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振り込め詐欺救済法の「被害者からの権利行使の届出」―法定分配を止めて口座名義人訴訟・預金差押えに進む手続(AI作成)

第1 この記事が扱う問題

1 「権利行使の届出」とは何か

振り込め詐欺救済法は,犯罪利用預金口座等の預金等債権を消滅させ,残った資金から被害者に被害回復分配金を支払う制度である。
もっとも,同法は,口座名義人だけでなく,口座名義人に対する債権を有する被害者が金融機関に「権利行使の届出」をする経路も設けている。

本記事は,この届出によって法定分配の手続を終わらせ,口座名義人に対する訴訟,預金債権の仮差押え又は差押えによる個別回収へ進む場合を扱う。
法令及び公的資料は令和8年8月29日現在のものを確認した。

2 最初に確認すべき結論

権利行使の届出は,被害金の支払申請でも,預金債権の差押えでもない。
期間内に適法な届出がされると,対象口座について預金等債権の消滅手続が終了し,同法に基づく被害回復分配金は支払われなくなるが,届出をした被害者が口座残高を取得するわけではない。

したがって,届出を選ぶ前に,①口座名義人に対する請求権を立証できるか,②口座名義人を特定して訴状を送達できるか,③預金残高が訴訟費用や保全担保を上回るか,④競合する差押えがあるか,⑤届出後直ちに訴訟・保全へ進めるかを確認する必要がある。
この準備がないまま届出をすると,自分だけでなく他の被害者についても法定分配を止めながら,自分も回収できない結果になり得る。

第2 権利行使の届出が法定分配を止める仕組み

1 預金等債権の消滅手続と公告

金融機関は,犯罪利用預金口座等である疑いがあると認めた場合,警察等から提供された情報,口座名義人の所在,取引状況その他の事情を考慮し,預金保険機構に預金等債権の消滅手続開始を求めるかを判断する。
払戻請求訴訟,強制執行,仮差押え又は仮処分の手続が既に行われている場合には,金融機関は消滅手続開始を求めることができない(振り込め詐欺救済法4条2項1号)。

消滅手続開始の公告には,口座名義人その他の預金等債権に係る債権者が,金融機関へ届出をし,払戻請求訴訟を提起し,又は強制執行等を行うべき期間及び方法が記載される。
その期間は,公告日の翌日から起算して60日以上である(同法5条1項5号・6号,同条2項)。

2 被害者も届出をすることができる

金融庁は,振込利用犯罪行為の被害者が口座名義人に対する債権を有する場合,その被害者も金融機関へ権利行使の届出等をすることができるとの見解を示している。
単に当該口座へ振り込んだというだけでなく,口座名義人に対して損害賠償請求権,不当利得返還請求権その他の債権を有することが前提となる。

直接の振込先口座だけでなく,その口座から資金が移転した先の口座も,資金が実質的に同じであると認められる場合には,法律上の「犯罪利用預金口座等」に含まれ得る(同法2条4項)。
もっとも,後続口座の名義人に対する被害者の請求権まで当然に成立するわけではなく,資金移転の経路,口座名義人の関与及び利得を個別に立証する必要がある。

3 届出があると口座全体の消滅手続が終了する

金融機関は,公告期間内に権利行使の届出,払戻請求訴訟,強制執行等があったことを預金保険機構へ通知し,預金保険機構は消滅手続が終了した旨を公告する(同法6条)。
この場合,口座名義人の預金等債権は同法7条によって消滅せず,同法に基づく支払手続へ進まない。

金融庁のパブリックコメント回答は,預金債権の一部について強制執行等が行われた場合でも,預金債権全体について消滅手続を開始できないとの解釈を示している。
また,被害者による権利行使の届出も支払申請として扱うのではなく,司法手続を選ぶ被害者のために消滅手続の終了事由とされたと説明している。

届出によって得られるのは,法定分配を止めて預金債権を消滅させないという手続上の効果である。
届出には,債務名義を作り,残高を保全し,又は届出人の優先順位を確保する効力はない。

第3 法定分配と個別回収のどちらを選ぶか

1 両経路の違い

法定分配は,口座名義人に対する判決を取得しなくても,金融機関が被害者及び被害額を認定して支払う制度である。
複数の被害者が申請し,申請被害額の合計が残高を超えるときは,被害額に応じて按分され,消滅預金等債権の額が1000円未満のときは支払手続が行われない(同法8条,13条,16条)。

