第1 東京裁判の対象と判決
極東国際軍事裁判は,第二次世界大戦後,連合国が設置した裁判所で,日本の戦争指導者らの刑事責任を審理した裁判であり,「東京裁判」と呼ばれる。
昭和21年(1946年)5月3日に開廷し,昭和23年(1948年)11月12日に25人に対する刑が宣告された(外務省「極東国際軍事裁判(『東京裁判』)について」,刑の宣告の原記録1214頁~1218頁)。
この記事では,裁判所の設置,犯罪の区分,起訴から判決までの経過,刑の内訳及び講和後の処理をたどる。
設置根拠や事後法をめぐる法的論争は要点にとどめ,判決・公判記録を探すための資料も紹介する。
資料の確認日は令和8年8月30日である。
第2 裁判所の設置と犯罪の区分
1 特別宣言と条例
裁判所は,昭和21年1月19日の連合国最高司令官の特別宣言によって設置された。
設置宣言は,ポツダム宣言の戦争犯罪人処罰の要求と,日本が降伏文書によってその条件を受け入れたことを前提としている(特別宣言・条例20頁~21頁)。
裁判所の構成や管轄は,極東国際軍事裁判所条例によって定められ,同条例は昭和21年4月26日に改正された。
改正後の条例2条は裁判官を6人以上11人以下と定め,外務省の解説によれば,実際には11か国から各1人,計11人が裁判官となった(改正条例27頁,外務省解説「裁判所の構成」)。
2 A・B・Cの区分と刑の重さ
条例5条は,裁判所の管轄に属する犯罪を次の三つに区分した。
表の名称は外務省の解説に合わせ,内容は改正後の条例を要約したものであり,条文の公定訳の引用ではない(改正条例28頁)。
| 区分 | 名称 | 条例が対象とする行為の概要 |
|---|---|---|
| (a) | 平和に対する罪 | 侵略戦争又は国際法・条約等に違反する戦争の計画,準備,開始,遂行や,そのための共同計画・共同謀議への参加 |
| (b) | 通例の戦争犯罪 | 戦争の法規又は慣例への違反 |
| (c) | 人道に対する罪 | 戦前・戦時中の殺人,せん滅,奴隷的虐使,追放等の非人道的行為や,裁判所の管轄犯罪の遂行として又はそれに関連して行われた政治的・人種的理由による迫害 |
一般にいうA級・B級・C級は,この犯罪類型に対応する区分であり,刑の重さの順位を表すものではない。
また,条例5条は,平和に対する罪を含む訴追を受けた者を裁判の対象としており,東京裁判で審理された者の全員が,平和に対する罪だけについて処罰されたわけではない。
犯罪の区分と実際に認定された訴因との違いは,後述する松井石根の判定にも表れている。
第3 起訴から刑の執行まで
1 主要な日付と出来事
設置,起訴,開廷,判決朗読及び刑の執行は,それぞれ異なる出来事である。
主な経過は次のとおりである。
| 日付 | 出来事 | 根拠資料 |
|---|---|---|
| 昭和21年1月19日 | 裁判所の設置と条例の制定 | 特別宣言・条例20頁~22頁 |
| 昭和21年4月26日 | 条例の改正 | 改正条例27頁 |
| 昭和21年4月29日 | 28人を起訴 | 判決第1巻A部7頁 |
| 昭和21年5月3日 | 開廷 | 外務省解説 |
| 昭和23年11月4日~12日 | 判決の朗読 | 米国務省公刊外交文書・第613文書898頁~899頁 |
| 昭和23年11月12日 | 25人に対する刑の宣告 | 刑の宣告の原記録1214頁~1218頁 |
| 昭和23年12月23日 | 死刑7人の刑を執行 | 同日付の外交電報・第631文書本文・脚注2 |
2 起訴された28人と判決を受けた25人
昭和21年4月29日に起訴されたのは28人であったが,最終的に刑の宣告を受けたのは25人である。
外務省の解説によれば,松岡洋右と永野修身は公判中に死亡し,大川周明については免訴とされている(外務省解説「被告」「判決」)。
判決原文も,大川がこの裁判の対象から外れていることを記載している。
したがって,起訴された28人全員について有罪判決が言い渡されたわけではない(判決第2巻C部1138頁)。
