第1 この記事の対象と結論
この記事は,法律事務所における案件配分を,担当件数だけでなく,報酬額,役割,案件難度,顧客接点及び評価への反映に分けて点検する方法を整理するものである。
調査基準日は令和8年9月6日であり,日本弁護士連合会の第24回弁護士業務改革シンポジウム第8分科会資料並びに米国,英国,カナダ及びオーストラリアの公表資料を参照した。
結論として,案件配分の公平性又は育成効果は,担当件数だけでは判断できない。
高難度案件の主担当,重要顧客との直接接点,法廷又は交渉での中心的役割,報酬の大きい案件及び評価者との共同作業へ参加できるかが,経験,顧客基盤,評価,昇進及び将来の収入へ順次影響し得るからである。
したがって,法律事務所では,個別事件の機密を不必要に集約せず,配分過程に必要な最小限の情報を一定期間記録し,集計し,是正後に再測定する仕組みを設けるのが有用である。
本記事は任意の業務改善方法を示すものであり,日本法上の一律の法的義務又は違法性の判断基準を提示するものではない。
第2 案件数だけでは配分の実態が分からない
同じ10件を担当していても,定型的な補助作業が中心の場合と,高難度案件の主担当として顧客説明,交渉及び最終成果物を担う場合とでは,得られる経験及び将来の顧客基盤が異なる。
件数だけを均等にしても,案件価値,役割及び接点が偏っていれば,育成機会は均等にならない。
案件配分には少なくとも三つの段階がある。
①案件を誰に割り当てるか,②割り当てられた案件で誰が主担当及び顧客窓口を担うか,③得られた成果を評価,昇進及び報酬へどう反映するかである。
配分の入口だけでなく,案件中の役割及び案件後の評価まで追跡する必要がある。
また,育児,介護,時短勤務又は休暇による一時的な稼働制約を,重要案件から恒常的に外す理由へ転化させないよう,復帰後の再配分も点検対象に含めるべきである。
第3 最小限の案件配分台帳
案件配分台帳には,次の項目を記録するのが有用である。
①配分日,②業務分野,③難度区分,④見込報酬額又は価値区分,⑤主担当・共同担当・補助の別,⑥顧客との直接接点の有無,⑦法廷・交渉・会議での役割,⑧配分決定者,⑨配分理由,⑩案件終了後の評価及び報酬への反映である。
台帳の目的は,個々の担当者を順位付けすることではなく,案件配分の過程を検証できる状態にすることである。
自由記載を増やし過ぎると,事件情報及び主観的評価が不必要に蓄積するため,選択式の区分と短い理由欄を中心に設計するのが望ましい。
依頼者名,事件名,健康情報,家族情報その他の機微情報は,集計目的に不可欠でない限り台帳へ入れない。
個別案件を識別する必要がある場合も,限定された管理番号を用い,原事件記録へのアクセス権限と分析用台帳へのアクセス権限を分ける必要がある。
第4 米国のプロセス監査
米国労働統計局の2024年年次表によれば,フルタイムの賃金・給与労働者である弁護士の週当たり収入中央値は,女性が2,296ドル,男性が2,857ドルである。
この数値は自営業者を含まず,経験,勤務先,労働時間その他の要因を調整しない中央値であるため,性別による因果的効果を示すものではない。
NALPの2024年資料によれば,女性はアソシエイトの51.62%を占める一方,エクイティ・パートナーでは24.8%である。
これは各地位に占める構成比であり,特定年の昇進候補者に対する昇進率ではない。
Bias Interruptersは,格差の最終結果だけでなく,案件配分,顧客との接触,評価,昇進及び報酬という過程を測定し,具体的な中断策を導入した後に再測定する方法を提示している。
日本の法律事務所で参考にする場合も,海外の数値目標をそのまま移植するのではなく,自らの案件配分過程を可視化する考え方を取り入れるのが実務的である。
第5 英国・カナダ・オーストラリアの取組
英国のジェンダー賃金格差報告制度は,一定規模以上の雇用主に報告を求める法定制度である。
他方,Bar CouncilのFair Access to Work Guideは,バリスター業務における案件配分を公正にするための実務指針であり,両者は法的性質及び対象が異なる。
カナダ・オンタリオ州法律協会のJusticia Project及び事業開発ガイドは,女性法律家の定着,指導,リーダーシップ及び顧客開拓を支援する職能団体の取組である。
これらは,案件経験だけでなく,顧客関係の形成及び事業開発の機会がキャリアに影響することを示す実務資料である。
オーストラリア法律評議会のNational Model Gender Equitable Briefing Policyは,法令上の強制制度ではなく,賛同者が目標を掲げて報告する任意の制度である。