これに対し,個別回収では,口座名義人に対する請求権を自ら立証し,債務名義を得て,銀行を第三債務者とする預金債権差押えへ進むのが基本である。
回収額は,被害額,差押時の残高,銀行の主張,先行する差押えその他の競合関係によって決まり,先に権利行使の届出をしただけで全残高を取得できるものではない。

比較項目法定分配権利行使の届出後の個別回収
口座名義人への訴訟原則として不要原則として必要
被害額が残高を超える場合被害額に応じて按分差押え・配当等の民事執行ルールによる
主な負担金融機関への支払申請と被害資料訴訟,送達,保全担保,執行費用
主な利点比較的簡易で,他の被害者も同一手続に参加できる債務名義と執行が奏功すれば,残高から個別回収できる可能性がある
主な危険残高不足により一部回収又は支払なし敗訴,送達不能,残高流出,競合差押え,費用倒れ

2 個別回収を検討しやすい場合

個別回収を検討しやすいのは,①残高が相当額あり,②自分の被害額に近いか他の被害者の申出が少なく,③口座名義人の関与又は利得を示す資料があり,④名義人の住所・送達先を調査でき,⑤仮差押えの担保と訴訟費用を負担できる場合である。
ただし,これらは回収可能性を高める事情にすぎず,個別回収を選ぶ法的要件を列挙したものではない。

特に,被害額と口座残高だけを比較して決めてはならない。
同じ口座への入金者,別口座からの資金移転,先行差押え,銀行の相殺その他の抗弁,口座名義人の破産可能性まで確認しなければ,実際に回収できる金額は分からない。

3 他の被害者への影響

一人の被害者による届出で消滅手続が終了すると,その口座について他の被害者も被害回復分配金を受けられなくなる。
他の被害者は,口座名義人等に対する民事上の請求や民事執行を別途検討しなければならない。

このため,届出は「自分の分配申請を取り下げる」という個人的な選択ではない。
残高,判明している被害者数,届出後の訴訟計画及び費用を検討し,法定分配を止めることが全体として相当かを判断する必要がある。

第4 公告期間内に行う権利行使の届出

1 公告と対象口座を特定する

預金保険機構の公告サイトでは,金融機関名,店舗名,預金種別,口座番号,口座名義人,対象預金等債権の額,公告期間等を確認できる。
公告一覧には,「権利行使の届出等」及び「債権消滅手続終了(権利行使の届出等)」の区分も設けられているため,届出前後に手続状況を確認する必要がある。

最初に,公告番号,対象口座,公告日,期限,届出先金融機関及び公告記載の届出方法を一つの表に転記する。
振込先が複数ある場合には,口座ごとに期限と進行状況が異なるため,口座単位で管理する。

2 金融機関と提出方法を事前協議する

金融庁が公開している共通様式は,被害回復分配金の「支払申請書」であり,権利行使の届出とは別の手続である。
権利行使の届出について一般公開された全国共通の届出書式・添付資料基準は確認できないため,対象口座の金融機関に連絡し,担当部署,書式,提出方法,原本の要否及び期限内到達の扱いを事前に確認するのが安全である。

届出書には,少なくとも,①届出人及び代理人,②対象口座と公告番号,③口座名義人に対する請求権の種類・発生原因・金額,④被害送金との関係,⑤個別の訴訟・保全・執行へ進む予定を具体的に記載することが考えられる。
添付資料としては,振込記録,詐欺勧誘の記録,警察への相談を示す資料,口座名義人との関係を示す資料,既に取得した債務名義又は申立書の写し,委任状等を準備するが,何が必須かは金融機関に確認する。

3 期限内到達と受領記録を残す

届出は公告期間内にされる必要があるため,最終日に提出する運用は避けるべきである。
持参,郵送その他の提出方法ごとに,受領書,配達記録,送信記録,担当部署・担当者・受領日時の記録を残し,金融機関に到達したことを後から説明できるようにする。