3 25人の刑の内訳
刑の宣告の原記録によると,死刑7人,終身禁錮16人,禁錮20年1人,禁錮7年1人である。
各人の内訳は次のとおりであり,日本語の氏名表記は外務省の解説とも照合した(刑の宣告の原記録1214頁~1218頁,外務省解説「判決」)。
| 刑 | 人数 | 対象者 |
|---|---|---|
| 死刑 | 7人 | 土肥原賢二,広田弘毅,板垣征四郎,木村兵太郎,松井石根,武藤章,東条英機 |
| 終身禁錮 | 16人 | 荒木貞夫,橋本欣五郎,畑俊六,平沼騏一郎,星野直樹,賀屋興宣,木戸幸一,小磯国昭,南次郎,岡敬純,大島浩,佐藤賢了,嶋田繁太郎,白鳥敏夫,鈴木貞一,梅津美治郎 |
| 禁錮20年 | 1人 | 東郷茂徳 |
| 禁錮7年 | 1人 | 重光葵 |
第4 判決文を読む際の区別
1 55の訴因と最終的な判断
起訴状は55の訴因から構成されていたが,多数判決が被告人ごとの最終判断に残したのは,訴因1・27・29・31・32・33・35・36・54・55の10である。
それ以外の訴因については,管轄が認められないもの,他の訴因と重複するもの,立証不足とされたもの等を分けて読む必要があり,すべてが事実不存在を理由とする無罪であったとまとめることはできない(判決第1巻A部7頁・33頁~37頁,判決第2巻C部1137頁・1143頁~1144頁)。
松井石根については,訴因55のみが有罪とされ,他の対象訴因については無罪とされた一方,刑は死刑であった。
この例からも,A級戦犯という呼称,平和に対する罪の有罪判断,刑の重さを同じ意味で用いることはできない(判決・刑の宣告1182頁・1216頁)。
2 多数判決の理由と個別意見
弁護側は,平和に対する罪を審理する権限,戦争遂行に関する個人責任,事後法による処罰などを問題とした。
多数判決は,条例の拘束性と既存国際法に基づく可罰性を論じてこれらの異議を退けたが,戦勝国が国際法に反する法を無制限に制定できるとする趣旨ではないとも述べている(判決「法」の章23頁~27頁)。
一方,判決に続く法廷記録には,多数判決に反対する意見,一部について反対する意見,多数判決に同意する別個の意見等が提出されたことが記録されている。
25人を有罪としたという裁判の結論は,各裁判官の結論や理由がすべて同一であったことを意味しない(判決後の法廷記録1212頁)。
裁判所の設置根拠,事後法をめぐる議論及び証拠採用・防御権の問題は,ポツダム宣言第10項と東京裁判の関係で詳しく扱っている。
不戦条約自体の条文,成立交渉,日本の批准及び締約国・承継国の一覧については,不戦条約の内容・成立とその後の位置付けも参照されたい。
第5 平和条約11条と講和後の減刑
1 裁判の受諾と刑の執行
日本国との平和条約11条は,極東国際軍事裁判所等の裁判の受諾と,日本で拘禁されている日本国民に科された刑の執行を定めている。
このため,裁判の結論と,講和後に日本がその刑を執行することとは,条約を通じて接続している(日本国との平和条約11条)。
同条は,東京裁判で刑を宣告された者の赦免・減刑・仮出獄について,裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本の勧告に基づく仕組みを定める。
ここでいう過半数は,平和条約の署名国全体の過半数ではない。
条約全体における11条の位置付けは,日本国との平和条約の構造を参照されたい。
2 仮出所と昭和33年の減刑
昭和34年の外交青書は,A級戦犯関係者について,仮出所後も刑期中の監督が続いていたことを記録している。
仮出所して刑務所の外で生活することと,その後の刑期の処理とは,同じ出来事ではない(昭和34年外交青書北米関係・9)。
平成18年10月6日の政府答弁によれば,終身禁錮を言い渡された者のうち10人について,昭和33年4月7日付けで,その日までに服役した期間を刑期とする減刑が行われた。
