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普天間飛行場の成立・返還合意と辺野古代替施設の経緯

第1 この記事の対象

普天間飛行場の返還問題は,飛行場の成立,平成8年の返還合意,代替施設の場所及び工法,公有水面埋立てをめぐる行政上・司法上の争いが重なった問題である。

本記事では,各段階を時系列に沿って概観する。

第2 普天間飛行場の成立と立地

宜野湾市によれば,普天間飛行場は,昭和20年4月に米軍が土地を接収し,米陸軍工兵隊が滑走路を建設したことに始まる。

沖縄返還後は,日本政府が米国に提供する施設・区域として米海兵隊が使用している。

同飛行場は宜野湾市のほぼ中央部に位置し,周辺には住宅,学校,医療施設等が密集している。

第3 返還合意とSACO最終報告

日米両政府は,平成8年4月,必要な措置を講じた後に普天間飛行場を返還する方針を表明した。

同年12月2日のSACO最終報告は,重要な軍事的機能及び能力を維持しつつ,代替施設が完成し,運用可能となった後に普天間飛行場を返還する枠組みを示した。

当時の報告は,代替案として,①嘉手納飛行場へのヘリコプター運用機能の集約,②キャンプ・シュワブにおけるヘリポートの建設,③海上施設の開発及び建設を検討した経過を記載している。

同報告に記載された「今後5ないし7年以内」という見通しは,当時想定された条件を前提とするものであり,現在の返還期限を示すものではない。

第4 辺野古の代替施設計画

その後,代替施設は,名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沿岸域を埋め立て,2本の滑走路をV字型に配置する計画として具体化された。

沖縄県の環境影響評価手続の資料によれば,計画上の滑走路は1200メートル2本,埋立面積は約155ヘクタールである。

代替施設計画については,国が普天間飛行場の危険性除去と基地負担軽減のために必要であると説明する一方,沖縄県は県外移設を求めており,政府と沖縄県の評価は一致していない。

第5 公有水面埋立てをめぐる裁判

辺野古沿岸域の公有水面埋立てをめぐっては,埋立承認の取消し,設計変更,国土交通大臣の裁決その他の処分について複数の訴訟が提起されている。

最高裁平成28年12月20日第二小法廷判決(平成28年(行ヒ)第394号)は,沖縄県知事による埋立承認取消しについて国土交通大臣がした是正の指示を適法と判断した。

最高裁令和8年7月13日第一小法廷判決(令和6年(行ヒ)第281号)は,埋立承認撤回処分に対して国土交通大臣がした裁決の取消しを沖縄県が求めた訴訟について,県の原告適格を否定した原判決を破棄し,事件を福岡高裁那覇支部に差し戻した。

個々の判決は,訴えの適法性,国と地方公共団体の権限関係又は個別処分の適法性を判断したものであり,代替施設問題の全体を一つの判決で決着させたものではない。

第6 現在の工事と返還時期

防衛省は,辺野古移設に向けた埋立工事及び地盤改良工事を進めている。

令和8年7月には,日米合同委員会において,大浦湾側の残る区域の埋立工事及び地盤改良工事の実施について合意したと説明している。

もっとも,普天間飛行場の返還には代替施設の完成・提供手続等が関係するため,現時点で確定した返還日が示されているわけではない。

第7 資料を読む際の留意点

普天間飛行場の問題では,①日米両政府間の合意,②日本政府の事業計画,③沖縄県及び地元自治体の見解,④個別の行政処分,⑤裁判所の判断を区別する必要がある。

また,返還の「合意」,工事の「完了見込み」及び実際の「返還日」は同じものではない。

第8 関連記事

在日米軍基地の法的根拠及び日米地位協定については,「在日米軍基地の法的根拠,施設数,日米地位協定及び主要裁判例」参照。

関東計画による米空軍施設の横田飛行場への集約と立川・府中基地跡地については,「関東空軍施設整理統合計画(関東計画)―返還6施設と立川・府中基地跡地(AIリライト)」参照。

第9 出典

① 宜野湾市「普天間飛行場の概要
② 防衛省「普天間飛行場に関するSACO最終報告(仮訳)
③ 防衛省「普天間飛行場の移設に係る措置に関する協議会
④ 沖縄県「普天間飛行場代替施設建設事業
⑤ 最高裁平成28年12月20日第二小法廷判決(平成28年(行ヒ)第394号)
⑥ 最高裁令和8年7月13日第一小法廷判決(令和6年(行ヒ)第281号)
⑦ 防衛省「令和8年7月17日報道官会見