届出後は,預金保険機構の終了公告と金融機関の回答を確認する。
届出をしたという認識だけで訴訟・保全の着手を遅らせず,預金債権が消滅しないことと,残高が保全されることを区別する必要がある。

第5 口座名義人への訴訟と預金仮差押え

1 請求原因を事案ごとに選ぶ

口座名義人に対する請求としては,不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条),共同不法行為に基づく請求(同法719条),不当利得返還請求(同法703条・704条)等が考えられる。
どの請求を選ぶかは,口座名義人の故意・過失,共謀又は幇助,資金の受領・移転,利得の有無及び損失との因果関係によって異なる。

口座の名義人であることや,金融機関が取引停止措置を講じたことだけで,口座名義人の損害賠償責任が当然に認められるわけではない。
口座開設資料,入出金履歴,資金移転先,端末・連絡先,犯罪者との連絡,口座譲渡の経緯等を収集し,請求原因ごとの要件事実に結び付ける必要がある。

2 被告の特定と送達を先に見通す

口座名義人の氏名が分かっても,現在の住所や居所が分からなければ訴訟は進みにくい。
弁護士会照会,住民票等の職務上請求,金融機関への調査,出入国・在留関係資料の訴訟上の取得可能性等を検討し,通常送達,付郵便送達又は公示送達のどの経路を見込むか整理する。

公示送達は,所在調査を尽くしたことを裁判所へ説明した上で用いる手続であり,住所不明であれば直ちに認められるものではない。
また,欠席判決を得ても,請求原因と証拠が不十分であれば請求が認容されるとは限らない。

3 判決前の預金仮差押え

訴訟中の残高流出や競合差押えが現実的に懸念されるときは,銀行を第三債務者とする預金債権の仮差押えを検討する。
民事保全法は,保全すべき権利と保全の必要性の疎明を求め,裁判所が担保を条件として仮差押命令を発することを認めている(同法13条,14条,20条,50条)。

もっとも,取引停止中の口座であることだけで仮差押えの必要性が当然に認められるわけではなく,担保額も事案と裁判所の判断による。
被害額,残高,立証の強さ,担保調達,競合状況及び本案訴訟の見込みを比較し,届出前から申立書と疎明資料を準備する必要がある。

第6 債務名義取得後の預金差押え

1 銀行を第三債務者として申し立てる

確定判決,仮執行宣言付判決その他の債務名義を得た後は,口座名義人を債務者,銀行を第三債務者とする債権差押命令を申し立てる。
裁判所は第三債務者に債務者への弁済を禁止し,差押命令は第三債務者へ送達された時に効力を生ずる(民事執行法143条,145条)。

申立てでは,金融機関,取扱店舗,預金種別,口座番号その他の情報により差押債権を特定し,請求債権,執行費用及び債務名義を示す。
第三債務者に対する陳述催告を申し立てれば,債権の存否,弁済意思,先行差押え等について回答を得られる(同法147条)。

2 取立てまでの手続

金銭債権を差し押さえた債権者は,原則として債務者への差押命令送達日から1週間を経過したときに取立権を取得する(同法155条)。
しかし,銀行が取立てに応じるか,供託をするか,預金債権の存在・範囲,約款上の抗弁,相殺,先行差押え等を争うかは事案による。

取立てに応じない場合には,取立訴訟等を検討する。
債権差押命令の申立てから取立て・配当までの一般的な流れは,関連記事「債権差押命令の申立てと取立て・配当の実務(AIリライト)」で説明している。

3 凍結口座でも競合差押えは起こり得る

第217回国会衆議院法務委員会において,法務大臣は,一般論として,凍結された銀行口座の預金債権も振り込め詐欺救済法又は民事執行法によって差押えを禁止されておらず,債権者による差押えが現行法上生じ得ると答弁した。
同時に,口座名義人に対する損害賠償請求権を有する被害者が,一定の要件の下で,不当な強制執行を許さない旨の判決を求め,強制執行を停止させることができる場合もあると説明した。

福岡地裁令和7年5月13日判決(令和6年(ワ)第4227号・請求異議事件)は,詐欺被害者が口座名義人に対する確定判決を有する事案で,別の債権者が仮執行宣言付支払督促に基づいて凍結口座の預金債権を差し押さえた後,被害者が口座名義人に代位して請求異議訴訟を提起した事例である。
同判決は,被保全債権の存在と保全の必要性を認め,差押債権者の貸金債権の発生原因事実を認める証拠がないとして,その強制執行を許さなかった。