2024年から2025年の年次報告では,女性が受任したブリーフは32%,報酬は31%となり,両目標へ初めて到達したと報告されている。
もっとも,同報告では報告者数の低下も指摘されている。
目標達成の数値だけで制度全体の浸透又は因果的効果を判断せず,対象範囲及び報告率を併せて確認する必要がある。
第6 法律事務所での監査手順
第1段階では,3か月から6か月程度の基準期間を定め,案件配分台帳を作成する。
既存データが乏しい場合は,最初から精密な評価点を設けるのではなく,件数,価値区分,役割及び顧客接点から始めるのがよい。
第2段階では,担当者の属性又は勤務形態ごとに,件数,主担当率,高価値案件率,顧客接点率及び評価への反映を集計する。
人数が少ない区分では個人が推測されるため,区分の統合又は非公表化が必要である。
第3段階では,差が生じた配分場面を確認し,配分理由の明文化,共同担当の設定,顧客会議への同席,復帰後の優先配分又は配分担当者の複数化など,過程に対応した修正を行う。
結果だけを見て一律に件数を動かすのではなく,どの段階で機会が失われたかを特定する必要がある。
第4段階では,同じ指標を再測定し,案件の質,依頼者サービス及び担当者の負荷に副作用がないかも確認する。
改善策が新たな偏り又は過重負担を生じた場合は,配分基準を再調整する。
第7 法的評価及び情報管理上の留意点
海外の法定開示制度,職能団体の指針及び任意の目標制度は,法的性質が異なる。
日本の法律事務所に当然に適用される義務として紹介してはならず,個別の雇用関係,差別,個人情報及び守秘義務に関する法的評価が必要な場合は,現行法令及び具体的事実を別途確認する必要がある。
案件配分台帳の作成に当たり,依頼者及び事件関係者の情報を分析目的の範囲を超えて複製してはならない。
利用目的,項目,閲覧権限,保存期間及び廃棄方法を事前に定め,集計結果から個人又は事件を再識別できないかも点検する必要がある。
第8分科会資料に収録された2025年追加アンケートは,弁護士45,091人を対象とし,回答者は1,307人,回答率は2.9%である。
同資料は問題を発見する手掛かりになるが,個々の事務所における案件配分の実態を直接証明するものではないため,各事務所自身の記録及び再測定が必要である。
追加アンケート全体の読み方については,女性弁護士の収入・働き方・育児-2025年日弁連追加アンケートで分かることと分からないこと(AI作成)を参照されたい。
第24回シンポジウムの全体構成については,第24回弁護士業務改革シンポジウム(2026年9月5日・福岡)の分科会一覧(AI作成)を参照されたい。
第8 出典
① 日本弁護士連合会「第24回弁護士業務改革シンポジウム第8分科会資料」5頁~101頁(令和8年9月6日確認)
② U.S. Bureau of Labor Statistics, Median weekly earnings of full-time wage and salary workers by detailed occupation and sex, 2024(令和8年9月6日確認)
③ NALP, Report on Diversity in U.S. Law Firms 2024(令和8年9月6日確認)
④ Bias Interrupters(令和8年9月6日確認)
⑤ Bar Council, Fair Access to Work Guide(令和8年9月6日確認)
⑥ Law Society of Ontario, The Justicia Project(令和8年9月6日確認)
⑦ Law Society of Ontario, Guide to Business Development(令和8年9月6日確認)
⑧ Law Council of Australia, National Model Gender Equitable Briefing Policy(令和8年9月6日確認)
⑨ Law Council of Australia, Equitable Briefing Policy 2024-25 Annual Report(令和8年9月6日確認)
⑩ The Equality Act 2010 (Gender Pay Gap Information) Regulations 2017(令和8年9月6日確認)
⑪ GOV.UK, Gender pay gap reporting: overview(令和8年9月6日確認)