去の損害賠償部分に関する上告受理申立て理由が上告受理決定で排除されている。
同判決が判例として明確に判断した中心は,将来損害の請求である。

第6 口頭弁論終結後の将来損害

1 民事訴訟法135条

民事訴訟法135条は,将来の給付を求める訴えについて,あらかじめ請求する必要がある場合に限って提起できると定めている。

航空機騒音による将来損害では,騒音の状況,航空機の配備及び運航,住民の居住状況,被害の発生などが将来変動し得るため,請求権の成否及び額を事前に確定できるかが問題となる。

2 横田基地の平成19年判決

最高裁平成19年5月29日第三小法廷判決(平成18年(受)第882号・裁判集民事224号391頁)は,横田基地の騒音等による損害賠償請求権のうち,事実審の口頭弁論終結日の翌日以降の分は,将来給付の訴えの対象となる請求権としての適格を有しないとした。

その理由は,将来の各時点の事実関係に基づいて初めて請求権の成否及び内容を判断でき,成立要件について住民側が立証責任を負う性質の請求権であるためである。

この扱いは,口頭弁論終結日の翌日から判決言渡日までの期間にも及ぶ。
同判決には補足意見及び反対意見があるが,記事本文では法廷意見の結論を基準として整理している。

3 厚木基地の平成28年判決

最高裁平成28年12月8日第一小法廷判決(平成27年(受)第2309号・裁判集民事254号35頁)も,厚木基地の米海軍機及び海上自衛隊機の騒音等による損害賠償請求権のうち,事実審の口頭弁論終結日の翌日以降の分は,将来給付の訴えの対象としての適格を有しないとした。

原審は一定期間に限って将来損害を認めていたが,最高裁は,期間を限定しても,将来の事情変動や請求権成立要件の立証責任という問題は解消しないとした。

この判断は,口頭弁論終結後に現実に生じた損害について後の訴訟で請求できるかを一律に否定した判示ではない。
判示の対象は,まだ発生していない損害を先の訴訟で将来給付として請求することの適否である。

第7 五つの最高裁判決の位置付け

判決基地主な争点最高裁の結論
最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決・昭和63年(オ)第611号横田基地米軍機の差止め国は米軍機を規制し,制限できる立場にないとして請求を認めなかった。
最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決・昭和62年(オ)第58号厚木基地米軍機・自衛隊機の差止め,過去及び将来の損害米軍機差止めを認めず,自衛隊機の民事差止訴訟を不適法とし,過去損害部分を差し戻し,将来損害部分の訴えを不適法とした。
最高裁平成19年5月29日第三小法廷判決・平成18年(受)第882号横田基地将来損害口頭弁論終結日の翌日以降の請求は,将来給付の訴えの対象としての適格を有しないとした。
最高裁平成28年12月8日第一小法廷判決・平成27年(行ヒ)第512号,第513号厚木基地自衛隊機の行政差止め重大な損害を生ずるおそれは認めたが,裁量権の逸脱又は濫用を認めず,差止請求を棄却した。
最高裁平成28年12月8日第一小法廷判決・平成27年(受)第2309号厚木基地将来損害口頭弁論終結日の翌日以降の請求は,将来給付の訴えの対象としての適格を有しないとした。

第8 判決を読む際の留意点

① 米軍機の差止めが認められない理由と,自衛隊機の差止めが認められない理由は同じではない。

② 自衛隊機について「重大な損害を生ずるおそれ」が認められても,裁量権の逸脱又は濫用という本案要件が認められるとは限らない。

③ 過去の損害賠償が認められ得ることと,将来損害を一括して請求できることは別である。

④ 最高裁が原審を破棄して差し戻した場合と,最高裁自身が請求を棄却し,又は訴えを却下した場合とでは,判決の効果が異なる。

⑤ 同じ基地でも,米軍機と自衛隊機,差止めと損害賠償,口頭弁論終結前と終結後を区別し,事件番号及び裁判集の掲載頁まで確認する必要がある。

第9 関連記事

在日米軍基地の法的根拠及び関連裁判例の全体像については,「在日米軍基地の法的根拠,施設数,日米地位協定及び主要裁判例(AIリライト)」参照。

空港及び飛行場の区分,運航制度並びに航空関係の主要裁判例については,「日本の空港及び航空路線――空港区分,運航制度,保安検査及び主要裁判例(AIリライト)」参照。

関東計画による米軍施設の返還及び立川・府中基地跡地の経緯については,「関東空軍施設整理統合計画(関東計画)―返還6施設と立川・府中基地跡地(AIリライト)」参照。

第10 出典

1 法令(現行の法規範)

① e-Gov法令検索・民事訴訟法135条

② e-Gov法令検索・行政事件訴訟法37条の4

③ e-Gov法令検索・国家賠償法2条

④ e-Gov法令検索・日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法1条及び2条

2 裁判例(個別事件についての司法判断)

① 最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決(昭和63年(オ)第611号・裁判集民事167号359頁)

② 最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決(昭和62年(オ)第58号・民集47巻2号643頁)

③ 最高裁平成19年5月29日第三小法廷判決(平成18年(受)第882号・裁判集民事224号391頁)

④ 最高裁平成28年12月8日第一小法廷判決(平成27年(行ヒ)第512号,第513号・民集70巻8号1833頁)

⑤ 最高裁平成28年12月8日第一小法廷判決(平成27年(受)第2309号・裁判集民事254号35頁)