この判決は,被害者による権利行使の届出の要件や効果を直接判断したものではない。
しかし,届出だけでは競合差押えを排除できず,債務名義,債権者代位権,請求異議及び執行停止を組み合わせる必要が生じ得ることを示す実例である。

第7 銀行を被告とする債権者代位訴訟

1 制度上考えられる構成

被害者が口座名義人に対する債権を有し,口座名義人が銀行に対する預金払戻請求権を行使しないために被害者の債権保全が必要な場合,民法423条の債権者代位権に基づき,被害者が口座名義人に代わって銀行へ払戻しを求める構成が考えられる。
この構成は,口座名義人に対する債務名義を取得して預金差押えをする経路とは別の訴訟ルートである。

2 常に必要な訴訟ではない

債権者代位訴訟では,被保全債権,保全の必要性,代位行使する預金債権の存在・範囲等が争点となり,銀行から口座名義人に対して主張できる抗弁も問題となる。
権利行使の届出をしたからといって,これらの要件が満たされ,又は銀行が払戻義務を認めるわけではない。

したがって,まず口座名義人に対する債務名義を得て預金差押えをする経路を基本に検討し,送達困難,執行上の競合,預金債権の状態,銀行の回答等に照らして債権者代位訴訟が必要かを個別に判断する。
銀行との事前協議で任意の支払が見込めないという事情だけで,直ちに代位訴訟が最適になるものではない。

第8 受任時の判断手順と撤退基準

1 低負担の調査を先に行う

権利行使の届出を検討するときは,まず費用の小さい調査から行う。
具体的には,①預金保険機構の公告と期限,②対象預金等債権の額,③振込記録と資金移転経路,④金融機関が把握する手続状況,⑤口座名義人の氏名・住所,⑥先行差押えの有無,⑦判明している他の被害者,⑧依頼者が負担できる訴訟費用・保全担保を確認する。

その上で,請求原因ごとに必要な証拠を並べ,未確認事項がどの手段で取得できるかを決める。
届出期限までに結論が出ないときは,法定分配を止める不利益を含め,確認できた事実と不明点を依頼者に明示する。

2 進める条件

個別回収へ進める方向になりやすいのは,口座名義人に対する請求の証拠が相応にあり,送達の見通しが立ち,残高が費用・担保に見合い,届出直後に訴訟・保全へ着手できる場合である。
競合差押えが判明している場合には,その債務名義,差押時期,配当手続及び請求異議等の対抗手段まで含めて計画する。

3 法定分配を維持し,又は受任しない条件

口座名義人の責任又は利得を示す証拠が乏しい,住所調査・送達の見通しがない,残高が少ない,担保・費用が回収見込額に見合わない,又は届出後の訴訟計画がない場合には,法定分配を維持する方が合理的なことが多い。
また,公告期限,対象口座又は届出先を特定できないまま,期限停止を期待して形式的な届出をするべきではない。

権利行使の届出をした後に訴訟や保全を行わない選択は,他の被害者の法定分配も止める結果を伴う。
届出は,回収手段の入口ではなく,法定分配から司法手続へ経路を切り替える決断として扱う必要がある。

第9 出典・参考資料

1 法令

犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律(e-Gov法令検索)
民法(e-Gov法令検索)
民事執行法(e-Gov法令検索)
民事保全法(e-Gov法令検索)

2 裁判例・国会答弁

福岡地裁令和7年5月13日判決(令和6年(ワ)第4227号・請求異議事件)
第217回国会衆議院法務委員会第16号会議録(令和7年5月21日)

3 所管行政機関の解説・Q&A・運用資料

金融庁「振り込め詐欺救済法Q&A」(権利行使の届出は8頁,分配額は14頁,分配後の請求権は18頁)
金融庁「振り込め詐欺救済法施行規則案等に対するパブリックコメントの概要及びパブリックコメントに対する金融庁の考え方」(2頁,6頁)
金融庁「振り込め詐欺等の被害にあわれた方へ」
預金保険機構「振り込め詐欺救済法に基づく公告」

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