令和7年11月28日の政府答弁も,この10人の減刑を説明し,赦免された者はいないとしている(平成18年10月6日答弁二の4,令和7年11月28日答弁一について)。
政府は,条約及び旧実施法上の赦免・刑の軽減を刑の執行からの解放と説明している。
これは政府の説明であり,減刑が行われたことを,原判決の取消し又は無罪への変更と同一視する根拠にはならない(平成18年10月6日答弁二の4)。
これらの措置の手続と法的効果,国内の資格制限・遺族援護との区別は,赦免・減刑・仮出所と判決の効力で詳しく扱っている。
なお,昭和34年外交青書には,BC級についての赦免等も記載されている。
A級関係の10人についての説明を,すべての戦争犯罪裁判の受刑者に一般化することはできない(昭和34年外交青書北米関係・9)。
第6 判決・公判記録を探す
多数判決の本文と量刑を確認する入口としては,米国議会図書館が公開する判決画像を利用できる。
「法」の章は第1巻A部23頁~37頁,被告人ごとの判定と刑の宣告は第2巻C部にあり,刑の宣告は同1214頁~1218頁に収録されている。
本記事の頁表示は資料に印刷された頁であり,PDFビューアが表示するページ番号とは異なる。
さらに調べる場合は,国立国会図書館「極東国際軍事裁判記録(当館所蔵分)」が,速記録,裁判関係書類(Court Papers),証拠資料等の所在を案内している。
アジア歴史資料センターの東京裁判資料案内からは,日本語の裁判記録,判決,判決朗読時の速記録等を探すことができる。
資料案内と原記録の本文は区別し,具体的な認定や発言を確認するときは,該当する原記録へ進む必要がある。
第7 出典
1 条例・条約
①極東国際軍事裁判所設立に関する特別宣言及び同裁判所条例(連合国最高司令官,昭和21年1月19日制定・同年4月26日改正,米国務省公刊条約集所収,20頁~32頁=PDF1頁~13頁,国連掲載)
②日本国との平和条約11条(昭和26年9月8日署名,昭和27年条約第5号,外務省掲載)
2 判決・法廷記録
①極東国際軍事裁判所昭和23年11月12日判決(第1巻A部,起訴の記録は7頁,「法」の章は23頁~37頁=PDF26頁~40頁,裁判所HP未掲載,米国議会図書館掲載の原記録の該当箇所を確認)
②極東国際軍事裁判所昭和23年11月12日の判決・刑の宣告を収録する第2巻C部(1137頁~1138頁,1143頁~1144頁,1182頁,1212頁・1214頁~1218頁,刑の宣告はPDF79頁~82頁・84頁,裁判所HP未掲載,米国議会図書館掲載の原記録の該当箇所を確認)
3 政府答弁・外交文書
①Foreign Relations of the United States, 1948, Volume VI, Document 613(W. J. Sebald,昭和23年11月23日付報告,898頁~899頁,米国務省公刊)
②Foreign Relations of the United States, 1948, Volume VI, Document 631(W. J. Sebald,昭和23年12月23日付電報,本文・脚注2,米国務省公刊)
③昭和34年版『わが外交の近況』北米関係・9「戦犯問題の解決」(外務省,昭和34年)
④第二次世界大戦についての歴史認識及び戦争責任に関する質問に対する答弁書(内閣,平成18年10月6日,内閣参質165第2号,二の4,参議院掲載)
⑤日本国との平和条約第十一条に関する質問に対する答弁書(内閣,令和7年11月28日,内閣衆質219第82号,一について,衆議院掲載)
4 公的機関による解説・資料案内
①極東国際軍事裁判(「東京裁判」)について(外務省,平成27年9月18日,「正式名称・概要」「裁判所の構成」「被告」「判決」)
②極東国際軍事裁判記録(当館所蔵分)(国立国会図書館リサーチ・ナビ,速記録・Court Papers・証拠資料の案内)
③アジ歴トピックス「東京裁判」(国立公文書館アジア歴史資料センター,日本語の裁判記録・判決・速記録の案内)